織斑一夏が誘拐してから数分後、姉である千冬は自分の控え室に貼られた張り紙に気付き、全てをかなぐり捨てる様に会場を後にした。
張り紙の内容が千冬を呼び出す罠だと言う事は誰の目にも明らかだ、呼び出した先に一夏が居る可能性も低いだろう。
しかし今の千冬にそれを判断するだけの冷静さは無い、一夏が拐われたと言う事とそれに付随する心配と恐怖が彼女から判断能力を奪っていた。
(一夏!! 一夏!! 頼む、無事で居てくれ!!)
弟の身の安全を心配するばかりに人気の無い港へと誘導
されて行く事に気が付かず、目標のポイントに到達した際に海中から不意に現れた紅いラファールに襲撃される事となった。
「ッ!?
フルフェイスのヘルメットを着用し、血塗れの紅い塗装を施したその機体は明確な殺意と共にその銃口を千冬に向ける。
世界的な指名手配をされ、今世紀最大の犯罪であるISテロを行い続ける凶悪犯罪者、それと対峙した彼女は初めから狙いが自分だったのだと気が付いたがそれは最早遅かった。
「会いたかった、会いたかったぞ織斑千冬!! この身朽ちる前に出会えたこの幸運、逃すものかァァァア!!」
マシンボイスのノイズ混じりの声ながらも気迫のこもった咆哮、千冬は己が恨まれる理由を考えはしたものの思い当たる節が無く、暮桜を展開しながら相手の銃撃を回避する。
今まで戦ってきた誰よりも正確かつ実戦的な射撃、殺意の鋭さも天下一品、正しく最強の敵と言えるだろう。
問答無用の榴弾混じりの弾幕の雨、相手をしている場合では無いのに否が応でも相手をさせられる焦りのあまり、千冬は反撃も出来ずに回避し続ける事しか選択出来なかった。
「くそっ、貴様何が目的だ!?」
「目的? 目的だと? クククッ、目的は勿論貴様だよ織斑千冬、軟弱な弟は貴様を釣り出す為のエサに過ぎん!! 少なくともこの私にとってはなァ!!」
最早それ以上言葉は要らないと言わんばかりに両腕にガトリングを取り出して更に火線を厚くして行くシュウ、人気の無い港とは言え流れ弾による周囲の破壊を続ければ戦闘行為が気付かれるだろう。
しかし、一人称を変えるという最低限の秘匿はしているものの思考が熱くなった彼はそんなこと御構い無しに逃げる暮桜を追撃し、千冬もまたその苛烈な攻撃に徐々に余裕が消えて行く。
「どうした!! 逃げるばかりではどうにもならんぞ!!」
「私を狙う理由は何だ!! 一体貴様は––––」
「私は貴様だよ織斑千冬!! 千番目の織斑!! 石垣の上に立て無かった憐れな出来損ないだ!!」
「な、に?」
自らの出自に纏わる発言、それを知る者は極一部しか居らず、いずれその追手が現れると覚悟していた彼女だったが、それがよもや自分と同じ存在だとは夢にも思わなかったらしい。
彼女が一夏を連れて逃げた際、他の家族の安否までは分からなかった、少なくとも自分の他には一夏しか知らなかったし、同じ施設には居なかったのだ。
それ故に彼女は動揺してしまう、
一瞬動きの止まった暮桜にシュウは
本来ならこの隙は致命的で、普段の彼ならばそのがら空きの胴体に
彼にとって同胞に対する感情は愛と憎しみがイコールであり同伴した物、殺意と慈しみが混ざり合った複雑なそれは誰にも理解する事が出来ない。
––さあかかって来い!! 弟を助けたいのだろう!? 攫った俺が憎いだろう!! 究極の完成を証明して見せろ!! 激昂し、斬りかかり、この俺の命を奪って見せろ!!
「くっ、私が憎いのか!? お前を見捨てた私が!?」
「……なに?」
「いいだろう、お前が私を憎むというならばこの命はくれてやる、だがその代わり一夏の命だけは助けてやってくれ、頼む………」
蹴り飛ばしされた千冬は、シュウの望みとは全く正反対の言葉を口にした。
この時、彼は頭の中で何かが切れたかの様にとめどない怒りが湧き上がってくるのを自覚する、彼が聞きたいのはそんな謝罪でも両腕を下げて無抵抗な姿を晒すこの女の姿では無い。
「……ふざけるな、的外れなんだよ織斑千冬!!」
「私はふざけてなど––––」
「黙れ!! 貴様一人の為にどれだけの石垣が積まれたと思っている!! 簡単に捨てられる様な命だと思っているのか!!」
「だったら何故こんな真似をする!!」
「貴様が我々の命の上に立つ相応しいか見極める為、積まれた石垣の価値は貴様の価値で決まるからだ!! 最強を証明してみせろ!! そうでなければ貴様の弟を殺す指示を出すッ!!」
彼がそう吼えた瞬間、今まで無抵抗な姿を晒していた暮桜の姿が消えたかと思うと、零落白夜を発動した状態で背後に斬り抜けられていた。
反射的に身体が反応したおかげで一撃死は間逃れたが、半分以上シールドエネルギーが減衰してしまう。
ハイパーセンサーから伝わってくる明確な殺意が篭った眼差し、漸く相手が本気になったと言う事を知ったシュウは嬉しくて堪らないといった風に大笑いをしながら千冬へと向かって行った。
高速で武装を切り替え、
しかしここに居るのは並の人間では無い、海上で暴れるシュウの全力射撃の中を針穴に糸を通すが如く繊細によけて行き、二度目の零落白夜を叩き込む。
この時千冬はほんの僅かに手心を加えたつもりだった、いくら激昂したとしても一夏の居場所を聞き出さねばならない以上殺してしまう訳にはいかなかった。
だが彼女のその思いとは裏腹に紅いラファールは絶対防御が発動する事なく、零落白夜の一閃はシールドバリアを貫通してその身を切り裂いてしまう。
「な、なに!?」
「く、ククッ、やはり失敗作では、成功作の器を図りきれない、か」
「敢えて絶対防御が発動しないように細工をしていたのか……」
「は、はは、お前はご、合格だ、少なくとも、今まで戦ってきた同胞とは比べ物にならない強さ、強さを持っているからな……織斑一夏はこ、ここから南に、14キロ行った先のかし、貸し倉庫の中に居る」
「……感謝する」
最後にそう言いながら破壊されたラファールと共に海中へと落ちて行くシュウ、千冬は複雑そうな顔をしながらもその姿を見ると、彼の言葉を信用してその貸し倉庫へと向かって行った。
––––それから少しして、織斑千冬はドイツ協力を得て弟の救出に成功する。
さらに彼女が破壊した紅いラファールも搭乗者のパーソナルデータや会話ログなどが完全に消去されてはいたものの海中からサルベージされ、その戦闘記録を見た者達によってこの事件は当事者以外にとっては美談に仕立て上げられてしまう。
最悪のテロリストから最愛の弟を助け出した英雄、そう囃し立てられる千冬はしかし嫌な予感がしていた。
––––その理由は犯人の死体が上がらなかった事、最後の一太刀は確実に胸を斬り裂いたのだ、生きている訳が無いのだが果たしてどうだろうか?
これで一旦エスの暴走は止まりました。
次回はまた別のところへ行きますが、まだプロローグ段階です。