石垣の上に立つ者への想い   作:ACS

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表舞台

シュウがシャルロットの護衛兼執事としてデュノア社に潜入して一年が経過した。

 

あの襲撃以降シャルロットはシュウへの警戒を解き、信頼を寄せてくれているのだが、対するシュウはその信頼に応える事無く常に一定の距離を保っている。

 

彼の事を兄の様に慕い始めたシャルロットからすればそれは不満な事だったが。

 

シュウも彼女の不満には気が付いているのだが、この一年で薬の量が増え、それに伴う副作用が更に強く現れる為他人に構っている余裕など無い。

 

現に今も与えられた部屋のベッドの上で薬の効果切れによる激痛でのたうちまわるのを堪えながら横たわっている、普段ならば寝起きと共に服薬する事で薬効の切れ間を無しているのだが、肉体の老化が進む事で効き目が薄れてしまい、時折この様な地獄の朝を迎えるのだ。

 

 

朝食の用意をする時間まで後五分、シュウは枕元に置いてあったピルケースに手を伸ばしたが、震える指の所為で上手く開ける事が出来ない。

 

もたつけば当然時間が掛かり、遅刻すれば誰かが様子を見に来るだろう、そうなれば自分のザマを確認されて病院行きになる、そして待っているのはモルモットか標本化の二つのみ。

 

––––織斑一夏の評価を終えた後ならばともかく、そんな結末はぞっとしないな。

 

 

自嘲するようなか細い呟きを誰に聞かせる訳でもなく呟いた彼は、枕元のピルケースを床に落として衝撃で蓋を開けて、這うようにして散乱した錠剤を口に入れて行く。

 

用法容量と言う言葉を無視した乱雑な服用だったが、その甲斐あってかなんとか彼は身体を動かせるようになり、ベッドに背中を預けながら呼吸を整えると、フラつく身体を立ち上がらせて着替えて行った。

 

 

––––シュウがこの屋敷で働く様になってからはシャルロットへの料理は彼が作っている、これは毒殺を警戒しての事なのだが、最初の頃は非常に不評であった。

 

何故なら彼は食事という行為すら時間の無駄だと切り捨て、パウダータイプの完全食で栄養を補っていた為味や食感など一切考慮していない。

 

なので出された料理がその手の味を考慮していない完全食しか無かったのだが、それに対するシャルロットの猛抗議によって一応は普通の料理を作っている。といっても、フランスの朝食は甘い菓子パンとカフェオレ等で軽く済ませるのが一般的なのでさほど難しい物でも無いのだが。

 

そんな問題児の彼が朝食の用意をしていると何やら厨房の外が騒がしくなってきた、というよりも足音がこちらに向かって近づいて来ている。

 

反射的に包丁に手を伸ばしたシュウだったが、音の軽さと歩幅から向かってくるのはシャルロットだろうと判断し、作業を続行しようとしたのだが、その前に厨房の扉が開かれた。

 

 

「はぁはぁ、シュウ!! 今朝のニュース見た!?」

 

「……いや、まだだ」

 

「い、今、日本でISを使える男の子が見つかったんだって!!」

 

「……名前は?」

 

「へっ?」

 

「……そいつの名前だ、実名報道はされてないのか?」

 

「あっ、ごめんね? 確か……織斑一夏って言ってた様な」

 

 

その名前を出した瞬間、背を向けたままで微塵も興味がなさそうだったシュウがシャルロットへと振り返り、その目を真っ直ぐに睨みつける。

 

視線の中には『本当だろうな?』という無言の圧力が込められており、それに呑まれたシャルロットは必死で頷く事しか出来なかった。

 

「……そうか、そう来たか」

 

「しゅ、シュウ?」

 

「フッ、フフフッ、アーッハッハッハッハ!!」

 

 

殺気にも似た雰囲気を出していたシュウがそれを四散させたと思ったらいきなり笑い出した、側から見ていたシャルロットは唐突に気でも触れてしまったのかと思わず困惑してしまう。

 

彼を知る者ならば、また身内に対する狂気的愛憎が発現しただけだと察せるのだが、この屋敷に来てからはマドカとも合わなくなったおかげでこの様な姿を人前で見せる事は無かった為、彼女の困惑も当然と言えば当然である。

 

 

「シャルロット!! 俺は今非常に機嫌が良い。どうだい? 今日は君も休みだし、二人で出かけないかな?」

 

「う、うん、私は別に構わないけど……」

 

「そうかそうか!! ならば朝食を終えたら直ぐに行こう!! 時間は有限だからね?」

 

 

嫌に上機嫌で饒舌になったシュウからのデートのお誘い、普段のシャルロットなら身近な異性からのお誘いとしてそれなりに意識はしただろうが、自分が知る始めての彼に恐怖と困惑の中間の様ななんとも言えない感情を抱いていた為、その様な甘い気持ちには浸れなかった。

 

尤もそんな彼のハイテンションもシャルロットが食事を済ませている間にクールダウンされたのか、彼女が彼の車に乗る頃には普段の無口に逆戻り、彼女は『さっきのはさっきので新鮮だったのになぁ』と内心で思いながらも助手席に座る。

 

「ねえシュウ、やっぱりシュウも男のIS操縦者が見つかって嬉しかった?」

 

「……そう言う事にしておこう」

 

「もう、素直じゃないんだから」

 

 

そんな会話を交わしながらも二人はそれなりに楽しみながら街中を回って行く。

 

最初は若干不安を抱えていたシャルロットだったが、シュウは服を選べばちゃんと意見をくれるし、自分の好みを把握してくれているのかそれに合わせた小物も選んでくれる、買い物が終われば何も言わずに重い物を持ち、車道側を歩きながら自分に歩調を合わせてくれる、更に言えば年上の包容力に似た気の使い方でしっかりとリードしてくれるので、最初の不安とは裏腹に存外に楽しかった。

 

しかし一方のシュウはというと、潜入に際してスコールによって女のリードの仕方と言う物を面白半分で教え込まれており、それに沿った行動をしているに過ぎない為、彼本人は楽しむ楽しまない以前に何も感じていない。

 

少なくとも彼女と行動するという時間の浪費は許せる範囲のものであり、特段不快に感じる物ではないと言う程度だ。

 

今回のデートにしても、彼の目的が今後行われるであろう二人目探しとそれに伴う生活の変化の為に日用品を買い揃える事であり、護衛対象を放置して買い出しに行けないからついでにデートをしているに過ぎない。

 

なんとも言えないすれ違いではあったが、無事に楽しい時間を過ごした二人はその後ものんびりとした時間を過ごしたのだった。

 

 

その後、フランスで二人目の男性IS操縦者が発見される事になり、シュウは表舞台へ上がる事になる。

 

 

––––ふぅん、コイツが二人目なんだ? いっくん以外にも居たんだねぇ、化け物が。

 

だが、それと同時に一人の天災にも目を付けられた。

 

 

––––どれどれ……へーほーん、『個体番号PMーS10。テロメアに異常をきたした失敗作。急速な老化による短命、あらゆるスペックが千冬に匹敵するも、その短命さは究極の人類としてはあまりにも致命的な欠陥である』ねぇ……。

 

私からしたら、無駄に長寿になった所為で無能な人類が増えすぎたんだから? あっさり老化してぽっくり逝った方が賢いんじゃないかなぁ? そういう意味では彼は究極の人類にふさわしいね、何せ頭の固い老害とか漫然と生きてるだけの有象無象に比べて無駄無く生きてるだろうし?

 

それにしてもねぇ? 生身でISを撃破出来るなんて私も思わなかったなぁ、うーん私もまだまだ常識を捨てられてないって事なのかな?

 

 

天災の前に映し出された映像には、当たり前の様にハッキングした亡国機業の持つパーソナルデーターと戦闘記録が映されている。

 

最強のラファールとしての戦歴と生身でISを打ち破った手腕、天災の興味を引くには十分過ぎる材料出会った。

 

––––うんうん、シュウくんだからしーくんに決定!! 近々逢いに行くからね、しーくん?

 

 

そんな風に、まるで()()()()()()()()()()()()()()天災は一人笑うのだった。

 


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