マジカル☆ベルExtraEpisode   作:タク@DMP

6 / 6
というわけで、駆け足で書き上げた後編です。かなり対戦パートには苦労しましたが……今の作者に出来る事を全て詰め込みました。
ユーちゃんがメインのマジカル☆ベル番外編後編、最後までお楽しみください!


EX6話「鏡合わせの魔法少女です!(後編)」

 翌日。

 何とか難を逃れたのは良いものの、大変な事になってしまいました。

 ライブで今まで歌っていた紗良さんの偽物を倒したのは良いけど、本物はまだ閉じ込められて鏡の中に居る。

 つまり、偽物が居なくなった状態で本物が居ないままということは、公的には紗良さんは行方不明という扱いになってしまった。

 

「小鈴ちゃん。大変な事になっちゃったねぇ。どうすんの?」

「うん……葉子さんに何て説明すれば良いか」

「アイドルの身内への相談が、アイドル失踪事件に発展してしまうなんて、流石に予想外でした。皆さんはいつもこんな事件を相手にしているのですか?」

 

 ローザさんの問いに、わたしは首を横には振れなかった。

 人が消える。人が魔女になる。

 クリーチャーが関われば、そんなことは「有り得る」ことなのだ。

 

「にしても光のデーモン・コマンドなんて、ニッチな連中が出てきたなあ」

「実子さん、光のデーモン・コマンド、ってどんなクリーチャーがいるんですか?」

「ええ? 《アガサ》以外だと、そうでもないかなあ。小細工が得意な奴が多いって印象。相手をフリーズさせたり、味方をアンタップしたり……でも、小鈴ちゃんが戦った《ミラーズホロウ》は手札増やすし普通に強いわ。でも全体的にそこそこ止まり」

「しかし、葉子さんにどう説明するかって言われても、ありのままを話すしかないだろう」

「ユーちゃんも、心配です……Sorge。葉子さん、紗良さんの事大好きだったみたいですし……」

 

 朝早く学校に来たわたし達はこの間の顛末を伝える為に購買部を訪れていた。

 この時間なら人もあまりいないから色々話せるだろう。

 ちなみに、恋ちゃんは朝が弱いので今此処には居ない。

 気が重いなあ。品出しの準備をしているであろう購買部の葉子さんはというと──

 

「すっずちゃぁぁぁん」

「うわぁ」

 

 わたし達を見るなり泣き崩れながら、朝からわたしに飛びついて来たのでした。

 

「何が、何があったのよ!? いきなりサラちゃんが居なくなっちゃうなんて、何事なのよ!?」

「お、落ち着いて、葉子さん」

「ちょっと、何どさくさに紛れて小鈴ちゃんの胸触ってんのさ、そこは私のベストポジションだ」

「何処かの中年女子中学生じゃあるまいし、やましい事は考えてないだろう。そもそも、君のポジションでもないんだが?」

「そうじゃなくて、今は事情を説明するのが先だよね!?」

 

 正直、この状況で洗いざらい全部話すのは気が引けるなあ……。

 というわけで、路線変更した後の紗良さんが偽物だった事を伝えると、やはり葉子さんは驚いたようだった。

 

「こんな事なら、コンサートに早いうちから行って、眼で見通しておくべきだったのよ……テレビ越しだと所詮は視聴者でしかないのよ……この私としたことが、アイドルを盲目的に信仰するファンでしかなかったのよ……」

「葉子さん……」

「まさか、こんな事になるなんて思わなかったのよ……路線変更した後も、紗良ちゃんは今までの曲もちゃんと歌ってくれてたし……」

「そうなんですか?」

「そうなのよ。『恋の呪文はSBD』なんて紗良ちゃんの代表曲なのよ。パンフレットにも歌詞が載ってたのよ」

「何その曲名、ダサいというか物そ、ムグッ」

「やめないか! 今此処で角を立てるような事を言うんじゃない!」

「そういえばこの間のライブにもこの曲だけ歌詞が載ってました」

「これ、だよね?」

 

 一応、調査の参考になるかもしれないと思って持ってきたライブのパンフレットをわたしは見た。

 確かに、『恋の呪文はSBD~Surprise Burning Destiny~』は加々美紗良のデビュー当初からの代表曲とある。

 

「でもよくやってくれたのよ、すずちゃん……まさか本物のサラちゃんが捕まってるなんて! こうしちゃいられないのよ!」

「いや、何処に行くつもりなのさ、探し物は鏡の中なんだけど」

「うっ、考えてなかったのよ……知り合いに、鏡の中に入れる人は居ないのよ」

「わたし達も何も思いついてないよ……」

「さらに、悲しいことはまだ続くのよ!」

 

 葉子さんは服を取り出した。

 魔女っ娘アイドル☆サラちゃん(今となっては偽物)の衣装だった。

 そっか。偽物と同じ衣装になっちゃったんだ。

 

「折角作った服だけど、偽物と同じ衣装って分かってガッカリなのよ……かくなる上は、すずちゃんに着せて楽しむしか道は無いのよ……」

「どんな流れでかくなる上は、からそう繋がるんだ。おかしいだろ」

「この人案外大丈夫そうじゃない? 小鈴ちゃん」

「しかも結局着せる流れなんだね……」

 

 

 

                    ☆ ☆ ☆

 

 

 

 放課後。

 わたしとユーちゃん、ローザさんは学援部に顔を出そうとしていた。霜ちゃんと実子ちゃんは用事があるから先に帰るみたい。

 恋ちゃんにも事の顛末を話たけど、歴さんにこの事をそのまま伝えるわけにはいかないよね。どうしよう。

 そんな事を考えていたけど、既に修羅場であることは部室の外から聞こえる大声の呪詛で察せた。

 

 

 

「エリ・エリ・レマ・サバクタニィィィー!! 神よ、どうして我を捨てたもうか、我が何をしたというのかァァァーッ!!」

 

 

 

 学援部にやってきた歴さんは、とてもじゃないけど見ていられなかった。

 よく分からない呪文を唱えながら頭を机にガンガンぶつける歴さんへ、無念そうに一騎さんは声を掛けた。

 

「……心中、お察しします」

「ノォォォーッ、何処へ、何処へ行ってしまったの、姉さん、姉さん姉さん、私は心配で心配で心配で、もうコ ワ レ テ シ マ イ ソ ウ デ ス」

「……つきにぃ、ダメコンある? 増設スロット頭に開けて、そうびさせる……」

「恋。ダメコンや増設スロットが何なのか俺は知らないが、よくない意味だということは分かったぞ」

 

 居合わせた私とローザさんは、顔を見合わせた。

 いきなり失踪してしまったお姉さんが心配で堪らないのか、歴さんは完全にテンションがマイナスな方向に吹っ切れてしまった。

 げっそりしていた頬は更に痩せこけてホラーになっている。

 一番辛そうなのはユーちゃんだった。あれだけ意気込んでいたからか、もっと悪い事になってしまっているのを見て居た堪れないのだろう。

 

「小鈴さん……」

「ううん、ユーちゃんの所為じゃないよ。わたしが先に紗良さんを助けられていれば……」

「仕方ありません。あの時は、いきなり色々襲い掛かってきましたから……」

 

 鏡の中には、まだクリーチャーが居る。

 倒したミラーズホロウも、鳥さん曰く「恐らく尖兵に過ぎないのだろう」と言っていた。

 まだ何も解決していない。

 世間はアイドル失踪の件で連日大騒ぎ。

 わたし達はというと、あれから何も掴めていない。

 鏡の世界が一体何なのか。紗良さんをどうすれば助け出せるのか。

 紗良さんの様子を見るに、時間をかけてはいられない。

 そして、こんな時に限って鳥さんはと言うと何処かへ出かけてしまっている。

 総合すればどん詰まり、とでも言うべき状況だった。

 

「でも聞いて頂戴、密林通販で買ったお手軽黒魔術セットのおかげで、最近姉さんの姿が見えるようになったんです」

「は、はぁ、それは凄いですね……」

 

 どうやら、大分精神的に参っているみたい。

 主に、相手している剣埼先輩が。

 多分先輩じゃ無ければ、とっくに正気を失っている所だろう。

 

「凄いなんてもんじゃないわ! もうこの際、幻覚でも幻視でも何でも、姉さんの姿が見えればそれで良いのよ!!」

「え、えと、それで……本題の方を」

「はっ、忘れていたわ……端的に言えば、姉さんを探して欲しいの、姉さんが何処に行ったのか突き止めて欲しいのよ!」

「申し訳ありませんが、それはもう警察の仕事ですねー。僕達は中学生で素人ですよー」

 

 何処か冷めたような声が机の向こうから聞こえて来る。

 言ったのは、糸目で眼鏡を掛けた学援部の部員。確か、2年生の焔先輩だっけ。

 

「ほ、焔君……そんな言い方は……」

「だって事実じゃないですかー、お姉さんが居なくなったのはお気の毒ですけどー、僕達にも出来る事と出来ない事があると思うんでー」

「そうだけど……」

「こういうのは、その手のプロに任せた方が良いんですよー、冷たいようですが、その方が確実ではー?」

「焔君……」

「てかこれって、誘拐ですよね、絶対。ニュースによると窓の鍵壊れてたらしいですし、犯罪の香りがプンプンするんですよねー」

「そ、それは……」

「加々美先輩は、僕らに何をさせようって言うんですかー? ねぇ」

「うう……」

 

 その窓の鍵を壊したのはわたしだ。

 それに、失踪では無く誘拐だということも散々言われていたし……。

 

「部長もそう思うでしょー? これ以上僕らが色々やっても、何かあった時に責任取れませんよー」

「そ、そうね……私が悪かったわ……ごめんなさいね……」

 

 歴さんは立ち上がる。

 すかさず剣埼先輩が声を掛けた。

 

「あのっ! お姉さんを探す事は限界があると思いますが……悩みや相談があれば、幾らでも俺は力になりますから!」

「……ええ、ありがとう。少しだけ救いになったわ」

 

 明らかにどんよりした様子で、歴さんは部室を出て行った。

 しばらく部室内に沈黙が重く圧し掛かった。

 そして、先に焔先輩が口を開いた。

 

「部長が言わんとしてる事は分かりますよー、でも出来る事と出来ない事があるでしょー?」

「いや、そうだけどさ……」

「こういうのは警察に任せた方が良いですよー、それよかもしうちの部員や他の生徒にそのアイドルとやらを探させて、もしも誘拐犯とカチ合ったらどうするつもりだったんですかー? 万が一の事があった時に、部長に責任が取れますかー?」

「うっ……それは……だけど冷たすぎじゃないか」

「悪かったですねー、僕はどうせ部長みたいに聖人君主じゃないんで。僕は部長のそういう所は認めてますけどー、皆が皆部長に合わせてたら身体が幾つあっても足りませんよー」

 

 一見冷たそうに見える焔さんの言い分は、合理的だ。

 部員の安全の事まで考えている。

 何も知らない人にとっては、紗良さんは誘拐されたようにしか見えないのだ。

 

「……くーご、いってることはあってる」

「おや。日向さんに同意を頂けるのは珍しいですねー」

「つきにぃ。くーごのいってること自体は正しい。特に──」

 

 ぼそり、と恋ちゃんが言った。

 

「……プロにまかせた方がいい、ってことは」

 

 ちらり、と恋ちゃんがわたしの眼を見た。

 わたし達がやるべきだ、と暗に言っているようだった。

 そうだ。くよくよしている場合じゃない。

 紗良さんがクリーチャーに捕まっている以上、何か出来るのはわたし達しか居ないんだ。

 

「あの、ちょっと用事思い出しました! 失礼しますっ!」

「あ、うん、良いけど」

 

 真っ先に立ち上がったのはユーちゃんだった。

 わたし達も続くようにして彼女を追いかける。

 そうだよ。このまま、放ってはおけない。何とかしなきゃいけないんだ。

 

「こすず……私も行く」

「ええ!? 恋までどうしたんだよ」

 

 恋ちゃんも加えて、4人で歴さんの所に行くことになった。

 もしかしたら、何か事件解決の糸口があるかもしれないんだ。

 

「程々にしてくださいねー」

「危ない事に首を突っ込まなきゃいいけど……」

「はははー、伊勢さんが居ますし流石に無茶はしないでしょー」

 

 

 

                    ☆ ☆ ☆

 

 

 

「──歴さんっ!」

 

 

 

 探しても探しても何処にも居ないから、見つけるのには少し時間が掛かった。

 校舎の影でうずくまっている歴さんに、ユーちゃんが声を掛ける。

 ひくっ、ひくっ、と泣きじゃくっているようだった。

 

「……今更、何?」

 

 恨めしそうに、歴さんはユーちゃんに視線を投げかける。

 

「人を探して、みっともないところを見つけて……趣味が悪いのね」

「Nein! 紗良さんが居なくなって悲しいのに、泣くのは何もおかしいことじゃないです!」

 

 歴さんは腕の中に顔を埋めた。

 ひっく、ひっく、と静かに嗚咽が聞こえて来る。

 

「歴さん、諦めちゃNeinです! お姉さんの事を、探さないと仲直り出来ないです!」

「でも……関係の無い貴女達にこれ以上、迷惑は掛けられないわ」

「無関係じゃありません」

 

 進み出たのはローザさんだ。

 

「主は言いました。「あなたは隣人を自分自身のように愛さねばならない」、と。そして、「今助けを必要としている人の隣人になってあげることにその意味がある」と」

「小難しいことはわからない。だけど、いつものこすずとおなじ」

 

 そうだ。考えや宗教が違っていても、困っている人を助けるのに理由なんか要らないんだ。

 

「……歴さん。紗良さんはどんな人だったんですか?」

「昔から、とても快活で溌剌としてて、私とは正反対……だったわ。私は泣き虫だったけど、私が泣く度に言ってたわ」

 

 歴さんはぽつぽつ、と言った。

 

「「辛いときは歌えば良い」って……馬鹿な姉さん……姉さんの居ない世界で、どうして歌えるというの?」

「歴さん……」

「姉さんはね、わたしに言ってくれたわ。歴の自慢のアイドルになるって。歴が世界一胸を張れるようなアイドルになるって。知らないでしょうけど、『恋の呪文はSBD』って曲はね、元々この顔の所為で失恋した私に向けて姉さんが書いた曲なの」

「作詞も紗良さんが!?」

「……ある意味、すごい才能」

 

 歌って踊れるだけじゃない。

 作詞の才能もあったんだ。

 

「私なんて、音楽の才能はぽくちんチン、と木魚を打つことくらいで……歌は音痴だし……呪いの呪文なら読めるのに」

「木魚って……」

「呪いの呪文って……」

「でも、最初の頃は下手くそでも姉さんの歌を歌ったら喜んでくれたわね……」

 

 懐かしむように、歴さんは言った。

 だけど、悲しそうな声で「でも」と続いた。

 

「姉さんは居なくなった。アイドルになった時点で、私の事なんて……忘れてしまったのよ」

「そんな事無いです! 「辛いときは歌えば良い」って素敵(シェーン)な事を言える人が、大事な歴さんの事を忘れるわけないです!」

「そんなことは有り得ない! 私は姉さんとは正反対! 私の事なんか……見えてなかったのよ」

 

 それは絶対に違う。

 紗良さんは偽物と入れ替わるまで、ずっと歴さんには優しかった。

 だから、歴さんの事が見えてなかったなんてことは有り得ないのに。

 だけどそんな事は此処では証明出来ない。それがもどかしかった。

 

「姉さんなんか、大嫌いよ……いっそ、勝手に何処へでも行ってしまえばいいんだわ……」

「Nein! 妹の事を気に掛けない姉が居ますか!」

 

 言い返したのはローザさんだった。

 だけど、興奮した歴さんは、聞く耳を持たなかった。

 

「貴女に何が分かるのよ! 仲の良さそうな貴女達そっくりな双子の姉妹には、姉さんに近づきたくても近付けない私の苦悩なんか……!」

「そんなことないです! ユーちゃんもローちゃんと正反対です!」

「え……?」

「そうです。私は本が好きで、ユーちゃんは外で遊ぶのが好き。ユーちゃんは私が危ないって止めても、いつも危ない所に行ってしまう」

「それでこの間、ちょっと喧嘩しちゃったんですけど……それでも、また元の通りに仲直りできました!」

「うるさい! 姉は私の中で死んだ! 姉はもう戻って来ない!」

「戻ってきます! ユーちゃんが、連れ戻します!」

 

 ユーちゃんが歴さんの制服を掴む。

 だけど、彼女はその手を振り払った。

 

「……もう、放っておいて頂戴!」

 

 彼女は、思いっきり駆け出した。

 わたしは追いかけようとしたけど、恋ちゃんがわたしの肩を掴む。

 

「……あの状態じゃ、何を言っても……むだ」

「そんな……」

「……うう、勢いで言い返してしまいました……」

 

 ローザさんが落ち込んだ様子で言った。

 どうしよう。

 歴さんに紗良さんが見えた場所を聞こうと思っていたのに、あの状態だとまともに取り合って貰え無さそうだ。

 わたしは途方に暮れてしまった。次はどうしよう。

 こんなことをしている間に、鏡の中の紗良さんはどんどん弱っているはずだ。

 もう時間は掛けられない。

 

「もう、日が暮れてきたし、今日は帰りますか?」

「また日を改めた方が良いかもしれないね……」

「……でも、やっぱり、ユーちゃん放っておけないです!」

 

 ユーちゃんは弾かれたように歴さんが走って行った方目掛けて駆け出す。

 わたしが止めようとしたその時だった。

 

 

 

「ふははははははは! 硝子の中の少女よ! 安心するが良い! ぼくは主役(キング)! 故にどんな境遇であれ君を不思議な国の住人として歓迎しようではないか!」

「だから、私は好きで此処にいるんじゃねぇんだよ! 何で人の話聞かないの、この用務員!」

 

 

 やたらと大きく響く声が聞こえて来て、ユーちゃんも足を止めた。

 駆けつけてみると、校舎の窓ガラスに話しかけているやたらと声の大きな用務員さんが其処に居ました。

 わたし達がやってきたのを見るや、用務員さんはこちらに振り向いた。

 

「ふははははははは! 誰かと思ったら、魔導の娘とその連れではないか!」

「えと、トンボさん、何やってるんですか……?」

「それは勿論、学校周りの掃除だとも。ぼくは主役(キング)……しかし今はそれ以前に学校の用務員! ならば、その務めを全うするのは当然の帰結よ! ふははははは!」

「うっざ……」

「伊勢さん。この人が例の用務員さんですか? 随分と……愉快な方ですね」

「心配しなくても【不思議の国の住人】の人は皆愉快だよ……色々」

 

 「蟲の三姉弟」の長男のトンボさん。

 自分の事を主役と呼んで憚らない、というかいつも態度や声が大きい人だ。

 でも、先生や葉子さんと同じで、トンボさんも悪い人じゃない。とても姉弟思いな人なんだ。

 しかし、そんなトンボさんは窓ガラスに大声で話しかけていて、変人っぷりに拍車を掛けていた。

 

「でも、大きな声を上げてどうしたんですか?」

「どうしたもこうしたも、見るが良い! これこそまさに、世にも奇妙な喋る窓ガラスだ!」

「……だから私は喋る窓ガラスじゃないっての!」

 

 わたしは腰を抜かしそうになった。

 窓ガラスには人の顔が映っていた。

 それも、わたし達が探し求めていたものだった。

 

「って……あんた達は……」

「紗良さん!? 加々美紗良さん、だよね!?」

 

 鏡の中に居たのは──何と、紗良さんだったのだ!

 

「いやあ、良い物を見つけた! 姉上がアイドルだか何だかが居なくなってからしょげていたのでな! これを持ち帰れば、喜ぶだろうと思った次第だ! しかし、これは一体どういう事だ? 何故硝子の中に人が?」

「アイドルをお持ち帰りするなぁーっ!! わたしは玩具じゃない!! そうじゃなくて話を聞けぇ!!」

 

 わたし達は一先ず、トンボさんに事情を話す事にしました。

 玩具扱いされたのが気に食わないのか、しばらく紗良さんは膨れていた。

 

「──というわけで、いきなりクリーチャーとか信じられないかもしれないけど、そういうことなんです」

「何と! つまり、本物だったのか!」

「そう……じゃあ、あんた達はやっぱり私が見えるのね」

 

 大分疲れた様子で、紗良さんは言った。

 わたし達が居るから少し安心しているみたい。

 

「良かった。あんた達、この間のライブの日に控室にやってきた子だよね?」

「はい。伊勢小鈴、って言います」

「私の事を見えるのがこのうるさい用務員だけじゃなくて助かったよ」

「ふはははははは! だが感謝したまえ! 彼女達が此処に居るのは、ぼくの声が大きかったからだからな!」

「それ、自慢になってない……」

 

 とにかく、事情を聴かなきゃ。

 今回の事件の発端を。どうしてこんな事になってしまったのかを。

 そう思っていた矢先、ユーちゃんが真っ先に窓ガラスに食い入るようにして紗良さんへ話しかけた。

 

「紗良さん! 歴さん、心配しています! 歴さん、偽物が入れ替わった所為で辛い思いをしていました!」

「……今、何て?」

 

 彼女は不思議そうな顔を浮かべる。 

 

「だから、歴さんです! 紗良さんの、妹です!」

「……分からない。頭が受け付けない。誰なのか、思い出せない……! その名前は、私の中に無い……!」

「そんな……!」

「紗良さん、どうしてこんなことに……」

 

 ユーちゃんが泣きそうな顔で言った。

 折角紗良さんに会えたのに、当の本人は歴さんの事を忘れてしまっている。

 業を煮やしてか、ローザさんが厳しい口調で問い詰めた。

 

「忘れたって……! 妹でしょう!? そんなにアイドルの事が大事なんですか!」

「違う……そうじゃない……! あいつに何を願ったのか、何を考えていたのか、もう覚えていない。日に日に覚えている事が減っていくの」

「きおくそうしつ……?」

 

 恋ちゃんの発した単語に、彼女は頭を抑えた。

 日に日に記憶が抜け落ちるってことは、それもクリーチャーの所為なの?

 

「どうやら、記憶喪失は本当のようだな」

 

 トンボさんが言った。

 

「私は、あの子を追って、この学校までやってきた……あの子が誰なのか分からない。だけど、アイドルとして輝くしか無い私にとって、他の事はどうでも良いはずなのに、あの子が泣いていたら、とても胸が痛くて……辛くて!」

「紗良さん……記憶が抜け落ちていても、歴さんの事を……」

「あの子は誰!? 私の事を姉さんって呼んでる……あの子の名前が思い出せない。あの子の名前を聞いても、聞こえない……!」

「加々美歴! 貴女の妹です!」

 

 ローザさんが強くその名前を突きつけた。

 

「貴女がアイドルの事以外考えていないのを、歴さんは心配していました! 貴女を思っての涙なんですよ! 貴女にとって、どうでも良いわけがないんです!」

「い、もう、と……!」

 

 頭を抑えながら彼女は言った。

 それを見てトンボさんが険しい表情を浮かべた。

 

「君達の言う鏡の中の世界が何なのかは分からない。だが、何かの力を受けて、彼女の精神が蝕まれているのは確かのようだ。彼女は、忘れたくないのに忘れてしまう苦痛を受けている」

「じゃあ紗良さんはクリーチャーの所為で苦しんでるんだ……!」

「ぼく達と同じのようだ。姉弟の事を強く思っているのはな」

 

 私は紗良さんの顔を見た。

 早く助けてあげなきゃ。歴さんのためにも。そして紗良さんのためにも。

 

「夢も希望も魔法も、やっぱり無かった……都合の良いもの、存在しなかった……私は、まやかし……このまま鏡の中で……!」

Magie(魔法)はあります!!」

 

 ユーちゃんが力強く答える。

 

「ユーちゃんは知ってます! 怖い時、辛い時に元気づけてくれた人を知ってます! その人の魔法はあったかくて、ポカポカして……ユーちゃんは魔法があるって信じてます!」

「あんた……!」

「絶対、助けに行きます!」

 

 紗良さんは泣きそうだった。

 そうだ。魔法は存在する。夢も希望も、絶対に。

 こんなことで、諦めていいものじゃないよ。

 その時。

 鏡に何かが映った。

 無数の手だ。

 それが、紗良さんの身体を引きずりこむ。

 

「ひぃっ……! た、すけ──!」

「紗良さん!」

 

 そのまま彼女の姿は消えて見えなくなった。

 もう、呼び掛けても返事は無かった。

 

「まずいな。あの中にクリーチャーが居るのか……」

「どうしよう、鳥さんは居ないし……!」

「さて、こうなってしまっては、ぼくは姉弟にこの事を伝えねばなるまい! 鏡からの侵略者となれば、由々しき事態! 故に、一先ず此処で失礼する! さらば!」

 

 そう言って、トンボさんは去っていく。

 わたし達も急ごう。

 

「小鈴!」

 

 その時、急降下するようにして鳥さんがやってくる。

 

「もう! 今まで何処行ってたの!?」

「少し独自調査をね。それより、お腹が空いたから何か無い?」

「無いよ」

「薄情だなあ……まあ、クリーチャーのマナを摂取すれば良いか」

「それより、何か分かったの!?」

「大収穫さ。クリーチャーはどうやら、鏡を門に見立てて、自分の作った空間へ引きずり込んでいるみたいでね」

 

 自分の作った空間。

 ということは、厳密には鏡の中に世界があるわけではないということになる。

 あったとしても、それはクリーチャーの作った巣のようなものなんだ。

 

「それを、奴は街中の鏡という鏡に張り巡らせている」

「なんのために……」

「恐らく、あの子みたいに人間を偽物と入れ替えて、本物を空間の中に置いて魔力を吸収しているんだろう」

「酷い……!」

 

 一体、クリーチャーは何をするつもりなんだろう。

 絶対ろくでもないということは確かだけど。

 

「鳥さん! わたし達、紗良さんを助けたい! どうすれば良い!?」

「着いてきてくれ。既に場所は割れている!」

 

 

 

                    ☆ ☆ ☆

 

 

 

 バスで移動する事十数分。窓ガラスに警戒しながら、わたし達は鳥さんが指し示したある場所に向かっていた。

 そして日が暮れる頃には、目的に辿り着いていた。

 バスの向こうから景色を見ながら、その場所の名前をユーちゃんは呟く。

 

「これって、昨日のライブ会場ですか?」

「そうだ。クリーチャーは此処に潜んでいる。いや、正確に言えばクリーチャーの作り出した世界に通じる鏡は此処にある」

 

 鳥さんはそう答えた。

 でも、どうするんだろう。

 今日は誰も居ないからライブ会場はきっと閉まっている。

 

「ねえローザさん。大丈夫? 絶対中にはクリーチャーがいるけど……」

「ユーちゃんが行くなら私も行きます。そう決めましたから」

「がんこ……でも、きらいじゃない」

 

 バスを降りた後、改めて会場を見回した。

 ドームとなっている本館は全面ガラス張りの都会的な設計だ。夕陽が照り返してオレンジ色に光っていた。

 ん……? ガラス?

 

「鳥さん、もしかして」

「ああ。このガラスに魔力を流し込んでみてくれ」

「それは変身しろって事だね……」

 

 一瞬の閃光と共にわたしは魔法少女に変身する。

 そして、窓ガラスに手を置いて、何となく念じるとガラスに波紋が浮かんだ。

 

「これって……!」

「ビンゴだ。向こうへの入り口だな。この抜け穴をずっと探していたんだ。必ずこの手の魔法には綻びというものが出来るんだ。恐らく、待ち伏せもされないはずだ」

 

 そう鳥さんが言ったその時。

 

 

 

「もう、そこまでだァーッ!!」

 

 

 

 そんな声と共に上空から悪鬼羅刹たちが舞い降りる。

 

「うそっ!? こんなクリーチャーが!」

「バレていたのか!」

「……本当、あてにならない焼き鳥」

 

 恋ちゃんがわたし達を庇うようにしてデッキを掲げた。

 

「恋ちゃん!?」

「日向さん! 無茶です、相手は何体もいるんですよ!?」

「うられた喧嘩でも……デュエマなら負けない。こすず……ゆー、ろーざ……早く行って。こいつら、放っておいたらヤバい……!」

「だけど! 相手は沢山いるのに……!」

「無理じゃない。私、オタクでコミュ障で頭は悪いけど……ぜったい……こすず達の背中を守る」

 

 ギリッ、と彼女は唇を噛み締めたのが見えた。

 

 

 

「そう、決めたから……」

 

 

 

 窓ガラスが歪み始めた。

 そして、大きな穴が開く。

 わたし達は雪崩れ込むようにして、鏡の向こうの世界へ突入した。

 

「恋ちゃん! 絶対、負けないで!」

「……ん。まかされた」

 

 

 

                    ☆ ☆ ☆

 

 

 鏡の世界、と言われると納得が出来る。

 わたし達が流れ込んだのは、昨日にライブ会場だけど、それは昨日訪れた時とは大きく様変わりしていた。

 穴は開いたままだけど、入り口はずっと恋ちゃんが守っている。今は彼女を信じよう。

 だけど、何か違和感がする。そう思って見回してみると、看板の文字や物の位置がやはり左右逆になっていた。

 そして、それ以上にこの場に相応しいとは言えない妙なものが置かれていた。

 

「何これ……全部、Spiegeln()ですよね?」

「そうみたいだけど……」

 

 鏡だ。

 この空間の中には無数の鏡が存在している。

 映し鏡、手鏡、四角いもの、丸いもの、飾りが凝ったもの。

 大小問わず、多くの鏡が浮かんでいた。

 そして、ステージの上には誰かが座っている。

 わたし達が駆け寄ると、それは人のようだった。

 だけど、ユーちゃんもローザさんも、それを人とは認識出来なかった。

 椅子に座っているのは、人だった。

 フリフリの衣装を着けた少女の身体だった。

 

「えっ……?」

 

 だけど、異質だったのは頭だった。

 首から上は、彼女の顔は丸い鏡と化していた。

 

「何、これ……!」

「小鈴さんっ。この衣装、紗良さんじゃないですか?」

「ええ!?」

「嘘……顔がSpiegeln()に……!」

 

 

 

「私は……アイドルになりたかった……」

 

 

 

 次の瞬間、鏡にぼんやりと赤い瞳が浮かび上がる。

 壊れたオルゴールのように、声が響く。

 

「アイドルに、なりたかった……スカウトされたとき、CDを発売した時……とても嬉しかった……」

 

 ローザさんが拳を握り締める。

 とてもやりきれない表情で鏡を睨んだ。

 精気の無い声はぽつぽつと続いた。

 

「でも、私は忘れ去られる……血のにじむようなレッスンをしても、結局過去に消える……そんな時、魔法があれば、永遠のアイドルになれれば、って思った……可愛いだけじゃない、何でもできるアイドルに、なりたかった……」

 

 その結果、紗良さんは鏡の中に閉じ込められた。

 

「一番になりたかった……ずっと、愛されたかった……アイドルが、私の存在価値だった……でも、隣で喜んでくれたあの子は誰だっけ……?」

「紗良さん?」

「この無数の観客達の中に……あの子は居ない……!」

 

 わたしは振り向く。

 会場の無数の鏡達に何時の間にか胴が、手足が現れている事に気付いた。

 その時ようやくわかったのだ。

 此処に居るのは皆、現実世界からこっちへ引きずり込まれた人達なんだ!

 

「そのクソアイドルの欲望は、決して満たされない。欲望が消え失せるこの鏡の世界であっても。全く救い難いねぇ……!」

「!!」

 

 次の瞬間、ステージに何かが落ちてきた。

 わたし達は思わず身構える。

 甲高い獣の鳴き声、そして黄金に煌めく鎧。

 ノイズの掛かった身の毛のよだつ声。

 わたしはその姿に覚えがある。

 

「人の子は、やはり愚かで、そして素晴らしく此処まで綺麗に罠に嵌ってくれるものなんだなァ、これだからこの”手口”は止められねぇ。病みつきになるぜ」

 

 ノイズの掛かった声が響き渡る。

 

「《偽りの羅刹(コードファイト) アガサ・エルキュール》……!」

「随分とかき回してくれたな、小娘共。まあ良い。此処まで誘い込めたのは幸運だったぜ」

 

 アガサ・エルキュールは黄金の馬に跨ったまま、観客席の中央へ跳んだ。

 野望と野心に塗れた瞳がわたし達を睨む。

 

「何で紗良さんに目を付けたの……?」

「そいつは今までの人間の中で最も強い欲望を持っていた。この場所は、彼女の思念が募っていた。だから俺は新たに此処を拠点とした」

 

 アガサ・エルキュールは槍をわたし達に向ける。

 

「極めてロジカルと思わねーか。なあ?」

「どうして、こんな事をするんですか! 紗良さんは、皆を笑顔にするアイドルなのに……!」

「馬鹿かぁー? アイドルなんてのはな、自分が一番になれば何でもやっても良いと思ってる、”人間”を体現したようなクソだ」

「なんてことを……!」

 

 ローザさんの声が怒りに震えていた。

 頑張っている人を利用して弄ぶなんて、わたしだって許せないよ。

 何でもやっても良いって思ってるのはそっちの方だよ。

 

「そんなどうしようもねぇクソでも醸成させりゃあ肥やしになる。肥やし、要はマナだな。下等な羅刹共を呼び出す糧になる」

「一体何が目的だ? この世界を侵略するつもりか?」

「中らずと雖も遠からずだ。それに加えて配下共の力を合わせ、我ら羅刹鬼の頂点となる、あのお方を召喚する準備をする!!」

「あのお方……?」

 

 光のデーモン・コマンドだから、彼らのトップである《「呪」の頂 サスペンス》だろうか。

 そうなれば、また大変な事になってしまう。

 以前、ある事件で《サスペンス》と対峙した時、かなり苦戦したのをわたしは覚えていた。

 ゼニスというだけあって、その力は凄まじい。この世の摂理を捻じ曲げてしまうほどに。

 

「この少女の欲望は素晴らしい。吸っても吸っても吸いつくせねえ。この空間に入った人間は、夢の自分と現実の自分のギャップに打ちひしがれ、どんどん摩耗していく。記憶も、精神も、夢も、希望も、全て偽物の物になる」

「酷いです……! 紗良さんの記憶が無くなったのも、その所為ですか!」

「その通り。この少女のおかげで、計画は大分進んだ。こいつを放っておくだけで、あのお方の召喚の準備は出来る」

「さっきから言っているあのお方って……!」

「我らが神の事に決まってんだろ! 現世に現れれば、大地は干上がり、空は暗雲に包まれ、間も無く全ての命は死に絶える!! 我ら羅刹鬼と悪魔が日輪を拝む事が出来る太平の世がやってくるんだよ!」

 

 次の瞬間、わたし達を取り囲む鏡に罅が入る。 

 何かがぶつかったわけではないのに、勝手にだ。

 わたしは嫌な予感がした。

 亀裂の入った窓から、手が伸びる。そこから、巨大な悪魔のクリーチャーが現れた。

 羽根を広げた天使の如き鬼、そして骸骨の頭を掲げた鬼。

 神々しさの中に、ギラギラとした野心を秘めた悪魔達だった。

 

「一気に3体も……!」

 

 こんな所で足止めを食らってる場合じゃないのに……!

 本体のアガサ・エルキュールはすぐそこにいる。

 あともう少しなのに、届かない! 早くしないと、そのクリーチャーを召喚されてしまう!

 

「さあて、この間に俺は儀式の続きと行こうか!」

 

 魔方陣が展開される。

 この場に居るわたし達も、鏡の中に引きずり込まれた人達も、そして紗良さんも。

 あの魔方陣の養分に──!

 

 

 

「ちょーっと待つのよぉーっ!」

 

 

 

 わたし達が身構えたその時。

 甲高い声が響き渡る。

 3つの影が会場の奥、空間の入り口に立っていた。

 

「さぁさぁさぁ、予定調和上等で、お約束を回収しにやって来たのよ!」

主役 (キング)を差し置いて好き勝手しようなどと笑止千万! 此処は我らが相手だ、怪物共! 皆諸共に奈落の底へ叩き落としてくれるわ、覚悟!」

「……なんか盛り上がってるところすみません、これ私も何か言わなきゃ駄目なやつですか? あ……クリーチャーの皆さん、もう少し我慢してくださいね。この二人、これがやりたいだけなんで」

 

 唐突な乱入者三人組。わたしは驚愕のあまり、またもや呆気に取られてしまった。

 煌びやかなドレスに身を包み、マントを翻す女性。

 燃える炎のような模様の入ったライダースーツを身に纏った大男。

 そして、浅黄色の、地味な色合いのシャツにオレンジや紫、黒い色が乱雑に染められたスカーフを巻いた青年。

 見るも暑苦しい三人組が、そこに立っていた。

 

「伊勢さん……この人たち、何なの? さっきの売店の人と先生と用務員さんよね?」

「聞かれたならば教えてやろう、異国の娘よ!」

 

 二人は敵に向かって決めポーズを取る。

 あの、一応すぐそこに敵がいるんだけど……。

 

「蟲の三姉弟の長女、(アタクシ)の名は『バタつきパンチョウ』!」

「ここに宣言する! ぼくこそが、蟲の三姉弟が長男! 主役(キング)たる我が名は『燃えぶどうトンボ』!」

「……次男、末っ子の『木馬バエ』です。鬱陶しい上に脳みそが虫けらな姉と兄がご迷惑をおかけしますよ……でも、まあ、諦めてください。上二人がやる気満々な感じなんで」

 

 名乗りを上げて満足気な三人(のうち二人)は、クリーチャー達の背後を取る。

 

「葉子さん、トンボさん、先生……!」

「姉さんの眼で敵の居場所を探って追いかけて来てみれば、日向さんが会場の外で戦っていたので、残りを掃除していたんですよ。本当、弱いくせに蛆虫のように集る面倒な連中でしたね」

「恋ちゃんを助けてくれたの!?」

「まあ、もう大体片付いていたがな! 外は彼女に任せて、我々も突入したわけだ!」

「そしたら、またまた悪魔さんが1匹2匹3匹、いっぱいいるじゃないのよ!」

「こういう時こそ助っ人として駆け付けるのが主役(キング)の役目というもの、女子達に多勢で襲い掛かるなど下衆の極み、見逃せるものか!」

「はい、いつも通りですね。頭の中ふ菓子かって話ですよ、この虫けら二人。ところで私、何で着替えさせられたんですか?」

「それは演出上の事情ってやつなのよ! 流石に、売店のエプロン付けたまま戦うのは気が引けたのよ、こっちの方が落ち着くのよ!」

「流石我らが麗しの姉上! 戦う前の心構えというものが、よく分かっている! ぼくもそれに賛同したぞ!」

「そうなんですか? 本当に?」

 

 クリーチャー達も、唐突な変人三人組に呆然としているようだった。

 自分達そっちのけで繰り広げられる寸劇を前に、どう介入して良いのか分からないようだ。

 

「何だァ、貴様等ァ!! 唯の人間じゃあ無いなァ!!」

「どっちにしたって、今すぐ鏡の中に引きずり込んでやるぞォ!!」

「もうじきこの世は人の子の地獄! 即ち、我ら悪鬼羅刹の太平となるのだァ!!」

 

 今にも襲い掛からんとしている悪鬼達が轟々と叫ぶ。

 しかし、それをトンボさんは涼しい顔で受け流している。

 うん、本当に何にも考えていないみたいだ。

 

「ふはははははは! お約束に乗ってくれるとは、随分と話の分かる羅刹鬼じゃないか、なあ弟よ!」

「痛いんで、バシバシ背中叩くのやめませんか。まあ、姉さんを誑かしてくれたお礼参りといきましょう」

 

 びしっ、とクリーチャー達に指を突き立てて、葉子さんが最後に言い放つ。

 

「トンボ! ハエ太! やーっておしまーい、なのよ!」

「承知! 燃えぶどうトンボ、参る!」

「だからハエ太って呼ぶなって言ってるでしょ……」

 

 3人は空間に飲み込まれる。

 クリーチャー達を葉子さんたちに任せ、わたし達は今度こそアガサ・エルキュールに相対する。

 進み出たのは、ユーちゃんだった。

 

「これ以上、紗良さんと歴さんを傷つけるのをやめてください!」

「人間どもが、群れやがって……この空間は欲望半ば、夢半ばで敗れた人間どもの虚無で出来ている。お前には無いのか? 叶えたい夢が、憧れの景色が。俺の力はそれを具現化させるんだよ」

 

 違う。夢を叶えたのは偽物。

 本物はずっと鏡の中に閉じ込められていた。

 そして、アガサ・エルキュールは人の気持ちを利用して、自分の手下を増やし続けていたのに。

 

「そんなのは夢じゃない! ただのまやかしだよ!」

「抜かせ! あともう少しなんだ。この空間に入った以上、テメェら全員、あの方の養分になってもらおうか! 有象無象の神を超越する、あのお方の──!」

 

 ユーちゃんがデッキを掲げた。

 そうだ。今回の事件。

 最初はユーちゃんが歴さんを拾ってきたのが始まりだった。

 そして決着を付けるのも──

 

「トリさん! ユーちゃんに力を貸してください!」

「わざわざ君が戦うのか……つくづく人間の拘りってのは分からないけど……」

「お願いします!」

「……良いよ。今回は君に乗ってやろう。こいつからは、大分いけ好かない匂いがするからね!」

 

 アガサ・エルキュールがユーちゃんと相対した。

 遂に2人のデュエルが始まる。

 最後に鳥さんの声が聞こえてきた。

 

「小鈴! 丁度良い、そっちは任せた!」

「そっち!?」

「そうです、伊勢さん。私達は紗良さんを!」

 

 そうだ。

 忘れちゃいけない。

 こっちにも、まだやるべきことがあるんだ。

 

「小鈴、その女の子が、解決の糸口だ!」

「……うんっ!」

 

 

 

                    ☆ ☆ ☆

 

 

 

「《奇石ミクセル》召喚。ターンエンド」

「《ルソー・モンテス》を召喚します! 手札を1枚捨てて、そっちの手札も1枚破壊します! Ende(ターン終了!)

 

 ユーちゃんと、アガサ・エルキュールとのデュエルです。

 この勝負、絶対に負けられません!

 相手は《ミクセル》を出して、こっちのコスト踏み倒しを防いでいます。マナゾーンには光、闇の2色が置かれています。

 

「小娘が。あっちの魔力の多い方が相手かと思っていたが、捨て駒のつもりか?」

「Nein! 此処でユーちゃんが、貴方を倒します!」

「冗談は止せ。笑えねえよ。こちとら、お遊びやってんじゃねえんだからな」

 

ターン3

 

アガサ・エルキュール

場:《ミクセル》

盾:5

マナ:2

手札:2

墓地:1

山札:29

 

 

ユー

場:ルソー・モンテス

盾:5

マナ:2

手札:4

墓地:1

山札:28 

 

 

 

「さあ、ゲームの時間だ。《ヴァリアブル・ポーカー》! 効果でシールドを見て、その中から自分で好きな数山札の下に送る」

 

 アガサ・エルキュールのシールドが2枚、山札の下に送られてしまいました。

 そして、新たに2枚のシールドが追加されます。

 

「これで、俺は何処に何のカードがあるのか把握出来た。ターンエンド!」

「ユーちゃんのターン! 引けました! 《学校男》を召喚(フォーラドゥング)して、《ルソー・モンテス》と一緒に破壊します! そっちもクリーチャーを破壊してください!」

 

 巨大な学校のクリーチャーが崩壊すると共に《ベルリン》を押し潰しました。

 これで、手札を破壊できます!

 

「まあ、そうなるだろうと思ってたぜ。だけど、十分だ。1ターン稼げたんだからなあ」

「……?」

 

 

 

ターン4

 

アガサ・エルキュール

場:無し

盾:5

マナ:3

手札:1

墓地:3

山札:28

 

 

ユー

場:無し

盾:5

マナ:3

手札:3

墓地:3

山札:27 

 

 

 

「教えてやろうか。黄金に輝く虚ろの光の恐ろしさをなァ!」

 

 何か怖いモノが来ます。

 直感的に分かってしまいました。

 思わず、きゅっと身が硬くなるこの感覚。

 光が目の前に溢れました。

 

 

 

「開け、羅生門──《クリスティ・ゲート》! シールドを1枚見て、そこから光のデーモン・コマンドを場に出し、カードを1枚引く!」

 

 

 

 稲光が迸り、目の前に門が開かれました。

 大きな槍と共に現れたのは──

 

 

 

「我は汝、偽の汝、さあ絶望で砕け散れ、未来よ! 《偽りの羅刹(コードファイト) アガサ・エルキュール》!」

 

 

 

 黄金の騎士(リッター)のようなクリーチャーでした。

 まずいです。あれは確か、小鈴さんが言っていた光のTeufel(悪魔)

 クリーチャーを召喚すれば、シールドからデーモン・コマンドを。

 呪文を唱えればシールドから呪文を唱えるクリーチャーです……!

 

「跪け。俺様の名は悪鬼羅刹共の頭領、《偽りの羅刹(コードファイト) アガサ・エルキュール》。テメェらの命を、我らが神の贄にしてやる」

「も、もう、こんなに大きなクリーチャーが出て来るなんて……!」

 

 光のデーモン・コマンド……!

 実子さんに聞いた限りだと、色々な事が出来るって印象ですけど……。

 でも、《アガサ》の効果を使えば使っただけシールドもその分減っていきます。

 此処は、相手の行動を封じてしまいます!

 

「夢も希望も、何もかも、俺の手の中だ。お前達は一生、俺の迷宮から抜け出せねえ」

「そんなことないです! 奪い返します! 3マナで《ザビ・バレル》召喚! 手札を1枚捨ててください!」

「良いぜぇ。《スーパーエメラル》を捨てる。そして、《アガサ》の効果発動!」

 

 次の瞬間、シールドが一気に展開されます。

 そこから現れたのは──

 

 

 

双極降臨(ツインパクト・アドベント)、《懐疑の虎狼 ミラーズホロウ》!」

 

 

 

 剣を掲げ、鎧に身を包んだ虎のようなクリーチャーでした。

 パワー7000、かなり強いブロッカーみたいです。

 

「その効果で山札の上から4枚を表向きにし、アンノウンの《ミラーズホロウ》、そして呪文の《シークレット・クロックタワー》を回収だ!」

「う、うう……また出て来ちゃいました……!」

 

 駄目です。

 やっぱり、ユーちゃんが行動する度にどんどん不利になっている気がします……!

 

 

ターン5

 

アガサ・エルキュール

場:アガサ・エルキュール、ミラーズホロウ

盾:3

マナ:4

手札:3

墓地:4

山札:26

 

 

ユー

場:ザビ・バレル

盾:5

マナ:4

手札:3

墓地:3

山札:27 

 

 

 

「2マナで《シークレット・クロックタワー》を唱える! 効果で、山札から3枚を見て、1枚を手札に、1枚を山札の上に、1枚を山札の下に置く。ターンエンドだ」

 

 相手さんは手札を増やしているみたいです。 

 さっきの《アガサ》の効果で、《ギリアール》しか出せなかったってことは、もうあれ以上怖いクリーチャーは居ないはず。

 シールドが増えてしまう前に動きたいですけど……!

 

「5マナでD2フィールド、《Dの地獄 ハリデルベルグ》を展開します!」

「何ィ……!?」

 

 ライブ会場は針の山と化しました。

 そこに、巨大な悪魔の顔が浮かび上がります。

 

Ende(ターン終了!)、です!」

 

 

ターン6

 

アガサ・エルキュール

場:アガサ・エルキュール、ミラーズホロウ

盾:3

マナ:5

手札:3

墓地:4

山札:24

 

 

ユー

場:ザビ・バレル、ハリデルベルグ

盾:5

マナ:5

手札:2

墓地:3

山札:26

 

 

 

「でも、そんなにクリーチャーを増やしてたらシールドがどんどん減っちゃうはずです!」

「増やせば良いんだよ。あの方へ捧げる素晴らしいクソ生贄共と同じだ! 4マナで《超次元 ブルーホワイト・ホール》を使い、《時空の悪魔 シュヴァル》を召喚!」

 

 空間が捻じ曲がり、中から天使と悪魔が組み合わさったようなクリーチャーが現れました。

 一体何をするつもりなんでしょう……!?

 

「《ブルーホワイト・ホール》の能力で、手札からカードを1枚シールドへ加える。ターンエンドだ」

「ユーちゃんのターン──」

「──の始めにィ!!」

 

 次の瞬間、《シュヴァル》の身体にヒビが入っていきます。

 そして音楽が掛かってきました。

 何でしょう? これって、オーケストラの曲、ですよね? 何処かで、聞いたことがある気がします。

 ま、まさか……!

 

「確か、名前は……ピアノ三重奏曲第2番、だっけか? 俺の切り札であるコイツに相応しいバックミュージックだ」

「ッ……!」

「各ターンの始めに、俺の場にコスト6以上のエンジェル・コマンド、またはデーモン・コマンドが2体以上いればァ! 覚醒するんだよ!」

 

 きれいな旋律と共に、それは隠していた幾つもの顔を現します。

 

 

 

「天を堕とせ、魔の旋律! 響かせるは虚無、奏でるは堕落! 《霊魔の覚醒者 シューヴェルト》!」

 

 

 

 ユーちゃんでもその名前は知っていました。

 歌曲の王と呼ばれた作曲家の名前です。

 でも、その名前が悪魔の名前になっているなんて……!

 

「こいつが俺様の切札だ。テメェがクリーチャーを場に出す度に、《シューヴェルト》の効果で俺のシールドは増える! そして、俺自身の能力で、デーモン・コマンドが次々に盾から出て来るって寸法よ!!」

「そんな……!」

 

 ううん、大丈夫。

 信じよう、このデッキを。

 確かにクリーチャーを出す度に相手の思うつぼになっちゃうけど……いっぱいクリーチャーを並べるのはこっちだって負けてません!

 

「ユーちゃんのターン! 6マナをタップ!」

「馬鹿が!! クリーチャーを出したら、その度に効果が発動するって言っただろうがァ!!」

「でも、勝つにはクリーチャーを並べるしかありません!」

 

 久しぶりに使うけど……今回のデッキの主役、いきます!

 実子さんに教えてもらった必殺技、決めちゃいますよ!

 

 

 

eins(ひとつ)zwei(ふたつ)drei(みっつ)……Lass uns die Nummern arrangieren(さぁ、数字を揃えましょう!)

《暗黒貴族ウノドス・トレス》!」」

 

 

 

「何だァ、そいつは。ダークロードの権威なんざ、今時地に落ちてんだろうがァ!」

 

 うっ、あまり驚いてないみたいです。

 やっぱり、《アガサ》と《シューヴェルト》の能力によっぽど自信があるのでしょうか?

 だけど、一気に決めます!

 

「まずは《ウノドス・トレス》の能力で、山札の上から三枚を墓地へ!」

 

 墓地(フリートホーフ)に落ちる3枚のカード。

 皆さん、出てきてください!

 

(ツヴァイ)、《学校男》! (ドライ)、《暗黒鎧 ヘルミッション》!」

「雑魚共が出てきたって無駄だ!」

「無駄じゃないです! 《学校男》で《ヘルミッション》と《ウノドス・トレス》を破壊します!」

「ああ!?」

「効果でクリーチャーを1体選んで破壊してください!」

「チッ、《ミラーズホロウ》を破壊だ!」

「そして、《ヘルミッション》の効果で《アガサ》を破壊します!」

「なあっ!?」

 

 倒れ込むSchule(学校)のクリーチャーが手に《ヘルミッション》と《ウノドス・トレス》を握り締めて、《アガサ・エルキュール》と《カンゼンクライム》へ両手を振り下ろしました!

 これで、2体破壊です!

 

「チッ、やるじゃねえか……!」

「そしてそして! 《ハリデルベルグ》の効果で《シューヴェルト》のパワーを合計マイナス8000! 破壊です!」

「それで終わりだな?」

 

 冷徹に相手の声が響きました。

 やっぱり、動じてないです……!

 

「クソガキが。悪鬼羅刹天魔天鬼の戦法ってもんを見せてやる。《シューヴェルト》が死ぬ前に発動した効果で、俺の山札の上から3枚をシールドに。そして、《アガサ・エルキュール》の効果で、俺はシールドを見てデーモン・コマンドを場に出す効果を3回使える」

 

 シールドから2枚のクリーチャーが現れました。

 これって、まさか……!

 

「俺が出すのは、《カンゼンクライム》。効果で墓地から、S・トリガー呪文の《クリスティ・ゲート》と《シークレット・クロックタワー》を回収する」

 

 て、手札が増えちゃいました。

 でもこれだけじゃ終わらないみたいです。

 もう1体、クリーチャーがいます……!

 

「そんでもって出てこい、《知識の破壊者 デストルツィオーネ》!」

「うにゅう!?」

 

 こっちが驚いちゃいました。

 現れたのは大きなSichel()を掲げた真っ黒な死神。

 

「や、闇のデーモン・コマンド……!」

「ばぁか、何驚いてんだよ。言っとくけどな。《クリスティ・ゲート》が出せるのは光の悪魔だけだ。しかし、俺様の効果で出せるのは進化じゃねえデーモン・コマンドなんだよ! つーわけで、テメェの知識を奪い取る」

 

 真っ黒なSichel()が、ユーちゃんの手札を全て破壊しました。

 

「《デストルツィオーネ》が場に出た時、相手の手札を全部破壊する。幸い、テメェで破壊してくれたおかげで、テメェの場に残ってんのは《学校男》と《ザビ・バレル》だけだ。そいつらだけならどうとでもなる」

 

 巨大な刃が、ユーちゃんの顎に宛がわれました。

 冷たさが迸りました。

 

「よォ、気分はどうだ? さっきのクソ貴族(ダークロード)を場に出した時、夢や希望がムンムン湧いて来たよなぁ? 俺達に今まできたねぇ欲望や夢を預けてきたクソ人間共みてぇによォ」

「うにゅ……!」

「だが、テメェらがちんたら戦ってくれたおかげで、今此処に居るテメェらからもマナを吸い取ることが出来ているんだよ。俺の儀式はもうじき終わる」

 

 アガサ・エルキュールの魔方陣が光り輝きました。

 

「俺達はなあ、希望を預けてきた人間から全部それを奪ってやるのが好きなんだよ! 偽物が自分の代わりに夢を叶える姿を、鏡の向こうから眺めるしかできねぇ、哀れな人間共の姿を! テメェらも直にそうなる。それが、汚らわしい人間共の末路! 己の事しか考えられねえ、クソ野郎共の末路! 実に空虚じゃありゃしねえか? なァ!」

「……空虚なんかじゃ、無いです」

「あァ?」

「紗良さんは、記憶を失っても、奪われても、歴さんの事をずっと心配してました」

「んなわけねぇだろ! 此処に居るにつれて、そいつの大事な記憶から抜け落ちていくんだぞ! だから誰も帰る事が出来ねえ。帰れねえんだよ!」

「そんな事ありません!」

 

 後ろから声が響きました。

 見ると、そこにはローちゃん、小鈴さんの姿がありました。

 そして──

 

「小鈴ちゃん! ローちゃん!」

「何だァ? 雑魚共と、抜け殻か」

「抜け殻じゃ、ないよ……! 紗良さんはずっと、貴方達に負けないように頑張ってたんだ。記憶が抜け落ちても、鏡の向こうから、歴さんの事を見てたから!」

「だって、妹が心配じゃない姉が、何処に居るんですか! そうでしょ? 紗良さん!」

 

 小鈴さんとローちゃんに肩を借りるようにして、紗良さんがそこに立っていました。

 

「今更そんなズタ袋連れて、何するつもりだ?」

「小鈴! 丁度良かった。此処らでアガサ・エルキュールの儀式を滅茶苦茶にしてやろう」

「……うん!」

 

 二人共、何をするつもりなんでしょう?

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 戦うユーちゃんの前に紗良さんを連れてきたわたし達。

 鳥さん曰く、紗良さんは簡単には枯れない強い願望を持っていたから、今もまだすんでの所で意識が残っている。

 

「紗良さん。貴女の妹が言ってたんだよ」

「い、もう、と……?」

「はい。「辛いときは歌えば良い」って言ったのは紗良さんでしょ?」

「辛い、時は、歌えば……良い? 歌……私の、歌……」

「忘れたなら、わたし達が歌うよ!」

 

 わたしはパンフレットに書かれた歌詞を歌う。

 この曲は紗良さんが考えた歌。「恋の魔法はSBD」だ。

 あれだけ大きな音で流されたんだ。曲調はばっちり覚えてるよ! ……多分。

 

「まさか、歌でそいつの記憶を戻そうっていうのかァ!!」

「小鈴さん……!」

 

 うん、ユーちゃん。

 あんまり歌うのは得意じゃないけど、やってみるよ!

 

「ばーん! 心の叫び! 心の叫び、君を見た時直感したんだ! ばーん! 焼けつくような、えーと、胸がヒリヒリして痛いの!」

「伊勢さん、音外れてません?」

「うう、それじゃあローザさんも歌ってよ……」

「ええ!? し、仕方ありませんね……」

 

 仕切り直すように、一息つくと、わたし達は紗良さんの肩を抱えながら、途切れ途切れに歌を歌っていく。

 

「あの日見た君の姿!」

「燃える視線で、ロックオン?」

「ターゲットは今日から、君一人!」

「……」

「だけど君を見るとー」

「私の心臓バクハツしちゃう!」

「……そ」

 

 だ、駄目だ。音程は外れるし、テンポはよく分からないし。

 鳥さんは、記憶が戻れば紗良さんも元に戻るかもしれないって言ってたけど、こんなので記憶なんて戻るのかな?

 

「何だこいつら……すっげぇグダグダじゃねえか」

「小鈴さん……ローちゃん……」

 

 ユーちゃんが心配そうな目でこちらを見てる。

 これでも真面目にやってるんだよ!?

 

「我慢できないドキドキ! 君のハートを絨毯爆撃! すりーつーわんで爆ぜりっ……いたた、舌噛んじゃった!」

「……そ」

「も、もう1回今の所いきましょう! 我慢できないドキドキ……」

「……たくそ……」

 

 わたし達は何かが聞こえたような気がしたけど、構わずにサビの所を歌おうとする。

 

「だから伊勢さん、そこはもうちょい上がるような感じだったような……」

「えー!? そうだったっけ……」

「へたくそ……」

「じゃあもう1回2人でやってみましょう」

「そ、そうだね」

「「恋の呪文は──」」

「へ・た・く・そ……!」

 

 肩を掴む紗良さんの手に力が入る。

 わたし達は一斉に彼女の顔を見た。

 赤い光が鏡面に映る。

 

 

 

「だ・か・ら、下手くそだっつってんだろォォォーがッ!!」

 

 

 

 パリン、と硝子が砕け散る音。

 わたし達は思わず尻餅をついてしまう。

 

 

 

「人の持ち歌を下手に歌って、何時まで聞かせたら気が済むんだよ、テメェらはァァァーッ!!」

 

 

 

 顔が元に戻ってる。

 紗良さんだ。

 すっごく声が怖いけど、多分これで元に戻ったんだ!

 

「成程。あまりにも下手な歌で、意識が引き戻されたのか!」

「大体何なの、此処は! 変な怪物が居るし……私はアイドルよ! 何時までもこんな所に閉じ込めて、許さないんだから!」

「き、さ、ま、ら……!」

 

 アガサ・エルキュールが唸る。

 まさかの事態に驚きが隠せないようだ。

 うん、不本意だけどわたし達も驚いているよ。

 

「紗良さん!」

「え? 誰あんた……どっかで会ったような……てか、何その服、あんたもアイドル?」

「アイドルじゃなくて、魔法少女かな?」

「何言ってんの、あんた……って、そうだ! こっからでないと……!」

「ねえ! 出る為の方法があるんだけど、良いかな?」

「はあ?」

 

 わたしは勇気を振り絞って紗良さんの手を取る。

 

「そのために一曲、歌ってほしいんだけど!」

「え?」

「紗良さんの歌が世界を救うんです。神に誓って嘘は言いません」

「いや、世界を救う?」

「テメェら。何好き勝手やってんだ? アリバイ・トリック! ギモロ! パクルパン! そいつらを拘束しろ!」

 

 光の悪魔達が紗良さんを目掛けて飛び掛かる。

 しかし、その前に人影が立ちはだかった。

 

「キャーッ! サラちゃんの生ライブなのよー!」

「邪魔立てはさせぬわ!」

「やれやれ、やっと倒したかと思ったら蚯蚓みたいに次々と……」

 

 蟲の三姉弟が再びクリーチャーと戦う。

 わたし達も、身構えて、更に襲い掛かるクリーチャー達を迎え撃とうとする。

 

「やっと意識がはっきりして、まだ記憶がぼうっとしてるんだけど……あんた達が誰かも分かんないし」

「お願い! 紗良さんはわたし達が守るから……みんなの為に、もう1度歌って!」

「……何だかよく分かんないけど、歌えば良いんだよね? 丁度むしゃくしゃしてからさあ。じゃあ、出来る事はやろうかな!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「クソが……随分と長い茶番に付き合わせてくれたじゃねえか。あんなんで記憶が戻るなんて、俺が一番驚きだぜ。だけど此処に居る全員が目を覚ましでもしなけりゃ、儀式を止めるなんざ無理だぜ!!」

 

 小鈴さん、そしてローちゃんが作ってくれたチャンス。

 絶対に無駄にはしません!

 このデュエル、絶対に勝ちます!

 

「さっさと俺のターンに──!」

「まだユーちゃんのターンは終わってないですよ?」

「なっ!?」

 

 そうです。《ハリデルベルグ》がまだ残っています。

 使うタイミングは、《アガサ・エルキュール》が居ない今しかありません!

 

「ターンの終わりに、《ハリデルベルグ》の(デンジャラ)・スイッチをDrücken(押します)!」

 

 《ハリデルベルグ》をひっくり返します。

 その時。

 背後に針の山が出来上がりました。

 頂上には骸骨のステージが浮かび上がります。

 そこに立つのは──

 

 

 

「みーんなー! 今日は、紗良ちゃんのライブに来てくれてサンキュー!」

 

 

 

 アガサ・エルキュールが目を見開きました。

 

「歌うのは勿論……『恋の魔法はSBD~Surprise Burning Destiny~』!」

 

 会場に何処からともなく曲が流れて来ます。

 そして、思いっきり紗良さんが歌い始めました!

 

「な、何だ!? 何をするつもりだ……!」

「おっと、こっちに集中です! 《ハリデルベルグ》の効果発動! 墓地(フリートホーフ)からこのターン破壊されたクリーチャーを全部場に出します!」

 

 紗良さんの歌声をBGMに、墓地から現れるクリーチャー達。

 《ウノドス・トレス》に《ヘルミッション》が場に出てきます!

 

「《ウノドス・トレス》の効果で、山札の上から3枚を墓地に置いて、コスト1、2、3のクリーチャーをそれぞれ復活させます!」

 

 このクリーチャーの凄い所は進化クリーチャーも出せちゃう所です。

 もう、さっきみたいに《アガサ》を警戒する必要もありません!

 ユーちゃんも思いっきり、やっちゃいますよ!

 

(アインス)! 《死神術士デスマーチ》!」

 

 続いて二体目!

 

(ツヴァイ)! 《特攻人形ジェニー》!」

 

 最後に三体目!

 

(ドライ)! 《禁断 U サベージ》!」

 

 今度こそ一度に、三体のクリーチャーを復活させましたよ!

 

「《ジェニー》を破壊して、手札を1枚見ずに捨てさせます!」

「残念! テメェが捨てたのは《時の秘術師 ミラクルスター》だ! 《ヴァリアブル・ポーカー》と《ブルーホワイト・ホール》、《ジャミング・チャフ》を回収する!」

「うにゅっ……手札破壊は失敗しちゃいました。だけど、《サベージ》の効果で山札の上から1枚を墓地に置いて、クリーチャーを場に出します!」

 

 これでブロッカーが2体。

 まだまだ耐えられますよ!

 

 

 

ターン6

 

アガサ・エルキュール

場:カンゼンクライム、デストルツィオーネ

盾:5

マナ:6

手札:6

墓地:3

山札:23

 

 

ユー

場:ザビ・バレル、学校男、ウノドス・トレス、デスマーチ、サベージ、ヘルミッション、ハリデルベルグ

盾:5

マナ:6

手札:0

墓地:5

山札:19

 

 

「こっちにゃ、まだ切札が残ってるんだ……! 5マナで《スーパーエターナル・スパーク》! 此処は厄介な《ヘルミッション》をシールド送りに! ターンエンドだ!」

「うにゅっ……! で、でも、此処で叩き込むチャンスです! ユーちゃんのターン! マナにカードを置いて、《ウノドス・トレス》で攻撃(アングリフ)!」

 

 それでも今なら、叩き込めるはずです!

 シールドを目掛けて《ウノドス・トレス》が甲冑を着た兵士を従えて、シールドを叩き壊します!

 

「甘い。S・トリガー、《DNA・スパーク》。相手のクリーチャーを全てタップだ」

「え、Ende(ターン終了)……!」

 

 駄目です。

 こっちが、何かを仕掛けたら、対抗するように向こうも反撃してきます。

 これじゃあ、何時までも経っても抜け出せない、迷宮を走っているような気分です……!

 

 

ターン6

 

アガサ・エルキュール

場:カンゼンクライム、デストルツィオーネ

盾:5

マナ:7

手札:5

墓地:4

山札:22

 

 

ユー

場:ザビ・バレル、学校男、ウノドス・トレス、デスマーチ、サベージ、ハリデルベルグ

盾:6

マナ:7

手札:0

墓地:5

山札:18

 

 

「さあ、そろそろシメるか……4マナで、《超次元 ブルーホワイト・ホール》! 効果で《勝利のプリンプリン》を召喚! 《ウノドス・トレス》をロック!」

 

 だ、だけどこっちにはブロッカーが居ます!

 相手のクリーチャーは2体ともT・ブレイカーですけど、ブロックすれば問題ないです!

 

「《ブルーホワイト・ホール》の効果で、俺は手札から1枚をシールドに置く。そして、テメェのクリーチャーはブロック出来ない」

「うにゅっ……ブロック、出来ないんですか!? それじゃあ、ユーちゃんのシールド、無くなっちゃいます……!」

「それだけじゃねぇぜ!! 下手な事したらどうなるのか、見せてやらぁ! 開け羅生門、《クリスティ・ゲート》!」

 

 ま、またあのカードです。

 稲光が迸り、再びあのクリーチャーが場に出てきました!

 

「悪いな。俺様はしつこいんだよ! 出すのは当然、《偽りの羅刹(コードファイト) アガサ・エルキュール》だ!」

 

 まずいです。

 ユーちゃんがクリーチャーを出す度に、またデーモン・コマンドが出て来ちゃいます……!

 

「お終いだ! 《デストルツィオーネ》でシールドをT・ブレイク!」

 

 死神の大きなSichel()がユーちゃんのシールドを3つ、切り裂きます。

 クリーチャーでブロックしたくてもできません。

 

「そして、《カンゼンクライム》でシールドをT・ブレイク!」

 

 また、シールドがブレイクされてしまいました。

 どうにか、しないと……!

 せめて、あの《アガサ・エルキュール》だけでも!

 

「っ……来た! S・トリガー、ツインパクト発動《デーモン・ハンド》です! 《アガサ・エルキュール》を破壊!」

「チッ、また出てきてすぐ退場かよ。《カンゼンクライム》の効果で、手札からS・トリガーを持つ《シークレット・クロックタワー》を使う! 山札の上から3枚を捲り、1枚を手札、1枚を山札の上、1枚を山札の下に!」」

 

 幾つもの手が《アガサ・エルキュール》を墓地(フリートホーフ)へと引きずりこみます。

 何だか似たような光景を見たばっかりですが、それは多分インガオウホーってやつです!

 

「よしっ、耐えました!」

「だけどよぉ、忘れてねぇか? 《アガサ》の効果も発動!」

「……え?」

 

 次の瞬間、ユーちゃんの手札が全て叩き落とされました。

 全て、まとめて墓地(フリートホーフ)送りです。

 

「な、何が起こったんですか……!?」

「相手が呪文を唱えた時、《アガサ》の効果で俺もシールドから呪文を唱えられる! 《ロスト・ソウル》で手札を全破壊だ!」

「うにゅうっ!? そ、そんなぁ!」

 

 問答無用で手札を全部破壊する呪文、それが《ロスト・ソウル》です。

 どうしよう。ユーちゃんにはもう、手札が、切札がありません。

 そして、相手はシールドを見ているから、もう1枚S・トリガーが入っているかどうか分かってます……もし、《DNA・スパーク》みたいなカードが入ってたら、ユーちゃんは負けちゃいます。

 

「勝負あったな。おっと、だけど俺はシールドが減っちまってるから、丁度ダイレクトアタックされちまうなあ。クククッ」

「うにゅ、絶対S・トリガーあります……!」

「クハハハ、俺の場には《デストルツィオーネ》と《カンゼンクライム》がいる。こいつら2体を全部破壊するのは至難の技じゃねーか?」

「うにゅう……!」

「諦めろ。それが肝心だ。手札はもう何もねぇ。次のターンで出そうとしてたカードも一緒に墓地に行っちまったんだろ? ああ?」

 

 明るい曲のBGMを背景に、絶望的な雰囲気が広がっていきます。

 どうしましょう。どうしよう。

 このままじゃ、ユーちゃんは敗けちゃいます……!

 

「嫌です。絶対に……!」

「ああ? 無理だってんだろうが! 散々邪魔してくれたが、もう頃合いだ。このデュエルで負けたテメェの魂を最後に、俺の儀式は完了するんだよ!」

 

 

 

「ちょっと、何負けムード漂わせてんの!」

 

 

 

 うにゅっ!?

 マイク越しに、とても大きな声が会場に響きました。

 

「さ、紗良さん……!?」

「あたしが歌ってる前で負けるなんて、絶対に許さないからね! 世界一可愛いこのあたしの前で!」

 

 その姿は、とても可憐で、自信たっぷりで。

 あの時の映像も、ライブの姿も、全部偽物だったけど、やっと今此処にいる紗良さんは”本物”だって確信出来ました。

 

「そう、そうだ。あたしは、やっぱり自分の事ばかり考えて、何でアイドルをやってたのか忘れてた……あの子が辛い顔してた時、歌ったら笑ってくれたから。アイドルだって、そうだった」

 

 だから、と紗良さんは力強く続けました。

 

「辛い時こそ、あたしは歌う! あたしの歌が、あんたの追い風になる!」

「……Ja! 分かりました!」

 

 そうだ。

 まだ諦めるには早いです。 

 手札が無くても、逆転手が閉ざされていても。

 この鏡の中の世界のように、全部こじ開けてみせます!

 

「クソうるせぇ、ガキどもがァ……!! 部下共は役に立たねぇし、どうしろってんだよ!!」

「うるさいのはそっちです! このターンで、ひっくり返します!」

 

 引いた全てを賭けた1枚。

 ……来ました。

 長く、とても辛い迷宮のようなデュエルでした。

 だけど、眩しすぎる偽りの光を、此処で全て黒く、塗りつぶします!

 

Ich werde dich auf den Berg der Nadeln werfen(針山地獄に貴方を堕とす)──」

 

 嘘つきも、悪い子も、地獄送りです!

 

 

 

Ich bitte dir(お願いします)! 《D2K ジゴクシヴァク》!」

 

 

 

「何だそいつは……!? マスター・イニシャルズ……!? こいつが、D2フィールドの主かァ!!」

「まず、《ジゴクシヴァク》の効果で《学校男》を破壊して、2枚カードを引きます!」

 

 そしてこの時、《ハリデルベルグ》とのコンボ発動です!

 

「《ジゴクシヴァク》の効果で、場にD2フィールドがあれば相手のクリーチャーを1体破壊します! 《カンゼンクライム》を破壊です!」

「ッ……だが、まだ《デストルツィオーネ》と《プリンプリン》が……!」

「そして、《ハリデルベルグ》の効果で、《プリンプリン》のパワーをマイナス4000して破壊です!」

「馬鹿な……こんな、事が……!」

「まだ行きますよ! 《サベージ》で《デストルツィオーネ》も破壊です!」

「ば、馬鹿な……!」

「そっちのシールドは残り2枚! 行きますよ! 《ウノドス・トレス》で攻撃(アングリフ)!」

 

 無数の甲冑軍団の進撃です!

 これで、アガサ・エルキュールのシールドは無くなりました!

 

「こ、この俺のシールドがぁ……! S・トリガー、《DNA・スパーク》でクリーチャーを全員タップして、シールドを1枚増やす!」

「やっぱり、もう1枚あった! うにゅう、攻め切れませんでした……!」

「クソォ……俺だって、後に退けねえんだよ……今更、引き下がれねえ、引き下がって堪るかァ! 《プロテクション・サークル》で手札から1枚をシールドに! そして、《ヴァリアブル・ポーカー》で2枚ともシールドを入れ替える!」

 

 手札の中には、ユーちゃんを止められるカードが無かった。

 そして、最後に《ヴァリアブル・ポーカー》で入れ替えた……このシールド次第で勝負が決まると言っても過言ではないです。

 だけど、ユーちゃんは負けられません。

 姉妹が喧嘩したら仲直りする。そんな当たり前の事を、取り戻すんです!

 Lass uns gehen(さあ、行きましょう)――!

 

「《ウノドス・トレス》でシールドをW・ブレイク!!」

「シールド!! まだ、俺には、シールドが……!!」

 

 砕け散る2枚のシールド。

 しかし、それを見たアガサ・エルキュールは凍り付きました。

 

「う、嘘だろ……! 《アガサ・エルキュール》に、《ミラーズホロウ》……! 畜生! 此処で、此処で因果に裏切られるってのかよ! 途中まで上手く行ってたんだ! 全部!」

 

 相手は何もしませんでした。 

 ということは、これでユーちゃんの勝ちです!

 

 

 

「《ジゴクシヴァク》で、ダイレクトアタックです――!」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 デュエルは終わった。

 息も絶え絶えにアガサ・エルキュールは横たわっていました。

 勝った。ユーちゃんが勝ったんだ!

 

「小鈴さん! ローちゃん!」

「やったね、ユーちゃん!」

「もう、どうなることかと思った……本当に良かったぁ」

 

 手を取り合うわたし達。

 これで、今度こそこの空間もお終いだ。

 でも、囚われていて頭が鏡になってしまった人々はどうなっちゃうんだろう。

 

「ハ、ハハハハハハ……まだ、この手があったか……!」

 

 声が聞こえてきました。

 みると、アガサ・エルキュールの倒れた地面から魔方陣が光っている。

 まさか、まだ儀式は終わって無かったの!?

 

「ま、まだ動けたんですか!?」

「うるせぇ!! 斯くなる上は、この俺様自身を生贄に──!」

 

 

 

「多分、無理だよ」

 

 

 

 言ったのは鳥さんだった。

 その言葉の通り、魔方陣から光が消えていく。

 アガサ・エルキュールも異変に気付いたのか、目を血走らせて叫んだ。

 

「何故だ! どうなっている! この中に居る人間共のマナが……!」

「あれを見てごらん」

 

 わたし達はステージの上で、まだ歌っている紗良さんを見ました。

 そして、その歌が空間を震わせる度に、硝子が割れる音が響いてくる。

 頭が鏡になってしまっていた人々が、次々に元の姿に戻っていく。

 一体、どういうことなんだろう。

 

「彼女の歌が特別ってわけじゃあない。むしろ、歌が人間の希望を取り戻させたってところか」

「歌の力って、すごいんだ……!」

「音楽には不思議な力があると言いますが……此処までとは」

 

 それだけ、今の紗良さんの歌は純粋に誰かを思っていたってことだろう。

 目の前のアイドルの仕事に囚われていても、記憶を失っても、歴さんのことだけはずっと大事に思っていたから。

 

「夢や欲望を奪いつくすこの空間で、彼女の歌が夢や希望を与えたってわけだろうね。お前達の野望も此処までだ。最も、この手順を踏んだ所でお前達の望んだものが召喚される保証も無かったと思うけど?」

「あ、が、く、そぉ……」

 

 魔方陣が砕け散ります。

 見ると、空中に漂っていた悪鬼羅刹たちの姿も消えていきます。

 そして、アガサ・エルキュール自体も──

 

「……ラ……様ぁ……ラ、様ぁ……」

 

 ──完全にマナの塊となって消滅してしまいました。

 鳥さんがそこに降り立ち、残ったマナを啄みます。

 これで一件落着だよ。

 見回すと、元に戻った人々の身体も消えていく。

 一瞬驚いたけど、鳥さん曰く「元の引きずり込まれた場所に還ってるんだろうね」とのことだ。

 ということは、紗良さんも──

 

「紗良さん! もう、お別れですか?」

 

 ユーちゃんが駆け寄ります。

 彼女は疲れ切った様子で頷きました。

 

「そうだなぁ……うん、ちょっと疲れちゃった。あたしを待ってる人の所に帰るよ」

「紗良さん……歴さんのこと、可愛がってあげてくださいね。あの人、ずっと心配してましたから」

「……そうだねえ。もう、アイドルもカードゲームも懲り懲りだよ……」

 

 紗良さんの身体もまた消えていく。

 元の場所に戻るのだろう。

 

「じゃあね、思い出させてくれてありがとう」

「Ja! また、ライブ見に行きますね! 今度こそ本物の紗良さんのライブ!」

「うん! 絶対見に来てよね!」

 

 そう言って、彼女の身体は消えた。

 これで、全て元通り。

 事件は万事解決した──

 

 

 

「すっずちゃぁぁぁーん! 何やってるのよ!」

 

 

 

 あ、葉子さんの声が聞こえる。

 見ると、既に穴の入り口の方に立って手を振っていた。

 そうだ。そろそろわたし達も戻らないと。

 

 

 

「此処、もうじき崩れるのよ! 消えて無くなるのよ!」

 

 

 

 え?

 わたし達は周囲を見回した。

 見ると、ライブ会場は消えて、真っ黒な闇に飲み込まれようとしている!

 そうだ。鏡の中に世界なんて無かった。元々アガサ・エルキュールが作り出したものだから。

 

「みんな、走ってーっ!」

「何でもっと早く言わないんですか!」

「確かニホンではこういう時に、おあとがよろしいようで、っていうんでしたよね?」

「ユーちゃん、それちょっと意味が違う!」

 

 魔法少女に変身しているわたしが、またユーちゃんとローちゃんを抱えて空を飛ぶ。

 葉子さんが手を振っている入り口目掛けて思いっきり滑り込んだ。

 恐ろしいことに、もうすぐ後ろまで暗闇が迫っていた。

 

「……あ、かえってきた」

 

 生きた心地が実感できたのは、ずっと外にいた恋ちゃんの言葉を聞いてからでした。

 

「もう、鏡なんて懲り懲りだよ……」

「ユーちゃんは結構楽しかったですよ?」

「私も二度と行かない……」

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「あっという間に時間が経って、あの事件が嘘のようだよ……」

「でも紗良さんが元に戻ってよかったです!」

 

 ユーちゃんが嬉しそうに言う。

 だけど、すぐにまた顔が曇った。

 

「でも、どうして紗良さんアイドルをやめてしまったんでしょうか……」

 

 そう、此処からは後日談です。

 いきなりですが加々美紗良の電撃引退が発表されたのは事件から間もなくの事でした。

 世間体には一応、仕事への悩みからの失踪ってことになったみたい。

 一体紗良さん、どうしちゃったんだろう。様々な憶測が飛び交ったけど、真相は本人のみぞ知るってところらしい。

 

「まあ世間体もあるだろうしねえ」

「彼女については何も分からないままだ」

 

 みのりちゃんも霜ちゃんも何も分からないようだ。

 どうしてアイドルをやめちゃったんだろう。折角事件は解決したと思ったのに。

 それと、他の被害に遭った人がどうなったかというと、

 

「市内では記憶喪失の人が続出したらしい。鏡の中に引き込まれた人は、その間の記憶を失っているんだろうね。だけど、他の事は覚えているらしいから、後遺症が残らなくて良かった」

 

 霜ちゃんの言葉に珍しくみのりちゃんが相槌を打ちました。

 

「忘れてるうちが花ってもんでしょ、その変な空間の事なんて覚えてても仕方ないじゃん。ああでも偽物が出来る空間かあ、小鈴ちゃんの偽物だったら、幾ら増えても良かったなあ」

「わたし鏡の中に閉じ込められちゃうんだけど!?」

「下心が丸見えだぞ!」

「冗談だって。私の大好きな小鈴ちゃんは、1人で十分だよ!」

 

 もう……みのりちゃんは知らないと思うけど、本当に怖かったんだから。

 二度と、クリーチャーの作った空間には入りたくないよ。

 

「結局、歴さんは紗良さんと仲直り出来たのでしょうか?」

 

 ぽつり、とユーちゃんが言いました。

 ローザさんの言葉で、わたしはそもそもの問題を思い出す。それに関しては分からず仕舞いなのだ。

 結局、あれから歴さんは学援部にも顔を見せてないみたいだし……。

 一先ず、どうなったのかを確認する為に今学援部に足を運んでいるんだけど。

 

「はい、すいませんでした、その節は……では、失礼します」

 

 そう言って学援部の扉を閉めた女の人。

 真っ直ぐで、長い黒髪の女子生徒だった。

 こちらを向くなり、彼女は何処か気恥ずかしそうに「あっ、皆さん……」と言った。

 

「もしかして、歴さん!?」

「え、ええ……この間は、酷い事を言って、ごめんなさい……」

 

 あまりにも様変わりしている彼女にわたし達は驚いた。

 前髪を短く切りそろえ、身なりが以前より綺麗になっているからか、別人のようだ。

 やはり血は争えないのだろう。歴さんも美人だったみたい。

 

「良いんです! それより、紗良さんとはどうなったんですか?」

「ええ……姉はよく覚えてないって言ってるけど……私に謝ってきたわ。「寂しい思いをさせてごめん、辛い思いをさせてごめん」って……」

「ちゃんと仲直り出来たんじゃん」

「私は、ホラー映画鑑賞6時間で手を打ったわ……ちなみに姉さんはホラーが大の苦手よ」

「禍根を残すような事するなぁ……」

「でも安心しました。やっぱり、妹思いの良いお姉さんだったんですね」

 

 ローザさんが胸を撫で下ろす。

 良かった。姉妹の関係はこれで元通りみたい。

 

「ところで歴さん、その背中に背負っているのは何ですか?」

「これ?」

 

 ユーちゃんが指差したのは、大きな薄い鞄だった。

 一体何が入っているんだろう。

 

「これはキーボードよ、ふふふ……他にも楽器は用意しているのだけど」

「え?」

「ええ、実はオカルト研究部はやめることにしたのよ……姉さんから誘いがあってね」

「誘いって?」

 

 わたしの問いに、彼女は少しだけ、またあの笑みを浮かべる。

 

 

 

「姉さん、私とバンド組もうって言ってきたの……今度は二人でやろう、って」

「え、ええええええええええ!?」

 

 

 

 わたし達は驚きの余り、言葉が続かなかった。

 ロックバンド……?

 歴さんが……?

 駄目だ。全然想像できないよ。

 

「言ったでしょう? 私、木魚を打つのは得意なの……だからドラムは出来るだろう、って姉さんが」

「んな馬鹿な話があるわけが……」

「割と行けたわ……ちなみに今はキーボードも練習してるわ」

「何と言うか、多才なのは姉妹揃ってだったんだねぇ」

「本当に丸く収まって良かったです」

 

 ユーちゃんが前に進み出る。

 そして、にぱっ、と笑みを浮かべた。

 

「歴さん! ユーちゃん、今度は二人のライブを見に行きますね! 絶対です!」

「ええ……楽しみに待ってるわ。私も姉さんもね」

 

 二人は何時か来るだろう約束をする。

 ようやく、また平穏が訪れたのだ。

 私は思わず扉の窓ガラスを見やった。

 また忙しそうな剣埼先輩の姿が映っていた。

 やっぱり先輩、今日もかっこいいなあ……なんて。

 

「何だか、さわがしい……」

「ひゃわぁ!?」

 

 いきなり扉が開く。

 そこには、恋ちゃんの姿があった。

 び、びっくりしたよ。剣埼先輩を見つめていたのがばれていないか、わたしはどぎまぎした。

 

「……れき、楽しそう……」

「うん、本当に良かったよ」

「ん……」

 

 恋ちゃんが頷く。

 

「もう鏡から何も出てこないよね?」

「たぶん」

「だといいけど」

 

 祈るように呟くと、わたしと恋ちゃんは、歴さんを囲って話す皆の所に向かう。

 きっと、大丈夫だろう。

 もう離れ離れじゃないから。

 

 

 

                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

「きゃーっ! 紗良ちゃんも歴ちゃんも最高なのよーっ! こっち向いてーっ!」

「アイドルの次はロックバンドかよ、姉さん……何でわざわざこんな所に来なきゃいけないんですか、てかうるせぇ、耳が壊れちまいそうだ」

「ふははははは、良いではないか弟よ! たまにはこうして音楽に興じるのも良し! 音楽こそ我らの心を豊かにするのだから! そう姉上は考えているのだろう!」

「絶対考えて無いでしょこの虫けら頭、こんな酷い音楽聞いた所為で更にあっぱらぱーが加速ですよ」

「何でも良いのよ! 3人で一緒にライブを見に来る事が出来て嬉しいのよ!」

「姉上の言う通りだ! 我ら蟲の三姉弟、何時如何なる時も一緒であるが故! 今日は束の間の催しを精一杯楽しもうではないか!」

 

 心も身体も離れ離れだった姉妹は、事件がきっかけで再び絆を取り戻した。

 尚、日本のロックバンド界隈に加々美姉妹が大きくその名を残すのは、また別の話である。

 

 

 

               ExtraEpisode2「鏡合わせの魔法少女です!(Fin)」




というわけで、番外編はこれで終わりです。こんなに楽しい作品の番外編を書けた事について、原作者のモノクロさんには感謝の気持ちをこの場を借りてお伝えします。そして、企画立案からめっちゃ時間が経ってしまって本当にすみませんでした! 
さて、どんな話にするかは、マジカル☆ベルの37話を読んで固まったようなものでした。形は違えど姉妹の絆を描く話となりました。当初はユーちゃんが魔法少女に変身したり、魔法少女に変身したユーちゃんが操られたり、みたいな展開を考えていたのですが、自分が書くとどうもすっきり終わらせられそうにないので、そのままぐだぐだと話を考える時間だけが過ぎていったわけです。
そんな難産だった番外編も、いざ書き始めると想像以上に楽しくて……特に蟲の三姉妹。今回彼らには割と美味しい役どころをあげましたが、書いてて本当に楽しかったです、彼らは。
そして勿論、ユーちゃんの活躍もローちゃんの困惑や戸惑いを交えて描けたと思います。時系列は大体37話の直後なので、早速ローちゃんは大事件に巻き込まれてしまうことに……。
敵役として現れたアガサ・エルキュールも、色々な設定を含ませつつ、別世界から現実世界へ影響力を持つ強敵として登場させました。ただ、こいつのデッキには色んな意味で苦労させられましたね……。
そしてユーちゃんのデッキは、ジゴクシヴァクを入れた、ウノドス・トレスデッキとなりました。いつかまたレシピを公開しますが、ハリデルベルグがハマるとえげつない制圧力を発揮するデッキです。
さて、今回はそろそろ此処までにしましょう。感想意見などありましたら、またどんどん下さい。そして今後ともモノクロさんの「デュエ魔法少女マジカル☆ベル」をよろしくお願いします。ではでは。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。