千歌がファーストライブをやると宣言してから一週間。
拙いながらも曲とそれに応じた振り付けと衣装を用意した浦の星女学院スクールアイドル部は、内浦に比べて一通りの多い沼津駅へと赴いていた。
「ライブのお知らせでーす!」
「よろしくお願いしまーす!」
理事長である鞠莉に体育館でライブをする許可を得ることが出来たため、こうしてビラ配りをして告知を行っている次第である。
そんな様子を通行人に紛れて退屈そうに傍観するのは、顧問という立場のせいで無理矢理連れてこられた三海戦兎だ。
(・・・・・・帰りてー)
スクールアイドルに興味がある訳でもなく、特別何かやる作業がない戦兎にとってこの時間は退屈でしかない。
こんな事をしている暇があったら明日のテストに使う問題の制作に時間を使いたい。そんな思いでさっさと終わる事を祈るばかりだ。
「あ! ルビィちゃーん! 花丸ちゃーん!」
知り合いでも見つけたのか、まだ大量に残っているチラシを抱えてそちらに駆け寄っていく千歌。
「花丸ちゃん! はい!」
「ずら?」
チラシを手渡され、花丸ちゃんと呼ばれた少女が琥珀色の瞳と肩辺りまで伸ばした栗色の髪を揺らす。
その背後では赤髪をサイドアップに纏めた少女が身を隠しながらも何やら興味深そうにチラシに羅列した文字を凝視している。
「ライブ?」
「そう! 今度の休みに学校の体育館でやるから、二人もきてね!」
「・・・おい渡辺。誰だあの二人」
近くにいた曜にあの二人の所在を問う。
リボンの色を見る限りでは一年生だろうが、一つ学年が上であるはずの千歌と妙に打ち解けて見えるのは何かしらの関りがあるのか。
「ん? ああ、あの二人は、入学式の日に千歌ちゃんがスクールアイドル部に誘って・・…」
「・・・またそっちの繋がりかよ」
可愛い女の子が目に付く度に勧誘しているのではないだろうかあのみかん娘は。
「まあ、その時はちょっと強引だったせいでダイヤさんに止めさせられちゃったんですけど。ルビィちゃん、ダイヤさんの妹だから・・・・・・」
「・・・・・・黒澤の・・・・・・・・・妹・・・?」
衝撃のフレーズに耳を疑いつつも、そのルビィとやらに視線を戻す。
言われてみれば似ているような気がしないでもないが、目つきや髪色、何よりあのおどおどとした臆病そうな雰囲気は姉であるというダイヤとは全く異質なものだ。
「・・・あ、あのっ・・・・・・!」
何故同じ腹から生まれた姉妹でこうも対照的なのか。そんな事を考えていると、これまたダイヤとは正反対な幼い声と共にひょこりと花丸の背中からルビィが顔を出した。
「グループの名前は、何ていうんですか⁉」
数秒の沈黙、そして。
「・・・・・・名前・・・?」
その質問に答えを出せる者は、この場にはいなかったという。
「決まんないよ~・・・」
泣き言を上げ、辺り一面にびっしりとグループ名の候補が書かれた砂浜の上に千歌が仰向けに倒れ込む。
あの後ビラ配りを切り上げ、砂浜で練習がてら名前を考えようという事になったのはいいものの・・・作業は絶賛難航中だ。
「まさかまだ決まってなかったなんて・・・・・・千歌ちゃんの事だから真っ先に決めてると思ってたわ」
「あはは・・・・・・忘れてた・・・」
一応はリーダーである彼女がこんな有様で大丈夫なのだろうか。
それよりそろそろ解放してもらえないと本格的にテスト問題を作る暇が無くなるのだが。生半可な問題を出しては無駄に頭のいい鞠莉やダイヤに満点を取られてしまう。
「制服少女隊、ダメでありますか・・・?」
「・・・なんか一昔前のアイドルみたいよねそれ」
「まー、梨子ちゃんの案よりはマシだと思うけど・・・・・・スリーマーメイド」
「それは忘れてって言ったわよね⁉」
ぎゃーぎゃー騒ぐ三人娘を見て呆れ気味に深く息をつく戦兎。
まあ確かにグループ名は大事な要素だとは思うが、研究や発明と同じであまり考え過ぎても逆にいい案は出てこないものだ。
―――『聞いて戦兎! 私ね、スクールアイドル始めたんだ!』
眩しい笑顔が脳裏を過る。
「・・・・・・」
ふとしゃがみ込み、何気なく木の枝を使って砂浜に書き込んだ文字を眺めた。
Aqours
あの時彼女が心底楽しそうに語っていたのがこのグループ名だったか。
学校も同じなのだし、一瞬もういっそ千歌達もこの名前でいいのではないかと考えたが・・・やはり踏みとどまる。
これはもう過去のものだ。今更掘り返すものでもないだろう。
「・・・・・・あきゅあ?」
「えーきゅーあわーず?」
「・・・アクオスかしら?」
そう思って消そうとしたのもつかの間。いつの間にか背後を取っていた千歌達によりその文字はしっかり目撃されていた。
「先生、なにそれ?」
「何でもない。忘れ―――」
「・・・あ、もしかしてアクア⁉」
「水って事?」
興味津々といった様子で群がる三人娘。
しばらく何か考えるような沈黙が流れた後、閃き顔で千歌が口火を切った。
「水かぁ・・・、なんかよくない? グループ名に!」
「は?」
予想外の意見が飛び出し、無意識に間抜けた声が漏れる。
「いやいやちょっと待て高海。落ち着け? 考えてみろ水だぞ? ただ水素と酸素が結合しただけの水だぞ?」
「いいじゃん! 私この名前好きです!」
まさかの提案をした千歌に考え直すよう必死で説得を試みるも、余程気に入ったのか譲ろうとしない。
「曜ちゃんと梨子ちゃんもいいと思うでしょ?」
「う~ん・・・・・・確かにこのままじゃいつまで経っても決まりそうにないし・・・」
「まあ、二人がいいなら私はいいと思うけど・・・」
「おい俺の意見は⁉ これ書いたの俺だぞ⁉」
もう案を出すのにも疲れてきたのか、曜と梨子も乗り気でいる。
こうなってしまってはもう、決まったも同然だろう。
「よーし! じゃあこの出会いを感謝して、今から私達は―――Aqoursだー‼」
「「オーッ‼」」
こうして見事に余計な事をした戦兎により、浦の星女学院スクールアイドル部―――Aqoursの名前が正式に決定したのだった。
「・・・・・・なんか忙しそうだね」
「・・・だと思うなら訪ねて来ないで欲しかったもんだな」
無事グループの名前も決まり、練習も済ませたその日の夜。
千歌達に付き合ったせいで予定がずれ、現在もうとっくに終わっているはずだったテスト問題の作成をしているところである。
ちなみに千歌達が決定したグループ名を報告しに行ったところ、運良く鞠莉はいなかったのだが、何故かダイヤに散々問い詰められたため疲労気味だ。
「普段黒澤の奴にゃ随分世話になってるからな・・・お礼にアイツ等の問題だけクッソ難しくして泣かせてやる」
「・・・それ教師として大丈夫なの」
子供のように私怨に走る戦兎に半目を向ける果南。
「で? お前は何しに来たんだよ。こんなとこ遊びに来る暇があったら学校行け不登校児」
「だから休学してるだけだって! ・・・ちょっと時間開いたから勉強の事でわかんないとこ聞きに来ようと思ってさ。ほら、休学明けた後に授業置いて行かれても困るし」
「・・・勉強してたんだなお前。意外だわ」
彼女が手に持つ教科書類を見てそんな失礼な事を呟く。
正直千歌同様に典型的なバカかと思っていたがそうではないようだ。
「・・・終わったら見てやるからこれでも使って遊んでろ」
わざわざ訪ねてきたのだし無下に扱う気はないが、今はまだ手が離せない。
そこでパソコン真横に鎮座していたビルドドライバーとラビット、ライオン、タンク、掃除機以外のボトルを全て果南に手渡す。
「・・・・・・変身しろって?」
「バカ言え。俺の代わりにベストマッチな組み合わせがないか探しとけって事だよ」
ビルドドライバーは非装着状態でボトルを装填すればボトルの相性を判別する機械としても使用可能だ。
戦兎の手を煩わせずに果南の暇を潰し、あわよくば未確認のベストマッチを発見できるという一石三鳥のアイデアに我ながら天才的だと鼻を伸ばす。
「そういえばさ、前々から言ってるベストマッチって何なの?」
ボトルを手に取りつつ果南がそう口にする。
そう言えば、まだ彼女には説明していなかったか。
「どういう原理かはまだ分かんねーけど、数あるボトルの中で最も互いの成分を引き立て合う組み合わせがある。それがベストマッチだ。・・・まあ、ライダーシステムで使用した時に一際強い力を発揮する組み合わせだって事だな」
軽快にキーボードを叩いて問題を作成しつつ、慣れた口調で語る。
まあ、これは別に戦兎が自分で発見した事ではなく、ビルドドライバーの元となったドライバーの設計図に記載してあった事だが。
「ふーん・・・とりあえず適当に組み合わせとけばいいって事?」
「そんな簡単にいく訳ないだろ・・・てぇんさいの俺ですら色々試した末ようやく―――」
《タカ!》
《ガトリング!》
《ベストマッチ!》
「うそーん・・・・・・」
一発目からまさかの音声が耳朶に触れ、思わず作業の手が止まる。
一瞬聞き間違いかとも思ったが、ドライバーの前部に浮かび上がったアルファベットを確認し本当にそれがベストマッチだと理解した。
「は? ちょ・・・お前、どうやって当てた?」
「え? 勘」
キッパリ言い切られ、苦労してラビットタンクとライオンクリーナーの組み合わせを発見した過去の努力を一瞬で否定される。
今所持しているボトルの組み合わせだけでも七十八通りあり、未発見のボトルなどを含めれば膨大な数になるはずだ。
その中から一発でベストマッチを引き当てるとはこの女子高生は何者なのだろうか。
「・・・女の第六感ってやつか・・・?」
とりあえずベストマッチだと判明したタカとガトリングのフルボトルを受け取り、まじまじと見つめる。
そう言えばこのガトリングフルボトルは元々スタークが所持していたものだったか。
「・・・ん? タカ・・・ガトリング・・・・・・」
スタークがガトリングフルボトルを用いて繰り出してきた弾丸の嵐を思い出し、ぶつぶつと何かを呟く戦兎。
そして次の瞬間、髪の毛の一部が生き物のように跳ね上がり―――、
「最っ・・・高だ!」
今の今までの気怠さなど見る影もない素敵な笑顔を浮かべ、くるりと椅子を回転させてパソコンと向き合うと、別のファイルを開いてはテスト問題の制作中とは比べ物にならない速度でキーボードを叩き始める。
「え、ちょ・・・テスト問題は? ていうか私の勉強見てよ⁉」
「そんなもん後だ後! ヒャホホホホイ!」
一瞬の閃きが大事だと言わんばかりに果南の声を無視し、瞬く間に˝発明品˝の設計図を組み上げていく戦兎。
なおこのせいで更にテストの製作が遅れた結果既存の問題集から問題を引用する事となり、結局ダイヤには満点を取られてしまったのはまた別のお話。
同刻。
「・・・本当にやるの・・・?」
『何か、不満でもあるか?』
自室の部屋に備わったバルコニーにて、鞠莉は迷いのある顔をスタークに向ける。
「不満も何も・・・その日、ちかっち達のファーストライブの日よ? そんな日にやったら・・・」
『だからだよ。恐怖に襲われた民衆が、スクールアイドルという輝きに魅せられ、心に希望の火を灯す・・・・・・・・・お前が望んだとおりのシナリオだろ?』
募る不安に、切迫した状況に対する焦燥。そしてその奥に秘めた欲望。それら全てを見透かすように笑うスタークの身体が、月明かりを受けて妖しく映える。
『・・・記念すべきファーストライブだ。盛大に盛り上げねぇとなァ・・・・・・』
この世界線でのAqoursの名付け親は訳あって戦兎くんです
そしてそんなAqoursのファーストライブの裏で蠢く鞠莉さんとスタークの陰謀……
恐怖と混沌の宴の始まりだぜ!(絶望)
それでは次回で!