二、三、四話の同時更新です。
お気に入りから飛んできた方はご注意ください。
二人が隠れ穴を訪れて一週間以上が経過した。
隠れ穴での生活は想像以上に楽しく、またウィーズリー夫妻は二人を息子同然に扱ってくれたので大変居心地の良いものだった。
二人には祖父及び同然な人は居ても両親はいない。ちょっと世話焼きで小うるさいが心温まるぬくもりを与えてくれる母親モリーに、歳の離れた友人みたいに接しやすく、そしてやる時はやる頼り甲斐のある父親アーサー。
両親が健在ならこんな風なのかと内心嬉しかった二人は去年よりも格段に楽しい夏休みを満喫した。
特に常にハイテンションで遊んでいたのはアリィだ。
朝は早くに起きてモリーの家事を手伝う事から始まり、夜までひたすら実験と製作、そして皆と遊ぶのを繰り返す。
ハリー達に双子座(ジェミニ)の試運転をしてもらい、速度や制動力のデータを集め、夜にひたすら整理し続ける。かなり密度の濃い日々を送っていた。
他にはアーサーと一緒に改造車を整備し、庭小人対策に案山子を製造。時には助けて助けられ、双子と一緒に複数の魔法具を生み出した。また天井裏のグールお化けと仲良くなったり。身元引受人から手紙が着たり。アーサーの修復魔法で修復されたカードでプチバトルシティを開いたり。そしてト○キチ・チ○ペイ・カ○タ達との涙の別れがあったり。
誰がどう見ても充実した毎日だった。
そしてこの一週間を満喫していたのは子供達だけではない。アリィを除けば知的好奇心を最も満たす事に成功したのは、何と言ってもこの男だろう。
「それではアリィ、ゴムのアヒルとはどんな機能を持っているのかね?」
出勤前の朝食と一仕事終えた後の夕食時は、アーサーにとって一番楽しい一時だった。
アーサーは出来る限りアリィを隣に座らせてマグルについて質問し、答えが返ってくる度に子供の様に喜んでいる。昨日の夜は電気のプラグについてで、今朝の話題は風呂に浮かべるゴムのアヒルについてだ。
トーストを齧っているアーサーは、スクランブルエッグを飲み込んだアリィにキラキラした視線を向けている。
「おっちゃん、ゴムのアヒルは一見すると風呂場で浮かべて遊ぶ玩具に見えるけど――その正体はある村の村長なんだ」
「はい、そこ、嘘は教えない」
そしてアリィの隣で補足説明をするのがハリーの役目。幼馴染の天災を野放しにすると間違った知識が広まりかねないのでハリーとしても気が気で無かった。
そんな芸人顔負けの綺麗なツッコミを入れるハリーの横にはロンが陣取り、その隣にはジニー。アーサーは俗に言う上座席なので、アリィ達四人の対面にはモリーと双子、そしてまだ起床していないパーシーが座る。これがウィーズリー家の通常になりつつあった。
余談だが、ジニーがハリーと同じ列の一番端に陣取るのは、彼の顔が見える位置に座ると食事が全く進まないからである。
閑話休題。
「嘘じゃないって! ちゃんとテレビで見たんだから!」
「番組を参考にしたらダメだよ!?」
日本の娯楽文化以外に疎いハリーでもそのぐらいは推測出来る。
東洋の島国はマグル世界の中でも他に類を見ない我が道を往くスタイルを確立しているが、流石にそこまで奇奇怪怪な国では無い筈だ。誤った認識をされるのは可哀想。漫画やゲームの恩恵を受ける者として、日本に対して思わずフォローしてしまう程の愛着心を持つハリーだった。
しかしハリーの奮闘は空しく徒労に終わる運命らしい。
「素晴らしい! いや、我々では決して思い付かないぞこれは。どこの世界に玩具をトップに置こうとする人間がいるというのだ。全く持ってマグルの発想力には驚かされる。正に独創的だ。だから車や飛行機といった発明が生まれるのだろう」
「もっとマグルの発想を取り入れたら魔法族の生活水準も上がると思うんだけどなぁ。伝統を重んじるのは大切だけど何事も程ほどにしないと」
「うむ、正しくその通りだ。例えば話電を普及させる事が出来れば手紙よりもっと速く情報伝達が可能になるのだが……」
「おっちゃん、話電じゃなくて電話」
「おお、そうだったそうだった」
アハハハとコミカルな笑い声に比例してドッと疲れる素振りを見せるハリーだが、もはや馴染みな光景の一つなので特に指摘する者はいなかった。
客人一人を犠牲にして朝食は進む。そして朝食を作り終えてモリーも席に着いた時だった。茶色のフクロウが疲労困憊でダイニングに飛び込んで来たのは。
ヨボヨボで今にもポックリ逝ってしまいそうなフクロウの名はエロール。ウィーズリー家のペットである老フクロウだ。
「さあ皆、ホグワーツからの手紙よ。ハリーとアリィの分もあるわ」
「ダンブルドアは二人がいる事をお見通しらしい。おお、しかもアリィ宛の手紙もあるみたいだ」
アリィ宛の手紙はダンブルドアとハグリットからだった。ちなみに手紙の束を運んできたエロールは食器をひっくり返しながらテーブルへダイブした後、弱々しく鳴きながらモリーによって鳥小屋へ運ばれる。
その数分後にモリーが戻って来る間、子供達はホグワーツからの新学期便りを熟読していた。
新しく付け足された校則を覚えて買い足す教科書を確認し、一頻り読み終えて難しい顔をする面々の中、まだ手紙に目を通している少女へ話しかける者がいた。
「良かったねジニー」
「ひぐっ!? ……ハ、ハリー、その……何が?」
突然話しかけられたジニーはオートミールの皿をひっくり返し、その整った顔を夕日の如く染め上げる。
当初はハリーと顔を合わす度に物を落とし、壊して、ひっくり返していたジニーも、この数日間の血の滲むような努力でなんとかマシになってきた。
だが、やはりまだまだアドリブに弱い。
混乱する脳に拍車も掛かり、今年からホグワーツに入学する少女は何が良いのかサッパリである。
「去年言っていたよね? 『あたしも行きたい』って」
「お……覚えていたんだ……」
彼女が去年プラットホームで駄々を捏ねた事をハリーは覚えている。
子供っぽい所を覚えられていた事が恥かしく、そんな前から記憶に留められていたのが嬉しい。嬉し恥かしいと顔を蕩けさせている少女に若干引いてしまうのは、未だに恋を知らない少年なら仕方の無いことだった。
正直見なかった事にしたハリーは隣に視線を落とす。
ハグリットからのポチ太郎知らせを読んでほっこりし、今はダンブルドアの手紙を真剣に読んでいるアリィへと。
「どう?」
「教えてくれてサンキュー。こっちでも調べる。ホグワーツで会うのを楽しみにしている。要約するとこんな感じ。あ、あとポチ太郎は元気だって」
隠れ穴に到着して直ぐに出した手紙でドビーの警告は通達済み。その返事から問題無く通って良いとお墨付きを貰えた。
その事に二人が安堵する最中にパーシーが降りて来て朝食に混じる。彼は渋い顔をしている母親から手紙を受け取り、パンにバターを塗って頬張った。直後、六学年の教科書リストを見て瞠目する。
「……なんだコレは、ギルデロイ・ロックハートの本しか無いじゃないか」
「パーシーも同じか……今度の闇の魔術に対する防衛術の先生は魔女だな。しかもミーハー」
「一教科だけでギルデロイ・ロックハートの本七冊とか、どんだけだよ」
パーシーのぼやきに双子が反応。面白くないと彼等の目が言っていた。
ギルデロイ・ロックハート。その名は魔法界で知らぬ者はいない程の売れっ子有名人だ。
波打つ金髪に綺麗な碧眼、世の女性を魅了する爽やかな笑顔は、『週間魔女』のチャーミング・スマイル賞を獲得している事からもイケメン具合が良く分かる。
しかも彼は勲三等マーリン勲章に闇の魔術に対する防衛術連盟名誉会員の地位を受けた実力者でもあった。
地位にはそれに見合う世間への貢献度が要求される。そんな彼が執筆した冒険譚はとんでもなく高い。だからお世辞にも裕福と言えないウィーズリー夫妻は金銭的な理由から青褪めているのだ。
その空気を敏感に察したハリーはわざと明るく振舞って残りの手紙二枚を手に取った。
「ああ、ハーマイオニーからだ……あとロン、君のお兄さんから」
「やっときたか!」
ルーマニアでドラゴン関連の仕事をしているチャーリーの手紙をロンが読む間、ハリーはハーマイオニーの手紙を開封した。
まだ一ヶ月しか経っていないのにハーマイオニーの字に懐かしさを感じつつ、即座に内容を頭に叩き込む。
自分が無事だと信じているという部分に彼女の優しさを感じ、そして水曜にダイアゴン横丁で会いたいという申しれを嬉しく思う。ハリーは横にいるアリィと一緒に残りの文章も読み――そして目に見えて落ち込む天災に同情の視線を向けた。
「チャーリーは遊びに来るなら今週中に返事が欲しいそうだ」
そんなアリィの絶望に気付かないロンは、兄からの手紙を読み終えて初めて顔を上げた。
「どうする? 行くのはアリィとハリー、それにハーマイオニーと僕の四人だけで……ハリー、アリィはどうしたの?」
何やらアリィの様子がおかしい。この世の絶望を一身に受けたような顔をしてテーブルに突っ伏している。いつもの陽気さは見る影も無い。
死人と化したアリィを心配する視線が集中する。そんな話せる状態に無い親友の代弁としてハリーが立った。
「ハーマイオニーがルーマニアに行けなくなったんだ」
手紙の最後に書いてあったのは謝罪文だった。ダイアゴン横丁で買い物する以降、急な用事で時間を取れなくなった彼女はルーマニアに行く時間を捻出出来なかった。
天災のストッパーが同行出来ないのはドラゴン見学計画に支障が出る程の緊急事態だ。
自分達だけで天災に同行するなど御免蒙ると、二人は困ったようにこめかみを揉む。専門家がいるとはいえドラゴン相手では不測の事態に対処出来るか心配だった。彼女の存在はとてつもなく大きい。
「アリィ、どうする?」
「………………………行くの、やめる」
不承不承。
今にも涙が零れそうな顔をするアリィは、我慢に我慢を重ねて苦渋に満ちた声を絞り出す。
「…………ハーさんも見たいだろうし…………仲間外れはダメだし…………」
「大人になったねアリィ」
子供の成長を喜ぶ親の視線になったハリーにこくりと頷くアリィ。
ドラゴンに出会うのは去年からの悲願。今までに出会うチャンスを二度逃し、実は最初などイケメンのハッフルパフ生を巻き込んでグリンゴッツに侵入なんて無謀な事もやっ てのけ、それでも直に見る事は無かった。
ドラゴンは見たい。触りたい。青天井に想いは積もる。
それでもアリィは友人抜きで見学に行こうとは思わなかった。
「ごめん、ロン。そういう訳だから今回は……」
「なーに、気にするなよ。しょうがないさ。また来年行けば良いんだ」
研究所は逃げないよとロンは笑った。
「ハーマイオニーからはそれだけ?」
「いや、あと来週の水曜にダイアゴン横丁に行くから、その時に会えないかって」
「まあ、それは良い機会だわ。ねえ、アーサー?」
グレンジャー家と買い物するのに不満は無い。
息子と仲の良い女子という事で夫人は興味津々だったし、更にアーサーはマグルのご両親に会えると喜んでいるのだから。
「よし、それじゃあ我々もその日に買い物へ行こう」
水曜日は休暇を取るとアーサーが宣言した所で朝食はお開きになった。
アーサーは魔法省へ出勤し、子供達は各々が休暇を謳歌する。パーシーやジニーと混じって自室に戻った双子とアリィは、満腹になったお腹を擦りつつそれぞれのベッドに腰を下ろす。
双子は隣の小さなテーブルから、アリィは自身のトランクから、とても分厚い紙束を取り出した。
示し合わせたかのようなシンクロ具合だ。
「そういやアリィ、双子座の準備はどうだ?」
「大まかな調整は終わってるから、後はデータをまとめるだけ」
「なら大分時間はあるな」
発明品のデータを見比べながら今後の計画を立てる三人は、それはもう愉しそうに笑い合う。
発明品を初めて売り込むアリィは勿論のこと、双子座の調整にも手伝った双子は自分の事のように楽しんでいた。云わば趣味の段階から漸く念願の発明家を名乗れるレベルに到達するのだから。
メインはアリィ。自分達は付属品。双子は例え箒が売れても分け前を貰おうとは思っていない。それほど貢献していないと考えているが、それでも興奮が醒める事は無かった。
「でもよ、いきなり行って相手にされるのか?」
フレッドの懸念も尤もで、盲点だったとジョージも唸る。
いきなり商品を売り込みに言っても相手にされないのは目に見えている。今からアポを取るにしても来週の水曜に間に合うか心配だった。
不安顔を見せる双子。対するアリィは不敵に笑っていた。
「ふっふっふ、そこら辺に抜かりは無い」
手元に引き寄せたショルダーバックの中から取り出したのは一通の手紙。一見ただの手紙に見える先便が万金に化ける黄金手形とは誰も思うまい。
それは三日前にミミズクが持ち込んだ手紙だった。
「ちゃんと紹介状貰っといた。これを『高級クィディッチ用具店』の店員に見せれば話を聞いてくれるって。足掛かりは完璧」
「例の身元引受人か」
「話には聞いてたけど人脈すげぇな」
謎に満ちたアリィの身元引受人。その正体が明るみになるのは来年だ。
双子座のデータに不備が無い事を確かめた三人は紙束を仕舞い、双子は作業台の方へと歩み寄る。
「今日は二人とも『モノマネ本』の製作?」
「ああ。しっかし同位木(セムラック)の代金も馬鹿にならねえな。なんとかして低コストにしないと破産だぞこりゃ」
同位木とはフィンランドに群生する樹木の一種で、その特性はアカシアに似ていた。
サバンナなどでキリンに食されているアカシアは、捕食者に葉を食べられそうになるとタンニンと呼ばれる毒を分泌する事で知られている。
そして同時に気体ホルモンを産出する事で周囲の仲間に危険信号を送る性質も持っていた。そうすることで周囲のアカシアも毒を分泌するのだ。
同位木も同じで人間が近付くとボロボロの枯れ木に変化して価値の無い木に見せかけ、そして近くの仲間に魔力を発して枯れ木に擬態させる習性を持つ。触感も枯れ木と同じで伐採後は変化したまま生涯を閉じるので、同位木を伐採する時は透明マントや透明魔法の使用が必須。
手間とお金が掛かるので同位木は高級木材なのだ。
アリィの助言を得て購入した材料だが、貧乏人は些かキツイ材料である。
「で、アリィの生育促進剤はどーなんだ?」
「もう完成したよ。二人の教えてくれた『肥大豆』のお陰で」
肥大豆とはその名の通りとても巨大で丸々と太った豆だ。
僅か一日でカボチャサイズまで肥大化する豆の抽出液が決め手となって、アリィ自作の生育促進剤が完成した。
既にモリーとはコンタクトを取り、彼女が育てている自家製ハーブの一部で試す段取りは付けている。近い内に百倍希釈した促進剤から試してみようと思いつつ、ジーンズのベルトに工具入れを取り付け、ショルダーバックをタスキ掛けにして準備完了。まるで遠足に行く子供のような笑顔を披露した。
「ちょっくらハリーの所に行ってくる」
「例の人形、ハリーで試すのか?」
「まーね。双子座の調子も訊きたいし」
新学期が始まって直ぐに使うため、そして最近出来た目的のために製作した人形を試すため、天災発明家のアリィは終始頭を働かせる。
二人が箒で遊んでいる丘上の牧場は周囲を木立に囲まれているため下の村からは見えないようになっており、最近の二人はその秘密の場所で箒に乗るのがマイブーム。二人の下まで向うのに五分と掛からなかった。
「ハリー、ロンっ!」
緩やかな傾斜になっている小さな丘。麓の村まで流れている小川のせせらぎに耳を傾けながら、アリィは頭上を飛び回っている二人に呼びかけた。
長くて見事な流線型の箒に跨って空を駆るのがロンで、直立のまま軽快に空を舞うのがハリー。
ロンはハリーのニンバス2000を借り、ハリーは双子座に乗って空を満喫していた。
「アリィもやろうよ! 三人で鬼ごっこだ」
「ちょっと待って。実はハリーにお願いがあって来たんだ」
地上へ降りて早々に提案したロンに軽く謝罪し、その後に隣の少年に目を向ける。警戒色丸出し。苦虫を何十匹も噛み砕いたような渋面を作るハリーは、「うへぁっ」とよく分からない奇声で呻く。
「…………………………何かな」
お願いされて良い思い出の無いハリーが警戒するのは当然だ。そして今回も例に漏れずトンデモ内容だったりする。
「髪の毛頂戴。全部」
笑顔と内容のギャップが凄い。一・二本ならまだしも全部というのが予想の斜め上。言われた本人は内容を理解するのにかなり時間を要し、第三者視点から物を言えるロンは『今日も始まった……』と頭を振った。
「えっと……ごめん、よく意味が分からない」
いつも見る太陽の笑みに恐怖を感じるハリーは思わず一歩後退。間を置かず距離を詰めるアリィが怖かった。
軽くホラーめいたものを感じる得体の知れない笑みだ。
「新しい発明品用の薬にハリーの髪が必要なんだ。大丈夫、育毛剤は準備した。ちょー強力なやつ」
「それはちゃんと効果が期待出来るの?」
「勿論! ちょっと洒落にならないぐらいしばらく伸び続けるけど」
「却下!」
ハリーは断わるのに一切躊躇いが無い。ある筈が無い。ハリーは決めていたのだ。この夏から僕は変わると。
「僕決めたんだ。きちんとノーと言える男になるって」
ハリーの決意は固い。
そんなハリーにアリィが見せるのは――失望だ。
「俺、ハリーはもっと器の大きい男だと思ってたのに……」
「僕並みに器の大きい人なんて早々いないよッ!?」
「自ら言い切った!?」
時折混ざるロンのツッコミを清涼剤に二人の言い合いは苛烈さを増す。
アリィは土下座してまでお願いし、断固として譲らないハリーは諦めろと突き放す。何よりハリーは育毛剤よりも髪の切断方法が気になった。危険な匂いが否応無しに漂ってくるからだ。
散髪方法に剪定バサミぐらいならまだしもチェンソーを出しかねないのが天災だった。
「安心してよハリー。ほら、ちゃんとハサミは二つ用意したから。ロンも手伝ってくれるって」
「「地道過ぎるっ!?」」
普通のハサミというのもそれはそれで問題だった。このアナログ具合は確かに安心出来るが効率面で言えば苦戦を逃れないのだから。
成長と切断のイタチごっこが如実に想像出来る。その地道で面倒な作業具合からハリーだけでなくロンまで難色を示すが、その気持ちが反転するのは思いの外はやい。
「頼むよハリー。どうしてもハリーの髪が必要なんだ。今回は俺のためじゃない、ジニーのためでもあるんだよ」
「ちょっと待ってよアリィ、ジニーとその発明品にどんな関係があるんだ!?」
妹が関係するとなっては隠れシスコンも黙っていない。
無自覚なシスコン兄貴は土下座していたアリィを立たせて詰め寄った。ジニーのためという言葉にはハリーも目を丸くしている。
胸元を掴まれた挙句ガクガクと頭を前後にシェイクされるアリィは、それでも説明を止めなかった。
「ハリーはアレで良いん? ジニーと全然話せてないでしょ」
「う……っ!?」
「確かに」
真正面から問題を突きつけられたハリーは再度一歩後退し、両手を放したロンが何度も頷く。
ハリーとしても親友の妹とは仲良くなりたいと考えているが結果は今朝の通り。最初よりだいぶマシになったとはいえ関係は良好と言い辛い。スムーズに会話が出来た事など皆無。
普通に友達感覚で付き合えるのなら、それはきっと素晴らしい事だ。
けほけほっと咽るアリィは何やら葛藤しているハリーを見た。
「この発明品が完成すればジニーもハリーに慣れるはずだ、きっと」
「……その発明品に危険は?」
「無い。それは双子も証明してくれるから大丈夫」
双子の太鼓判で安心出来るのかと訊ねられれば首を傾げざるをえないが、少なくともアリィだけの太鼓判よりは納得出来る。それに双子だって自分達だけが被害に遭うならまだしも妹を危険に遭わす発明はしないだろう。流石にそのぐらいの信頼はあった。
そしてハリーもジニーと仲良くなりたかったから、
「――分かった。協力するよ」
ついにハリーは承諾する。虎穴に入らずんば虎子を得ずの言葉通り、自ら危険に飛び込む決意をしたのだ。
こんな所で獅子寮の勇猛果敢ぶりを見せる幼馴染にアリィは満面の笑みを浮かべ、ジニーのために我が身を捧げた親友にロンは目元の涙を拭う。天災はショルダーバックの中から小さいコルク瓶を取り出して、それをハリーに手渡した。
「「いっき、いっき!」」
二口で飲み干してしまいそうな青色の液体が入った小瓶を見詰めるハリー。変哲の無いハサミを構えながら捲くし立てられ、覚悟を決めた彼は一息に育毛剤を呷った。
喉越し爽やかなソーダ味が胃に沁みる。美味しかった事が少し意外で、そしてほんのちょっぴり悔しがっているハリーに異変が直ぐに訪れた。
身体が段々と熱を帯びる。マグマのように熱くなる。そう、具体的には頭部に異常なほど熱が篭り始めたのだ。
「うわっ!?」
ハリーの視界が暗転――いや、ザーッと蠢く物が下に向って進んでいる。
それが急激に伸びた自身の前髪の所為だと気付いた時には、彼の黒髪が一メートルは伸びていた。
「アリィ! ちょっと勢いがあり過ぎじゃないか!?」
そうロンが叫ぶ間にも髪は三メートルの大台を突破している。ロンはハリーの片側に立って髪を切るも、一房の根元を切って次の房に移る頃には、先ほど切った箇所は一メートルも伸びていた。育毛剤の効果で毛根も固く、髪質も強くなっているので非常に切りにくいのだ。
そんな髪の成長スピードは、はっきり言えば異常。創造主自身がその成長ぶりに舌を巻いている。ついには重みに耐えきれず双子座を下敷きに両手両膝を着くハリー。その横で髪に埋もれながら一心不乱に髪を切り続けるロン。
その様を見てアリィは、
「あちゃー」
「「一言で済ますなッ!?」」
――この夏一番のツッコミが木霊した。
「エロイ奴は髪が伸びるのが早いって聞くけど、もしかしてそれの所為? 双子や俺で試した時も効果にバラつきがあったなぁ、そういえば」
「不名誉な考察はやめてよ!?」
「アリィ、速く手を動かしてくれ!? 僕だけじゃ散髪に追い付かない!」
もはや髪そのものと呼べる黒い塊の中から悲痛な叫びが。四肢に黒髪が絡まって身動きを封じられているロンの懇願が耳を打つ。
うねうね、うねうね、もう一つオマケにうねうね。髪の大河に飲まれる三人。
半径十数メートルに亘り放射線状に黒髪が展開される様は、頭上から見れば大地が侵食されているように見えるだろう。
「アリィ! なんとかしてくれ!」
「んな事言ったって流石にコレは無理があると思うよロン……そうだ! ハリー、川にダイブ! 水の中なら――」
「――水の抵抗で勢いが弱まるかも!」
僅かな可能性に気付いた後の行動は迅速。ハリーは下敷きにしていた双子座を抱いて空を飛ぶ。連動して髪に絡まっている二人も宙に浮き、毛根が強いので重さに耐えかねてぶちぶちと千切れる事は無いが、それでも引っ張られる痛みに耐えながら、高く、高く、ハリーは飛んだ。
目指すは側を流れる小川。水深が一メートルほどの綺麗な川になるべく髪先を浸かるように、ほぼ真上から逆さまの状態で垂直に降下した。
結果、二十メートル近い髪の九割を川に浸ける事に成功する。
(がふっ!?は、鼻に水が……っ!)
(おっしゃ、作戦どーり!)
夏場に意図せぬ行水を果たしたロンとアリィは水中に黒髪が広がるのを尻目に両手を動かして髪を一気に手繰り寄せる。
髪を切る前に黒髪全てを引き摺りこむ頃には、髪は三十メートルほどまで伸びていた。幸いだったのは、三十メートルで成長が打ち止めになっていることだろう。
「ぶはっ、はふっ――よし、アリィの予想通りだ!」
成長は止められないが水の浮力で拘束から解放されたのがありがたい。水面に顔を出したロンは貪る様に空気を掻き込む。全身ずぶ濡れで周囲を見渡せば、アリィは自分と同じような感じで水面に顔を出し、ハリーは川岸に上がって髪だけを川に浸している所だった。その手には防水加工済みの双子座が握られている。
「待ってロン。このまま切ると川がハリーの髪の毛だらけになっちゃう」
そうなったら地元新聞の三面記事に掲載されかねないとアリィは慌てる。
『奇怪! 三十メートル級の人毛か!?』
巨人の散髪でもありえないレベルだ。
これ以上魔法が露呈する危険を犯すと怖い母親の制裁が下るロンは顔を青褪めながらカクカク頷いた。
「どうせなら伸びきってから一気に切ろう。縛るの手伝って」
「確かに、そっちの方が良いかも。ハリー、もうしばらくの辛抱だ」
小川は現在カエルの卵を散乱したような状態になっている。
一度川岸に上がって地面に放っておいたショルダーバッグの中からウェクロマンチュラのロープを取り出し、再度川に入りながら適当な部分で縛り、一纏めにしていくアリィとロン。
「……つ、疲れた」
赤ちゃんが洗髪するように仰向けになり、顔に水が掛からないよう髪を川に浸すハリーは、逆転する視界の中で疲労困憊な吐息を零す。幼馴染の発明品に関わるとロクな事がない。最早世界の法則になりつつある奇天烈具合を再認識しながら、彼は二人の作業を死んだ目で見続けていた。
◇
太陽がもう直ぐ真上へ昇る頃。牧場の片隅では青色の炎がパチパチと音を鳴らす。青炎はフクロウ販売で200ガリオンもした『ムスペルの火種』を用いているので目に優しく、それでいて煙や匂いも一切しなかった。
「――それで、いったいどんな発明品なの?」
余分な髪の毛を焼却処分している横でハリーが訊ねる。今アリィは切り取った大量の髪を手動シュレッダーに掛けて細かくしながら子鍋に放り込んでいた。
粘性のある深緑の液体はハリーの髪が投入される毎に色を変化させ、徐々に黄金色へ染め上げる。祟り神もどきだったハリーも今や普通の髪型に戻っており、衣服を乾かしながらロンと一緒に『知る権利がある』と目で訴えかけていた。
「コレだよ、コレ」
アリィは鍋を掻き混ぜながらバッグへ手を突っ込み、直ぐに小さな手を引き抜いた。
その手に握られているのは、
「……人形?」
一見してただの木の人形。大きさは二十センチ。顔ものっぺらぼうで関節すら再現されていない。あくまで最低限の形状しか再現していない、アリィにしては造りが雑な人形だった。しかし稚拙な見た目なのに得意気な顔をするという事は、当然それなりの効果がある訳で。
「そそ。『そっくり人形』って名前」
「そっくりって、まさかアリィっ」
アリィは誇らしげに胸を張り、首を傾げるロンの横でハリーが青褪める。名前から効果を察したのだ。
まさか、とか。ありえない、とか。そんな気持ちは一年前から遠のいている。
薬品がグツグツ煮えたのを確認したアリィは小さな刷毛を取り出して、まだ熱々の薬品にどっぺり漬かす。二人が見守る中、黄金色が滴る刷毛をゆっくりと、顔無しの部分へ塗りつけた。
すると、
「身体の一部を溶かした薬品を人形の顔に塗ると、こんな風にその人そっくりの顔をした等身大人形になるんだ」
手の中の人形は忽ちハリーに変化した。
顔立ちも、髪も、メガネさえも再現された顔はハリーそのもの。身長や体重さえ本人と同じだ、関節だってちゃんとある。ただし胸部や男の象徴は再現されていない。
服を着れば本物と見分けが付かない人形は目を閉じながら三人を見下ろしていた。
「効果は約一時間。一回使う毎に薬品を塗り直す必要があるのが難点。いつか改良したいって思ってる」
突然だが、ポリジュース薬という魔法薬がある。
一時間だけ他人に変身出来る上級魔法薬の一つで、満月草やクサカゲロウなど一般的なものから二角獣の角の粉末や毒ツルヘビの皮など、入手の困難な材料を要する魔法薬だ。今回使用した薬品はそのポリジュース薬を応用したものだった。
ちなみに材料は御馴染みフクロウ販売と、そして数ヶ月前に寮監を拝み倒した挙句、授業準備の雑用も買って出た対価に譲り受けたものだったりする。
「この人形は『擬態樹(ミクリー)』を主材料にして造ったんだ。クサカゲロウの代わりにミツメナナフシを使えて良かったよ。擬態樹とは相性バッチリ」
ポリジュース薬の調合に時間が掛かるのは二十一日間煎じる必要のあるクサカゲロウが原因だ。
その代わりに同じ変身作用効果があり擬態樹との相性も良いミツメナナフシを用いる事で製作時間を三日に短縮する事に成功した。擬態樹と合わせて初めて使える荒業だ。おそらくポリジュース薬には応用出来ないだろう。
新発明に掛ける説明時間はおよそ五分。素直に凄いと思う反面、ハリーのテンションは地獄の底まで一直線。
鍋の薬品をジュースの空き瓶に漏斗で移すアリィに、彼は冷やかな目を向けた。
「……じゃあ、ジニーのためって言ったのは……」
「身近に等身大ハリーがいたら慣れるかもしんないっしょ。 寝る時とかお風呂入る時とか」
「気色悪いだけだよッ!?」
思わず怒りの右が炸裂。殴られた人形はアリィの方へと倒れ、天災も転倒に巻き込まれる。手元の薬品は全て地面の肥やしとなった。
そしてハリーは自分の招いた結果とはいえ右手を抑えて蹲る。その甲斐あってか人形の首は根元からぽっきり消失しており、力無く牧場に転がる人形の生首を誰かが見たら悲鳴を上げる事だろう。
「あ、ああ……」
それを見たアリィの表情は、まるでムンクの叫び。
「あぁあああああああーーーッ!? その人形作るのどれだけ大変だったと思ってんだよ!? 素材集めだって苦労したのに!」
「冗談じゃないよ! こんな恥ずかしいモノをジニーに渡せる訳ないだろう!?」
「アリィ、いくら人形でもここまでハリーそっくりなモノはまだ無理だって、絶対」
首の無い人形を抱きながら慟哭するアリィに顔を真っ赤にしたハリーが憤る。アリィの気遣いを実現させたら羞恥で死んでしまう。そうハリーの決死な表情が物語る。
その二人の光景を一歩引いた所で見ている辺り、ロンもだいぶ二人の対処に慣れてきたようだ。
「くそっ、でもコレで終わりじゃないぞ! 試作品一号が倒されても、第二第三の人形達が出番を待ってる!」
「まだあるの!? ロン、没収するから手伝って!」
「わ、分かった!」
「あ、ちょ、待って、ストップ、悪用しないから! これは必要な奴だから没収しないでー!?」
――ウィーズリー家での休暇は続いていく。
毎日毎日この調子。家にも、牧場にも、庭にも、この夏は騒動と笑いが絶える事は一切無かった。
これでArcadia様に投稿していた分は終わりました。
最新話は、明日の同じくらいの時間帯に投稿します。
最後にチェックを入れたいので、あと少しお待ちください。