白い死神   作:フラット床

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遅かったじゃないか…多分次も遅いです。


5話

ある週末、なのはは車に乗っていた。高町家が営んでいる喫茶店、翠屋は基本年中無休だが、連休などにはほかの店員に店を任せて家族で出かけることがある。今日がその連休開始であり、温泉旅行へと向かう道中なのである。今回の旅にはアリサとすずか、そして恭也のつながりで忍とメイドたちも同行している。

『色々と気になるのはわかるけど、旅行中くらいはゆっくり休まないとダメなんだからね』

ユーノから念話が飛んでくる。どうやら考え事をしていたのが顔に出ていたようだ。先週出会った黒衣の少女やらそれ以来ひとつも見つけられていないジュエルシードやら、色々と悩みのタネはある。先の戦闘でも考えた()と魔法の扱いに関してはひとまず策は考えたが…

(ま、今ジュエルシードの反応を探すのは出来ないし…イメージトレーニングでもしとこうかな)

『わかってるよ、休むときは休まないとね』

『……わかってなさそうだ……』

 

*

 

そして、まるで仕込まれていたかのようにユーノはアリサに捕獲され女湯に消えていった。なにやら激しく抵抗していたが頼みの綱の少女は一緒に入らないと言い、既にフェレットの首を差し出した後だったので助かる道はなかった。実を言うとなのはは最初から温泉に入るつもりが無かったのだ。事故以来なのはは、表向きには事故によってできた傷を言い訳に、実際のところは皆の身体に視えるであろう()を視ないようにするため、他者(ひと)と一緒に入浴する事は基本的に無い。いくら見慣れたモノとはいえ何の保護()もないのに()を視続けるのは精神衛生上良くない。もちろん温泉自体は後で一人で入るつもりであるし、そのあたりの話は皆了解しているため今回騙されたようになったのはユーノのみである。

そんなわけで新たに考え出した魔法のイメージトレーニングをしながら旅館内をひとりでぶらぶらしていると、道をふさぐように赤髪の女性が現れた。

「あら、おちびちゃん。キミかね、うちの子をアレしてくれちゃってるのは…」

こちらを値踏みするように眺めながらそんなことを言う。女性に見覚えはないし、抽象的な発言のため心当たりも思い浮かばない。出会い頭に不躾な態度をとられたことへの非難をこめた視線を向けながら言葉を返す。

「えっと、どちらさまで…?」

「――っ……いや悪いね、あたしの勘違いだったかな」

そんなことを言ってどこか焦るように横をすり抜けてこの場から離れていった。むこうから絡んできた割にあっさりと引く姿に首をかしげるが、面倒にならないならばいいかと散歩を再開しようと歩き出す。

『忠告はしておくよ。子供はいい子にお家で遊んでなさいね、おいたが過ぎるとガブリといくわよ』

「!」

振り返ればちょうど廊下の向こうに赤い髪が消えていくところだった。

(念話…今の人、だよね。ならあの女の人、あの子と…)

 

*

 

『――ということがあったんだけど…』

時間は流れ、もう日も暮れた旅館の一室で昼間に起きた一件をユーノと共有していた。既に同室の友人二人は眠りについている。

『状況からして彼女の協力者で間違いないだろうね。それに、あえて姿を見せたってことはそれだけ本気だって言いたいんだろう』

わざわざこちらに接触を図ってきたからにはむこうには何らかの意図があるのだろう。実力差を考えればあまりうろちょろするな、ということだろうか?実際に彼女とは一度しか戦っていないがその一戦でも彼女の攻撃をいなすだけで精一杯だった。もちろん対策は考えてきたので次はもっと上手くやるつもりではあるが…

考え初めて場が沈黙するとユーノが惑うような声を発する。

『……あのさ、なのは』

『…ここからはひとりでって?…それは聞けないよ。私もあの子の事とか気になるし、始めた以上は最後まで付き合うよ』

『そうか…ごめん。ううん、ありがとう』

案の定、状況が変わってきた事から協力関係を続けることに迷いが生じたのだろう発言だった。出会ってからまだ数週といったところだが真面目過ぎる程に真面目なのはよく分かる。そこまで抱え込むこともないと思うが、自分が発掘したと言うだけでわざわざ回収作業をしに来る程なので相当に責任感が強いのだろう。しかしそれにも限度があるだろうし、もちろん私も途中で投げ出す気はない。

『ユーノ君はひとりで抱え込もうとしすぎだと思うよ』

『そう、かな?』

『そうだよ。あの子が出て来て不安になるのはわかるけど、私だってもうなんにも知らない部外者って訳じゃないんだからもっと頼ってもらっても―――ジュエルシード…此処にも!?―って、そっか、だからあの人…』

『すぐ近くだ!急ごう、なのは!』

考えてみれば単純な話であるが警告のためだけにわざわざこんなところまで来る理由は無い。ならばここに来るだけの理由――ジュエルシードの反応があったはずだ。そもそもユーノがここに来たのは事故の詳細を知る当事者であったからで、一見関わりのなさそうな彼女たちが海鳴を訪れたからには何らかの捜索手段があるのだろう。とにかく今は励起状態の魔力反応のある方へと急ぐ。彼女らはほぼ確実に居るだろうし、そうでなくても放置などもっての他だ。

 

*

 

「あれ、昼間の…っ!」

道中でバリアジャケットを纏いつつ現場へとたどり着くと既に封印を終えたらしい例の少女達がいた。

「子供は家でおとなしくしてろって言わなかったかい?」

煽るように言う赤毛の女性。少女と似た意匠の装束を纏い、耳は犬に似た物で尻尾らしきものも見える。だいぶ違う装いだがその顔には見覚えがある、昼間の女性で間違いないだろう。

「ジュエルシードをどうするつもりだ!それは危険なものなんだ!」

「さぁね?それに、言ったよねぇ?いい子でないとガブッと行くって!」

その言葉と同時に赤毛の姿が変貌する。爪は鋭く伸び、噴出するような勢いで体毛が生えそろう。人型だった身体は赤い体毛に覆われた獰猛な狼へと変身した。

「やっぱりあいつ、あの子の使い魔だ!」

「つかいま?」

「そうさ、私はこの子に造ってもらった魔法生命。契約者の魔力を貰って生きる代わりにその命を懸けて主を護るのさ!」

私の疑問に答えるように宣言する使い魔。口ぶりから察するにあちらに退く気はないようだ。

「先に帰ってて、すぐに追いつくから」

「…無茶しないでね」

「OK!」

使い魔は少女と言葉を交わし、すぐさまこちらへ向かって飛びかかってきた。展開の速さについ呆けてしまったがすぐに後ろへ下がり回避する。しかし相手は純粋では無いとはいえ獣、ともすれば魔力的な補助がある分単なる獣よりも強力である可能性もある肢体から発揮される速度は想像よりもずっと速く、既に完全に避けることは不可能な所まで来てしまっていた。

しかしそこへ割り込む半透明の壁。私と使い魔の間に移動したユーノが障壁を張っていた。

「ユーノ君!?」

「あっちの子をお願い!」

そう言いながら追加で魔法陣を展開する。

「させるとでも…」

「させて見せるさ!」

力強く言い切ると同時に強烈な光が溢れ、それが消えると既に両者の姿はそこにはなかった。痕跡すら残っていない空白に一瞬戸惑うが、聞こえて来たいまいち感情の読めない声に引き戻される。

「結界に強制転移…良い使い魔を持っている」

称賛と思われる言葉だったが生憎私は彼を作ったわけではないし、契約した覚えもない。

「…ユーノ君は使い魔ってやつじゃなくて、私の友達だよ」

スタンスの違いの主張として反論はしたものの特に言い返されることもなく微妙な沈黙が流れる。

……何か言うべきだろうか?

「…で?どうするの?」

あちらが先に痺れを切らしたらしい。どう、と言われてもこちらは準備はしてきたとはいえ、初めから争いがしたいわけではない。

「話し合いで解決できるってことはない?」

今のところ私が知っているのは彼女がジュエルシードを回収しようとしていることだけだ。目的によっては手を取れる可能性もなくはないだろう…もちろん可能性は低いだろうが。

「私はロストロギアを、ジュエルシードを集めるために此処へ来ている。貴方もそうなら、私と貴方はジュエルシードをかけて戦う敵同士って事になる」

そしてその予想は当たっていたようだ。主従揃ってあまり友好的な意思はないらしい。

「…だからそういうことをきちんとはっきりさせるためにも話し合いをして…」

「話し合うだけじゃ、言葉だけじゃきっとなにも変わらない…伝わらない!」

そう言い切った瞬間少女の姿が掻き消えた。気配を感じて振り向けば背後に回って大鎌を振りかぶる少女がいる。

〈Flier Fin.〉

「ちょっ…まだ話はっ―」

とっさに飛行魔法を発動して距離をとる。

〈Shooting mood.〉

さらにデバイスを斬擊形態(ブレイドモード)から砲撃形態(シューティングモード)へと切り換える。

「賭けて…持っているジュエルシードをひとつ」

「……仕方ない。あんまり気はすすまないけど」

今回の話し合いは始める前に決裂だ。当初の目標通りにジュエルシードを回収するしかない。

〔Photon Lancer. get set.〕

射撃の準備をしながら既に上方へと移動している少女に向けてこちらも魔力を圧縮しつつデバイス()を構えた。

〔Thunder Smasher.〕

〈Divine Buster.〉

桜色と金色の光線がぶつかり合う。押し合う魔力の奔流は想像よりも激しい圧を与えてくるが、想定通り十分な威力を発揮したようだ。追加で魔力を注いで火力を上げると案外あっさりと相手の砲撃を押し切れた。そのまま弾けた魔力の爆風に乗るように後退してあたりを見回すと更に上方から迫る刃が見える。

「シュート!」

さがったことでできた猶予を使って牽制の魔力弾を放ちつつ次弾の準備をするが、少女は魔力弾を危なげなくかわしながら距離を詰めてきた。このまま射撃を続けていては敗北は濃厚だ。

(やっぱり速い…受け止めるしか…っ)

やむなくデバイスを斬擊形態へ戻し鎌と切り結ぼうとした

「――へ…?」

が、しかし反射的に振るった魔力刃は空を切った。

「……っ!」

気付けば背後から首に刃を突き付けられていた。刃同士が重なる直前に最初にやったような高速移動で回り込んだのだろう。

〈put out.〉

「…主人思いの子なんだね」

レイジングハートがジュエルシードを一つ排出する。もう決着は着いたので約束通りに差し出そうと言うのだろう。その判断に否やは無いが、瞬く間に勝負が決まってしまい反応が返せない。

「帰ろう、アルフ」

少女はジュエルシードを回収し、いつの間に戻ってきていた使い魔(アルフ)と一緒に立ち去ろうとしている。

「ぁ…ちょ、まって!」

その言葉に足を止め、半身だけ振り返る少女。

「できるならもう私たちの前に現れないで。次があったら今度は止められないかもしれない」

その言葉に僅かばかりの気遣いを感じる。だがそれは()()()()相談だ。だからその警告には答えず問を返す。

「…あなたの、名前は?」

「…フェイト、フェイト・テスタロッサ」

「私は――」

名乗ったフェイトは間髪入れずにこの場を去ってしまった。名乗り返そうとした言葉はそのまま消えていく。結局、今回もいいところ(ジュエルシード)は取られてしまった。

 

・・・けれど、まあ。

「…名前を知れたのは進展だよね?」

「なのはって、妙に前向きだよね…」

失敗を嘆くのは後でいい。まずは良い事にしっかり目を向けるのがストレスを減らすコツだ。


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