Morning Starter   作:灰の熊猫

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前回で足りなかった要素が欲しかったので書きました。


Dusting Starter

「――精が出るな」

「あ?政次郎か、珍しい」

 

 板張りの広間で立ち位置を流動的に変えながらも、まるでそこに砕くべき敵がいるかの様に拳と脚を振るっていた十三の後方から、唐突に声がかかる。

 広間の入り口に静かに立っていたのは、仕事以外で滅多に姿を見せない政府の”そこにいない者”、政次郎だった。見知った顔を見て、十三は足を止めて体ごと振り返る。

 普段は蓮から仕事の連絡――大元の仕事は政次郎から回ってくる事が多いが、情報の収集を挟むプロセスの関係上、面子の招集は蓮からかかる事が多い――でしか見ない珍しい顔に、怪訝な顔を向ける。

 というか、ここ俺の家なんだけど。インターホンも鳴らさず、音一つ立てずに住宅に勝手に立ち入ってきている相手は、不法侵入という意識すら持たない平然とした顔で十三に視線を合わせてくる。

 

「型の練習じゃないな。実戦を想定した鍛錬か」

「まぁな。(ガタイ)が捻じくれた化物相手じゃ、対人用の技なんざ意味無いだろ」

 

 ここまで続けてきた訓練に対し、政次郎が的確な分析を下す。

 十三にとって、身に付けた武術はもはや日常の一つとなっている。技が鈍って体が忘れないように、毎日の技の確認と肉体の維持を兼ねた鍛錬は、実益も兼ねた趣味の一つだ。

 だが、蓮の仕事を手伝う様になってからは型に入った技だけでは足りなかった。邪神教団に属する人間とも戦う事も多いが、立ち塞がる大きな障害はいつでも教団が呼び出す化物達だ。

 

「毎回、()り合う度に頭おかしくなりそうだが……()れるんなら、考えた上でやるだけだろ」

「そうだな」

 

 この世に無い生態から成る肉体構造、異なる生物をミキサーで混ぜて練り合わせた様な気色の悪い形状、果てには其処にいるのに拳が届かない怪奇的な存在。幽霊や神などの類は信じていなかった十三だが、こうまで理解を逸した実在と対峙し続けていれば認識は変わる。

 それらと戦うなら、相応の戦い方が要る。拳を正確かつ余力を生じぬ打ち込む間合い、見た事も無い化物の攻撃から身を護る立ち回り、肉体に一瞬で緊張と弛緩を命じる意識。

 化物にも命がある以上は基本は変わらず、暴力を振るう先を見定めて磨けばいい。”人間”としての戦い方を考えているのは、政次郎(おまえ)も同じだろう。そういったニュアンスで言葉を投げれば、短い同意が返ってくる。

 

「で、なんで俺の家に居るんだよ。こそ泥の真似事か?」

「価値の無い物を積み上げているだけの家にそんな物を求めると思うか」

「おいコラ、その言葉は俺と作品(ビデオ)を作って求める人々全てを愚弄してるのに等しいぞ。漢の宝の山だろうが。夢だろうが」

「夢にしか縋れずに自らの欲をゴミ箱に吐き捨てているだけだろう」

「戦争だろうがッ……それを口にしたらッ……!」

 

 鍛錬を中断した事で体温の上げていた肉体が汗を流し始め、近くのタオルを拾って拭いながら十三が政次郎の意図を問う。

 不法侵入に対して皮肉交じりに冗句を飛ばせば、それを遥かに越える皮肉が鉄面皮から漏れ出す。反論は事実を刃に変えて切り裂かれ、結局は十三がカウンターを受ける形となった。

 遠回しに十三自身が気にしている事に遠慮の欠片も無く切り込んできているが、それは事実と正論で固められている以上返せる言葉は無い。政次郎という人間のタチの悪い部分を再確認し、十三は拳を顔の上まで持ち上げて怒りを表現した。

 

「ふん。次の仕事の調査で署に寄る事があった、その小休止代わりに来ただけだ」

「お前は休憩で人の心を傷つけに来んのかよ。……茶でも出すか?」

「いらん。急を要する程では無いが、どうせすぐに戻らなければならん」

「あっそ」

 

 しかし、目の前の鉄仮面はこちらの感情など悟る事は無い――正確には知った上で無視している事は承知の上だ――。持ち上がった怒りを拳と共に下ろし、いつもの自然体で接し直す。

 一応は客人として扱おうとするも、本人から断られる。この仕事の塊の様な少年は、歳に見合わぬ程に他人と関わる事を良しとしない。

 蓮や十三(じぶん)など、知人にはほんの僅かにも仕事外で顔を見せるのは単なる人付き合い(コネクション)上の話なのか、或いは確かな情の欠片なのか――それを察する事を許さない程、政次郎という人間は信頼というものから距離を置いていた。

 

「まぁいいや。こっちももう少し体動かしたいしな、適当な所で帰れよ」

「ああ。こっちも勝手にする、そっちも勝手にやれ」

「はいよ承知。――フゥゥッ」

 

 政次郎はそのまま広間の入口近くの壁に背を預け、十三の鍛錬を眺める体勢を取る。小休止と言ってはいたが、恐らくはこちらの鍛錬に少しの興味を抱いたのだろう。

 政次郎と十三は、手段こそ大きく異なるものの、魔術などの異能にウェイトを置かずに化物と戦っているというスタイルが共通している。政次郎は符術、十三は道具やユーリヤの術など、外的な魔術に幾らか頼っているものの、主な武器は自身の身体能力と銃火器類だ。

 政次郎も敵と接近戦を行う事が少なくない。役回り(スタンス)は違えど、十三の動きには自分も活かせる部分があるかもしれない。そういった実益を求め、政次郎はここに居るのだろう。

 別に減るものでもないし、ギャラリーが一人いた所でやる事は変わらない。ルーティーンの一つである息吹で体幹を脱力させ、目を瞑り集中する。

 呼気を吐き切るまでに集中を想像に変え、想定する敵を考える。”犬”はさっき殴った。それなら、爪と長い口吻の”鬼”でも殴るか。

 空想を暗闇に()()として映し、体から息を全て抜いた所で脱力を終える。首元に当てていたタオルを後方へ投げ捨て、そして――

 

「――フッ!シッ!」

 

 目を見開き、記憶の実像がそこにあるかの様に”戦闘”を始める。

 体を斜めに揺らして敵の長吻を躱し、踏み込む。そこに受け流す事を許さない剛力によって鋭い爪が振り下ろされる。

 振り抜くつもりだった左拳を肩ごと引いて、捻った体でそのまま蹴りを敵の脚へと打ち込む。逆の爪が振るわれるよりも早く蹴り足を戻し、大きく後ろへ飛び退く。

 距離が空いた。呪文を使われるよりも早く、接近するべく右足を前にした摺足で前へ進む。

 

「く、オッ、ラァッ!」

 

 今度は両爪が叩き潰す様にこちらへ迫る。摺足で地に付けたままの右足で思いっ切り横へと飛び退きながら、右爪からの攻撃を筋肉で固めた右腕を盾に流す。

 敵の右脇が空いた。頭頂を回して身体のベクトルを楕円に変えながら、地面を踏み締めた左脚で一気に踏み込み、体全体の勢いでぶつかる様に締めた左の縦拳で敵を殴る。

 

「ハ、ア゛、だらァッ!」

 

 ()()()()から届く感覚を無視しながら、一気に攻め込む。埒外の体力を持つ化物が近寄るのを許すのは一時、一瞬だけだ。

 鉤突き、正拳、直突き、揚げ突き、肘打ち、リバーブロー、打ち下ろし。呼吸を止めて身体の勢いを保ったまま、体勢と拳の位置に応じた殴打を正確に、必殺のつもりで放っていく。

 相手がこちらの殴打を受け、体を向き直して打点がズレる。この足の位置で打ち込める打撃はここまでだ、倒せなかった以上は退くしかない。

 両腕を頭の前に戻して壁にしながら、バックステップをして振り払おうとする右爪から逃れる。僅かに掠めた爪先が()()()()()()()()を複数残していくが、致命傷では無い。

 

「チィッ」

 

 僅かに退却が遅れた。素早く左腕を下げ、ボクシングのフリッカーの構えを取って半身だけを敵に向け、睨み付ける。

 向こうは一足で、こちらは二足で腕が届く中間距離で、いつでも対応出来る様に右足を地面に擦り付けながら左側へと体の位置を動かしていく。

 拳を当てた右脇、そこへと攻撃を集中させればいずれは体勢を崩す。いかに化物といえど、肉を削れば体液は出るし、殴れば手応えはある。皮膚は硬く、ぬめりのある表面が衝撃を緩和するが、それでも自分に出来るのは殴り続ける事だけだ。

 ――そこまで考え、息を大きく吸うと空像は霧散した。

 

「フゥー……はぁー。やっぱ速さが足りねぇなぁ、これじゃ保たねえ」

「見えない想像だけで良くぞまぁバタバタと動くものだ。不審者として通報出来そうだな」

「勝手にしろとは言ったけど罵倒しろとは言ってねえぞ」

 

 腕に感じていた想像の中での傷みは集中の霧散と共に消え失せ、残るのはその場で動き回った少しの疲労と流れた汗だけだった。

 記憶を頼りに想像した幻影(シャドー)では、やはり限界がある。集中が途切れたらそこまでだし、何より呪文の類を多く理解していない十三では完全な行動の再現は出来ない。

 肉弾戦が出来る、或いは主として近寄って攻撃してくる敵ならばある程度はスパーリングの形にはなるが、そういったものは唯の下位種族ばかりでそれ程の脅威ではない。

 結局、実戦が確実かつ一番の鍛錬な事は確かだった。

 

「で、なんか参考になったのか」

「想像を殴る虚しさは解ったな」

「コイツの口どうなってんの?皮肉が呼吸なの?コレいつも受けてる蓮がかわいそうになってきたわ」

 

 見るものは見たとばかりに、視線を落として腕を組んでいるだけの政次郎は、既に十三の動きへの興味を失くしていた。

 この様子では、それ程参考になる事は無かったらしい。そもそも十三の想像の中だけの敵との組手なのでしょうがない事なのだが、こうも無駄と断じられるのは少々癪だ。

 タオルを再び拾い直し、雫の様に流れ落ちる汗を雑に拭き取っていく。最後に顔全体を覆い、肩に寝かせた。

 

「はぁー。お前はこういうのやんねえのかよ」

「見えないものは斬れん、昼に夢など見る暇は無い、刀を研ぎ直す方が効率的だ」

「はいはい正論正論。俺が悪かったわ。お前そういう奴だもん」

 

 同じく肉体を鍛えている身ではあるが、政次郎と十三では求める強さが全く違う。こう言っていても政次郎も体力を付ける鍛錬自体はしているだろうが、実態は異なっている。

 十三は力が足りなければさらなる力を求める。政次郎は足りない力を技と知識で補って対応する。人ならざる化物と戦うのであれば、むしろ政次郎の方が正しい対応なのは確かなのだが、それにしても政次郎の強さへの姿勢はドライだ。

 必要だから覚える、足りないから取り寄せる。政次郎にとって、自らの持つ強さとはただの道具であり、人が身に付けていく心・技・体の外にある。

 

「はー、つまんねぇなぁ」

「お前を喜ばせようとはしてないからな」

「ちげーよ、全くちげーよ」

 

 共通する所があると考えているのは十三だけで、政次郎にとってはそうでなく、体捌きなど自分にとって使えるかどうか、未知の技術かどうか、ただそれだけだった。

 政次郎の腕はよく知っている。体格に恵まれていない政次郎が化物と切って張るというのは、長い期間をかけて限界まで鍛錬しなければ身につかない確かな強さなのだ。

 それだけに惜しく、勿体無い。力を得れば、人は何かを成したくなるものだ。誰かと比べて上を目指す、敵を打ち倒して上に立つ、より大きな力への踏み台とする。

 人として、生き物としての欲が無いのだ。力の欲求とは本能に根ざす物だが、政次郎にはどこまでも理性に準じている。そこが、つまらない。

 

「……限界まで鍛えた人間、ね」

「どうした、伊達」

 

 ふと思いつき、十三が政次郎の前へと歩いていく。何か用があるのかと、政次郎が壁から背を離して十三の顔を見上げた。

 そこには、口元を引き締め険しく見下ろしてきている表情があった。

 

「――しゃぁッ!」

「ッ」

 

 頭一つ以上ある高さから、突然巨腕と拳が振ってくる。十三から一瞬湧き上がった殺気に反応した政次郎の体は、右拳が動いた時点で左へと大きく跳躍していた。

 思わぬ行動に過剰に反応して跳んだ政次郎が地を踏んですぐ、十三もまた政次郎を追って迫る。たった一歩で距離は再び詰まり、左の正拳が真っ直ぐに政次郎の顔へ飛んでくる。

 

「お゛、らぁっ!」

「チ」

 

 政次郎は瞬き一つせず、拳が頬を掠める程度に顔を横へ逸らして躱す。

 間隙を消す様に、今度は右の拳が胴を狙ってくる。理由を考えるのは後回しにし、政次郎は懐から短刀を抜いて鞘をそのままに柄頭を腕の関節へと打ち込む。筋肉の無い部分を打突された腕は僅かに遅れ、その一瞬の間に政次郎は身を屈めた。

 

「フッ」

「甘ぇよ!」

 

 そのまま十三の右足首を狙い、短刀を鞘ごと水平に振るう。だが足を狙う事は予想をつけていたのか、即座に十三は右足を左に振りながら持ち上げ、その動きを反転させて横にした踵で屈む政次郎を蹴り飛ばそうとする。

 一瞬で反転して迫る踵よりも速く、政次郎は左方へと跳んで横に転がる。頭が再び天井に向けられる前に、政次郎は外套の内側に隠していた日本刀を取り出して立ち上がった。

 

「シィッ!」

「読み通り、だ!」

 

 十三が再び拳の間合いへ詰めてくる時間を与えないよう、政次郎は大上段から鞘ごと刀を振り下ろす。僅かに体がブレた様にしか見えない一瞬の足捌きは、刀が届き拳の届かない位置へと踏み込んでいる。

 リーチを生かして即座に刀を振るう事は予想がついていた。十三はその場で両腕を顔の前で構え直し、刀を振るう政次郎の腕へ逆に近付いた。

 刀の軌道と力の方向を見定め、左の手刀を政次郎の前腕に添え、右の掌を柄を持つ手首に当てる。手刀を落としながら手首を回転させる様に刀の振り抜く先を斜めにする事で、受け流しながら腕を取る。

 このまま肘を逆から取れば、政次郎の腕を極められる。読み通りの展開へ向かい、十三は左腕で政次郎の腕を巻き取――ろうとした。

 

「こちらもだ」

「んなッ」

 

 だが、十三が腕を下ろして肘を極めるよりも早く、政次郎は刀を真横に加速させた。明らかに最初から横へ振るつもりで無ければ出来ない軌道の変化についていけず、十三の両腕が勢いのまま下に抜ける。

 そのまま政次郎は下半身を捻り、真横に振り抜いた刀を反対へと回し、その場で一回転し十三の側頭部へ目掛けて振り回した。

 想定外の事に腕を下げた十三が頭を庇うよりも早く、政次郎の刀は一周した。

 

「――……」

「――……っ」

 

 が、振り回された刀の鞘は十三の頭を捉える直前でピタリと止められた。

 息を止めて衝撃に備えていた十三は、刀で打ち据えられていない事を不思議に思い右後ろに立つ政次郎へ頭を向ける。そこにあった刀の鞘が、こめかみで擦れた。

 

「……それで、何のつもりだ」

「そりゃこっちの台詞だ。なんで止めた」

「お前が止めたからな」

 

 政次郎が刀を持ち上げ、自らの胴を見る。そこには十三の裏拳が腹部に当てられていた。

 確かに防御を間に合わせない速度で刀を振った、だがそれとほぼ同時に十三は政次郎の腹を打ち据える事が出来ていた。

 向こうが止めた、だからこちらも止めた。政次郎にとって、それが全てだった。

 

「もう一度言う、何のつもりだ」

「……実戦が一番の鍛錬だから、つったら納得するか?」

「いや、脳天にこれを叩き込む」

「勘弁してくれ」

 

 こつん、と鞘付きの刀が頭を小突き、正しい理由を求めてくる。

 実の所、十三にとって実戦訓練は理由の一つなだけで誤っている訳ではない。ただ、それだけで仲間に殴りかかる様な人間ではないと政次郎から考えられているのはわかった。

 政次郎から見て十三は馬鹿ではあるが、愚か者ではない。単なる馬鹿なら、とうに関係を捨てている。政次郎は静かに、返答を待った。

 

「……まぁ、アレだ。ちょっと力比べをしたかった――」

「殴るぞ」

「待てって。……どっちが強いかとか、試した事無いだろ」

「意味が無いからな」

 

 政次郎が頭に当てていた刀を持ち上げ、あとは落とすだけの状態で留める。

 十三は右腕で頭を庇いながら、話を続ける。十三は政次郎という人物とそれなりに長く付き合っているが、政次郎の性格もあって共に鍛えたり、腕を確かめたりなどした事はなかった。

 政次郎にとって、個人の強さの上下などどうでもいい事だ。状況によって必要な力は変わり、数がいれば強弱など容易くひっくり返る。出来るのは、やるべき事を出来るだけこなす事だけだ。

 だが十三にとって、それは勿体無い事だった。

 

「そんだけ鍛えてんのに、比べないなんざつまんねーだろ」

「どういう意味だ」

「たまには、生き死に関係無い所で思いっ切り体動かさねーと不健全って事だ」

「…………」

 

 政次郎はとかく無駄を嫌う。限界まで無駄を削ぎ落とし、鍛え、詰め込んでいる。

 だが、人にとって無駄とは余裕の一つでもある。余裕が無い人間は、壊れやすい。肉体も精神も、一度大きく壊れたなら治るのに時間がかかる。

 政次郎がそういった心身の配分を間違えないだろう事はわかっているが、これだけの努力を積んだ人間に一切の無駄が許されていないというのが気に食わない。

 政次郎も、少しは気晴らしするべきなのだ。十三はそう考えた。

 

「軽く運動するだけの事に、意味なんざ要らねえんだよ」

「……そうか」

 

 十三を見据えていた政次郎が目を閉じる。珍しく婉曲的な言い回しだったが、意図は理解した。

 それを雰囲気で察し、十三も腕を下げた。

 

「フッ!」

「だわぁっ!?」

 

 その瞬間、政次郎が十三の上で留めていた刀を振り下ろしてくる。

 ギリギリで反応した十三は既の所で頭を逸らして躱し、鞘の先端が目の前の床面を叩く。

 え、ちょっ、何。完全に話終わった流れだっただろ。動転した十三が、目を白黒させた。

 

「え、何、怒った!?最初ガチで殴る気だったの根に持ってる!?」

「いや、そこはどうでもいい」

「じゃあ何でだよ!?ちょっと今マジで当たる所だったぞ!」

 

 目と鼻の先を通過して振り下ろされた刀にちょっと僅かながら冷や汗をかきながら、十三は理由を求める。

 政次郎は納得した様子――正直表情が変わっていないので、会話の間などで察するしか無いが――だった。不服や皮肉は多いが、怒りに捉われる様な人間でもない。

 それ故に、割と本気で頭を狙って振られた理由がわからなかった。

 

「運動をするのに、意味など無いのだろう?」

「はっ?」

「この所、デスクワーク漬けだった。もう少し、ここで運動させてもらおう」

「ちょ、待ッ」

 

 そう言って政次郎は即座に刀を脇に構え、十三の顎を狙って逆袈裟に振り上げてくる。

 半身を回す事でなんとかギリギリで回避するも、続けて刀は右胴を狙って来た。体勢的に躱せない事を悟った十三は、咄嗟に肘を締めて受け止めた。

 

「あだーッ!おまっ、本気で振ってんだろ!」

「思いっ切り動かないと不健全、だからな」

「テメッ、おっ、あ゛、やめ――速くしてんじゃねーッ!」

 

 肘で打ち落とされた刀を政次郎が引き、今度は右肩を狙った打突が飛んでくる。

 次に左腕を、右脚を、顎を、胸を。十三が躱しても防御しても一切止まらず、むしろ勢いを増すばかりの連撃は容赦なく振り抜かれていく。

 最初は急に殴りかかった自分にも非はあっただろうが、今は明らかに不公平だ。というか鞘越しでも超痛い。明らかに政次郎は、本気で斬りかかってきている。

 

「そら、運動なんだろう。お前もせいぜい踊れ」

「ナメんなコラ!上等だ、ここでキッチリ白黒つけてやる!ケンカじゃ負けねーぞ!」

 

 なんとか刀の間合いから逃れた十三に対し、鞘先を向けて政次郎が挑発する。

 どんな手段でも用いる戦闘ならともかく、格闘戦だけの喧嘩なら専門家(かくとうか)としては負けられない。殴られた分は殴り返してやる、強い決心を持って十三は政次郎へ構えを向ける。

 それを見た変わる事の無い表情の奥で、僅かに雰囲気が揺れた様な気がした。

 




前回が三人娘の話だったので、バランスを取って野郎二人の話を書きました。
ゲーム内で蓮ちゃんとユーリヤさんが日常を雑談したミニイベントみたいな、ああいう雰囲気が好きなんです(力説)

どう出会ったのかもわからない二人ですが、あれで結構互いを理解してそうなのが良いと思います。
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