2 life / heart   作:弓削

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こんなにも幸せ。

暗く垂れ込める雲から白いものがチラチラと降ってくる。

__寒いと思ってたら雪か。__

吐き出した息が白く濁った。

 

隣のアシュトンが耳や鼻の頭を真っ赤にして空を食い入るように見つめている。

部屋の中にマフラーを忘れてしまったアシュトンにマフラーを巻きつける。透き通った冷たい風が、露わになった首元をなぞっていった。

 

__この調子なら積もるかもしれない。__

積もった雪に喜ぶ程若くもなく、寒いのも嫌い。それでもこの街が雪色に染るのを見るのは結構気に入っている。

絵本の世界が現実まで侵食してきたかのような錯覚。そのまま絵本の世界に飲み込まれたら、私は夢から覚めるかもしれない。

「アシュトン。お部屋の中に入ろ?」

周りの子供達は園庭で楽しそうにはしゃいでいる。あれだけ活発に動き回れば身体が冷えることもないだろう。

 

こくんと頷いたアシュトンと手を繋いで、幼稚園の部屋の中に戻る。

暖かいストーブが待っているよ。

 

***

 

幼稚園での生活は思っていたほど悪くはない。先生から「絵を書こうか」とか「楽器をしようか」とか遊びのふりをして与えられた課題をやり、与えられた自由時間に好きなことをして過ごす。

男の子達が扮する悪役のいないヒーローズが思うがままに世界を救ったかと思えば、既にませている女の子達は昼ドラも真っ青なおままごとを展開していたりする。時折聞こえる泣き声に最初の頃こそ驚いたり焦ったりしていたが、今はただのBGMだ。子供達は自分の心を脅かすものに敏感で直ぐにパニックになってしまうことも知った。

幼児に退行した私は周りの子供達と馴染むことが出来ないかと思っていたが、気がつけばお友達が出来ていた。隣の家に住んでいるウィリアムだ。__面倒くさいのでこれからはビルと呼ぶ事にする。__お友達というより、幼馴染と言った方がしっくりくるかもしれない。

私はアシュトンに純粋な子供達との時間が必要だと思ったし、友達も必要だと思っていたので幼稚園では必要以上に側に居ないように努めていた。

そのことで必然的に孤立する私を快活なビルが引っ張り出すのだ。

 

__アイソーポスはなんて偉大なんだろう。__

とイソップ寓話に込められた教訓に感銘を受けていると決まってビルが、

「そんなもんみてないで、そとにいこうぜ!」

と強引に私の手を引く。目をキラキラと輝かせるその姿は使命を帯びた騎士のようだ。実際、先生や親に頼まれたりしているのだろうけど。

私を部屋から引きずり出すのはラプンツェルを塔から救い出すのとは訳が違って、さながら引きこもりの息子を親があの手この手で部屋から引きずり出すのに似ている。

相手が自分より年上だったなら言葉を弄して引きこもりを続行するのだが、今回も相手が悪い。ビルにとって私が引きこもる理由などどうでもよく、大切なのは私が外に出るかどうかというただそれだけなのだ。

__時間切れか。__

絵本を閉じ、本棚に片付ける。

その間ビルはソワソワしながら待っている。__そんなに遊びたいなら先に遊びに行けばいいのに。__

ビルの偉いところは片付けをする私を無理やりに連れて行こうとせず、待つべき時は待つことだろう。

ビルに逆らう気力もないし小さな子達と遊ぶ元気もないが、若い身体由来の体力だけはある。

ちらりとアシュトンを見やってから、こちらに手を伸ばすビルの手を掴んだ。

 

***

 

「っ!」

不意にマフラーをしているはずの首元に冷たいものが触れた。

勢いよく振り返るとビルがニヤリと悪戯っ子の表情を見せている。

どうやら手を私の首元につけたらしい。ビルはよくこういう小さな嫌がらせをしてきた。

「冷たいのは嫌なんだけど。」

何度目か分からない文句を言うと、ビルが一層笑みを深くする。私をからかって遊んでいるのは分かっているが、人が嫌がることをして何が楽しいのかさっぱり分からない。

 

「モニカ。さむい。」

隣のアシュトンがか細い声で言った。今日もアシュトンはマフラーをしていない。どうやらアシュトンは首元が詰まるものは得意ではないようだ。とはいえ私がアシュトンにできる事も限られてくる。

「嫌かもしれないけど、風邪をひくよりマシだから。」

とアシュトンに伝え、私のマフラーを巻きつける。首元の束縛感よりも寒さが優ったのだろう。マフラーを巻き終わると、アシュトンはマフラーを持ち上げて口元を隠し、ふにゃりと微笑んだ。

つられて私の口元が緩んだのを感じる。

 

 

視線を感じた気がして目線をずらすと、不満そうな顔をしたビルがいた。

「なに、その不細工な(表情)。」

「おれはもともとぶさいくだよ。」

ビルは口を尖らせて言う。

「そんな事無いでしょ?」

ビルの両親は何時も元気で、笑顔の眩しい方々だ。ビルも両親に似ているから不細工なはずはない。

「あるの!」

そっぽを向いたビルは息を手に吹きかけて手を擦っていた。

__寒かったのか。__

だからと言って人の首で暖をとるのは感心しないが。

「意地っ張り。

寒いなら寒いって言えばいいのに。」

手袋を外してビルの手を取り、ビルの手に被せる。

「さむくなんてねぇよ!」

と強がりを言ったけど、手袋を外そうとはしなかった。

__弟が出来たみたい。__

首も手も寒いけど心の中はなんだかほっこりと温かい。

 

「もうすこしでクリスマスだな!なにをもらうかきめた?」

満面の笑みでビルが私たちに問いかける。

「ブロック!」

アシュトンが簡潔に答えた。心なしか頬が紅潮しているように思える。

「ほかには?」

ビルはニコニコして相槌を打つ。アシュトンは悩んでいるようだった。

ここでは日本とは違いサンタさんから貰うプレゼントは一つではない。クリスマスの朝、ツリーの下にこれでもかと積まれるのだ。

 

「モニカは?」

悩んでいるアシュトンの返答を待たずにビルは私に問いかけた。

「まだ決めてない。…ビルは?」

まだ決めていないと告げた途端に開いた口から、新しい言葉が出る前にこちらから問いかける。

言及されても答えなんて出ないからだ。必要なものは全て与えられているのにこれ以上欲しいものなんてない。

「おれはサッカーボールだろ。ゲームだろ。それから…」

ビルの口から尽きることなく溢れる言葉。普通、子供はこんなものなのだろう。

「そんなに沢山頼んでどうするの?ビルは一人しか居ないのに。」

「アシュトンといっしょにあそぶんだ! …モニカもいれてやってもいいぜ!」

そっぽを向いて言うビル。

ついでにつけられた言葉におもわず笑ってしまう。

「それは楽しみだね。」

 

***

 

少しのざわめきとキンと冷たい空気に自然と目が覚めた。ざわめきの元を辿ろうとベットから出ると身体が一気に冷える。キルトで身体の暖かさを拭い去ったみたいだ。

頭のぼんやりとした部分が徐々に覚醒し始める。

 

__今日はクリスマスイブだった。__

前日の夜に水と人参、ワインを用意した事を思い出す。

『サンタさんのソリを引いて来たトナカイさんに用意するのよ。ワインはサンタさんにね。』

とお母さんがにこにこしながら説明してくれた。

 

__起こすべきか。両親が起こしに来るまで寝かせておくべきか。__

幸せそうに寝ているアシュトンを眺めながら考える。

『はやくおこしてね!』

と昨日の夜にアシュトンが両親に頼んでいたからだ。クリスマスが楽しみで仕方ない様子のアシュトンはワクワクからか夜寝るのがいつもより遅くなってしまった。

__しばらく寝かしておいた方がいいかな。__

丸一日寝過ごさない限りクリスマスイブは逃げたりしない。

アシュトンの髪を撫でる。するすると指間を抜けるさらさらな髪の毛だ。頭を撫でていると眠っているアシュトンが薄っすらと笑う。

__幸せだな。__

 

「あら?モニカ、もう起きていたの?」

上体を起こしている私を見つけてお母さんが寄って来る。

「おはよう。」

と優しくハグをしてくれた。

「あら、身体が冷えているじゃない。部屋を暖まるまで待っていてね。」

そういいながら私にキルトを被せ、寝かしつけると暖炉に火を付けた。キルトに僅かに残った自分の体温に包まれて、拭われた眠気が戻ってくる。

思い瞼に逆らえずゆっくりと瞼を閉じると、くすくすと笑う声が降ってきた。優しい手が私の頭をゆっくりと撫でる。おでこに柔らかい感触が降ってきて、髪を撫でる手が離れて行くのを残念に思った。

 

「おはよう。」

お父さんの声に引っ張られて、目をこじ開ける。ぼやけた視界にはにこにこと笑ったお父さんが見えた。

「おはよう、お父さん。」

お父さんに挨拶をしてから横を見ると、アシュトンが眉間に皺を寄せて光から逃げているところだった。

__今日がイブだってことを忘れちゃったのかな。__

アシュトンの肩を揺らそうと手を伸ばすと、お父さんが唇に人差し指を添える。

「ほら、起きる。

モニカは一人で着替えが出来るかい?」

「うん。」

アシュトンをお父さんに任せて、着替えに専念する事にする。大きな頭が引っかかって上手く服を着る事が出来ない。冬服は夏服と違い厚みがあるため難易度が増すのだ。

大きな頭を服から出す事に成功したが、今度は腕を出すのに一苦労。

アシュトンの着替えが終わったらしく、お父さんが手助けをしてくれる。両腕も出し終わったところで首元にある大きなボタンをもたつきながら止める。お父さんに支えてもらいながらズボンを履いて、ほっと一息。

__早く長くて器用な手足が欲しい。__

私が休憩している間にお父さんから靴下を履かせてもらって完成だ。

 

お父さんが暖炉の火から薪を遠ざけて火が自然に消滅するようにしてから、未だ夢の淵にいるアシュトンを抱き上げる。

空いた手で扉を支えながら、

「おいで、モニカ。リビングへ行こう。」

と私を誘った。

 

***

 

冷たい廊下を歩きお父さんがリビングの扉を開けると、暖かい空気が一気に私を包みこんだ。

 

リビングを大きく陣取っているクリスマスツリーが目にはいる。台所に立つお母さんの背中が心なしかウキウキしているようだ。

トナカイ用の水盆の水は半分以上なくなっていて、人参に齧られた後があった。

ワインも若干減っているみたいだ。

「ぅわぁ。」

お父さんの腕の中で微睡んでいたアシュトンにも部屋の様子が分かったらしく、小さく歓声をあげた。丸い目がくりくりと見開く。どうやら眠さなんて吹き飛んだみたいだ。

 

てとてとと近づいて来て、私が覗き込んでいる水盆と人参を見て、

「サンタさんきたんだねー。」

とにこにこの笑顔で言い、

「トナカイさんよろんでくれたかな?」

と生の人参を見ながら、無邪気に笑う。

__あまり美味しくないんだろうな。__

「うん。きっと喜んでくれたよ。」

と勝手にトナカイの返事をすると、視界の端でお父さんがウンウンと頷いていた。

 

次にアシュトンの興味をそそったのはツリーの下に山積みになったプレゼントだ。

一層笑みを濃くしてプレゼントの中に入っていく。アシュトン宛のプレゼントを見つける度に私やお母さんやお父さんに報告してくれる。

私もと、ツリーに近づいていく間に、

「モニカ、ごめんな。」

背中越しにお父さんの呟きが聞こえた気がした。

 

 

アシュトン宛のプレゼント。

お母さん宛のプレゼント。

お父さん宛のプレゼント。

沢山のプレゼントを見るが、自分宛のプレゼントが見当たらない。

__欲しいものは無いって言ったしな。__

でも本当に無いと何だか寂しい。

昨年はアシュトンに負けない程沢山のプレゼントを貰っていたから余計にだろう。

__せっかくプレゼントの山に突っ込んで来たのだから、みんなにプレゼントを配って行こうかな。__

アシュトンやお母さんやお父さんにプレゼントを配り歩くと、みんなありがとうと笑う。

でも心なしか両親の表情が暗い。去年はプレゼントを渡したら、送り主であるだろう伴侶にハグをしキスをして感謝を示していたのに。

 

「モニカ!」

アシュトンが私の元へ来て、小さな両手の中にある小包を差し出した。

「どうしたの?」

__私にプレゼントが無いのを気にしてくれているんだろうか?__

笑顔で小包を突き出すアシュトンから受け取る。私やアシュトンの小さな両手に乗るくらいの小包は予想に反してずっしりとした重みがあった。

「モニカへって!」

アシュトンは私の真正面に座って私の手のひらの小包を見つめている。

「私に?」

思わず問いかけると、

「そうだよモニカ。開けてご覧。」

後ろからお母さんが近づいて来て言った。隣でお父さんが頷いている。

お父さんとお母さん宛のプレゼントは未開封のままテーブルの上に置かれていて、いつもは直ぐに開けるのにと少し不思議に思った。

 

***

 

少しくちゃっとなった包装紙を丁寧に開く。ずっとこうやって来たから染み付いてしまっているのだ。

私が丁寧に包装をとくのを両親が注意した事は無かったが、ここでは破るように開けるのが礼儀だと言う事を最近知った。両親が怒らないのは開けた後の包装紙をブックカバーに再利用しているせいもある気がする。

 

中から出て来たのは何の変哲もない唯の箱。

__おもちゃのロゴも見当たらないな。__

箱を一通り眺めてから、蓋を開いた。

 

中には綿がいっぱい敷き詰めてあってぱっと見た限りでは中の物が見えない。箱の中に手を入れると、指先に硬い物が触れた。

__あった。__

綿の中から中の物を取り出す。

 

手のひらに乗る黒い色の金属の塊。中央には曇りガラスがはめ込まれている。

 

「どうして?」

思わずお父さんを振り返ると、

「どうだい?気に入った?」

お父さんが心配そうに言った。

「とても。」

気に入らない訳がない。あの胡散臭い骨董屋で目を奪われた物が私の手のひらに乗っている。私が大人になったとしても手が届かないと諦めていた物が今ここにあるのだ。

あの時とは違って、埃でもけもけしていないし、金属の光沢が増しているように感じる。私にプレゼントするために掃除をして磨いてくれたのだろう。

 

 

私の返事を聞いて両親の表情が一気に明るくなる。

「そうか!良かった。

モニカが気に入ってたみたいだったからお父さんがサンタさんに頼んでおいたんだよ。」

両親は私が本当にこれを欲しがっているかどうか不安だったようだ。ほっと息を吐いてから、お父さんが私の質問に答える。

 

私が例え気に入らなかったとしてもこれは値の張る物だからアシュトンのように沢山プレゼントを用意する事も出来ないし、返品だってきかないだろう。

さっき聞こえた『モニカ、ごめんな。』は沢山のプレゼントを渡せない事に対するものだったのだ。

__大丈夫だよ。お父さん、お母さん。

私はこのよくわからない物がアシュトンのプレゼント全部より価値のあるものだって気づいている。__

「お父さん、サンタさんに会ったことあるの?

今度会ったらありがとうって言っておいてね。沢山のプレゼントよりも嬉しいって。」

 

 

 

一度きりしかなかった事をお父さんが覚えておいてくれた。

思ったよりも遠くに行ってしまった日本の香りがする物を、遠い異国で手に入れた。

 

相反する二つ物を、一度に手にいれたような複雑な心持ち。でもどちらも嬉しい事には変わりないのだ。




モデルにしている国はありますが、アシュトンがどこ出身かが語られていない為、明記はしません。よってクリスマスにやってくるおじいさんは「サンタ」さんとさせて頂きます。

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