ハリー・ポッターと魔法の天災   作:すー/とーふ

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第十話

 その部屋からは甘い匂いが漂っていた。

 きちんと扉を閉めていても美味しそうな香りは完全に遮断出来ず瞬く間に甘い誘惑は伝播する。ただでさえ人とは食指の動く事に敏感なのだ。廊下を歩く人々は調理室前を通る度に漂ってくる林檎の香りに鼻をぴくぴくさせた。

 

 あと数日でハロウィンを迎える十月最後の日曜日。ほどよく寒い空気で夕陽が赤く、澄んで見える頃。料理クラブの面々は調理室で今学期五回目となる活動を行なっていた。

 メンバー選考や顧問の就任で手間があったというのもあるが、新学期が始まり二ヶ月が経過して未だに五回しか活動していないのは去年と比べたらかなり少ない。

 理由はアリィだ。彼が九月下旬までとある研究に没頭していたため活動日がグッと減っていた。

 しかしアリィも流石にこれ以上の放置はまずいと考えたらしい。催促された訳ではないが九月最後の週から新料理クラブは始動している。

 研究がひと段落するまで週一ペースの活動と通達した時は落胆する声も多かったが、元々は請われて始まった料理教室だ。誰も文句など言える筈も無く、そこまで図々しい者も流石にいない。

 それでも部員ならいつでも使えるよう朝九時から夜七時まで調理室を解放し、報告義務はあるが貯蔵庫と冷蔵室にある食材を自由に使っても良いと決めたのは、教えてあげられない事に後ろめたさを感じたアリィの贖罪の意味が強い。莫大な資産を持つからこそ活動日以外の消費にも自腹を切れるのだ。

 なおグリフィンドール家の総資産を知らない部員達は明らかに使いすぎたり無駄にした材料分は自腹で買い足しているのだが、それは『そんなことしなくて良いって!』と確実に言うだろう優しい部長には秘密の事であった。

 

 

 閑話休題。

 

 

 とにかく問題無く発足した料理クラブのメンバーは、四寮揃って和気藹々と菓子作りに精を出していた。寮の確執を持ちこまないというルールに最初は戸惑った新入部員もあと数回の活動を経験すればこの雰囲気にも慣れる事だろう。郷に入っては郷に従え。先輩達の醸し出す雰囲気に次第に感化されていった。

 そして、まだ活動は最初の方。新入部員にも考慮した結果、今年は去年のおさらいを重視する方針となっている。

 

(うん。雰囲気は上々。特に問題は無いわね)

 

 調理室の後方にある大テーブルに着席し、喧嘩も起こさず互いの作ったアップルパイの食べ比べをしている二十三人を眺め、上座席に座る副部長は満足そうに微笑んだ。実質的なリーダーと見られているだけあり何やら貫禄がある。

 去年同様、部員達の出席率は悪くない。やはり五年と七年生、そして来月の初戦に向けて練習中である獅子寮のクィディッチ代表選手達の姿は無いが、彼女達が時間を見つけて自主的に料理を行なっている事をハーマイオニーは知っていた。他寮の代表選手も同様だ。

 活動意欲が無い訳ではないのだと安心する。

 

 全体を大雑把に見渡してから食事に取りかかるのはいつもの事。ハーマイオニーは問題が無いと判断してから自身の手元に視線を向けた。

『仮にも副部長なのだから粗末なものは作れない』と事前に料理本を熟読した甲斐もあり、そこにあるアップルパイは美しい黄金色だ。出来立てホヤホヤで熱気と共に漂う甘い香りが食欲をそそる。二回目にしては会心の出来であると自画自賛するほどの物がそこにはあった。

 しかしハーマイオニーはそちらには一切手を着けず、その横にある湯気の漂うティーカップを手に取る。

 中身はダージリン。最近は紅茶に凝っていると噂のハンナ・アボットの淹れたものだ。

 

(頑張れ。頑張るのよ、わたし)

 

 香りを楽しみながら精神統一。

 その濃厚で芳醇な香りに頬を緩ませてから一口飲み、音も無くソーサーに戻す姿からは、優美で上品なお嬢様という印象を受けた。

 それもその筈。彼女が自身のアップルパイに手を着けないのも、普段以上に振る舞いに気を使うのも……ついでに頬が紅潮して緊張しているのも、全ては隣に座っている爽やかなイケメンが原因なのだから。

 

「あの、先生。お一つ如何ですか?」

 

 ファンレターへの宛名書きを終えてたった今到着したばかりのギルデロイ・ロックハートは、パパッと素早く切り分けられたアップルパイを見て嬉しそうに破顔した。

 

「これはこれはっ! いや、実に図々しい事ですけど、いつ貰えるのか思っていたのですよ。もちろん、ありがたく頂戴しますよ、ミス・グレンジャー」

 

 まだ熱々のパイにナイフとフォークを入れ、期待に満ちた目で口へと運ぶロックハートを、ハーマイオニーは網膜に焼きつけんばかりに凝視する。今回は自分が最初にロックハートへ料理を渡せる番だったのだ。中には『早く渡せよコラ』とギラついた視線を向ける者もいたが完全にスル―するあたり、流石はハーマイオニー。肝が据わっている。

 慎重かつ丁寧に作った力作中の力作。

 それを食べて美味しいと口にするロックハートの笑顔を見て、心の底から生きていて良かったと思うハーマイオニーだった。

 

 ロックハートはあっという間に一切れを平らげ、今度は紅茶を称賛してアンナを赤面させている。

 そうして彼が一息ついたのが合図だった。

 彼のファン達はこぞって力作を献上しに行き、それにまたロックハートが『困りましたね』と嬉しそうにしながら対応していく。三角巾とエプロンを身に纏う女子達からの手作り料理だ。これを迷惑だと言う輩は一度モテない男達から袋にされるがいい。

 世の男共が嫉妬で血涙を流しそうなやり取りは、第一回目の活動から毎回見られる光景だ。

 そして一度彼に渡した者は他の者に場所を譲るのが『彼女達』のルールである。ハーマイオニーは欠けたアップルパイとカップを持って席を移動する。ロックハートに詰め寄らなかった面子に合流して女子会に参加するのも、これもまたいつもの流れだ。

 

「ハーマイオニーのアップルパイ。とっても美味しいわ」

「ジニーのも美味しいわよ」

「そんな、あたしのは焦げ過ぎちゃってるもの」

 

 そう言ってしょぼくれるジニーも既に料理クラブに馴染みメキメキと女子力を高めている。やはり想い人に渡す事を目標にすると上達も早いようだった。

 仲の良い男友達はいるが、あくまで親友止まりのハーマイオニーからすれば、誰かに本気で恋をする姿は羨望せずにはいられない。

 すっかり元気になったジニーが少し羨ましく、同時に嬉しかった。

 

(ジニーも大丈夫みたいね)

 

 ハーマイオニーは色々な意味で安堵する。

 あの日記事件からもうすぐ二ヶ月。まさかの禁句さん(若い)登場に場は騒然としたが、精密検査の結果でも異常は見当たらず健康そのもの。再発の前兆も無く一安心だ。

 

 もう大丈夫だろうとダンブルドアも太鼓判を押した事でこの事件は幕を降ろした。

 ハーマイオニーにとって、この事件はもう過去の出来事。ジニーのためにもあまり意識しない方が良い。

 

 そういった数々の要因が重なったため、ハーマイオニーは日記を破壊した蛇の事を重要視していなかった。

 破壊したのが一見してただの日記だったのも一因する。彼女はあの日記が、通常では完璧に破壊出来ない物品だと知らなかったのだ。

 だから蛇に噛まれた破損程度で消滅する、耐久性ゼロの凶悪物品だと勘違いしてしまった。

 

 元気一杯。流石はあの双子と褒めたくなるほどの活発さを見せる妹分は、懸念されていた友人もクラブを通して出来たらしく、友人達から慰められている光景も見ていて微笑ましかった。ロックハートのファンではない部員達はこうして頻繁にグループで纏まる関係上、微弱ながら仲間意識が芽生えつつあるようだ。

 今もグリフィンドールの一年生が肩を叩き、ハッフルパフとレイブンクローの一年生と三年生が慰めている。辛口ながらもジニーを慰めたスリザリンの一年生にハーマイオニーは嬉しくなる。

 そんな彼女達を見守っている部員は多い。多いと言っても、半分以上がロックハートを囲んでいる訳だが。

 

「大丈夫、大丈夫。わたし好みの味だよー」

「そうそう。気になる程ではないと思うわ」

「少なくとも私の時よりは全然上手よ」

「確かに芳ばしいしべちゃべちゃしてる部分もあるけど……別にこんくらい良いでしょ」

「まあ、最初にしては良いんじゃないの。ねえ、アリィ――あれ?」

 

 同意を求めたパンジーの声に、ハーマイオニーも初めて気付く。アリィがいない。いや、正確にはいるのだ。彼は今、料理台で未だに作業していた。

 そのことにハーマイオニーは首を傾げ、同時に珍しいと思う。

 アリィは早々に自分の分を食べてしまい、今は他の部員やロックハートに上げる分、持ちかえる分も含めて追加を作っている最中だ。元々林檎は多めに煮詰めており、念のため市販のパイシートも用意していたため焼成に入るまで時間はそう掛からない。

 オーブンで焼くのは三十分前後。

 その間はちょくちょく休める筈なのに、未だにアリィは作業台に張り付いている。しかもオーブンが作動していないように見え、不思議に思ったハーマイオニーは皆に断ってから席を立った。

 

「アリィ、何をしているの……って、アリィ?」

 

 アリィは未だにパイを作っていた。

 生地の上に甘く煮た林檎を敷き詰め、その上に切り込みを入れた生地を被せる。その際、生地の端に溶いた卵黄を塗って糊付けし、更にはフォークで端を潰して林檎を密閉する。

 そこまでは出来ていた。今は生地の表面に刷毛で卵黄を塗っている最中だ。

 

 ただしボーっとしている所為か。表面は卵黄を塗り過ぎてべちょべちょになっているのだが。

 

「アリィ――アリィっ!」

「うわっ、ハーさん? どしたの」

「どうしたもこうしたも無いわよ」

 

 ハーマイオニーは腰に手をやって呆れながら視線でパイ生地を指す。肩越しにハーマイオニーを見上げていたアリィは改めて手元に目をやり、そして溜息を吐きながら天を仰いだ。

 おそらく何分も塗っていたのだろう。彼にしては珍しい失敗だった。

 

「最近ボーっとしている事が多いって噂よ」

「あー、ちょっと行き詰っててさ。どーしたもんかなーと。最近はやりたい事が多くて多くて」

 

 アリィにとって今の料理クラブは気分転換の意味合いが強い。頭を空っぽにして尚且つ皆のためになると考えている。それなのにこれでは本末転倒だと反省しながら、塗り過ぎた卵黄を取り除いてオーブンに放りこんでから火を点けた。

 アリィはオーブンの小窓から火加減を見るが、その背中に掛かるハーマイオニーの言葉は、何処か警戒心を帯びている。

 

「アリィ、まさかとは思うけどまた何か企んでいる訳じゃないでしょうね?」

「えっ!? マ、マッサカー」

 

 去年の転倒薬事件はまだ記憶に新しかった。

 そして明らかに狼狽しているアリィにハーマイオニーの目が吊り上がる。視線を逸らして口笛を吹く姿など露骨だ。

 再度問いかける言葉は、恐怖を覚えるほど甘く、笑顔の後ろにはいつもの夜叉が降臨している。

 

「ア・リ・ィ?」

「い、いやいやいや! 約束通り食べ物を使った大々的な悪戯はしないって!」

「あら、それじゃあ他の事はするってことなの?」

「ハーさんとの約束を破るつもりはありませんです、サー!」

 

 ハーマイオニーの笑顔に直立不動で敬礼するアリィだが――、

 

《アリィ、今年のハロウィンはどうするよ?》

《あー、そっか。忘れてた……どうしよっか。ちょっと時間足りないかもしんない》

《ふーん。じゃあよ、こういうのはどうだ?》

《おお、良いよそれ! いや、むしろこんな感じはどう?》

《それ採用! 早速取りかかろうぜ!》

《あ、でも菓子使うとハーさんがハーさん様になるからなぁ》

《大丈夫だって。大々的じゃなきゃ良いんだろ?》

《そうそう。あくまで余興だ、余興。そのくらいなら去年と比べたら可愛いもんだって。皆喜ぶぞー》

《――――その発想は無かった》

 

 こうして双子のお陰で忘れかけていたハロウィンイベントは復活し、規模が縮小された分、研究の片手間だが準備する時間が出来た。

 計画立案はアリィ。準備を主体で行なっているのは双子とリーだ。

 

(まだ内緒。ハーさんや皆を吃驚させるんだ)

 

 例え計画を話しても怒られないと考えている辺り愚かだが、アリィは彼女を楽しませるためにも頑なに口を閉ざした。

 そんなアリィをハーマイオニーは信じていない。必ず何かをすると目を光らせている。

 しかしアリィがハリー並みに頑固である事はこの一年で良く分かっていた。

 だから、

 

「ねえ、アリィ。あなた、絶命日パーティーに興味は無い?」

 

 だから、ハロウィンパーティー以外の事で誘惑するのだ。

 別の事に興味を持てばそちらが疎かになるのは必至。むしろ絶命日パーティーに誘えば自分で彼を監視出来る。

 悪戯同盟を組んでいる双子達に悪戯を委託する可能性もありえるが、主導が天災で無くなるだけイレギュラーが発生する確率は激減すると踏んでいた。

 

(フレッド達なら、おそらく大丈夫よね。それにあれだけ説教したんだもの、例え何かを企んでいても、迷惑しか掛けない悪戯なんてする筈ないわ)

 

 時期が時期だけに新入生歓迎の意味もあるかもしれない。なら転倒薬の時のようにはならないだろうと、ハーマイオニーは天災の思考を完璧に読んでみせた。

 そしてハーマイオニーは行き過ぎで迷惑しか掛けない悪戯を禁止しているだけで悪戯そのものを禁止するつもりは無かった。

 談話室で毎日の様に騒ぐ双子を見れば娯楽の少ない学校生活に刺激を与える重要性というものが分かってくる。彼等の騒ぎに少しばかり期待している自分がいる事も自覚している。前述したものと危険な事を除き、余程の事が無い限り黙認する腹だった。

 悪戯同盟の悪戯は非常に喧しくて鬱陶しく激怒したくもなるが、楽しくて面白い事も多く何より人を傷付けない。彼等の起こす騒動はミス・ストッパーの信頼を勝ち得るのに充分なものだった。

 

 だから双子達が主導で行うなら酷くはならないだろうと高を括る。新入生は特に驚き天災の存在を認知する事になるだろう。ハロウィンパーティーはちょっぴり刺激的なパーティーになる筈だ。

 

 

 ――当然、内容次第では新たなトラウマを刻む訳だが。

 

 

「それで、どうかしら」

「絶命日パーティー!? 行く行く、絶対に行く!」

 

 案の定、蒼空色の瞳を輝かせるアリィに内心でガッツポーズ。ハーマイオニーは作戦の成功を確信した。

 

 絶命日パーティー。

 それはゴーストとなった者が自分自身の命日を祝うもの。ゴーストとしての誕生を祝う生誕祭だ。

 数多くのゴーストが集まる絶命日パーティーに生者が招待される事例は少ない。不思議で珍しい事が大好きなアリィは予想通り食い付いた。

 

「で、いつやるん!?」

「ハロウィン当日よ」

「…………はい?」

 

 そして絶命日パーティーがハロウィン当日と聞かされて苦悶する。

 去年も書き取り罰で不参加だったのだ。頭を抱えて苦しそうな呻き声を上げる様からは沢山の葛藤が窺える。

 そのまま悩むアリィだったが熟考の末、天秤は絶命日パーティーに傾いたらしい。

 これでハロウィンパーティーは双子達に託す事が確定する。

 

「そういや誰のパーティー?」

「『ほとんど首なしニック』よ。元々はハリーが誘われたのよ」

 

 ニックはグリフィンドール寮憑きのゴーストだ。

 彼はとある出来事を経てハリーを誘い、ついでに友人達も誘ってくれるよう頼んでいた。諸々の事情から乗り気でないハリーだが、フィルチの罰則から助けてくれたニックの頼みを無碍に出来ず承諾し、今に至る。

 ついでに言えばアリィも誘うよう言っていたのもニックだった。

 理由は当然、ピーブス避けである。あのお騒がせポルターガイストには悪いが記念すべきパーティーをピーブスに台無しにされる訳にはいかないのだ。

 ハーマイオニーはそれに上手く便乗した形である。

 

 ちなみに一時はゴースト全員から怖がられていたアリィも、今では『ちょっと警戒しておけばいい』程度の認識となっているので、アリィの登場に学校のゴーストが恐慌状態に陥る事は無いだろう。たぶん。

 

「でもニックの誕生日か。プレゼントどうしよう」

「…………アリィ、ほどほどにね」

 

 ゴーストへのプレゼントって何だろう。

 そう首を傾げながら、ハーマイオニーは皆の所へ戻っていった。

 

 

 ◇◇

 

 

 ハロウィン当日は去年同様パンプキンパイの甘い匂いに包まれた。学校主催の豪華なパーティーに生徒職員全員が浮足立っているのが良く分かる。大広間へ向かう生徒達の足は弾んで見えた。

 そして生徒達が列を成してパーティー会場へ向かう一方、肌寒い地下牢へと降りていく一行がいた。

 当然、ハリー達だ。

 階段を降りれば降りるほど活気は失われて肌寒く感じる。地下牢から吹いてくる冷気は、果たして感覚的なものなのだろうか。

 もしやコレは霊界から吹いてくる風ではないのかと思えてしまう。集まる者達がゴーストなだけに想像力が豊かになっても不思議は無い。

 

「ああ、階段を降りる度に僕のパンプキンパイが遠ざかっていく……」

「骸骨舞踏団が来るなんて訊いてないよ」

「もう、ぐちぐち文句を言わないでちょうだい。まったく、男の癖にいつまでもネチネチと」

 

 進行上、大広間の前を通るというのはロンとハリーにとって拷問だった。

 ロンは去年も食べたパンプキンパイに食い意地を張り、ハリーは魔法界でも人気の高い演奏団体に興味を抱いている。ハーマイオニーもやけっぱちになっているのは指摘するまでもない。

 

 薄暗く、ジメジメとして肌寒い地下牢。対して大広間は明るく陽気で暖かい。

 何故ここにいるのかと、足取りの重い三人は仲良く溜息を零した。

 

「なーに辛気臭い顔をしてるんだよ三人とも。せっかくの絶命日パーティー。もっと楽しまなきゃ損だよ損」

「心からそう思えるアリィが羨ましいよ。というより、ソレは何?」

 

 肩を落としているハリーは唯一ノリノリの人物へと訊ねたところ、アリィは得意気に胸を張って四角い箱を見せつける。

 綺麗にラッピングされたソレはニックのために用意したプレゼントだった。

 

「流石に何をやったら良いか分からないから『血みどろ男爵』に相談したんだ。無難に料理にしてみました」

「良いぞ! 僕、アリィの作ったお菓子があるなら三日は戦って――」

「生きた蚯蚓と蛆を用意するのに苦労したよ、マジで。蠅だって直ぐに何処か行っちゃうし」

「…………」

 

 何故食材でそんなものがチョイスされるのか。

 希望に満ちたロンの笑みは絶望のソレへと変わる。

 耳を澄ませば箱の中から微かに羽音が聞こえ、隣にいたハーマイオニーが盛大に仰け反った。

 ああ、これで僕達の食べられる物は無いんだと落胆し、なるべく早めに切り上げる事をハリーが決意した所で、四人は目的地に到着し――突如聞こえた黒板を盛大に引っ掻いたような音に耳を塞ぐ。やはり人間にゴーストセンスは合わなかった。

 

「なに、今の……」

「アリィの歌より酷いなんて」

「俺が怒らないと思ったら大間違いだぞ親友」

「……ゴーストのセンスって理解出来ないわ」

 

 あれが音楽なのかと四人で物議を交わす。

 そして、垂れ幕の掛かった戸口の前には真珠色で半透明のゴーストが一人。

 ひだ襟服にタイツ。オシャレな羽飾りの帽子を被っているゴーストこそ、今回の主役。死して五百年の歴史ある亡霊。ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿、通称『ほとんど首なしニック』だ。

 

「本当によく来てくれました。親愛なる友よ。アリィもよく来てくれましたね」

「おめでとうニック! はいこれ、プレゼント。皆で食べて」

「おお! まさか私にプレゼントとは!?」

 

 生き生きと目を輝かせるゴーストというのもシュールな光景だ。ハリーに挨拶した後、ニックはアリィの掲げる箱に目が釘付けになっている。

 よほどプレゼントが嬉しかったのだろう。早速料理を楽しむべく、ニックはアリィを連れて会場の中央へと行ってしまった。

 後には三人が残され、そして初めて彼等はパーティー会場を見渡す事が出来た。

 

「うへぁ」

 

 思わず零れたロンの声。しかしそれは間違っても感嘆などでは決してない。確かに沢山のゴーストが蠢く姿は壮観で、会場に飾られている古ぼけておぞましい……呪われているんじゃないかと冷や汗が垂れる装飾品にも圧倒される。

 青い炎を灯す蝋燭の燭台が頭蓋骨だと分かった時、ハーマイオニーが二人の腕にしがみつくほど不気味だ。

 はっきり言って、とてつもなく怖い。

 どうやら立食パーティーの形式を取っているらしく、長テーブルに並ぶ料理は全て腐り、黒焦げ、カビに覆われて異臭を放っている。直視するだけで吐き気を催した。

 

「どうよ。口に合えば良いんだけど」

「おお、これは素晴らしい!」

 

 だからだ。

 こんな地獄の宴に物怖じせず、あまつさえゴースト用の料理まで制作し、中央テーブルで披露しているアリィに混じりっ気無しで敬意?を表したのは。

 どうやら料理は好評らしい。

 料理を通り抜ける事で味を楽しめる?ゴースト達は、こぞってアリィの用意した誕生日ケーキに突撃して惜しみない称賛を送っている。

 ちなみにトッピングは生きた蚯蚓。スポンジには蛆が練り込まれ、毒々しい腐敗色をした緑のクリームには生きた蠅が中途半端に何匹も塗り固められている。

 

「…………わたし、アリィに料理を習っているのよね」

 

 その料理人魂を褒めるべきか。少しは躊躇えよとツッコミを入れるのが正しいのか。

 どちらにすれ複雑な心境を抱くハーマイオニーの肩を、ハリーとロンがポンっと叩いた。その所作に多大な同情心が宿っていたのは言うまでも無い。

 

 気落ちしたハーマイオニーを気遣ったのだろう。ロンは頑張って陽気な声を絞り出して話を変える。

 

「さあ、ハリーはニックの良さをどっかのゴーストに伝えなくちゃいけないんだろ?」

「立派に役目を果たしてきなさい。わたしとロンは適当に楽しんでおくわ」

 

 ハーマイオニーは瞬時にロンへ合わせてくる。瞬時に回復したミス・ストッパーにも驚くが、その酷い裏切りにハリーはショックを受けた。

 

「隅で静かにやり過ごそうったってそうはいかないよ! 僕達、親友だろ!?」

 

『首無し狩』なるスポーツに参加出来ないニックのため、そのスポーツ委員会会長にニックの良さをプレゼンしなくてはならないハリーは「友情なんて糞食らえだ!」「一緒に来てあげただけありがたいと思いなさい!」と、友情ぶち壊しの本音を叫ぶ二人を道連れにニックの方へと歩み寄った。

 ちなみにアリィはアリィでレイブンクロー寮憑きゴースト『灰色のレディ』と話をしたり、外から来たタキシード姿のゴーストと談笑したりして心置きなくパーティーを満喫するのだった。

 

 

 

 

 

 

 結局ハリー達は長時間も絶命日パーティーに拘束され、本当にギリギリになって終盤のハロウィンパーティーに潜り込む事に成功する。

 しかし、

 

 

 

 

 

 

「ドラゴン!?」

「しかも身体が飴で出来てる!?」

「アリィ、あなたの仕業なのね!?」

「おお、上手くいった! 流石は兄弟、良い仕事してるねホント!」

 

 彼等を待っていたのは巨大なドラゴンだった。

 全長は三メートルほどで身体は赤や青と様々な色彩に彩られ流動している。そう、流動だ。固形では無く液体。巨大な水飴ドラゴンは背中に『おめでとう新入生諸君!』と、歓迎を掲げた旗を突き挿しながら空を飛んでいた。

 魔法で生み出された蝙蝠達は怯えながら不規則に飛び、その低空飛行はテーブルの上に並ぶデザートを薙ぎ倒している。驚きのあまり演奏団らしき骸骨達は椅子から転げ落ちていた。

 殆どの者が頭上を見上げる事に必死で四人の登場に気付いていない。

 しかし、それでも目敏く気付く者はいるのだ。

 

「おう、ベストタイミングだな兄弟!」

「アリィ、締めは任せた!」

「派手にやれ!」

 

 

 なお、この双子とリーの発言が証拠となり、首謀者の一員としてマクゴナガルにこってり絞られる事になるのは別の話である。

 しかし減点などされず、罰則も比較的軽いものだった。

 

 なぜなら、

 

 

「よし、任せろ!」

 

 混乱の中、ハーマイオニーに詰め寄られながらもアリィが精一杯投げた物体は、見事な放物線を描いて水飴ドラゴンの身体に直撃する。

 それは小さくて薄い何百枚もの紙が重なって出来た包装紙に包まれた、野球ボール大の凝固剤。

 懐から出されたソレは水飴ドラゴンに当たった途端、盛大な音を立てて爆発した。

 飴細工のドラゴンが爆音を奏でて飛び散っていく。

 弾け飛んだ水飴の欠片は手ごろなサイズで固まり、何百にも分裂した包装紙が飴を一つずつ包んでいく。

 虹色の飴は豪雨となって大広間に降り注いだ。

 

 暫しの静寂、そしてその直後、突然のサプライズに歓声や拍手が巻き起こる。

 盛大なパーティーでテンションが高くなっている皆にとって、この美味しい馬鹿騒ぎは気持ちの良いものだったのだ。

 二次的被害に遭った骸骨達すら苦笑――骨だけなので雰囲気で判断――している様に見え、ダンブルドアも拍手している。

 だからマクゴナガルは双子達をキツく叱れなかった。何故なら、彼女もまた、呆れながらも苦笑している様に見えるのだから。

 

「ふむ。では悪戯仕掛け人達のユニークな催しが決まったところで、パーティーもお開きとしようかのう。それ、皆の者、駆け足!」

 

 ダンブルドアの締めでパーティーは終わりを迎える。

 皆は帰り際、近くにある飴を拾ってポケットに仕舞う。持ち切れない分は暫くの間、食事の際に小皿に盛られてデザート代わりに振舞われる事になった。

 こうしてハロウィンパーティーは近年稀に見る大盛り上がりを見せて幕を閉じたのだ。

 

 

 

 

 

 それで綺麗に終わったら、どんなに良かったことか。

 

 

 

 

 

「――アリィ?」

「どうよ、ハーさん。これなら皆も喜ぶし、大々的でも無い……ハーさん? なんか凄いデジャブを感じるその笑顔は可愛いけどさ、ちょっと怖いと思うん――」

「正座」

 

 

 ――危険は無い。しかしコレは一般人の感性からすれば充分『大々的』の範疇だ。

 

 

 約束を破った天災は正座を強要され、実に一年ぶりの説教に涙を流す。これを機にアリィの悪戯は、全面的に料理を使った物が禁止となった。

 とはいえ説教は五分にも満たなかったのでハーマイオニーも本気で怒っている訳ではない。これは、あくまで脅し。『約束を破ったら酷いわよ』という、飴と鞭で言う『鞭』の部分。今後の牽制。

 もうアリィは約束を破ろうとは思わないだろう。

 その調教師染みた考えと躾けに、一部始終を目撃した面々はハーマイオニーの手腕に改めて舌を巻いた。彼女の二つ名に『調教師』が追加された瞬間だ。

 

 

 

 

 ――なお説教は短かった分、脅しと恐怖が濃縮されていたらしく。説教後の怯えた姿に同情したスネイプが罰則を与えずに見逃してしまったのは、全くの余談であった。

 

 

 

 

 

 




次話はキリが良い所で区切るので普段より短いと思います。
五千字程度? もしかしたらそれにも満たないかもしれません。

そして次話から起承転結でいうところの転になります。
これで二章の方向性が分かって頂けると思います。また二章第八話と同じく好き嫌いがはっきりしそうです。

今後の展開予測の当たった方は「やっぱりな」と次話を見て笑ってください。

誤字や脱字を発見された方、ご意見やご感想がある方は、連絡して頂けると幸いです。
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