「あら、指揮官さま。珍しいですね、こちらに足を運ばれるなんて」
日も沈み、無事本日の業務を終わらせたところで俺はカリーナが運営、運営でいいのか? 分からん。まあとにかく、彼女が管轄している物資保管庫の片隅、極小さい陳列棚に所狭しと並べられた様々な商品が顔を覗かせるスペースに俺はその歩みを進めていた。
普段、俺がここにお邪魔することはほとんどない。理由は単純明快、特に用事がないからだ。そしてそれは彼女も十二分に理解しており、言葉通り珍妙な来客に対し、僅かばかりの驚きをその言葉に乗せていた。
カリーナには後方幕僚という名の肩書き通り、この支部における戦闘以外の決裁を預かってもらっている。本部からの支給物資だったり、任務を達成した報酬の授受であったり、作戦行動時に消費する物資管理だったりと、まあその仕事は多岐に渡る。本来で言えば俺の副官なんてやってる場合じゃないんだが、そこは彼女の能力が成せる技か。
決して楽な仕事じゃないはずなんだが、労働環境が多少改善されて以降、カリーナはこうやって業務が終了した後に半ば趣味のような形で簡素なショップを運営している。
このショップの品揃えもまた様々だ。ちょっとした日用品から、お前それどこで仕入れてきたんだと言いたくなるようなレアモノまで幅広く取り扱っている。聞けば、日頃の物資管理の傍ら個人の財でやりくりしているらしい。その取引相手には雇い主であるはずのグリフィンまで含まれているというのだから恐れ入る。時々思うが、こいつのこの割り切りの良さというか胆力というか、スゴいな。今でこそ一企業の後方幕僚のポジションに納まっているが、やろうと思えば起業出来る気さえする。色んな意味でこの支部には勿体無い人材だ。かといって今ここを離れられたら俺が忙殺されるから困るんだけど。
ここの存在自体は着任してから割とすぐ知ることとなったが、生憎最低限の日用品は私室に最初から備え付けられていたし、わざわざ足を運んで買うほどのものがなかった。俺は元々あまり物欲がある方じゃないからな。衝動買いというものも今までほとんどしたことがないし、ちょっと欲しいかも、と思った品も一晩時間を置いて冷静に考えてみたらやっぱり要らないや、ってなるタイプだ。どちらかと言えば使う時に一気に使う性分だから、俺の口座には今、結構な額が入っていたりする。グリフィンに就職してからというものの、特に買うものがなかったというのも大きい。支部内の食堂無料だし。
「それで、本日はどのような御用向きでしょうか?」
陳列棚の商品をさり気なくアピールしながらカリーナが言葉を続ける。商売熱心なのは非常にいいことなのだが、残念ながら俺は今日何かを買いに来た訳じゃないんだよなあ。どちらかと言えばカリーナの蒐集能力をアテにしてきていると言ってもいい。購買というよりは依頼に近いな。
「ほほう。他ならぬ指揮官さまのお願い事です、お聞きいたしましょう!」
なんてことを伝えれば、その表情を曇らせることなく元気のいい返事を寄越してくれる後方幕僚殿。いやあ、本当に頼りになるやつだ。繰り返しになるが、俺なんかの支部で働かせるには些か勿体無い人材だ。
ただでさえここは最前線で、命の危険が大きい場所である。実際、何度か彼女を危機に曝してしまったこともあった。その事に対して彼女から直接不満や不平を聞いたことはないが、内心きっと穏やかではないだろう。俺や戦術人形らと違い、彼女は戦いに慣れていない。勿論、そんなもんには慣れようと思っても慣れない環境に居ることの方が大事なのだが、生憎とこのご時世が簡単にそうはさせてくれない。
とは言うものの、流石にこの支部は危険度が高過ぎるというのも事実。同じグリフィンの後方幕僚という立場であっても、もっと内地だとか此処よりは安全が保障されている地域は他にあるはずだ。今でこそ多少情勢は落ち着いてきているが、近い将来、それが引っくり返らない保証は何処にもない。カリーナは間違ってもこんなところで死んでいい人間じゃないのだ。
しかし、配置換えの具申も過去には考えたが、もし通ったとしてそれはそれできっと別の人間が送られてくるのだろう。カリーナではなくなるというだけであって、誰かを危険度の高い仕事に就かせる事実自体は変わらない。どうにももどかしいもんである。
まあ、こればっかりは俺が頑張るしかあるまい。俺の不手際で人間の部下がその生涯を終えてしまうなど二度と御免だからな。
それじゃ、あまり時間を使っても悪いしちゃちゃっと用件を伝えてしまうか。多分いけるとは思うが、無理なら無理でも構わない。半分が思いつきみたいなものだし、この頼みごとは直接支部の戦力に関係するものでもない。ただ、もしいけるのであればカリーナの要望通りの額面を揃えるつもりでもある。そんなに高額になるとはあまり考えていないが、工面出来るというのならそれは彼女に対する手間賃という側面が大きい。身内に依頼を出すのにそこを出し渋っていては上司として立つ瀬がない。ただでさえ冴えないおじさんなのだ、そこにケチ属性まで紐付けしたくはない。
「ふむ……なるほど。多分、大丈夫だと思いますよ。材料自体は手に入るものですし、加工も恐らくは。少々お時間は頂くかと思いますが」
やったぜ。半ば思い付きだとはいえ、これで無理ですって言われたらちょっとおじさん挫けちゃいそうだったからこの言葉はありがたい。時間については何も今日明日で揃えられるとは最初から思っていないので、カリーナの手が空いた時にでも進めてもらえればそれでいいしな。
「うふふ、このカリーナ、全身全霊をもって対応させて頂きますね!」
いや、そこまでやる気を出されてもちょっと困る。後で法外な料金でも請求されないだろうか。別にカリーナを信頼していないというわけでは全くないし、むしろ信頼しているからこそわざわざ業務時間外にこんな依頼を出しているんだが、その満面の笑顔をやめなさい。出す分は出すが、逆に言えばそれ以上は出さんぞ。なんだか速攻で前言撤回をしているような気がしないでもないが、俺の財布は有限なのである。
「むう。なんだか失礼な想像をされたような気が致しますわ」
やだなあ、そんなわけないじゃないか。頼りにしておりますよ後方幕僚殿。
さて、それじゃあ用件も済んだし、俺はちょっとばかし支部外周をランニングでもしてから寝る準備に入るとするか。最近どうにもメシが美味くて一周回って困っている。ついつい食べ過ぎてしまうのだ。この支部で一番料理が上手いのは間違いなくハルさんなんだが、最近AR-15がメキメキとその腕を伸ばしてきている。この前頂いたハンバーグなんか相当のレベルだ。彼女の見た目も相俟って、多分あいつどっかで食堂でも開いたらめちゃくちゃ繁盛すると思う。いや、そんな勿体無いことはさせないけれども。
そんじゃひとっ走り行くとしよう。カリーナも程ほどにして寝とけよ。
月日が経つってのは、それを意識しなければ存外早いもんである。書類業務やらクルーガーからの無茶振りやら可愛い部下たちからのスキンシップやら、日々を忙殺されていたらそれこそあっという間だ。
うちの支部で一番の新人といえばウロボロスなのだが、紆余曲折あって彼女が加入したのも随分と昔のことのように思えてきてしまう。いやまあ、実際は年単位も昔って訳じゃないんだが、毎日を忙しなく生きているとやっぱり過去のことはどんどんと押しやられてしまうのだ。
そんなウロボロスも、今ではうちの支部でまあそこそこよろしくやっている。彼女も含めた第五部隊ってのはその性質もあって中々表に出せない、隠し過ぎて出すに出せない懐刀みたいなやつらではあるが、幸か不幸かうちの支部周辺がクリアとなって久しい今でも、ちょこちょこと出番は回ってきている。大体がクルーガーから齎される厄介ごとの処理なんだけどな。
ヒゲからこっちに直接落ちてくる任務ってのは、そのほとんどが緊急性が高いか秘匿性が高いかのどちらかだ。そういう作戦の場合、そう簡単に人目につく場所でもないために、あいつらを遠慮なく投入することが出来ている。
ちなみに、処刑人とウロボロスの仲は未だによろしくない。当初の険悪さこそなくなってきているが、事あるごとにいがみ合っている風景がこの支部の日常と化している。喧嘩するほど仲がいい、などとはどう贔屓目に見ても表現出来ない状態ではあるが、まああいつらも本気でやりあってる訳じゃなさそうだから特に罰したりはしていない。そもそも俺が何か言う前にナガンが出てきて両方シバいて終わっていることの方が圧倒的に多い。あいつほんと凄いわ。
「指揮官、AR小隊全員揃ったぜ」
「やっほー指揮官! きたよー!」
「404小隊も全員連れてきたよ、しきかぁん」
「よう指揮官! 戦闘か!?」
光陰矢のごとし。駆け足で過ぎ去って行った過去を思い返していると、短い電子音とともに司令室のゲートが開く。それと同時、聞きなれた四つの声を筆頭に、総勢11人が司令室へと歩を進めていた。
「何か、緊急の任務、でしょうか?」
「ウェルロッドを呼ばなかった理由は、秘密作戦か何かかしら?」
「最近はほとんど出撃もなかったからな。久々の任務なら嬉しいんだが」
見慣れた顔ぶれから、幾つか疑問の声が飛ぶ。
今回の召集は、AR小隊と404小隊にスコーピオン、そしてハイエンドモデルの二体を対象としたものだ。第一部隊や第二部隊といった、部隊単位の括りではない。そこにはまあ、ちゃんとした理由があるにはあるんだが、いざそれを説明するとなるとちょっと恥ずかしいな。大丈夫だとは思うのだが、ここら辺はもう俺の生まれ持った性分みたいなもんだからな、仕方ないこととして割り切るしかない。
一つ咳払いを入れて場を整え、今回の召集は任務の通達ではないことを予め伝えておく。俺の言葉を受け取った部下からそれ以上の追及こそあがらなかったものの、その表情はいまいち晴れないものだ。そりゃまあそうだろう。いきなり作戦でもないのに指揮官から御呼ばれしたら誰だって緊張する。これついでに何も叱責のために呼んだわけじゃないってのも加えといた方がよさそうだな。変な空気になってしまうぞ。
「となると……用件は何だ? 見た感じ、割と古株を中心に呼んだみたいだが」
M16A1がその表情をやや硬くして、周囲を見回しながら呟く。
まああまり引っ張ってもいいことなんてないしな。サクっと終わらせてしまおう。俺はM16の問いには応えず、用意していた人数分の包みをそれぞれに手渡していった。あわせて、その場で開封するように伝える。
「うん? 何だ……ブレスレット……?」
「なんじゃこりゃ。アクセサリーっつうやつか?」
「これ……」
各々から感想が漏れ出ているが、一旦はスルーだ。俺としてはさっさと終わらせたいくらいだが、それはあまりにも不義理が過ぎる。しかし一刻も早く終わらせたい。思いついたのは確かに俺だが、こんなに緊張するもんだとは思わなかった。
彼女たちに手渡したアイテム。随分前にカリーナに依頼していた、チタン製のブレスレット。控え目に光る銀の輝きが、その存在を静かに主張していた。
俺に、甲斐性はない。結局、以前ペルシカリアに貰った誓約の証とやらはデスクの奥に眠ったままだ。色々と考えることもあったが、結論としてやはりあれを使う選択肢は最後まで浮かんではこなかった。今のみならず、今後もあれが日の目を見ることはきっとないだろう。しかしながら、何処かで何かの区切りは付けておかなければいけない、という思いが確かに存在していたのも事実。指揮官としても、一人の男の子としても、だ。
その思考の行き着いた先が、この贈り物だった。ただし、それは誓約の証ではない。ではないが、これもまた一つの証だと俺は思う。
俺は、彼女たちを信頼している。M4A1も、M16A1も、AR-15も、SOPMODⅡも、UMP45も、ナインも、HK416も、G11も、スコーピオンも、処刑人も、狩人もだ。実に頼もしいやつらだと感じているし、これからも是非力になってほしい。そして実に面映いことではあるが、こんな俺を信頼し、好意を寄せてくれている連中でもある。
俺には、何もない。そんな俺が、彼女たちに誓約という形の楔を打ち込むことは何がどうなっても許容出来ない。その気持ちは終ぞ変わらなかった。多分これからも変わらないだろう。
しかし一方で、何かのカタチとして、俺がこいつらをしっかり信頼しているんだという証も同時に残したかった。多分、これは俺の我侭なのだろう。一度全てを失い、諦観の末に枯れ果てた一人の中年が押し付ける、中途半端な我侭。無論、受け取って貰えないことも覚悟の上だ。
つくづく、俺は最後まで冴えないオッサンなのだなあと人知れず苦笑いを零した回数も数え切れない。両手いっぱいでも有り余る思いの丈をぶつけられ続けながら、結局弾き出した答えがこれなのだから、呆れられても仕方がないとすら思えてしまう。
このブレスレットには、何の効果もない。ただのチタンだ。擬似感情モジュールのリミッターを外せるわけでもないし、所有権を書き換える力なんて宿っているわけがない。そういう意味ではこの贈り物は無意味とも言える。ただ、それでも俺は何かを残したかった。残してやりたかった。枯れ果てたおじさんの、僅かに燻った意地の顕現、なのかもしれない。
「バッカ……指揮官、お前……こういうのはな、ちゃんと……一人ずつにだな……」
いまいち締まりきらないまま、そんなことをつらつらと口に出して伝えてみれば、返ってきたのはM16A1の震える声だった。
えっそんな泣きそうなほど嫌だった? なんてどこぞの恋愛漫画にありそうなボケはかまさない。というかかませる雰囲気じゃなくなった。いやそんな赤面されるほどのものでは。どうしよう、俺はこういう時どうすればいいんだ。俺自身がちょっと恥ずかしかったのもあって割と軽い空気の中で一斉にポンッと渡したかったのだが。一人ずつ呼び出して渡すとかちょっと難易度高過ぎるでしょ。誓約じゃないんだから。
「……ふふ。指揮官、大事にするね。ありがとう」
UMP45が、愛おしそうにブレスレットを撫でながらその言葉を紡ぐ。いやあ、大事にして頂けるのならありがたいのだが、誰かこのしんみりした空気を何とかしてくれませんかね。おじさん困っちゃうだろ。
「……えへへ! ありがとう指揮官! でも困ったね、これじゃ皆簡単には負傷出来ないね! 特に腕は!」
ナインが、普段以上の喜色を満面に貼り付けて声をあげる。別に構わんぞ、何もそれ特注品って訳じゃないし。ただ、純度の高いチタンはこのご時世、中々装飾品にまでそのリソースを割けないためにそこそこ値は張るけどな。まあでも言っていることの意味はそんなことじゃないだろう。だからと言ってそれに対する理想のリアクションなんかはおじさん分からないわけですけど。
「お、おお……なんつーか……おおう……」
あ、処刑人がバグった。どうした大丈夫か。まあ放っておけばそのうち回復するだろ。
ブレスレットを受け取った皆の反応はそれこそ十人十色だったが、少なくとも否定的な感情を持っている者は居ないようで何よりである。こんな中途半端なものは要らないと言われることも一応想定してはいたが、多分いざそれを言われたら俺ちょっとしばらく凹む自信がある。別に一世一代の告白って訳でもなかろうに、俺はここまで脆弱な精神だったのかと今更ながら自己の認識を改めさせられた。
「指揮官」
決して騒がしくはない、しかし静かな波紋が11人に広がる中、凛とした声が響く。ふと視線を動かせば、そこには随分と頼もしくなった気弱なリーダー、M4A1の顔があった。
「ありがとうございます。本当に、本当に……。どうかこれからも、私たちの指揮官として……よろしくお願いします」
胸元にその腕輪を寄せて、一つ一つ噛み締めるように、M4A1は言の葉を紡いだ。
こちらこそ、今後ともよろしく頼む。
ちょっとばかり締まらない、いまいち冴えない返しの台詞だったが、その言葉を受け取った11人は、今までに見た中ではいっとうの笑顔でもって応えてくれた。
些か遅過ぎる登場となってしまったカリーナの設定。
全員喋らせたかったけど流石に冗長になりすぎるので無理でした。許してくださいなんでもしますから。
次回、あるいはその次で、おじさんの物語にも一旦の区切りがつきそうです。前回の更新でその気配を察した人も、もしかしたらいらっしゃるのかもしれません。
どうか、最後までお付き合い頂ければと思います。
それでは、また次回。