5月のユニットは絶対行きます
―――ああ、その辺はあたし達がやるから気にしないでいいよ。ダイヤちゃんはビルドが現れたらボトルぶんどってきちゃって~
(とは言っていましたが・・・・・・)
淡々と授業が進む教室に暖かな、それでいて少し暑くも感じる日差しがさす。もうすぐ夏だ。
だがそんな陽気や教師の板書する文字も、先日の紫苑の言葉が反芻しているせいで全くの意識の外にある。
正直な話、紫苑からは少し危なげな気配をダイヤは感じていた。
この何か起きそうな不穏な予感が当たらなければいいのだが。
(・・・貴方ならどうしますか・・・・・・鞠莉さん・・・)
空席になった教室の一角を見る。
いつもならあそこにはうざったいくらい眩しくて、でもそれがどこか心地いい、やっと戻ってきた笑顔があったのに。
それなのにまた、彼女は色々な意味で遠くに行ってしまった。
どうしてパンドラボックスの光を浴びて欲望に忠実になったはずの彼女がこんな中途半端な段階で身を引いたのか。
どうして誰にも何も言わず消えていってしまったのか。矛盾し、分からないことだらけだ。
でもだからこそ今はあの人と・・・仮面ライダービルドと会いたい。
以前の口ぶりからして彼も鞠莉と何かしらの関りを持っているはず。ボトルを奪いに行く手前気は引けるが、この際綺麗ごとは言っていられない。
「・・・・・・?」
ポケットの中で携帯のバイブレーション機能が作動する。恐らく紫苑だ。
生徒会長という立場の自分が授業中に携帯を開くなどあってはならない行為だが、ファウスト絡みとなると話は別。周囲に悟られぬよう開いた画面に表示されたメッセージは・・・・・・、
「え・・・・・・」
同刻、三海戦兎のいる二年A組の教室。
「―――こほっ・・・!」
「口に手ぇくらい当てろアホみかん」
受け持っているクラスは三年生だけでなく二年生にもある。
態度こそあれだが授業の評判˝だけ˝はいい戦兎がいつものように教科書片手に弁舌を振るっていれば、教室の後方から季節外れの咳が上がる。
「ごめんなさーい・・・・・・アハハ、風邪ひいたかな…?」
「夏風邪は馬鹿がひくっていうもんな。お前持ちのウイルスとなるとちょい不安だな・・・うつすなよ。全世界がお前レベルになったら文明が滅ぶ」
普段から振り回されている鬱憤を晴らすようにボロクソに言う戦兎。ちなみに態度面での評判がよくないのはほぼこの悪口同然の減らず口のせいである。
「それもう別物じゃん! ていうかいじめでしょこ―――けほっ・・・けほっ・・・!」
「・・・おい、大丈夫か・・・」
とはいえ流石に人の心が備わっていない訳ではなく、急に咳の止まらなくなった千歌を案じて一度授業を止める。
風邪にしては進行が早すぎないか。そう思った直後に千歌のみならずその周りの生徒にも咽るような咳が伝染していく。
「・・・・・・こいつは…・・・」
そこでようやく空気の質が変化していることに気が付く。
吸い込むと喉が焼けるような感覚がし、肌に触れるだけでもビリビリ来るような気体となれば思い当たるのは―――、
「・・・ネビュラガスだと・・・?」
『ウアアアァァァァァァァァァァァァッッ!!!』
まさかこの付近で噴出したのか。脳裏に過ったそんな不安を吹き飛ばすように破壊音と咆哮が轟く。
途端に上がった悲鳴の中外を確認してみればやはりスマッシュ。校庭に出現した個体が以前のストロングスマッシュやスクエアスマッシュのように手当たり次第の攻撃を続けている。
『校庭にスマッシュが現れました。教職員は授業を止めて生徒を体育館へと避難させてください』
「・・・よかったな授業中止だってよお前等。楽しい放課後を過ごしたきゃぱっぱと逃げるこったな」
緊急校内放送に従い避難を促すが、ネビュラガスを吸い込んだ影響でクラスの半分はまともに動ける状態じゃない。
恐らく他のクラスも同様の状態と考えると救援は期待できないだろう。そうなればスマッシュの到達と避難の完了のどちらが早いかなんて火を見るよりも明らかだ。
「・・・・・・何のつもりだスターク・・・!」
ネビュラガスやスマッシュの使役がある時点で奴の差し金であるのは一目瞭然。
だが、ここまで大それたことをする目的は一体……。
「・・・四の五の言ってられないか・・・・・・桜内! 石動! 少し任せても大丈夫か!?」
「え・・・」
「は、はい・・・」
無事な生徒の中から慣れた顔に指示を飛ばし、返事を聞くや否や教室を飛び出す。
鞠莉がいなくなった今生徒を放って単独行動に出れば上からのお咎めは間違いないだろう。だが、こうするのが今最も被害を最小限に抑える手だというのも事実。
急かす気持ちと共に迫りくる嫌な気配を覚えつつ、戦兎はドライバーを腰へと巻き付けた。
「・・・・・・何故こんなことを・・・」
他学年の誘導をしてくるとクラスメイトより一足早く教室を出たダイヤが屋上でそう零す。
ビルドを誘き出す…それ自体は現に彼がスマッシュとの戦闘に入ったので成功している。だが誘き出すだけならどうしてネビュラガスまで蔓延させたのか。
これでは関係のない生徒達…下手をすればルビィもガスの影響を受けかねないというのに。
「・・・・・・やるしかありませんか・・・」
理解も納得もできないが、ダイヤがボトルを回収するまでガスの噴出が止まないことは薄々分かっている。
だとすれば、やることは一つだ。
《バット!》
「・・・蒸血!」
《ミストマッチ!》
バットロストボトルの装填と同時に引き金を絞り、放出された黒い霧で自らの身体を覆う。
《バット…バ…バット…! ファイヤー!》
全身のハイプから上がった花火が煙を吹き飛ばし、その漆黒のボディを露にする。
その直後に地上へと足を下ろし、蝙蝠―――ナイトローグは己の責務に奔走した。
《ボルテックフィニッシュ!!》
『ア…アアァァァァァッ……!』
グラフから降下したビルドのキックがスマッシュを突貫。爆炎を上げて地面に倒れ伏す。
「…妙だな」
このスマッシュやけに弱い。
ネビュラガスまで蔓延させた以上これまでのようなビルドを誘き出すためのエサの役割だとだは思いにくいが……、
「……何企んでやがんだ」
『…貴方もそう思いますか』
まだ晴れていない煙の奥から黒い影が悠然と歩いてくる。
全てを塗りつぶすような漆黒の装甲に、蝙蝠を模したような胸元の意匠。数日前に顔を会わせたばかりのソイツは記憶に新しかった。
「・・・あの時の蝙蝠野郎・・・」
『・・・ナイトローグ、そう名乗ることにしました。以後お見知りおきを』
「名前なんざどうでもいい。・・・・・・この真似は何のつもりだ・・・一体何が目的だ」
『さあ…・・・、あの方々が何を考えているかなんて私にはわかりません。私はただ自分の任務を果たしに来たまでです』
「任務だと・・・?」
『はい。・・・貴方のボトル、頂戴させてもらいます!』
街中を歩くような足取りから一変、瞬時に距離を詰めてきたナイトローグの短剣が鈍く光る。
「ボトルだぁ・・・? 勝手に渡して来たり奪いに来たり忙しい奴等だな!」
虚を突かれつつも咄嗟に形成したドリルクラッシャーでスチームブレードを受け止め、力づくでそれを押し返す。
以前もそうだったが単純な力ならこちらが優っている。奴の合気道のような型には少々掴みにくさはあるが、この分なら少なくとも押されることはない。
《エレキスチーム!》
《Ready Go!》
多少のダメージは覚悟で電気を纏ったスチームブレードを掴み取り、そのまま固定。その隙にハリネズミフルボトルをドリルクラッシャーに突っ込み、刀身を回転させる。
《ボルテックアタック!》
狙うは奴でなくその得物。白いエネルギーを纏って振り上げられた一撃がスチームブレードをカチ上げる。
『く・・・!』
ならばとナイトローグがトランスチームガンに持ち替えるが、接近戦で銃が剣に敵うはずがない。
引き金を絞る前にこちらの刀身が奴の胸元に炸裂し、盛大に上がった火花を伴ってその身体を弾き飛ばした。
『っ・・・、っ・・・、そういえば・・・鞠莉さんは今どうしているのでしょうか・・・・・・』
「あぁ・・・?」
よろよろと起き上がったナイトローグが地雷同然の事柄を口にし、何かが切れかかる音がした。
知っているはずだろうに白々しい。鞠莉の話を持ち上げてこちらのペースを乱すつもりか。
「・・・ふざけてんのかお前」
『くぁっ・・・! ぅあっ・・・!』
ガンモードに移行したドリルクラッシャーのトリガーを絶えず引き続け、問答の隙すらも与えないと言わんばかりに乱射。
今その名前を・・・・・・コイツ等が口する資格などない。
《Ready Go!》
「・・・お前等がアイツを死に追いやったんだろうがッ!!」
『・・・え・・・・・・?』
叩きつけるように得物を投げ捨て、レバーを回しては高く飛翔。
続けて出現したグラフがナイトローグを左右から挟み込みに掛かるが、何故か呆然としている奴は何の抵抗もなく拘束される。
「・・・鞠莉さんが・・・・・・・・・死んだ・・・・・・・・・?」
「っ・・・!」
《ボルテックフィニッシュ!!》
震える声音が聞き覚えのあるものに変わったことに気が付くが、既に中断できない段階にまで差し掛かったキックはそのままナイトローグに直撃。
悲鳴も上げずに吹き飛んだ漆黒の身体が何度も地面に打ち付けられ、やがては保てなくなったその装甲がピシピシと紫電を帯び始める。
「・・・お、おい。お前・・・・・・ッ!?」
一際大きい紫電と共に噴出した黒煙を最後に完全に解除されたナイトローグとしての装甲の下。
切り揃えられた艶のある黒髪と、特徴的な口元のほくろ。そして何より着込まれた白地のセーラー服の袖に巻かれた腕章が、˝彼女˝が浦の星女学院の生徒会長であることを告げ―――、
「・・・・・・黒澤・・・・・・?」
信じ難いという思いが先行するが、目の前の少女が黒澤ダイヤであることに間違いはなかった。
何故彼女が。普段の自分ならば浮かび上がってくるそんな思考すらも回らず、ただただ驚愕だけが頭を支配する。
「・・・・・・どうしてわたくしの事を・・・?」
戦兎がナイトローグの正体を知らなかったように、彼女もまたビルドの正体を知らない。
自身の名を口にしたビルドに対し、ダイヤはよろよろと起き上げた身体を向けてその答えを待っている。
「・・・・・・」
鞠莉の言っていたことはこれかと、混乱する頭が空白だったピースを埋める。
落ち着け考えろ。それが分かったなら驚くよりもできる限りダイヤから情報を引き出すのが最優先だ。幸いこちらには切れるカードが残っている。
「・・・明かしてもいい。だが、俺の質問に全て答えるのが条け―――」
《ライフルモード! ファンキー!》
《ファンキーショット!》
「ッ・・・!? がッ・・・はぁッッ・・・・・・!?」
何とかクールダウンさせた頭で最善と思われる条件を提示しようとしたその刹那、轟音と共に歯車が積み重なったような銃弾がビルドを強襲。
不意の一撃になす術もなく吹き飛ばされ、解除されたビルドの装甲がこちら側にとって最大のカードであった正体を露にしてしまう。
「・・・・・・三海・・・先生・・・?」
咄嗟に顔を逸らそうとしたがもう遅い。ダイヤの双眸にはしっかりと戦兎の顔が映ってしまっている。
仮面ライダービルド=三海戦兎。その事実を知ったダイヤの顔に浮かぶのは動揺と、それ以上の絶望のようなもの。
『あっちゃー、正体バレちゃったのかー』
そんなダイヤを揶揄う笑い声が濛々と上がる土煙の向こうから飛ぶ。
恐らく今の攻撃の犯人であろうそいつはやがてこちらに歩み寄り、半身を赤い歯車で構成したその姿を露にする。
『や、久しぶり』
トランスチームガンよりも一回り大きい紫色の銃を手に取った、機械仕掛けの怪人。
会ったことなどないはずなのに、そいつはダイヤよりも先に戦兎の正面に立つと、親し気な雰囲気を醸してそう言った。
「・・・誰だお前…」
『・・・そりゃ覚えてないよね。ま、今日の目当てはそっちじゃないからいいんだけどッ!』
「ごばッ・・・!?」
その返しを少し残念がるような素振りを見せたと思いきや、今度は振り上げた足で戦兎の腰辺りを蹴りつける。
そして今の蹴りと、先の一撃の衝撃で散乱した十本近いフルボトルを拾い上げた後、満足そうにダイヤの元へと移動。
『お疲れダイヤちゃん。目的も済んだし戻ろっか』
「・・・え、いやちょっと待ってください! わたくしは―――」
制止するダイヤの声に耳を貸す様子もなく、歯車の怪人は銃から噴出させた煙で自身の周囲を包み込む。
直後に吹いた風が黒煙を霧散させたその時にはそいつはおろかダイヤの姿すらもなく、校庭には戦兎がただ一人地に伏せているだけとなった。
「くそ・・・・・・!」
ナイトローグとしてスターク側に付いたダイヤに、謎の歯車の怪人。そして奪われたフルボトル。
処理すべき問題は山積みとなったが、今真っ先に取り組むべきなのは校舎へと戻って生徒の安全の確保だろう。
地面へ打ち付けた拳で最低限の感情を発散させた後、戦兎は痛む身体に鞭打って今なおネビュラガスの渦中であろう生徒の元へと向かった。
「なんのつもりですかッ!!」
ファウストの拠点に戻った直後。
普段の礼儀正しさなど露ほども消え去ったダイヤの怒号が暗く冷たい地下施設に響く。
「落ち着いてってダイヤちゃん。無理矢理午後の授業すっぽかさせちゃったのは謝るって。真面目だなー」
「そんなことを言っているんじゃありません! ボトルを奪うだけならどうして学校の皆さんにガスを浴びせる必要があったのですか!?」
ビルドの正体が浦女の教師である戦兎だと分かった今、彼を誘き出すには学校で騒動を起こす必要があったのは理解できる。
だが問題は関係のない全校生徒もいる校舎にネビュラガスを蔓延させたことだ。どうせスマッシュでビルドを釣るならどうしてこんな無意味かつ被害しか出さないことをしたのか。
「詳しくは知らないよスタークがやれって言ったんだし。結果としてボトルは回収できたんだしいいじゃーん」
計画犯かつ実行犯である紫苑は白い布が被さった簡易的な台に腰を下ろし、足をパタパタとさせながら口を尖らせる。
「ルビィ達まで巻き込んでおいてそれで済む訳がありませんわ! ・・・それに鞠莉さん・・・・・・あの人が死んだとはどういうことですか!!」
「今度はそっちー? もうあたし疲れたよー・・・。京香変わってー・・・・・・」
「知るか。それに小原鞠莉に人体実験をしたのはお前だろう」
「ああちょっと余計な事言わないで!?」
「・・・・・・貴方がやったのですか・・・?」
助け舟どころか火薬を乗せた船のような言葉を京香が零し、その事実を起爆剤に燻っていた炎が更に燃え上がる。
「何故・・・? 何故殺す必要があったのですか!? 妨げになるにしてももっと穏便に事を運ぶことも出来たでしょう!?」
「・・・ストップダイヤちゃん。一回落ち着こう? ね?」
「これが落ち着いてられる訳ないでしょう! わたくしは一体何のためにこちら側に身を落としたのですか!!」
激昂のままに紫苑へと掴みかかる自分はきっと酷い顔をしているのだろう。
けれど事実であることが証明された鞠莉の死を受け、様々な感情でぐちゃぐちゃになった心は抑えが利かない。
その余裕のなさは、あれだけ警戒していた紫苑に対する注意すら散漫にさせるもので―――、
「・・・あー・・・もう・・・・・・」
だからこそ気が付かなかった。
徐々に不機嫌な表情に変わっていく紫苑の瞳が、紅く染まっていることに。
「・・・・・・うっざ」
「かっ・・・は・・・・・・ッ!?」
吐き捨てられた声音の後、鳩尾に叩き込まれたつま先が重い衝撃をもたらす。
全ての空気が肺から吐き出され、華奢な身体から繰り出されたとは思えない一撃に思わず膝を付きつつも見上げた紫苑の瞳は血のように紅く、いつになく冷淡だった。
「・・・あのさぁ、ダイヤちゃんいい子ちゃん過ぎてうざい」
ぴょん、と飛び降りた紫苑の見下すような視線が刺さる。
平常時との落差が激しいその豹変具合。京香のリアクションが特にないのを見るあたりこちらが素なのだろう。
「捨てられないものが多すぎるっていうか・・・全然非情になれてないっていうの? とにかくそんなんじゃこの先やっていけないよ?」
だからビルドにも負けちゃうんでしょ?そう続けた紫苑は今の今まで自身が座っていた台を包んでいた布を取り払う。
文字通りベールが剥がされたその正体は―――、
「だからさ、あたしがそのクソ真面目な性格矯正してあげるよ」
「え・・・?」
それぞれの面に地球文明のそれとは思えない幾何学的な文様や意匠が施された、黒い正方形の物体。
鎮座しているだけでも摩訶不思議な気配を放つそれは、かつての惨劇の中で行方不明になったという―――、
「・・・パンドラボックス・・・・・・?」
「・・・・・・開くためって言ったじゃん。持ってもない箱を開けるためにボトル集めなんかしないよ」
どうしてそれがここに。瞳がそう語るダイヤに紫苑が笑いながら答える。
だがその笑いが含むものは残酷なまでの無邪気さと悪意だけ。
「・・・鞠莉ちゃんは、どうしておかしくなっちゃったんだっけ?」
「ッ・・・・・・!」
この後に何が起ころうとしているかを理解し、すぐさま紫苑から離れようと床に伏せる身体を起き上げる。
だがそんな抵抗はもはや焼け石に水であり、背を向けることすら叶うことのないまま紫苑の手がパンドラボックスに触れる。
「・・・いや・・・・・・」
途端に放出された紅い閃光が視界いっぱいに広がり、理性の焼き切れる音がした。
戦兎とダイヤ。共に正体バレ
主犯はスタークと言いますが、浦女にネビュラガスを放出した訳は一体…(すっとぼけ)
そしてグリスはおろかクローズよりも先にあの歯車が出るという…
でまあ、鞠莉さん歪め終わったんだし次は別の誰か歪めて松浦を苦しめるべきだよねって()
では次回で