ステイル=マグヌスとの戦闘から三日。
あの後、休門の効果で驚異的な回復をさせながら、なおも痛みを訴える両足を引きずり、インデックスと合流しようとした舞戸を真っ先に出迎えたのは、気絶したステイルを肩に担ぐ神裂火織という女の魔術師だった。
明らかにステイル以上の実力を持った相手に、いよいよ本気の奥の手を使わねばならないかと思った舞戸だったが、どういうわけか戦闘が起きることはなく、すぐにある場所に向かうように指示してきた。
敵の言うことを素直に信じるのもどうかと思ったが、詳しく話を聞く前に神裂という魔術師が足早にその場を立ち去ったため、罠があってもいいように気をつけながらとりあえずそこに向かった。するとどういうことだろう。目の前にいるのはボロボロの上条を一生懸命担いで運ぶ小萌先生とインデックスの姿。
痛む足など気にせずに、とりあえず三人を担いでダッシュでアパートに戻り、上条の看病を始める小萌先生の傍でインデックスに話を聞いてみたが、わかったことは血だらけの上条が道の真ん中でぶっ倒れていたということだけだった。
「上条のやつ、早く意識を戻しやがれ……」
包帯や熱さまシート、ポカリやパックのお粥が入ったレジ袋をぶら下げ、薬局からの帰り道を歩きながら未だに目を覚まさない友人を心配する。小萌先生やインデックスの尽力もあって回復傾向にはあるのだが、意識が戻らないということが、それだけで不安を煽った。
(あー、やめだやめだ。上条のことを考えると暗い気分になって仕方ない)
そうすると自然に頭の中に浮かぶのは神裂と名乗った魔術師のこと。
(多分、あいつがインデックスを切ったやつなんだよな)
ステイルを抱えていた腕とは反対に持っていた二メートル以上はあったであろう日本刀が頭をよぎる。
この三日間、舞戸は頭の中で、上条の容体→神裂という魔術師のことが、永遠とループしていた。
(……でもあの時の、あの人の目、どうしてもためらいなくインデックスを切るような人間には見えないんだよな)
さらに言えば、上条を殺さなかっただけでなく、倒したその場所をわざわざ知らせに来てくれたことも舞戸の疑問に拍車をかける。
う〜ん。と、腕を組みながら、誰が見ても熟考していると分かるポーズを取る姿は、まるでアニメや漫画のようだ。
「……分からん」
危険ではあるが、もう一度、神崎と接触して直に話ができればいいのだが、インデックスと上条には幸い、あれから向こうの動きもない。
こちらから接触を試みるという手段も考えたが、向こうはこちらの居場所を知ってるであろうが、こっちは向こうの居場所を知らないため諦めた。
そうこう考えているうちに小萌先生のアパートに到着。階段を登ろうとしたところで「帰って‼︎」という聞き覚えのある声が聞こえた。
すぐに階段を駆け上がり急いで部屋に入ると、そこには両手を広げ魔術師二人の前に立ち塞がりながらボロボロと涙を流すインデックスの姿があった。
今更ながらも戦闘の構えを取ろうとするが、部屋を包む雰囲気からどうもそういう流れではない。
動きを見せない魔術師たちにその場で混乱していると、ステイルが「リミットまで、残り十二時間と三八分」という訳のわからない言葉を発した。
「『その時』まで逃げ出さないかどうか、ちょっと『足枷』の効果を見て見たかったのさ。
予想以上だったけどね。そのオモチャを取り上げられたくなかったら、もう逃亡の可能性は捨てた方が良い。いいね?」
(どうなってるんだ?)
「大丈夫、だよ?」と答えたインデックスが広げた両手を下ろして上条に振り返る。上条はそんなインデックスの姿が見ていられないかのように目をつむる。訳のわからないまま話が進みとうとう二人が俺の脇をすり抜ける。
「そうだ。上条当麻、君はそこで置いてけぼりを食らってる男と友人なんだろ?だったら僕らの代わりしっかり説明をしておくことだね」
部屋を出てドアが閉まる前、そんな言葉とインデックスの涙をすする音だけが部屋に残った。
夜になった。小萌先生は銭湯に出かけ、上条の布団の横でインデックスが突っ伏したように寝ている。陽が落ちる前から眠りに就いていたせいで電気も点いていないその部屋で、上条はようやく昼間の出来事と意識を失う前に知ったインデックスの真実を舞戸に話した。
(あの魔術師たちはインデックスが覚えていないだけで、もとは親友と呼べる仲だった……インデックスがそれを覚えていないのは、一年分の記憶しか彼女の頭の中に入れることができないから)
「………」
舞戸はただ顔を下に向け黙り込む。
そんな舞戸を見る上条もどこか暗い複雑な表情だ。
と、不意に電話が鳴る。
未だ下を向いたままの舞戸に代わって、のろのろと電話に出た上条の口から「神裂」という言葉が聞こえたが、その後からはなにも舞戸の耳には聞こえない。
(そうか。だからあの時、神裂と名乗った魔術師はあんな目をしていたんだ)
今まで霧がかかったかのようにわからなかった疑問が次々と晴れてしていく中、舞戸の奥底である考えが浮かぶ。
(………二人に合わせる顔がない)
突然だった。電話に食いかかるように何か話している上条を置いて、舞戸はゆっくりと部屋を出る。
アパートの階段を降りて、一人ゆっくりと夜道を歩く。しばらくすると、ぼんやりとしていたせいで何かにぶつかる。視線をあげると、そこにはぐにゃりと曲がった街路灯がった。
(上条の前で「インデックスを助けるための力」なんて言ったのにな)
自身の拳を被せるように街路灯に合わせるが、ぴったりと跡と拳が重なるのに対して、それをやった本人は別人のように見える。
ゆっくりと拳を戻し近くのベンチに腰を下ろす。
『そんな浮かない顔してどうしたんだ龍夜』
「………ガイ先生」
そんな声が聞こえた。だが、顔は上げずに下を向いたまま話をする。
「助けたい女の子がいるんです」
『ほう?』
「インデックスっていう、自分が苦しい思いをしてるのに、それを隠して笑顔をみせて、他人を心配することができる、強くて、優しい女の子なんです」
『はっはっは‼︎ それは素晴らしい女性だな』
「はい。先生に後押ししてもらった願いを、胸を張って叶えてると言えるような子です」
『そうか。ならどうしてお前はここにいる?
俺に胸を張って言えるよくない女の子なんだろ?どうしてそばにいてやらない?』
「それは……」
そこから先を口に出すことができない。
『………龍夜よ。俺とお前が最初にあった時に言った言葉を覚えているか?』
「自分を信じない奴なんかに、努力する価値はない。……忘れる訳がありません。あの言葉があったから、先生との修行も、休学から戻った学園都市での一年間も、挫けずに頑張ってこれたんですから」
『なら、どうして今は頑張れない?』
「………」
まただ。口にしようとしたところで、どうしても喉から先に進まない。理由なんて分かっているのに、なぜか言葉にーー『自分に嘘をつくな‼︎』
『理由は「今までしてきたことが無駄だった」心の底でそう思ってしまったからだろ‼︎‼︎‼︎』
「っつ‼︎‼︎」
……そうだ。
はじめに顔を上げられなかったのはこのせい。
理由がわかっているのに言葉に出せないなんてのは嘘に過ぎない。
口にできなかったのはガイが言った通り、「自分が今までしてきたことはいったいなんだったのか」と、目の前で苦しむ人間がいるにも関わらず、自身を第一に考えた醜い己を隠したかったからだ。
ガイに修業をつけてもらって、舞戸は別人のように変わった。今日という日まで自分が助けたいと思った人たちは、多少つまづくこともあったが持ち前の根性で全て救えるようになったほど。
「俺は…最低の人間です……」
だが、たった一度、目の前に制限時間が迫る一枚の壁ができてしまっただけで、挑む前から心が折れて諦めてしまった。
「誰かを助けたいと言いながら、心の奥底では自分を優先し、なおかつそれを隠そうとするような人間です」
隣で最後までインデックスのために足掻こうとしている仲間がいるにも関わらず。
「………そんな俺が上条と一緒にインデックスを助けていいはずがない」
(もう俺が……)
「今更、頑張れるはずがないじゃーー『バカヤローー‼︎』へぶっ⁉︎」
突然飛んできた拳がベンチを粉砕し、舞戸を後ろの花壇にぶっ飛ばす。
『確かにお前は壁にぶち当たる前から諦め、友を見捨てるような失敗してしまったかもしれない。他者より自分のことを優先して考えたかもしれない。だがな、それがなんだ‼︎ 失敗したのならまた立ち上がればいい‼︎ 今の自分が嫌なら、好きな自分に変わればいい‼︎』
「……先生」
『俺はお前がそれをできる、努力の天才であることを誰よりも知っている‼︎』
その言葉を聞いて思わず涙が出た。
『立て、龍夜‼︎』
「おっす‼︎」
そして同時に自分の中で迷いが消えた。
花壇から這い出て真っ直ぐとガイの目を見る。
『お前の友はまだ諦めてないんだろ‼︎』
「おっす‼︎」
『お前の助けたい人はまだ苦しんでるんだろ‼︎』
「おっす‼︎‼︎」
『ならお前が今やるべきことはなんだ‼︎』
「インデックスを……上条を………絶対に、助けることです‼︎‼︎‼︎」
チャクラを足に集中させて一気に公園を飛び出す。その後ろにはすでに、先程のおかっぱ頭の男の姿はなかった。
「上条‼︎」
小萌先生の部屋に戻ると、熱病にうなされたように苦しむインデックスを、上条が血が出るほどに唇を噛み締めながら、悔しそうに見守っていた。
「舞戸……お前、急にいなくなってどこ言ってたんだよ。こっちはーー「そんなことはどうでもいい‼︎」は?」
舞戸は一冊の資料を上条に突きつけた。
「なんだよこの資料?」
「俺が休学中のカリキュラムを最近まで補習で受けてたのは知ってるな」
「ああ」
「そこでな、先週ぐらいに脳科学について勉強したことを思い出して、家からとってきた」
そうして舞戸は資料のある一文を見せる。
「なになに、人間の脳はもともと一四〇年分の記憶が可能であり……たとえ、日常のあらゆるもの、あらゆる出来事全てを覚えているようなことがあっても、決して脳が破裂するようなことはないって、おい‼︎ これ⁉︎」
「そうだ。たとえこの一四〇年ってのが言い過ぎだとしても、インデックスの記憶が一年しか持たないってのは明らかにおかしい。おそらく、魔術で何か細工されて、そのせいで記憶が消えてるんだ」
ようやく見えた希望。そして、それを掴みとる鍵はすでに上条の右手にある。すぐに上条の右手がインデックスの頭に触れる
「………」
「………」
「何も起きないぞ」
「何も起きないな」
あっれー⁉︎ と不思議そうに首を傾げた上条がインデックスのほっぺたやつむじをペタペタと触るがやはり何も起きない。
「……まて上条、お前、以前もインデックスの身体に右手で触れる機会はあったよな」
「ああ、インデックスをこのアパートに連れて来た時や、素性を明かした時にも触れてる。
もしかして、まだインデックスに触れてない部分があるのか?」
「…………」
「…………」
フン‼︎ と、何かものすごくエロい方向にすっ飛びかけた思考をお互いの顔面を殴ることで無理やり戻す。
「痛ってぇ〜、つっても、体の中って考え自体は間違ってねぇだろ」
「確かにそうだが、流石にそっちはまずい。他に体の中に通じる場所なら口とか……」
「「これだ‼︎」」
確証はないが試してみる価値はある。
浅い呼吸を繰り返す可愛らしいインデックスの唇の間に、舞戸がそっと手を入れて、少し強引だが中が見えるように大きく口を開かせる。
「どうだ?」
「……あった」
喉の奥、そんな滅多に人に見られず、親しい人間でも触ることのできない場所に、不思議な紋章がただ一文字、真っ黒に刻まれていた。
「上条」
「なんだよ急に」
いよいよ上条が口の中に手を突っ込むとなった時、舞戸がそれを遮った。
「俺はお前に謝らなきゃならないことがある」
「……なんだよ」
なぜこんな時にと口にしかけた上条。だが、真剣な舞戸の顔を見てそれをやめる。
「俺はさっき、インデックスを助けるのを諦めてこのアパートから逃げ出した」
「………」
「インデックスには自分を頼れなんて言っておいて、お前一人だけを残して俺は逃げたんだ」
「………」
「戻って来たとは言え、俺が一度二人を裏切ったことには変わりない。本当に、すみませんでした」
そっとインデックスを布団に戻し、両手を地面について頭を地面に擦り付ける。
こうやって頭を下げていることは自己満足でしかないと分かってる。だが、これだけは絶対に譲れない。こうして謝罪しなければ舞戸に、次へと進む権利はない。
「そして、お願いです!どうか、今度こそ俺にインデックスを、上条を全力で助けさせてください‼︎」
そんな舞戸を見た上条は……
「ふっーーーーははははは‼︎‼︎‼︎」
腹を抱えて笑った。
「ははは、何を言いだすかと思えば、何くだらないことで謝ってんだよ」
「くだらないって⁉︎ お前⁉︎」
「そんなこと気にするわけないだろ」
「俺は一番重要なところで逃げ出そうとしたんだぞ⁉︎」
「だからなんだよ。舞戸はこうして戻ってきた。インデックスを救うための重要な情報を持ってくれたじゃないか。俺にとってはそれが事実でそれがすべてだ」
本気で言ってるのかと疑いたくなる反面、上条がこれを本気で言ってるのは、一年という短い付き合いながらも舞戸はよくわかっていた。
「だがまあ、インデックスはなんていうかわからねぇ」
だからさ、と続けていった。
「二人で今度こそ本当にインデックスを助けて、本人の口から言葉を聞こうぜ」
パチン、と静電気が散るような感触を上条の右手の指先が感じると同時に、バギン!と。上条の右手が勢いよく後ろに吹き飛ばされた。
「ーー警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorumーー
ぐったりと倒れていたはずのインデックスの両目が開き、その目からは血のような真っ赤な光を発している。よく観察してみると、その光りの正体は眼球に描かれて真紅の魔方陣だった。
「侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み込みに成功しました。これより特定魔術『聖ジョージの聖域』を発動、侵入者を破壊します」
バギン!と、凄まじい音を立てて、インデックスの両目にあった二つの魔方陣が一気に拡大した。直径にして役二メートル強。それがインデックスの両目の眼球を中心に固定されている。
「ーーー。ーーー。」
何かの歌と思われる舞戸の頭では理解できないもの口にしたかと思うと。インデックスの目の前の空間に、ガラスに弾丸をぶち込んだ様な亀裂が入った。
(あれは明らかにやばい‼︎)
「かみーーっ痛‼︎‼︎‼︎」
突然の頭痛。脳みそに金槌をぶつけた様なとてつもない痛みが頭に走る。
(ぐっ……くそっ………な…んだ)
その痛みは徐々に増していき遂にはその場で膝をついた。
そして、意識が朦朧とする中で亀裂から放たれたレーザーと上条の右手がぶつかったのを見た瞬間。
ーー「そもそもなんであの子ーー「じれってえ野郎だ、んなの見りゃーー「Fortis931ーー「インデックスを助けたくないのかよーー「『上条当麻』の破壊を最優先しますーー「ダメです、上‼︎」ーー
舞戸の頭に大量の記憶が流れ込んだ。
(な…んだ、今の記憶は……、今のはまるで、これから起こることを知っているような…)
「くそ、何をやっている‼︎ この期に及んでまだ悪あがきをーー‼︎」
「……ど、『竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)』って、そんな。そもそもなんであの子が魔術なんて使えるんですか!」
押しかけるように部屋に入ってきた神裂とステイルが、上条の右手と魔術がぶつかり合うのを見て絶句する。
(今のは、さっきの記憶の通り⁉︎)
それを見た舞戸の心臓はドクン‼︎と、大きく脈を打った。
もし、先程、頭の中に流れた記憶が本当だするなら……
(上条がやばい‼︎)
インデックスの対応で完全にこちらから目が離れた三人の後ろに下がり、両手を顔の前でクロスして小さく腰を落とす。
(八門遁甲!第一から………第二 休門を開‼︎)
さらに腰を落とした舞戸の身体が徐々に赤く染っていく。
「
(第三 生門……開‼︎‼︎)
一度大きく身体が伸び上がりると再び腰が落とされる。
(さらに第四 傷門……第五 杜門……開‼︎‼︎‼︎)
「なっ⁉︎ 彼は一体何を⁉︎」
ここでようやく神裂が舞戸の異変に気がついた。額に浮かぶ血管、赤く染まって身体、明らかに普通ではない。
(ぐっ……ダメだ‼︎ この門までじゃあれには届かない‼︎)
頭の中に流れ込んだ記憶にあった白い羽。根拠はないが今の舞戸のこの状態ではあれには届かないと、理屈はないがなぜか分かった。
だが現状、舞戸が開ける八門はここまで、これ以上は肉体的の負担からどうしても開くことができない。開けば命に関わることだ。
(だ………か……ら……なんだぁぁぁあ‼︎‼︎‼︎)
「はぁぁぁぁぁぁぁあ‼︎‼︎‼︎‼︎」
(もう俺は、自分が嫌いな俺じゃない‼︎)
「第……六 景……門…………かぁぁあぃい‼︎‼︎‼︎‼︎」
全身に走る激痛に今にも意識が飛びそうになるのをぐっとこらえる。
上条がインデックスに向かって飛び出し、同時に舞戸が粉雪のようにゆっくりと舞い降りる光の羽に向かって飛び上がる。
(いざ‼︎ 今度こそ‼︎ 己の願い……いや、信念を貫き守り通すとき‼︎‼︎‼︎)
「朝孔雀‼︎‼︎‼︎‼︎」
ドドドド‼︎ と音を鳴らしながら白い羽を打ち消す炎の羽。砕けた白い羽の粉が舞うことでより一層それを幻想的に見せる。
何も知らない人間が見れば思わず足を止めて、頬を緩めてその光景に魅入っただろう。だが、拳を振るう舞戸の表情はそんな穏やかなものとは対照的でとても険しい。
(ぐっ‼︎ やっぱり今の俺に朝孔雀は厳しすぎる‼︎)
あまりの痛みに感覚を失い始める拳と、ぶちぶちと嫌な音を立てる全身の筋肉。このままだと朝孔雀として放てる拳の回数はほとんどない。
できることなら、今すぐにでもその拳を止めて意識を手放し楽になりたいところだが、それをするわけにはいかない。
今、下には、魔方陣を砕き、いよいよその右手をインデックスに触れさせようとしている上条がいるのだから。
「うぉぉぉぉぉぉおおお‼︎‼︎‼︎」
最後の力を振り絞り拳を振るう。徐々に夜空に舞う炎の羽が小さくなるがそれでも振るう。
そして……、ぷつん。と、まるでテレビの電源を落としたかのように舞戸の意識は途切れた。
舞戸が気がついた時、そこはボロボロのアパートではなくほのかに薬品の匂いが香る病院の一室だった。
身体を動かして辺りをもっとよく確認しようとしたところで、自分の身体がまったく動かないことに気がつく。唯一動く首から上を動かしてふと隣を見てみると、そこには頭に包帯を巻いた上条の姿があった。
(ああそうか……俺は上条を救えなかったのか)
自然と隣で月明かりを受けて眠る少年が、もう以前の『上条当麻』ではないことが何となく分かった。
なぜなら、舞戸はこの世界が物語であることを知っているから。
『とある魔術の
途中、記憶の一部が一気に蘇ったのも、以前の世界でこの小説を読んでいたからだろう。だが、どうしてこの世界がとあるの世界だと今まで忘れていて、再び目を覚ました今、完全に思い出したのかは分からない。
(いや、完全じゃないか)
思い出したことは上条当麻が記憶を失うまでの一巻分だけ。その後の話の内容、つまりこれから先に起こることはこれっぽっちも思い出せない。
(分かるのは、自分の未熟さだけか……)
言葉にできない思いが胸に溢れて、自然とその両目から涙がこぼれ落ちた。
結論だけ言ってしまうと、上条当麻はやはり記憶を失っていた。病室に入ってきたインデックスをからかって、舞戸の知っている言い訳と同じことを言って頭を丸かじりされていたのだ、間違いない。
「上条、本当は何も覚えていないんだろ」
そんな舞戸の問いに上条はあれでよかったと素直に答えた。
「俺。なんだか、あの子にだけは泣いて欲しくないと思ったんだ。そう思えたんだ。これがどういう感情か分からないし、きっともう思い出すこともできないだろうけど、たしかにそう思うことができたんだ」
「俺はいいのかよ」
「なんていうか、舞戸なら大丈夫な気がした」と返された時は頭をはたいてやりたくなった。
「案外、俺はまだ覚えてるのかもな」
「へぇ、いったいどこに?」
「どこって、そりゃあ、心に決まってる」
それを聞いて思わず声に出して笑ってしまった。
「なっ⁉︎ 笑うなよ‼︎」
「悪い悪い。あまりに前のお前と変わらないもんでな」
「えっ?俺ってもしかしてあんなことよく言ってたわけ?」
その場で黒いオーラを出しながら項垂れる上条に今度は苦笑いをしてしまった。
「まあ、なんだ、あんまり前の自分は気にせずお前は思った通りに生きろ。それが上条らしい」
「俺らしい……」
「それに困った時は事情を知ってる俺が助けてやるからさ」
(そうだ。今度こそ……)