2 life / heart   作:弓削

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レイチェル。

「最っ低ッ!」

「ぇと…。」

何がなんだか分からない。

「モニカなんて大っ嫌い!絶交よ!」

彼女はそう吐き捨てると、脇目も振らず走って行った。

 

*****

 

プライマリースクールの生徒になって暫くすると、新しい友達が出来た。女の子だ。

幼稚園ではアシュトンとビルについて回っていたせいで友達は男の子しかいなかった。

私はそれでもいいと、いやむしろそちらの方がいいと思っていた。前世からの長い女子歴から鑑みるに女の子の方が断然めんどくさいからだ。

小学生の小さな女の子達はそれ程でもないのではないかと期待していたが、期待は淡く消え去った。どの国においても女の子は群れる生き物だったからだ。

 

学校に入った新学期早々に女の子達の精査が始まった。自分の考えに同調してくれたり、自分を擁護してくれる"お友達"を探し出す為だ。そうして探し出された"お友達"は群れてチームを作る。

作られたチームからあぶれると色々と面倒な事になるという事が本能的に分かっているから、社交力の高い子はまた新しいチームを作る。社交力が少ないか群れる気のない子を振るい出す良くできた仕組みだ。

 

私は最初どこのチームに所属しないつもりでいた。どこかのチームに入るとそのチームの活動に強制的に組み込まれるからだ。

群れる必要も感じなかったから、このまま男の子達と一緒にいても構わないと思っていたし、一人でいる事も自由がきいて好きだった。もし必要に駆られれば本好きの子達を集めて新しいチームを作る事もやぶさかではないと思っていた。

 

__だというのに。__

「モニカ!行こう!」

勝気な瞳が私を見つめて腕を取り、私を女の子の輪の中へ引きずり出す。この輪の真ん中は学校に入って以来揺るがない彼女のポジションだ。

"彼女"ことレイチェルは私たちの学年の一大勢力のリーダー、そして彼女こそが私を面倒事の渦中に引っ張り出した張本人。

 

私が本の世界に閉じこもっていると決まって私を引きずり出す。__まるでビルの様に。__

そうして私の読書時間はガリガリと削られる。彼女に話しかけられてからの数年間で私の読書時間はめっきり減ってしまった。

 

「…でねーあいつ私の事好きだなんていうの。迷惑だと思わない?」

ちっとも迷惑そうではない生き生きした顔で話すレイチェル。

「全くだわ。」

うんうんと頷いて同調するチームの女の子達。

幼い頃からマセていてファッションや容姿に気を使ってきたレイチェルは小さな大人のような可愛さを持っている。その独特の雰囲気で女の子や男の子を引き寄せるのだ。浮いた話も一つや二つではない。

 

__その子もついてないな。__

自尊心の塊の様な彼女に告白なんてしたら、自分がピエロになるのは目に見えているのに。

「でしょ?!モニカはどう思う?」

欲しい言葉の見え透いた質問。

そうね。迷惑よね。なんて言う訳ない。迷惑なのはその子の傷を現在進行形で抉っているレイチェルだろう。

「私は誰かに告白されたこと無いから分からないけど、好きになって貰うのはいい事なんじゃない?」

おかしいな。前世では恋話は好きだったはずなのに、こんなにも興味が湧かないなんて。

「そうよね。経験がなければ分からないわよね。

でも私は迷惑だわ。ねえモニカ、"誰にも"言わないで頂戴ね。」

したり顔で頷くレイチェルが言った。

『誰にも言わないで』なんて『"誰か"に言って』と同義の言葉だ。でも私は誰にも言うつもりはない。

貴方が誰を好きだろうが私は応援する気は無いのだ。

うんと頷いて応えてみるも、私の心は完全に他所に流れている。

__あぁ。早く帰りたい。__

 

「モニカ。」

そう遠くない所から変声期を過ぎて低くなった声が私を呼んだ。

振り返ると少し眠たそうな顔をしたアシュトンが目に入る。ちなみにアシュトンの眠たそうな顔は基本装備で、別に眠たい訳では無い。

「なぁに?アシュトン。私たちに何か用?」

声をかけられたのは私のはずなのにレイチェルが返事をする。声が心なしか甘ったるいのは勿論聞き間違いではない。女の子達の甘いため息や息を飲む音が聞こえてきた。

小さい頃天使だったアシュトンは、今から王子様へジョブチェンジをしようかという過渡期だ。可愛い母と恰好良い父の子であるアシュトンには美男子への道が約束されている。女の子達がほおっておく訳がなかった。

 

「用なんてない。モニカ、帰ろう。」

女の子達の絡みつく視線なんて物ともせずに、私に話しかける。

「うん。…じゃあ帰るね。」

挨拶をして帰ろうとすると、

「ええ。また"明日"。」

望んでもいない約束を取り付けられた気がした。

 

 

「今日は早いね。」

呼びに来てくれたアシュトンに言うと、

「つまらなそうにしてたから。」

アシュトンは簡潔に返事をくれる。

「そんなに分かりやすかった?」

隠してたつもりだったんだけどな。

「分かるに決まってる。ほら、早く帰ろう。」

アシュトンは私の左手をポケットから抜き出して、しっかりと握りしめた。

 

***

 

「モニカ!」

強張ったような厳しめの声で名前が呼ばれる。

私はお守り(クリスマスに貰った金属の塊の事である。これが一体なんなのかはまだ分からないが、便宜上、お守りと呼ぶ様になった。)を磨く手を休めて、声の主であるアシュトンに向き直った。

「何?」

思ったより近くにいたアシュトンに訊き返す。

「…お祖父ちゃんとお婆ちゃんが来てるからリビングにおいでって。」

「そう。ありがとう。」

磨かれて年々綺麗になっていくお守りをお婆ちゃんお手製の袋の中に入れて、定位置の左のポケットの中に滑り入れた。

 

「あらあら、アシュトン相変わらず恰好良いのね。モニカも可愛いわ。」

お婆ちゃんの挨拶替わりの審美眼と身内贔屓が炸裂したところで、お祖父ちゃんがアシュトンを連れて何処かに行った。

それを見届けてから、

「モニカ、ここに座りなさい。話があるの。」

両親とお婆ちゃんの座っているテーブルにつかされた。

 

この頃、両親とお婆ちゃん、私の四人はよく話し合いを行う。

議題は私の進学についてだ。

人生二週目の私は、自分で言うのもなんだが頭は良い方である。一周目人生で得た経験値と応用力を持ち越して、二週目人生に突入したからだ。

二週目人生では両親から貰った潜在能力と子供特有の頭の柔らかさでかなりいい線にいっていると言ってもいい。

 

私としては近くにある学校に進学を希望しているのだが、両親とお婆ちゃんは国でも有数の学校に私を進学させたいらしい。教育がどれ程大切なのかは一周目人生で理解したつもりではあるが、だからといって両親の負担を増やすのはいただけないというのが私の意見だ。

 

ちなみにアシュトンはお祖父ちゃんの母校に入学が決まっているので、この話し合いには参加していない。まだ早い時期なのにもう決まっている理由も、その学校がどんな所なのかも、お祖父ちゃんやアシュトンは教えてくれなかった。

 

話し合いは平行線だ。私も両親とお婆ちゃんも譲る気はない。地元に進学すれば制度を利用して学費と学ぶ為の雑費は全て免除される。私はその条件を満たしているのだ。

一方、学力の高い学校へ進学すると、本物の天才に敵わない私には勿論学費が発生する。そして下宿に伴う家賃、光熱費、食費などの生活に伴うお金が発生するのだ。学費の高い学校は勿論国の中心地に作られている為、あらゆるものの値が高い。

 

悩む理由がないのである。

頭のいい学校へ行きたい理由は何もないからだ。両親とお婆ちゃんは私が遠慮して地元の学校へ通おうとしているように思っているみたいだが、実際は違う。

何処へ行きたいという希望がないから、条件のいい所に行きたいだけなのだ。

 

「モニカも頑固ね。この話はここまでにしましょう。…よく考えておいてね。」

お婆ちゃんは嘆息してから言った。

__いつまでこんな話し合いは続くのだろうか?__

左ポケットに入れたお守りをギュッと握りしめた。

 

***

 

「モニカは何処に行くの?」

今年で卒業ということで、女の子達のおしゃべりにも将来のことが話題に上る。働くのか、進学するのか…そして何を目指して進むのか。

まだ若い事もあってあまり深刻に悩んではいないが、誰が何処へ行くのかというのは皆気になるようだ。

「何処に行けるかは分からないけど、地元の学校へ行けたらなって思って。」

返事をしない理由もないがかと言って深い話題をふる理由も勿論ない。

__きっと私の進路なんて興味ないんだろうな。__

「そうなんだ。」

女の子達が頷くが、気もそぞろといった様子だ。

「…ところでアシュトンはどうするの?」

レイチェルが私に質問すると、周りの女の子達の瞳が一斉にこちらへ向いた。

__やっぱり知りたいのはそっちか。__

「分からない。」

素直に応える。だって教えて貰っていないからだ。

「分からない?兄妹なのに?

モニカ、私に何か隠しているんじゃない?」

レイチェルからの追求。

「何を隠すの?何も隠す事なんてないのに?」

レイチェルに隠している事なんて何もない。あるとすれば何も話していないだけ。

「そうよね。確かに隠す必要なんてないわよね。

分かったら教えて頂戴ね?」

念を押すレイチェルに、

「いいよ。」

どうせいつかバレる事だし、話す事に異論はないので肯定の返事をおくった。

 

***

 

「アシュトンはなんて言う名前の学校に行くの?」

いつも通り、迎えに来たアシュトンに問いかける。

「何?今更そんな事聞いて。」

不思議そうに尋ねるアシュトン。

「前聞いた時はお祖父ちゃんの母校としか教えてくれなかったから。そういえばどこなんだろうって…。」

秘密にしたいのかと思っていたから訊かなかっただけで本当はずっと知りたかったのだ。

「…たんじょうび」

「え?」

「誕生日にお祖父ちゃんと学校に必要なものを買いに行く事になった。その時に話す。モニカにも選んで欲しい。

…モニカにずっと黙っている事がある。上手く説明できないけど、学校へ行ったら上手く話せる様になると思うから。」

何も無い何処かを見ている目が、ゆらりゆらりと揺れる。まるで"何か"があった時のアシュトンだ。

アシュトンの手を掠める様に取ってギュッと手を繋ぐ。

「うん。分かった。聞けるの楽しみにしてるよ。

…来年くらいかな?」

せめて視線を向けて貰おうと瞳を覗き込みながら言うと、

「…6年くらい先かも知れない。」

アシュトンは目を伏せながら言った。

「卒業してから?話せる様になったら教えてくれるんじゃないの?」

「学校は全寮制だから。」

「休暇は?」

「卒業するまでは学校から出られない。」

まさかの監禁状態。お祖父ちゃんの行っていた学校で無ければ全力で反対する。

「なんでまたそんな所に…。」

思わず呟くと、

「俺には適性があるらしい。本当は試験を通らないと入れない学校だけど、今回は特別だって。」

アシュトンは答える。なんて可笑しな学校だろうか。

でもアシュトンはちっとも怪しいと思っていない様だ。

 

__ねぇ。その学校の入学って取り消せないの?__

話を聞いているだけで異様さを感じるなんてよっぽどだよ。

 

***

 

何処の学校へ行くのかは分からないが(話を聞いていると反対したくてたまらない)、アシュトンが地元を離れ下宿することは確かの様だった。

 

「アシュトンは遠い所の学校へ行くみたいだよ。」

例に漏れず話題に上がった将来の話の途中で口を挟んでみた。後から何かと言われるのも面倒だし、さっさと伝えておこうと思ったからだ。

「なんですって?!

地元の学校ではないの?」

驚いた女の子達が聞き間違いかと私に問い直すが、私が知っているのはそこまでだ。

「違うみたい。」

「みたいって何?!どこか聞いてないの?!」

語尾を粗くしながら問い詰める声。

それもそうだろう。今まさに、めくるめくスクールライフに思いを馳せながら、妄想を語り合っていたのだから。何人かの女子達がアシュトンに目配せしていることにも勿論気づいていた。気づいていたからこそ、このままほおっておいたら面倒になると思ったのだ。

「教えて貰ってない。

…気になるなら聞いてみたら?」

アシュトンに負担のかかる発言であるのは重々承知。アシュトンは断ることの出来るしっかりした子だから問題ないと判断した。

駄目な子だったら断ればいいし、この女の子の中にアシュトンの気になる子がいたとしたら仲良くなるチャンスだろう。

「えっ?」

私の発言に驚いたようにいくつかの声が漏れた。

「…そうね。」

レイチェルは少し考えてから同意を示す。気の強いレイチェルならきっと直接聞きに行くに違いない。

 

***

 

「遅くなった。」

目の前で簡潔に述べるアシュトンの声に視線を上げて時計を確認した。

__確かに。いつもより遅いみたいだ。__

本に栞を挟んで、鞄にしまい立ち上がる。

「何かあった?」

「…いや。何もない。」

目を覗き込むが、特に何も見られない。嘘をついていると少し流れる瞳はボーッとこちらを向いている。

間があったから何もないと言うことは無いだろうけど、アシュトンにとって気にする必要も無いことがあったのだろう。

「そう。」

特に言及する必要もなしと判断して帰路に着いた。

 

***

 

色々な種類の雑草が生い茂り、雑多にゴミが散乱する、創立以来特に手入れというものをされていないのではないかと思わず考えてしまう空間。校舎と校舎に挟まれたこの人目につかない場所はいわゆる校舎裏だ。

 

お呼び出しと言うものは割と多い。始めての時は校舎裏という響きに既視感を覚え、この国でも呼び出し場所は校舎裏なのかと感心したりもした。

お呼び出しの内容の大抵がアシュトン絡みで、相談に乗ってほしいとか、手紙を渡して欲しいとかそんなのだ。

 

今までの呼び出しは放課後だったのに対し、今日に限っては朝っぱらからの呼び出しで、更に言えばレイチェルに呼び出されたのは始めてだった。

__まあ、レイチェルは私が何時頃に学校に着くのかくらい知ってるだろうし。__

待つのも少し暇になってボーッと空を眺めていると、ガサッと何かを踏む音がした。

 

音の発生源はレイチェルだった。いつも自信を湛えている瞳を赤く腫らしこちらを睨んでいる。いつものバッチリ化粧は今日はお休みらしい。

「何かあったの?」

目元を腫らす程泣いた理由を問おうと近づくと、目の前でレイチェルの手がブレて、

 

パァン…ン__

 

高らかに音が響いた。

一瞬目の奥でチカッっと何かが光る。揺れた視界。

思わず頬に手を当ててそちらに目をやると、

「最っ低ッ!」

息も荒く、赤くなった目を涙で縁取った姿が視界に写り込む。

「ぇと…。」

__何で?__

疑問がそのまま口から飛び出して、ちゃんとした言葉にならずに消えた。

私は今、呆然としているのだろう。

「モニカなんて大っ嫌い!絶交よ!」

何らかの感情を顔いっぱいにうつしたレイチェルはそう吐き捨てるように言って走って行った。

 

ただ張られた頬が痛かった。

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