「んッ・・・・・・ぐむっ・・・・・・!」
翳みがかった視界に映る、色褪せた景色。
己のくぐもった悲鳴が反響する世界を彩っていたのは、紛れもなく恐怖と混乱の色だった。
「んんんんん!」
ガスマスクと防護服の人影達に押し込まれたガラス張りの箱の中にいる感覚は、控えめに言っても最悪。
底に溜まった謎の液体が身体を浸し、得体の知れない気味の悪さが全身に込み上げてくる。
「・・・・・・?」
ぶんぶんと頭を振り回して巻き散らした目線の中に、一際意識を引き寄せるあるものが入り込む。
血のような赤と、胸に施されたコブラの意匠。頭部から伸びるパイプのような突起物と、目元のレンズと首に巻かれたスカーフの毒々しい緑が妖しさを増長させている。
『・・・・・・やれ』
「ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝んッ⁉」
低い声がマスクの奥から漏れ、防護服達がそれに従い謎の機器類の操作を始める。
途端、箱の中にガス状の何かが放出され、俺の身体を包み込んでいった。
これこそがこの世界で目覚めた俺に残されていた、唯一の記憶だ。
「十年前。火星で発見されたパンドラボックスによって引き起こされたのがスカイウォールの惨劇」
コツコツと黒板を叩くチョークの音がリズムを奏でる授業中の教室。
「突然生じたこの壁により日本は三つの地域に分断された。・・・・・・ここまでは皆知ってるか。よし、では別れた三つの政治機関とそれぞれの特色を答えてみろ。じゃあえーっと・・・・・・・・高海」
教師が板書をする手を止めて生徒の内の一人を指名するが、その生徒から返事はない。
クラス中の視線がその生徒に集まり、沈黙がこの場を支配する。
「・・・高海?」
「くー・・・・・・かー・・・・・・」
再度名前を呼ぶも、代わりに帰ってくのは心底気持ちよさそうな、緊張感のない寝息の音だけだ。
「おい。起きろ」
「ふぎゅ・・・!」
振り下ろされた教科書が頭部にもたらした衝撃によって叩き起こされたその生徒を見た他の生徒の笑い声が、クラスの中に溶け込んでいく。
「んにゅ・・・・・・なに・・・?」
いまいち状況が飲み込めていないその女生徒―――高海千歌は目ボケ眼を擦りながら首を上げた。
「もー! あんなに怒らなくてもいいじゃーん‼」
夕日に染まる閑散とした浜辺に消えていく不満の叫び声。
無事安眠を妨害された千歌は、あの後授業中に堂々と居眠りをこいていた事をこっぴどく叱られたのである。
しかも授業でやった内容をテストし、合格するまで帰れないというおまけ付きで。
「あはは・・・・・・まだ根に持ってる・・・」
隣で苦笑いを浮かべるのは千歌のクラスメートである渡辺曜。
千歌の良き理解者であり、幼馴染。親友と呼ぶに差支えのない大切な存在だ。
「新学期早々でやる気が出ないのは分かるけど、流石に授業はちゃんと聞いてないと・・・・・・」
「だって難しい話ばっかりで眠くなっちゃうんだもん! ここ最近はどの授業でもスカイウォールの話ばっかりでつまんないし!」
「まあ・・・・・・でも仕方ないんじゃない?」
ふくれっ面で文句を垂れる千歌を一瞥した後、曜は北方の方角に首を向けた。
つられて千歌も目線を流した遠方には、黒く、巨大な壁が聳え立っていた。
「今年は、スカイウォールが元凶なんじゃないかって言う不思議な現象がいっぱい起きてるみたいだし」
曜の言葉で、千歌はついさっきまで散々書き取りやらで覚えさせられた本日の授業内容を思い出す。
スカイウォールの惨劇。
十年前に火星に降り立った日本の有人探査機が持ち帰ってきたオーパーツ―――パンドラボックス。
地球外にも生命体と、さらにそれらによる文明が存在していた事を示すその箱の存在は瞬く間に世界中へ広がり、脚光を浴びた。
どんな技術で作られているのか、箱の中には何が秘められているのか。多くの研究機関がパンドラボックスの解析を名乗り出た。
だがその箱の中に詰まっていたのは、今まで人類が遭遇した事もないような悲劇だったのだ。
多くの注目が集まる中開かれた、火星探査の記念セレモニーで事件は起きた。
その際、初めて世間に公開されたパンドラボックスが、突如人類に牙を剥いたのだ。
セレモニーの会場を中心に出現した超巨大な壁―――スカイウォール。丁度今千歌達の視界に入っているオブジェクトの事だ。
その壁により日本列島は三つに分断され、国家機能は完全に麻痺。
しばらくすると分断された地域はそれぞれで統治を行うようになり、対立を深めていった。
それこそが、後に『スカイウォールの惨劇』と呼ばれる大事件の、現状分かっている全貌だ。
「スカイウォールがなければあんな事勉強しないで済んだのに~」
「多分、スカイウォールがなくても千歌ちゃんは別の科目で苦しんでたと思うよ? それに、まだ勉強で苦しんでるってだけでも幸せなんじゃない? ・・・あんまり他の地区の事を悪くは言いたくないけど、北都なんか酷いらしいし・・・・・・」
改めて言うが、現状三つに分かれた日本はそれぞれの地域で統治を行っている。
外交重視の西都、社会福祉の北都、そして中立を掲げる、千歌達の住む東都。
「表向きは福祉サービスの充実を謳ってるみたいだけど、実際は軍事力に殆どの予算をつぎ込んでて、市民の生活が苦しくなってるって聞いたことあるよ」
「へぇ~・・・そうなんだ」
そこは本日の補修では習わなかったので素直に感心する千歌。
それを聞いてしまっては、確かに勉強の事でうだうだ言える、というか勉強できるだけ幸せなのだろう。
「確かに平和じゃないと、こんな事も出来ないよね・・・」
カバンの中からある物を取り出す。実は今日の放課後にこれを配布しようと思っていたのだが、補修のせいでパーになってしまったものだ。
「それ、本気で言ってたんだ」
「あったり前だよ!」
キラキラと目を輝かせる千歌が手に持つそれは、大々的に『スクールアイドル部』と記入されたチラシ。
「新学期になったら、スクールアイドル部を立ち上げる! まあ、出鼻は挫かれちゃったけど・・・・・・」
スクールアイドル。三国の切迫した緊張状態が続く中、人々の心を照らす希望・・・といったら大袈裟だが、絶大な人気を誇る一大ムーブメントだ。
その名の通り学校でアイドル活動をやるというもので、数年前にとあるグループの活動を切っ掛けに人気が爆発し、今日に至る。
「とにかく! 明日の部活動紹介の時に私達も出陣するよ! 未来のスクールアイドルの卵を見つけ出さないと‼」
「えぇっ⁉ 私も⁉」
突然の指名に驚きの声を上げる曜。
「・・・・・・ていうか、私水泳部もあるんだけど・・・・・・」
「あー・・・・・・そっかぁ・・・・・・・・・」
「うぅ・・・!」
千歌が残念そうに俯くと、曜は「胸が痛んだ」と素直に表情で語ってくれる。
「うぅ~~・・・・・・! よっしゃ! こうなったら気が済むまで協力してやるであります‼」
なんだかんだ言って曜は千歌に甘い。
結局はいつもこうして巻き込まれたが最後、千歌の気が済むまで付き合わされてしまうのだ。
「ホント⁉ ありがとー曜ちゃん!」
勢いよく抱きつかれ、苦しそうにしつつも割とまんざらでもなさそうな顔をする曜。
当の千歌は曜を開放した後、チラシ片手に力強く宣言した。
「よーし! 東都一・・・いや、日本一のスクールアイドル目指して、頑張ろ―――あたっ!」
宣言したまではいいのだが、周りをよく見ていなかったせいで何かにぶつかってしまう。
「・・・・・・何コレ?」
たった今千歌がぶつかった、見慣れないオブジェに二人揃って目を細める。
ベースの色地は白で、ところどころに青いラインが走っているというシンプルなカラーリング。
だが形状は全く持ってシンプルでなく、鋭利な棘が無数に伸びているという前衛的なものだった。
「何でこんな危ないものが・・・千歌ちゃん、怪我とかない?」
「うん・・・だいじょぶ」
不法投棄にしても度が過ぎているだろう。下手をして誰かが怪我をする可能性もあるというのに。
『ウウゥゥゥゥ・・・‥』
「・・・・・・?」
とりあえずここから離れて、自治体か何かに連絡しに行こうと思ったその時、聞き慣れない音が耳朶に触れた。
「・・・・・・何? この音?」
意思こそ感じないが、命の躍動を感じる生物の声。
鳴き声と言うよりは獣の唸り声に近く、得体の知れない恐怖感が背筋を伝った。
「・・・行こ? 千歌ちゃん。なんか気味悪いし・・・」
「・・・う、うん」
今はここから距離を置きたい。そう思っているのは千歌も同じだった。
とにかくまずはこの気味の悪いオブジェクトから離れようと、曜と一緒に砂浜を蹴る。
その刹那―――、
『グウウゥルゥゥゥゥゥ‼』
「え―――――」
突如として唸り声が猛々しいものへと変わり、それと同時にまるで動く気配のなかったオブジェクトが生き物のように動き出す。
そして、
「あぅぁっ・・・⁉」
白い腕が胸元へと伸び、両足が地面から離れる。
数コンマ遅れて、千歌は自分の首が掴みあげられている事に気が付いた。
「く・・・・・・ぅ・・・!」
とてつもない力で気道を締め付けられた事で掠れた声が喉から漏れる。
(・・・これって・・・・・・まさか・・・)
友人の会話から小耳にはさんだ程度の情報が一気に脳内を駆け巡る。
スカイウォールの惨劇以降、東都のみで目撃されるようになったという未確認生物。
政府も殆どUMA扱いで、千歌自身も都市伝説か何かだと思っていたのだが―――、
(・・・・・・スマッシュ・・・⁉)
――――――ピピピピピピピピ!
「・・・・・・んぁ?」
やかましく室内で鳴り響く警報音で目が覚める。
それがとある存在の出現を知らせるものである事に気が付くと、自然に身体は起き上がっていた。
「・・・スマッシュか」
緊張感と、ちょっとした好奇心を全身に走らせ、物理の数式やら何やらが記入された紙で錯乱している机の上から『必需品』を手に取ると、足早に警報を鳴らすパソコンの前に移動する。
「・・・内浦の方かよ・・・・・・。海渡るのめんどくせぇ・・・・・・」
そうはいっても出陣しない訳にはいかないので渋々、されど早急に準備を進める。
理性がなく、攻撃本能しか残っていないスマッシュは、目に入る動くものは手当たり次第に攻撃する。もし一般市民と接触するような事があれば大惨事だろう。
人に危害を加える前に、早急に倒さなければ。
《ビルドチェンジ!》
外に出ると携帯端末型のデバイス―――ビルドフォンを変形、巨大化させたフロント部分の歯車が特徴的なバイク―――マシンビルダーへと跨り、スマッシュ反応の出た地点目掛けてエンジンを切った。
***
「・・・マシンビルダー、水陸両用に改造するのもありだな・・・」
スマッシュ反応のある地点の近くまで来たはいいものの、バイクで海は渡れないので律儀に連絡船を使う羽目に遭い、おかげで到着まで三十分ほど掛かってしまった。
こうしている間にも人が襲われていないといいのだが・・・・・・、
「おっ。いたいた・・・・・・って!」
そんな考えが招いた事なのか、ようやく発見したスマッシュの傍には二人の少女が。
しかもそのうちの一人は首を掴み上げられており、襲われているのは火を見るよりも明らかだった。
「・・・・・・最悪だ・・・」
スマッシュが人前に出る分にはまだいいのだが・・・、それを対処している自分の存在が知られるのはあまり好ましくはない。
だが嘆いている場合ではないのも確かだ。そんな事で勿体ぶっている間にあの少女が死んでしまっては洒落にならない。
仕方ない。ここは満を持して『ヒーロー』の登場と行こう。
《ビルドドライバー!》
先程持ち出した必需品。ベルト型のアイテム―――ビルドドライバーを腰に巻き付け、更に懐からウサギと、戦車の意匠が施された赤と青のボトルをそれぞれ一本ずつ取り出す。
フルボトル。
この世界に存在する動物や、何らかの物。その成分が秘められた特殊なボトル。
「さあ、実験を始めようか」
その二本のフルボトル―――ラビットフルボトルとタンクフルボトルを上下に振り、内部の成分を活性化させる。
数秒間カシャカシャという小気味の良い音を奏でた後、二本のボトルをビルドドライバーに装填。
《ラビット!》
《タンク!》
《ベストマッチ‼》
やたらテンションの高い音声と共にRとTの文字が浮かび上がった後、ベルトの側部に備わったレバーを回転させる。
するとベルトの前方と後方に透明なパイプが展開され、プラモデルの型を取るように人の形をした何かの外装を形成した。
《Are you ready?》
覚悟が問われる。
返答なら決まっている。覚悟がなければ、始めからこんな事やってはない。
「変身!」
戦う事を宣言し、前後で生成された外装を装着。
《鋼のムーンサルト! ラビット! タンク! イエェェイ‼》
何度こうして変身し、人知れずスマッシュと戦ってきたか。
人を救うため、自分自身のため。理由は未だにハッキリしていない。
ただ、それこそが俺の―――仮面ライダービルドとしての、使命だ。
原作はラブライブサンシャインにしてありますが、物語自体はかなりビルドに近くなっているのでご了承ください。
冒頭で人体実験場にいる奴が何でコウモリ男じゃないかというとそこはオリジナル展開だからです。
ていうか、言ってしまうとこの小説には愛すべき筋肉バカもドルオタ農家もホテル大好きダサTおじさんも登場を予定しておりません。改めてご了承ください。
細かな解説等は順次していきますので、よろしければお付き合いください。
それでは次回で!