また、この作品は原作崩壊とキャラ崩壊の要素を含みますのでご注意ください。
プロローグ
この日をどれだけ待ち望んだことか。
試行錯誤を積み重ね、挫折と閃きの繰り返し。学校に行っている間も少年はこのことばかりを考えていた。
帰宅すれば勉強机とキッチンに齧り付き、何度も何度も試作品を作る毎日。その努力が、今日漸く報われる。
テーブルの中央に聳え立つ力作を眺め、不備が無いかを確認した。
「出来た……苦節二ヶ月……やっと完成したよ」
目を輝かせ、そして喜ぶ友人達の顔が目に浮かぶ。一般的なホールサイズと呼ばれるサイズながらも、傍から見て仕上がりは完璧だった。
食べる者を幸福の絶頂に立たせる特性ケーキの味もさることながら、最も特筆されるべき点は、惜しげも無く繰り出した技術の数々。
ホワイトクリームの白い雪原上に散りばめられるフルーツ達は、長期間蜂蜜漬けにされていたことで黄金色に輝き、中央に添えたお菓子の城を鮮やかにライトアップしている。
まるで御伽の国に迷い込んだかのような、そんな印象を植え付けてくれる高さ三〇センチの精巧なお城は、どこに出しても恥ずかしくない自慢の一品だった。
もはや究極と断言しても過言ではない至高の芸術ケーキを眺め、作り手である少年の目からは感動の雫が一滴零れる。
よくもまあここまで作れたものだと、自画自賛を意味する感動の涙だ。
「さっそくアイツらに連絡しなくちゃ!」
時刻は夜の八時過ぎ。夕食も食べ終えただろうし、このくらいが手頃な時間の筈だと当たりを付ける。
愛用のエプロンを壁に掛け、少年はいそいそと自室のある二階に駆け上がった。
階段脇に置かれるガラクタを踏まない様に注意して昇れば、そこには部屋が二つ現れる。
左が敬愛する亡き曾祖父の部屋であり、右の生物災害マークの貼られている部屋が少年の自室だった。
突き破る勢いで八畳間程の自室に入り、窓の近くに立て掛けてある道具を一掴み。銃身の中央に玩具の矢をセットし、力いっぱいレバーを引いて『カチッ』という音がしたのを確認。弦が限界一杯まで引かれたことを確かめる。
そして矢に繋がれている発明品に視線を移した。
この矢にはコップのような筒状の物体が取り付けられており、その物体の底から伸びた細長い糸の先には似たような筒が繋がっている。
昔ながらの連絡機。俗に言う糸電話がしっかりと矢に繋がれているのを確認して、自作のクロスボウを構えた。
狙いは道路を挟んだ向かいの家。プリベット通り四番地。
「よっしゃ! 大命中!」
改造の施されたクロスボウは正規品とは比べ物にならないスピードで空気を裂き、耳が痛くなるような甲高い音を立てながら向かいの二階部屋に突き刺さる。
……とはいえ矢の先には吸盤が付いているので、実際は窓ガラスにビターンッと勢い良く張り付いただけだが。
しばらくして、手元に残った受話器に応答が入る。対応人は少年が話したかった目的の人物に違いない。
『アリィ! 何度も言ってるけど、その連絡方法は止めろよな! 毎回ビックリするのは僕なんだぞ!』
糸電話から聞こえてきたのは、息遣いの粗い少年の声だった。その声に怒気が含まれているのは会話から察せずとも予想が付いた。
なにせ今から数ヶ月前、クロスボウの記念すべき第一射は調整を間違えたのか本物クラスの威力で窓ガラスをぶち破り、さながら戦争跡地とでも言うべき悲惨な惨状を生んだのだ。
何度言っても連絡方法を改めない幼き発明家に文句を言う気持ちは充分に理解出来るだろう。
「やあダドリー。動物園はどうだった?」
しかしそんな抗議を些細な問題と気にも留めないアリィと呼ばれた少年は、幼馴染の同級生に陽気な声で問いかける。
今日、電話越しの少年――ダドリー・ダーズリーは、珍しいことに嫌っている同居人と一緒に家族と友人を連れて動物園に行っていた。
調子を尋ねたが、どうやら動物園は期待通りとならなかったらしい。
『どうもこうも無い! またアイツが滅茶苦茶にしたんだ!』
「へえ、ハリーは今度なにやったん?」
ハリー・ポッター。
ダドリーの従兄で、アリィのもう一人の幼馴染。
ハリーは奇想天外な奇天烈事件を沢山起こすのでダーズリー家では爪弾きにされがちだが、少年はあの親友が大好きだった。
性格も善人で気も合う親友。
しかし少年がハリーを気に入っている理由には、彼が面白さの宝庫であるトラブルメーカー気質であることが一番に挙げられる。
不思議や面白いことはアリィの興味対象であり、人生の糧。
現にアリィはハリーの行った摩訶不思議を耳にし、未だに声変わりを果たしていない子供の声で笑い出した。
「やっぱりハリーは面白いなー。天性のトラブルメーカー、一家に一台ハリー・ポッター」
『笑いごとじゃない! ……あと、お前は人をトラブルメーカー呼ばわりする資格無いからな』
動物園で蛇と会話し、尚且つ窓ガラスを消し去ったという友人の偉業に笑いを堪えきれない。こんなことなら自分も一緒に行くべきだったと少し後悔する。
調理の時間が削れるので断わったが、些かその判断は早計であったのか、と。
『……アリィが来たら動物を間近で観られたのに…… 』
ダドリーの落胆は尤もだった。アリィは動物に好かれるという稀有な能力を持っている。
お昼寝最中の動物も飛び起きてガラスや手すりギリギリまで近付き、ちょっとでも近付こうとするくらい動物園では人気者。
移送中に脱走した興奮している虎を無害な子猫ちゃんモードになるまでデレデレにして捕獲した逸話もあるくらい、アリィは異常なまで動物に好かれた。
残念そうな声を出すダドリーはしばらくテンションが低めであり、とりとめない会話が少しだけ続く。
そのまま数分間糸電話で会話を続け、ダドリーはふと思い出したかのようにアリィが連絡してきた理由を訊く。
応えるアリィの声は、反応を楽しむかのように陽気に弾んで見えた。
「誕生日の幼馴染を特製ケーキで祝おうと思ってさ。準備が出来たからパーティーのお誘――」
『パパー、ママー! アリィの家に行ってくる!』
「ちょ、ちゃんとハリーも連れて来ないと家に入れないからね!?」
予想以上の食い付きはアリィの料理が好かれている証拠。退室する前にちゃんとガラスから外してくれた吸盤付き弓矢と糸電話をリールで回収するアリィは、喜んでくれた嬉しさで笑みを抑えられなかった。
これこそ料理人冥利に尽きる、最高のお返し。笑顔は何よりのプレゼントだ。
「さあーってと、誕生日プレゼントはどれにしようかなー」
気分を良くしたアリィは部屋の中にある自作の発明品を物色する。
全自動ピアノ演奏機。車輪の取れたボロボロの車椅子。等身大のカラクリ人形。様々な色合いを見せて発光する、試験管に入った液体や薬。
乱雑に置かれた発明品やガラクタを物色して選んだのは、寝る前にお腹へ取り付ける脂肪燃焼機だった。これなら彼の父親であるバーノン・ダーズリーも使えるだろうと考えてのチョイスだ。
「さあ、皿の準備準備」
ごついバッテリーとモーターが取り付けられたベルトを片手に、アリィは自室を飛び出した。
◇◇
《アリィの家に行くぞハリー!》
そうダドリーに告げられて数秒後、ハリー・ポッターはダドリーと一緒に親友の家の玄関前に立っていた。
動物園で問題を起こしたお仕置きという名目で物置部屋に監禁されていた彼にとって、このお誘いは凄くありがたい。何だかんだ言って、ダドリーはアリィの言いなりなのだから。
それはアリィの料理を食べるためなら嫌いなハリーだって同席を許すくらい、ダドリーはアリィの料理に惚れ込んでいる。
ハリーを連れ出すと言った際に反対意見を述べたバーノンおじさんの言葉も振り切り、アリィのことを良く思っていないペチュニアおばさんの静止も無視して、ダドリーはアリィの家を訪れた。
(多分、僕を連れ出したのはアリィに言われたからなんだろうな……)
学校でもダドリー軍団を恐れて仲間外れにされているハリーに優しくし、ダドリーを諌めてくれる唯一の親友。
彼が『ハリーを苛めたらオヤツ抜き』というお触れを出してくれたから、数年前から直接的な暴力や苛めは鳴りを潜めている。あるとしても悪口くらいだった。
(本当にアリィは僕の恩人だ)
誕生日だって毎回祝ってくれて、クリスマスカードだってくれる幼馴染。
アリィがいなかったら、僕はどんな悲惨な人生を送っていたのだろうか。アリィがいるから、こんな毎日でも絶望せずに過ごせたんだ。最近、こんなことを考えている自分がいた。
(アリィには何かお返しをしないと)
助けられてばかりではなく、何か恩返しがしたい。色々と束縛された環境では難しいけれど、きっとチャンスはあるはずだ。今はその時をジッと待つ。チャンスは訪れると信じて。
「来たぞアリィ!」
「はいはいはい、いらっしゃいお二人さん」
小ぢんまりとした小さな二階建ての白い家。半年前に唯一の家族である曾祖父を亡くしたアリィは、満開の向日葵畑を連想させる満面の笑みを浮かべながら二人を出迎えた。
見た目は七・八歳くらいの、彼等と同い歳だとは思えないくらい小柄な身長と童顔は健在で、薄いクリーム色をした短いイエローブロンドの髪は寝癖を直していないのか所々跳ねている。
大きな空蒼色の瞳は宝石が散りばめられたみたいに『楽しみ』という名の光でキラキラと輝いているようだった。
そして呼応するように、彼が普段から身に付けている祖父の形見のペンダントも楽しそうにジャラジャラと鎖を鳴らす。
細長いチェーンの先には小さなリング取り付けられ、その輪の中に括り付けられた小型の黄金砂時計は、月明かりに照らされて神秘的な光を発していた。
「待ってたよ。さあ入った入った」
言う前からダドリーはドカドカと入ってリビングに向う。その点ハリーは後ろからアリィに押され、曾祖父の発明品だという用途の分からない物体で溢れ返る家にお邪魔した。
「動物園のことはダドリーから聞いてるよ。ハリーも蛇と話せたんだ」
「僕も? じゃあ、アリィも話せるの!?」
思わず足を止め、背後を振り返って小さな友人の顔を窺うハリー。目を丸くして驚いている彼を面白そうに見ながら、少年は大きく頷いた。
「飛行機を間違えてインドに行っちゃった時に財布落としてさ。近くにいた蛇を捕まえて蛇使い入門したんだ。キングコブラの舌を十秒間触るって芸が大好評で帰りの飛行機代も稼げたよ」
「………………まあ、アリィだものね」
そんな外見なのによく一人で飛行機に乗れたね、とか。
そもそも本当はどこに一人旅行するつもりだったの、とか。
お爺さんが亡くなってからの傷心旅行でそんなことがあったなんて、とか。
保護責任者の人は頼らなかったのか、とか。
色々とツッコミを入れる部分はあるけれど、この程度で一々驚いていたらアリィの友人なんてやっていられないと、ハリーはそっと溜め息を漏らす。
学校始まって以来の天才的頭脳の持ち主。
しかしその能力や熱意の全てを趣味である料理とモノ作り、研究に注ぎ込む彼は、学校でも生きた伝説だった。
度々発明品という名のトラブル製造機を使って騒ぎを起こし、先生や生徒を騒然とさせることもしばしば。
アリィは一日一回は突拍子も無い行動を取る予測不可能人間であり、学校史に名を刻むだろう校庭クレーター事件や職員室封鎖事件などは記憶に新しかった。
そして何より、その無自覚な行動と発言から事態をより混乱に導き、招き寄せる天才でもある。
その尻拭いに駆り出されて何度ハリーが泣く羽目になったことやら。語り尽くそうとするなら七部作構成で長編映画が出来るに違いない。
(……あれ? もしかして僕、結構アリィを助けてる?)
いきなり「実は俺は秘密組織の一員だったんだ!」と告白されても簡単に納得出来てしまう変わった親友を見て、少し迷走するハリーだった。
「アリィ! 何してんだよ!」
「はいはーい! 俺のケーキは逃げないぞダッダー! 大人しく待ってろ!」
リビングからダドリーの急かす声が聞こえてきて、楽しくて面白いことが大好きなアリィは、音符マークが乱舞していそうな顔をしながらリビングへと走っていく。
悩んでいることが馬鹿らしく思えてくる天真爛漫とした姿には苦笑しか出てこない。
「ハリー! お前が来ないとケーキを食わせてもらえないだろ!早くしろよ、このノロマ!」
「そこに立ってないで早く座ってよ」
ダドリーは待ちきれないとばかりに怒声を上げ、力作を振舞うことに浮かれ気味なアリィは、飛び出す絵本から出てきたかのような芸術的なケーキにナイフを入れていた。
「ごめん。今座るよ」
至る所に発明品が乱雑に置かれているリビングでは異彩を放つ普通のテーブル。そこ付属する『ハリー専用』というプレートの貼られた奇怪な形をした椅子に向う。
ダーズリー家では決して見られない、心からの笑みをハリーは浮かべていた。
『それじゃあ、いっただっきまーす!』
三人が声を合わせて復唱。
誕生日パーティーは夜遅くまで続けられた。
ハリー・ポッターの幼馴染で大切な親友。遊びと趣味に情熱を注ぐ色々と常識外れな少年。予測通りという言葉に喧嘩を売る生粋のトラブルメーカー。それが彼、《天災》と呼ばれるアルフィー・グリフィンドールという人物だった。