ハリー・ポッターと魔法の天災   作:すー/とーふ

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第五、六話の同時更新です。
お気に入りから飛んできた方はご注意ください。


第六話

「え、ドラコが居たって?」

「うん。彼の父親と一緒にね」

 

 横を歩くハリーの言葉にアリィが驚くのも無理はない。彼がドラコ・マルフォイを目撃した場所は、とてもではないが普通なら子供に縁の無い場所だからだ。

 

 ボージン・アンド・バーグス店。

 それはダイアゴン横丁の闇。規制製品や盗品、危険な物品を扱う店が多い『夜の闇横丁』にその店は存在する。

 フルーパウダーでたまたまその店に出てしまい、ドラコを目撃したハリーは、紆余曲折を経てハグリットに保護されてグリンゴッツを訪れた。

 ハリーの話では父親同伴ということらしいが、アリィはその店が盗品を含み何でも売買を行う骨董品屋であることを知っている。そのため、そんな所に同行することを許可されたのが意外だった。

 

「それじゃあ、ここからは別行動ね。終わったら正面ロビーで待ち合わせしましょう」

 

 大理石のホールを抜けた先、モリーの一声で一同は立ち止まる。今、アリィ達があるのはグリンゴッツのトロッコ乗り場だ。銀行の地下洞窟は沢山の金庫が散りばめられた巨大迷路と化しているため、利用者はグリンゴッツの小鬼の案内のもとトロッコで目的の金庫まで移動する。

 幸いポッター家の金庫はウィーズリー家の金庫と同じ方向にあるのだが、グリフィンドール家は真逆。そこでアリィは既に両替を終えたグレンジャー家と共に、ハリー達とは少しだけ別行動を取る手筈となった。

 

「では出発致します」

 

 トロッコは大して大きくないが、それでも小鬼を除けば大人と子供が二人ずつ乗れるだけのスペースがあった。ハグリットでさえもグロッキー状態にしたトロッコの速度は凄まじく、トロッコ初体験の一家は初めこそ興奮していたが徐々に表情を暗くしていった。

 

 右。左。直進。急カーブ。かと思えば山なりに下降。

 トロッコは下手なジェットコースターよりも速く暗い洞窟を駆け抜ける。風圧で顔が歪み、髪は乱れ、景色は直ぐに後ろへと流れた。

 

「うわ、相変わらず速ぇー!」

 

 楽しんでいるのはアリィと、

 

「本当ね。すっごい迫力」

 

 この若作りのママさんだけだ。

 

 ご主人は男としてのプライドか狼狽えたりせず、しかしバーから手を離さず前方を遠い目で見続け、その前列に座っているハーマイオニーは隣のアリィにしがみついている。しかも不幸なことにグリフィンドール家の金庫は洞窟の中でも最奥に位置するため、移動時間は十分と比較的長い。途中『盗人落としの滝』と呼ばれる魔法や呪いを無効化する防衛装置も潜り抜け、二人は正真正銘の地獄に耐え続ける。

 降りる時、二人はふらふらだった。

 

 ちなみに本来ならグリフィンドール家の金庫はドラゴンが守護している筈なのだが、それはデイモンが『入る時面倒じゃ』の一言により、彼の代で撤廃されている。それを知った時、初めてアリィが亡き曾祖父に悪態を吐いたのは言うまでもない。

 勿論直ぐにドラゴンの警護を復活させようと腐心したが、実はドラゴンは数に限りがあり、デイモンが拒否した時点で予約をしていた名家の手に渡ってしまい、今から予約をしても十三人待ちという状態だ。つくづくドラゴンとは縁の無いアリィである。

 

「では、用が済みましたら声を掛けてください」

「サンキュー」

 

 小鬼に渡していた四番金庫の古ぼけた鍵を受け取ったアリィは、サマージャンパーのポケットに仕舞ってから大きな扉と向き合う。古く、所々が錆び付いて変色している鉄製の大扉。グリンゴッツ創成期から存在する最も古い金庫の一つは巨大で、かつ優美だった。その複雑で精細な獅子の飾り彫りは実際に動き出してもおかしくないほどだ。

 ハグリットでさえ余裕を持って入れる巨大な扉が、徐々に開いてゆく。そして、

 

「凄い……アリィ、貴方って本当にお金持ちだったのね」

 

 

 

 そして、黄金郷がアリィ達を迎え入れた。

 

 

 

「お陰で趣味全開フルスロットル。爺ちゃんに感謝感謝」

 

 唖然とするのはハーマイオニーだけではない。グレンジャー夫妻もその光景に言葉を失う。

 グリフィンドール家は千年以上もの長い歴史を誇る名家であり、その歴史を実感させる程度には金庫内も古く、天井もあり得ないほど高かった。そして中はホグワーツの大広間以上に広い。明らかに一般家庭の範疇から逸脱している造りになっている。どこを見渡してもランプの光で照り返す黄金色が視界を焼いた。

 まず嫌でも目に付くのが金庫の中央に位置するガリオン金貨の山だ。高さは目算でマンションの五階分に相当。乱雑に金貨が積もって形成された山は、下手に金貨を動かせばそれだけで雪崩が発生するほど危ないバランスを保っている。

 また高さは及ばないまでも三階分に匹敵する金貨の山が四つあり、それぞれ金庫の四隅に積もっていた。

 そして中央まで歩けるスペースが辛うじて確保されているだけで、足の踏み場も無いほど石畳を埋め尽くしているのもまたガリオン金貨である。中には銅貨や銀貨もチラほら見られるが、比率で言えば金貨の方が多いため全くもって目立たない。それが大広間全体をびっしりと覆っており、さながら金庫内は黄金で出来た砂漠みたいな有り様だった。

 また壁を埋め尽くして天井まで伸びる巨大な棚の数々は、その棚それぞれに一種類ずつ沢山の宝石や装飾品が保管されている。右がダイヤモンドやルビーといった宝石が十数種類。左が指輪やネックレス、又は美術的価値の高い装飾剣や王冠の類いが飾られている棚だ。

 

 その全てが千年の年月を経て蓄積されたグリフィンドール家の遺産であり、デイモンの製作した発明品の特許料と販売利益であった。特に金貨はデイモンの代で元あった量の百倍近く増大し、デイモンの死後、所有していた発明品の特許は全て正確に企業へと売却され、それがまた莫大な金貨を生んでいる。

 現に中央にある金貨の山はその売却時に追加されたものだった。

 

「あ、そうだ。ハーさんやおばちゃん、何か欲しいのあったら持って行っても良いよ。普段お世話になってるし。ほら、あのネックレスとかどうよ?」

 

 金庫の中程まで入り、足元に散らばっていた金貨をサイフ――唐草模様でガマくち――に突っ込んでいるアリィの言葉に、母娘は即座に首を横に振った。その指されたネックレスが、遠目から見ても何十個ものダイヤが散りばめられた一品であると分かったからだ。そもそもそんな理由でこんな豪華な代物をプレゼントされる訳にはいかない。

 

「ふーん。じゃあ欲しかったら言ってよ。……あ、そうだ。ウィーズリー家に滞在費を渡さなくちゃ」

 

 宝の山に酔ってしまいそうになっている一家に『欲が無いなぁ』と笑いかけた所で、検知不可能拡大呪文の施されたサイフが金貨で一杯になる。

 しっかりと金庫の鍵を閉めてからトロッコに乗り、四人は既にハリー達の待つロビーへと舞い戻った。

 当然、ご主人とハーマイオニーの表情は青ざめている。だからハーマイオニーの質問は声に覇気が感じられない。

 

「……アリィ、貴方のこの後の予定は?」

「クィディッチ用具店でしょ、後は魔法薬店に雑貨屋、悪戯専門店に本屋。ハーさんはハリー達と行動するっしょ?」

「そうね。たぶんウィンドウ・ショッピングになるんじゃないかしら」

「途中まで一緒かもよ。特にクィディッチ用具店辺り。道順を考えれば用具店から行くのがベスト」

「ハリー達なら行くでしょうね、きっと」

 

 というような会話をしながらハリー達と合流し、皆はグリンゴッツを後にする。

 パーシーは友人と逢う約束があるらしくさっさと何処かへ行ってしまい、モリーはジニーを連れてお古では賄えない入学必需品の買い出しに行った。なお、この時アリィが今までの滞在費を渡そうとして一悶着あったことを明記しておく。

 そしてアーサーはグレンジャー夫妻を連れてパブまで飲みに行ってしまい、ここには悪戯同盟と仲良しトリオが残された。

 

「リーとは悪戯道具の専門店で合流予定だ」

「十二時に集合だから、ちょっと急がないとマズイかもな」

 

 六人は双子を先頭に人混みで溢れるダイアゴン横丁を歩く。まず目指すのは高級箒用具店だ。だからなのか、話題は自然と双子座についてだった。

 

「双子座が採用されたら、僕、今のうちにアリィからサインでも貰っとこうかな」

 

 後でプレミアが付くかもと冗談混じりにロンが呟く。少なくとも、自然と口からプレミアという単語が出てくる程度には、この新型箒には期待が募っているということだ。

 皆は双子座についての盛り上がり、話題はじきに収益がどのくらいになるのかという少し下卑た内容にまで発展する。

 その時、ハーマイオニーは心配そうな顔をしていた。

 

「でも、そんな簡単に契約してくれるものなの? 下手したらアイデアだけ盗られてお払い箱なんて事になるんじゃないかしら」

「そん時はそん時。別に良いよ、金が欲しい訳じゃないし」

 

 餅は餅屋。アリィは双子座の完成形が見たいだけであり、特に利益や販売権利とかは微塵も考慮していない。あの金貨の山を見たハーマイオニー、そして去年からアリィの総資産額を知っているハリーは納得顔で頷くが、当然ウィーズリー兄弟は知らない訳で。

 

「かぁー! これだからブルジョワはッ!」

「貧乏人代表に喧嘩売ってんのか天災様は!」

「勿体無いぞアリィ! ああ、絶対にだ!」

 

 こうして三人から羨望と嫉妬を浴びせられる事になる。一頻り小さな肩を揺さぶり、頭をこねくり回し、ヘッドロックを天災にかましてから、双子は呆れた顔をしているハーマイオニーに振り返った。

 

「……ま、とは言えハーマイオニーが考える事にはならないと思うぜ」

「そういった例は滅多に無いな」

 

 魔法族というのは総じて横の繋がりが強い。マグル生まれといった新参者以外は一般人でも名が知られる事が多く、それが商売業関連なら尚の事。

 言い換えれば悪名は直ぐに広まる。

 だから商売人には真っ当な者が多かった。取引で相手を陥れるのは真綿で首を絞める行為に成りかねないと、商売人全員が理解するが故に。

 

「そこら辺が純血主義者を調子付かせる要因でもあるんだよな」

「『マグルは汚い、狡猾だ! その点我々は高潔である!』ってな。人間が欲深いってのは万国共通だってのによ、ちゃんちゃら可笑しいぜ」

 

 これがマグル社会なら売り込みに行っても九割近くが門前払いされ、更に特許も取らずに交渉しようものなら契約を締結しない限りほぼ100%アイデアをパクられるだろう。

 マグル生まれにとっては『それで良いのか魔法族』とツッコミを入れたくなるが、魔法界の法律は数が多い癖に穴が多い。それでもその穴を突いてあくどい商売をしようものなら吊るし上げになるからこそ、彼等は真っ当に商売する。

 そこら辺は都会に比べてド田舎の方が治安の良い法則と同じ。魔法族の少なさと甘さが不正商売を防止していた。

 しかし当然中には例外もいるので油断は禁物である。

 

「でもハーさん、特許制度はちゃんとあるんだよ。今回は取ってないけど」

「やっぱり審査期間が長いのがネックなの?」

「審査期間はだいたい三ヶ月だって。でも製作者本人が発明品を持っていかないと行けないんだ。その間は発明品を預けっぱなし」

 

 新しい魔法具は『国際魔法技師連盟』で特許を取る事が可能だ。審査をパスして全く新しい発明と判断されたら知的財産権を認められる。

 未成年のアリィは保護者のサインがあれば申請出来るが、今回の問題はその時期だった。

 普段は学生寮に住むアリィに自由な時間は少ない。夏休みを利用して申請を行うのは可能だが、そうなると双子座が手元に戻って来るのは九月か十月。

 夏休み中に売り込みたかったから申請を省いたのだ。

 そして発明家の大半は当然ながら特許を申請する。申請した後は個人で販売するも良し、特許を手頃な企業に売るも良し、そこら辺はマグル社会とそう変わらないだろう。例を挙げるならデイモンは個人でも販売するが主に後者のタイプで、お得意先には沢山の魔法具製造販売会社がラインナップされていた。

 

「箒会社は沢山あるのよね」

「クリーンスイープ社にコメット社。あとハリーの箒を作ったニンバス社なんかが大手会社だ」

「俺等も今ロンの挙げた所を第一候補に考えてんだぜ」

「アリィはどこでも良いなんて言ってっけど、やっぱ有名どころの方が良いに決まってらぁ」

 

 下衆的な考えになるが大手会社の方が手元に入る金も多くなる。両者の考えの相違は、その稼ぎを新たな開発資金に充てたい貧乏発明家と、既に潤沢な開発資金を持つ金持ち発明家による違いから生じたもの。

 想像の及ぶ限り沢山の発明品を開発して自己満足し、それでいて皆が楽しく幸せになったら一石二鳥と考えるアリィは、あくまで自分の欲求を満足させたいだけなので金儲けなんて二の次。既に人生を十回は遊んで暮らせるほどの資金があるからこその、云わば究極の金持ちの道楽だった。

 

「でもアリィ、よく考えたら用具店なのに売込みなんて出来るの?」

 

 ハリーの素朴な疑問も尤もだった。今から行くのは用具店。つまり企業の本社でも無ければ支部でも無く、ただ沢山の箒会社から商品を仕入れて販売しているに過ぎない。

 そしてちょうど目的地に辿り着いた所で、アリィの返答は、

 

「出来ないよ」

 

 至極あっさりとしたものだった。

 双子以外は、そのきっぱりとした否定に目を丸くした。

 

「ここの店長がじっちゃんの知り合いで、その人に頼んで製造会社に取り合って貰うんだ」

 

 つまり今日の売り込みは『大勝負』の前段階。大物を釣り上げるためのアピールに過ぎなかった。そうしてハリー達が納得した所で、六人は用具店のドアを潜る。店はそれなりに大きく、店内は人が――取り分け子供が多かった。

 

「私、実は初めて入ったの。こういったスポーツショップの雰囲気は、どこも似たようなものなのね」

 

 普段は寮の対抗戦ぐらいにしか興味を示さないハーマイオニーは、一度入ったことのあるマグルのスポーツ用品店を思い出しながら店内を軽く見渡した。

 箒の材料である木々の薫りが鼻孔を擽り、中央の一番目立つコーナーは公式クィディッチ・チームのファングッズを置いているらしい。実に色鮮やかで、子供からお年寄りまで多くの客がユニフォームやポスターを手に取っていた。

 そして他では壁に立て掛けてある沢山の箒を手に取り、連れの人と議論を交わす大人もいれば、店内の左隅にある清掃道具のコーナーでワックスの値段を確かめている者もいる。その隣の参考書や雑誌のコーナーでは何人かが本を物色していた。

 子供達はショーウィンドウに張り付いて新型や高級箒を物欲しそうに眺め、また店内に沢山貼ってあるポスターを見物している。中には天井を飛び回っている玩具の箒を見上げている子供もいた。

 

「じゃあ皆、また後で」

「うん、頑張ってアリィ。――あと二人も、アリィをお願い」

「「任せろ」」

 

 さて、同じ店内にいるがここからは別行動だ。これから商談に入るアリィと双子にエールを贈り、ハリーとロンはショーウィンドウの方へ、そしてハーマイオニーは雑誌を立ち読みしに本コーナーの方へと歩を進める。

 ここでしばらく店内を冷やかした後は本屋の集合時間までダイアゴン横丁を散策するつもりだった。

 

「さて、そんじゃ頑張ろー」

 

 ハリーからの激励に勇気を貰い、やる気を出したアリィは双子を連れて採算カウンターに歩み寄る。その際、バッグの中から紹介状を取り出すのを忘れない。

 幸い話題性抜群の珍客に、レジのお姉さんは直ぐに気付いた様だ。

 

「あら、久しぶりね。どうしたのアリィ」

「店長に会わせて。はいコレ、紹介状」

 

 その予想外の発言に一瞬だけ面を食らうも、顔見知りの従業員は邪険にする事なく笑いかけた。

 

「ちょっと待っててね。聞いてくるわ」

 

 そして同僚にレジを任せたお姉さんが店の奥に消えて数十秒後、アリィと双子は直ぐに応接室へ通される事になる。

 社長室みたいな部屋で高級ソファーにもたれ掛かり、出された紅茶に舌鼓を打ってしばらくして、壮年の男性がにこやかな笑みで入室した。

 反射的に双子は凄い勢いで立ち上がり、一拍遅れてアリィも続く。双子は意外と緊張していたらしい。その初々しい姿に男の顔から苦笑が盛れた。

 

「ああ、どうか楽にしてください。お待たせしてすみませんでした。しかし、まさか噂の少年の保護者が先生だとは思いませんでしたよ。――ああ、挨拶が遅れましたな。ここの店長をやっているオーウェン・ジャンクマンという者です」

 

 人当たりの良い笑みで握手を求めてきたオーウェンに応じてから、アリィ達は再度腰を下ろした。

 

「俺はアルフィー・グリフィンドール。アリィで良いよ。二人はフレッドとジョージ・ウィーズリー。共同開発者なんだ」

 

 アリィは共同開発者と紹介したが、二人にはそのつもりが欠片も無い。あくまで二人はアリィが変な事をしないか注意するだけのお目付け役。双子座のプレゼンは彼に任せる気満々で、そして彼以上の適任者は存在しないのだから口を出すつもりも無かった。まあ、ここで顔を見せることで人脈を得ておこうと画策している面もある訳だが。

 

「ふむ。手紙によれば全く新しい箒を開発したという事ですが……早速ですが見せてもらえますかね?」

 

 期待と興味が半々の視線に晒されながら、バッグの中から一本ずつ双子座を取り出すアリィ。最初はその太さと形状に首を傾げたオーウェンも、続く二本目を目にした途端、表情を一変させた。

 やはり店長を任されるだけあり、その全く同じ形状をした一対の意味に直ぐ気付いたのだ。

 

「なるほど、確かに全く新しい発想だ! いや実に面白い!」

 

 オーウェンは童心に返ったように目をキラキラさせ、あらゆる角度から双子座を検分する。掴みは上々。アリィはオーウェンの反応に満足げに何度も頷き、両脇の双子はアリィの頭上で軽くハイタッチをして嬉しさを表した。

 そして足を固定する安全帯の確認をしているオーウェンに、アリィが説明を開始する。勝負はここからだ。

 

「時速は今のところマックスで八十キロ、まだまだ改良の見込みあり。でも箒が短くて機動性も高いからカーブもコンパクトかつ滑らかだし、操縦は……ちょっと難しいけど、かなり練習すればなんとかなるレベル」

 

 手を休めたオーウェンはその説明――特に速度の所で眉根を寄せたが、表情から判断するに反応はそう悪くない。どうやら速度云々は、そうマイナスイメージにならないようだ。

 

「確かにスピードは無くて操縦も難しい……が、それにしても大したものです。魔力伝達率もニスを改良する事で上がり、おのずとスピードも出るでしょう」

「そーそー。そこら辺を改良してもらいたんだ。個人がゼロから始めたにしては、正直これが限界。専門家が手を貸してくれたらピーキーなコイツも初心者向けになるかもしんない」

 

 箒は内蔵された浮遊石へ魔力を伝達させる事で初めて空を駆け巡る。

 その箒に適量の魔力を送る技術も、箒との協調性を高めて支配下に置くカリスマ性も、全ては無意識によるものなので才能が物を言う。

 その才能の差を埋めるため、多種多様な使用者の誰もが操縦出来るよう箒をチューニングするのに一番大切なのが、感受木(ストマック)から製造される特殊なニスだ。

 操縦者の魔力を受信し、万人受けする箒に仕上げるために必要なニス。質の良いニスのレシピは箒製造会社にとって一番の企業秘密だ。その数十、数百年に及ぶ試行錯誤と研鑽の積み重ねには流石の天災も遠く及ばない。

 今回はマホガニーを使用しているが別の樹種の方が適している可能性もあり、二本一対の形にしても別の形の方が良いかもしれない。改良できるかもしれない部分など多岐に亘る。

 だからアリィは専門家の協力を仰ぎたかった。

 

「ちゃんとデータを纏めたレポートもあるから、しっかり協議は出来るよ。……それでさ、コレ売り込めそう?」

 

 バッグから出てきた厚さ十センチのレポート用紙――記録を付ける際、アリィは羊皮紙より通常紙を好む――を見て、その量にオーウェンは目を見張る。断りを入れてからレポート用紙を何枚か手に取り、サッと流し読みしたオーウェンの口から感嘆の声が飛び出した。

 

「いやはや、よく調べられていますな。その歳で大したものです。資料を拝見しましたが紹介する価値も充分にあるでしょう。……しかし、よろしいのですか? 中には個人で箒製造を行う職人もいます。オーダーメイドでも充分に売れる見込みがあると思いますが」

「だって箒にばっか時間を掛けていらんないよ。俺は他にもいっぱい道具を作りたいんだ。爺ちゃんみたいに」

「ふむ、お爺様……ですか? 先生の事では無さそうですが……」

「アリィはバートランド・ブリッジスの孫なんだ」

「そそ、完全無欠なサラブレッドさ」

 

 最後の双子の援護射撃に、オーウェンは興奮気味に目を輝かせ恰幅の良い身体を乗り出した。

 

「ほう、あの天才発明家のお孫さん!? いやいや、ますます期待が持てますな」

 

 オーウェンもバートランド・ブリッジスの名は知っている。その本名がグリフィンドール姓だとは思わなかったが、これであの鬼才に並ぶ才能の片鱗にも納得し、よりアリィに対し期待が高まった。

 少なくとも彼の要求を拒む理由はどこにもない。今やオーウェンも気になっていた。この新発想の箒がどこまで往けるのか、その終着点を見たくなったのだ。今ここにいるのは用具店の店長ではなく、ただのクィディッチ好きに過ぎない。

 

「――分かりました。不肖、この私が仲介役になりましょう。希望の会社はありますかな? この品ならどこでも行けると思いますが」

「じゃあニンバス社にして。出来るなら八月中に会いたい。あ、その交渉にはじっちゃんも同席したいって」

「分かりました。では返事が着き次第ふくろう便をそちらにお送りしましょう」

 

 その後アリィは幾つかの契約書にサインして細かい打ち合わせを終えた後、再度オーウェンとがっちりと握手を交わして応接室を後にする。

 オーウェンは店内まで見送りに来てくれた。

 

「これからも期待してますよ」

「うん、期待しといて」

 

 アリィのニカッと爽やかな笑顔に微笑み返し、オーウェンはレジの方へと歩いていく。

 商談が纏まり、アリィよりも緊張していた双子が一気に脱力した所で、幼い発明家はは箒コーナーで顔見知りを発見した。

 

「あ、ドラコだ!」

 

 トレードマークの金髪オールバックに、蝋人形みたく青白い肌。アリィのルームメイトであるドラコ・マルフォイは突然の声に直ぐさま振り返り、そしてギョっと目を見開いた。

 思わずクリーンスイープ社の新型箒を取り零すぐらいには吃驚している。

 

「アリィ!? き、ききき君、何故そんな奥からっ?」

 

 その吃り具合から彼の狼狽のほどが丸分かり。それほどアリィの出現はドラコにとって予想外であり――なによりドラコは、まだ面と向かってアリィと会う気構えが出来ていなかった。

 嬉しそうに近寄るアリィから気まずそうに視線を泳がせた事を、この天災は気付かない。

 

「アリィ、俺等、先行ってるぜ」

「約束の時間に書店でな。遅刻すんなよ」

 

 双子はスリザリンと馬が合わず、互いに敵対関係にある。なにより純潔主義者筆頭のマルフォイ家は天敵と言って良く、二人はドラコの出現にあっさりと店を出て行ってしまった。

 そのことをアリィは充分知っているため混乱は無い。それでも少しは寂しいと思いつつも笑顔で別れを告げ、改めてルームメイトに向き直った。

 

「いやー、意外や意外。まさかここでドラコに会うとは」

「意外だったのは僕の方だ。売り込むとは聞いていたがまさか今日とは…………ああ、あと例の手紙の件だが――」

「――ドラコ、知り合いか?」

 

 休暇中に手紙が届かなかったこと。そして屋敷しもべ妖精の襲来を綴った手紙は既に配達済み。その時の質問に口頭で答えようとしたところ、影になっていた棚から一人の男が現れた。

 白に近い色素の薄い金髪はドラコのように後ろへと撫でられ、綺麗に整えられている。血の気のない、それこそ冷酷とも思えてしまうほど青白い肌に尖った顎。温度を感じさせない灰色の瞳。ドラコの未来予想図その物の姿をした男だった。

 

 そして男はアリィの風貌に思い当たる節があったのか、その冷たい目を意味深に細めた。

 

「なるほど、君があのトバイアス・グリフィンドールの息子か」

「あ、もしかしてドラコの父ちゃん?」

 

 ドラコの父、ルシウス・マルフォイの登場だ。

 

「あ、ああ。アリィ、紹介しよう。こちらは僕の父上だ。父上、ご察しのようですが、彼が僕のルームメイト、アルフィー・グリフィンドールです」

 

 この夏どころか一年も続いた手紙のやり取りで、ルシウスは息子からアリィのひととなりを聴いていた。大切な息子のルームメイトということで身辺調査も終えている。

 そして彼はドラコが帰省して直ぐに伝えた事実が決め手となり、アリィに大変興味を懐いていた。

 

「ドラコの父親で、ルシウス・マルフォイだ。君の事はいつも息子から聞いているよ。以後、お見知りおきを」

「よろしくおっちゃん! アリィで良いよ」

 

 互いに握手を交わして友好を深める。アリィは当然笑顔で返し、ルシウスは魂すらも見透かしそうな目で観察する。そしてドラコは彼等の横で、アリィが何かやらかさないかとハラハラドキドキしていた。

 

「ふむ……では、アリィ。少し小耳に挟んだのだが、君がパーセルマウスというのは本当かね?」

 

 然り気無さを装った口調だがギラギラした目付きを隠せていない。しかし他人からの評価や悪評など欠片も気にしないアリィは別にパーセルマウスであることを隠そうとはしておらず、ルシウスからすれば肩透かしを食らうほど実にあっさりと肯定してみせた。ついでに、自分の出生までもだ。彼にとって、それは隠す事でも何でもなかった。

 

「そうだよ。だって俺、スリザリンの末裔でもあるって話だし」

「なっ!? 初耳だぞアリィ!? 君はグリフィンドールではないのか!?」

「だから、両方の血を引いてんの。なんかハグリットに訊いたら母ちゃんがスリザリンだったんだって。だから多分スリザリンは母ちゃんの血」

「――――エルヴィラ・マーケットか。ああ、確かに、彼女はスリザリンだったとも」

 

 エルヴィラ・マーケット。

 ルシウスが学生時代、栄えある監督生をしていた時に入学してきた彼女はスリザリンの中でも異質だった。選民思想の根強いスリザリン生でありながら、どの寮とも分け隔てなく接した好奇心旺盛の少女。当然寮内では爪弾き者だが、それでも全くめげることなく楽しそうに学校生活を謳歌し、常に笑顔が絶えない少女だった。悪戯の類いは無かったが女性版アリィとも言える少女で、当時の彼女を知る者は、少なからずアリィにエルヴィラの影を見た筈だ。そして最終的には在学中に交際し始めたトバイアス・グリフィンドールと結ばれ――――敵対の道を歩んだ。

 

(なるほど。確かに彼女の息子らしい。……マグル出身と聴いていたが、どうやら調べる必要があるようだ)

 

 ルシウスから見たアリィは、デイモンをよく知らないだけに彼女の影が良く目立って見える。世の中は幸福で出来ていると豪語しそうな雰囲気など彼女そのものだ。

 そして何やらキラキラと瞳を輝かせて母親の学生時代の話を聞きたそうにしているアリィと、興味の無いフリをしつつチラチラとこちらを伺う息子に、さてどうしたものかと珍しく頭を悩ませてしまう。正直アリィにはその血筋にしか興味は無いが、彼は意外と子煩悩なのだ。自分にとってはやかましい後輩に過ぎなかったエルヴィラの話は気が進まないのだが、ドラコが望むなら一考の価値はある。しかし、やはり気がのらない。けれどもそれだとドラコの恨みを買うかもしれない。そうしたジレンマに悩まされること約十秒。

 そして、

 

「おお、マルフォイさんではありませんか! 今日はどのようなご用件で?」

 

 

 

 ――話の腰を折る形で登場した人物に、ルシウスは朗らかに笑いかけた。

 

 

 

「久しいな、オーウェン。なに、今日は息子の箒を買いに来ただけでね」

「ほう! ならとっておきのがございますよ。最近入荷したニンバス社の新型モデルでして――」

 

 これ幸いとルシウスは店長との話に興じて先程の話を曖昧にする。そのベストタイミングぶりに気を良くしてしまうから、ついつい調子に乗って現最高級箒『ニンバス2001』を七本も一括購入してしまうのだ。

 

「ドラコ」

「はい、父上」

 

 購入した競技用箒を特別チューニングするため、ルシウスはドラコを呼び寄せる。そして双子座の採用がほぼ決まりだと嬉しそうに語るアリィに、ドラコは今日初めてまともに視線を合わせた。その目には、後ろめたさと覚悟が密かに宿っている。

 

「――アリィ、手紙に書いた通り、僕はそのドビーなんて屋敷しもべは知らない」

 

 静かに、そして感情の一切が抜け落ちた声は、今まで聞いたことが無いほど冷たい。

 その思い詰めた表情に首を傾げるも、言及の類いをアリィは一切しなかった。

 

「そっか、分かった」

 

 詳しいことは、その手紙が届き次第、よく考えた上で学校に行ってから折を見て訊ねてみようと心に決める。

 少なくともここで問いかけるのは、傷口に塩を塗り込むような行為の気がしてならないからだ。

 

「…………また学校で会おう」

「おうよ!」

 

 笑顔で返すアリィから視線を逸らし、ドラコは逃げるように父親の背を追い掛ける。

 今、自分の心が不安定であることを彼は自覚している。しかし学校が始まるまでには落ち着き、何かしらの答えを得るだろうとも思っている。

 それまで、アリィとは距離を取る。太陽の様な少年の笑顔が、自分には眩しすぎたのだ。

 

 

 

 

 

 そして今から数十分後に本屋でばったり再会し、ドラコは神様を罵倒しつつ頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 




活動報告に後書きや今後の予定とか色々書いてあります
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