戦術人形と指揮官と【完結】   作:佐賀茂

7 / 63
新年明けましておめでとうございます。
今年ものんべんだらりとよろしくお願い申し上げます。


07 -プロデュース404-

「指揮官さま、要決裁の書類はこちらに。いつも通り輸送物資報告と在庫状況についてはこちらのファイルに纏めてありますわ」

 

 キルハウスでのごたごたから少しばかり時計の針を進めた時分。漸く通常業務に腰を落ち着けられた俺は、とりあえず午前中のルーチンに設定してあった書類整理から始めていた。かさかさと書類をめくる音、ペンを走らせる音のみが静かにその存在を主張することしばし。俺の隣のデスクで書類を纏めていたカリーナから声が掛かる。

 

 カリーナより先刻告げられた副官選択。結論から言えば、俺はその役目に教えてくれた本人を指名した。理由は幾つかあるが、まず大前提としてこの副官制度、指揮官の義務らしかった。着任してから多少の猶予期間はあるものの、いつまでも不在というのはグリフィンが定めた規則上どうやらダメらしい。なんだそのどうでもいい制度は。それよりもっと整えるところあるだろ。でまあ、今まで特に気にせず放置していたものだから、痺れを切らしたカリーナがいい加減迫ってきたということだ。

 副官制度のことを人形がほとんど揃っている場面で言ってしまったものだから、割と反響は大きかった。中には我先にと立候補してきたやつも居るが、悪いが今のところあいつらを副官として常に傍に置く予定はないんだよなあ。

 

 理由その一。そもそもあいつらは戦うための人形であって、俺のお手伝いが本業じゃない。より正確に言うならば、戦って勝利を齎すことこそがあいつらが俺に出来る一番のお手伝いである。別に戦術人形を副官に指名するデメリットがあるわけじゃないんだが、彼女たちは作戦指示が下ればそれに従わなければならない。戦闘が本分なのだから当然だ。そうなれば必然、司令室で俺の補助なんてしている場合じゃなくなる。書類仕事なんかを任せている途中に緊急任務なんて差し込まれてみろ、彼女たちはそれらを途中放棄して戦場に向かわなければならなくなる。その仕事を引き継ぐのは当然、俺だ。進捗を引継ぎして半端なところからバトンを貰うより、それなら俺が最初からやった方が早い。幸いながら、猫の手も借りたいような状況でもないしな。

 

 理由その二。彼女たち戦術人形は、書類仕事を知らない。AR小隊なんかは作戦報告書の書き方読み方まで俺が仕込んでいるから多少の例外ではあるが、それでも物資状況程度ならともかく、貸借対照表や損益計算書、CFなんかを読み解けるレベルには達していない。ていうか商品である彼女たちに経営状況まで見せてしまってもいいのかという別の問題もある。そんな彼女らに仕事を一から教えていたのでは余計に手間がかかるし、戦術人形のAIを余計なことに使いたくない。

 つーかめちゃくちゃ今更なんだがこの会社、株式であってるよな? 腐っても一応は民間企業なんだから決算書類くらいあって然るべきなんだが、その辺どうなってんだろう。支部の物資状況は分かるが、本部の経営状態までは流石に分からん。うーむ、まぁ大丈夫か。軍事企業なんだからこのご時世、お抱えの戦力を欲する団体なんていくらでもある。I.O.P社ともズブズブだろうし、そこら辺はクルーガーの手腕に期待しておこう。あいつなら早々ヘマはしないだろ。

 

 そんなわけで、誰かを指名しなきゃいけないということなら最早カリーナ以外の選択肢が残されていないというわけだ。俺としては今でさえ既に相当な負荷をかけている彼女に更なる負担を押し付けるのは些か申し訳なくもあったが、他に手がない。一応簡単な話し合いの末、カリーナには普段の仕事を優先してもらい、こうして職務時間中に手が空いた時に俺の仕事を少し手伝ってもらう程度というところに落ち着いた。詰まるところ今まで通りって感じだな。やっぱりこの制度本当に必要か考えてしまう。どう好意的に解釈しても必須にするほどの重要性は見当たらないんだが。

 

 

 さて、そんなどうでもいいことよりも、俺には今優先して取り掛からねばならんことがある。それは404小隊の教育訓練スケジュールの考案だ。それぞれ正確に最適化工程を調べてみたんだが、ナインが33%、UMP45が35%、G11が36%ときて、416が39%であった。416が一つ抜けているのは朝のキルハウスでの1件が影響しているんだろう。正しい射撃姿勢を少し教えただけなんだが、恐らく今まで電脳に刷り込まれていた体勢よりも効率がいいとAIが判断したんだろうな、一気に上がったっぽい。あれだけで効果が出るんだからやはりこいつらのAIは非常に優秀だ。下手したらマジでAR小隊を凌駕しかねない。

 訓練に関しては今日の午後から早速基本的なところから行おうと思う。とりあえずはじめに基礎の部分を叩きなおしてから、AR小隊の時と同様に様々なシチュエーション、バリエーションの射撃訓練だな。最初に実戦を経験している分、416もそうだったが変な癖が付いてそうだから先ずはそこを徹底的に矯正する。多分あいつらならそれだけでかなりマシになるはずだ。

 そこで恐らく俺の都合もあって数日は費やすだろうから、その後は座学で一通り戦略、戦術、技術の取り扱い方を学んでもらう。AR小隊の時は先にキルハウスの訓練に入ってしまったから、その教訓を活かして先に知識から叩き込む。作戦報告書はウチの支部が過去に行った作戦資料がそれこそ山のようにある。カリーナに感謝だなあ、俺一人じゃあの量は捌き切れなかった。

 

 後はあいつらの成長具合を見ながら臨機応変に進めていくか。というか俺も当時と違い教官って立場じゃないから、毎日付きっ切りで訓練出来るほどの時間は確保できそうにない。404小隊の面倒だけを見るわけにもいかないしな、もっと育ててやらないといけないやつも居るわけだし。

 

 おっと、そうこう考えているうちに無慈悲にも時間は過ぎ去ってしまうもので。カリーナも一旦業務を終わらせて昼メシにしよう。その後は404小隊の連中を呼んで訓練開始だな。いやぁ、スコーピオンやM14、M1911にもやったことだが、自身が教練の場に立つのは何度やっても楽しさがある。特に人形たちは皆基本が優秀だからな、楽しいったらありゃしない。うーん、これは本気で義足の発注も視野に入れるべきかな。一通り落ち着いたら本格的に検討しよう。

 そうそう、404小隊だが、彼女たちはうちの支部では第三部隊として扱うことにした。第一部隊がAR小隊、第二部隊がスコーピオンを隊長とした3人、第三部隊が彼女たちって感じだ。単純に上から順番に詰め込んだだけなんだが、今更変更するのも面倒くさいのでこのまま行くことにした。

 うーん、第一と第三は当面今のままで良いとして、第二の扱いをちょっと考えておかないとな。というのも、現状うちの支部の人形たちはガンタイプが些か偏ってしまっている。扱える銃が均一だと、自然と作戦も似たり寄ったりのものになってしまうので、戦術に幅を持たせにくい。将来的な話にはなってくるが、前に出るのが好きなスコーピオンを第一に異動させてバランスを取り、第二に新たなタイプの人形を配属して趣を変えるのもアリだと思っている。まぁその為にはスコーピオンの錬度を爆上げさせるのが大前提なんだが。それか、ちょっと無理してでもI.O.P社に何体かまとめて発注をかけるのもありかもしれん。どうせ教育はするんだし、一まとめの方がこっちも楽だ。人形も同期が居た方が何かとやりやすいだろうしな。この辺も後でカリーナと相談しとくか。

 

 考えることは山積みだが、そのどれもが前向きな課題なのでそこまで苦ではないってのがありがたいな。さて、ちゃちゃっとメシを済ませてあいつらの教育と洒落込むか。

 

 

 

 

 

「404小隊、UMP45以下4名、全員集合完了ですよ~」

 

 昼飯をカリーナとともに終わらせてから程なく。グリフィン支部に設けられた簡素な射撃訓練場に俺と404小隊の4人が揃っていた。G11は立ったまま寝るな。起きろ。先程までは起きるまで待つかどこかに引っ張って行けばよかったんだが、今から大事な大事な訓練である。そうは問屋が卸さないのだ。ということで、何回か呼びかけてもまともに目を開けなかったので、挨拶代わりに軽めではあるが平手でシバいておいた。こいつ背が低いから車椅子に座った状態でも手が届くのはありがたい。遠慮なくどつける。

 

「!? ……? ……!?」

 

 よう、目が覚めたかお寝坊さん。悪いが俺はお前の親でもないし兄でもない、今ここにあるのは確立された上下関係だけだからな、多少大目に見る場面もあるが締めるところは締めていくぞ。G11が俺のことをナメている、とまでは言わないが、素を出していいところとそうじゃないところはしっかり線引きさせておかなきゃならない。AR小隊をはじめこの支部では割と好き勝手させている連中も多いが、それはあいつらがちゃんとやる時はやるし、やることをやっているからだ。戦術人形としての義務を果たさないやつに与える慈悲はない。何か周りの3人も驚いているが、言っておくがこれでもかなり甘い方だからな。俺基準で言えば素手の時点でかなり有情である。しかも蹴りでもなくグーでもなく平手だ、これが甘くなくて何なのか。あ、そうか。こいつら俺の過去を知らないんだった。ついAR小隊の時と同じノリでやってしまったな、いかんいかん。

 

 ハイ反省終わり。さて、気を取り直して始めようか。

 挨拶もそこそこに、早速訓練に入る。俺の時間もカツカツなんでな、余計な時間は取られたくない。G11も先程の一発が効いたのか、第一印象とはかけ離れたきびきびとした動きだ。お前それが出来るなら最初からやれ。

 皆が所定の位置に付いたのを確認し、俺は号令を出す。それを合図として思い思いに皆自身の武器を手に、的撃ちを始める。お、416は結局グリップ替えたんだな。好みの範囲だっつったのに。

 

 まずナインとUMP45だ。こいつらは上半身のブレは然程でもないが、下半身の構えがメチャクチャだった。あとサイトを覗かない、いわゆる腰撃ちが染み付いているようだ。多分武器もそうだろうが、任務の都合上、常に動き回る前提で扱っていたんだろうな。そういえば416も同様の欠点を持っていたな、余程過酷な任務だったんだろうか。

 ということで、まずはナインの矯正から入る。その間UMP45には肩を貸してもらおう。416にやったのと同じように射撃体勢を取らせ、それを俺が矯正していく。腰撃ちや片手撃ちなんかも、当然シチュエーションによっては行うこともあるだろう。だが間違ってもそれが標準ではないってことをしっかり教えてやらねばならない。何度かナインに試し撃ちをしてもらい、しっくりきたところで今度は交代。ナインに肩を貸してもらってUMP45の矯正を同様に行っていく。うーむ、やはり416だけでなくこいつらも優秀だ。しっかり教えたことを過不足無く吸収していってくれる。

 

「しきかぁん、距離が近いよぉ? 変なこと考えなあだぁっ!?」

 

 うるせえ真面目にやれ。姿勢の矯正中、耳元でまーたおかしな声色で囁こうとしていたUMP45に脳天からチョップを振り下ろす。

 

 

 

 

 

 ふーむ。そうかそうか。なるべく考えないようにしていたが、お前らもしかしなくても、オレをナメてるな? そりゃまぁ、傍から見れば片足を失った出来損ないの新人指揮官だ。客観的評価としてそこは認めよう。だが、如何にグリフィンの暗部を担う特殊部隊とはいえ、クルーガーの指示の下お前らはオレの指揮下に入ったわけだ。であれば、経歴や所属なんざ一切関係ない。指揮官とその配下にある戦術人形。この状況から導き出される事実は一つしかない。

 

 オレが上で、お前らが下だ。

 

 射撃訓練なんかよりも前に、そこをきっちりと教え込んどかなきゃいけなかったか。うーん、なんだかんだオレも鈍ってしまっているな、そこを見誤ってしまうとは。

 優秀であることは上下関係軽視の免罪符にはならない。ここは軍隊ではないが、軍事企業として指揮命令系統は十全に機能させておく必要がある。大体のことは大目に見ているが、訓練中と作戦行動中のおふざけは一切許すつもりはない。お前個人が死ぬならいいが、それが原因で周りが死ぬこともあるんだ。そもそも、オレの教育訓練を望んだのはこいつらだ。G11は知らないが。自らが希望した訓練に真面目に取り組まないなどフザけているにも程がある。

 

「え、えっと、指揮官? 顔が怖いんだけっだぁぃだぁっ!?」

 

 だーれが喋っていいっつったよ。前を見て撃て。今のお前に許される行為はそれだけだこのアンポンタンが。うーん、足がないって事実がこんなところで更に不便を感じさせる結果になるとは思わなかったな。蹴りが出せない。出来の悪い新兵を躾けるには軍人としての教育的指導(上下関係の刷り込み)が一番手っ取り早いのだが、今の状態では満足に力が出せない。困った。

 

「指揮官、私もご指導の程お願いします」

 

 UMP姉妹の矯正をしていたら、一心不乱に的当てを繰り返す416がその視線をターゲットに固定したまま声を投げ掛けてきた。うんうん、真面目に取り組んでくれて何よりだ。ただ、416に関しては今朝方の指導で通常姿勢での射撃に関してはかなり満点に近い状態になったから、今のまま続けてもほぼ無意味だな。よし、こいつには一足先に覗き込みや片手撃ちなんかのシチュエーションを想定した撃ち方を教えていくか。あまり時間も無いしサクサク行こう。ああ、ナインとUMP45はオレが教えた姿勢で反復射撃を少しの間繰り返しとけ。それだけで大分マシになる。

 

「さ、さーいえっさー!」

 

 俺の言葉にいち早く反応して元気よく応えたのはナインだった。うーむ、別にここは軍隊じゃないからそんな返事まで畏まらなくてもいいんだが、ちょっと刺激が強すぎたのかな。めちゃくちゃ甘めにやったつもりなんだけど。俺のことを敬ってくれたりちゃんと上官として見てもらう分には何も問題はないのだが、萎縮されると少し困る。訓練中にコロコロと態度を変えるのもおかしい話なので、今日の訓練が終わったら少し話もしてみるか。なんだかんだお互いのことをほとんど知らないままだしな、と言っても俺が語れるのは偽の経歴だけなんだが。

 

 

 よーし、そうと決まれば今日の訓練はビシバシやってしまおう。おじさん張り切っちゃうぞー。




筆者も忘れそうになるんですがこのおじさん、元々バッチバチの軍人でしたわ(震え


おじさんの一連の考え方や行動など、今後もこういった前作読破を前提とした情報は機会があれば積極的に組み込んでいきたいなと考えてます。

しかし、そろそろ何かイベントでも差し込んで物語自体を前に進めて行きたいなという欲と、だらだら日常を書き連ね続けたいという欲がせめぎ合っております。でももうちょっと人形の数も増やしたいところ。悩ましいですね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。