『宮本先輩、今日の4限が終わったら部室に来ませんかー?』
そんなライン*1のメッセージが飛んできたのは、ぼくが久しぶりに学生食堂で激安凡味のラーメン(しょうゆ味)を食べている最中のタイミングだった。
発信者は学年が一つ下の、同じ文芸部に所属している女の子――花山さんである。
大学の部活というものはアクティブな部員とそれ以外の人間が両極端なものであるが、彼女の場合はよく部室に顔を出したり、ちゃんと小説を書いて部誌に載せたりしてくれるような、非常にやる気のある貴重な学生だった。わりと部活動に積極的な派閥のぼくからすると、彼女は部員の中でもかなり好意的に感じられる後輩の一人である。
そんな彼女が、ぼくにメッセージを送ってきた理由。
それは、おそらく――
「先日のアレかなぁ……」
「アレ?」
ぼくの呟きに、同じテーブルの対面席に座っていた青年が怪訝そうに聞き返してきた。
人が好さそうな雰囲気の彼は、同じ学年、同じ学科の岩浪くんである。それなりに仲がいい彼とは、国木田ほどではないものの、昼食をともにしたりたまに遊んだりしていた。
いちど箸から手を離したぼくは、返信の仕方を考えながら岩浪くんに説明する。
「部活のことだよ。後輩の子から、時間が合うときにいろいろ教えてくれって言われてたから」
「ああ……文芸部だっけ?」
「そうそう。ま、ガチなやつじゃなくてライトなオタクばっかりの、緩いコミュニティーだけどね」
だいたい文芸部というものは、ラノベ漫画アニメゲームが好きなオタクが9割以上を占めているのではなかろうか。まじめな文学が好きな青年なんてごく少数である。かくいうぼくも、純文学系はたまに読む程度の浅い読書家なんだけど。
「でも小説、書いているんだろ? 俺からするとすごいけどな」
「いやぁ、言うほどじゃないけどね。ひとに見せられるようなやつ、ぼくはあんまり書けてないし」
年に数回は発行する部誌の中で、ぼくも短編小説を書いて載せたりはしているが、いかんせん一般人に見せて恥ずかしくないものとは言いがたかった。クオリティーは可もなく不可もなく、といったところだろうか。
ちなみに国木田の場合は、驚くべきことに部誌に載せているのはすべて硬派な文学作品だったりする。コアなオタク趣味と知識を大量に持っているくせに、ずいぶんと意外である。
本人曰く、
『自分の趣味丸出しの作品なんてネットでしか出せねーだろ』
とのこと。
……ごもっともである。
彼の言葉をしみじみと思い出しながら、ぼくは入力しおえた文章を花山さんへと送った。
「よし……返信完了」
「なんて送ったんだ?」
「今日の4限のあと、部室に集まろうってね」
「へぇ……活動的でいいな」
微笑を浮かべながらそう言う岩浪くんに、ぼくは尋ねてみる。
「そっちは部活とか、なんかやらないの?」
「いや……俺はバイトけっこう入れてるし、サークルとか部活はいいかな。それに……」
「それに?」
「“彼女”と付き合う時間が減る」
「あーハイハイ、リア充自慢ね」
ぼくの素早いツッコミに、岩浪くんは微笑を苦笑へと変える。
この男はどうやら高校時代から付き合っている女の子がいるらしく、おまけにその子は一年遅れで彼のあとを追って大学に入ってきたんだとか。なんたる愛のドラマであろうか。しかも彼女さんは黒髪ポニテな美少女で、見かけるたびにイチャついてるのが非常に腹立たしかった。
……まあ、そんなことはともかく。
岩浪くんと昼食を済ませたぼくは、彼とともに学部棟に戻って4限の講義を消化し、あっという間に約束の時刻を迎えるのであった。
これからバイトがあるらしい岩浪くんに、ぼくは
国木田とは連絡してみたが、どうも彼は少し遅れてやってくるらしい。ついでに、ほかの部員は今日は時間が合わず来れないようだった。
と、いうことは――
「……うーん」
国木田が到着するまでは、後輩の女の子と二人っきりということである。
こういうのは意外と困るシチュエーションだった。べつにぼくはコミュ障というわけではないが、それほど話を盛り上げるのが得意なわけではなかったりする。
ま、花山さんは自分から話を振るタイプだから心配するほどじゃないか。
そんな楽観視をしながら、ぼくは部室の前までやってきた。
鍵はすでに開けられていたので、軽いノックをしてから文芸部のドアを開ける。
そして、ぼくを出迎えたのは――
「あっ! おはようございます、宮本先輩~!」
「おはよーおはよー。……来るの早いね」
元気よく挨拶してきたのは、軽く茶色に染めたショートボブの髪に、眼鏡をかけた童顔気味の女子だった。
彼女こそが、期待の一年生部員の花山さんである。挨拶からも察せるとおり明るい子なので、いわゆるムードメーカーというやつであろうか。
花山さんは「えへへ」と笑いながら、ぼくに言葉を返す。
「リベは学部の立地がいいですからね」
「あー……たしかに。ぼくは文学部棟だから、いちばん遠いんだよね」
リベ、とはリベラルアーツ学部*2の略称である。この大学のキャンパスは無駄に広いため、学部棟によっては目的地への移動時間にかなりの差があった。
ちなみに文学部棟は端っこにあるため、食堂へも部室棟へも非常にアクセスが悪かったりする。嫌がらせか。
「独歩先輩は遅れてくるみたいですよ~」
「うん、知ってる。十分くらいで済む用事とか言ってたから、たぶんすぐ来るんじゃないかな」
「それじゃあ――」
花山さんは、笑顔でいきなり本題を切り出してきた。
「――ネット小説の書き方、教えてください!」
――そう。
彼女が教えてもらいたがっているのは――ネットにおける小説のイロハであった。
もちろん文芸部の中でも、小説の書き方講座や文章作法の解説などは定期的におこなっている。が、部誌という本の形にする中での作品と、ネットで一般公開する作品とではいろいろと異なっていた。
縦書きと横書きという書式の違いもあれば、身内向けと見知らぬ大衆向けという読者の違いもある。もし多くの人から読まれたいという欲求があるのならば、それを実現するためのテクニックやノウハウも存在する。
花山さんがどういう方向性で、どんなネット小説を書いていきたいか――それにアドバイスをするのが、今日の主題であった。
「……とりあえず」
「はい!」
「実際にWeb小説サイトとかには、何か作品を投稿したりしたことある?」
「ありますよ! 部誌に載せていた短編を、いくつか『小説家になろう』*3に載せたりしました」
でも……、と花山さんはちょっと残念そうな声色で続ける。
「PVはあったみたいですけど、ブックマークは少ししか付いてなかったりしたんですよね……。ちょっとショックでした」
「んんー……。その“少し”って、具体的にいくつくらい?」
「……ふ、ふたつです」
「なるほど」
まあ、そんなものだろう。
と、ぼくは花山さんの作品を思い出しつつ、そう冷静に思考した。
彼女は小説的な技巧こそ高くはないものの、基本的な文章の表現はできていたはずだ。作品も「読めなくはない」し、ストーリーも「そこまで悪くはない」と思う。裏を返せば――「とくに優れているわけではない」というのが実情だった。
そして、それはネットに飽和している作品たちと変わりがないものである。
花山さんはPVとブックマークが少しあったと言っているが、それにしたって実際の閲読数と合致している保証はなかった。新規投稿におけるPVの大多数は即ブラバだろうし、ブックマークも「とりあえず」で押しただけで、けっきょく読まずに終えている可能性が十分にあるのだ。
「や、やっぱり……タイトルが悪かったんですかね」
「タイトル?」
「ほら、“なろう”って……なんだか、小説のタイトルが独自じゃないですか! ああいうの、真似したほうが目につくんじゃないかって――」
「あー、あれね……」
ぼくは嫌になるくらい目にしたことのある、説明調のタイトルたちを思い起こした。
「あれは、こう……なろうの仕様の関係で自然発生したやつだから、あんまり気にしないほうが……」
「仕様、ですか?」
「まあ諸説あるんだけど……。小説ランキングのトップページとか、スマホ版の作品検索ページとかは、タイトルだけ表示されるでしょ? でも、あらすじは表示されない。それだと内容が不明瞭だから、ユーザーも興味を持ってくれない。じゃあ、タイトルをあらすじ調にして一目で内容を理解できるようにしよう――という感じで、ああなっちゃったわけ」
タイトルのあらすじ化、というのはWeb小説だととくに顕著である。
これはおそらく、閲覧者側に立ってみるとなんとなく理解できると思う。毎日、膨大な数の新規投稿がなされる中で、そこから自分の好みに合った作品を探すことを想像してみてほしい。――いちいち、あらすじを精読している暇なんてないだろう。
一瞬でその作品がどんな内容なのか、ある程度わかるということ。これは投稿サイトで自分の作品が埋もれないために、わりと重要なことであった。固定ファンがいる作者ならともかく、新規投稿者ならとくに気にかけることだろう。
「でも、べつにタイトルをああする必要はないと思うけどね。逆に説明調のタイトルが嫌いって人もいるし。まあ……あらすじを簡潔にわかりやすくしていれば問題ないかな」
「うーん、そうなんですか……」
花山さんは困ったような顔で、「じゃあ……」とぼくに尋ねてきた。
「なにか……もっと多くの人から読まれるようになる、コツとかってないんでしょうか?」
「んー……」
コツ、か。
あるにはある。
「一つは……文章作法を遵守する、かな」
「文章作法?」
「そう。三点リーダーやダッシュの使い方とか、部活で講習したでしょ? いわゆる小説の基本的な作法を、ネット小説でもきちんと守ることが大事」
「でも……。ランキングとか見てると、たまに……
「うん、あるね。でも――沈黙表現とかに三点リーダーではなく中黒を使っていると、それだけで読むのをやめる人が一定数いたりするから」
「……そ、そうなんですか?」
花山さんは信じられなさそうな表情で、ぼくの話を聞いていた。
べつに嘘を言っているわけではない。実際に、ネット小説を漁って目の肥えた人間からすると、この「文章作法が守られていない作品を避ける」というのはわりと理にかなっているのだ。
これは多くの人がたどり着く経験則でもあった。
まず――小説を書いた経験が少ない素人は、小説の一般的な表記ルールから逸脱しがちである。そして小説というものは、素人がいきなり良い作品を創ることは非常に難しい。はっきり言ってしまえば、駄作になりがちである。
そして投稿サイトで幾千のWeb小説を読んできた人間ならば、だいたい途中で気づくのである。
――文章作法を守っている作品ほど良作率が上がり、逆に守っていない作品ほど駄作率が上がる、と。
訓練されたWeb小説スコッパーは、第一話のページを数秒眺めただけでその作品のおおよその質を判断するという。
なぜか。――それは数行だけでも、文章の流れ方、語彙選び、可読性などの要素で大体の文章力を目利きすることができ、さらに文章作法がどれだけ守られているかで、作者の小説書きとしての熟練度を見極められるからである。
こう言うと「本当かよ?」と思われるかもしれないが、数多の面白い作品とつまらない作品を読みつづけてきた歴戦の猛者は、その経験と感覚から一瞬で良し悪しを大別できるのである。そう、訓練された人間だからこそできる業なのだ。ひよこ鑑定士と同じようなものである。
……と、ぼくが力説すると、花山さんはずいぶん困惑の顔つきをしていた。
「ええと……つまり……?」
「つまり――文章作法は守るに越したことはない、ってこと。文章作法が守られてないから読むのをやめる人はいても、文章作法を守っているから読むのをやめる人はそうそういないからね」
「……そういうものなんですか?」
「そういうもの」
花山さんは「うーん」と悩んだ様子で、「ほかには、何かべつのコツはないんですか?」と聞いてくる。
「あとは……固定ファンをつける、とかかな」
「固定ファン?」
「そう。『ああ、この作者の作品は好きだな』と思ってくれた人が、作者をお気に入り登録してくれたら、次に新しい作品を投稿したときにも読んでくれやすいでしょ? そして投稿と同時に評価が入るようになれば、ポイントが集中してランキングにも載りやすくなる。そうすると、ランキング経由でさらに新しいファンがついて好循環が生まれる――ってわけ」
「むむむ……なるほど……」
難しい顔で頷いた花山さんは「でも」と聞き返す。
「その最初に『ファンを作る』っていうのが、すっごく大変じゃないですか? そう簡単には……」
「そう簡単にはいかないね。――普通のやり方だと」
「むぅー、その言い方だと……何か方法があったりするんですか?」
あったりするんだよね。
ぼくはスマホで『小説家になろう』のサイトを開きながら、真顔で口にした。
「端的に言うと――」
「言うと?」
「――流行りモノに乗る」
えぇ、と花山さんは意外そうな表情を浮かべた。
彼女はぼくがあまりミーハー*5なタイプではないと知っているから、そういう手段を挙げるとは思っていなかったのだろう。
だが、事実は事実だった。
もっとも手軽にファンを増やすには――流行り、つまりテンプレ要素を使うのである。
「たとえば、なろうなら――」
ぼくはスマホで、ランキングのタイトルを一瞥した。
「うん……やっぱり、追放系とか悪役令嬢系とか? 今も相変わらず人気みたいだねぇ」
「毎日ランキングは見てますけど……その辺の作品ばっかりの印象です」
「ああいうの、花山さんは嫌いなタイプ?」
「うーん……。べつに嫌いってほどじゃないですけど……。ただ同じような展開が多くて、読み飽きたっていう感じが……」
正直な感想である。
まあ、ぼくも同様なんだけどね。
「でも、世間のライトな読者たちは“こういうの”を好んでいたりする。小説投稿サイトの閲覧は大半がスマホからというデータもある*6し、読者の多くは単純で型にはまったストーリーを暇潰しとして消費しているんだと思うよ」
通勤・通学の電車の中で、あるいはちょっとした空き時間の中で。
小説を覗く読者たちは――きっと“小説を探す”ということに労力をかけたくない人が大半なのだろう。
だから作品を検索するにしても、お馴染みのワード、すなわちテンプレワードで次なる暇潰しを見つけようとするのかもしれない。
「だからこそ――これを“利用”するのが有効だったりするんだよね」
「利用、ですか?」
「そう。何かテンプレ的な要素を取り入れて作品を投稿したとするでしょ? すると、そのテンプレ要素に惹かれた読者が一定数、作品を読んでくれる。もし読者の中に作品を気に入った人がいれば――“次”に期待して作者をお気に入り登録してくれる可能性がある」
「ふむふむ……。……あっ、わかりました!」
そこでようやく合点がいったように、花山さんはポンと手を叩いた。
「そうやって“ファン”を増やしてから――“本命”の作品を投稿するんですね!」
「うん、そのとおり」
これはつまり、マーケティングの問題なのだ。
仮にプロの小説家が、新しくなろうに非テンプレ作品を投稿したとしよう。その作品がたとえ面白かったとしても、おそらくランキングに載ることは厳しいだろう。
なぜなら、わざわざテンプレ以外の作品を新着から掘り起こす一部の物好きしか読まないからである。そのようなスコッパーは、現実的にはごく少数派なのだ。
――良い物が売れるとは限らない。
これは小説においても同様である。どれだけ面白かろうと、物語が優れようと、人々に認知されなければ流行るものも流行らない。販売戦略、すなわちマーケティングが重要なのは創作物も変わらなかった。
……とはいえ。
「で、でも……あたし……なんか、そういう踏み台みたいな作品を創るのは苦手かもです……」
まあ、そうだよね。
というか、ぼくもテンプレ作品を書けと言われたら結構きつい気がする。国木田は「テンプレも書く、非テンプレも書く。両方をともに良作とし、読ませる技量こそがWeb小説には肝要だ」などとほざいていたが、あいつのレベルに合わせられる人間などそうそういまい。
ぼくは「うーん」と唸りながら、あごに手を当てた。
テンプレを用いる以外の方法で――ファンを獲得する。
そんな美味い方法があるのだろうか。
――ある。
そう、残念ながら……あるのだ。
「一つだけ……」
「…………?」
「一つだけ、確実に……“ある要素”をほんの少しでも入れるだけで、“一部の人たち”を作品に呼び寄せる方法があるんだ」
「えっ!? そんなのあるんですか!? ――教えてください!」
花山さんは、きらきらとした笑顔で頼みこんできた。
これ、教えてもいいものなのだろうか?
いくら花山さんもオタクとはいえ……なんというか、こう……ディープな性癖に関わることだし……。
ぼくは悩んでいたが、結局は彼女の笑顔に押しきられ。
「その方法は――」
言葉を口にしはじめた、その瞬間――
ガチャ、と文芸部のドアが開かれた。
ぼくと花山さんは、反射的にそちらのほうを向いた。
そこに立っているのは、ごつい顔に加えてガタイのいい、見るからに体育会系の男だった。
だが、ぼくたちは知っている。
彼が文化系だということを。そして生粋のオタクだということを。
ようやく現れた、文芸部の副部長――国木田、愛称 独歩は。
それまでの話を聞いていたかのように、ニヤリと笑ってぼくの言葉を継いだ。
「――――TS系だよ、TS系!」
――それが独歩先生の講習会の始まりであるとは、この時だれも知るよしもなかった。