トレーニングを開始してからは怒涛のように毎日が過ぎた。
1週目は全身筋肉痛に悩まされ
2週目には筋肉痛が無くなった
そして3週目に差し掛かり体重がガタ落ちした頃(女子は喜んでた)、投げ出そうとした生徒が現れた。マルフォイとその取り巻きたちだ――
「ふむ、無理に引き止めはしないけど本当に良いのかい?」
リタイアしたいと自己申告してきたマルフォイに対し、リアンはいつもと変わらない様子で質問を投げかけた。
「勿論です。僕にはルフ魔法なんて必要ありませんから」
「いや、そういう意味じゃないよ。
例えばキミがリタイアして、キミのライバルもしくは気にくわない相手が続けた場合、1年生の終わり頃には相手方だけがルフ魔法を習得していることになる訳だけど、キミはそんな状況に耐えられるのかい?」
マルフォイはグッと言葉を噤んだ。その様を想像してプライドが刺激されたんだろう。
「それに鍛え続ければ必然的に身体能力は上がっていく。その場合スポーツ等でも遅れを取り悔しい思いをする可能性がある、例えばキミの好きなクィディッチとかでね」
マルフォイの肩が震え始める、よく見ると唇の端を噛んでいる。大好きなクィディッチを引き合いに出されて心が揺れ始めているのだろう。もしあの場に立っているのが自分だとしても同じ反応をする、とハリーは思った。
「まあ相手に遅れをとったり、馬鹿にされても良いのなら止めないよ。選択は個人の自由だからね」
「ぐっ……!やっぱり続けます……」
無言で肩を震わせていたマルフォイだが最後のリアンの言葉が追い打ちとなり、結局は授業に参加する意思を口にし渋々トレーニングへと戻った。
「それは良かった。チョロ……こほん、素直に聞き入れてもらえたようだ」
してやったりと言った表情のリアン。この先生は結構いい性格をしているのかもしれない……
そしてトレーニング開始から1ヶ月が経った。
その日はいつもの飛行訓練場ではなく、教室での授業だった。初めて見るルフ魔法の教室には見たこともない道具や本が置いてあり、床にはいくつもの魔法陣が描かれていた。
「今日はキミたちにこの1ヶ月の成果を見てもらおうか、みんな杖を持って!もう一度『ボルグ』を唱えてごらん?」
黒板の前に立つリアンに言われて、杖を構える。初回の授業以来試したことすらないから少しドキドキする。
「ボルグ」
意を決して呪文を唱えると金色の防壁が自分を覆った。やった、成功だ!……嬉しくて思わずあたりを見渡すと全員がボルグを成功させていた。みんな自身の周囲にある金色の防壁を見て驚いている。
「これでスタートラインに立てたね。
約束通りキミたちにルフ魔法の叡智を授けよう、これからは本格的な魔法の授業を始めていくよ」
リアンの言葉を聞いてみんな大喜びだった、だってここまで来るのは本当に辛かったのだ。トレーニングの間に腹筋が割れたという嬉しい副産物はあったけど何度投げ出そうと思ったことか……!ただもう駄目だと思った時に限って「その調子だよ」や「いいぞ」や「キミなら出来る頑張れ!!」などの励ましが入る上に、トレーニングが終了に近づくと「あとちょっとだ」、「あと1セット」など言われるのでなんだかんだで続けていた。しかしそれでもモチベーションを保つのは厳しかった。全員が乗り切ることが出来たのは奇跡だと言っても過言では無いと思う。
「早速だけど、キミたちがどのルフと相性が良いかを調べようか」
そういってリアンは口を開けた女性の胸像を取り出した。それは『八色魔選晶』という名で魔法使いが『炎』、『水』、『光』、『雷』、『風』、『音』、『力』、『命』のどの属性のルフと相性が良いかを判別できる道具らしい。
「誰か一番最初にやってみたい子はいるかい?」
一斉に生徒たちから手が上がる。みんな早く自分の属性を知りたくて仕方がないと顔に書いてある。
「それじゃあウィーズリー君」
当てられたロンは嬉しそうに前にでる。
「まずは手を触れて杖で魔法を使う時と同じように魔力を込めるんだ、すると……ってああ!」
ロンは最後まで説明を聞かずに八色魔選晶に触れ魔力をこめ始める、リアンは慌てて止めようとしたが、時すでに遅し――次の瞬間、胸像の口からロンの顔目掛けて炎が吐き出された。
「…………」
炎で顔を真っ黒にさせたロンは無言で立ち尽くしている。
「まったく、気持ちがはやるのはわかるけれど説明は最後まで聞くものだよ。グリフィンドール5点減点」
額に手を当てて苦笑いをしているリアン。
なんでもこの道具は魔力をこめた本人と最も相性の良い属性の事象を口から吐き出すから胸像の口を自分に向けたまま使用しない方がいいらしい。
「更に補足すると『八色魔選晶』により引き起こされる事象は見た目の派手さの割には威力が低いから、仮に胸像の口を自分に向けて使用してしまっても大きな問題は無いよ。けど服がびしょ濡れになったり、風で髪がボサボサになったり、炎で顔が真っ黒になったりするからそれが嫌なら自分に向けては試さないようにね。それじゃあ、どんどん属性判別をしていくよ!」
全員の属性判別が終わるとルフ魔法についてもう少し詳しい説明を受けた。
曰く、自然界でルフが起こす現象には決まった術式が存在している。術式は火を灯す、傷を癒す等の単一的なものもあれば複数のルフを組み合わせるものもある。基本的には組み合わせの量が多くなるほど高度の技量と多量の魔力が必要となり、ほぼ比例的に威力も増す。初期段階では個人が最も相性の良い属性の単一魔法から習得していくことがセオリーである――とそこまで説明されたとき、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
「おや時間切れとなってしまったから今日はこれまでだね。次回は実践的な授業を行うから教科書の『各属性と命令式について』の項目読んでおくように、それじゃ解散」
寮の談話室に戻る道中のおしゃべりはルフ魔法の話題で持ちきりだった。ようやく魔法らしい授業になってきた、早く派手な魔法が使ってみたい、とみんな期待に目を輝かせている。
「でも喜んでばかりもいられないわ、多分今後は魔法と体力トレーニングの授業を交互にやっていくことになるから」
水を指すように冷静な意見を述べるハーマイオニーにロンが食ってかかった。
「ちょっと待てよ、トレーニングってこれで終わりじゃないのかよ⁉︎」
「まさか!これからも続ける筈よ。だって体力は鍛えていないとすぐに落ちるし、ルフ魔法は身体への負担が大きいのよ?それに強力な魔法を使えるようになるためには比例して強靭な身体が必要に決まってるわ」
ふたりの会話を聞いて一気にテンションが下がった。あのブートキャンプ はこれからも続いていくのかと思うと少し気が重い。
ハリーが肩を落としたのと同時刻、授業が終わり生徒たちのほとんどが寮へと帰りガランとしたルフ魔法の教室の真ん中にはポツンと立ち尽くす生徒がいた。
「ロングボトム君、どうしたんだい?」
顔をうつむかせたまま、その場から動く気配の無い彼を不思議に思い声をかけた。
「……ファルク先生、質問があります。僕と相性のいい属性でもある『命』の魔法はどんな怪我や病気も治すことが出来るんでしょうか?」
意を決したように質問した彼の瞳には怯えと不安が宿っていた。
「その質問の仕方だと範囲が広すぎるから何とも言えないけれど魔法使いの腕次第では様々な病気や怪我を癒すことができるね」
「そ、そうですか……」
あからさまに肩を落としている。何故そんなにもがっかりしているのだろうか。
「誰か治療したい人でもいるのかい?」
「はい、でもきっと無理です。僕には才能がないから……」
「ふむ、なぜ自分に才能が無いとわかるんだい?本格的な魔法の授業は始まったばかりだろう?」
「だって僕はどの授業でも失敗してばかりだし……」
その話は少し聞いたことがあるな、と教師陣の話を思い起こす。確かにロングボトム君は色々な授業で失敗しており評価もあまり高くは無い。ただグリフィンドールの寮監でもあるマグゴナガル教授によれば彼の自信のなさによる萎縮が原因で、それさえ無ければ大いに成長する可能性を秘めた生徒らしい。なんとも勿体ない生徒だ……よし、せっかくだから自信をつけるための手助けをしてみようか、彼にはやりたいことがあるみたいだしね。
「私は他の教科の担当では無いから、ロングボトム君の才能の有無については何も言えない。けれどもこの1ヶ月を乗り切ることが出来た時点でキミは見込みのある生徒だと思う」
授業では言わなかったが、全員が乗り切るとは思っていなかった。それくらい厳しいものを課していた。
「ホグワーツ入学前に説明があったと思うけど、ルフ魔法の授業はあくまで文化交流の一環でしかないから受講を途中で辞めるのは自由だ。現に昨年と一昨年は最初の1ヶ月で何人か脱落者が出ている。でもキミはそれを乗り切ることが出来たのだから、諦めるのはまだ早いんじゃないかな?」
「…………そんな風に言ってもらえたのは初めてです」
目を瞬かせながら言葉を紡ぐロングボトム君の姿に少し面を食らった。驚かれるほど強く褒めたつもりはない。ということは、この子は今まで他人に褒められた経験がかなり乏しいのだろう。彼に自信をつけさせるのは結構骨が折れそうだ。
「今の言葉は紛れも無い私の本心だ。もう一度言うけどキミには見込みがあると思う。だから成し遂げたいことがあるのなら遠慮なく相談するといい、授業終了後に意を決して質問するほどには強い思いがあるのだろう?」
ロングボトム君は私の言葉を聞くと真剣な表情で考え込む。この様子だと何か深い事情がありそうだ。
「あの、僕には……どうしても治って欲しい人たちがいます。どのお医者さんにも無理だって言われたけど『命』の魔法なら治せるかもしれない。だからその、えーと……」
懸命に言葉をつむぐ様子は見ていて少しもどかしいけれど、自分から話しかけることはしない。
「もっと詳しく『命』の魔法、特に医療に関する魔法について勉強してその人たちを治したいです。あの……僕にできるでしょうか?」
正直に言って、死んでさえいないのならば大体の病気や怪我は『高度医療魔法』という類の魔法で完治させることができる。けれど彼の言う治したい人たちの症状がどんなものかわからない今は無闇に希望を持たせるようなことを言うべきではない。よってここは……
「それはやってみないとわからない。でもキミが医療魔法について学びたいというのなら協力はするよ」
今は可能性を示すことだけに徹しよう。
「だったら、その……僕に医療魔法を教えてくれないでしょうか?あの人たちを治せるかはまだ分からないけど何もせずにいるのは嫌なんです」
彼の言葉に自然と口元に笑みが浮かぶ。若者が自らの意思で道を踏み出そうとするのを見ると嬉しくなってしまう。
「いいとも、知識を求めるのならばそれに応えよう。と言ってもキミはまだルフ魔法について学び始めたばかりだから、最初は授業内容のおさらいと補講というシンプルなものから教えていくことになる。それでも構わないかい?」
「は、はい!むしろそっちの方がいいです。いきなり難しいこととかできないと思いますし……」
まだ若干緊張の色は見せつつも嬉しそうに頷くロングボトム君。ふむ、このくらいの年齢の子だったら少しはがっかりするものだけれど、こういう反応をするということ頭は悪くない子だね。自信のなさからくるものも大きそうだけど。
「それは良かった。なら来週からは週に一度個人授業の時間を設けようか。毎週この時間の後は1年生の授業はないはずだし……」
「あ、あの……今日からじゃダメですか?」
おやおや、思った以上に積極的だ。これは確かに自信をつけたら大成するかもしれないね。
「もちろん構わないとも!早速今日のおさらいから始めようか。分からないところはあったかい?」
「は、はい!えと、この『術式』というのは……」
分からなかったところを必死に理解しようとするロングボトム君の姿はとても微笑ましい。彼はこれからどんな風に成長していくか今から楽しみだ。
ネビルが原作より早熟するフラグが立ちました。
原作よりばかりだとかなり展開が早くなってしまうのでその時裏側ではみたいな話をちょいちょい挟んでいこうと思います。
何とか年内に書き上がってよかったです。