2 life / heart   作:弓削

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時計屋さん

一直線に店の奥に向かっていったアシュトンだったが、いざ時計を目の前にして困ったように立ち尽くしていた。

目は忙しなく時計を行ったり来たりしているけど、どれにするのかを決めかねている様だった。

「モニカ、今回はどれがいいと思う?」

アシュトンが少しおかしな文面で質問してくる。変な物言いになってしまうくらい迷っているのだろう。

アシュトンの目の前にはどれも綺麗な時計が並んでいた。緻密な彫刻が施されているもの、何らかの石が埋め込まれたもの、時計盤が透けていて中の機構が見える様になっているもの、少し変わったデザインで個性をアピールするものもあればシンプルイズベストを地でいくものまで様々だ。

正直アシュトンでならどんな時計も似合うに違い無い。でも、

「使い勝手を考えるのだったら腕時計がいいと思うよ。」

アシュトンが見ているのはどれもこれも懐中時計だった。

それに今いる時計のコーナーは機械式時計のコーナーで日常生活に用いるにはあまり向いていない物ばかりだ。

「必要なのは機械式時計なんだ。」

アシュトンが私の目を見て、はっきりと応える。アシュトンが欲しいと言うならそっちの方が良いのだろう。

「そっか。じゃあこれなんかどうかな?」

目に付いた時計をアシュトンの顔の横に差し出して言ってみた。アシュトンなら何でも似合う、そのことには自信が有るけど、この時計が一番アシュトンにぴったりくると思うのだ。

アシュトンの髪と同じ柔らかな金色、中の文字盤は螺鈿(らでん)が嵌め込まれており、僅かな光を浴びて鮮やかな桃色から緑へ変わり、やがてアシュトンの瞳と同じ淡い青色で落ち着いた。

「うん。これがいい。これにしない?」

アシュトンが気にいるかどうかは分からないけど、私は気に入ってしまった。

「じゃあこれにする。」

アシュトンが私の手から時計を受け取りそのまま店先まで歩いていく。

 

***

 

「ほう。これにしたのか。」

アシュトンの手から時計を受け取ると、店主のおじさんはニンマリと笑いながら言った。

「まけといてやるよ。なに大事な後輩になるんだ気にするな。…その代わりと言っては何だが、オーバーホール(点検と修理)は俺に任せてくれな。

どれ、嬢ちゃんは決まったのか?」

「そうだな、モニカも好きなのを選びなさい。

今はクオーツ時計の方がいいんだろうな。ソーラー電池で動くのもあると聞いてる。」

お祖父ちゃんが言うと、

「何をいってるんだ?学校で認められてるのは機械式時計だけだ。自動巻ですら認められ無いのに、ましてやクオーツ時計なんて。」

呆れた様な顔をしておじさんが言う。

「モニカはあそこには行かんよ。」

「ほう?そこの嬢ちゃんには素質が無いってか。」

「素質はある。間違いなくな。ただ、同じ時期に何人もなるものでは無い。二人とも推薦するなんて儂には出来ん。」

間違いなく私の話題であるのに、とうの本人を尻目に話はどんどん進んでいく。

「堅物が。相変わらずだな。嬢ちゃんが望むなら俺が推薦してやるよ。

まあ入学試験に受かるかどうかは嬢ちゃん次第だがな。」

私の頭をポンポンと軽く叩きながらおじさんはにっこりと笑った。

「ありがとうございます。」

どうやらおじさんは私にアシュトンと同じ学校へ行くという選択肢をくれるらしい。

「今のうちに時計を見ておくといい。学校に行くなら必要になるしな。」

「いらない。」

おじさんが言い終わらない内にアシュトンが言葉を被せる。

「モニカに機械式時計はいらない。」

強い言葉で続けると、アシュトンは私の手を引いて、

「帰ろう。」

と扉を開け、外に出てしまった。扉越しに

「後で時計を受け取りに来る。」

とお祖父ちゃんが時計を買い求める声を聞いた。

 

 

アシュトンは手を引いてずんずんと前に進んでいく。その背中に向かって問いかけた。

「何で私には時計がいらないの?

一緒の学校には行きたく無いってこと?」

私の問いかけにアシュトンはぴたりと脚を止め、私を見つめながら言った。

「一緒の学校に行きたく無い訳じゃないけど、機械式時計はいらないんだ。」

「どういうこと?」

思わず聞いた私にアシュトンは、

「直ぐに分かる。」

と言って前に向き直り、家路を急いで帰った。

 

***

 

家に着くとアシュトンは何故か庭の方へ私を引っ張り、

「ここにいて。」

と私を置き去りにし、後から来たお祖父ちゃんの背中を押して家の中に入ってしまった。

一連の流れをぽかんと見送り、特にすることもなく空をぼんやりと見上げる。空は私の気分と同じ様に薄い雲がかかってはっきりしない天気だ。

 

結構経ったのか、それとも全然時間が経っていないのか分からないくらいの時に、アシュトンとお祖父ちゃんが庭にやって来た。

 

お祖父ちゃんは手にブリキで出来た四角い缶を持っていて、アシュトンはシャベルとスコップを持っている。

いったいなにがあるのかと思っていると、

「この辺りでいいだろう。」

と花の植えてある隣、剥き出しの土の部分に印を付け始めた。

「モニカも手伝って。」

アシュトンに声をかけられ、

「何をすればいいの」

と問うと、

「ここに穴を掘りたいんだ。」

との答え。

「どのくらい?」

「祖父ちゃんのもってる缶が埋まるくらい。」

庭の花壇にあたる部分の土は思ったより柔らかくて、シャベルがスッと中に入っていく。

多分毎日ちゃんと手入れをしているのだろう。土の中には小さな石ころもない。

 

缶が入るくらいの穴が空いたのを見て、お祖父ちゃんが缶の蓋を開ける。

「何も入ってない。」

思わず呟いていた。缶の中に何かが入っていてそれを入れるために穴を掘ったのだと思い込んでいたからだ。

「そうだ。中身は今から入れる。タイムカプセルだからな。」

成る程。誕生日の記念に、といったところか。

「写真持ってくるね。アシュトンは何を入れるの?」

「写真はいれないよ。入れるのは一つだけ。」

アシュトンがこちらを見て言う。

「モニカのお守りだけだ。」

 

確かにお守りは私の宝物だ。タイムカプセルに入れるのに宝物を入れるのは定石。

でもお守りは持ち歩くものだ。

「嫌。」

何年も取り出せないところにしまうなんて嫌だ。家の目と鼻の先、こんなにも近いところにあるのに触れないなんて嫌だ。いっそ手の届かないところにいってしまった方が良いくらいだ。

「モニカ。」

お祖父ちゃんが目を眇めながら言う。

「違うのを入れようよ。私は写真が良いな。

何年か後に懐かしいねって言って…。」

「モニカ。」

今度はアシュトン。

だって嫌なんだ。もう何者なのかも分からない根っこの私(日本人)が縋り付いている唯一の物なんだ。

「大丈夫だ。直ぐに取り出すから。」

お祖父ちゃんがそう言うけど信じられない。信じられる訳がない。直ぐに取り出すタイムカプセルなんて聞いたこともない。

 

私が押し黙っているとアシュトンが軽く溜息を付いて私の手を上から握る。いや詳しくは私が握りしめているお守りを取り出そうとしている。

アシュトンはいつの間にこんなに大きくなったのだろう。思いっきり握りしめる手もアシュトンに軽々と開かれ、お守りを取り上げられてしまった。

「待って。」

伸ばす手も届かない。

「悪いなモニカ。直ぐに返すから。」

アシュトンからお守りをパスされた。お祖父ちゃんが缶の中にお守りを入れて穴の中に閉まってしまう。抵抗しようにも目の前のアシュトンが邪魔で仕方ない。

 

私とアシュトンが悶着を起こしている間に、お祖父ちゃんはタイムカプセルを完全に埋めてしまった。

埋まっている場所は缶の質量分の土でさえ盛り上がらないようにお祖父ちゃんの体重で押し固められている。

 

「モニカ、これを見ていなさい。」

未だアシュトンに押さえられている私に向かって、お祖父ちゃんは自分の懐中時計を指し示す。

「なんで。」

今の私はそれどころではないのだ。早く掘り出したくて仕方ない。

「いいから、見ていなさい。」

語感も強く私に言い含めると、お祖父ちゃんは時計に向かって何やら独り言を話し出した。

 

『これは今からのタイムカプセル(贈り物)。希望、夢、宝物を詰め込んで時を超え未来へ贈る。』

『それは過去からのタイムカプセル(届け物)。記憶、心、懐古を抱えて時を刻み今に届く。』

『時を刻み、時を超え、過去と今、未来を繋げ。』

『〈遡行(リバース)〉』

 

お祖父ちゃんらしくもない言葉の選び方で、お祖父ちゃんは時計に話しかける。私はその光景に呆気にとられて、アシュトンに抵抗する事も忘れてお祖父ちゃんを見つめていた。

 

そして、次の瞬間。

お祖父ちゃんの持つ懐中時計の針が恐ろしい速さで回転し始めた。それも時間の進みとは逆の方にビュンビュンと。

「時計壊れちゃったの?」

こんな時計の壊れ方をみたのは初めてだ。

「いや、これでいいんだよ。」

目を丸くしているだろう私にお祖父ちゃんが微笑みながら言う。

 

やがて懐中時計の針は失速し、ぴたりと止まった。秒針ですら微動だにしない。

 

「さあ、モニカ。タイムカプセルを取り出そうか。」

お祖父ちゃんとアシュトンが笑いながらこちらを見て言う。

いつの間にかアシュトンからの拘束は解けていた。

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