手渡される馴染んだ硬質な感触。
そのまま抱え込む様に、抱きしめる様に、お守りを持った手を胸に押しつける。
女の子達のヒソヒソとした声もなにも気にならない。
「見つかっただろう。もう帰ろう。」
アシュトンがさらりと私を促す。
「…知ってたの?」
気がつけばアシュトンに問うていた。
「あの子達が持ってるってアシュトンは気づいてた?」
「さあ?どうだろうな。」
曖昧な返事のアシュトンに更に言い募る。
「アシュトンは見つかるっていったよね?絶対見つかるって。
それは彼女達が持ってる事を知ってたからなんでしょ?」
「さあ。俺がなんて思って言ったかは分からないけど、見つかるのは確実だろう?
そんな程度の横槍でソレとモニカの縁が切れるはずがないんだ。」
ふわふわとしていたはずのアシュトンの瞳が私を射抜く様に見ている。…いや、正しくは私の手の中にあるお守りを見ているようだ。
煮え切らない、納得のいかない言い回しでアシュトンが答える。正直、アシュトンのこういう面は未だに苦手だ。
アシュトンは何か確固たる理由を持って話している様なのに、私にはその確固たるものが見えない。それどころかその確固たるものが曖昧で信じるに値しないものの様にも感じる時がある。
アシュトンの目線からお守りを引き剥がすようにして、今度は私達の話を聞いていた女の子達に問いかける。
「何故こんな事をしたの?」
教室の外にいた時に聞こえて来た話では、お守りが私にとって大切なものであるという事を知った上での行動の様だった。
頬を張られた理由も未だに分からないが、大切なものを隠される理由にもまた心当たりがない。
「なぜ?なぜですって?全てあなたが悪いのでしょう!
私は秘密だって言ったのに!誰にも話さないでってお願いしたのに!よりによってアシュトンに話すだなんて!」
目の渕に涙を湛えたレイチェルが叫ぶ様に言った。
「私、アシュトンに何か話したの?」
アシュトンとは毎日話をしているが、レイチェルに釘を刺される様な事を話した覚えが無い。
「しらばっくれないで!アシュトンは私にこう言ったのよ!
『君は彼と付き合っているんだろう?』って!」
レイチェルの嘆きを聞いて、アシュトンを振り向くとアシュトンはこくんと頷いた。どうやらアシュトンがレイチェルに言った言葉に違いない様だ。
「それと、私になんの関係が?」
「確かに私は彼に告白されたとあなたに話したわ。…でもそれは私は彼を振ったという話よ!
彼の告白を受けた覚えなんて一度だってないわ!」
確かにあの可哀想な立場の彼とレイチェルが付き合ったなんていう話は一切聞いてない。
「私もそう思っていたけど。」
「なら…なぜアシュトンは私にあんな事を言うの?あなたが嘘を伝えたので無ければなんなのよ…。」
もはやレイチェルの涙を止めるものは何も無い。はらはらと涙を流しながら訴える様に言う。
冤罪だ。しかしレイチェルは私が彼女の恋心を無惨にも台無しにした思っているらしい。
「…この間街に行った時に君たちが仲良く手を繋ぎながら歩いているのをみたよ。」
ひとしきりの彼女の涙が止むのを待って、アシュトンが口を開く。
アシュトンから私へのフォローだ。
「そんなこと一度だってした事ないわ。するはずないじゃない。」
「…
アシュトンをしっかりと見つめて言うレイチェルにアシュトンはすかさず返事を返す。
「…まぁいいわ。私が誰とも付き合っていないって分かってくれるならそれで。」
レイチェルは目を閉じるとふっと息を吐き、
「アシュトン、話があるの。明日授業が終わったらここで待ってるから。」
じっとアシュトンを見つめて一方的に話すと教室から出て行ってしまった。
それを見ていた女の子達はハッとした様子で後に続いて教室を出て行った。
いつもより遅い時間の帰り道はなんだか知らない道みたいだった。昨日も遅い時間帯だったのに今日と同じ印象を受けなかったのは、それだけ昨日の私がいっぱいいっぱいだったからだろう。
「珍しいね。アシュトンが嘘をつくなんて。」
アシュトンは不思議な事を口にはしても、嘘をつく人ではない。
私を庇うためとはいえ、嘘をつくなんてらしくもない。
「うそ?」
「『レイチェルとあの子が手を繋いで楽しそうに歩いてるのを見た』なんてね。
……ありがとう。」
レイチェルはアシュトンが好きなのだ。そんなことをするはずが無い。それも人通りの多い街で、だなんて可笑しいと直ぐにわかる。
でもアシュトンが、らしくもない行動をしてまで私を庇ってくれたが嬉しかった。
「…そうか。」
「明日は先に帰った方がいい?」
消えたと思った恋が僅かに灯っているのだ。レイチェルはその火を燃え上がらせて、しっかりと形にしたいに違いない。
「何の為に?モニカは明日何か用事があるの?」
気づいていないのかそれとも興味がないのか、アシュトンから不思議そうな声が漏れる。
「明日も待ってるよ。急がなくても良いからね。」
…この分だとしばらくは兄弟離れしなくても良さそうだ。
****
学校の敷地内にあるイングリッシュガーデンをぼおっと見つめる。いかにもイギリスといった薔薇の区画がある空間にはもう慣れてしまった。
整えられて一切の乱れも許さないといった綺麗な庭と、ゴミも雑草も無造作にある雑多な校舎裏が同じ場所にあるというのはかなり違和感のある事だったが、イギリスではそういう所も珍しくない。
重厚な石造りの建物が並び石畳が敷き詰められた大通りを一筋離れると、薄暗くゴミの散らばる路地裏があるものだ。
最初の頃はそういう一面を見る度に驚いていたが、いつしか驚きも薄れ呆れに変わった。
そういう一面を見てもゴミを拾って綺麗にしようと思わない時点で、私もその空間を作り出している一人なのだろう。
イングリッシュガーデンを一人の女の子が駆けていく。続いて何人かの女の子達が追いかける姿が見えた。
「見つけた。帰ろう。」
心地よい低い声が耳を撫でる。
「そうだね。」
結果など聞かなくても分かった。
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コンコンコン
休日の昼間、いつものようにお守りを拭いていると扉をノックする音が聞こえた。
「モニカ、お祖父ちゃんが来たわよ。」
アシュトンの言っていたものを買いに行く日。つまりは今日が誕生日だ。
階段を降りてリビングに向かうと、上着を羽織ったままのお祖父ちゃんが紅茶を飲んでいる。
お祖父ちゃんは私に気がつくとカップの淵から口を離し、
「来たか。行くぞ。」
といって立ち上がった。
アシュトンも次いで立ち上がりドアへ向かっていくのを追いかけた。
街を行くお祖父ちゃんは何の迷いもない様子でずんずんと歩いていく。文房具店、本屋、カバン屋、あらゆる店を通り過ぎて先へ先へと進んで行く。
私の考える学校で必要になるものが売っているであろうお店には一切の見向きもしない。アシュトンも何を買うのか分かっている様で、迷いなくお祖父ちゃんの隣を歩いている。
困惑しながら二人についていくと、二人の脚がぴたりと止まった。
__何て
骨董屋という訳ではない。お店自体がアンティークなのだ。
恐らく今までに沢山の人が触れてきたであろうドアノブが、メッキの地金を覗かせている。ツルツルのドアノブからはメッキが自然に剥がれたのではなく多くの人の手によって削れていったのだと分かる。
古めかしいどこを見ても時代を感じるお店は、厚さが均一ではなく波打っていたり気泡が入っていたりしているガラスの隅までピカピカに磨かれていて、お店の周りに一切の草も生えて居らず、愛されてきたお店だというのが良く分かる。
お祖父ちゃんが扉を開けるとガランガランとこれまたレトロな音が響いた。お祖父ちゃんが扉を開けたまま、私とアシュトンを迎える。
店に入るとあらゆる方向から微かな音が聴こえた。チックタック…チックタックと響く音は店に所狭しと並べられたあらゆる大きさの時計から響いてくる。
「お前が誰かを連れてくるのはこれで二度目だな。」
店内に響いたベルの音に呼ばれて奥に姿を現した男は、お祖父ちゃんを見ながらそう言って破顔一笑した。
「オーバーホールでもしに来たか?」
「いや、この子に見繕おうと思ってね。」
アシュトンの肩をポンと叩き、前に押し出す。
お店の中を見回す忙しない私と違って、アシュトンはもう何度も来たことがあるかのように堂々としている。
「成る程。その子が学校に入る訳か。
好きなのを自分で探してくれ、一生ものだからな妥協はいかんよ。」
お店の人がそうアシュトンに言うと、アシュトンは迷わず店の奥に歩いていく。お店の人とお祖父ちゃんが親しそうに話す間を抜けて、急いで後を追いかけた。