Morning Starter   作:灰の熊猫

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Hallowing Starter

「……ハロウィン、ねぇ。おめでたい日だこと、まったく」

 

 いつもより明るく輝くネオンサインの下、行き交う人々の数の多い唐館市の繁華街。何を言っているのか判別が付かない程に声を掻き混ぜる若者達を、横目で眺めながら蓮は帰路についていた。

 十月三十一日、いわゆるハロウィン。ケルト流のお盆と言える起源を持つこの宗教の祝祭は、アメリカを経て民間の祝日と化し、それを祭り好きの日本が好き勝手に解釈した結果、一日限りの仮装パーティーと成った。

 それはこの唐館市も例外では無く、街中には特殊メイクを施したゾンビやミイラといった恐怖を煽る格好の人間もいれば、ここぞとばかりに漫画やアニメのキャラのコスプレヤーが溢れ返っている。

 何もかも下らない。蓮は溜息を吐き、この喧騒から一刻も早く帰ろうとしていた。

 

「こちとら週休ゼロ日だってのに、いい気なモンよねぇ……まぁ、それだけ平和だってのは喜んで良い事なのだけれど」

 

 蓮にとって、ハロウィンなど鼻で嘲笑う日でしか無かった。

 それもそうだ。魔女や悪魔、死霊や怪物。人々はそれらを想像の中でしか存在しないと考えているが、蓮はそれより遥かに醜悪で悍ましい化生と顔を散々見合わせている。

 魔女のイメージなど生易しいとすら感じられる邪教徒。吐いて捨てる程に湧き上がる死霊。生物としての体を成していない異形。そんなモノは、蓮にとっては日常の一部でしか無かった。

 これじゃ、毎日がハロウィンね。皮肉げに自分の境遇も心中で笑い飛ばし、蓮は今日の”仕事”を思い出す。

 

(警察は例の如く手がかり無し、情報屋は”キナ臭い”の一点張りで進捗無し。蜜柑さんやカズ君はほぼ確実に”いる”って確信してるけど、尻尾が無い……)

 

 蓮は今日聞き集めた”仕事”に関する、穴開きだらけの情報を思い返す。

 掃除屋の朝は早く、夜は長い。正確に言えば蓮は自由の身(フリーランス)であり、別にいつ休んでも構わないのだが、その背に背負う使命がそれを許さない。

 日常の裏に潜む、人を襲う悪意と怪異。それらを知って倒す事を生業とする掃除屋の稼業は、それを忘れて良い日など一日も無い。

 というか、ぶっちゃけ蓮が今一番背負っているのは使命ではなく借金だ。自分の債権者である蜜柑は、今日もいつも通りの微笑みを浮かべていた。しかしその微笑みこそが、むしろ蓮にとってはどんな仮装よりも恐ろしいモノだった。

 

「……一刻も早く、”お祭り”を見つけないとねぇ」

 

 お祭り騒ぎの水面下で蠢く、最悪の”祭り”。人々が集まり騒ぐのでは無く、人々を集めて()()()()()()、真逆の行事。

 そんなモノは一日足りとも存在してはならない。まるで実態が掴めていない、しかし確実に今この時にも起こっているだろう平和を脅かす怪奇事件を思い、街灯の届かぬ叢雲を睨む。

 ――と、格好を付けた所で。今日の収穫は特に無し、周囲がお祭りに浮かれている中で自分は独り寂しく帰り、これから狭い部屋でパソコンと睨めっこ。虚しく悲しい現実を思い出してしまい、蓮は悲しさに襲われた。

 

(切り替えていきましょう、うん。中途半端な考えはやめましょう、私は世間なんかに絶対に流されない。流されんじゃないわよ、うん)

 

 悲しみの果てに辿り着く前に、蓮は周囲から自分を切り離そうと思案し始めた。

 よそはよそ、うちはうち。元々縁の無い、いや興味なんて無い行事に思いを馳せても仕方ない。いや全く興味なんて無い。コスプレしてちょっとチヤホヤされるとか、そんな事に興味なんてある訳が無い。無いったら無い。

 はぁ。どうにも進捗が無い事で焦りがあるのか、どうしても思考がネガティブな方向に行ってしまうのを自覚しながらも、蓮は自身のセーフハウスの前へ辿り着いた。

 

「――動くな」

「!?」

 

 セーフハウスの扉に手をかけた瞬間、蓮の真後ろから声がかかる。

 それは本当に自分の真後ろ、蓮の背中より聴こえた男の声。まるで自分の影から湧いた様に気配も無く、背後を取られている。そう気付いた時には蓮は右肩を捕まれ、首の前に左肩から回された幅広のナイフの刃が浮いていた。

 暗殺者。一瞬で蓮の中で日常と非日常のスイッチが反転し、現状を把握させる。

 ”(こいつ)”は明確に自分を、”掃除屋(じぶん)”を狙って此処に来た。そうでなければ、繁華街より少し離れたこのセーフハウス周辺で待ち伏せなど非効率的な事をする訳が無い。

 

「……随分と不躾なお客様ね。全く、挨拶ぐらい出来ないのかしら」

「……」

 

 蓮は冷や汗を抑えて余裕を装い、振り返らないまま後ろの人間へ声をかける。返事は無く、その代わりに首元のナイフが数ミリこちらへ寄った。

 どうする。この至近距離なら毒を発して即座に攻撃する事は出来るが、自分が掃除屋である事を知っている相手が、自身の毒操作能力(トキシキネシス)を知らない訳も無い。

 ガスマスクでもしていれば神経毒は効かず、術や異能へ対策している人間であれば酸毒が効く前にナイフが首を掻き斬る方が速い。

 携行している拳銃は太腿のホルスターにあり、すぐに引き抜く余裕は無い。常識的に考えれば死が確定しているこの状況で、むしろ蓮は頭が冴えていくのを感じていた。

 

「つまんない脅しなんてしないで、本題に入りなさいよ。本当に殺す気なら、あんたは真っ先に首を斬るべきなんだから」

「……つまらんな。もう少し慌てると思っていたが」

「つまらない同士、お互い様ね。……目的は何?」

 

 蓮は脳内で毒の操作を始め、身体に劇毒を分泌させて頭の上から指の先まで脳内物質を意図的に行き渡らせ始める。

 毒操作能力の耐性を落として膂力を底上げし、感覚を研ぎ澄ませる。並の一般人であれば軽く素手で凌駕出来るだけの力を得た蓮は、ただ後ろの男の挙動に集中する。

 気配は動かない。首元のナイフはぴたりと留まり、肩を掴む力は強くも弱くもならない。感覚を研ぎ澄ました蓮にも何一つ意思を悟らせない、薄すぎる気配。

 それが、僅かに動いた。

 

「心当たりは無いのか。お前には、分かりきった事だろうに」

「生憎、心当たりがありすぎてね。ただ、あんたみたいなろくに挨拶もしない人間には覚えが無いのは確かよ」

「頭が悪いな。なら、お前にも分かる様に言ってやる」

 

 蓮の肩へ男は指先の力を入れる。蓮の全身が、警戒に満ちる。

 ナイフが首を斬ろうとするなら、握られた右肩を上げて身体を回し、同時に腕を振り回して相手の体勢を崩させ、毒を放ちながら拳銃を抜く。

 十三から軽く指南されただけの簡単な護身術ではあったが、強化された今の身体能力であれば、油断した男を崩すだけの対応に成り得る。シミュレーションが終わり、思考が加速する。

 男の呼吸音が、首裏を撫でた。

 

「――トリック・オア・トリートだ」

「は?」

 

 想定外の返答に蓮はシミュレーションも忘れて硬直する。その瞬間、自分の喉に()()()()がぐにゃりと当たった。

 さらに、聞かされた声は先程までの男の声色と――いや、声その物が全く異なると言っても過言では無く変化していた。それも、嫌という程に聞き覚えのある声に。

 

「……何してんの、政次郎くん」

「トリック・オア・トリートだが」

「いや何の答えにもなってないんだけど」

「心当たりは無いのか、分かる様に言ってやる。今日はハロウィンだ」

「ふざけてるでしょ」

「そうだが」

 

 そういって背後に居た政次郎は玩具のナイフ――ご丁寧に黒銀に塗装され、艶も消されていた――を引き、蓮の背中から離れる。

 蓮が振り返った所に居たのは、いつも着ている茶のコートと黒笠の代わりに、真っ黒なフード付きのローブを深めに被った政次郎だった。蓮が警戒していた敵など、何処にも居ない。

 意味が分からない、さっぱり分からない。困惑の中で蓮はとりあえず身体の毒の耐性を戻し、能力と共に高めていた警戒を解いた。

 

「さっきの声、何?」

「軽い声帯模写だ。その間抜け面が見れただけで、芸としては十分だな」

「そのナイフは?」

「いつもの小刀ではバレると思ってな。その辺のジョークグッズに、軽く塗装を施してきた。こんな玩具に騙される気分はどうだ、野曽木」

「極めて最悪よ」

「そうか、僕はそれなりに良い気分だ」

 

 わざとらしく鼻で笑ってみせる政次郎に、蓮は顔を引きつらせる。

 まさか縁が無いと思っていた行事に、この様な形で、この様な男に巻き込まれるとは思わなかった。能力まで使わされた蓮は、脳への負担以上に頭が重くなるのを感じる。

 無駄に高い技術と悪意により見事に成立された、最悪のドッキリだった。

 

「さて、野曽木。こんな日にわざわざ出向いてやったんだ、茶菓子の一つでも出せ」

「二択ですら無いただの脅しでしょそれ。っていうか、既に悪戯(トリック)受けた人間に何厚かましく要求してんのよ。トリック・アンド・トリートじゃない」

「なるほど、茶菓子すら買えない身とは。哀れだな、飴でも恵んでやろう」

「なんで要求してきた側から恵まれなきゃいけないの? ……サルミアッキじゃないコレ! 何渡してきてんのよ!」

施し(トリート)だが」

「これは”どっちも(アンド)”っつってんでしょ!」

 

 政次郎から差し出された”世界一不味い飴”とすら言われる黒い飴を、蓮はその場で地面に叩きつける。

 アポ無しでやってきた想定外の来客は、ただひたすらにこちらを舐め腐った対応を取り続ける。蓮と政次郎の付き合いはそれなりに長く、時折政次郎はこちらの神経を逆撫でる様な行為や言動をする事がある。が、今日は特に念入りな物だった。

 ちょっと本気でさっき毒を放ってれば良かったか。割と本気で政次郎へ怒気を表現するも、本人は柳に風とばかりにすんと凪いた表情でいる。

 じゃあ殴ろう。思考と同時に、蓮は真っ直ぐ右ストレートを突き出した。

 

(のろ)いな」

「うぎっ……!? ちょ、関節はナシでしょ、はな、離してっ……!」

 

 蓮の拳が政次郎の顔面に振るわれると同時に、政次郎が蓮の拳を左手で払い落とし、降ろさせた蓮の右肘の中央を掴んで内側へ捻る。

 しかも政次郎は掴んだ蓮の右腕を蓮自身の身体に当てる事によって、極めて簡易的に関節を極めていた。ギリギリ痛みを感じる絶妙な力加減の技を受け、蓮は堪らず自分から政次郎から離れた。

 

「”殴るわよ”の一言も無しか。どうやら余程気が立ってる様だな」

「どっかの誰かさんのお陰でね……!」

「ハロウィンだからな。冗談もわからん余裕の無い奴にはさぞ辛い日だろう」

「いい加減はっ倒していいかしら……!?」

 

 ここ最近で最も蓮をおちょくっているだろうという程の政次郎の煽りに、蓮はもはや一度取り止めた能力の解禁すら考えつつあった。

 毒をぶつけるのは無いにしても、身体能力を上げてぶん殴るぐらいの事は許されるだろう。この世に神がいるならば――蓮の知る神は大体が邪神の部類だが――、『この男を殴れ』と笑ってゴーサインを出すだろう。

 しかし、本気で蓮が殴りかかった所で目の前の男にそれが通じないのもわかっている。それ故に、蓮は怒りをひたすらに高め続けていた。

 

「――で? いい加減本題に移ってほしいんだけど」

「十分本題のつもりだったんだがな」

「それこそ悪い冗談でしょ」

「冗談だな。半分は」

「半分本気出してんじゃないわよ!」

 

 そして蓮は怒気を引っ込め、政次郎へ先程と同じ・しかし全く方向の異なるモノを問いかける。政次郎はそこで被ったフードを外し、いつも通りの鋭い目つきで蓮の視線を合わせた。

 政次郎は政府に属し、蓮と同じかそれ以上に怪奇事件を日々追い続けている。蓮と政次郎はどちらも社会の裏に通じる、しかし分業と言っても等しい程に異なる方法や方針で情報を掻き集めている。

 そういった中で、政次郎は滅多に表に顔を出さない。蓮が倉庫街を爆破した事件から始まった監視からは相当に顔を合わせる機会が増えたが、伊達や酔狂で政次郎が蓮の前に現れる事などほぼ有り得ない事だった。

 

「今日はハロウィンだな」

「その下りいつまでやるつもりよ。流石にもうおちょくるのは――」

()鹿()()()()鹿()()()するには、丁度いい日だと思わないか?」

「――……」

 

 政次郎がローブのポケットに手を入れながら放った一言で、蓮はそれまで半眼だった瞳を大きく開く。

 ハロウィンという日を酷に表現しながら、明確に異なる意図を含んだ不自然な言葉の流れ。政次郎という人間をよく知る蓮は、直に政次郎の言いたい事を理解した。

 

「……()()の場所はどこかしら」

「随分と陰気な場所でやっているらしい。詳しくはお前の携帯に聞け」

 

 政次郎の言葉と共に、蓮のポケットの内側から通知音が響く。ノータイムで蓮がポケットから携帯を取り出せば、無題のメールが届いている。

 恐らくそこに、”祭りの場所”が記載された暗号か画像が載っているのだろう。わざわざ目の前で迂遠な行為で知らせてくる辺り、今日は()()()()日らしい。

 それなら、とことん付き合ってやろう。今日は、折角のハロウィンなのだから。

 

「日も暮れてきてるけど、祭りには間に合うのかしら」

「問題無い。()()()()()()()()()()に手配してもらった、参加者と一緒に迎えがここに来る」

「くふっ――成程、それなら間に合いそうね」

 

 大真面目な顔をした政次郎から飛ばされるジョークに、思わず蓮は吹き出しそうになる。

 どうやら、()()が来るまで単に暇を潰しているらしい。この調子では、到着には少し時間がかかるのだろう。このまま言葉遊びに興じ続けるのも良いが、蓮は帰ってきたばかりで()()に行く準備が整っていない。

 なので蓮は、この祭りに於いて最も重要な質問を政次郎へ投げかけた。

 

「突発的なハロウィンパーティーだけれど、必要なモノは?」

「それこそ決まっているだろう。『トリック・オア・トリート』、どっちが良い」

「……成程。なら、決まりね」

 

 政次郎を背に、蓮はセーフハウスの扉を開く。

 悪戯(トリック)か、飴玉(トリート)か。飛び入りのパーティーと言うからには、蓮の答えは決まり切っていた。

 

()()()よ」

 

 そう言って蓮は自身のホルスターから、悪戯(トリック)鉛弾(トリート)を引き抜いて見せた。

 

 




真魚「とりっく・あんど・とりーっく」
ユーリヤ「ひゃんっ――ちょっと真魚ちゃん、ヘンなとこ触らないで下さい!」
十三「おい真魚、後部座席で何やってるのか詳しく実況しろ」

ハロウィンっていつでしたっけ? と考えてたらなんかまだハロウィンじゃなかったので、即興で書きました。
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