「──鏡よ、鏡、世界で一番可愛いのは、この私だよね?」
鏡は何も言わない。
言わないが、鏡面に映る自らの姿に彼女は酔いしれていた。
ぱっちり開き、大きく丸い瞳。
手入れに手入れを重ねたきめ細かい肌。
決して背丈が高いとは言えないが、細く、しなやかなボディライン。
日々の努力もあって、そして何より天性的に備わった自らの愛らしい容姿が何よりも自慢である。
誰もが自分を「可愛い」と呼んで愛でる。
そして自分もまた愛でられるだけの自負があった。
彼女は、
「生まれつき私には可愛いの魔法が掛かっているんだもの。皆私の方を向く。皆私を愛してくれる」
鏡の前で恍惚とする彼女だったが、手元に置いていたスマホの着信に気付く。
どうしようか、と迷った末に──
「開けるよー、サラちゃんお疲れー」
彼女は肩を震わせた。
入って来たのはマネージャーだ。
流石に、一人で盛り上がっている所を見られるのは気が引けたが平然としている彼の様子を見るにどうやらそうではなさそうだった。
「いやぁ、今日のライブも大盛り上がりだったよ」
「当然でしょ? サラちゃん頑張ったんだからね? 歌も振り付けも、全部! みんな私の事を可愛いって言ってくれたもの、文句のつけようが無いわよね!」
「うんうん、確かにそうさ。しかし本当に此処まで頑張ったよサラちゃんはさあ」
マネージャーは頷く。
彼女の此処最近の躍進ぶりは誰の目にも留まるものであった。
「グループユニットの時代にピンで売れているアイドルなんて、サラちゃんか那珂川亜夢くらいなものさ」
ぴくっ、とサラの目が吊り上がった。
彼女の素振りは意にも介さず、無神経にマネージャーは続けた。
「いやあ、この2人が並ぶとなるとアイドル業界はもっと盛り上がるよ! サラちゃんも負けないように頑張ってね!」
「う、うんっ。サラちゃん、負けないからね!」
「いやあ、しかしデュエマアイドル那珂川亜夢か……まさかカードゲームプレイヤーであることをウリにするなんてねえ。とんだ大胆な商法だよ。サラちゃんも、何か特徴見つけていかないとね」
「そうかなあ?」
「いやさ、だって可愛いだけのアイドルは幾らでも居るわけだからね。いや勿論僕が知ってる中じゃサラちゃんが一番だよ? でも、特徴というかキャラ? そういうのが無いと、アイドル業界も厳しいからね。埋もれちゃうかもよ」
特徴、キャラ。彼女は頭の中で反芻した。
彼女は鏡を見たくなるのを抑えた。
自分にあるものは──他にあっただろうか。
「まあ、紗良ちゃんのキャラは永遠の少女って感じだからね。いや、そこが良いんだけど」
サラは思い出した。
こんな事を言っておきながら、この男が自分と同じ事務所の自分より、もっとスタイルの良いアイドルにデレデレしていた所を。
それは自らの唯一のコンプレックスを刺激するものだった。
「それに、また新しい子が発掘されるかもしれないからなあ。いやサラちゃんみたいな逸材そうそう無いと思うけどさ──あっ、もうこんな時間。僕ちょっと打ち合わせ行って来るから」
「うん! マネージャーさんも頑張ってね!」
「はははっ、サラちゃんに応援されるとなると張り切っちゃうなあ」
埋もれる?
この私が?
マネージャーが楽屋から見えなくなった後、フッと胸の中で何かが爆発した。
目についたゴミ箱を蹴飛ばす。
「──クソ、クソクソクソクソがッ!!」
ふぅーふぅー、と荒い息を漏らしながら彼女はゴミ箱が凹むまで蹴り続ける。
自分が埋もれる? 新しい逸材?
この自分に並ぶアイドル?
そんなものは必要ない。そんなものは有り得ない。
頂点に立つのは常に一人。自分さえ可愛ければそれで良い。
この顔は、この肌は、この身体は、生まれ持った言わば天からの授かりもの。
美貌に勝るのは美貌のみ。キャラだの特徴だのに打ち負かされるのは屈辱以外の何物でも無かった。
「何がキャラだ、何が特徴だ、このボゲェッ!! んなモン要らないに決まってんでしょうが!! あたしが、あたしが、この世で一番可愛いに決まってんでしょ!! それで良いんじゃん!! 何が悪いんだボゲッ!!」
愛らしい顔が醜く歪む程に彼女は怒鳴り散らす。
引き合いに出された那珂川亜夢の事を思い出した。
『あなたの心に夢をお届けっ!』というキャッチコピーで売り出し、デビューから二年経った今も人気上昇中のソロアイドルだ。
容姿では自分の方が上回っている自信がある。
しかし、その肩書通り彼女には他のアイドルには無い特徴があった。
それがデュエマだった。那珂川亜夢はライブの度に観客の一人からランダムで1人を選んでデュエマをする、という催しを毎度開いていたのだ。
それゆえ、他のアイドルには無い独自の層も取り込み、進出してきたように紗良には思えた。
自分よりも前からアイドルをやっていた彼女だが、人気急上昇中も紗良と言えど亜夢には未だCDの売り上げといった人気では大きく劣っていた。
邪道だ。アイドルに必要なのは容貌と歌と踊りだけ。後は愛嬌だ。それを全て持っている自信が紗良にはあったし、今まで鍛え上げてきた。
さっきのマネージャーの言葉は、一瞬でそれを足蹴にされたような気がしたのだ。
「何がデュエマだ!! デュエマなんて陰キャのキモオタがやる事だっての!! クソッ、ゴミゴミゴミッ、ゴミ!! そんな事で私の!! 私の可愛さが揺らぐ訳、無いじゃないっ!!」
一通り吐き出した後、彼女はしばらく肩で息をしていた。
そして、かじりつくようにして鏡を睨んだ。
「……だ、大丈夫よ、サラ、私は……私は世界一可愛いんだから……! 今更あんな邪道な奴に負けて堪るかって話よ、何時か、絶対に、超えてやるわ……!」
ひ、ひひっ、と引きつったような笑みが零れる。
だが、不安が絶えたわけではない。
仮に那珂川亜夢は敵ではないとして、自分よりももっと顔の良いアイドルが現れたら?
自分よりも観客を魅せる事が出来るアイドルが現れたら?
その可能性はゼロではないのである。
そして何より、少女は永遠ではないのだ。生きている人間には必ず老いが付き纏う。
さっきもマネージャーが言った通り、今はまさにこの「少女」としてのキャラでやっていけるだろう。
だが、何時までもこのキャラでやっていけるわけではない。
確かに可愛さは彼女の武器だった。
しかし、「女性」としての身体的魅力には一つ劣等感があったのである。
「──このままじゃ、私は何時か……!!」
鏡の中の自分の顔に皺が刻まれていくのが見えた。
何時までアイドルが出来るのだろう。
嫌だ。こんな楽しい事、簡単に終わらせたくはない。
しかしいずれは来るであろう「何時か」が堪らなく怖い。
人々の記憶から埋没し、忘れ去られる。多くのアイドルが辿った道と同じ道を歩みたくはない。
そんな事は絶対に嫌だった。
これから10年先、20年先も、ずっとアイドルで居たいのに。
──欲しいものがあるのか?
ふと、声が聞こえた。
思わず彼女は辺りを見回す。
誰も居ない。
低い男の声は自分の知るものではない。
粗雑で、ノイズの混じった、だけど引き込まれるような──
──ならば、我と契約を取り交わすが良い。汝の夢を叶えよう。
ぐにゃり、と鏡に映ったサラの顔が歪んだ。
そこに現れたのは──獣の相貌。
牙を剥き出しにした人ならざる異形の姿がそこにあった。
しかし、不思議と恐ろしさは無かった。
彼女は食い入るように鏡の奥の魔獣を見つめていた。
「夢? な、何でも叶えてくれるの?」
──ああ、そうだとも。我は万能なる願望器。汝の願いを現実のものにしよう。汝には、恐怖がある。今持っているものが何れは消えてしまうのではないか、という怯えだ。我は、それを永遠のものにしてやろう。
「え、永遠に──!?」
彼女はしたり顔を浮かべた。
明らかに異常と言える状況ではあるが、最早迷いは無かった。
紗良はこの魔獣に自らの魂を売り渡すことに決めた。
それで自らが永遠の偶像になれるというならば──
「アハハハハハハッ!! 永遠!? その言葉に、嘘は無いよね──!」
──勿論だ。汝は唯少し、我に力を貸し与えれば良い。
「貸す貸す、貸すよ! 幾らでも! 私を永遠のアイドルにして頂戴!」
──その願い、承った。
☆ ☆ ☆
行き倒れ、というべきだろうか。
校舎の中に行き倒れが居るなんて話は聞いた事が無い。
それもどうやら、見知ったものとは差異こそあるが自分の学校の生徒のようだった。
「あ、ああ、うう……」
流石に困っている人を放っておくのは彼女の性分が許さなかった。
姉も何時も隣人愛こそが大事と言っているし、きっと許してくれるだろう。
長い黒髪が地面に乱れ、妙にやつれた手足。
青白い肌は健康を疑うレベルだが、身の回りに不健康そうな同級生が居るので然程気にならなかった。
総じて見る人が見れば即刻119番通報しそうな行き倒れであった。
「え、えと、大丈夫、ですか?」
「が、が……」
おかしな挙動。ひょっとしてクリーチャーか何かに取り付かれているのではないだろうか。
一瞬そんな考えが過り、身構える。
しかし、そんな懸念はすぐに打ち消された。
「学援部、は……何処?」
☆ ☆ ☆
図書室で探していた本を見つけたのは丁度放課後だった。
日本の伝奇・神話全集という名前の分厚い資料集だ。
何時も通っている図書館には無かったので、学校の図書室に置いてあると聞いた時には居ても立ってもいられなくなってしまった。
多くの人に読まれたからか、表紙はボロボロ、背表紙も剥げていてマジックペンでタイトルが書かれていた程だ。
ページは黄ばんでいたが、何とか読めそうだ。
立ち読みしていたら、思わずのめり込んでしまった。
正直難しい漢字もあるし、よく分からない言葉もある。
だが、そういう時は辞書を使って調べるのが習慣である。
「……シン、トウ……? ”ドウ”じゃなくて”トウ”なんだ……」
思わず本を開けたまま、席へ向かう。
ページを捲っていくと、「三種の神器」とやらのページに辿り着いた。
日本に伝わる三つの神聖な宝物? らしい。
「……マガタマ……これは分かる、クサナギノタチ……タチ……
この二つはまだ分かる。
しかし、最後の一つがどうも不可解だった。
「ヤタノカガミ……カガミ? カガミと言えば
彼女は潰れたような声を上げた。
人気の無い図書館だ。ぶつかるような人も居ないだろう、と油断していた。
ページを捲ったまま本棚の角を曲がった途端、誰かにぶつかり、本を取り落としてしまった。
反射的に相手に謝る。歩き読みをしていたこちらの落ち度だ。
「Entschuldigung、じゃなかったごめんなさい! 余所見してて」
「こっちこそごめんね。あっ、本拾うよ──」
「いえっ、自分で拾うので……」
本を拾い上げると、相手の顔が見えた。
それは見慣れた人物で、偶然の悪戯に少し驚いた。
「伊勢さん……!」
「ローザさん。何と言うか……凄い偶然だね」
☆ ☆ ☆
こんにちは、伊勢小鈴です。
この間は、友達のユーちゃんとその双子のお姉さんのローザさんの間に起こったトラブルでてんやわんやでした。
ユーちゃんが家出した時はどうしようかと思ったけど、何とか二人とも紆余曲折あって仲直りできて良かったです。
ちょっとしたハプニングがあったけど、今は廊下で借りた本を抱きかかえるそのローザさんと話していた。
「ローザさん、その本は日本の神話とかの本、だよね?」
「
ユーちゃんから聞いていたけど、ローザさんも本を読むのが好きみたい。
よく図書室や図書館に行って日本語の難しい本を読んでいるらしい。
本が好きなのは私と似ているし、勉強している姿は熱心という言葉が似合う。辞書を使ってまで言葉を調べている姿は勤勉で、感心する程だ。
今まではあまり話さなかったけど、この間の件で友達になったわけだし色々お話ししたいよ。
「でも、少し分からない事があって」
「どうしたの?」
「このページです」
ローザさんは立ち止まって、ページを開けてみせた。
三種の神器について解説してある資料みたい。
ページは黄ばんでいて、写真も古い。
そして、ローザさんが指差したのはその中の銅鏡・八咫鏡だった。
「伊勢さん、これは
「すぴーげん?」
「鏡です鏡。これにはそう書いてあります」
「うん、それで合っていると思うけど」
「おかしいです。
「銅鏡って紋様が書いてある方の裏側に鏡の部分があるんだよ」
「そうだったのですか。成程……鏡と書いてあるのに、鏡に見えなかったので、鏡と言う名の別の何かと思ってしまいました」
「別の何かって……」
「私の深読みだったようです」
ローザさんは決まりが悪そうに少し顔を赤くしていた。
確かに同音異義語って日本にも沢山あるから、鏡と書いてあるのにそう見えなかったら何かと思っちゃうよね。
「それにしても、何でその本を探していたの?」
「日本の宗教というものを調べていたら、これに行きついたんです。日本人は宗教への関心が薄い割に、日本語には神がよく出てきます」
「神?」
「はい。例えば”臆病の神おろし”とか”叶わぬ時の神頼み”といった
何だかよくない言葉ばかりだけど、それには敢えて突っ込まない事にした。
「日本には古来から、ヤオヨロズの神と言って全てのものに神が宿る、と言った考えが伝わってきました。アニミズムというものでしょうか」
「よく調べたね……」
「だからか、日本は古来からあらゆる宗教を受け入れてきたのでしょう」
「ああ、確かに。日本は宗教天国って言われるからね」
「いえ、Verwirrung、節操が無いって思いました」
「あっ、そうなんだ……」
とはいえ、それは敬虔なクリスチャンのローザさんにとっては困惑するものだったのだろう。
確かに、そう言われると私も首を横には振れない。
誰もがクリスマスを祝うし、かと思ったら数日後には正月に神社へ初詣に行く……良く言えば柔軟、悪く言えば節操が無いと言われても仕方ないのかもしれない。
「それに何処に行っても神、神、って……主の名前を濫りに口にするものではありません。とはいえ、日本に伝わるこういった多くの神々が織り成す神話は
「あ、あはは……」
私は自分のポニーテールに結いつけられた鈴を思い出す。
これに込められた加護も神道に関するもの、なんだよね。うちのお母さんの実家が、それに関するものらしい。
お母さんは魔除けって言ってた。おまじないみたいなものらしい。
私はあまりそういうオカルトは信じない事にしているけど、生まれてこの方悪霊の類には出くわさずに健やかに過ごせたよ。
まあ、悪霊みたいなクリーチャーには何度か出くわしたけど!
「小鈴さーん! ローちゃーん!」
快活な声が飛んできて、私の意識は一気に引き戻された。
廊下の向こうから友達の声が聞こえて来る。
噂をすれば何とやら。きっとユーちゃんだろう。
「ねえローザさん、早速ユーちゃんに教えてあげようよ」
「でも、あの子に分かるかは……」
「ほら、ねえユーちゃ──」
「小鈴さーん! ローちゃーん! 何か拾いましたー!」
ユーちゃんの姿を見た時、わたし達の身体は凍り付いた。
彼女が言う「何か」、と思しきものはユーちゃんの背中に纏わりついている。
一言で言うならばそれは──かなり失礼だけど悪霊のようだった。
「ユーちゃん、その人は……?」
「拾いました!」
即答。
わたしの震える声など意にも介さずに、ユーちゃんはにこにこと答えた。
ローザさんはと言うと、目を瞑って何やら祈っている。完全に現実から逃避してしまっている。
よく見るとそれは確かに生きている女の人だった。というか、うちの生徒みたい。
ただ、やたらと長い黒い髪が乱れているし、肌の色が青白い。
ユーちゃんにかつがれてはいるけど、彼女の肩に回された指が不気味に折れ曲がっている。
「ユ、ユーちゃん、その人は何処で拾ってきたの……?」
「校舎の裏で倒れてました! はい!」
どうやら生きている人で間違いないみたい。
「ユーちゃん、その人、大丈夫なの……?
「ローザさん、それって何?」
「霊──救急車です」
確かにかなりやつれているように見える。病気を疑う程に。
恋ちゃんもかなり痩せているけど、この人も大概だ。
「え? 多分両方共呼ばなくて良いと思うけど」
私達の懸念等知らないとばかりにユーちゃんが言った時だった。
ぐ~ぎゅるるるるるる……。
かなり大きな音が聞こえた。
私は自分のお腹を思わず抑える。
だけど違う。今日もちゃんとお昼は沢山食べたはず……。
となると、聞こえてきたのは、ユーちゃんにかつがれている女の人から聞こえてきたものだった。
「ごめんなさい……今日、お昼御飯、食べてなくって……」
か細い声で女の人が言った。
「今日、どうしても行かなければいけない所があったのだけど……途中で力尽きてしまったの」
「そ、そうだったんですか……」
「だけどこうして中等部の生徒に拾われたのは幸運だったわ……フフ、フヒ、フフ……」
ちょっと怖い笑い声。
正直、この構図は色々と危ない。
傍から見れば怖い女の人がユーちゃんに憑りついているようだ。
だけどそんな事よりも、よく見ると私達とは制服が違う。
というか、私達の年から制服が変わったらしいから、上級生の制服が私達とは違うのは当然なんだけど、何時も目にするそれらとも違っていた。
「もしかして高等部の人?」
「そうよ……わざわざこっちまで来るのは大変だったわ……」
「それで行きたい場所って何処、なんですか?」
「よくぞ聞いてくれたわね……」
ローザさんの問いに彼女は答えた。
「──学援部、よ、フ、フフフフフ……」
それは私達に大きく関係する場所だった。
☆ ☆ ☆
学援部は今日も色々あったのか人が出払っている。
居るのは部長の剣埼先輩と恋ちゃんだけだった。部室に人が少ないのは何時もの事だけど。
心配なので私とローザさんも付いてきて、事情を一通り説明したのだった。
「そう言う事だったのか。伊勢さん、ありがとう」
「こすず……またへんなのひろってきた」
「拾ったのはユーちゃんです!」
「君達。拾った、って仮にも依頼人なんだから」
3年生の剣埼先輩は、学援部の部長として日々生徒の悩みの相談に乗っている。
今回のように、高等部から中等部の校舎へやってくる生徒も居るのだ。
「私は
「なにこいつ……すごい、ぶきみ……ねっからの陰キャ……」
「恋、そういうことを言うのは良くないぞ」
「良いわ、陰キャは誉め言葉よ、フフフ……」
黒い髪を乱れさせた歴さんはケタケタと笑う。
正直、恋ちゃんの気持ちが分からないでもない。
オカルト研究部ってどんな部活なんだろう。聞いたことが無いよ。
「それで、高等部の先輩がわざわざこちらにいらしてまで相談と言うのは」
「──ええ、実は姉の事について、なんです」
「姉、ですか」
歴さんは頷く。
彼女が取り出したのは1枚の写真。
それを手に取った剣埼先輩は顔を顰めた。
一体どうしたのだろう。
「ええと、失礼ですが……この写真に映っているのがお姉さん、で合っていますか」
先輩は机に写真を置いた。
私達もそれに齧りつくように飛びついた。
「ええ、合っているわ……姉の名前は
そこに映っていたのは、歴さんとはまさに正反対の少女。
ピンク色でフリフリのスカートに身を包み、マイクを片手にステージの上で踊る少女の姿があった。
きっと彼女を見れば、10人に10人が可愛いと言うだろう。
それほどに彼女は何処か人を惹きつけるものを写真から放っていた。
それを見たユーちゃんは、食い気味に
「Ach, wie süß! とても可愛いです!」
「え、ええ、そうでしょう?」
「アイドルになったら、こういう可愛い服、沢山着れるんですか!」
「ユーちゃん! 今はそれどころじゃないでしょ?」
窘めるローザさんだけど、ユーちゃんは紗良さんの写真に見入って目をキラキラさせている。
「……ほんとうに、姉? いもーと、じゃなくて……?」
「恋!」
今度は剣埼先輩が恋ちゃんを窘めた。
しかし、特に気にも留めずに歴さんは答えた。
「ええ、正真正銘私の姉よ……姉は私より身体が小さいの」
何もかもが正反対の姉妹だった。
ひょろっと背が高い歴さんに対して、姉の紗良さんは身体が小さく、パッと見は私達と同じ中学生、いや下手したら小学生に見えてしまったほどだ。
もしかして、身長だけならわたしやユーちゃんと変わらないのではないだろうか。
「それで、相談はお姉さんについてですか」
頷いた歴さんを見て、ユーちゃんとローザさんが顔を見合わせる。
「でも……アイドルがこの学校にいるなんて……きいたことない」
「そうね……姉は元々此処の生徒だったの。アイドルになってからは通信制の学校に変えたのよ……そう、そしてアイドルになってから姉は変わってしまったわ」
うっうっ、とすすり泣くような声が顔を覆う黒髪の向こうから聞こえて来る。
「と言うのは?」
「姉は変わってしまった……人気になっていくうちに姉は増長していったわ」
「ぞーちょーって何ですか? 小鈴さん」
「えっと、それは……」
私が答える前に歴さんは言った。
「付け上がったり、高慢になる事、ね……姉はアイドルとしてちやほやされる自分に溺れていった」
きっと、お姉さんにはアイドルとしての才能があったのだと思う。
私だったら、あんな衣装を着て、皆の前で踊って歌うなんて絶対に無理だ。
「姉はアイドル活動の事しか考えなくなっていったわ」
「ですが、それはある意味仕方のない事では? 俺はアイドルの事は分かりませんが、きっととても忙しいでしょうし……」
「分かってるわ! だけど、姉は私にだけは優しかったのよ……でも、この間から突然私のメールにも返信してくれなくなって……」
「この間、から?」
「ええ……喧嘩をするようなことをした覚え何て無いのに、家で顔を合わせても無視されて、ずっと鏡だけを見ているの……」
「鏡を……」
私は写真のアイドルの顔を見た。
とてもじゃないけど、そんな事をするような人には見えなかったけど、人は良くも悪くも見掛けによらないってことみたい。
「私の願いは……元の優しい姉に戻ってほしい事……だけど、姉はアイドルで忙しくてまともに話す時間も無いわ。それに、やっと会えたかと思ったら返って来るのは罵詈雑言の嵐。もう、あの頃には戻れないのかしら……って思うと毎日が辛くて……」
「そう、ですか……」
「あああ、何でこんな事になってしまったのかしら……」
「ちょっと何処から取り出したんですか、その骸骨と藁人形と五寸釘は!」
「こわ……なにこいつ」
「お手軽黒魔術キットよ、密林通販でサンキュッパだったわ……エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えたり……」
それを聞いてかローザさんが顔を顰めた。
あれって確か悪魔の召喚呪文の決まり文句だよ。ローザさんが嫌がるのも無理は無い。でも、本当にオカルト研究部なんだ。
一方の剣埼先輩は難しそうに顔を歪めた。
どうにかしてあげたい。
だけど、紗良さんはアイドルだ。
恐らく普通なら普通に会う事もままならない。
どうやって解決すれば良いのか。先輩はそれで悩んでいるのだろう。
「その問題! ユーちゃんにも協力させてください!」
誰もがそう思っていた時。
真っ先に名乗りを上げたのはユーちゃんだった。
「貴女は……」
「だって、歴さんと紗良さんは仲良しの姉妹だったのに……それがギクシャクしたままなんて
それを聞いてか、剣埼先輩も決心したように言った。
「分かりました。何処まで出来るか分からないし、時間もかかるかもしれません。ですが、引き受けましょう」
「ああ、ありがとう……神は、まだ、私を見捨てていなかったのね……フ、フフ、フフフフ……」
か細い指を震わせて両手を合わせる歴さん。
正直、傍から見るとかなり怖いけど喜んでいる事は間違いなかった。
だけど安請け合いしちゃったのは良いけど、これからどうするんだろう?
「まずはどうしてお姉さんが豹変してしまったのかを考えていく必要があります」
「というのは?」
「確かにアイドルの事もあるんでしょうが……優しかったお姉さんがそこまで心を荒ませてしまうのはそれなりの理由があると思います。まずは、お姉さんの事自体について調べていく必要がありますね」
剣埼先輩は私達の方に目配せした。
いつも通り協力してほしいということだろう。
「伊勢さん、それにユーリアとローザさんも、協力してくれないか? うちもなかなか立て込んでいて……周囲でアイドルに詳しい人が居れば色々調べてくれると助かるんだけど」
「は、はいっ!」
そんな人、居たかな?
恋ちゃんは、アニメとかゲームとかが好きだしアイドルにも興味があるのかな、と思ったけど、
「……アイドルとかVtuberしかしらないし……きょうみないし……」
バーチャルの事は分からないけど、早速私の1つ目のアテは早速崩れ去ったのでした。
見切り発車で始まってしまった今回のお悩み相談。
果たしてどうなってしまうんだろう。
わたし達が部室を出た後、早速ローザさんはユーちゃんに恨めしそうな視線を送った。
「ユーちゃん……大丈夫なの? これ」
「
「伊勢さんも、いつもこんな事を引き受けているんですか?」
「うん……まあ……」
正直、今回に関してはどうやって解決すれば良いのか分からないよ。
☆ ☆ ☆
「アイドル?」
「うん、霜ちゃん可愛い服とか好きだし、アイドルにも興味あるかなーって」
次の日の放課後。
私達は早速、思い当たる節を徹底的に当たる事にした。
というわけで、みのりちゃんと霜ちゃんに相談する事に。
さて、みのりちゃんはともかく、男の子だけど可愛い服を着るのが好きな霜ちゃんなら、アイドルの服にも興味があるかと思ったんだけど、
「悪いけど、僕はアイドルに関しては門外漢だから」
「そう……かんじんな時にやくにたたない……」
「霜さん、いつも可愛い服を着てるじゃないですか!」
「だって、流石に派手過ぎるじゃないか! あんなのを着て街中を歩けるかって話だよ」
確かに気持ちは分かる。
私も魔法少女の時の服で街を出歩く事は出来ないよ。
「そうですか? ユーちゃんはとてもsüßだと思います!」
「ズスって何て意味なんだ?」
「「カワイイ」、って意味ですね……私も可愛いとは思いますが、霜さんと同じ意見です」
「まあ、アイドルの事は良く分からないけどさあ、小鈴ちゃんなら何を着ても可愛いと思うけどねえ」
そう言うのは、みのりちゃん。
だけど、わたしの身体をじろじろ見るなり続いた言葉は、
「でも小鈴ちゃんだと踊る時に色々邪魔じゃない?」
「邪魔って何が?」
「こーれ」
むにゅ。
次の瞬間、みのりちゃんの手は無遠慮にわたしの胸に伸びていました。
「やめないか!」
「あだっ!!」
霜ちゃんの拳骨がみのりちゃんの頭蓋にめり込みました。
「いたた……最近水早君、私に対して遠慮無さすぎない?」
「君が言うか! 君が!」
みのりちゃんの耳を抓り上げながら霜ちゃんが怒鳴ります。
うん、怒る気持ちは分かるけど、その辺にしておこう?
「あ、あの、二人とも、
「Ja! こんな感じ!」
「へいじょううんてん……そうは、みのりこのストッパー……」
「そんなものになった覚えは無いんだけどな……」
迷惑そうに霜ちゃんは言った。
「しかし、何で君達はアイドルの事なんか調べてるんだ? 僕が言うのもなんだが、君達の中にアイドルに興味がありそうな人間なんて居そうにないんだが」
頭を抑えるみのりちゃんはさておき、霜ちゃんが突っ込んだ事を聞き返してきました。
やっぱり話した方が良いのかな。
ということで、二人にも一通りの事情を説明しました。
「加々美紗良、か……テレビではたまに見かけるけど、それまでだな。まあ、グループではなくソロで活動するアイドルは珍しいってだけさ」
売店に向かいながら、霜ちゃんは言いました。
「だけど相手は仮にアイドルだ。どうやって解決するつもりだったんだ? それに言っちゃ悪いが、急にちやほやされれば人間どうなってもおかしくないだろう」
「そ、そんな……」
「まあともかく、まずは加々美紗良についての情報を探さない事には仕方ない。それも、表向きの情報だけじゃなくて、もっと詳しい情報をね」
「またまた、難しい事言っちゃって。そのアイドルに一発ガツンと言ってやれば良いんじゃないの?」
「それが難しいから手をこまねいているんだろう。大体、元はと言えば、こんなことを安請け合いするからだ」
「うにゅっ……ユーちゃんの所為、ですか?」
「いや、そういうつもりじゃ……唯、この問題を解決するのは難しいってことだ。歴さんも紗良さんも言っちゃ悪いがそれぞれの立場が違い過ぎる」
ユーちゃんは目を伏せた。
「ユーちゃんは、歴さんのこと、放っておけないです……」
元々、倒れていた歴さんを助けたのはユーちゃんだ。
ある意味この件の発端と言っても過言じゃない。
だけど、それだけではないようだった。
「それに、姉妹同士で喧嘩したままなんて……絶対ダメ、です! そうでしょ、ローちゃん!」
「それは……そうだけど」
そうか。この間、ユーちゃんはローザさんの件も踏まえて歴さんと紗良さんのわだかまりを自分と重ね合わせているのかもしれない。
「だが、そのためにはまず情報が必要だ」
「今の時代ネットがあれば調べられるんじゃないの?」
「確かにそうかもしれない。だけど、今回に関しては彼女についてもっと詳しい人の話が聞きたい」
「詳しそうな人……かあ」
結局身近にアイドルに詳しそうな人は居なかった。
後、思い当たりそうな人は誰が居るだろうか。
何か良いアテは無いだろうか。そう考えていた時──
「すっずちゃーん! ここに居たのよー!」
ガラガラと放課後の空き教室に飛び込んで来るけたたましい声。
そして、入り込んできたのは購買のお姉さんこと、陸奥国葉子さんだった。
その手には、何だか見覚えのある派手そうな衣装が抱えられていました。
「え、えと、あの人最近購買部に来た店員さん、ですよね?」
「いやあ、何と言うか……」
「色んな因縁があるというか……」
「Ja! 小鈴さんのお姉さんみたいなものです!」
「そうそう、大体そんな感じなのよ! すずちゃんは立派な私の妹候補なのよ!」
「……伊勢さんの交友関係って、どうなっているんですか?」
今此処でローザさんに【不思議の国の住人】の話をすると日が暮れちゃうので割愛します。
それはそうと、葉子さんの様子はとても楽しそうなものでした。
その衣装は一体誰に着せるつもりなのでしょう。
……大体分かっちゃいました。
「というわけで、すずちゃんには今流行りのアイドル、マジカル☆サラちゃんの衣装を着てもらうのよー!」
「待って! 今なんて言いましたか!?」
「アイドルって言いましたよね!」
「え?」
いつもなら此処で逃げる所だけど、今回に関しては違った。
食い気味になってわたしとユーちゃんは葉子さんに詰め寄る。
少したじろいだ彼女だったけど、すぐにまた元の調子に戻って言った。
「この衣装は今流行りのアイドル、サラちゃんと同じものなのよ! 夜なべして作ったのよ! 大好きなのよ!」
「知ってるんですか!?」
「知ってるもなにも、一目惚れなのよ! テレビで見た時確信したのよ! これは運命なのよ!」
「えっと、それじゃあ……何か最近、サラちゃんに変わった事とかありませんでした?」
「変わった事?」
「どんな小さな事でも良いので教えてください!」
わたしとユーちゃんの質問に、少し考えていた葉子さんだったけど、すぐ思い当たる節があったのか明朗に答えた。
「あるのよ! 最近、サラちゃんは路線変更したのよ!」
「ろせんへんこー、って何ですか?」
「要するに、今までは顔が可愛くて歌って踊れるアイドルだったサラちゃんは、魔女っ子アイドルにチェンジしたのよ!」
「魔女っ子アイドル!?」
「そうなのよ! すずちゃんみたいな感じなのよ!」
わたしみたい……ってことは、魔法少女ってこと!?
どういうことなんだろう。
「……本当だ。魔女っ子アイドル・マジカル☆サラに芸名を変えている」
「うわあ、痛々しい名前だなあ……だってこの人、一応高校生なんでしょ、このナリで。無いわー、魔女っ子とかキッツイわぁ」
「みのりちゃん……それ地味にわたしにも刺さるよ……」
「それでそれで、魔女っ子アイドルになったサラちゃんは、ステージパフォーマンスがド派手になったのよ!」
「ド派手って……それだけですか?」
霜ちゃんが冷ややかに言った。
確かに、これだけじゃあ紗良さんの何が変わったのかがよく分からない。
「じゃあ実際に見てみれば良いのよ!」
「と言っても、此処じゃスマートフォンの通信制限が……」
「なら良い場所があるのよ!」
葉子さんはにこにこしながら言った。
「視聴覚室に行けば良いのよ!」
☆ ☆ ☆
視聴覚室に並ぶのは大量のコンピューター。
わたし達は普段、情報の授業でこれを使います。
だから、先生の許可が無ければ使えない。勿論、遊ぶためとかは以ての外。
そんな中、どうしてわたし達が鍵を借りる事が出来たのかと言うと──
「姉さん……コンピューター室の鍵を貸してくれとか何を言いだすんだ」
葉子さんの弟。
陸奥国先生に頼んだからだ。
葉子さんとわたし達が居るので渋々許可してくれた。
「お友達の頼みなのよ、この通りなのよ!」
「分かったから、用が終わったらさっさと返して下さいよ。じゃあ私はまだ、面倒な仕事があるので」
「ありがとなのよー!」
そう言って、陸奥国先生は職員室に帰っていった。
ローザさんは二人が姉弟だということを知らなかったからか、ぽかんとしていた。
何であれ、これで紗良さんについて調べられるよ。
授業で使う部屋の鍵だから、なかなか普段は借りることが出来ないから、こうして放課後に使うのは新鮮だ。
「……再三問いますが、伊勢さんの交友関係ってどうなっているんですか?」
「色々あるんだよ……ついでに言うと新学期にやってきた用務員さんも、葉子さんの弟さんで……」
「そんな事より早く見ましょう!」
「そうなのよ! 私も楽しみなのよ!」
「結局この人達が一番楽しんでるね……」
「君達、これ一応問題解決の一環って分かってるのか?」
そうこうしている間に一番新しい魔女っ子サラちゃんのライブ動画が見つかった。
再生ボタンを押すと流れてきたのは──
『ハロー! 会場のみーんなー! 魔女っ子アイドル・サラちゃんだよー!』
沸き立つ声援。
ステージに立つ小さな女の子、紗良さんがわたしの魔法少女衣装に似たそれを着込んで歌って踊り出す。
……わたし、いつもこんな格好で戦ってるんだ……客観的に見るとまた恥ずかしくなってきちゃったよ。
こんなに人が居るのに、怖気づいている様子が全くない。それどころか笑顔を絶やさない。
だけど、何だろう? こんなに可愛くて魅力的なはずなのに、あの笑顔には何処か空虚なものを感じる。
「きゃー! サラちゃん可愛いのよー!」
「Ja! すごいです! 小鈴さんみたいな衣装です!」
「恥ずかしいから、やめて……」
「君達もう少し声のボリュームを落としてくれ……アイドルの動画を学校の視聴覚室で観ていた事が発覚したら大問題じゃないか」
歌のサビに差し掛かった。
確かに演出は派手だ。
☆のような光が彼女から飛び散ってるし、レーザー光らしきものがカラフルに飛び交っている。
だけど、問題は此処からだった。
『恋の魔法はSpicy、空を飛んじゃう程刺激的で──』
わたし達は一斉にわっと声を上げた。
会場も同じだ。
彼女の身体が、歌詞に合わせて──飛んだのだ。
「きゃあー! すごいのよ、サラちゃん! まるで本物の魔法少女なのよ!」
「なあ、この仕掛けどうなっているんだ?」
「そんなもの無いのよ! 路線変更してからの演出は全部サラちゃんがやってるって話なのよ!」
「……何だって。そんな事あるのか」
「あるんじゃない? アイドルなんだからさ」
「何でもアイドルで思考停止するな。じゃあこれは何なんだ」
霜ちゃんが怪訝そうに画面を指差す。
飛んだ、だけじゃない。
彼女は取り出した箒に腰かけると、ふわっと一度浮いてそのまま会場中を飛び回りだしたのだ。
それも歌いながら。
これって、ワイヤーアクションってやつなのかな。
「……これ、どうやってんの?」
「それが分からないから魔女っ子アイドルなのよ! サラちゃんは魔女っ子で間違いないのよ!」
「そんな馬鹿な! 魔法なんて非科学的なものがあるわけあるか!」
「クリーチャーは居るけどねえ、水早君」
「……それだ!」
霜ちゃんが叫んだ。
わたしにも一つ思い当たる節があった。
「葉子さん、この飛ぶ演出は路線変更してからなんだよな?」
「そうなのよ! 割と最近なのよ!」
「そういえば、紗良さんが豹変したのも割と最近だったって聞いてます!」
そうだ。
このパターンだと大体決まって来る。
「じゃあ、もしかして紗良さんが路線変更したのも、豹変したのは……」
「豹変? 何の事なのよ?」
葉子さんが首を傾げた。
わたし達は、これまでの事を葉子さんに話す。
紗良さんの事を気に入っている彼女には悪いと思ったけど、うんうん、と親身に聞いてくれた。
それは姉妹の関係の事だったからか、葉子さんの眼差しも真剣なものになっていった。
「そういうことだったの……それなら直接確かめれば良いのよ!」
「直接? どうやって」
「実は、こういうものがあるのよ!」
葉子さんが取り出したのは3枚のチケット。
そこには、『魔女っ子アイドル☆サラちゃんライブ限定前売りチケット』と書いてあった。
「これって──」
「トンボとハエ太も誘って3人で行こうとしたけど用事が入っちゃったのよ。私達は何時も3人で一緒だし、すずちゃん達にあげるのよ!」
「良いんですか!?」
「良いのよ良いのよ、すずちゃん達に必要なら何でもあげちゃうのよ!」
「しかし3人分、か……残りは当日買い足すか」
「このチケットは前売り限定で、とっくに売り切れているのよ。だから当日分は無いのよ……」
「じゃあ、ライブに行く3人を選ばなきゃいけないということか……」
どうしよう。
今此処に居るのは6人。
もしかしたら、代海ちゃんや謡さんも行きたいとか言いだすかな。
……いや、でもあの2人も色々あるみたいだし、まずはこのメンバーだけで考えておこう。後で聞くけど。
「……私は、ぱす……」
「恋ちゃん?」
「……ぜったい、あつくるしい……ひとごみ、むり……」
「逆に、小鈴は確定だな。万が一、この嫌な仮説が当たっていた時が大変だ」
「じゃあ、後二人か」
「私もパス。何だかとても行きたそうな子が居るしね」
みのりちゃんは、画面の前で一番目を輝かせていたユーちゃんを指差す。
「良いんですか!?」
「ユーちゃん、遊びに行くんじゃないからね!」
「うみゅっ、分かってるよ……」
「ユーちゃんだけじゃ心配です。ユーちゃんが行くなら、私も行きます」
「しかし、3人共アイドルのライブの事とか分かるのか?」
「……」
「……」
「Ja! 分かりません!」
駄目だ。
アイドル初心者の3人がライブなんかに行ったら、絶対に大変な予感がする。
だけど、みのりちゃんが言った。
「良いんじゃない? 初めての3人だからこそ場の空気に流されずに冷静にそのアイドルとやらを見れるんじゃない?」
「まあ、どのみち誰が行ってもそうなっていただろうな……」
「確認すべきはたった一つだからね」
そう。
たった一つ。
この問題の根源に巣食うかもしれないものの存在だ。
「──紗良さんにクリーチャーが憑依しているかもしれない、ということだね」
現に今までそう言った事件が起こり過ぎているからね、と霜ちゃんは付け足す。
「この問題を解決するには、まず加々美紗良にクリーチャーが関与している可能性を排除する事だ。そして原因がクリーチャーなら、いつも通り退治する」
「うんうん、サラちゃんがもしも困っている事になっているのなら助けてあげてほしいのよー」
それと、と葉子さんは付け加えた。
「すずちゃん、ついでにこれ着て欲しいのよ!」
「着ませんっ!」
どさくさに紛れて着せようとしないでよ……。
魔法少女になるのは事件の時だけで十分なのに。
「むぅ……小鈴さん、羨ましいです……」
ユーちゃんはと言うと、ずっと羨望の眼差しでこちらを見ていた。
でも、これすっごく恥ずかしいんだよ……?
☆ ☆ ☆
「……小鈴さんばっかりあんな服着れて
「と言われても……伊勢さん、かなり迷惑していたように見えるよ?」
その日の帰り道。
ルナチャスキー姉妹は、夕暮れ時を二人並んで帰っていた。
「ユーちゃん、完全に紗良さんに感化されて……というか、そもそもユーちゃん、ライブに行く理由分かってる?」
「それは勿論、紗良さんにクリーチャーが取り付いていないか調べる為だよ!」
「うん、忘れてなくて良かった」
「だって、姉妹で喧嘩したままなんて、絶対よくない!」
「そう、だね。私達……みたいに」
ぎゅっ、とローザはユーリアの手を握り締める。
「……ローちゃん?」
「ユーちゃん。絶対に、1人で危ない事はしないでね……?」
「Ja! ローちゃんと一緒なら、大丈夫!」
ライブの日は明後日。
アイドルのコンサート等行った事が無い二人だが、それ以上に大きな暗雲が迫っていた。
「そう言えば、小鈴さんとのお出かけにローちゃんが付いてくるのは初めてだよね?」
「人が集まっていて危ない場所だもの」
手を握る力が強くなった。
「……私の近くから離れないで」
「ローちゃん……大丈夫だよ! 小鈴さんも居るし、ローちゃんも居る! 離れないようにするから!」
「人だけじゃない。もしかしたら、クリーチャーが居るかもしれないんでしょう……?」
胸に詰まった思いを吐露した。
「……私がもしも魔法を使えたら、ユーちゃんを守れるのに」
「ユーちゃんも同じ事考えてた。でも、小鈴さんは……誰かを助けたいって思った時とか守りたいって思った時、すごいんだよ?」
「小鈴さんが?」
ローザはまだ、彼女の魔法少女としての姿を見た事があるわけではなかった。あくまでもユーリアの語り口の中だけだ。
普段は自分と同じで大人しいあの子が、勇ましく戦う姿をローザは想像出来なかった。
「……それでも、私がユーちゃんを守るよ」
それは彼女への不信感では無い。
所謂強迫観念と紙一重の使命が生み出すものだった。
☆ ☆ ☆
──ライブ当日。
会場には既に多くの人が集まっていた。
わたし達は葉子さんから貰ったチケットのおかげで何とか指定席に座れたけど、やっぱりすごい熱気と言うか恋ちゃんの言いたかった事が分かる気がする。
周囲から伝わってくるのは多くの人の熱気だった。
スポットライトがステージの周りを飛び回り、そこでマイクを握る1人の少女。
「人間と言うのは、よく分からない催しを開くよね……」
無理矢理鞄に詰めてやってきた鳥さんが頭を羽根で抑えてます。
クリーチャーが関わっているかもしれないということで、当然連れてきました。
だけど、やっぱり困惑しているみたい。
「アイドル、か……自然文明は同じような事をやるらしいけど、人間もやるんだね……」
「え? そうなの?」
「それより、凄い熱気だな。何だか、居心地が悪いというか……嫌な空気がするというか」
『ハロー、みーんなー! サラちゃんのマジカル☆ライブに来てくれてサンキュー!』
「サラちゃんサイコー!!」
「こっち向いてェーッ!」
『よーし、今日もサラちゃんが、皆に元気の魔法を掛けちゃうぞ!』
そうこうしている間に、加々美紗良さん──魔女っ子アイドルサラちゃんに、わたし達を含んだ大勢の観客が絶叫に近い声援を浴びせていた。
そして彼女もとびっきりの笑顔で手を振って応える。
わたし達の席は、彼女の顔がはっきりと分かる程良い席に座っているが、改めて彼女の魅力が伝わって来る。
『それじゃあ、第一曲目は『恋の呪文はSBD~Surprise Burning Destiny~』、いっきまーす!』
何かすっごい物騒な曲名だけど気の所為だよね。多分。
もたもたしている間に歌が始まってしまいました。
『Burn! 心の叫び、君を見た時直感したんだ! Burn! 焼けつくような、胸がヒリヒリして痛いの!』
「えーと、それで……この光る棒って何なのかな? ペンライト?」
「Nein、これはどうやらサイリウムというものだそうです。使い捨てみたいですね」
「そうなんだ……」
ユーちゃんが周りの見よう見真似で振り回しているそれを身ながらわたしは頷いた。
いや、一応わたしとローザさんも手に持ってはいるけど、周囲の空気についていけません。
「がんばれー! サラちゃーん!」
「ユーちゃん、とても元気そう……」
「昔から何も考えなくてもその場のノリで物事を楽しめる子だったから……私にはとても出来ません」
彼女がそう言った時だった。
『我慢できないドキドキ! 君のハートを絨毯爆撃! 3・2・1で爆ぜる、恋の呪文はS・B・D!』
「エスビーディー!」
ユーちゃんが曲に合わせて叫ぶ。
もう既に疲れてしまったらしいローザさんが問うた。
「伊勢さん……これ、後何曲くらいあるんですか?」
ローザさんの目は、暗にこの空気を後何分くらい吸えばいいのか、という息苦しさを訴えているようだった。
耳を抑えている辺り、周りの歓声は勿論、音響の酷さに懲り懲りしてるのかもしれない。
「えと……残りは『青春デバステイター』、『マジカルクラフトキャリアー』……」
「分かった、分かりました……うみゅう、耳が壊れてしまいそうです」
「それは大袈裟だけど……いや、でも同意かも」
「ローちゃん! 楽しんでる?」
「う、うん……」
振り向いたユーちゃんに笑いかけるローザさん。
まあ、それでもローザさんはユーちゃんが楽しそうなら良いかな、と思ってるのかもしれない。
『それじゃあ、2曲目行きまーす! 『青春デバステイター』!』
既に疲れていたローザさんを差し置いて、すぐさま次の歌が始まってしまった。
その間、ずっとユーちゃんはノリノリでサイリウムを振っていて、わたしはローザさんを励ましながら応援をしていた。
そして、最後の曲の『フライングガール』のサビに差し掛かる。
「ローザさん! もうそろそろ終わるから! ね?」
「伊勢さん、Danke……」
「気をしっかり持とう!? ね!?」
『恋の魔法はSpicy、空を飛んじゃう程刺激的で──』
わたしは思わず紗良さんに注目する。
あの動画で流れていたのと同じ曲、そして同じ部分だ。
会場が一気に沸いた。
その時、紗良さんはふわりと宙に浮かぶ。マイクを箒代わりに腰かけて。
『──私は空飛ぶ魔法少女! 』
「おおお!! 飛んだ!!」
「サラちゃんが飛んだぞー!! やっぱ何時見ても凄いな!!」
「流石魔女っ子アイドルだぜ!!」
歓声が一気に沸く。
本当だ。本当に飛んでいるよ。
こんなの、一体どうなっているんだろう。
「ねえ、鳥さん、これどうなって──」
居ない。
鞄を開けると、既にそこには鳥さんの姿は無かった。
肝心な時にどうしたんだろう。今こそ、紗良さんにクリーチャーが取り付いているか調べなきゃいけないのに!
結局、歌は終わってしまった。
紗良さんはマイクをステッキのように回して観客に向かって叫ぶ。
『みーんなー! 今日はライブに来てくれてありがとー! また来てねー!』
絶叫のような歓声がその場を包み込んだ。
結局、鳥さんが居なかったから紗良さんの状態が全く分からなかったよ。
「楽しかったです! 小鈴さん!」
「そ、そう……良かったね、ユーちゃん……」
会場の熱気も収まり、紗良ちゃんが出て行ったあとに観客達も次々に立っていく。
「伊勢さん。結局、紗良さんはクリーチャーに憑依されていたのですか?」
「うっ……そ、それは……」
何処か恨めしさを残した目でローザさんがこちらを見つめた。
完全に疲れ切っているようだった。
こんな状態で何の成果も無かったなんて言えないよ。どうしよう。
「じ、実はね、ローザさん──」
「小鈴! こっちだ!」
「鳥さん!?」
見上げると、そこには羽ばたく鳥さんの姿。
勝手に飛び出して何してたんだろう。
「もう! 何処行ってたの!? ライブ終わっちゃったよ!?」
「ちょっと怪しい気配があってね……調べていたんだが、どうやら恐ろしい事に行きついたよ」
「恐ろしい事?」
「とにかく、来てみれば分かる。誰かが来てしまってすぐ逃げる羽目になったけど、そこに妙なエネルギーが沈殿しているんだ」
「来る、って何処に!?」
「『出演者控室』……って場所だったな。確か」
「もしかして、そこにクリーチャーが居るとかでしょうか!?」
「ま、待って! 出演者控室って、どう考えても関係者以外立ち入り禁止じゃない!?」
そうだ。
どうやって入れば良いんだろう。
……いや、ある。
決して合法的とは言えないけど……誰にも気付かれずに出演者控室に侵入する方法が。
「小鈴さん! 行きましょう!」
「ユーちゃん……」
「こんなに楽しい歌を歌える人にクリーチャーが迫っているなら、放っておけないです!」
「Nein、駄目だよユーちゃん、貴女だけで行かせない。そもそも、小鈴さん1人で侵入出来るかも怪しいのに」
「うにゅっ……で、でも」
「いや、行けるよ」
鳥さんは言った。
「──3人で、人の目を掻い潜れるかもしれない方法が。そうだろ? 小鈴」
「……うん。あまりこういう事に使いたくは無いんだけど……」
☆ ☆ ☆
あまり魔法をこういう事に使いたくないけど、切羽詰まっている鳥さんの様子を鑑みるに急がない訳にはいかなかった。
人目につかない場所で魔法少女に変身したわたしは、ユーちゃんとローザさんを腕に抱きかかえて宙に浮かんでいた。
魔法少女になったことで、腕力が強くなっているからか二人共軽い。
そして、人から見られないようにわたし達は今魔法で透明になっている。
……何だろう。一歩間違えれば犯罪に使えそうだよ。
控室のある場所を調べ、外から窓を覗く。不用心にもカーテンすら掛かっていなかったのは、此処が建物の3階だからか。
「あ、あの、伊勢さん、絶対手を離さないでくださいね……!?」
「すごいです! 今、ユーちゃん空を飛んでます!」
「ユーちゃん黙って! 誰かに聞こえたらどうするのこれ!?」
「はい、これで大丈夫だよ」
幸い足場になりそうな場所があった。
そこに2人を降ろす。
窓からこっそりと部屋の中を覗くと、そこには異様な光景が広がっていた。
紗良さんは控室で鏡を見ていた。
だけど、何かがおかしい。彼女は何かと話しているようだ。
そして何より、鏡の中の紗良さんと今そこに立っている紗良さんのポーズが違う。
「あの鏡、何かおかしくないですか?」
「ああ。あの鏡の中の女の子は、ずっとあそこに居たんだ。まるで閉じ込められていたみたいにね」
わたしは驚いた。
鏡の中にずっと紗良さんが居た──?
どういうことだろう。
「一体どうなっているんですか!?」
「待って! 取り合えず話を聞いてみるよ」
わたしは窓に耳を近付けた。
普通の人間なら聞き取れないかもしれない。
だけど、魔法少女ならば話は別。
わたしの聴力は普段の何倍以上にも強化されており、耳を研ぎ澄ます事でガラスの向こうの彼女の声が聞こえてきた。
「ちょっと! いい加減に元に戻してよ!」
鬼気迫る声で言ったのは──鏡の中の紗良さんだった!
「こんなの聞いてないわよ! 願いを叶えるって、私の代わりに貴女が叶えるって聞いてない! 戻せ! 私を元の世界に戻してよ!」
「ばっかだなぁー。そんな上手い話があるわけがないでしょ? それにあんたの願望を代わりに叶えるためじゃなくて、多くの人々の偶像への夢や希望から魔力を集めるためにこの姿になったんだから」
鏡の外の紗良さんが言った。
背筋がぞくりと泡立つ。
同じ人間が、鏡合わせに喋っている。こんなことは普通じゃ考えられない。
「出せ!! 出せ!! 出してぇ!! もう嫌!! つまらない!! 退屈!! 出して!! 出してよォ……」
必死の形相で、泣き崩れながら彼女は鏡面を叩く。
しかし、向こうからこちらに出て来る事は出来ないようだった。
「鏡の世界は快適でしょ? そこではあらゆる欲望が失われる。腹も減らない。眠くもならない。年もとらない。まして死にもしない。あんたはずっと鏡の中の異世界で、私の姿を維持するためだけの為に永遠のアイドルとして存在し続けるんだからね!」
「出してぇ……こんな世界、嫌だぁ……! こんな世界でアイドルなんかぁ……」
何てことだ。今の話が本当なら、あそこに居るのは偽物の紗良さんだったんだ。
今までライブで歌って踊っていたのは鏡に映された幻想。
そして、本物の紗良さんはずっと鏡の向こうに閉じ込められていたんだ。
「小鈴さん、何て言ってるんですか……!?」
「大変だよ、本物の紗良さんは鏡の向こうに閉じ込められているよ!」
「伊勢さん……鏡の中に世界なんてあるわけが無いじゃないですか。御伽噺やメルヘンじゃないんですし……!」
「それがあった、ということだな」
震える声でローザさんが言った。
現実をまだ受け入れられていない様子だった。
「じゃあ、ユーちゃんたちが今までライブで応援していたのは……!」
「それどころか、葉子さんが言ってた路線変更後の紗良さんも……!」
「全部、偽物だったんだ!」
こうなってはもう事は一刻を争う。
わたしは窓に手を掛けた。ベキッ! と音が響くと、窓ガラスの鍵が壊れて思いっきりわたし達は部屋に雪崩れ込む。
姿が見えなくなっているはずのわたし達を──部屋の中に立つ紗良さんは冷たい視線で睨んだ。
「私を認知出来る人間が居たとはねぇ……」
「ひっ……!」
悲鳴を上げたローザさんがユーちゃんを守るようにして、抱きしめた。
声も姿も同じ。
だけど、明らかに異様な空気を紗良さんから感じる。
「クリーチャーか?」
鳥さんが問う。
紗良さんの偽物は冷ややかに答えた。
「私は被造物に過ぎないんだよねー☆ この少女の欲望を鏡で映し出した被造物に過ぎないってわけ」
「ちょっとあんた達! 助けに来てくれたの!? 私を!! 此処から!! 出してよォ!!」
ガンガン、と鏡の向こうから窓ガラスを叩くような音がする。
相当参っているみたい。既に顔はぐちゃぐちゃで、閉塞感に心を蝕まれているようだ。
「紗良さんが急に路線変更したり、魔法が使えるようになったり、歴さんに冷たくなったのは偽物と入れ替わっていたからですか!」
「それは違うよ。元より、この子は自分以外の人間には興味が無い。実の妹でさえも、最近は疎ましく思っていたんだからね!」
「ッ……そ、それは……ぐぐ……!」
「私は、この少女の”カワイイ以外の個性が欲しい”、そして”永遠のアイドルで居たい”という醜い願いを叶えただけに過ぎない。私がこの少女と入れ替わる事でねぇ!」
それは、とても恐ろしいクリーチャーの表情だった。
「伊勢さん……こんなのどうしたら……!」
「ひどいです! 紗良さんを閉じ込めて自分だけアイドルをしていたなんて!」
「私はこの少女の願いを叶えてやっただけなんだけどさあ」
偽物の紗良さんの瞳が不気味に赤く輝いた。
「我は鏡……留まる事を知らない人の欲望を映し出す鏡……」
「鳥さん!」
「ああ!」
太腿のホルスターからデッキを引き抜く。
「この姿は割と気に入ってるんだけど、お仕置きが必要かなあ!」
一瞬の浮遊感と共にわたし達はいつもの戦場へ飛び立つ。
どっちにしたって、本物の紗良さんが居ないと歴さんは何時までもあのままだ。
「させない! 帰って来る人が待ってるんだ! 本物の紗良さんは返して貰うよ!」
☆ ☆ ☆
[小鈴:超次元ゾーン]
《勝利のガイアール・カイザー》
《勝利のリュウセイ・カイザー》
《勝利のプリンプリン》
《時空の凶兵ブラック・ガンヴィート》
《タイタンの大地ジオ・ザ・マン》
《時空の喧嘩屋キル》×2
《銀河大剣ガイハート》
紗良さんの偽物との対戦。
先攻は紗良さんの偽物。
こっちも負けじとマナブーストしていきたい所だけど、2マナのカードが引けなかったので2ターン目は何も出来ませんでした。
そして、来たる3ターン目。遂に偽物は動き出した。
「はいはーい! 会場のみーんなー! 今日は魔女っ子アイドル☆サラちゃんのアンコールコンサートに来てくれてサンキュー!」
「来るぞ、小鈴!」
「う、うん……!」
偽物の紗良さんは、本物と全く同じ笑みを浮かべると、軽いステップと共に呪文を唱えた。
そこから発せられるのは虚構の光。
夢幻から、魔獣が引き寄せられる。
「一曲目は
「アンノウン……!?」
「今日のゲストは、《
「ひ、光のデーモン・コマンドだ……!」
「さあ、まだまだ行くからねー! ターンエンド!」
羅刹。確か、仏教に伝わる悪鬼の類、だよね。
実際に戦うのは初めてだ。
一体、どんな戦法を使ってくるんだろう。
「やっときた。わたしは2マナで《ダーク・ライフ》を唱えるよ! 山札の上から2枚を表向きにして、1枚を墓地、1枚をマナに!」
やっと手札に来た初動カードを使う。
1ターン遅れだけど、これでマナと墓地が増やせた。
次のターン、わたしは5マナ。だけど、まだ盤面も墓地も整ってはいない。
相手に好き勝手される前にどうにかしなきゃ……!
ターン4
紗良(偽)
場:無し
盾:5
マナ:3
手札:5
墓地:1
山札:26
小鈴
場:無し
盾:5
マナ:4
手札:4
墓地:2
山札:25
「私のターン! 2曲目は《プロテクション・サークル》、行くよ! カードを1枚手札からシールドに置いて、私の方がシールドが多いから1枚ドローね!」
「……何を仕込んだんだろう……?」
紗良さんの偽物は手札からシールドに何かカードを置いた。
あそこに入っているのはS・トリガー?
それとも、何も入っていないブラフ?
それは分からない。割ってみない事には。
墓地に落ちたのは《法と契約の罠》だから、まだ《ロマノフ・シーザー》を出しただけじゃどうにもならない。
だから、今やるべきことは──
「わたしのターン、《超次元 ボルシャック・ホール》で《勝利のリュウセイ・カイザー》をバトルゾーンに出すよ!」
「ううー☆ 強そうなクリーチャーが出て来ちゃったー、サラちゃんこわーい☆」
「……」
調子、狂うなあ……。
ターン4
紗良(偽)
場:無し
盾:6
マナ:4
手札:4
墓地:2
山札:24
小鈴
場:《勝利のリュウセイ》
盾:5
マナ:4
手札:4
墓地:2
山札:24
「そ・れ・じゃあ、今日のメイン曲いっちゃおうか!」
「メイン曲!?」
「そうそう、凄いゲストを呼んだんだからぁー、覚悟してね☆」
紗良さんの偽物は3枚のマナをタップする。
一体何なんだろう。
とても嫌な予感がする。あの輝きの奥に秘められた悪意の存在が見え隠れする。
「それじゃあいっくよー……本日のメイン曲、《クリスティ・ゲート》!」
展開されたのは稲光を放つ魔方陣。
紗良さんの偽物は、くるりと一回転するとまるで歌うように宣告した。
「その効果でぇー、シールドを1枚見て、それが光のデーモン・コマンドなら何とタダで場に出しちゃいまーす!」
「え、えええ!?」
「タダより怖いモノは無いってね! それじゃあ皆で魔法の呪文☆いってみよー!」
なにか、来る。
こんなに眩い程の光なのに、何故こんなにわたしは不安なんだろう。
「
そこから黄金の頭角が現れる。
手を伸ばす光り輝く悪鬼羅刹。
赤いマントを翻し、赤い水晶の埋め込まれた槍を掲げるクリーチャーだ。
とても巨大で、黄金の一角馬に跨る姿はまるで騎士のよう。
「このクリーチャーは、パワー12000、T・ブレイカー……そして、貴女に絶対的な敗北を齎す! さあ、覚悟は出来たかなあーっ?」
「な、何、このクリーチャー……!」
パワー12000、T・ブレイカー。
見るからに強力だけど、その能力はいまだ不明。
とにかく、こっちも対抗しなきゃ……!
「わたしのターン! 4マナで《カラフル・ナスオ》召喚! 効果で山札の上から4枚をタップしてマナに置いて、4枚を墓地に置くよ!」
「ふっふっふー、引っ掛かったなぁー! 《アガサ・エルキュール》の能力発動!」
「ええ!?」
「相手のクリーチャーがバトルゾーンに出た時、自分のシールドを全部見て、その中から進化ではないデーモン・コマンドをバトルゾーンに出してもよい!」
《アガサ・エルキュール》の槍が空間を突き壊す。
そこから、更なる羅刹が姿を現した。
「
わたしはたじろいだ。
それは、ユーちゃん達を睨んでいた瞳と全く同じクリーチャー。
光り輝く剣を構え、虎の顔と狼の顔を左右の肩に備えた鏡の魔獣だ。
「小鈴! あいつだ! あいつが、偽物の正体だ!」
「あっはははは! 今更気付いても遅い! 《ミラーズホロウ》の登場時効果で、山札の上から4枚を表向きにして、そこからアンノウンと呪文を回収する! 《ホワイトアウト》と《ミラーズホロウ》を回収!」
「ど、どうしよう……!」
「あんたは、鏡の罠に嵌ったのよ! 貴女が何かをすれば、私はそれを何倍にしてやり返す! もう観念しなさいってね☆ 《ミラーズホロウ》はブロッカー! そう簡単には通さないよ!」
それと、と紗良さんの偽物は言った。
「──言っておくけど、呪文を唱えた時にも《アガサ・エルキュール》の効果は発動する。私は自分のシールドを全部見て、その中から呪文を1枚選んで唱えられるよ」
「そ、そんな……!」
そして、シールドを割りに行こうにも、ブロッカーの《ミラーズホロウ》が居るから、わたしは簡単に攻撃出来ない。
更に、光文明というだけあってシールドを補充する手段も充実しているはずだ。
完全に、罠を張られてしまったも同然の状態だ──!
ターン4
紗良(偽)
場:《アガサ・エルキュール》、《ミラーズホロウ》
盾:4
マナ:5
手札:4
墓地:3
山札:21
小鈴
場:《勝利のリュウセイ》、《カラフル・ナスオ》
盾:5
マナ:6
手札:3
墓地:6
山札:18
「私のターン。《プロテクション・サークル》を唱えて、手札のカードを1枚シールドに加えるよ!」
また何か仕込んだ。
今度こそS・トリガー呪文?
それとも、《アガサ・エルキュール》で踏み倒すデーモン・コマンド?
召喚、呪文の詠唱、そして攻撃。
私が何をやっても不利になるように彼女は立ち回っている。
まるで、終わりのない鏡の迷宮に追い込むようにして。
「1つ教えてあげるよ、鏡の中の哀れな魔法少女。さっき手札に加えた《ホワイトアウト》は、進化でも光でもないクリーチャーを全てシールドに封じ込める呪文、と言ったらどうする?」
「どうする? って──ああっ!」
そうだ。
さっきの《アガサ・エルキュール》の効果と合わせれば分かる。
わたしが呪文を唱えた瞬間、わたしのクリーチャーは全員、シールドに埋められてしまう……!
でも、このままじゃわたしは勝つ事が出来ない。
「……進化以外?」
わたしは口の中で呟いた。
そうだ。何も問題は無い。クリーチャーを進化させれば、《ホワイトアウト》の被害を最低限に減らす事が出来る。
だけど、相手はそれでわたしの召喚を誘導している可能性もある。
さっき《アガサ・エルキュール》の効果で確認したシールドのカードの中に、もっと強いデーモン・コマンドが居たら?
結局、どん詰まりだ。
わたしは完全に、迷宮に迷い込んでしまったのだ。
やることなす事全てが裏目に出る鏡の迷宮に──!
「馬鹿だよねえ! アイドルなんて、まやかしを信じて迷宮に迷い込む! 助け出す? あの哀れな偶像を? 無駄無駄! あの子はたった1人! こっちに戻ってもそれは一緒! だって、自分さえ良ければそれで良いって思ってるんだからさあ!」
……だけど!
「……無駄じゃ、ないよ……!」
「何だと?」
「少なくとも、1人。わたしは知ってる! 紗良さんに、帰って来て欲しいって思ってる人を……!」
「まあ、無駄なんだけどねえ……あんたがどう足掻いてもさぁ! だから、諦めなよ!」
確かにどん詰まりに見えるこの状況。
だけど、諦めない。
こうなったら、リスクを承知で先に《アガサ・エルキュール》を倒すしかない!
「──諦めないよ! 呪文、《地獄門 デス・ゲート》!」
まずは打ち砕く。あの《アガサ・エルキュール》を!
コストが大きければ大きい程、《デス・ゲート》で場に出せるクリーチャーの範囲は広がるんだ!
アンタップされた《アガサ・エルキュール》を、これで破壊するよ!
「そして、その効果で場に出すのは──《悪魔龍ダークマスターズ》!」
「……なっ……!」
地獄への門が開き、そこから悪魔の龍が姿を現す。
紗良さんの偽物の顔が引きつった。
「その能力で手札を見て、3枚を墓地に落とすよ! 《ミラーズホロウ》、《クリスティ・ゲート》、《プロテクション・サークル》! 全部捨てさせるよ!」
偽物の手札は3枚あった。
だから、これでもう手札は無い!
「チッ、《アガサ》の効果発動! 手札から、《ホワイトアウト》を使う! くそっ……! 嘗めた真似をしやがって……!」
偽物の口調が荒くなる。
それと共に、わたしの場のクリーチャーが極光に包まれて、シールドに次々と封じ込められた。
そして、紗良さんの偽物のシールドは次々に増えていく。
わたしの場に居たクリーチャーの数だけ!
「ふざけんなよ、ボゲェッ!! 折角、テメェのクリーチャーを全部消し飛ばせたと思ったのに、手札が無いんじゃ何も意味が無いじゃぁーねぇかァ!!」
「わ、わわわ、すごく怖くなってる……!」
「うるせぇ!! つべこべ言うんじゃねぇぞこのゴミがァ!! 元々、この身体の持ち主は、こういう口調なんだよッ!!」
「流石にその嘘は……無いんじゃないかな?」
「信じてねぇって顔だなァ、この牛女が!」
「牛女!?」
何気に酷い。
この顔で、この罵声の数々はショッキングだよ。
ターン5
紗良(偽)
場:《ミラーズホロウ》
盾:7
マナ:6
手札:3
墓地:4
山札:20
小鈴
場:無し
盾:6
マナ:7
手札:2
墓地:7
山札:17
「まぁ、良い! たっぷり礼は返してやるよ!! 私のターン……6マナで《虚構の支配者メタフィクション》召喚! こいつが場に居る時、相手が呪文を唱える度に墓地から呪文を回収出来る!」
まずい。このままじゃ、呪文を唱える度に折角墓地に落とした《クリスティ・ゲート》や、墓地に落ちた《ホワイトアウト》を回収されてしまう。
《ロマノフ・シーザー》で勝つなら、一撃で勝つつもりでいかないと……!
「わたしのターン……《ホネンビー》を召喚して、山札の上から3枚を墓地に置いて──《爆砕面ジョニーウォーカー》を手札に! ターンエンド!」
「この私が、追い詰められている……アイドルの、私が……アンノウンの、私ガァ……クク、カハハハハハッ!!」
狂気に満ちた笑い声を上げて、彼女はカードを引く。
そして──
「呪文、《トライガード・チャージャー》! その効果で、シールドを見る! そこから、《クリスティ・ゲート》を回収!」
「ま、また!?」
「《アガサ》の効果でシールドを見ていたんだ。当然だろう? そして、《クリスティ・ゲート》を使って、シールドから場に出すのは──こいつだ!!」
新たる黄金の悪魔が姿を現す。
この、鏡からの完全なる犯罪を成し遂げるべく、それは羅刹の門より這いずり出た。
「《犯罪紳士 カンゼンクライム》召喚!!」
現れたのは、ジャケットを身に纏い、じゃらじゃらした装飾を身に着けた羅刹鬼。
その能力により、偽物の手札にカードが吸い込まれていく。
「その能力で、墓地から「S・トリガー」を持つ呪文を全て回収し、相手が「S・トリガー」を使った時、手札から「S・トリガー」を持つカードを唱える事が出来る!」
下手に呪文を使えば、どんどんわたしは追い詰められていく。
「私のシールドは8枚もあるんだ! こっちにはブロッカーも居るし、ジリ貧だろーがよ! じわじわと削ってやる! 《メタフィクション》でシールドをW・ブレイク!!」
砕かれる2枚のシールド。
出てきたのは《勇愛の天秤》。だけど、此処で使えば相手に《クリスティ・ゲート》を使わせてしまう!
「わたしのターン、2マナで《ジョニーウォーカー》を召喚だよ!」
「何をするかと思えば……!」
「その効果で、墓地からクリーチャーを回収。そして、6マナをタップ!!」
これで決める。
一気に!
「《ホネンビー》と《ジョニーウォーカー》で
「ハッ、無駄だ!! そいつ1体じゃ、この8枚ものシールドを全部叩き割るなんて無理な話だ!」
「そう、この子だけじゃ無理だよ。だから──力を合わせるんだ!」
《ロマノフ・シーザー》の魔砲が轟く。
狙うのは勿論、相手のシールドだ!
「《シーザー》で攻撃! その効果で、墓地からコスト7以下の火または闇の呪文を唱える事が出来る!」
「コスト7以下ァ!?」
「そうだよ! 唱えるのは《
この効果で、パワー6000のクリーチャーを全部破壊。
そして──
「もう1度、わたしのターンだよ!」
「ッ……!!」
「まずは、《シーザー》でシールドをT・ブレイク!」
「ブロックは……しない!」
次々に割れていくシールド。
しかし、そこにS・トリガーのカードは無いようだった。
「もう1度わたしのターン! 6マナで《龍覇 グレンモルト》召喚! その効果で、《銀河大剣 ガイハート》を装備!」
これでステージに全ての演者が揃った。
「最後にツインパクト発動、《レッド・アグラフ》! 《グレンモルト》のパワーを+4000して、アンタップしているクリーチャーを攻撃出来るようにするよ!」
もう、これでブロッカーは意味を成さなくなった。
まずは、《ミラーズホロウ》を切り裂く!
「《グレンモルト》で《ミラーズホロウ》に攻撃!! バトル時、パワー+3000……そして、《レッド・アグラフ》で更に+4000! 破壊!」
「ブロッカーが……だが、それでは残るシールドは削り切れまいよ!」
《ミラーズホロウ》が一刀両断された。
だけど、これだけじゃまだ終わらない。
相手のシールドはまだ5枚残っているから、これを全部ブレイクしなければならない。
「《ロマノフ・シーザー》で攻撃!! その時、墓地から《魔弾 ベター・トゥモロー》を使うよ!」
「何だとッ……!?」
「その効果で、わたしのクリーチャー全員のパワーは+3000されて、シールドを更に1枚ブレイクするよ」
「はははは! 私のシールドは5枚残っているんだ! 4枚ブレイクされても、まだ1回攻撃を耐えられるぞ! ははははは!」
「そして、ナイト・マジック発動!」
「……は?」
相手の笑いは今度こそ止まった。
「ナイト・マジックで、バトルゾーンに自分のナイトがあれば、この呪文のナイトマジック能力をもう一度使ってもよい──つまり、《ベター・トゥモロー》の効果で《シーザー》は更にもう1枚シールドをブレイクするよ!」
「ブレイク数がプラス2……わ、私のシールドがァ!?」
魔弾が一挙に乱射され、シールドを全て打ち砕いた。
その中から光る1枚のカード。
「S・トリガー、《密室の破壊者 クローズド》……! こいつはブロッカーだ!」
「いや、もう止められないよ! 自分のクリーチャーが攻撃した時、それが2度目の攻撃ならばその攻撃の終わりに《ガイハート》が龍解する──!」
「……な、何だとォ!?」
《グレンモルト》が握っていた大剣が天へ掲げられる。
剣は銀河さえも切り裂く星の龍へと昇華した。
「──龍解! 《熱血星龍 ガイギンガ》!」
これでもうおしまい。
《ガイギンガ》が龍解した時、相手のパワー7000以下のクリーチャーを1体破壊する!
「《クローズド》を《ガイギンガ》の効果で破壊!!」
「ク、クハハハハ! 面白い! 面白いぞ人間! よもや、見ず知らずの人間の為に此処まで戦えるとはなァ!」
「見ず知らずじゃない! 助けてほしいって思ってる人が居るなら! わたしは絶対に見捨てたりしない!」
だから、絶対に諦めたりしない。
だって、歴さんは悲しんでいたから。
鏡の向こうの紗良さんは出してほしいって言っていたから。
わたしは──貴方を許さない!
「《熱血星龍 ガイギンガ》でダイレクトアタック!!」
☆ ☆ ☆
これで、偽物は消えて紗良さんも元の世界に帰れる──そう思っていた。
ミラーズホロウのマナを鳥さんが啄んでいる。
だけど、わたしは胸に息苦しさを感じていた。
部屋の中には妙な瘴気が渦巻いていた。
「小鈴さん! 大丈夫でしたか!?」
「わたしは、大丈夫。だけど、何か変……まだ、何か居るみたい」
「どういうことですか? 伊勢さん」
「まだ、何も終わっていないって事かもしれないな」
鳥さんが不穏な事を言ったその時だった。
「──!!」
部屋の何処かから声が聞こえた。
消えて居なくなった偽物の声ではない。
低い男のような声だった。ノイズが掛かっていて、聞き取りにくい。
それは、明確に人のものではない事を示していた。
次の瞬間、「うにゅっ!?」という音と共にユーちゃんの手を何者かが掴んでいた。
その手は、見ると鏡の向こうから大量に伸びていた。
「ユーちゃんっ!!」
彼女が伸ばす手をわたし達は引っ張り上げる。
何とか魔法少女としての馬力もあってか、わたしはユーちゃんを引きずり出す事が出来た。
肩で息をするユーちゃんが「Danke!」と礼をするけど、それどころじゃない。
無数の手から逃れたわたし達は、すぐさま部屋を出る。
もう、本物の紗良さんの声も聞こえてこなかったけど、それどころじゃない。
幾つもの手が部屋の鏡から飛び出してくる。
窓を開けて、2人を先に部屋からベランダへ出した。
最後にわたしが部屋から脱出した。
二人を抱えて、近くの木を目掛けて飛び降りる。
何とか、わたし達は九死に一生を得た。
もう、あの手達はわたし達をこれ以上追いかける事が出来ないみたい。
だけど──まだ問題があった。
まだ、何も解決していないのだ。
ユーちゃんが不安そうに叫んだ。
「Gütigerです! 紗良さんが、鏡の世界に取り残されたままです!」
鏡の世界に閉じ込められたアイドル。
その中には、まだクリーチャーがいる。
一体どうすれば良いの!?
今回の時系列は、一応マジカル☆ベル37話の後となっています。元々、ユーちゃんをあるコンセプトの元メインにしたいということで
別の世界から攻撃を仕掛けて来る敵に、小鈴達はどう立ち向かうのか?
次回こそはユーちゃんをもっとプッシュしていきたい。
後編をお楽しみに。それでは。