ハリー・ポッターと魔法の天災   作:すー/とーふ

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第三話

 視界を染めるのは鮮やかな橙。それは天井と壁に敷き詰められた公式クィディッチ・チーム『チャドリー・キャノンズ』のシンボルカラーで、ポスターに描かれたプロ達がしきりに手を振って存在をアピールしている。

 部屋の片隅に教科書と漫画が乱雑に置かれ、床には『勝手にシャッフルするトランプ』や古ぼけたチェスセットが散らばっている。

 時折天井裏に住むお化けが騒ぐので五月蝿い時も侭あり、ついでにお世辞にも綺麗とは言い難い部屋だ。間違っても広くて豪華な住み易い部屋とは言えない。

 それでも少年らしさ満点の部屋は殺風景な部屋に住むハリーにとっては豪華な城に思え、輝いて見えた。

 

「ぼく、こんな素敵な部屋は来た事無いよ。僕の部屋みたいに全然殺風景じゃない。それに半分以上が機械製品に溢れていないし、不要に触っても爆発したりしないんでしょう?」

「ハリー、頼むからアリィの部屋を基準に考えないで」

 

 

 

 ――という風なやりとりがロンの部屋で起こって数分後。一頻り騒いだ二人は徹夜と駆除作業が祟ったのかベッドで泥の様に眠っている。昼飯まで睡眠を取る二人だが、生憎と眠くならない少年がいた。

 

「お、ここだここ」

 

『フレッド&ジョージの部屋』と小さな看板の掛かった古ぼけた扉の前にアリィが佇む。二階の一番奥にある二人の部屋までトランクを置きに来たのだ。

 ただ単に話し相手がいなくなったという理由もある訳だが、とりあえず今回の目的は荷物置きと泊まる部屋の確認である。

 小さな手で軽くノックし、間を置かずに二人から了解の返事が来る。しかしその声には覇気が微塵も感じられない。ください。空気の抜けた風船のように萎びた声に首を傾け、アリィは不思議に思いながら扉を開く。

 

「おお!」

 

 そして部屋にはある意味見慣れた光景が広がっていた。

 部屋奥の窓際に接する大きな作業台には子鍋といった調合道具一式から、小物を作るためのナイフといった作業道具が無造作に置かれている。

 扉の両脇に積まれた木箱や用途不明の大型道具は天井に届く勢いで高く、更には床に散らばっていただろう材料の切れ端も隅に追いやられているため、『とりあえず床のゴミを一纏めにしました』という手抜き精神が垣間見えた。

 入り口から見て左側、天井に接する棚の縦幅は目算三メートル、横幅は八メートルと、壁=棚と言っても過言ではないほど巨大で。その中には沢山のビンが並べられ、乾燥した植物や動物達の一部、つまり多種多様な材料が限界まで詰まっている。

 そして右手側にはこの部屋の主である双子が横たわるベッドが二つ。そのスペースだけが生活感に溢れていて、私室である筈がどこか場違いな印象を見る者に植え付けた。

 あくまで部屋の主役は発明グッズ。八割以上が発明関連の品物。ロンの一人部屋より広い間取りも作業スペースに圧迫されて酷く手狭に感じられる。更に部屋の中央にアリィのベッドも置かれ、はっきり言って床の踏み場も無いほど部屋は一杯一杯だった。

 

「さっすが兄弟。発明家らしい良い部屋だ」

 

 作業場兼私室という狭さは慣れ親しんだモノで、初めて訪れる部屋でもホームのような安心感が胸中に拡がる。

 今は清掃後という事もありラベンダーの香りが鼻孔を擽るが、本来なら御香ではなく材料や薬品の匂いが充満しているのだろう。これを油に変えたら完全にアリィの部屋だ。

 ハリーがロンの部屋を好きになったように、双子の部屋を一気に好きになるアリィだった。

 

「……でさ、どしたの二人とも」

 

 扉の直ぐ前に置かれたベッドに飛び乗って、残りのベッド二つを見れば、そこに横たわっているのは悪戯同盟を組んだ魂の同志達。

 掃除疲れ、という訳でない事はガクガクと身体中が痙攣している姿から想像出来る。はっきり言ってどこをどう掃除したのか分からないほど散らかって見える部屋の中で、双子は力無く横たわっていた。

 

「な……なんか知らねえけど急に身体が……」

「ち、力が抜ける……」

 

 先程までの元気溢れる姿は皆無。二徹という経緯からすれば当然の結末も些か不可解。はっきりと異常と見て取れる現状にも、我らが天災には思い当たる節があるらしい。豆電球を頭上に浮かべながらポンッと両手を打ちつけた 。

 

「あ、そっか。二人は爺ちゃんの栄養ドリンク飲むの初めてだっけ。まだ免疫無いもんね」

「「免疫無きゃヤバイ代物だったのか!?」」

 

 思わず叫び、そして今度こそ力尽きる双子。白目を剥きながら泡をぶくぶく吐いている姿をモリーが見たら卒倒するだろう。しかしアリィは心配する姿も皆無で、それ所か一安心と言いたげにコクコク頷いた。

 

「これで抗体出来るから大丈夫。次はもう副作用無しで二・三日動けるよ」

 

 強力な薬には副作用が付き物。けれども一時間ほど悶絶するだけで今後はノーリスクで二・三日動けるようになるのだから、長い目で見ればプラスの筈だ。

 発明家にとってこれほど夢の栄養ドリンクは無いだろう。効果が切れる頃に飲用し続ければ一週間は不眠不休を約束されるのだから。

 四本以上からは流石に曽祖父からもドクターストップが掛かったので試した事はないのだが。

 

「さーってと、挨拶挨拶」

 

 ベッド脇にトランクを置き、バックの中のお土産を確認してから部屋を飛び出すアリィ。双子から斜め前の部屋でなく一度三階に上がってウィーズリー家の三男、パーシーへの挨拶を優先したのは、おそらく最後に訪れる部屋に長く居座ると予測したからだった。

 

「突撃、隣の妹さん!」

 

 パーシーの部屋に突撃してお土産を渡してから、他の兄弟と同じように『ジネブラの部屋』と看板の掛かった扉を一気に開ける。ノックをしてから返答まで五秒。どうぞの『ど』が聞こえた瞬間に扉を開けたアリィ。何気に生涯初めての女子部屋訪問である。

 

「おっじゃまっしまーす!」

 

 その部屋はロンの部屋同様に狭いが、それでも部屋色は彼女の髪色に似て明るかった。

 魔法界の有名バンドと女性だけのクィディッチ・チームのポスターが壁に貼られ、日当たりの良い窓からは暖かい陽射しが差し込んでいる。本棚には中古の本が何冊か、おそらく童謡や小説の類が並べられ、その比率が恋愛関連に偏っているのは女の子だからか。中には『近代魔法界の歴史』といったハリーの事が載っている本も幾つか見られる。

 こちらは双子の部屋とは違いフローラルな花の香りが仄かに漂っていた。

 

「久しぶりジニー」

「……ア……アリィ……だったかしら? その、あたしの部屋に何の用……」

 

 ジニーは突然の訪問に目をパチくりさせている。

 クマのぬいぐるみが飾られたベッドの上で枕を抱き、口許を埋めながら見詰めてくる。その姿からは初めて家族以外の男子に部屋を見られた羞恥と、一度会っただけの男子に対する緊張が手に取るように分かった。

 中には出会って直ぐ意気投合する稀有なパターンがあるものの、それは相手が異性だと一気に難易度が上がるのが世の常だ。それが年頃の女の子なら更に複雑。

 しかし、

 

「お近づきの印にハリーのアルバム持ってきました。ちなみにブロマイドも」

「今紅茶を淹れてくるわ!」

「菓子は俺が準備するから」

 

 しかし、天災の手に掛かれば仲良くなるのに十秒も掛からない。相手のツボを突くのに定評のあるアリィだ。

 飛ぶように飛び出したジニーの反応に満足げな笑顔を浮かべ、部屋の中央に腰を下ろしたアリィはショルダーバッグの中からスコーンとジャムを取り出す。幸い下ではモリーが紅茶を淹れていたのでジニーは直ぐに戻って来た。

 こうしてハリーの知らない中、赤裸々写真鑑賞会が開幕する。しばらくはページを捲る音と、アリィの解説が部屋に満ちた。

 

「これが俺ん家の庭で犬と遊んでる時。そんでこっちが戦争ごっこで俺から逃げ回ってる時の写真で、これが爺ちゃん発明の『からくり兵士・コペルニクスくん』に俺と一緒に立ち向かっている写真。こっちが――」

「うわぁ――わぁっ!」

 

 分厚いアルバム一杯に収められた写真を見る度にジニーが歓声を上げる。

 アリィの曽祖父であるデイモン・グリフィンドールはお向かいのハリーを孫同然に扱っていたので多くの写真が残されていた。

 アリィと、そしてダドリーと並んでいる集合写真からクリスマスケーキの蝋燭を吹き消す姿まで様々だ。

 

 アリィと並んで昼寝をしている二歳の昼時。

 玩具の犬に追い回されている三歳の逃走劇。

 博物館に展示されている戦車へ乗り込む寸前のアリィを羽交い絞めにしている六歳の苦労。

 迷彩服とゴーグルを身に付け玩具のハンドガンで立ち向かい、ガトリング砲の集中砲火で不条理を嘆く八歳の撤退。

 コペルニクスくんにアリィ諸共サバ折りを決められている九歳の玉砕。

 爆炎を背景に車椅子の残骸と一緒に宙へ投げ出さられる十歳の悲劇。

 様々な思い出が保存されている。

 涙無くしては語れず、これをハーマイオニー達が見たら号泣して優しくなること請け合いの写真の数々だが、恋というフィルターの掛かった少女にとっては関係無いらしい。

 泣いている姿も逃げている姿も驚いている姿も、全てが可愛く愛しい姿。たっぷり一時間掛けてアルバムを楽しんだ彼女の頬は紅潮し、ちょこんと女の子座りをしながら『堪能した』と言う風に瞳を閉じ、ジニーは余韻に浸る。

 アリィはその姿を微笑ましく見ながらノスタルジックな気持ちになった。

 

「満足?」

「大満足」

 

 そしてアルバムで想い人の過去を知った彼女に生じるのは、もっとハリーの事を知りたいという欲求。それも彼女にとっては死活問題となる重要事項についてだ。

 

「あの、アリィ……その、訊きたい事があるの……」

「オーケー」

 

 彼女の顔は夕日の様に赤い。朱過ぎて体温計が壊れそうなほど紅い。ハリーの事になると重度な恥かしがり屋になる彼女は、意を決して質問を述べる。

 

「ハ、ハリーって、す、好きな……好きな子って……いるの?」

「いないんじゃない?」

 

 あっさりとした返答に一瞬呆けるも、その意味が浸透する頃には顔に希望が満ち溢れる。ハリーが好意を持つ異性はいない。その事に安堵するジニー。

 なら逆はと首を傾げる寸前でアリィが先手を打った。

 

「あ、でもハーさんが怪しいかも」

「……え?」

 

 少なくともハーマイオニーはバレンタインでチョコをハリーに渡していたし、仲が一番良い女子はとハリーに訊ねたら確定で彼女の名前が挙がるだろう。

 それに一番仲の良い女子がハーマイオニーであるのは生徒職員の共通認識だ。友愛が恋愛に変わっても不思議じゃない。

 アリィ個人としては恋愛ほど摩訶不思議で難しいモノは無いと思っているので考察は難しいものの、何だかありえる未来な気がしてくる。

 

「男女混合の友達グループって珍しくない? ジニー的にはどうよ、逆で考えてみて、女子二・三人グループの中に男子が一人混じるって想像した場合」

「う、うん。……そう言われると珍しいかも」

 

 自分の立場に当て嵌めて考えてみると少し恥かしい気がするので、特に反対も無くジニーは同意する。

 アリィはマグルの学生時代、色々なグループを渡り歩いていたので無縁だったが、十歳前後の男女は異性を拒んで行動し始めるという話を思い出した。

 ハリー達は男女混合のグループ。

 仲良し三人組と皆から認知されているため彼等の恋路を邪推する者は学生に多かった。思春期の少年少女が多いだけに。

 

「それにハリーって禁句さん撃破の功績があるから結構人気だよ、たぶん」

「……そう……うん、そうよね……それに比べてあたしなんて……」

 

 彼の英雄譚を聞いた自分がそうなのだから、他にもハリーを狙っている人がいて当然だと思い知り、絶望するジニー。

 この好きな人の前では臆病になる性格も、家柄も、全てがマイナス方面に悪い方へと考えてしまう。

 ジニーは自分に自信が無く、更には家庭環境が彼女のコンプレックスを増長する。

 魔法族の教育機関は十一歳からが基本であり、家同士での深い付き合いが無ければ友達など作れない。殆どの子供が学校に通うまで家庭で教養知識を学ぶのが普通なのだ。

 ジニーは兄弟達を除けば本と箒を友達に過ごしてきた。童謡や英雄譚に胸を躍らせ、兄達の目を盗んで箒で空を駆る。

 そんな生活を続けてきたジニーは知らなかった。自分の容姿が整い、将来が楽しみな美少女である事に。比べる人がいなかったため自分の容姿が優れている事も知らないから、彼女は今こんなにも落ち込んでいるのだ。

 更にはハリーがお金持ちで金銭への執着心が薄く、貧乏具合がマイナスイメージに繋がらない事も予測出来ない。

 ジニーの背負うハンデなど無いも同然。長い髪を幽鬼の様に揺らめかせ俯いているジニーに、神の言葉が下るのは涙が零れる三秒前だった。

 

「――ジニー、日本のとある名監督は言いました。『諦めたら、そこで試合終了ですよ』って」

 

 人差し指で天を指し、胸を張ってしたり顔をする幼子の言葉は衝撃的で。直ぐにジニーの身体へ電流が奔る。

 天啓にも似た言葉に刺激を受けた彼女は尊敬の眼差しでアリィを見詰める。盲点だったと全身で驚愕していた。

 

「あと当たって砕けろって格言もあるし」

「上げて落とすのはやめてっ!?」

 

 そして涙目で抗議する。

 アリィはキャーキャー喚いて乱心するジニーを宥めてから、再び慰め&焚きつける。

 

「今から諦めるのはまだ早いって。パンジー……あ、友達ね、も言ってた。『恋する乙女に後退の二文字は無い。諦めたら、それは人生の敗北者に他ならない』って」

 

 脳裏に浮かぶのは恋愛を生存理由にしていた友人の姿だった。

 恋に盲目になっても本能で最善を尽くそうとする少女。壁があっても直進行動でぶっ壊す少女を参考にするのはどうかと思うが、身近な恋愛少女がパンジーしかいないのだから仕方が無い。

 研究人として自分の目と経験を重んじるだけに、アリィは漫画や小説よりも身近な例を参考にした。

 

「ジニーには兄貴がハリーの親友で、数日間同じ屋根の下ってアドバンテージがあるんだから頑張れば良いよ。協力は惜しまないから頑張ろう!」

 

 

 ――恋愛。

 

 

 それは人間を一つも二つも成長させ、大人にする。

 お世辞にも異性交友範囲が広いとは言えないハリーのため今日もアリィは一肌脱ぐ。

 それも全てはハーマイオニー以外の親しい女友達を作らせ交友範囲を広めるため。そして同志の妹の恋路を応援するため。親友の送ってきた灰色の人生を薔薇色に変えるためにアリィは今日も策を巡らせる。

 それが苦労人の親友にとって喜ばしい結果になるのか、それとも面倒な結果になるのか。それは神のみが知ることであるが、とにかくハリーが事実を知れば『余計なお世話だ!』と憤慨すること請け合いだ。

 

「じゃあ、その、何かあったら相談に乗ってくれる?」

「どんと来い!」

 

 恐る恐る訊ねるジニーに力強く自身の胸を叩くアリィ。

 その見た目とは裏腹に男気溢れる姿は頼り甲斐のある男っぽさを醸し出す。家族には恥かしくて相談出来ず、友達はいないので相談する相手のいない彼女が、初めての友人を頼るのは必然だった。

 兄達は面白がるだけで真面目に考えてくれないだろう。物語の恋愛事情しか知らないジニーにとって、頼れるのは想い人の親友であるアリィだけなのだ。

 今、この時、アリィはジニーにとっての初代相談相手に認定された 。

 

「さてと、じゃあまずはパンジー奮闘記でも語ってみましょうか。参考になるかもよ」

「お願い! あたしも師匠――心のが頭に付く――の話を聞きたいわ!」

 

 具体例を出した恋愛相談話は更に会話を弾ませ、彼女が本来の陽気さを見せて饒舌になるのに、そう時間は掛からなかった。

 恋愛経験の無いアリィに相談する時点で人選ミスも甚だしいが他にいないんだからしょうがない。

 会った事も無い人物を師匠と崇めて尊敬する所に双子との血の繋がりを感じさせるが、少女はパンジーの実話を聞いて試してみようと決意する。

 

 

 

 《あ、あああああのね……ハ、ハハ、ハリー……》

 《うん、どうしたのジニー、そんな両腕を広げて……って、ジニー!? ロン、ローン! 早く来て、ジニーが倒れたー!?》

 

 

 

 ――決意するが、そう簡単に恥かしがり屋が直れば苦労しない。

 結局ハリーの滞在中に面と向って話を出来たのは片手で数えられる程度で、真正面からハグしようものならコンマ数秒レベルで自滅してしまう。

 

 まだジニーにはパンジーの領域に至るまでレベルが足りなかったのだ。

 

 

 

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