『ほらほらどうした!? その程度か!?』
『こんの……ッ! ちょこまかと……ッ!!』
『うにゃははははは!! にゃーっははははは!!』
『負けちゃダメ……負けちゃダメ……!』
うーむ、まあ予測は出来ていたが概ねこんなもんか。スクリーンに映し出された屋外演習場の風景に視線を預けながら、今後の訓練スケジュールを何となく組み立てていく。しかしIDWは普段もうるさいが戦闘中もうるさいなあいつ。間違っても隠密行動とか出来そうにないんだが、そこら辺の教育もした方がいいのだろうか。悩む。
ウロボロスをこちらに引き入れ、ペルシカリアの協力を得てセーフティプログラムを植え付け、社長に事後報告を行い決裁とお小言を頂戴した後。処刑人との相性は相変わらずだが、当初の想定以上にナガンが頑張ってくれた結果、一部とは言えども何とかこの支部の人形と少しは馴染むようになってきた頃合。そろそろ一端の兵力として扱うために本格的に教育に勤しむかと考えた末、今行わせているのはウロボロスと第四部隊との屋外演習である。
これまでの接触の仕方からついつい勘違いしそうになるが、基本的に鉄血製のハイエンドモデルというのは強い。それはウロボロスも例外ではなく、通常の弾丸では中々致命傷に至らない頑強性、AIの処理能力の高さ、義体性能の高さ、武装の強力さなどなど、その一見高過ぎるスペックは枚挙に暇がないほどだ。
一方で、如何に強大な力を持ち得ているとは言え、それを活かす経験や技術がなければ所詮宝の持ち腐れだということも俺は十分に知っているし、そして同時にウロボロスにそれを知ってもらわねばならない。
今ウロボロスが相手をしている第四部隊、中でも肉薄しているサブマシンガンの三人、トンプソン、IDW、m45だが、彼女たちの最適化工程は最近ようやく40%を超えた程度である。第一、第三と比べるとあまり戦闘の機会がないためにその上がり幅は緩やかではあるが、着実に力を付けてきている。さりとて、たかだか40%そこそこの錬度では、鉄血製のハイエンドモデルと正面からぶち当たったとしても到底敵わない。普通に考えればウロボロスの楽勝である。
だが戦術人形の強さというものは、何も錬度だけで推し量るものじゃない。最適化工程が直結する部分は主に個人技だが、たとえそれが不十分であっても戦術と連携で補うことが出来れば問題ない。無論、個人の力も伸ばし続けていくべきだが、戦いは常に同条件下でのタイマンというわけではないのだ。そのあたりをウロボロスにはしっかりと分かって頂きたい。
「アイツ常に目先だけを追ってんな。思いっきり振り回されてんじゃねーか。だっさ」
「言ってやるな処刑人。我々も昔はそうだっただろう」
サブマシンガン三体にいいように踊らされているウロボロスを眺め、処刑人が日頃の鬱憤を晴らすように呟き、狩人が軽くそれを諌める。二人が言う通り、司令室に映し出されているスクリーンの中では、単体の実力で圧倒的に勝るはずのウロボロスが苦戦を強いられるシーンが続いていた。
第四部隊には今、遠隔で俺が指示を出している。対してウロボロスにはミサイルだけを封じ、後は自由にやっていいと伝えていた。流石にあれをぶっ放されたら困る。ペルシカリアに相談はしているが、まだ補給の目処も立っていないしな。
俺、ひいては人類に対してその自尊心は少々鳴りを潜めてくれたものの、戦闘に対するプライドは未だ高いままのウロボロス。次の段階として、あいつには戦略、戦術の大切さを肌で感じてもらわねばならない。こちらに引き入れる前から俺の指揮自体は評価していた彼女だが、恐らく内面ではその手駒がAR小隊や404小隊だったから、という思考も大きく存在しているだろう。
今度はそれを砕く。再教育は念入りにしておかなければならんのだ。
第四部隊に大まかに指示した内容自体は単純だ。常に足を止めないこと、三人の位置関係が常に被らないようにすること、リロードの間隔が被らないよう、弾幕が途切れないように順番かつランダムに撃ち続けること。細かい立ち位置などを都度遠隔で指示するのは非常に難しい故、その辺りは隊長であるMG5に一任している。
戦術人形というのは基本的に、指揮官の存在がなければ作戦行動を満足に取れない、というのが共通認識ではあるが、腐っても自律思考が出来るAIを搭載している、高性能なアンドロイドである。ある程度まで教育が終わっていればという前提はあるものの、指針を提示した後、目の前の事象に対するその場対応くらいは出来る。
それを証明するかのように、司令室の無線機からMG5の檄が響き続けていた。前衛三人の配置が常に被らないように意識している証拠だ。ウロボロスからすれば常時豆鉄砲が飛んできているくらいの感覚だろうが、まあイラつきはするだろう。大した損傷こそ与えられていないが、それはサブマシンガンの役目ではない。前線を掻き回し、敵を乱し、盤面を傾けるのが第四部隊の仕事だ。本来はここにフィニッシャーとなる第一、第二、第三あたりをセットで運用するのだが、今回はそこに主眼を置いた訓練ではないからな。
ウロボロスも機銃で応戦しているが、ほとんど戦果を挙げられていない。やはり見た目通り、そこまで取り回しの良い武器って訳じゃなさそうだ。頑張って照準を合わせようとしているが、サブマシンガン組の機動力に完全に押し負けている。
こうして見ると、ウロボロスの性能自体がどちらかと言えば後衛寄りなのだと分かる。機銃といいミサイルといい、間違っても最前線でぶっ放す武装ではない。だからこそ分相応というか、自身を活かせるフィールドというものを彼女には理解して貰わなければならない。
『Gute! 上出来だ!』
『ぁあ痛だだっだだ! 痛ッだ!!』
前衛三人がウロボロスを絡め取り、その動きを封じた直後。開けた射線上、MG5の重低音が鳴り響く。ここに来て火を噴いたMG5の弾幕を前にして、ウロボロスが思わずたたらを踏んだ。流石にサブマシンガンとは段違いの火力を一身に受けた彼女は、そのダメージを声に乗せて響かせる。うーん、痛そう。ハイエンドモデルの頑丈さがあるから何とかなっているが、あんなもん生身で食らったら漏れなくミンチである。こわ。
まあ、この辺りが頃合か。MG5の集中砲火が見事に直撃した時点で俺は演習の終了を命じる。ここら辺も便利なもんで、人間と違って戦術人形は即座に動きを止めてくれるからありがたい。ウロボロスさんは蜂の巣にされてて機銃を操るどころじゃないので大丈夫だろう。
『流石だぜボス! この快感はやっぱり堪んねぇな!』
『にゃー! 大勝利だにゃー!』
『やったぁ……! もっともっと、頑張ります!』
『フフ、それでこそ指揮官だ!』
この訓練において、第四部隊の勝利条件はウロボロスの撃破ではない。火力的に考えても撃破は難しいと踏んでいたし、曲がりなりにも俺の配下となった人形をぶっ壊されても困る。第四部隊は俺が設定した時間の間、ウロボロスを封じ込め、被弾しなければ勝ちである。その意味では期待通りの動きをしてくれたと見ていいだろう。
今回の演習、ウロボロスに色々と教育を施すという目的もあったが、もう一つ、第四部隊の連中にしっかりと自信を持ってもらうためでもあった。
第二部隊もそうだが、こいつらには良い結果を残させることが出来ていない。戦術人形のマインドマップがどう変遷していくのかは俺にも分かりっこないが、ただ只管に訓練と周辺警戒だけを繰り返すだけで実戦にも出られないとなれば、自信を喪失してしまう者もきっと出てくるはず。実際そうやって腐って行った者を何人も目にしてきた。
だからこそ、お前たちに施してきた訓練は決して無駄ではないと、お前たちはしっかり強くなっているんだと何処かで示してやる必要があった。その点において、今回のウロボロスは非常に良い仮想敵足り得たというのは大きい。単騎ではとても敵わない鉄血製のハイエンドモデル。それらを俺の指示ありきとは言え一方的に封じ込めることが出来た。無論、いくら指揮官の指示があってもそれを遂行できる基礎能力や基礎知識がなければ、実を結ぶことはない。
ちなみにだが、同じことを処刑人や狩人にやらせたら多分結果は逆になる。処刑人なら多少の被弾には目もくれず確実に各個撃破を狙うだろうし、狩人ならサブマシンガンたちの動きを見切って徐々に当ててくるようになるだろう。それくらいこいつら二人のAIは成長している。I.O.P社製の人形と違って最適化工程の概念がない鉄血製のハイエンドモデルではあるが、自我と擬似感情モジュールを搭載している以上は学習出来るはずだという俺の予測は間違っていなかったようで、確実に強くなっていた。
『嗚呼、鬱陶しい! 一匹ごとであれば蜂の巣にしてやれたものを!』
一方、辛酸を舐めさせられたウロボロスはご機嫌斜めの様子であった。言う通り、もし単騎でウロボロスと当たれば第四部隊の連中は順当に破壊されていただろう。単純な戦闘能力だけで考えれば、こいつとタイマンでやり合える人形はそう多くない。それは処刑人や狩人が相手でも同等だ。少し昔の話ではあるが、ダネルとMG5の二人で組ませて訓練をさせた際には処刑人に一撃も与えることが出来ず完敗していたしな。
そんな敗戦をしないための戦略であり、戦術であり、連携である。今回の訓練でそこをちゃんと理解してくれればいいんだが。
『……だが、興味深くはあったな。搦め手とはまた違った感覚だ。人間、貴様が普段やっていることはこれか。理解したぞ』
流石蟲毒の壷を生き抜いたモデルとでも言うべきか。やはりこいつ、搭載しているAIの理解力自体は高そうだ。ただ不満に思うだけでなく、その意図を汲んで貰えたのなら今回の訓練も無駄ではなかったということになる。
処刑人や狩人以上に、こいつの本領は集団戦でこそ光る。無論、独りでもある程度戦える基本能力は備えているが、その扱いでは彼女の性能を完璧に引き出しているとは言い難い。前衛を務める処刑人が居て、中間距離を埋めるオールラウンダーの狩人が居て、確保された安全圏から強大な一撃をぶちかますウロボロスが居る。これが理想だ。そしてその理想を体現するためには、とにかく彼女の意識改革が必須であった。
『しかし、随分な扱いではないか。ああもう、左腕が動かん』
一息ついたと思えば今度はまた不満を漏らし出すウロボロス。如何に頑強だとはいえ、MG5の直撃を食らっては無傷とはいかなかったようだ。いやでも君、この訓練をやると伝えた時に自信満々だったじゃないの。いつもの高笑いはどうした。
まあ無事訓練も終えたことだし、ぶつくさ言っているウロボロスにはとりあえずメンテナンス装置に入ってもらって、本格的にこれからのスケジュールを考えてみるか。
通常であれば、今後は第五部隊の連携を深める訓練をしていきたいのだが、幸か不幸かそれが出来る適正な敵対勢力が居ないというのが問題といえば問題だ。処刑人、狩人、ウロボロス。どれをとっても単品の火力は一線級だ。この支部周辺には最早目立った脅威がないし、よしんばあったとしても量産型程度では練習にもならない。しばき倒して終わってしまう。だからこそ、ウロボロスもあの高過ぎるプライドが折れなかったわけだしな。
かといって身内同士で訓練をしようにも、今度はこいつらの高過ぎる火力が邪魔をする。今回のように武装を限定すれば出来なくは無いが、今回のはあくまでウロボロスに現状を分かってもらうためのパフォーマンスの要素が強い。実戦的な訓練となれば当然その様相は異なってくる。
あの三人の中で瞬間火力に一番劣るのは狩人ではあるものの、それでもI.O.P社製の戦術人形からすれば立派な脅威だ。とてもじゃないが耐え切れるものじゃない。例外で言えば防弾ベストを装備したM16A1くらいだが、それでも限度はある。
うーん、困った。プランはあるが、実行のためのピースが揃わない。このままでは更なる高みにあいつらを導いてやることが出来ないぞ。鉄血の量産型でもその規模が大きければ価値もあるが、そんなデンジャラスなイベントを俺が望むのも何か違う気がする。これはしばらく予備宿舎の暖め役になってもらうしかないかもしれん。
頭数を増やすために新たな人形を製造するのも少し考えたが、現状うちの支部の財政状況はカツカツだ。出来る限り支援任務も受けてはいるが、侵入者との戦いで磨り減った資材を回復させるまでには至っていない。別に1,2体であれば注文出来なくもないが、それをしてしまうと次に何かイレギュラーが起こった際に本格的に対応出来なくなってしまう。いくら優秀な兵士が居たとしても兵站が底を付けば終わりだ。そんな馬鹿をやらかすわけにはいかない。
今の支部を取り巻く状況が平和だ、とまでは言わないが、少なくともうちから簡単に出張れる範囲で目立った標的が居ないというのも事実である。戦域を広げれば当然そこには新たな敵も居るのだろうが、それをするにはあまりにも兵力と物資が足りない。それに、この支部がどんどんと勢力を広げていてはT02地区やT03地区を作る意味がなくなってしまう。何より俺がしんどい。
うーむ。焦っても仕方ない、か。早々俺が望む展開通り世の中が動くわけでもないしな。しばらくは支援任務に精を出しつつ物資状況の回復を図るとしよう。ただ、どちらにしろ第五部隊はその支援任務にも赴かせるわけにはいかないんだが。これ本当にあいつらただのベンチウォーマーになっちゃうな。ナガンには頑張って頂きたい。
「おう指揮官、この後……んあ?」
「指揮官、通信が入っているようだが」
あまりよろしくなさそうな近未来に思いを馳せていると、控えていたヘッポコハイエンドモデルが通信機の着信に気付いたようだ。最近この支部に入ってくる通信にいい思い出がないんだよな。ただの連絡事項だけならいいんだが、大体が厄介ごとの後処理依頼である。面倒この上ない。
しかしながら俺も社会の歯車であるが故に、この通信を無視するという選択肢は取れない。いい内容だといいんだけどなあ、期待薄にも程がある。
『御機嫌よう、コピー指揮官』
乗り気でないまま通信機を手に取れば、浮かび上がってきたのは上級代行官ヘリアントス。なんだ、クルーガーじゃないのか。最近様々な事情も相俟って、中間管理職であるこいつをすっ飛ばしてヒゲと直接やり取りをする場面が多かったからちょっと意外である。だが逆に言えば、ヘリアントスで済むレベルの通信だということだ。たとえ面倒ごとだったとしてもそんなに超弩級のものではないだろう。
『早速ですまないが、依頼がある。T02予定区からやや離れた場所ではあるが、そう小さくない鉄血勢力が確認された。T02予定区の現有戦力だけでは撃退までは少々厳しい規模だ。被害が出る前に先手を打ってこれらを殲滅して欲しい。報酬は輸送費のほか、通常任務相当で手配しよう』
おお、なんだ全然普通じゃん。最近のヒゲからの無茶振りに比べれば面倒ごとでもなんでもない。それくらいならお安い御用である。報酬も頂ける上に現地までの移動費も負担してくれるなら、こちらとしても文句はない。
「おっ戦闘か? 勿論俺を出すよな指揮官!」
「最近は少々物足りないと思っていたところだ。期待させてもらうとしよう」
気が早いなお前ら。落ち着け。
ただ、これはいい機会だ。当然T02予定区にも最低限以上の防衛戦力は配備してある。それでもちょっと厳しいということは、それなり以上の規模だということだろう。ウロボロスを加えた第五部隊のお披露目には丁度いい。やや遠方ということだから、ハイエンドモデルが他の人間の目につく心配もせずに済む。
よし。こいつらは確定として、後はそうだな。折角だし第二部隊と第四部隊を連れて行こう。平穏な戦闘、と言うと表現がおかしいが、今までのびっくりどっきり緊急任務と比べたらこの程度朝飯前である。第二と第四の錬度もしっかりと実戦で確認させてもらうとしよう。
「っしゃあ! 出撃だな! 任しとけってんだ!」
盛り上がるのはいいが、お前ちゃんとウロボロスと連携取れよ。あいつにも言えることだが。
今の生活全てに満足がいっているわけではない。けどまあ元が軍人だったもんだから、こういうちょっと物騒な日常ってのもそれはそれで悪くないもんだ。優秀で、愉快で、少しばかりポンコツなこいつらと、今後も楽しくドンパチ出来ればいいなとは俺も思っている。
そのためにもやはり、俺もどこかで一定の区切りはつけなきゃいけないんだろう。あれから考えてはいるが、可愛い部下たちにずっと貰いっぱなしってのも格好がつかない。俺に甲斐性なんてものはないが、まあ一人の冴えないおじさんである前に一人に男の子ではあるのだ。ちょっとそこら辺は今度カリーナに相談だな、上手く行けばいいんだけど。
だがそれは今は後回しだ。まずは現れた鉄血どもをぶち転がさなければならない。ウロボロスは今さっきメンテナンス装置に突っ込んだばっかりだから、左腕が動かせるレベルにまで回復したら引っこ抜いてそこから作戦開始とするか。
「指揮官! 第二部隊揃ったよー!」
「第四部隊も準備完了だ指揮官。いつでもいけるぞ」
ヘリアントスとの通信を終え、支部内通信で部隊を呼び出して程なく。元気一杯のスコーピオンと自信満々のMG5を筆頭に、第二、第四部隊の面々が司令室へと顔を覗かせる。
はえーなおい。もうちょっと待て。いや準備が早いのはいいことなんだけどさ。まあいいや。ウロボロスが回復するまでに簡単な打ち合わせでもしておくか。
とはいっても、やることは普段とそう大差ない。戦略を立て、戦術を打ち、技術で倒す。それだけだ。俺を頼りにしているこいつらのためにも、無様な作戦は立てられない。油断なく、きっちり追い込んで料理させてもらおう。
さて、今日も元気にお仕事に励むとするか。悪くない毎日をこれからも過ごすために、俺もしっかり頑張らないとな。皆、準備はいいか?
「I copy!」
俺からの問い掛けに、威勢のいい返答が司令室いっぱいに響く。
オーケー、いい返事だ。それじゃ、俺たちの日常を始めよう。
――You copy?