あれから私達はすくすくと育ち三歳になった。今までのことを思い出すと長くなるし思い出したくもないが、お腹が減ること=恐怖になる日がこようとは想像もしなかった。
お腹が減れば乳を飲まなければならず、お腹に入ったものはいずれ排泄物として処理される。この自然の摂理を怨めしく思った。
両親に変に思われるのを避けるために、あらゆる行動をアシュトンに倣って行った。アシュトンが出来る様になったものだけを両親に披露するので、両親は「二人は何でも一緒ね」と嬉しそうに言っていた。
しかし排泄と食事は別だ。こればかりはアシュトンが出来るようになるのを待ってはいられなかった。
始めは排泄で誰かの手を煩わせることも、母の乳を与えられることも恥ずかしくて辛くてしかたなかた。ハンストを決行したが、両親が泣きながら心配するので私の自尊心など家族の平穏に比べれば些細なことなのだと自分にいい聞かせて今に至る。
寝る時間や食事の時間を除いた有り余る暇な時間を歩きやお喋りの練習、手遊びなどに費やした結果前世の私よりも舌が回る様になったし、手先が器用になったように思う。
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起きぬけはいつも最悪だった。日本にいないという現実が、心の準備をする前に襲ってくる。目に入るものの多くは日本で見たことのないデザインをしているので、自分を囲む全てのものから「お前の居場所はここにはない。」と言われている気がした。
そうして叩きつけられた現実に打ちのめされていると、決まって手に暖かいものが触れるのだ。アシュトンの手は暖かくて、柔らかくふんわりとしていて、でもしっかりと私の手を掴む。「ここにいていいよ。」と言うかのように、その小さな手が暗い場所から救いあげてくれる。アシュトンの薄い金色の髪は太陽の光と蜂蜜を溶かし込んだみたいな色をしていて、アシュトンの存在は私にとって太陽であり甘い甘いお菓子だった。
アシュトンは生まれてからも特に変わらずとても大人しく、ほとんどを寝て過ごしている。両親の目を盗んで私が発声の練習や運動をしていても我関せずを貫いていて、私の大人しさ__大人が近くにいる時は大人しくしている__が目立たず、精神的な面だけでなく、そういう意味でも助けられていた。
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家には祖父母が私達に会うために頻繁に訪れた。祖母にあやされてキャラキャラと笑うアシュトンは、その容姿と合間ってまるで天使のようだ。
アシュトンは色素の薄い金色のサラサラとした髪と透けるような青い瞳を持っている。前世の私が考える外国人そのままの姿だ。
ぼんやりとしてふんわりとした雰囲気や姿は母にそっくりで、家にくる誰も彼もが母親似であると口を揃える。
対して私は未だに自分の姿を見た事がない。その為自分がどういう容姿をしているかは分からないが、父親似で有るらしい。らしいというのは私を父親似であると称するのは両親だけだからだ。家に来た客人が両親に聞こえない声で「この子は一体誰に似たのだろう」と口にしているのを耳にした事がある。
祖母はどうやらアシュトンを大層気に入ったらしく__アシュトンは笑顔を覚え、笑いかければ反射的に笑顔を返す。人見知りもせず、騒ぐ事もなく、ただひたすらに愛くるしいアシュトンを嫌いになる人などいるはずもない。__構いたくっている。
祖母は祖父がアシュトンを抱える時の不安定さを気にしてすぐにアシュトンを没収するので、祖父はあまり長い間アシュトンを抱えた事がない。そこで代わりとして祖父には私が抱えられる事になる。首が座った今、密かな練習の成果でバランスを取るのも得意になったからだ。
祖母のがっしりとした安定感のある抱擁も魅力的だが、祖父の武骨で大きな手がまるで割れ物に触れるかのように、恐々と扱うのも好きだった。祖父は強面の顔に似合わず沢山の物語を話してくれる。THE棒読みといった読み方ではあったものの、低く温かい声で私を包むように、一文字一文字を大切に読んでくれる。私たちが少し大きくなって来ると祖父の選ぶ本は乳幼児のレベルを超えてイソップ寓話とかグリム童話などを好んで読んでくれるようになった。本物の乳幼児に対してはあまり良くないかもしれないが、私にとってはうろ覚えだったり日本に伝わっている話と少し違っていたりして、とても興味深く面白かった。だから今でも祖父の側は私のお気に入りだ。
祖母がアシュトンや私の為に作ってくれる服は刺繍やレース編みのしてある凄いものばかりで、どれもアシュトンには良く似合っていたが私に似合っているかどうかは怪しいと思っていた。少なくとも前世の平々凡々な容姿だった私には似合わない。赤ん坊なんて直ぐに育ってしまう、折角作ってくれたこのお洋服も来年には着られないだろうと思うとなんだか申し訳ないような気持ちが湧いてくる。ただ私が出来るのは出来る限りこのお洋服を汚さない事だろう。
祖父母が父方なのか母方なのかは未だにわかっていないけれど、両親と祖母はいつもにこにこしていて、いろんな言葉を使い私たちに愛していると伝えてくれるところがとても良く似ている。
あまり愛想のよくない祖父と両親は一見あまり良く似ていないが、一挙手一投足で私たちを大切に思っていると伝えてくれる所がそっくり。
両親に似ていない容姿が前世の私の容姿に引きずられてのものだったらどうしようかと悩んでいた時期があったけれど、私が例え両親に似ていなくても祖父と両親の様にそっくりであれればそれでいいと思えるようになった。
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何も変わっていないようで目まぐるしく変わる日々、アシュトンが第一次反抗期を迎え、私たちはすくすくと育って行く。気がつけば頼りないながらも二足歩行するまでになった。
アシュトンの反抗期は反抗期とは言っても何かに対して「や!」と否定するだけの可愛いモノで、しかも直ぐに折れるからあまり手がかかっている様子はない。
生まれてこのかたずっと反抗期だろう私に比べれば、遥かに質の良い健全な反抗期だ。少なくとも私のように両親を泣かせてはいない。私の前世の知識が正しければ、第一次反抗期は自我の芽生えによるものだった筈なので、赤飯を炊くに値する出来事である事は言うまでも無い。
赤飯といえばアシュトンの記念すべき第一声は「ママ」だった。アルバートとハンナは私たちにどちらが先に呼んで貰えるかを競っていて、特にアルバートは涙ぐましい努力をしていたのだけれど、結果は残念な事にハンナの勝利に終わった訳である。
アシュトンの初めての意味を持つ言葉に両親ともすごく喜んで、アシュトンにもう一回、もう一回とせがんでいた。アルバートは自分が先に呼んで貰えなかった事よりもアシュトンが喋れた嬉しさが優っていたようでそれ程落ち込んだ様子は見られなかった。
せめて平等にと私の二人への第一声を「パパ」にしようと思っていたのだけれど、その時ハンナに伝えたい事があった所為で私の第一声も「ママ」になってしまった。
とはいえ私の正式な第一声は二人の見ていない隙にもう済ました後ではあったのだけれど。
ずっとこっそり発音の練習をしていたのはアシュトンに「初めまして」と言いたかったからだ。How do you do?でもなくNice to meet you.でもなく私の言葉で挨拶がしたかった。本当は「初めまして、アシュトン。あなたの兄妹です。」くらい言いたかったが、残念な事に「あじぇあして」が限界だった。何を言われたか分からないアシュトンがキョトンとしていたけれど、私の密かな目標は達成された。
今度は胸に溢れかえっている感謝の気持ちを伝えたい。「あいあと」でなく「ありがとう、アシュトン」と言えるとこが新しい目標だ。
ちなみに私はアルバートの後にアシュトンに呼ばれた。頑張って捻りだしだ「もにあ」に私の心臓は貫かれた。『言えたよ!』みたいな笑顔を込みで大切な宝物である。
『お父さん!お母さん!ちゃんとビデオは撮った?!』と心の中で叫びながら周りを見回したが、アシュトンと私しかこの場には居なかった。もう一回!とアシュトンに言いたかったが、私の今の発音では「あんおあ」が精一杯。ああなんてままならない!
アシュトンに名前を呼んで貰ったにも関わらず、私はまだアシュトンを呼べないでいる。名前は両親から与えられた始めてのプレゼント、中途半端な発音で呼ぶのは如何なものか。ちゃんと心を込めて呼びたい。両親や祖父母の様に言葉に愛しさを乗せるにはまだまだ経験が足りなかった。
勿論アシュトンは舌足らずでも問題ない。アシュトンが私をもにあと呼ぶのなら私はモニカを捨ててもにあになっても構わない。
…っていうかアシュトンって難しくない?
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第一次反抗期を迎えた頃からだろうか、アシュトンは時々不思議な行動を取った。まんまるの目を更に大きく開いて不思議そうな顔をしたり、何度も目をパチパチしたり、今まで教えてもらったことのない言葉を話したり、__まだしっかりとした言葉は話せないので、単語を話すだけだけど。__そしてその後、決まって目を潤ませる。
なぜそんな行動をするのか、何がそんな顔にさせるのか知りたかったし、その理由を取り除きたかったが、まだ上手く話せないアシュトンと私では意思の疎通が出来なかった。
そういう時のアシュトンの今にも泣き出しそうな顔が嫌だったので、そんな目をするときは両手をしっかりと握って、いつも通りのアシュトンに戻るまで離さない事に決めた。私にできることは何も無いけれど、いつだって一番の安心をくれたのはアシュトンだったのでただそれを返したかったのだ。
いつかアシュトンが話せるようになって、私に話してもいいと思ったときに、問題にしっかりと向きあえるような兄妹でいたいと願っている。