プロローグ、第一話の同時更新です。
お気に入りから飛んできた方はご注意ください。
まどろみの中に沈む意識が覚醒される。
夜の闇の向こう。暑さのため開けっ放しにしていた二階窓から聞こえてくる声に、アリィは半信半疑の心情で跳ね起きた。
「フレッド、ジョージ!?」
悲鳴にも似た大声に微笑む影が二つ。
アリィが同志の姿を見間違うなどありえない。そこに居たのは正真正銘、同じ顔をした赤毛の双子。フレッドとジョージ・ウィーズリーは最後に別れた時と同じ、陽気な笑い顔をアリィに見せる。
そして二人に続く声があった。
「僕もいるよ、アリィ」
「ロン!」
横並びになっている双子の後ろ――空飛ぶ車の後部座席に乗っていたのは同じく赤毛で、ソバカスが目立つノッポの少年。ロン・ウィーズリーの登場で更にアリィは歓喜の声を上げた。
ドビーの所為で魔法界との交流が絶たれていた手前、学友の登場はアリィを幸福な世界へ招き入れる。
眠気など既に無い。先程までの悩みも消えている。ハリーとダドリーの幼馴染コンビ以外で初めての友達訪問に、アリィは目を輝かせた。
「とりあえず入れてくれ。俺達腹ペコなんだ」
マグルの目を誤魔化すために夕方から五時間近く掛けて飛んできた彼等は夕食を摂っていない。
お腹を擦って空腹を主張するフレッドは空飛ぶ車を透明マントのように不可視モードにしたまま庭に停車。その間に文字通り階段を駆け下りたアリィは快く三兄弟を家へと招きいれる。
初めてハリー達が訪れた時と同じく、三人がデイモンの発明品を興味深く観察している間に、アリィはせっせと小さな手でフライパンを振るった。
ちょうど冷蔵庫の中を空にしようと思っていたので三人の腹ペコは渡りに船。三人が全自動孫の手を弄って十分後。食卓には山盛りの色々ごちゃ混ぜナポリタンが聳え立つ。
「そういやあの車どうしたの?」
「うちのだよ。パパの車なんだ」
食欲のままにパスタを貪っている三人によると、あの車は魔法省マグル製品不正使用取締局に勤めている彼等の父の所有物らしく。それを『アリィの家に遊びに行ってくる』と置手紙をした上で無断拝借したらしい。
帰ったらママの雷が落ちるとロン達は落ち込むが、今は恐怖よりもパスタだ。ロンの隣に腰掛けて、アリィも横から一口貰う。
「というよりさ、何で三人がここに?」
「君、ハリーと二人揃って魔法省から厳重注意を受けただろう? パパがそう言っていたんだ」
「手紙を二人に何ダースも送ってんのに返信も無い。それで今回の警告状だ」
「こりゃやんごとなき事態だってな。ビビっと来たね、俺達の第六感に」
父親からそう聞かされてロン達は直ぐに行動した。
手紙で連絡が着かないのだから直接訪れるしかない。そして何より、双子は元々アリィの家を訪問する予定だったのだ。
遊びに行けて、更に二人の様子も確認出来る一石二鳥具合。だからだろう。彼等は何も問題が無かった場合は遊ぶ気でいたため少量だが荷物を持参している。
小さいながらも古ぼけた旅行カバンが三つ、リビングに持ち込まれていた。ちなみにアリィの家に行きたがっていたリー・ジョーダンは来ていない。
訪問が急に決まったというのもあるが、リーはそもそも夏風邪を引いてグロッキー状態だった。
「それで、何で僕達の手紙を無視していたんだい?」
ロンの問いに全て答えるにはだいぶ長い時間を要した。少なくともドビーの事を話し終え、ハリーの今置かれている現状を説明し終える頃には山盛りだったナポリタンは跡形も無い。
今思えばハーマイオニーと電話出来なかったのもドビーの妨害が原因なのだろう。手紙の郵送を妨害出来るのだ。アリィ宅の電話妨害ぐらいやってもおかしくないと考えるのが自然の流れ。
このアリィの推測にはロン達も同意で、きな臭い話に揃って表情を曇らせる。
「そいつはくせぇな」
「ああ。陰謀の臭いがプンプン匂ってくるぜ」
「ハリーは大丈夫なの?」
「大丈夫。ご飯も送ってるし宿題も終わってる。ゲーム関連もダドリーを通じて渡してるから」
外に出られない事を除けばゲームし放題の三食オヤツ昼寝付の生活。ある意味充実した監禁生活かもしれない。まったく持って、緊急性や緊張さの欠片も無い事件である。
「魔法省にも手紙は送ったし、あとは明日……って言っても今日だけど、とにかく夜にハリーを連れ出してウィーズリー家に向うのみ!」
そして抗議の手紙も捕獲したメンフクロウを使って魔法省に郵送済み。ハリー救出の緊急性は低く、宿題も全て終了。こうなったらもう、やる事は一つっきゃない。宝の山を目前に双子の我慢も限界に達していた。
「よし、そんじゃハリーの心配も無いことだし!」
「アリィ! 早速師匠の仕事場を見せてくれ!」
待ちわびたと叫ぶ双子は椅子を倒して立ち上がる。流石に最初は自重していた二人もウズウズ感が抑えきらなかったみたいだ。
真夜中? だからなんだというハイテンションぶりは軽く引くぐらい喧しい。興奮で血走った目を見る限り、ここで拒否したら暴動でも起きかねない。
もっとも、アリィには断わる理由は無い訳だが。
「オーケー。ロンはどうする?」
「僕も行くよ。なんだか目が醒めちゃった」
双子から溢れ出すテンションの余波なのか。まったく眠気の訪れないロンも三人に続いて階段へと向う。
脇にも小物が積み重なる手狭な階段を上がり、様々な機械製品に溢れる短い廊下の先には部屋が二つ。右に生物災害マークというある意味適切なシールが張られている木製扉がアリィの自室。
そして、
「ここが爺ちゃんの仕事部屋」
工事現場にあるような立ち入り禁止マークの張られた左の部屋が、発明の宝庫。バートランド・ブリッジスの仕事部屋だ。
シール違いの同じ木造扉。それでも主不在のこの部屋が放つプレッシャーは凄まじく。内包しきれないオーラが神秘さを帯びて振りかかる――なんて事はなく、見た目は平々凡々な部屋だった。
あまりにも普通過ぎたため神聖なる仕事場を前にして双子は呆気に取られた。
「へえ、じゃあ早速――」
「「待ちな愚弟」」
が、この平凡な部屋が聖域にも等しい価値を持つ事に変わりない。
「ほんっと分かってねえなお前って奴ぁ」
「我らがロニー坊やはフライングがお好きなこって」
頭上から憤怒の煙を噴出して顔を真っ赤にするロンの怒声もスルーして、双子はいそいそと手に持つカバンのファスナーを開ける。中にあるのはこの日のために準備した正装一式だ。
「聞くところによれば師匠は大の日本好きらしい」
「なら師匠に合わせ、それ相応の服装、相応しい心を持ちながら入らなくちゃ失礼ってもんだ。こんな安物のお下がりで聖域に入るつもりか?」
カバンから出てきたのは綺麗な藍色の羽織と袴。そして伸縮式の刀に被り物のちょんまげ。マグルのお土産店で売っているモノだ。
丁寧に畳んであった羽織に袖を通し、袴を履いてから前を閉じる。帯は羽織に縫い付けられ、袴もゴムが入っているため履きやすい。
難しい着付けの一切を必要としない前をマジックテープで止めるお土産用の簡易服なだけあって見た目はチープだが、外見は確かにサムライスタイルと呼んで差し支えない。
ちょんまげを被って刀を持てば、どこからどう見ても立派な日本スタイル。確かに正装だ。ただ時代が一〇〇年以上タイムスリップしているのは気にしたら負けというものだろう。
双子が着付けを終了するまで十秒とかからない。流れるような所作と色々とツッコミ所が満載の場面に唖然としていたロンの時が動き出す。
「いや……いやいやいや、日本に全く詳しくないけど二人が間違ってるのは僕でも分かるぞっ!?」
確かに日本が誇る文化を知らなければ、とりわけ外国人から見れば羽織と袴、ちょんまげというヘアースタイルは奇抜な姿に見えるだろう。ましてそれが魔法族の純血家としては当然のこと。
マグル贔屓で知られるウィーズリー家も例外ではない。ロンが一昔前の正装を否定するのも致し方なかった。
「なによりアリィは着替えてないじゃないかっ!?」
目をキラキラさせている天災を指差し、これで論破出来たと自画自賛するロン・ウィーズリー。けれども彼は失望したように溜め息を吐く双子の超理論を聞いて愕然とした。
「馬っ鹿だなぁロンは、アリィは師匠と同じ日本好きだぜ?」
「心は既に日本人なのでアール!」
常に日本文化をリスペクトしているアリィの練磨された崇高なる魂は、双子みたいなニワカとは次元が違う。心は日本人のアリィが着る衣服は日本服と言っても過言ではない。
だから俺達みたいにわざわざ着替えて見た目から日本人になりきる必要は無いんだと、そう真面目に語る馬鹿兄達を見て頭を抱える末弟の姿があった。
「ねえ、俺のは無いの?」
「「あるぞ!」」
「あるのっ!? って、二人はいつそれを手に入れたんだよ!? 一緒に暮らしていて初めて見たぞっ!?」
そして言い争うこと五分。結局アリィもサムライスタイルになることで強制的にロンも着替える羽目になり、立派なちょんまげと刀を携えた四人の魔法使いは聖域に足を踏み入れた。
ちなみにロンのはこの場にいないリー・ジョーダン用に準備した衣服なため裾の長さが足りていないのはご愛嬌である。そして部屋の中は、一部の者にとっては夢の世界とも言える感動の極みが姿を見せた。
「ここが……ここが夢にまでみたバートランド・ブリッジスの仕事場!」
「おい、見ろよフレッド。このマグル式カラクリ人形! ゼンマイ式だぜ、ゼンマイ式!」
「ああ、親父が見たら卒倒するぐらいの宝の山だ!」
「「マジやっべぇ!」」
その部屋は一見してゴミ部屋に見えるが、見る人が見れば宝の山に等しき価値を持つらしい。少なくともロンにはこの部屋の価値が分からなかったが、双子は目を限界まで見開いて、目どころか魂に刻み付ける勢いで心の師匠の作品を目に焼き付けようとしている。
アリィの部屋よりは少し広い、十畳ほどの窓の無い密室。その奥には木製机と椅子が一セット、棚が幾つかあるだけで、後は周囲を様々なモノに囲まれている。
電気釜みたいなもの。
人型ロボットみたいなもの。
黒板みたいなもの。
あくまで『みたいなもの』に溢れる部屋は、足の踏み場も無いほど様々な発明品が鎮座している。
机の上も例外ではない。設計図の束。飛行機の模型。ネコじゃらし。機械的な湯呑み。工具セットにはんだごて。
しかし双子があまりにもバートランド・ブリッジスを神格化している所為か。この部屋には筆舌し難い神秘めいた何かが充満しているとも思わなくも無い。
ぱっと見ガラクタ部屋にしか見えないのに、少し見方を変えれば神々しい雰囲気すら醸し出すのだから不思議だ。
「でも本当に魔法的な何かは一切無いんだ……なんか意外」
「でしょ? 俺やハリーも散々漁ったんだけど何も無いんだよ。まあ、怪しいとしたらアレなんだけど」
アリィとロンの見詰める先。そこにはホグワーツに行く前だったら気にも留めなかった代物が異様な存在感を発している。
魔法使いにとっては常識。けれどもマグル界出身者にとってはただのモノ。
入り口から見て右側には床に付きそうなほど巨大な絵画が一枚、壁に掛かっていた。
抜けるような青空の下。草原に佇むのは一匹の異形だ。頭はライオン。胴体はヤギ。尾はドラゴン。生存個体も極少数ながら討伐の成功例は数百年前のたった一件のみ。
アリィの杖の原料にもなっている獰猛そうなキメラの姿がそこにはあった。
そして魔法界での絵画というのはマグル界には無い特徴を持つ。それは、描かれている生物がまるで生きているように動くということだ。描かれた人や生物は実際に話し、意志を持って行動する。それは魂が宿ったという訳ではなく、あくまで描かれた人物の性格や行動を絵が分析・模範しているだけに過ぎないのだが。まるで生きているかのように彼等は動く事が出来た。
その事から絵画の者達は時たま番人のように扱われて重要施設の入り口を守ったり、同一人物の肖像画同士で同じ絵の間を行き来する事が出来る。この特性から専ら伝言係のように扱われたりもしていた。
一見マグル用の仕事場としか見えないこの部屋に魔法界用の仕事場があると想定した場合、怪しいのはこの仕事場に似合わない絵画だった。魔法界に精通している双子やロンも部屋に入った瞬間にその可能性は気付いている。しかし、分かったからと言って、それで問題解決となるほど魔法界は甘くない。
「絵画か……絵画はなぁ」
「合言葉的なのが無数にあるからなぁ…………おいフレッド、コレ見ろよ!」
そして絵画が動く理由としては絵師の持つ魔力が原因だった。描く時に絵へ魔力を注ぎ、それが完成品に影響を与えている。
未成年魔法使いが魔力を暴走させて周囲に干渉し、奇天烈な事態を起こすのと原理は一緒。魔法絵師と呼ばれる彼等はそれを意図的に行い、及ぼす現象に指向性を持たせているに過ぎない。
特殊な薬を用いて動かしている写真とは違うのだ。
そして描かれたモノが動くのは殆どが肖像画であるが、中には人以外の生物が意志を持ち、人語を喋る例が存在する。
数としては多くないものの珍しくない程に普及している怪物画。これもその中の一つだろうと軽く見ていたジョージは額縁に描かれたサインを見て戦慄した。
その作者は怪物画を専門に描いてきた絵画界を代表する作者の一人だったのだ。
「ああ、それってなんか有名な人の作品なんでしょ、確か」
モノを作るという性質上、魔法絵師達も一応技術者に分類されるため、動く絵画や写真の仕組みが気になったアリィは魔法絵師達の事も知識として学んでいる。
ホグワーツの図書館はアリィの良き学び場であり、なにより実物を観察するのに打って付けの場だった。
そしてアリィの同類である双子も当然その絵画を描いた絵師の名前を知っていた。
この絵師の描いた絵画のどれもが一点ものであり、同じ怪物の絵画は一枚も存在しない。誰かが模範しても中の怪物達は動かず、絵師が門外不出として墓場まで持っていた贋作防止技術が使われているため、とんでもなく希少価値が高い高価なモノである事を双子は知っているのだ。
「有名なんてもんじゃねえよ!?」
「売れば数百万ガリオンはくだらない一品なんだぜ!?」
そんなもんがポンと掲げられているなんて流石はバートランド・ブリッジスの仕事場と恐れ慄く双子。
ロンは名前にピンと来ずとも、その数百万という値段に目を$に変えている。そして名前はまだしも値段までは知らなかったアリィも仰天した。
「げ、そんなに高いのこれ!?」
感心したようにキメラの真正面に立つアリィだが、その声色に含まれるのはどちらかと言えば嬉しさよりも悲しみの色合いの方が強い気がする。
参ったなとイエローブロンドの髪をがしがしと掻くアリィからは悲壮感が滲み出ていた。
その瞬間どことなく嫌な予感が全身を強張らせるあたり、たった数時間でロンもだいぶ経験値を溜めているらしい。双子を兄に持つ時点で元々苦労人の素質はあったのだ。
ハリーやドラコと同じく、その才能が開花されつつある。
「参ったなぁ、最後の手段が取り辛くなった」
「最後の手段?」
冷や汗を一筋垂らすロンの呟きを無視して、アリィは以前から考えていた件を実行に移すべく真正面を睨んでいるキメラに近付いた。
大きさもあり高さも丁度良い。四肢で草原を踏んでいるキメラの視線とアリィの視線が同じ高さで交わる。キメラが本物なら、互いの息まで掛かり兼ねない近距離だ。
「おいキメラ。最後のお願いだ。もし爺ちゃんの仕事場がこの先にあるんなら入れてくださいお願いします!」
シーン。今が夕方なら烏がカーカー鳴いている。
端から見れば独り言に過ぎず、下手をすれば頭の出来を疑われる光景ではあるが、この場にいる四人はこの先に何かがあると確信する。
少し視線を泳がせ、冷や汗を垂らすキメラというのもシュールな絵だった。
「ハァ……残念だよ、田吾作。君とは友達でいたかったのに」
記念すべき変な名前シリーズ第三弾を付けられる事になった絵画のキメラは、その名前に絶望するも主であるバートランド・ブリッジス――ではなく、その曽祖父であるデイモン・グリフィンドールのお願いを遂行すべく沈黙を守る。
ある事をしなければアリィを入れてはならない。
そう言われた彼は過去の過ちを反省している事もあり、頑なに意志を貫き通す。しかし、
「入れてくんないなら仕方が無い………………燃やそう」
『ちょっと待ってぇええええええええーーーっ!?』
――何故か四人分の悲鳴が木霊した事に、色々と一杯一杯な彼等は気付かなかった。
恐ろしい事をサラリと口にし、着替える際に懐へ収納していたマッチ箱を取り出したアリィへ三人の貧乏人が詰め寄った。
「何考えてんだよこのブルジョワはっ!? お前貧乏人の前で時価数百万ガリオンを灰にする気かっ!?」
「おい、冷静になれ兄弟! だからそのマッチ棒は一先ず置こう、な? それって確かマグルの火付け道具なんだろ!?」
「アリィお願いだから早まるなっ!?」
双子が腕を、ロンが腰を、体格だけなら大人に近い三人が一斉に子供を羽交い絞めにする。
取り押さえたり抵抗したりで必死な四人は見ていないが、田吾作も高速で首を上下に振っている。
それでも取り押さえる前にマッチは擦られ、その先端にオレンジ色の火を灯していた。
「だって入れてくんないんだ。意地悪な田吾作には少しぐらい罰が必要だと思うんだ、俺は」
「「それは罰じゃなくて処刑だ!?」」
「落ち着いてアリィ、ね、いい子だから熱っ!?」
接近しすぎたためか。顔を火が掠めた事でロンが後ろへ跳びずさり、設計図の一枚を踏んで盛大に転ぶ。
その際ロンの両足が双子を強打。ついでに頭からガラクタの山に突っ込んだため床が抜けるんじゃないかという振動が部屋を揺らし、大規模な雪崩が彼等を襲う。
しかしその雪崩騒動から難無く一人だけ逃れられたのは、やはりこの少年が神に愛されているからだろう。拘束が解かれ、アリィはマッチを田吾作へと近付けた。
そして額縁が焦げる距離まで近付けられた、その時、
「お」
絵画とはいえ田吾作は生物と等しい自立意識を持ち合わせる。当然、生物なら誰しもが備えている生存本能も然り。
命の危機に瀕すればデイモンの命令に殉じる気にもなれず、内心で滝のような涙を流す田吾作は、泣く泣く絵画の端へと移動し、
――絵画が上へとスライドし、壁には一メートルほどの入り口がぽっかりと空いていた。
「そうそう。最初から素直になってれば良かったんだよ! 初めからそうしてれば俺も騙す必要なんて無かったのに!」
「…………騙す? アリィ、騙すって?」
ガラクタの山から抜け出してから入り口を潜り、意外と天井が高い通路を歩きながらロンが訊ねた。
一分という効果時間を経て燃え尽きたように黒ずんでいるマッチ棒に三人の視線が注がれる。
それはこの夏の間、双子座のメンテナンスの合間を縫って作製された発明品新作第一号。禁止されているのは魔法の行使であって発明に関して規制されている訳ではない。
アリィはお披露目出来たことが嬉しく、まるで親に褒めてもらいたい子供のようにマッチ棒モドキを三人に見せ付けた。
「これ、燃えない炎なんだ。火蜥蜴(サラマンダー)モドキの尻尾を材料にして作ったから、ただ熱いだけ」
アリィも本気で大事な曽祖父の遺品を燃やそうとした訳ではない。
火蜥蜴モドキ。
炎の中で生きる火蜥蜴そっくりな陸上生物の尾には、不燃性である熱を持っただけの火が灯っている。その火は火蜥蜴モドキが尻尾中で分泌する特殊体液と酸素が反応して起こると言われているが、アリィはその体液を強制的に分泌させる薬品の開発に成功していた。
その薬品が『体液を分泌しよう』という命令の代わりを果たすのだ。
これにより生物として機能しない筈の生尻尾は仮の命令を出され、先端からまるで雑巾みたく搾り取るかの如く体液を分泌する。
後は簡単だ。
マッチ棒を模した柄には小さな突起があり、それを押す事で先端が針状になっている部分が押し出され、空洞になっている柄の中で小さな袋が破けて薬品が漏れる。
それが火蜥蜴モドキの尻尾を材料にしたマッチの赤い部分に中から染み込む事で反応し、不燃性の火が灯るのだ。
ちなみに薬品の主材料は火蜥蜴モドキの天敵とされる二首蛇の毒液を使用したもの。火蜥蜴モドキは威嚇行動の時に火を灯す習性があるためか、二首蛇の毒は死してなお火蜥蜴モドキを恐怖させるらしい。
点ける際、本物のマッチを擦るように赤い部分を下向きにして薬品を下方へ垂らすのがコツで、制作費は一ガリオンと安めだが作業の精密さが要求されるため手間と労力の掛かった一品である。
ネタ晴らしをされて脱力すると同時に、またまた面白そうな悪戯道具に興味津々になる三人。どうせならコレも売り込もうと発案するも、マッチ棒という知名度の低さからマグル出身者にしかウケず、もしマグル界に出回ったらマグル製品不正使用取締局が出てくるため販売計画が頓挫する事になったが、身内で遊ぶ分には面白い発明である。
そして青白い光に包まれる薄暗い一本道を一分ほど歩き、ついに四人は秘密の作業場へと足を踏み入れる。
そこは、
『お、うぉおおおおおおおおおーーーッ!?』
そこにはとても広い空間が広がっていた。
人の入室で柱の燭台に一斉に火が灯り、青炎が淡く、優しい色で仕事部屋を染め上げる。
だからこそ四人は部屋の奥まで見渡す事が出来た。
両脇には無数の棚が立ち並び、その中には沢山の小物が収納されている。天蓋には沢山の星座が描かれ、あたかもプラネタリウムの中にいるような幻想的な光景を彩っている。
時々勝手に道具が空を飛び交って自動で棚へと収納されていく様は、まさに魔法使いの作業場に相応しい光景だ。
そして圧巻なのが部屋の奥。
もしステンドグラスがあったのなら教会の聖堂とも思える縦長の作業部屋の中にある、たった一つの作業台。
聖堂に例えるなら十字架の掲げられている場所の真正面に位置し、入り口に背を向ける形で作業する台は、はっきり言って異様。いや、この場合は壮絶や壮大、という表現の方が正しいのかもしれない。
その姿は、まるで樹形図だった。
作業台から天井近くまで伸びる一本の主軸から何本もの細長い『枝』が伸び、その先端には大小無数の台や棚が取り付けられ、様々な道具が置かれている、もしくは収納されている。
それぞれが意味を持つ枝達は主不在の間も仕事を続け、風に靡かれる枝葉のように自動で動き回っていた。
全体図で例えるなら装飾の施されたクリスマスツリーを連想するのが適切かもしれない。
椅子に座ったまま枝先を引き寄せ、作業する様は、きっと演奏者のように優雅だったに違いない。
そしてこのパイプオルガンの如く縦横に大きな『樹木棚』と、作業する上で不便や滞りが無いようにあらゆる最適化の施された改造作業台『便利君二十八号改』が、世に名を轟かせる一人の鬼才が所有する作業場の全容だった。
《――――うむ。ついにこの日が来てしまったか》
そして、その光景に圧倒される者、感激の涙を滂沱と流す者達は、この部屋の主の言葉を耳にする。
老人のようにしわがれた声でありながら、元気たっぷりとも思える不思議な声。
優しくて厳しい。破天荒の代名詞。懐かしくて大好きな声が清涼な風となって作業部屋に吹き注ぐ。
遠くない未来、自分の死後に大事な家族が秘密を知った時のために録音した最後の遺言が伝えられる。
《これを聴いているという事は、お前は魔法界に足を踏み入れたという事なんじゃろう。しかし、あの表の仕事場にある無数のヒントを繋ぎ合わせ、『ライオン丸の鼻を猫じゃらしで擽ってクシャミをさせる』という入室条件を見事見付け出すとは、我が孫ながら天晴れじゃ》
「……………………」
――すみません、めっちゃゴリ押しの力技です。
冷や汗一杯で視線を泳がす天災に三人分のジト目が向けられたのは言うまでもない。どこにヒントがあったのかサッパリな四人だ。
そして天災のネーミングセンスが遺伝であった事を思い知らされる兄弟達に構わず、そうこうしている間にも老人の隠しメッセージは続く。
《やはり、お前も魔法使いになってしまったんじゃのぅ……》
それは悲しみ、呆れているような声だった。
何故この道へ踏み込んでしまったのか。そう咎めるような声。目を瞑れば溜め息を吐く姿が鮮明に思い浮かぶ疲れ声。
それでも、
《まあ、なったもんは仕方ないわい! いいか、人生は楽しむことが肝心じゃ。悔いが残らないように過ごすのだ! 発明も遊び心を忘れちゃいかん! どうせならワシにも負けん発明家になってみんしゃい!》
思い浮かぶその顔は直ぐに苦笑の混じる笑顔に変わる。
この変わり身の速さ。何事もポジティブに捉える思考回路。どれもアリィに受け継がれているものだ。
死してなお変わらない家族の言葉にアリィからは自然と笑顔が溢れた。
《この部屋のモンは全てお前の好きなようにせぇ。ワシの道具も、研究資料も、全てじゃ》
大切な事。大事な家族の道標ともなるべき大切な言葉と想いは、既に旅立つ前に伝えてある。
バートランド・ブリッジスとしての、自らの後継者とも言うべき一人の発明家に対する遺産継承は、この言葉を持って正式に受理される。
今、この部屋にあるもの全てが、道具の使用者権限が、正式にアリィのモノとなったのだ。
最後の継承も終わらせた老人に、これ以上仕事は残っていない。
しかし仕事は無いが伝える事はまだあった。それは、一つの謝罪。発明家としてではない、家族として伝える言葉。
《アルフィー……その身体の事は本当にすまんかった。命に別状は無いと癒者に言われてものぅ……願わくば、その身体が治る事を祈っておる。元気に、そして何事も楽しみ、人生を謳歌するんじゃぞ。ハリーやダドリーとも仲良くな。――さらばじゃ》
アリィはきっと何の事だか分からない。あの時の記憶は、魔法界の医者である癒者(ヒーラー)に診察してもらった時の記憶は、デイモン自らが消してしまったのだから。
魔法界の事を秘密にするために黙っていたが、もう足を踏み込んだのなら教えても構わない。
命の危機は無いからと身体の事を秘密にし、後ろめたさを感じていた老人は、最後にアリィを激励してから最後の言葉を終わらせる。
後には耳も痛いぐらいの沈黙だけが取り残された。
「……おい、最後に師匠、なんかすっげえ大事そうな事もらさなかったか?」
「ああ、なんか俺らまで聞いちゃって良かったの? ってぐらいの新事実だぜ、たぶん」
「……アリィ」
掛ける言葉が見付からない。
彼等に出来るのはアリィの体調を心配し、振り向いて顔色を窺うぐらいしか出来ない。
恐る恐る、三人は背後を振り返る。しかし、そこには意外な光景が待ち受けていた。
「アリィ?」
そこに待ち受けていたのは呆然としているアリィだ。
ロンの呟きに耳も傾けず、見詰める先にあったのは部屋隅に置かれた小さな棚。何も入っていない古ぼけた棚を一心に見続けるアリィから零れる声は、今まで聞いた事が無いほどか細く、震えていた 。
「…………俺、ここ知ってる」
最後の謝罪が忘却された筈の古い記憶を呼び起こす。
そう、確かにアリィは一度この場所を訪れていた。
八歳の頃。好奇心を押さえきれずにデイモンの仕事場を訪れ、ちょうど裏作業場への扉が閉じる寸前に通路へと潜りこみ、この場所に足を踏み入れた。
この出来事以来ライオン丸改め田吾作は誰かが通ったら直ぐに扉を閉めるよう反省し、アリィへの秘匿に更に力を入れるようになったのだ。もう魔法界を知っているため、そして命の危険があったためこうして通してしまったのだが。
「そうだよ。それでここには何かがあったんだ。でもそれを俺が壊しちゃって。そんで爺ちゃんが人を呼んで、その後に俺に杖を向けて……」
デイモンがアリィの侵入に気付いたのは何かを壊す音を聞いて集中力が途切れた時だった。
集中し過ぎると周囲への注意が散漫になるのはデイモンの欠点の一つだ。
そして驚きながら振り向いたデイモンは見る事になった。アリィが頭から棚へと突っ込み、作品たちが粉々になっている光景を。
こうした経緯を経て直ぐに癒者を自宅へと呼んで診察させた後、忘却呪文でアリィの記憶を消したのだ。
忘却の彼方へと消えていた記憶の断片がフラッシュバックする。開心術の訓練で蘇り損なった記憶を呼び起こしたアリィは、一度頭痛を振り払うように頭を振った。
「……まあ、命の危険は無いって言ってるし、別にいっか。特に異常も無いし」
そして興味の無い事にはとことん感心を示さないのがアルフィー・グリフィンドールだ。
命の危険が無いのなら構わないと、さして気にする事も無く大口を開けて呆然としている三人の横を通り過ぎ、とても気になっていた『便利君』の下へと向う。
その小さな肩を三人が掴むのは同然だった。
「ちょっと待ってって、異常ってのはその幼い容姿の事言ってんじゃねえの!?」
「そうだって絶対! なんか魔法具の影響でそうなったんなら納得出来る!」
「じゃあアリィのお爺さんは、それが魔法の影響だからアリィに忘却呪文を掛けたってこと?」
「うーん……別に不便は無いんだけどなぁ。電車料金とか、いつまでも子供料金だし」
億万長者に近い大金持ちの癖にみみっちい事を考える彼に三人が更に噛み付く。
――というか忘れているかもしれないが今の四人はバラエティのお笑い芸人も真っ青な姿なので、なんか色々と台無しだった。しんみり具合や感動的なものなんてありゃしない。
「分かった、分かったよ! 爺ちゃんは癒者に見せたって言うし、気になったら聖マンゴに問い合わせてみるから」
そして妥協案として提示したのが魔法界にある唯一の病院。聖マンゴ魔法疾患傷害病院へ行くというものだった。
全ての癒者は聖マンゴに勤めているため連絡すれば診察結果ぐらい残っているだろう。暇な時、それこそあるとは思えないが発明のネタが尽きた時に自分の身体を調べてもいい。そんなことを考えるアリィは、自身が新たな研究素材だと考える時点で根っからのマッド系発明家だ。
「そんな事より! もっと大事な事があるでしょ二人とも!」
そしてこの話はお終いだと言外に告げてから本来の目的を思い出させる。彼等はアリィの身体について調べに来たのではなく、曽祖父の遺したモノを見に来たのだから。
よって、目的を思い出したマッド達の変わり身は神速にも等しい。
「そうだった! おいジョージ、この設計図見ろよ!?」
「うぉ!? すっげぇな……こんな発想逆立ちしたって出てこねえぜ!?」
「うわ、これって爺ちゃんお得意の自爆スイッチ。こんなとこにも付けてんだ」
「自爆っ!?」
アリィ達は時間を忘れて心の望むままに部屋の中を物色する。
片手で摘める軽食とデイモン直伝の栄養剤で体力を復活させては物色を繰り返す。有用そうなモノはラメの入った高級そうな真っ白い紙からごつい手袋など、片っ端から部屋の隅に転がっていたトランクの中に放り込む。
ほぼ二十四時間後。途中で仮眠やマグルのゲームで遊ぶため別行動を取っていたロンが訪れるまで、三人のマッドは心行くまで堪能する。
それは、ハリー救出大作戦の決行三分前まで続けられた。
次は二・三日後を予定しています。
誤字誤用脱字、ご意見やご感想がありましたら是非ご連絡ください。