戦兎「……ビルド要素がねぇ…」
たまにはいいかなって
曇天が空を支配する。
千歌達のスクールアイドルグループ―――Aqoursのファーストライブの日は、お世辞にもお日柄が良いとは言えない空模様だった。
嵐とまではいかずとも、大雨と呼んで差し支えない程の水滴が天から降り注いでいる。
・・・それだというのに。
「・・・何でこんなに集まった・・・」
浦の星女学院の体育館にこれでもかというほど満員に集まった観客を見て、戦兎は訝し気に首を傾げる。
「・・・明らかに刷ったビラの枚数より多いぞ・・・・・・なんか裏でもあんのか・・・」
「考え過ぎでしょ。口コミとか、ネットとかで拡散されたんじゃないの?」
「そんな噂になるような事はやってねぇぞ・・・・・・て言うか」
細めた目を果南に向ける。
「何でお前はこんな場所で突っ立ってんだ。中入って見りゃいいだろ」
何故か体育館の入り口に陣取ったまま微動だにしない果南。それに加えて時折周りを警戒するような視線を配っている様子は不振極まりない。
「・・・いや、いい・・・」
これまでも何度か同級生らしき生徒から一緒に観ないかと声を掛けられていたが、当人はこれの一点張り。
休学中で気まずい。といった理由でないとすると、やはり一因はスクールアイドルか。
「・・・まあ、そこはお前の好きにしろ。俺はアイツ等の顔見てくる」
果南のスクールアイドルに対する感情が何にしろ、今は目の前のライブだ。
始めこそ、というか今でもスクールアイドルにはあまり乗り気ではないが、ここまで散々戦兎を振り回しておいて失敗などさせるか。
「・・・しっかしまあ、ホントよく集まったもんだわ・・・」
てっきり浦の星の生徒と外部の人間が何人か来る程度だと思っていたが、むしろその逆。
確認出来るのは生徒会長である黒澤ダイヤと、彼女の妹であり元々スクールアイドルに興味がありそうだった黒澤ルビィに、その友人国木田花丸。浦の星の生徒を探し出すのが大変なくらいだ。
やはり国家間の緊張が高まり、戦争への不安が募る現状。
そんな状況で笑顔を届けるスクールアイドルという存在は希望の象徴となり得るのだろうか。
「いやいや・・・流石に考えすぎか・・・」
いくらスクールアイドルがそういう存在になりつつあるとはいえ、千歌達はまだ駆け出しのペーペー。実績もなければ人気もあるとはいえない。
田舎ならではの人情、そういう事にしておこう。
「ん?」
戦兎がステージ袖へと向かった直後。
人目を避けるような様子で雨の降りしきる屋外へ出ていった金髪の少女の姿を視界に捉え、果南が訝し気に目を細める。
「・・・・・・」
何か嫌な予感がする。
もうじきライブも始まるというのに、実質主催者であるような彼女がどうしてそれを見過ごすような事をしているのか・・・普通に考えておかしいだろう。
――――――スクールアイドルね・・・、辞めようと思うの
ふと呼び起こされた、ある夏の記憶。
それは苦い含みを持って果南の背中を押し、その足を建物の外へと向かわせた。
「鞠莉‼」
鋭い声が強く地面を打ち付ける雨音を切り裂く。
「っ・・・⁉ 果南・・・・・・⁉」
声を受け、驚いた様子で雨でずぶ濡れになった身体を翻したのは小原鞠莉。
その奥で蠢く影の存在をハッキリと視認し、果南はより一層瞳の端を吊り上げた。
「・・・どういうこと・・・・・・なんで鞠莉がスマッシュと一緒にいるのさ」
「こ・・・これは・・・その・・・・・・」
鞠莉の背後にいる異形の怪物―――スクエアスマッシュは唸り声こそ上げているものの、目の前にいる鞠莉に攻撃を加えようとはしていない。
戦兎曰く、スマッシュには自我がなく、視界に映った対象物を見境なく攻撃するという。
それだというのに鞠莉はスクエアスマッシュに攻撃対象としてみなされていない・・・・・・ほとんど答えは出ているようなものだった。
「・・・・・・鞠莉なの?」
「・・・え?」
「・・・先生が言ってた、スマッシュを使って何か企んでる奴って・・・・・・鞠莉だったの?」
表情を強張らせ、その場で固まる鞠莉。
そのせいかすぐには言葉は帰って来ず、雨音が木霊する。
『――――――正解だ』
数拍の後に帰ってきた返答は狼狽した様子の鞠莉のものではなく、もっと低い、邪悪な声音。
視線をずらせば、音もなく佇んでいた毒々しいワインレッドが目元のグラスを光らせていた。
「・・・スターク・・・!」
『く・・・はは・・・・・・! 遂にバレちまったなぁ・・・』
突き刺すような鞠莉の視線を気に留める様子もなく、彼女を面白がるようにして笑うスターク。
「計画と違うじゃない・・・・・・アンタまた何か・・・!」
『お前がそう思いたくなる気持ちも分からなくはないが・・・・・・残念ながら違う。全部コイツが自分で辿り着いた事だ』
目の前でスタークと言葉を交わす鞠莉の雰囲気を見れば、奴と彼女がどういう関係にあるのかは嫌でも理解出来てしまった。
鞠莉とスタークは繋がっている。それも、何か良からぬ事を企てているという形で。
「計画って何? そいつと組んで何しようとしてるの」
ストレートに問うと、鞠莉は再び困り顔をして口籠ってしまう。
そんな彼女の代わりに答えたのは、またしてもスタークだった。
『・・・ここらの地域にスマッシュが出現して、東都市民を恐怖させているのはお前も知ってるだろ? それを裏で操ってたのが俺と、この小原鞠莉って訳だ』
つらつらと語るスタークの傍らで、鞠莉は俯いて黙り込むだけ。
そしてその沈黙が意味する事は、悲しくも肯定だ。
それを理解した瞬間、果南の中で何かが切れる音がした。
「・・・今までずっとそんなことしてたんだ・・・。私達の前からいなくなってからずっと・・・!」
自然と口が動く。
怒りもあるが、それ以上に悲しかった。
過去の事があってもどうしても嫌いになれなかった程仲の良かった彼女に、心底幻滅しないといけないことが。
「何でそうやって壊そうとするの・・・私達ならともかく、千歌達まで・・・・・・!」
「・・・私は・・・・・・やらないといけない事が・・・・・・」
「人の想いを踏み躙ってまでやりたい事って何⁉ そうまでしないとできない事なの⁉」
再度訪れた、空白の後。
「・・・・・・そうよ」
腹を決めたように、鞠莉はそう肯定した。
「・・・・・・私は止まる気はないよ。あの子達を利用してだって、やってみせる・・・」
決意は固まっている。そう言わんばかりの気迫がひしひしと肌に伝わる。
彼女の目的が何なのか、それが良い事なのか悪い事なのかなど分からない。
だがそれでも、多くの人を巻き込み、更に千歌達を利用するような彼女のやり方は看過できなかった。
「・・・なんでさ・・・・・・なんでこんなことして何も感じないの⁉ それとも何? 何も気付かずに手のひらで踊ってる千歌達を見るのが楽しいの⁉」
「・・・楽しい・・・・・・?」
感情のままに怒声をぶつけるが、不意にその中のフレーズに反応したように鞠莉の眉がひくつく。
「・・・・・・楽しいって、今の状況が? このいつ崩れ去っていくかも分からないこの状況が? その事に毎晩震えてるこの状況が楽しいって? ・・・・・・そんな訳ないじゃない・・・」
地雷、だったのだろうか。
低く、重い声を発する鞠莉の瞳には、果南の知っている彼女からは想像もつかない程の暗い影が闇を差している。
「いまの・・・どういう・・・」
『・・・っと、そろそろ時間だな』
鞠莉の中で蠢く得体の知れない感情の正体に慄きつつもひり出した声は、今の様子を大変可笑しそうに眺めていたスタークによって遮られる。
『俺はまだやる事があるんでね。あとはお前等で楽しんでくれ・・・・・・チャオ』
「っ・・・! 鞠莉ッ!」
黒霧の中に消えてゆくスタークに続き、果南を遠ざけるようにして雨の中を走り去っていく鞠莉。
すぐさまその後を追おうとするものの、刹那に迫ってきた物体を視認して咄嗟に身体を捻る。
『アァァァァ・・・・・・!』
「そっか・・・スマッシュ・・・」
鞠莉とスタークがいなくなったという事は、このスクエアスマッシュを抑えていた者もいなくなったという事。
つまり放っておけば、今の果南のように攻撃され、下手をすれば怪我人だって出てしまうかもしれない。
「・・・せんせ―――」
距離を取りつつ、携帯を取り出しては戦兎の番号を選択・・・したところで足を止めてしまう。
「え・・・ちょ・・・・・・何それ・・・・・・」
視線の先には、恐らくスクエアスマッシュが生成したと思われる、巨大な正方形の物体。
『ウ・・・アアァァァァァ・・・!』
咆哮と共に黄色い体躯が揺れ、野球の投手のように大きく振りかぶる。
そして次の瞬間に放り投げられた立体物は放物線を描き、千歌達のライブの会場である体育館へ一直線に向かって行き――――――
「よぉ・・・って、・・・石動だけか」
舞台袖に顔を出した戦兎を出迎えたのは、あの三人組ではなく石動美月。
千歌達が開演前に舞台袖に誘っていた事は知っていたので彼女がいる事自体は別に驚くような事でもないが、何故か美月を誘ったはずの三人がいない。
「・・・歌う本人達はどうした?」
「あっと・・・それが・・・」
美月が何とも言えない顔を向けた先からは、何やらぎゃーぎゃーと騒ぐ三人組の声が近づいて来ていた。
「む~り~・・・! 私には無理ぃ~!」
「もう後戻りなんて出来ないよ」
「そうだよ。それに梨子ちゃんなら大丈夫だって!」
みかん色に青、桜色の、それぞれ色違いの衣装。
そんな衣装に身を包み、全力で抵抗する梨子をいとも軽々と引き摺ってくるという形で千歌と曜が登場だ。
「・・・え・・・っと、どういう状況だこれ」
「あ! 先生! 先生も何か言ってよー!」
「何か梨子ちゃんがお客さんの数見て怖くなっちゃったみたいで・・・・・・さっきまでずっとトイレに引き籠ってて・・・」
「だって! あんな大勢来るなんて思って無かったんだもん!」
目尻に涙を浮かべてそう訴えてくる梨子。まあ確かに、ファーストライブからこれほど大勢の前でパフォーマンスしろというのも酷な話だろう。
しかし、戦兎がここに来たのは無理矢理でも成功を収めさせるためだ。
ここは一つ、教師っぽく彼女の背中を押してみるとしよう。
「桜内。お前、何のためにスクールアイドル始めたんだ?」
「・・・え? ああえっと、この活動を通して何か変わったらいいなーって・・・」
「ああそうだ。けどな桜内。お前ここで逃げて何か変わると思うか? それで変わりたいと思ってるって言えんのか?」
はっとしたような顔をする梨子を見て、内心でほくそ笑みつつ言葉を続ける。
「見せつけて来いよ。お前の決意を。これまでの自分に」
「・・・・・・はい!」
(・・・ちょろいな)
今の様子を見ていた千歌達が生暖かい目を向けてくる程にあっさりと言いくるめられた梨子が力強く返事をする。
何はともあれ、これでライブの準備は整った。
「さあ行こう! 今、全力で! 輝こう!」
円陣を組み、千歌が声を張り上げる。
「Aqours! サーン・・・シャイ―――――」
―――――ズッッッガアアァァァァァ・・・・・・‼
「―――ッ⁉」
衝突音が轟き、会場全体を突然の暗転が襲う。
「な、なに・・・?」
途端に観客席の方から上がる悲鳴やどよめき。舞台袖の千歌達も御多分に漏れず、困惑した表情で暗闇の中を見回していた。
「先生・・・何が・・・・・・」
――――ドコオォォォォォォォォォォ・・・!
混乱している間にも次なる衝撃が建物を襲い、観客席から上がる悲鳴が数を増す。
「・・・・・・外か?」
音や揺れからして、建物自体に異常があるとは考えにくい。となると、外から何らかの衝撃が加わっている可能性が高い。
「・・・お前等はここにいろ! いいな⁉」
この大きな建物全体を揺らせる程の衝撃を加えられるものとなれば、必然的に奴等の存在が思い当たる。
ほとんど確信に近い推測を抱いて裏口から飛び出してみれば、やはり―――、
「・・・チッ・・・! ビンゴかよ」
《ライオン!》
《掃除機!》
《ベストマッチ‼》
視界の先で荒ぶるスマッシュの姿を確認し、予め巻いておいたビルドドライバーに二本のボトルを装填。
《Are You Ready?》
「変身!」
《たてがみサイクロン! ライオンクリーナー! イエェェイ‼》
黄色と緑の装甲を纏い、同時に地面を蹴り飛ばす。
雨の中、猛る獅子の炎が怪物と衝突した。
輝かしいファーストライブの裏でとんでもねぇ事起こってますね…ドウシテコウナッタ
お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、随所でサンシャイン本編とは変更してる描写もあるのでご了承を
それでは次回で!