Morning Starter   作:灰の熊猫

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Nooning Starter

 唐館市の一角にある住宅地、真昼にも関わらず閑散とした――或いは真昼だからこそ人気が無いのかもしれない――道を、一人の大男がゆっくりと歩いている。

 ごつごつとした身体の筋肉が浮き彫りとなった黒いタンクトップと迷彩柄のズボンという、およそ他者からどう映るかという考えを省いた様なファッションの大男――十三は、歩きながらもその心中は迷いの中にあった。

 その悩みは今ついさっきから始まった、しかし急を要する悩みだった。

 

(昼飯どうすっか)

 

 真昼の住宅地は、所々から食欲を唆る香りが立っており、それは時折十三の前を通り過ぎてはがらんどうな胃を小さく刺激してくる。

 真昼、つまり昼食時。十三は今歩く道の先の繁華街にて昼食を取るという事だけを決め、自らの家を後にした。が、実際に何を食べるかまでは未だ決めていなかった。

 正直な所、十三に食の拘りはそれ程無い。傭兵として戦地で過ごしていた頃を思えば、日本(ここ)は何を選んでも美味いモノしか出てこない。

 だが、選ぶ余地がありすぎるというのも問題だ。どれを選んでも美味いというのは、それぞれの主観的な価値の差異が小さいという事でもある。

 そんな訳で十三は、空腹と選択の狭間で果てしない思案を続け、その強面を一般人が見れば恐怖すら抱きかねない迫力を持つ渋面へと歪め、虚空を睨み続けていた。

 

(……ラーメン……カレー……牛丼――はさすがに良いか……)

 

 表情の一見の険しさに反して、思考はどこまでもゆるゆるだった。

 元々金を持て余している十三にとって、日常生活における出費は問題とならない。例え高級料亭に行ったとしても、口座にある預金残高への影響は波風ほどにも及ばないだろう。

 だが、十三にとっては等しくどれも”美味い”で済む食事にそれ程の金を費やす気にはなれなかった。それ故に十三は大金を持ちながらも、その暮らしは一般人の域を大きく逸しない――ぶっちゃけると、庶民的だった。

 

「……近いトコでいいかねえ……」

 

 繁華街のビルが先の空にくっきりと見えてくる頃合となっても、十三の中での予定は定まらない。もう一番最初に目に入ったトコでいいか、そんなぞんざい極まりない決め方すら第一候補に浮かび上がる。

 どうせ誰かに責められるでも無い自由な身だ、それでも構うまい。迷いを心中の深くへ沈め、十三は空から視線を落とし、向かうべき道を真っ直ぐと見据えた。

 

「――って、え?……ユーリヤか!?」

 

 が、その道の先、住宅の塀のすぐ傍に、見覚えのある紅の修道服を着た人間が座り込んでいる姿が見えた。

 ベールから伸びる長いブロンドヘアーは地面にまで広がり、傾いた上体は塀に当てた肩を支えに倒れまいとしている。その特徴から見紛う事も有り得ない、仕事仲間――ユーリヤは、塀にもたれかかって膝を付いていた。

 

「おい!どうした、大丈夫か!」

「……う、うう……」

 

 十三は慌てて座り込むユーリヤの傍へと走り、前から顔を覗き込む。

 顔色は悪くない、外傷も見当たらない。しかし目を瞑り苦しげな表情で唸る顔は、どう見ても平常のものではない。そんな状況で、十三が真っ先に考えるのは何者かによる襲撃だった。

 人目に付く場所で、真昼。およそ襲撃には適さない状況ではあるが、しかしありえない訳でも無い。自分達が普段相手取っている相手は、魔術や呪いなど常軌を逸した手段を用いてくる。

 傷が無いなら、遠隔的な魔術による攻撃か。そこまで仮想した所で十三はその場で辺りを見回し、此処へと射線(しかい)の通る位置を探り出す。

 その時だった。

 

(――唸り声……!?どこからだ……!)

 

 聞き落としそうな程に小さく、だが確実に聞こえる低音が十三の耳に届く。

 それを聞いた瞬間、十三は瞬時に立ち上がり、ユーリヤをかばう様に背を向けながらも辺りの気配を探る。唸り声はすぐ近くから聞こえていながら、その物音の主はどこにも見当たらない。

 もしや、姿を消す事が出来る化物が近くに潜んでいるのでは。そんな仮定の中、十三は例え虚空から何かが顕れても即座に拳を振るえる様に、両腕を構えて腰を落とす。

 十三が警戒を始めてから十秒。その時、再び先程の唸り声が聞こえた。

 

「……ん?」

 

 音から所在を明かすべく、十三はその唸り声の出処に耳を傾ける。

 その物音は、自分の背中側から聞こえてきた。背にはユーリヤがもたれかかる塀があるだけで、後ろを振り向いて視線を向けども、何かの異常は見当たらない。

 ユーリヤへと視線を落とすと、再び唸り声が聞こえてくる。しかしそれは、目の前――ユーリヤ本人から、小さく聞こえてきていた。

 

「……お腹が……空き……ました……」

「…………」

 

 ぐるる、とその唸り声――ユーリヤの胃から鳴り渡る腹の音が、改めて十三の耳に届く。

 それを理解した瞬間、十三の瞳は過去最低の温度を記録した。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「ああ……神よ、その慈しみに感謝し、頂きます……っ!」

「単なる牛丼だぞ」

 

 あまりの空腹に動けなくなっていたユーリヤを肩に背負い、繁華街へとやってきた十三は、すぐ近場にあった牛丼屋に入ってすぐに二人分の牛丼を注文した。

 早く、安く、美味い。ファストフードに求められる最小限と最大限を満たし、一分以内に運ばれてきた丼を前に、ようやくユーリヤは再起動を果たした。

 

「はふっ、あむっ――美味しいっ……!美味しいです……!」

「そんな感動する程か」

「温かい……!人の心の温かみを感じます……!」

「多分鍋の温度だぞ」

 

 口の中へと運んだ肉と米の味を噛み締める様に、十三の向かいの席に座るユーリヤは時間をかけて一口一口を咀嚼し、味わっていく。

 先程までの苦しげな表情とは一転して、涙を流しそうな程に感動し、幸せそうに牛丼を頬張るユーリヤの顔は、とてもファストフードを食べているとは思えない程の笑顔だった。

 ここまで感謝されるとは。時間だけを考えて入る店を雑に選んだ十三は、そのユーリヤの様子にちょっと引いていた。

 

「――ふう。……すみません、お見苦しい所を見せました」

「……いや、別に良いけどよ」

 

 今更キリッとされても全然格好つかねえぞ。運ばれてきた牛丼の半分ほどを食べて調子を取り戻したユーリヤに対し、十三は心の声を発するギリギリで留めた。

 一応は何事も無くて良かったという安心こそある。だが、それを遥かに上回る程の呆れが今の感情を支配していた。ただの空腹で動けなくなるとか、この日本でそんな事あるのか。

 

「……で?なんであんな道端でダウンしてたんだよ」

「それは……その、話せば……長くなる、のですが……」

「……食いながらでいいぞ」

 

 十三に話を促され、箸を中途半端な所で止めたユーリヤは、自分の丼と十三へ交互に視線を上下させて、悲しそうな表情を浮かべる。

 明らかに食事を続けたがっているユーリヤへ十三が許可を出せば、ユーリヤはまた一口を箸で運び、ゆっくりと味わってから口を開いた。

 

「はふっ、ふうっ……真魚ちゃんをこちらの教会で預かっているのはご存知ですよね」

「ああ。病院の事件の後から、だったな」

 

 空腹の理由という問いに対し、意外な所から話が切り出される。

 真魚は蓮達の手によって邪神教団より救出されてから現状まで、ユーリヤの済む教会に居候している。教団は魔術素養のある”生贄”を求めており、その観点から真魚は一度その身を教団に拘束されていた。

 真魚はその印象によらず行動的な性分があり、拘束された事も単独行動が祟っての事態だった。故に教団に対する保護半分・勝手な行動への監視半分として、今はユーリヤが保護者代わりをしている形となっている。

 

「はふっ……それで、真魚ちゃんなんですが……食生活が乱れているんです」

「……ん?」

 

 十三が相槌を打つ間にユーリヤはまた一口を食べ、喉に通してから口を開く。

 その意味を十三は一聞では把握出来なかった。食生活の乱れ。それが、道端で座り込んでいた事と何か関係があるのか。二つの因果関係をどうにか結ぼうと、十三は考える。

 

「んむっ。……真魚ちゃんに何か食べたいものがあるか、と聞くと……いつも、適当にカップラーメンの銘柄ばかりを挙げるんです!信じられますか!……はふっ」

「……お、おう……?」

 

 一口食べる事を挟んでから、ユーリヤは語調を荒げて話を繋ぐ。

 珍しく憤慨を見せるユーリヤに対し、十三はただ空返事を返す。これは変に口を挟まない方がいい、ユーリヤの様子からそれを感じ取った十三は、自身の分の牛丼を食べながら話を聞くのに徹する事を決めた。

 

「それを叱れば”おいしければなんでもいいじゃん”と!確かにインスタント食品は安くて美味しいですが、そればかりではいけないとどれだけ言っても聞く耳を持たず……!はふっ、あむっ!」

「…………そ、そうか」

 

 箸にすら怒りが反映されて食事が早まるユーリヤを見て、十三は何の話を聞かされているのわからなくなってきていた。

 確か自分はユーリヤが倒れていた理由を聞いた筈なのだが、何故愚痴を聞かされているのか。何故真魚の話が出てきたのか。というか、そう言いながらインスタント食品を食べてるのか。

 様々な疑問が頭に浮かんでくるが、きっとこの話の先に答えはあるだろう。そう考え、十三は何も言わず紅生姜を自身の丼の中央に運んだ。

 

「それで、真魚ちゃんの食生活を改善すべく……あむ、最近は食事に力を入れてまして」

「ふんふん」

 

 ユーリヤの話を聞きながら、十三は紅生姜を添えた肉と米を口へ運ぶ。

 ツユの味が染み込んだ牛肉の甘い旨味と、紅生姜から主張される塩気が口の中で混ざり合い、白米が二つの味を和らげて繋ぐ。たったそれだけと言えばそうだが、完成された味と組み合わせが唾液を誘い、空腹を満たしていく。

 近いこともあって、この店には十三はよく来ている。それ故に今日は牛丼を食べる気分では無かったのだが、それでも美味しいものは美味しい。食は腹を満たすことが第一、味が第二、あとはなんでもいい。それが十三の考えだった。

 あれ、これ話の中の真魚と同じ考えじゃないのか。ふとそう考えを浮かべるも、そんな心の声はよく噛んだ肉や米と共に喉奥に流し込み、心の奥底へと押しやった。

 

「その、それで力を入れすぎまして……最近は、食費が厳しくなりまして……」

「何やってんだよ」

 

 忌憚なき本音が反射的に飛び出す。食事に力を入れすぎて生活が困窮した、そんな本末転倒極まりない事態にユーリヤは陥ってしまっている。

 想像を上回る――印象的には下回っていると言う方が正しい――ユーリヤの告白に、十三は白んだ目でユーリヤを睨んだ。

 筋骨隆々で強面の大男が不機嫌そうに女性を睨み見下ろしている、そんな絵面に店内の客の視線は僅かに向けられるが、十三の容姿を見てすぐに関わらない事を選び、視線を逸らしていた。

 

「あっ、でも大丈夫です!真魚ちゃんの分はちゃんと作れていますので!」

「でも自分の食べる分は足りなくなった、と」

「…………はい」

 

 手を叩いて自分の発言にフォローを入れるユーリヤに、十三は話の結末を先読みして問い質す。

 ユーリヤの教会は、上司である神父の行いによって常に借金に追われ、清貧を強いられている。”仕事”の契約によって多大な報酬を政府より受けていながらも、それらの殆どは借金の精算に当てられている。

 そんな状況で居候を増やし、食事のグレードを上げたとなれば、その分の無理がどこかに出てくる。それが今回はユーリヤ自身の食事だった、そういう話なのだろう。

 

「別に無理しなくても、それなりの食事(もん)なら作れんだろ。真魚に断り入れてから、パスタなり単価低めのメシにすりゃいいんじゃねえのか」

「……それが、もう今月は切り詰めても真魚ちゃんの分を用意するだけで手一杯で……」

「どうしてそこまで放っておいたんだよ」

 

 申し訳無さそうに少しずつ身を縮こまらせるユーリヤを、十三は呆れた目で見つめ続ける。

 いかに借金で余裕が無い身と言えど、仕事の報酬自体は相当量もらっている筈の身で、そこまで生活を追い詰められるものなのか。次々に疑念が浮かぶも、結果としてユーリヤは実際に腹を空かせて倒れ込み、こうして十三の世話になっている。

 これまで保ってきた真面目で頼りになるシスターのイメージは、メッキが剥がれていくように次々とボロボロになっていく。十三は瞼を限りなく細く絞った。

 

「……面目ありません……」

「いやまぁ、別にいいけどよ……そんなんで仕事大丈夫なのかよ」

「だ、大丈夫です……!この身の限り、死力を尽くします……!」

「賭ける覚悟が最初からマックスじゃねえか」

 

 十三としては――印象は情けないの一言だが――個人の事情はそれぞれの問題であり、口出しする程では無いと考えている。が、それが仕事に影響を及ぼすなら話は別だ。

 十三達の仕事は、文字通りの命懸けだ。魔術と銃弾が飛び交い、暴力と凶器が振るわれる異界を、その身を頼りに戦い抜く。そんな状況で、体調不良など起こされては全員が困る。

 ”空腹で力が出ない”などという言い訳を敵が聞く事は無い。体調管理は仕事の範疇であり、それが疎かになっていては戦いどころではない。

 仕方ない。十三は箸を置き、右手で頭を軽く掻いた。

 

「……ったく。夕方、そっち行くから真魚と一緒に教会で待ってろよ」

「え?」

「晩飯、奢ってやるよ。此処も奢りでいい」

 

 十三から言われた言葉を呑み込めず、ユーリヤは目を瞬かせる。

 呆けるユーリヤの様子を見て、十三は話を続けた。

 

「そっちが不調だとこっちも困る。今日は腹一杯食えよ、いくらでも出すから」

「じゅ、十三さん……!」

 

 十三からの申し出を遅れて理解したユーリヤが、口元に両手を当てて驚いた。

 どうせ蓮や政次郎からの呼び出しが無ければ、十三にこれからの予定は無く、夕飯も未定だ。

 金の使い道も食べる飯も決まっていないなら、知人の為に決めれば良い。事情はどうあれ、ユーリヤが苦しんでいる事は事実であり、いつも世話になっている礼はいつかしなければと思っていたので、今は丁度いい機会とも言えた。

 

「すみません……すみません……!」

「礼はありがとう、でいいんだぜ」

 

 震える声で頭を下げるユーリヤに、十三は苦笑する。

 手持ちが乏しいだろうユーリヤから見れば大きな事だろうが、こちらから見れば本当に大した事をしている訳ではない。金の有無でお互いの関係が変わるのは、十三としては望ましくない。

 互いの立場は不公平だとしても、あくまでユーリヤとは平等な友人関係でありたかった。

 

「いえ……おかわりが欲しいのですが……!」

「…………いや、まぁ、いいけど」

 

 空になった丼をテーブルの隅にずらし、ユーリヤはひたすら頭を下げて十三に次を乞う。

 自分が考えている以上に強かだった目の前の修道女に、十三は細めた眼差しを向けた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「わーいおじさんのお金ですきなだけ焼き肉がたべたーい」

「じゅ、十三さん!ユーリヤから聞いたんだけど、肉食べ放題ってホント!?」

「……す、すみません……」

「…………」

 

 その後の夕方、教会へとやってきた十三を迎えたのは、何をどう説明されたのか焼き肉を待ち望む真魚、どこからか話を聞き付けてきた蓮、そして再度申し訳無さそうに頭を下げ続けるユーリヤだった。

 




牛丼を十三に奢ってもらった→牛肉を奢ってもらった→焼き肉を奢ってもらえる(伝達の齟齬)

別の小説を書ける体調じゃなかったので一話完結の短編を書きました。
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