「ダイヤ~♪ もうバテたの~?」
「スクールアイドルは体力が大事だって言ったのダイヤだよね? 言った本人がそんなんでやってけるの?」
「・・・貴方がっ・・・おかしいっ・・・だけっ・・・・・・ですわっ・・・!」
疲労困憊と言った様子で肩を上下させる黒髪の少女と、余裕の笑顔で彼女をからかう金髪の少女。
そんな二人と他愛のないやり取りを交わし、私は笑っていた。
「・・・最初は基礎体力作りから・・・・・・そもそもオーバーワークは禁物だとあれ程言いましたわよね⁉ それなのにいきなりニ十キロも走るお馬鹿がありますか⁉」
「だって全然物足りないじゃ~ん!」
「貴方基準で考えないでくださいこの体力お化け!」
「Simpleにダイヤの体力がないだけじゃないの~?」
「途中で思いっきりサボってた分際でよくもまあそんな口が叩けますわねシャイニー娘!」
「うわ! ダイヤが怒った!」
「Very Angry! オニババー!」
「水ゴリラとエセ外国人、そこになおりなさい。ぶっ殺して差し上げますわ」
「ダイヤ口悪いよ? 落ち着いて落ち着いて」
「全部貴方達のせいでしょうが!」
そう昔の事でもないはずなのに、まるで遠い日の記憶のようにひどく懐かしく感じる。
それもこれも全て、あの事が故なのだろうか。
「・・・ねえ、果南、ダイヤ」
ふと向けられた、親友の輝かしい笑み。
いつものような悪戯っぽさやお気楽さを持ちながら、彼女はほんの少し照れるようにして―――、
「ずっとこんなふ―――ぅ―――――――――――
・・・・・・。
・・・・・・あの時鞠莉は、なんて言ってたっけ・・・。
「・・・・・・」
懐かしくもあり、それでいて苦くもある夢を見た。
˝あの日˝以来、ずっとこの調子だ。
「・・・・・・鞠莉・・・」
自分は彼女をどうしたいのだろうか。
今の鞠莉の行動に否を叩きつけ、あの頃のような純粋な彼女に戻って欲しいのか。
それとも、彼女を見限って完全に袂を分かつのか。
どちらにしろ確かなのは、もうとっくに見切りをつけたと思っていた自分が、未だに鞠莉を決別しきれず、気に掛けているという事だ。
やはり心のどこかで自分はまだ鞠莉を˝親友˝だと思っているのは、否定できない事実のようだ。
「・・・・・・ん?」
寝起きで胡乱の中にあった感覚が急速に冴えてゆき、先程から枕元でヴーヴーと振動していた携帯の存在に気が付く。
手に取り、確認した画面に映し出されていた文字、それは―――、
「・・・・・・もしもし?」
『・・・やっと出たなお前』
早朝から電話を掛けてきておいてふてぶてしい態度を取っているのは三海戦兎。休学中ではあるが果南のクラスの担任であり、同時に仮面ライダービルドでもある男。
「・・・何か用・・・?」
彼とは例の一件があったあの日以降顔も合わせなければ連絡を取る事もなかった。
鞠莉に救われた過去のある戦兎は当初果南の話を信じず、衝突した勢いのまま喧嘩別れと言う形になっていたのだが・・・・・・そんな彼が今何の用だというのだろうか。
『・・・・・・この前は疑って悪かった』
「・・・・・・は?」
鞠莉を疑った件でまた何か言われるのか、そう身構えていたせいか、想像とは真逆の謝罪から入った態度に抜けた声が出る。
「・・・どういうつもり・・・?」
彼が悪い訳でもないのについつい強めに当たってしまう。
そんな果南に対し戦兎が発したのは、思わず声が出てしまうような、意外な言葉。
『・・・・・・鞠莉の件だけどよ、多分だがお前の言う通りだ・・・』
頑として受け入れなかった姿勢から一変。突如としてあの日果南が目撃した鞠莉の行動を認めるという戦兎。
「・・・・・・何かあったの?」
『・・・別に。ただお前の事黙らせてやろうとしてアイツの事調べたら俺が黙る事になっただけだ』
不機嫌なのが聞いて分かるその声音。
鞠莉に対する気持ちに整理がつかず失念していたが、戦兎の彼女を信じたい思いも本物だったのだ。それを考慮せずに自分の主張を押し付けていたと思うと少し申し訳なく感じる。
「・・・それで・・・先生はどうするの?」
実際にその瞬間を目にした果南に言われてもなお鞠莉を信じようとした戦兎だ。そんな想いを裏切られるような形で真実を知ってしまった今、彼はどう行動するのか。
『・・・・・・お前には関係ない。それと、もうこの件には首突っ込むな。いいな?』
「え? あ、ちょっと―――」
何か決意を口にしてくれるのかと思いきやまさかの展開。
一方的に主張を通された後、呼び止める間もなく通話は途絶えてしまった。
「・・・・・・先生・・・」
声音も口調もいつものモノでないのは明白だった。それほど、鞠莉を信頼していた彼のショックが大きいという事。
だがそれでも果南に対し首を突っ込むなと忠告したという事は、彼は何かしら、鞠莉に対してアクションを起こそうとしているのだろう。
状況を覆そうともせず、ただ塞ぎ込むだけだった果南とはまるで違う。今も、あの時も。
「・・・・・・」
自分はどうしたいのだろうか。
もし、鞠莉を見限れていないのも、まだ親友だと思っている自分がいるのも、彼女に立ち止まって欲しい、元の関係に戻りたいと思っているからなのだとしたら。
だとしたら・・・自分は・・・。
「――――――かなーん!」
「・・・! はーい!」
想念から引き離されるようにして名を呼ばれる。どうやら仕事の時間らしい。
悶々としたわだかまりを抱えながら、母親の声に呼び寄せられた果南はいつもの如く家業へと向かった。
「・・・・・・どうするか、ねぇ・・・」
通話を終えたビルドフォンを無造作にポケットへと突っ込み、自分自身に問うように果南の言葉を反芻させる。
「・・・ここでポンと答えられたら苦労はしねぇわな・・・」
鞠莉とスタークの繋がり。
考えてみれば、思い当たる節は多かった。
戦兎が浦の星に赴任した初日に現れたストロングスマッシュ。
もしあれの目的が元々のクラス担任を病院送りにする事で戦兎を新しい担任とし、鞠莉の手の届きやすいところに置く事だったとしたら?
戦兎を無理矢理スクールアイドル部の顧問とした事。
もしあれが桜内梨子をスマッシュとした際にスクールアイドルを利用するような事を仄めかしていたスタークの差し金だとしたら?
そして先日のガーディアンによる浦の星襲撃事件。
もしあれが、浦の星のスクールアイドルのライブが行われたあの日あの場所で、東都政府のガーディアンを使って事件を起こす事が目的だったのだとしたら?
と、このように、一連の騒動に鞠莉とスタークが裏で糸を引いていたとするなら辻褄の合う事は割に多い。
現状分かっているのは、二人が目的の達成のためにスクールアイドルや東都政府の機関を利用しているという事くらいだが・・・・・・それは今のところ取り上げて注目したい事じゃない。
戦兎にとって問題なのは、この騒動に関わっている鞠莉が無理矢理やらされている事なのか、はたまた彼女自身の意志なのか、だ。
もし前者。
別の何かによって圧力をかけられ、鞠莉の意志とは関係無しに計画に加担させられているのなら救い出すのは勿論の事。
そして、もし後者。
鞠莉が己の考えでスタークと共謀しているのなら・・・その時は決別してだって止める。
(・・・そうだったよな、黒澤・・・)
実際、戦兎も自分なりに出した答えが正しいかどうかなんて分からないし、何ならこの問題に正しさなんてないとまで思っているくらいだ。
だがそんな中でも戦兎を突き動かす切っ掛けとなったのは、妙に親近感を覚える教え子の言葉―――、
―――――・・・もしわたくしにもその方と対立しなければいけない理由があって、尚且つ、その方を止める覚悟と、力がわたくしにあるのなら・・・・・・その時は決別してでも止めるのでしょうね
˝恩人˝である鞠莉が、スターク、ないしはその背後にある組織と組んで何か良からぬことをしている。
そして自分は・・・、三海戦兎としての意志は、鞠莉にそんな事はして欲しくないと思っている。
動く理由なんてこれで十分だ。
「・・・これが俺なりの恩義だよ・・・鞠莉」
「・・・・・・とは言ったもののねぇ・・・」
半目のまま深々と息をつく。
決意こそしたはいいものの、そうすぐに解決案は浮かぶ訳もなく、悶々と考え込んでいるうちに気付けば放課後である。
小原家のコンピューターにハッキングするなり鞠莉に盗聴器を仕掛けるなりすれば手っ取り早いのかもしれないが、あまり迂闊な策に出るとバレる危険性も高い。
ただでさえ鞠莉が戦兎の事を警戒気味なのだ。余計に怪しまれるような事は避けたいのが本心だ。
せめて鞠莉の方から何か行動を起こしてくれればこちらも動きやすいのだが・・・、
『―――・・・えー、スクールアイドル部の方々と三海先生。至急、理事長室までお越しください。繰り返します。スクールアイドル部の――――――』
「・・・あ?」
「―――こんなものは断じてスクールアイドルとは言いまっセーン‼」
轟。
そんな効果音が付きそうな程に圧力の籠った鞠莉の怒声が理事長室を揺らす。
呼び出しが掛かった際の声音が普段よりずっと低かったので何となく察していたが、やはりご立腹らしい。
「何をどうしてどう考えたらこんなPsychedelicな俗物が誕生するのデスか⁉」
鞠莉がお怒りな理由は、彼女の手元にあるパソコンに映し出さされた映像。
『はぁい、伊豆のビーチから登場した待望のニューカマー、ヨハネよ! ・・・・・・みんなで一緒に、堕天しない?』
『『『『『しない?』』』』』
黒を基調としたゴスロリ・・・とでも言うのだろうか。とにかくそんな衣装に身を包んだ六人の少女が謎のポージングを披露している。
所感を一言で述べるなら意味不明、だろう。
「・・・つか誰だコイツ・・・」
画面に映るメンバーの内の一人、ヨハネだとか名乗っているダークブルーの髪をまとめたシニヨンが特徴の少女に目が行く。
戦兎の把握していた限りだとこんな少女スクールアイドル部にはいなかったはずなのだが・・・。
「あぁえっと・・・・・・その子は津島善子ちゃんっていって・・・ちょっと前に新しくメンバーに・・・」
ここ数日顔を出していない間にまた珍妙な奴をメンバーに加えていたらしいこのアホみかんは。
ノリノリでヨハネだとか堕天使だとか口にしている辺り奇怪さは他メンバーの比ではない。
「・・・その・・・・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
千歌の背後から消え入りそうな声が飛ぶ。
声の主は件の津島善子。申し訳なさで委縮しているのか、動画の中での生き生きとした姿は見る影もない。
「本当よ・・・。もしこれで今のAqoursの人気が失墜するような事になったら貴方、責任取れるの?」
「っ・・・・・・」
そんな彼女に更なる追い打ちをかけるようにして鞠莉の高圧的な言葉が浴びせかけられる。
流石にこれは腹に据えかねたか、善子を除く他のメンバーの表情に反感の色が宿る。
「鞠莉さん、いくら何でも言いすぎでは―――」
「ダイヤは黙ってて」
教室の隅で成り行きを見守っていたダイヤも横槍を投じて鞠莉を諫めようとするも、彼女の気迫はそれを上回っていた。
「・・・・・・」
鞠莉の気迫は、とても他人からの圧を受けているような獰猛さではなかった。
自分自身を暴走させてしまうほどまでに何かに対して固執した者の、狂気。そんなものを感じる。
「とにかく、スクールアイドルとは何なのか、もう一度考えてきなさい。これじゃ話にならないわ」
模索していた答えを物語るようなその姿が胸を抉る。
そんな戦兎の心境を知る事もなく、鞠莉は善子及びAqoursメンバーを突き放すようにして、そう言い捨てた。
スクールアイドル部の面々と戦兎が去り、鞠莉とダイヤだけを残した理事長室に舞い降りたのは、重い、静寂。
「・・・・・・何度も繰り返すようで忍びないですが、貴女本当に変わりましたね。以前の貴方ならあんな執拗に彼女を責めなかったでしょうに」
「・・・怒ってる?」
「ええ、それはもう」
失望すらした、と喉まで出掛かったが、直前で飲み込む。
今の彼女に対してその言葉は、恐らく禁句だ。
「・・・日に日に酷く・・・これも˝光˝の影響ですか・・・」
「・・・? 何か言った?」
「いいえ別に。あの子達へのお説教が済んだのなら、わたくしもそろそろ帰らせて頂きますわ」
まだ˝堕天使˝が去ってからそれほど時間は経ってない。
今ならばまだ追い付く事は容易いだろう。
「・・・・・・・・・少し、やる事が出来てしまったので」
目に痛い程の夕日に紅く照らされた海沿いの道を孤独に進む。
―――――何をどうしてどう考えたらこんなPsychedelicな俗物が誕生するのデスか⁉
―――――もしこれで今のAqoursの人気が失墜するような事になったら貴方、責任取れるの?
若い金髪理事長に吐きかけられた無慈悲な言葉が何度も何度ものたうち回る。
何が堕天使だ。何がヨハネだ。
現実にはそんなものいるはずないのに。
結局、自分がやっていたのはただのお遊戯。
何も生み出さず、ただ不幸を振り撒くだけの、迷惑な子供の遊び。
―――――私、本当は天使なの! いつか羽が生えて、空に帰るんだ!
いつの日か語った絵空事があった。
そんな幼き日の幻想を捨てきれず、いつの間にか堕天使などと捻じ曲げ、いつまでもくだらない事に拘り続ける自分。
こんな痛くて子供っぽい自分なんて、誰も受け入れるはずが―――、
『―――理想とは、そう簡単に捨てるようなものではありませんよ』
不意に掛かった閑かな声につられて視線をずらしたのは―――真上。
「・・・え?」
見上げた先で佇んでいた異形の存在に思わず目を向く。
『こちらの姿では初めましてですね、津島善子さん・・・いや、堕天使ヨハネさんとお呼びした方がよいでしょうか?』
「な・・・な・・・・・・何なのよアンタ・・・!」
重力が真逆に作用しているかのようにして木の枝からぶら下がるその姿は、例えるならば、蝙蝠。
だが人とも動物とも取れないその姿の前に、体感した事のないような恐怖を覚えた。
『もし貴方にまだ理解者を・・・友を望む気持ちがあるのなら・・・・・・・・・機会は私が与えましょう』
こちらの恐怖を知ってか知らずか、軽やかに着地しては静かに歩み寄ってくる黒い影。
そして目の前に立ったと思えば、不意にその身体と同じくらいに黒く染まった短刀を取り出し、振り下ろした。
『・・・・・・痛みは一瞬です』
《デビルスチーム!!》
「うっ・・・・・・あぁぁぁぁぁ・・・・・・ッ⁉」
刀剣から噴出された黒霧に身体が包み込まれた刹那、雷撃を受けたかのような感覚が全身を駆け巡った。
次の瞬間には身体が弾け飛んでしまうのではないかと思わせる程の激痛。当然、そんな痛みに抗う術など無くて、徐々に身体の感覚が遠のく。
『・・・次に目覚めたその時、貴方の隣には、きっと良い仲間がいる事でしょう・・・』
翳む視界に背を向けて立ち去ってゆく蝙蝠が映る。
その間際に残していった言葉の意味を理解する事なく、津島善子はその意識を手放した。
二話連続デビルスチーム。えらいこっちゃえらいこっちゃ…(汗)
ごめんね善子ちゃん初登場なのに…
そしてゴメンナサイ鞠莉さんヘイト集めるムーブさせちゃって…
彼女がこうなってしまった理由も近いうちに明かされるのでご容赦を……いやほんと…すみません…
それでは次回で!