二代目「乱ペースでペースを乱す!」
グリーングラス「負けてたまるかぁっ!」
実況「意地と夢どっちだーっ!」
マッチレースから一ヶ月半後、二代目がヤマトダマシイからの手紙を読んでいると先代が話しかけた。
『ついにヤマトダマシイの二戦目か……あん?』
「どうしたの?」
『……そうか、思い出した! 思い出したぞ!』
「何を?」
『ヤマトダマシイってどこかで聞いたことのある名前かと思えばセイザ兄貴に聞かされたことがあったんだ。素質のみなら父シンボリルドルフを超える馬だってな。だがそれは叶わなかった』
「何が起こったの?」
『二戦目でヤマトダマシイは競争中止、その後予後不良で死んだんだ』
「……そ、そんな!」
『戻るなら今しかねえ! 何が何でも止めるんだ』
「はいっ!」
二代目は大急ぎでグリーングラスのいる台所へ向かう。
「グリーングラス先輩!」
「どうしただ?」
「グリーングラス先輩、一度だけ学園に戻りたいと思います」
「何があっただ?」
「お世話になった先輩のレースを見る為です」
「わかっただ。何も言わねえ。だけんどももし挫けそうになったらあのマッチレースで負けたことを思い出すだ。そうすりゃどんなことがあっても立ち直れるだ」
あのマッチレースの勝者はグリーングラスだった。グリーングラスが勝てた要因は盛岡レース場の急坂にあり、二代目のパワーが不足していた。パワーは一ヶ月そこらでどうにかなるものではなく、何年も坂の練習をしているグリーングラスに叶う訳がなかった。
「はい。明日荷物をまとめて明後日学園に戻ります」
「よし、それじゃあ飯にするだ」
それから二代目は食事を取り、荷造りを始めた。
二日後。そこには不機嫌なグリーングラスと機嫌の良いマルゼンスキーがいた。
「アイリちゃん~!」
マルゼンスキーが二代目に抱きつき、抱擁するがすぐにグリーングラスに引き離される。
「鬱陶しいから別の場所でやれ!」
「グリーングラス先輩はいつもこうなんですから」
「マルゼン、お前は何も変わってないな」
マルゼンスキーがそれを聞いて顔を顰めながら口を開いた。
「携帯も持っていない先輩に言われたくないですよ」
マルゼンスキーとグリーングラスの喧嘩を見て先代が口を挟む。
『片や8戦無敗のGⅠ一勝のウマ娘、もう片や幾多もの敗北を繰り返しながらGⅠ三勝したウマ娘の対決か。どっちが勝つか見てみたいぜ』
「長距離勝負だったら間違いなくグリーングラス先輩が勝つだろうと思うけど、中距離だったら間違いなくマルゼンスキー先輩が勝つよね」
『今回やっているのはただの口喧嘩だが』
呆れた声で先代が二代目の耳に響かせるとマルゼンスキーとグリーングラスがこちらを見た。
「アイリちゃん、どっちがいいと思う?」
「オラに決まっているよな?」
マルゼンスキーとグリーングラスが詰め寄って二代目にそれを尋ねる。しかし二代目は何のことかさっぱり分からず首を傾げる。
「先輩方、何のことですか?」
「もう、アイリちゃんは何も聞いてないのね。ほらこの携帯よ」
マルゼンスキーが取り出した巨大な携帯はガラケーと呼ばれる日本独自の携帯でメール機能と電話機能を兼ね備えた携帯電話だった。
「これをグリーングラス先輩に渡そうとしたら、そんなチャラチャラしたものは持たないって言われちゃって」
「グリーングラス先輩……」
「オラの家にそんなものは必要ないべ。むしろ壊れるから必要ないだよ。その点固定電話とポケベルは便利なものだべ」
「手紙の代わりのメールとかもこれで出来るんですよ? それにこの携帯も一番落ち着いたものですし」
「とは言っても電話料金とかかかるんだべ?」
「この機種なら月々1000円くらいですよ」
「マルゼン姉さん、もういいです。私が代わりにその携帯の良さを教えます」
二代目がため息を吐きながらマルゼンスキーの手にあったガラケーを奪い取り、グリーングラスにプレゼンを始めた。
「いいですか、グリーングラス先輩。確かにここら付近の情報を集めるには回覧板やポケベル、固定電話で連絡はこと足りるかもしれません。しかし世の中はすでにメール社会に変わりつつあります。回覧板や手紙で情報を与えるのが数日要するのに対してメールは送信、つまり自分の手元から離れた瞬間から一秒経たずして相手に情報を与えることが出来ます」
「それは確かに言えているがメールを送る際にボタンポチポチ何回も押さなきゃなんねえだろ?」
「それは確かに言えています。しかし情報提供速度はこちらの方が早く、手間がかかる代わりに相手に伝える速度は圧倒的です」
「…………」
何とも言えない深みのある表情を見せるグリーングラスに二代目が更に説明する。
「また前回行ったような面倒な手続きも早く終わらせることが出来るだけでなく、電話番号を登録する機能も内蔵しているので向こうに連絡を取りたい場合、いちいちボタンを押すことなくすぐに電話することが出来ます」
「とは言っても滅多に使わねえからな。それで月々1000円は高いべ」
「グリーングラス先輩、それなら携帯電話を買ったと宣言すれば良いでしょう。不特定多数の人々に電話番号を教えない限り、仕事に有益なものとなります」
「そうか?」
「そうです。今まで携帯を持たないことで有名なグリーングラス先輩が携帯を持ったというだけで話題になります。するとグリーングラス先輩に注目が集まり、その期間の間にグリーングラス先輩が名前を売ってしまえば地方アイドルとして活躍出来ることになるでしょう」
「うーん……そんな上手くいくとは思えないべ」
「確かに。それまでと同じやり方では人は集まりません。しかしながらこのガラケーならではのやり方があります」
「それは一体?」
「つい近年、ガラケーは時代遅れのものとして扱われるようになり、代わりに大躍進しているのがこの端末機です」
二代目が板状の端末機を取り出し、グリーングラスに見せる。
「私であればガラケーの良さをSNS等で配信し、ガラケーのことを宣伝し、人々にガラケーのイメージキャラクター=グリーングラスという認識をさせて、ガラケーの会社からCM共演するようにします。CMに出ている為、宣伝効果は絶大的なものとなりグリーングラス先輩の名前もこのガラケーも飛ぶように売れるでしょう」
「胡散臭いべ」
「それは言えてるわ」
「と、とにかくガラケーを使う人が少なくなっている今、イメージキャラクターが定着しやすくなっています。そのイメージキャラクターになりさえすればグリーングラス先輩のアイドル業も成功するでしょう」
「言っていることに違いはねえが……」
「とにかくグリーングラス先輩、一ヶ月間試してみてください。一ヶ月後に使い心地を聞きに来ますから」
マルゼンスキーがそう言って無理やり押し付けるとグリーングラスはそれ以上後輩達の善意を踏みにじる訳にはいかずガラケーを受け取った。
「一ヶ月間だけだべ!」
しかしこの後、グリーングラスが二代目の言った通りに実行し、地方アイドルとしてもガラケーのイメージキャラクターとしても名前を上げることになったがそれはまた別の話である。
「でも私を呼ぶなんてそんなに急ぎなの?」
スーパーカーを運転しながらマルゼンスキーが助手席に座る二代目に話しかけた。
「はい。もしかしたら、永遠に取り返しのつかない事態になりそうだったので、思い浮かんだのがスーパーカーを乗りこなしているマルゼン姉さんでした。マルゼン姉さんが本気ならトレセン学園に秒で戻れますからね」
「そう……それじゃかっ飛ばしていくわよ!」
マルゼンスキーはそれ以上のことは聞かずスピードを上げる。その後、二代目の記憶は何故か途切れてしまい、気がついた時には既にトレセン学園だった。
「う、うーん……?」
「起きてアイリちゃん」
二代目が目を開けると、そこには顔がアップされたマルゼンスキーが映り、それを見た二代目の行動は少しでも離れるようにすることだった。
「うわっ、す、すみません!」
「おはよう、私の可愛いアイリちゃん」
マルゼンスキーの艶やかな声を聞き、二代目がさぶイボを立たせ、条件反射で少しでも遠くにマルゼンスキーから離れようとした。
「冗談よ。それより到着よ」
その言葉に二代目が辺りを見回すとトレセン学園の景色が目に映り時計を見ると出発してから三時間も経っていない。そのことに二代目が震えた。
東京都府中市にあるトレセン学園と青森県の津軽海峡付近までの距離は700km以上もあり、それを三時間弱で到着するということは平均時速233km以上のスピードで走っている計算になり、途中ガソリンスタンドで燃料を入れる時間を含めるとそれよりもスピードを出しており、確実にスピード違反している。二代目はそのことに触れないように口を閉ざした。
「それより、急な用事があるんでしょう? 早くいってあげなさい」
「はいっ! マルゼン姉さん、ありがとうございました!」
マルゼンスキーに頭を下げて二代目が向かった先はヤマトダマシイのクラスだった。
はいという訳で前回のマッチレースの結果はグリーングラスがハナ差で勝ちました。
しかしさらっとマルゼンスキーがドクターフェイガーしているのは今さらですね。
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尚、次回更新は西暦2019年3/4です。
青き稲妻に出てくる競走馬が主人公以外で登場して欲しい?
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ぜひとも登場して欲しい
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出さなくて良い。つーかイラネ