逝き急ぐなって死ぬにははえーよ……
薄暗い部屋に、更に黒く、深く、重い後悔が広がってゆく。
倒れ込むように投げ出した身体が気持ちと共にベッドへと沈む。這い上がろうという気は起きず、むしろこの重みの中で潰れていく事こそが唯一自分に許された事なのではないかとさえ思う。
「・・・・・・」
一緒に同じ目標へと努力する楽しさを知った。
大切な人に気持ちを踏み躙られる悲しみを知った。
そして、戻らぬ日々の尊さと後悔の重さを今になって知った。
誰が悪い訳じゃない。戦兎の言葉は理解している。
けれど、頭ではそう理解していても、気持ちがそうさせてくれない。
あの日の自分が、少しでも鞠莉の異変に気付けていたなら。
豹変して戻ってきた鞠莉と、ムキになんかならずに向き合えていたなら。
もしそれが出来ていたなら未来は・・・イマを変えることを出来たのだろうか。
「・・・」
今朝からずっと机に放置していた携帯がぶるると震える。
恐らく戦兎だろうが、正直誰なのかはどうでもよかった。
今は誰とも話す気になれない。そんな思いの元電源を切ろうと携帯に触れ、その画面を覗く。
「っ・・・」
知らない番号。少なくとも登録しているアドレスではない。
どことなく嫌な予感がし、恐る恐る耳に当てた携帯から聞こえてきた声は―――、
『よォ。ご機嫌いかがかなん?』
「・・・ッ! アンタ・・・!」
聞き慣れてなどはいない。けれどすぐ分かった。
羽のように軽く、それでいてそこにしれない何かを感じさせる声。
ブラッドスターク。刹那に奴だと理解し、慎重に選んだ言葉をスピーカー越しに届かせる。
「鞠莉はどこ……」
『くく…お友達想いなことで…』
電話越しでも変わらない奴のふざけた態度は、怒気を孕んだ果南の声をのらりくらりといなしてみせる。
『……小原を返す…と言ったらどうする?』
「……!」
意外な申し出に弛緩した思考をすぐに冷やし落ち着いて処理をする。
これまで戦兎から聞いてきた、スタークの所業の数々。
奴の事だ。そんな提案を無条件に掲げてくるとは思えない。
「……要求は?」
『おぉ、思ったより頭はキレるみたいじゃねぇか。ますます気に入った』
果南の対応を褒めるような声の後、一転してどす黒く染まった悪意が耳を撫でた。
『なに、簡単な話だ。お前がこっち側に来てくれればいい「
「……仲間になれって…?」
『うぅん…少し違うな。俺達が欲しいのはお前というサンプルだ。あんだけの量のネビュラガスを注入されてスマッシュ化しない被検体は希少だからなぁ…』
その条件に、少し前の戦兎の言葉を思い出す。
人間のネビュラガスへの耐性はハザードレベルという範囲でランク付けされており、ガスを注入されて間もなく死に至るのがハザードレベル1。ガスの成分により全身の細胞が過剰に活性化されスマッシュ化するのがハザードレベル2。
そしてそれ以上の耐性を持つ者はガスを注入されても絶命せず、なおかつ人間の姿を保っていられる。
つまり果南は少なくともハザードレベル2以上の存在、奴等としては手中に収めておきたいわけだ。
「……」
強張った自分の身体を抱く。
その要求を飲めば恐らく帰ってくることはおろか、命の保証もないだろう。
勿論怖い。怖くないはずがない。
けれど―――、
「……わかった。だから鞠莉には手は出さないで」
もう、鞠莉の事から目を逸らしたくない。
きっと戦兎だって、こうするはずだから。
『……いい子だ。場所は―――』
暗い部屋に霧散する毒蛇の嗤い。
それぞれの交差する思惑を暗闇は包み、今日も夜は更けてゆく。
「・・・よりによってここかよ・・・」
昨晩スタークによって指定された海岸で一人戦兎が顔を顰める。
淡島の端に位置する小浜、数年前記憶を失った状態で流れ着いた戦兎が鞠莉と出会った場所だ。
「・・・・・・」
あの日からの記憶に想いを馳せる。
鞠莉がいたからこそ、全てを失った自分はこうして三海戦兎としての新たな道を歩むことが出来た。
その三海戦兎にとって小原鞠莉は、自分を形成するかけがえのないものだ。悪事に手を染めただとか、光の影響で変わってしまっただとかそんな事は関係ない。
――――――俺は今、鞠莉を救うためにここにいる。
「え・・・」
砂を踏む音と共に耳を撫でる声。
スタークか。そう思い振り返った先にいたのは―――、
「先・・・生・・・?」
「・・・松浦⁉ なんでお前が・・・」
その人物に思わず目を剥く。
一人で来い。スタークはそう指示したのにも関わらず、自分とは別の当事者がここにいるのはおかしい。
しかし、そう思っているのは果南も同じようで―――、
『お、役者は揃ったみてーだな』
「ッ・・・! 松浦ッ!」
「うあぁッ⁉」
再度耳朶に触れた声。だが今度は砂の音ではなく、こちら目掛けて飛んでくる火球を伴った、明確な攻撃。
「何のつもりだスターク!! 話が違うぞ!」
咄嗟に庇った果南を背後に回しつつ、恐らく今攻撃を仕掛けてきた個体であろうスマッシュを擦れたスタークに吠える。
「私一人でくれば鞠莉を返してくれるんじゃ・・・」
続いて果南も声を上げ、奴に迫る。
だが当のスタークはそれを意に介す様子もなく、それどころか薄ら寒い笑みを零して言い放つ。
『・・・約束ねぇ・・・。そんなモン、お前等をおびき出すためのエサに決まってるだろ』
「んだと・・・!」
『クハハ・・・! いいぞ怒れ怒れ、そうやってもっとハザードレベルを上げていけェ!』
悪びれるどころか、むしろ嬉々として憤る戦兎達を嘲笑うスタークに対し沸々と黒いものが込み上がってくる。
敢えてこのようなまどろっこしい方法で戦兎と果南を呼び出したのも、こうして怒らせることでハザードレベルを上げるため・・・、
「じゃあ鞠莉は・・・⁉」
『小原ならいるだろ、お前等の目の前になァ・・・』
陽炎の中に揺れる、発火器官を備えた紅蓮の怪物―――バーンスマッシュ。
つまりコイツは二度目のネビュラガスを注入された鞠莉が・・・変貌した姿。
『ウ・・・アアァァ・・・!』
「ぐっ・・・・・・!」
「ちょ・・・鞠莉! 私達だよ⁉ 分からないの⁉」
果南の呼びかけに僅かに反応を見せるも、すぐさま鞠莉―――及びバーンスマッシュは身を焦がす火焔の放出を再開する。
「呼びかけても無駄だ! 今の鞠莉に理性も自我も残ってねぇ!」
「じゃあどうすんの⁉」
「・・・・・・倒してガスを抜くしかねぇだろ!」
《ニンジャ!》
《コミック!》
《ベストマッチ!》
腰に巻き付けたビルドドライバーにボトルを装填、レバーを回して展開したスナップビルダーで火球を防ぎつつ体勢を整える。
《Are you Ready?》
「変身!」
《シノビのエンターテイナー! ニンニンコミック! イエェェイ!》
紫と黄の螺旋する装甲を纏った忍者がマフラーをはためかせバーンスマッシュへと斬り掛かる。
『ァ・・・アアァァァァァッ!』
「ッ――――――ぐなッ・・・⁉」
刃をその身で受けつつも怯むことなく音叉のような形状をしたバーナーから火を吹き出し、右腕が火焔の拳として振るわれる。
咄嗟に四コマ忍法刀を引き戻し受け止めた―――それにも関わらず、予想を上回る力で大きく後方へと跳ね飛ばされてしまう。
『アアァァァァァッ!』
続き複数の火球が生成され、それぞれが別々の軌道を描きビルドへと殺到。
《火遁の術!》
炎には炎だ。互いの周囲に生じた気流で掻き消し合う。
そんな計算の元、負けじとこちらも火炎の壁を生成し、相殺を図るが・・・、
「いッ・・・⁉」
障壁を突き抜けた火球が正面から衝突。防御も間に合わず、ビルドの装甲を焦がしながら弾け飛ぶ。
「・・・今までのスマッシュより強い・・・?」
『ハハハ! どうだ戦兎ォ・・・これが二度目のガス投与をされたスマッシュの火力だァ!』
「テメェに名前で呼ばれたかねぇ!」
『つれないねぇ・・・』
耳障りなスタークの囁きはさておき、確かにあの火力はニンニンコミックでは凌ぎ難い。
ならば―――、
《ライオン!》
《掃除機!》
《ベストマッチ!》
《Are you Ready?》
「ビルドアップ!」
《たてがみサイクロン! ライオンクリーナー! イエェェイ!》
スタークには初披露のライオンクリーナーフォーム。
あの火炎を凌ぐには掃除機の力が必須だし、劣勢である状況を鑑みると下手なトライアルフォームよりはベストマッチフォームである方がよい。
出来れば隠しておきたかった手だが・・・背に腹は代えられまい。
「ハアァァ!」
『ウァァッ・・・!』
掃除機のノズルで火炎を吸収しビルド自身のエネルギーとして変換しつつ、ライオンの成分が作り出したレオメタルクローでの斬撃を叩き込む。
ご自慢の炎の拳も物理攻撃を通さないライアチェストアーマーの前では無力に等しい。ともかくこのまま強引に押し切り鞠莉を―――、
『チィ・・・面倒なフォームになりやがって・・・』
ガリガリと頭を掻いたスタークがトランスチームガンとスチームブレードを連結させるのが遠目に伺えた。
横槍を入れるつもりか。そう思い身構えた戦兎の予想は、少し違う形で当たる事となる。
『・・・ならコイツでどうだ』
《ライフルモード》
《デビルスチーム!》
放たれた弾丸が濛々と煙の尾を引いて猛進する。
だがそれはビルドを素通りすると、大きく放物線を描きそのままバーンスマッシュへと直撃する。
『ァ・・・アアァ・・・、ァァアアアァァァァァァァ・・・・・・!!』
「んなッ・・・⁉」
何かヤバいことが起こっているのは素人目から見ても明らかだろう。
赤褐色だったバーンスマッシュの体色はみるみるうちに黒く染め上がってゆき、それに呼応するように噴出する炎の熱量が増す。
「何しやがったスタークテメェッ!!」
『どうもこうも、更にネビュラガスを注入してやっただけだ』
スマッシュ化した状態でも更にガスの投与が可能なのか、脳裏に浮かんだそんな疑問すら吹き飛ばすようにバーンスマッシュの咆哮の余波が全身を駆け巡る。
肌に伝わるビリビリとした感覚が、コイツはヤバいと訴えてきているようだ。
『ウアアアァァァァァァァァァッ!!』
吹き出された火焔が視界いっぱいに広がり、爆発的な熱気が辺り一帯を包む。
喰らえばひとたまりもないのはそれこそ火を見るよりも明らか。掃除機の能力で無力化を図るが―――、
「ッ・・・⁉ 許容量を・・・超えてッ・・・⁉」
吸引力をもろともしない勢いはおろか、吸い込んだエネルギーも瞬く間にキャパシティを超えて左肩の機関がオーバーヒートを起こしてしまう。
そして、殺し切れなかった紅蓮の炎がそのままビルドを飲み込み、爆ぜる。
「がッ・・・ああぁぁッ・・・!!」
「先生ッ!」
ロケットが如し勢いで吹き飛び、地面をリバウンドしながら転がる。
元の火力でも十分厄介だったというのに、追加のガスを投与された途端にそれすらも可愛く思えてしまう。
「くそ・・・!」
《Ready Go!》
《ボルテックフィニッシュ!!》
『アアアァァァァッ!!』
右腕に集約されたエネルギーが獅子の形を成し、咢を広げその牙を剥く。
しかしバーンスマッシュの火焔はそれすらも凌駕し、猛る炎獅子を粉砕した勢いのまま再度ビルドに襲い掛かる。
「ぐ・・・・・・、・・・ッ⁉」
すんでのところで回避し、纏まらない思考であれこれと模索しながらバーンスマッシュと向き合い直したその時、ふと気づく。
『ウァ・・・ゥゥ・・・』
「・・・鞠莉・・・?」
黒い体表から昇る、淡い光の粒子。
その存在を認識した途端に光の侵食は全身へと広がり、翳むように怪物としての―――いや、鞠莉の肉体が崩れてゆく。
『・・・なんだ。紫苑の奴、ただ遊んでるだけじゃなかったんだな』
「・・・どういう事だ・・・?」
突然の事に困惑する戦兎と果南をよそに、ただ一人納得したようにこの場にいない何者かの名を呟くスターク。
『元々スマッシュ化の反動で体力を消耗してる状態での人体実験だったからな・・・、その上更に注入したネビュラガスに体細胞が耐えきれなくなって肉体が消滅を始めてる』
「なっ・・・⁉」
「・・・うそ・・・じゃあ・・・・・・」
奴のその言葉は、淡々と語るにはあまりにも過ぎた残酷さを帯びていて―――、
『・・・ああ、今更ガスを抜いたところで消滅は止まらない・・・・・・・・・処置に関係なくそいつは死ぬ』
年末も安定のスタークパラダイス……
誰かコイツに天罰下せよ……
今年の締めがこんなんですが来年は更にブースト掛けるんでよろしくです(不穏)
それでは次回で。よいお年を