その日、シュウは自室のベッドの上で横たわりながら絶叫を堪える様に胸を押さえながら蹲っていた。
彼は外傷や拷問による痛みに関しては無痛とも呼べる耐久性を持っていたが、唯一耐えられないのがこの自身の短命を補う薬の副作用の痛み。
テロメアの異常による急速な老化とそれに伴う寿命の浪費、それを抑制する薬は手離せば数年で肉体の機能が衰え果てて老衰を起こして死亡する。
だがこの薬の作用も控えめに言っても劇薬としか言えず、細胞分裂を低減させる効能を持つものの効果が切れた際の痛みは最早地獄と言う表現すら生温く、投与を続ければ細胞がコピーミスを引き起こしてガン化、どの道短命と言う運命からは逃がれられない。
声にならない悲鳴と全身の痛みに身悶えながらも、自分の命を繋ぐ劇薬が入った小瓶を握りしめて彼は嗤う。
––––これが、この痛みが俺の欠陥だ、短命を補う薬を使用してもまだ短い命、それさえ無ければ日の当たる場所に居たのは俺だったのだろうが、そんなものは最早どうでもいい。
俺の両手は血の山と火の海しか作り出せない、既存の物を改良出来ても新しい物を作る事のできない欠陥品だ、自分に生まれ持って備わらなかった物を嘆いても無駄なのだ。
「ねぇさん……やっと、やっとだ、やっとその価値を知れる、俺やきょうだいの全ての上に立つ貴女の価値を、漸く見に行ける……」
薬の効果が出始めたのか、シュウは荒い息を落ち着かせながら立ち上がると、全身の汗を流す為に自室に備え付けられたシャワールームに移動した。
この行為も彼からすれば無駄の一言なのだが、汗を流さずに行くとスコールが良い顔をしない為、不要と思いつつも行なっている。
––––今日の正午に織斑千冬が連れ去ったきょうだいである織斑一夏を誘拐する、目的は俺と同じ様にISが使用できるかどうかの検証と、不可能ならば
その新技術がなんなのかは知らされていない、知る権限も無いから気にもならないが、ロクでもない内容には違いない。
「フフッ楽しみだ、実に実に楽しみだ、そうだろう? 織斑一夏」
「ふん、悪趣味な独り言だな」
シャワールームの中で独り言を呟いたシュウだったが、その外からマドカの声が聞こえて来た。
彼女の部屋への侵入に気が付かなかった事に彼はとても嬉しそうな笑顔を浮かべると、シャワーを切り上げて外へと出る。
「やぁエム、我が最愛の妹よ。何の用かな? 愛の抱擁かい? それとも殺意の暗殺かな?」
「そのどちらでも無い––––ラファールを私に渡せ」
「フフッ、何の為に?」
「今回の任務は死に損ないの貴様には荷が重い、
だから私に変われ、マドカはそう言ってシュウに向けて手を出しラファールを要求した。
待機状態となった彼のラファールは紅いチョーカーとなってその首元に纏われている、それをくれてやる事は吝かでは無いのだが今のマドカ実力ではくれてやる訳にはいかない。
第一回モンド・グロッソの映像から判断できる彼女の実力は今のマドカを遥かに上回っている、ラファールを渡してもみすみす潰させるだけだ。
そもそも打鉄で出て行けば良いじゃないかと考えたが、少し前に自分の手で盛大に破壊し、修理中だった事を思い出しシュウは苦笑いを浮かべる。
「そう言えば打鉄は修理中だったか……」
「盛りのついた貴様の所為でな、でなければわざわざ貴様の部屋に来たりしない」
氷のような眼差しで自分を睨むマドカ、その殺気を心地良く思いながらも彼女の手を振り払いながらシュウは着替えに入った。
彼としても自分の体がいつまで戦えるのか分からない以上、確実に織斑千冬と戦う事のできるこの機会を逃したくは無い。
仮にこの任務で自分が死んだとしても、それが自分の価値であり人の器を測るに値しない存在だったというだけの事。
彼のこの一戦への想いはその空虚な心を埋め尽くすほど煮えたぎっていた。そしてその熱気に当てられたのか、マドカもそれ以上は機体の要求をする事無く、さっさと部屋を出て行った。
––––それから数時間後、シュウは口元までかくれる襟の高いロングコートを着込み、帽子を目深く被りながらモンド・グロッソの会場に紛れ込んでいた。
入場ゲートの検問は自分達の手の者が配備されているのでボディーチェックはスルー、ISによるテロはいつでも可能なのだが、今回の目的はあくまで織斑一夏の誘拐。
無線で末端の人間からはいる情報を脳内で整理しつつ、アリーナの上段から周囲をハイパーセンサーで伺いながら空き席を探すふりをして会場を一周して行く。
そうやって探す事数分、対象と同じ背格好かつ
間違い無く織斑一夏、常人とは比べ物にならない速さで肉体が老化していく自分とは違い年齢相応の容姿をしているので同一、とは呼べないが血縁を疑うレベルで似通っている。
それを確認したシュウは思わず顔に手を当て爪を立てそうになる、何故なら自分は失敗作であり彼こそが成功体、この顔は彼に許された『織斑一夏』という個体名の顔だ、自分に許されたものじゃない。
今すぐに自分の顔を引き裂きたい衝動が湧き上がるが、『あら、綺麗な顔に傷を付けるのは感心しないわね』というスコールの命令を思い出してそれを堪え、無警戒にも一人で席を移動した織斑一夏の後を追う。
彼はどうやら飲み物を買いに行ったらしく、売店へと向かうようなのでその道中の人払いを構成員に指示したシュウは足音を殺してその背後を取った。
「あーあ、早く千冬姉ぇの試合始まらねーかなぁ」
「……織斑、一夏だな?」
「へっ? そ、そうですけどアンタは––––」
背後から声を掛けられて反射的に振り返った一夏だったが、その顎先に裏拳が振り抜かれ話かけられた人物を確認する間もなく意識を刈り取られてしまう。
「……対象の確保に成功、コレより回収班へと引き渡す」
振り抜いた拳の手ごたえから呆気なく失神した一夏に対して若干困惑した様子のシュウだったが、いつまでも寝かしたままでは色々と都合が悪いので別の人員へと彼を回収させてシュウは会場を去った。
彼がその気ならこの場で暴れる事も出来た、しかしそれでは余計な各国代表どもも死に来るので手間がかかる。
––––故に彼は織斑千冬の控え室の扉に弟を誘拐した旨と、取り返したくば指定の場所までISを持って来いと言う内容の張り紙を貼り付けて置いた、一対一の一騎討ちをする為に。