60 -至福のひととき-
「あれ? 指揮官さま、どうかされましたか?」
本日の業務を終え、皆が各々の宿舎に収まった時分。大体の人形は大人しく引き籠っているが、中には射撃訓練を行ったり夜の散歩に出掛けたり、他愛もない談笑に花を咲かせたりと、まあそれぞれが好きに動いている時間帯。
俺の支部では別段厳しい縛りや戒律なんかは導入していないので、業務終了イコール自由時間みたいなもんだ。そんな俺だって、こうやって私室を抜け出してカリーナが運営しているショップに顔を出すくらいはする。いやまあここに来ること自体が極めて稀ではあるんだが。
珍客の来訪を迎え入れたカリーナは、やはり意外そうな表情と声色でもってしかし、しっかりと俺を歓迎してくれる。そういえばこいつに直接厄介になったのってブレスレットを用立ててもらった時くらいだな。
俺は物欲があるタイプの人間じゃないから、G&Kからの支給品だけで生活が成り立っている現状、このショップは正直利用価値があまりない。彼女が色々と苦心したり楽しんだりして様々なブツを仕入れているのは知ってるが、それをわざわざ私生活に活かす理由もないのである。
しかしまあ、周囲の鉄血勢も粗方掃討出来て、俺の支部は既に最前線ではなくなっている。書類仕事は増えたが肉体労働は一気に減った昨今、溜まりに溜まったストレスを解消する一助とするために、俺は今ちょっとした頼みごとをこいつにしようとしているわけだな。
「はいはい……ああ、それなら工面出来ますよ。……というか意外ですね、てっきりそういうのはしないお方かと思っていました」
てことで、俺の用件を伝えてみれば意外と楽勝そうなお答え。ついでにカリーナが俺の印象を語ってくるが、別に俺は聖人君子なわけでも品行方正なわけでもないからね?
そもそも軍人として、しかも最前線でそれなり以上にやってきていた人間が真面目一辺倒なわけがない。普通は頭のネジの一個か十個くらい飛んでるもんである。俺はそこまでじゃないけどさ。多分。
「いやいや、十分に真面目な方だと思いますよ。だからこそ意外だったわけですし」
それはグリフィンに所属する他の指揮官どもが色に溺れてるだけですゥー。
カリーナが俺の呟きを否定してくれているが、まあ俺自身そんな真面目な人間だとは思っていない。それこそ若い頃なんかはもうちょっとヤンチャだった記憶もある。
というかこの程度、仮に真面目な奴でも嗜むだろう。酒も女も博打もしない男なんて、この世界の何を楽しみにして生きているんだという話だ。
いや待てよ。その点で行くと俺はここに来てからはほとんど酒を飲んでいない、っつーか酒がないんだけど。まあいいや、飲んでないし女遊びもしてないし別にギャンブルをやってるわけでもない。となれば俺は真面目ちゃんになってしまうという訳か。
ウーン、別段その評価で俺の何かが変わるわけではないのだが、そうかあ、俺って周りから真面目ちゃんだと思われているのか。これちょっと部下の人形たちに意識調査させてみても面白いかもしれない。
支部の運営には微塵も関係のない内容だが、こういう取り留めのないことに思考のリソースを割けるようになったのも平和の顕れである。締めるところは締めて、適度にくだらないことを考えたりやったりする。それくらいの塩梅が丁度いい。
「ご依頼の物は、週明けには仕入れておきますわ」
お、やったぜ思ったよりも早い。助かる。
「ご料金はしっかり頂きますけれど」
ちょっとした茶目っ気を出しながら追加の言葉を吐き出す彼女に、俺は勿論だと短い返答を出す。このご時世、嗜好品の類はびっくりするほど高額だが、普段あまり私的な金を使わない俺にとっちゃ大した金額じゃあない。衣食住が保障されている以上、使い道が特にないとも言う。
俺の懐で腐らせるくらいなら、この終末世界で懸命に働いている方々の経済を回すべきである。とは思うが、もしかしてこういう考え方自体が真面目くさかったりするのだろうか。S02地区の死んでしまった指揮官なんかは、私利私欲のために銭を投入していたみたいだしな。
俺もしかして、もうちょっと贅沢してもいいのでは? アルコールとかついでに頼んでおくべきだったかもしれない。別段節制しているつもりはないのだが、あるもので何とかする根性が長い軍人生活で染み付いてしまったものだから、金を積んでどうにかするという力業に目が行かないのである。
まあいいや。こうやってちまちまとお願い事をするようになれば、業務時間外でのカリーナとの触れ合いも適度に増えるだろうし、部下とのコミュニケーションという点においてはありがたい。
案外、というとあれだが、カリーナとの接点はあまりない。
役職柄、俺とのコミュニケーションは多い方だし、副官業務もこなしてくれているから関わり自体は多い方だろう。だがそれはあくまで仕事上の関わりであって、カリーナという一人の人間を知る関わり方ではないのである。
例えば職場に同僚が居たとして、1日8時間くらい共に働いたとしよう。
関わりがそれだけであれば、その同僚の実務上の能力は知り得たとしても、家族構成や仕事を志した理由、異性の好み、それこそ好きな食べ物嫌いな食べ物まで、そういうプライベートな部分ってのは出てこない。これは俺が部隊を率いていた時も同様だった。
俺は精神論や根性論はあまり好きじゃない。好きじゃないが、実務上の能力以上に、本人や周囲を取り巻く感情が成果に大きく表れることは知っている。モチベーションという言葉は決して馬鹿には出来んのである。やる気は全てに勝る。無論、時と場合と限度はあるが。
その意味で行くと、俺はカリーナのことをほとんど知らない。
表面上の性格は分かるが、肝の部分で何を考えているかまでは知り得ないし、何故こんな激務かつ危険な仕事に就いたのかも知らない。どこにモチベーションを持っているのかも分からない。いや多分金だとは思うんだけど。その金を何故欲しがっているのかまでは分からないのである。
今のところしっかりと十分以上に仕事をこなしてくれている彼女だが、腹の中に不満がたまっていても何らおかしくはない。そういう話ってのは普段の仕事からは出てこないもんだから、裸の付き合いとまではいかなくとも、どうしても多少は接していく必要がある。上に立つ者の務めだな。
その点戦術人形というものは実に便利だ。基本的にあいつらは不満を持たないし、あっても表面に出ない。よしんば出たとしても、言う事を聞かないという選択肢が出てこない。正しく彼女たちは人間ではなく人形という商品なのである。
ただ、たとえ疑似とはいえ感情モジュールを持ち得ている以上モチベーションの概念はある。だからこそ俺はそういうケアも出来る限り行おうとしているわけだが、現状では多分上手くいっていると思う。俺のプライベートにガンガン食い込もうとしている一部の人形たちは置いといて。
「それでは、またのご利用をお待ちしておりますわ」
おっと、ついつい思考が逸れてしまった。
カリーナの言葉で現実に戻された俺は、別れの挨拶を簡単に紡ぐ。今日は用件だけの往訪になってしまったが、いずれちょっとした歓談にでも勤しみたいところだ。
昔、S02地区奪還作戦の際に手に入れた戦利品とともにちょっとした会話はあったが、アレはメインが酒だったからなあ。カリーナが参戦した時には既に後半戦だったということもあって、ほとんど身のある会話は出来ていなかった。
さて、それじゃあ俺も自室に戻るとするか。来週には嗜好品が届くはずだから、それをちょっとした楽しみにとして明日から業務にあたるとしよう。
「よう指揮官。……なんだ、珍しいな」
時は動いて週明け。いつも通りのクソみたいな量の書類を捌いたり、ちょっとした住民の苦情を体よくスルーしたり、戦術人形へのちょっとしたケアを行ったりしながら過ごしていた翌週。
内心ホクホクで業務を終わらせ、手に持った戦利品を片手に支部の屋上で過ごしていた時分。普段なら早々出会わない場所とタイミングで、M16A1との邂逅を果たしていた。
いやなんで居るの。別に居て困るものでもないんだが、何というかこう、俺が一人でひっそり楽しもうと思ったタイミングで大体誰かの横槍が入る。それは大抵がAR小隊の誰かだったり404小隊の誰かだったりするんだが、こいつら俺の監視でもしてんじゃねーのかってくらいには出くわす。
まあ今回は別にいいや。酒と違って譲るものでも分けるものでもテンションがぶちあがるものでもないからな。
「昔も時たま見かけたが……旨いのか? それ」
フェンスに肘を掛けて空を見上げている俺の横に並び、彼女は身体全部をフェンスに預けながら言葉を投げかけた。
別に旨くはないけどなこれ。言うてただの煙だし。
俺が今嗜んでいるのは、煙草である。
何のことはない、世にありふれた大人の嗜好品の一つだ。
ただ、酒と同じくこのご時世では高いし品質も悪い。勿論、記憶と現実との違いってやつもあるんだろうが、昔の煙草はこんなに不味くはなかったはずである。いや、久々に吸うから脳がマズいと判断しているのかもしれない。
俺は元々喫煙者である。ヘビースモーカーって程ではなかったが、任務の合間や非番の時にはちょいちょい吸っていた。
何時からやっていたのかはよく覚えていない。少なくとも、世間的に喫煙が許される年齢に達するより前からは吸っていた。歴で言うと随分長いな。中断期間もあるけど。
なんかこう、吸ってる時って独特の多幸感があるんだよな。主にニコチンが悪さをしている、一種の麻薬みたいなもんだろうから、よくない類のもんだってのは分かるんだが。
正規軍を抜ける切欠となる事件があってから、なんやかんやあって煙草どころではなくなっていたのだが、ふと思い立ってカリーナに依頼したのが先週の出来事というわけだ。そのまま止めてもよかった気がするが、吸いたくなってしまったものは仕方ない。幸か不幸か、今の俺にはそれを実現出来るちょっとしたコネクションと財力があったので買い付けてしまったのである。
そういえば戦術人形ってM16A1みたいに酒を飲むやつはいるけど、煙草吸うやつは俺の知る限りじゃいないんだよな。明らかやってそうなトンプソンだって、あれ咥えてるのプレッツェルだし。お子様かよ。
「そりゃまあな。アルコールや毒液は排出出来るし何ならエネルギーにも出来るが、タールはいいもんじゃないさ」
なんて疑問を口に出してみれば、返ってきたのは至極真っ当な答えであった。
そういえばタールを分解、熱量に変換出来る怪獣が主人公の映画だかアニメだかが昔あった気がするな。確か日本の映像作品だったような気がする。
ただ、それはあくまでフィクションの話で、現実的にそれが出来る生物ってのは多分居ないんだろうな。人形も同様で、何でもかんでも有害物質を無効化出来るわけじゃなさそうだ。こいつら見た目からはさっぱり分からんけど中身機械だもんなあ。そりゃよくないよね。
「ていうか、人間にも良くないだろ。指揮官、早死にするぞ?」
その通りである。よくないのである。
でも仕方ないじゃん、吸いたくなったんだもん。そんなバカスカ吸いまくるつもりはないので許して欲しい。あと寿命に関しては既に諦めている身なのでそれも許して欲しい。ダメかな。
「……少しでも長く、生きて欲しいに決まっているさ」
おいやめろ。ちょっとときめいちゃうだろうが。
M16A1から放たれた言葉、所作、表情。全てが高打点となっていた。
しかし、大事に想われていること自体は悪い気はしない。その言葉に従うかどうかはまた別だけどな。俺だって別に早死にしたいわけではないから、そこら辺は俺なりに頑張って生きていく、くらいしか言えないけども。
「……なあ、一本くれよ。興味はあるんだ」
こらこら、さっき良くないもんだって自分で言ったばっかだろうが。ダメですあげられません。数だって少ないんだぞ。
「共有出来るものが多いに越したことはない。……だろう?」
つつ、と眼帯を指でなぞりながら、小さく零す。
手の動きに釣られ、鈍色のブレスレットが微かに煌めいた。
おいやめろM16。ちょっと重いぞ。
彼女に限らず、俺に懐いてしまった子たちはどうしてそこまで行ってしまったんだと思う気持ちはあるものの、その思い自体を否定するわけにはいかないからなあ。
仕方がない。一本だけだぞ。ライターのオイルだって貴重なんだからな。
「ははっサンキュー指揮官。んじゃ早速……」
M16が咥えた煙草の先に、ライターの火を持っていく。シガレットキスなんてお茶目な技は持ち合わせちゃいないので勘弁して欲しい。
「ンェッフ! ゲェッホォ!!」
まあ、予想通りのリアクションだった。ていうか戦術人形でもむせるってあるんだね。おじさんちょっと新鮮。
大きく煙を吸い込んだM16A1は、勢いそのままに大きくむせ込んだ。目尻には明確に涙が浮かんでおり、ちょっと苦しそうだ。俺からしたら自業自得としか思えんが、背中を叩くくらいはやってあげよう。まったく手のかかるヒヨッ子である。
「こ、こんなものを吸ってるのか……」
ゲホゲホと小さい咳を繰り返しながら、忌々し気に言の葉を落とすM16A1。それを言ったらアルコールだって最初は相当キツいはずなんだけどな。要は慣れだ慣れ。
「あ゛ー……排毒反応がすげぇ……」
なるほど。人形がむせるってのはどうにも違和感があったが、身体の防衛機構が煙草の煙を有害と判断して強制的に追いやったのかもしれん。となれば、慣れるってのはちょっと難しいかもな。いや別に吸わせたいわけじゃないんだけど。
とりあえず、お子様にはまだ早いってこった。大人しくスリープモードに入っておきなさい。
「ちぇ……分かったよ。指揮官も夜更かしするなよ。おやすみ」
思った以上に煙草のインパクトが強烈だったのか、M16A1はすごすごと屋上を後にする。うーん、そんなに重い煙草ではないはずなんだが、やはり質が悪いと人形への影響も強いのだろうか。
まあ気にしても詮無いことか。どうせあいつらが率先して煙草を吸うことにはならないだろうし、俺だって皆の前でバンバン吸うつもりはないからな。今回もM16A1に見つかったこと自体がイレギュラーである。
星が点在する静かな夜空に、白い煙が漂う。
うーむ、夜中に一人で一服ってのも中々オツなものだ。しかし、煙草を吸ってるとコーヒーなり酒なりが欲しくなってしまう。今度俺もちゃんとしたコーヒー淹れてみようかなあ。あの珈琲色の泥水はご免だ。
さて。なんやかんやで一本吸い終わってしまった。俺も寝る準備に入ろう。
こうやって、ちょっとしたブレイクの機会が増えるのはいいことだ。ただでさえ事務仕事で忙殺されているのだ、息抜きの手段と機会は多い方がいい。
あとはみだりに部下に見つからないよう一応注意しておくくらいか。M16のように煙草を強請るやつも出てくるかもしれないし。
あいつらの事は決して嫌っていないが、中々一人の時間が取れないってのはそれはそれでストレスが溜まってしまうものである。
「あ、指揮官さま。あのー……最近、煙草の仕入れ依頼が何故かちょこちょこと上がってきてまして……あはは……」
なんでだよ。追っかけかよ。怖い。
(愛が)少し重い。
M16には煙草も似合うと思うんですよね。
ちなみに、おじさんが喫煙者なのは最初から決まっていました。
実は軍人おじさんの第2話にそれを匂わせています。多分覚えてる人誰も居ないと思います。
ドルフロは最近めっきりログインできなくなったんですが、魅力的な人形や新システムなどが続々と増えているようですね。
当面ソシャゲをプレイする時間が取れそうにないので復帰は目処が立っていませんが、情報は地味にチェックしたりしています。
また出来る日が来るといいんですが、中々一度立ち止まるとハードルが高いんですよね……。
それでは、またどこかでお会いしましょう。
どうしましょう
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新規の人形も増えたし早く書いて
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クロスとかコラボして
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一次創作頑張って
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やっぱりAR小隊はいいぞ