ガールズ&パンツァー Bad Company Story   作:Colonel.大佐

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第1話「信越学園戦車隊」

 あの大画面の向こうで繰り広げられる光景を、私は固唾を呑んで見守った。

 観客席に座って、ただ試合を見るだけの傍観者であると言うのに、あの画面の向こうで行われている、冒険小説の一篇のような戦いに私は共感と感動を感じずにはいられなかった。

 圧倒的な戦力差、不利な状況、数と力で押し潰そうとする強豪とのワンサイドゲーム。私が最も見慣れた光景。

 だが、それを物ともせずに果敢に立ち向かっていくチーム達の姿がそこにあった。

 私は拳を強く握る。

 それは彼女達への羨望であり、不甲斐ない自分に対する叱責であった。

 

 

 春の陽気で暖かい空気を肌で感じながら、桜並木の通学路を私は歩く。“海の上”で過ごす春もこれで5度目だ。

 ついに私、菅野由里は高校2年生になった。

 信越学園、中高一貫のこの共学校は、新潟港を母港とする学園艦の一つだ。かつて陸にあった学校は、世界へ羽ばたくための何とやらと言う理由で学園艦という巨大な艦船の上に建てられ、この信越学園高等部も同じように学園艦という巨大な海上都市の上にあった。

 家庭によってはそのまま学園艦に住んでいたりと様々だが、私は絶賛1人暮らし中だ。学校指定の寮生活だが、寮のランクで言えば中の上、まぁまぁの環境だ。

 学校生活の大半は思っていたよりもまぁまぁ、一部の例外を除けば概ね平凡で穏やかな物だ。

 だが、その一部の例外が私を現在進行形で悩ませている。

 

 学校に到着した私は、校舎を素通りし、そのままグラウンド脇にある建物へと向かう。

 休日と言う事で学校にはグラウンドで部活動をしているの生徒が僅かにいる程度だ。とは言っても生徒数が万単位のマンモス校だし、グラウンドも徒歩で突っ切るのが面倒なほど広い、大抵の学園艦ではよく見れる光景だ。

 スポーツに精を出す男子生徒達を横目に、私はグラウンド脇の建物――巨大な格納庫へとやって来た。手持ちの鍵で出入り口のドアを空け、ドアの横にあった配電盤のスイッチを全て上げる。

 薄暗い格納庫の照明が次々と点灯し、格納庫に整然と並べられた鉄の巨体――戦車が次々とライトによって照らし出される。

 戦車道……我が校の女子生徒、必修科目の一つにして、今最も熱いと言われる話題の武芸。

 だが、我が校の戦車道は落ちぶれ、今まさに必修選択科目の最底辺に位置する不人気な科目になりつつある。

 そして、私はこの学校の戦車道を率いていくリーダー、隊長という看板を背負っている。

 私はそれに悩まされているのだ。

 

 格納庫に並ぶ戦車を眺めていると、格納庫のドアを開け、誰かが入ってくる。

「おーっす、由里」

 明るく屈託の無い声で、私の名前が呼ばれる。振り向くと、そこには見覚えのある長身の女子生徒が立っていた。

 東郷理香……私が直々に指名した“副隊長”だ。

 相変わら私より身長はデカイし出るところは出て引っ込む所は引っ込んでるし、嫉妬するくらい良い髪質の長い黒髪は相変わらず今日もしなやかに揺れている。悪意の無い笑顔を幼げたっぷりの顔で振りまきながら、理香は遅くなってゴメンと言いつつ、私の横に立った。

「何してたの?」

「戦車見てた」

 それ以外にどう答えようがあるのか、と私は心中で呟く。

「そう。それにしても相変わらずみんな遅いね」

 そうね、と適当に相槌を打つ。

 現在、戦車道を受講している生徒は2年生しかいない。私が戦車道を選択した時は2年生――今の3年生が1人もおらず、3年生と1年生という偏った編成になってしまったのが原因だ。お陰で私は隊長になり、1年生の受講者数によっては、今この場にある戦車の半数しか動かせないだろう。

「ねぇ由里、本当に今年の全国大会、出場する気なの?」

 理香の言葉に私は無言で頷いた。

 我が校は今現在、戦車道弱小校のレッテルを張られている。

 その汚名を返上するためにも、今年から本格的にこの学校の戦車道を盛り上げねばならないのが私の使命だ。

「また“暗黙のルール”がどうとか言われるんじゃないの?」

 暗黙のルール。理香のその言葉を聞くたびに気分が重くなる。

 

 全国大会では、戦車道のイメージダウンに繋がる様な弱小校は参加しない事……一体どこの誰がそんな風潮を作ったのか、いつも疑問に思う。

 我が校は昔こそ強豪だった。多国籍の戦車を使用する学園では類を見ないパワーと情熱があった、だがそれが過去の物となった今、全国大会に出るような学校からは「射撃練習に使う標的」扱い、全国大会に出ようものなら白い目で見られながら嘲笑交じりに捻り潰されるのがオチだろう。

 いや、実際にそれに近い事はすでに体験した。

 去年こそ全国大会への出場はしなかったものの、全国大会の出場校である継続高校と行った親善試合は最悪な結果に終わった。

 15両対15両という布陣でのフラッグ戦……

 私は今でもあの時の光景を覚えている。当時の隊長はフラッグ車としてT-34/76に乗り、私はM4シャーマンに乗って敵車両撃破のため遊撃を命令された。だが開始から僅か三十分足らずで、継続高校の本隊はフラッグ車を中心とする14両の車両を捉えた。

 後は一方的な虐殺だった。軽戦車と中戦車で武装したこちらに対して、相手が繰り出したのは三号突撃砲にT-34、更にはKV-1、それも異常なまでの練度を持った百戦錬磨のクルーが乗った強力な戦力。包囲と同時に続々と車両は撃破され、反撃もままならない状態で、一時間後には敗走するフラッグ車と1両の2号戦車、そして私の乗ったシャーマンだけが生き残った唯一の戦力になっていた。そして、継続高校の損失はゼロ――

 追撃をかわしながらの反撃もむなしく、2号戦車が撃破され、私の乗ったシャーマンはフラッグ車との合流を果たす前に待ち伏せ中だった三号突撃砲によって、一度も発砲する事無く撃破された。フラッグ車もついに追い詰められ、5両の集中砲火を浴びてついに撃破された。

 試合時間1時間と22分。完全なストレート負けだった。

 それが契機となって、戦車の大幅な整理が行われた。今思えばあれは生徒会の手引きがあったんじゃないかと思う。金食い虫で結果の出せない戦車道など、なくなってしまえと言うのが生徒会の言い分だ。それでも隊長は何とか自分の意見を通して、強い戦車の購入費用を捻出する方向へと話を持っていった。今思えばあの行動がなかったら、売却費用などとっくの昔に生徒会の懐に入れられていた事だろう。 

 だが、結局その後は他校との試合を一切しないまま、隊長は卒業してしまった。

 今の2年生の一部は「敗北のショックで当時の隊長が臆病になったからだ」と好き勝手に言ってはいるが、副隊長であった私は真実を知っている。

 結局の所、誰にも相手にされなかったからだ。

 練習試合や親善試合の話を他校に持ちかけても帰ってくるのは「検討させて頂きます」というオブラートに包まれた「試合はしません」の言葉、もっとストレートな学校だと「試合をするメリットがない」「あんたらのような無名校と手合わせするつもりなどない」という言葉すら返ってきた事もあった。中にはサンダース大付属高校や、聖グロリアーナ女学院のようにフレンドリーに応じてくれる学校もあったが、寄港地の都合でダメになったり生徒会長から「練習試合を組む予算すら惜しい」と勝手に断りを入れられる始末だ。

 実際、わが校の戦車道が斜陽の一途を辿っている事も後押ししてか、生徒会や周りの反応は冷淡であったし、チーム全員の士気も目に見えて低下していた。更に士気を下げないためにも、試合を断られた件については黙るしかなかった。

 

 僅かに気まずい空気が流れる中、再び格納庫へと人が入ってくる。

「隊長、遅れてすいませーん」

 やや間延びした声。私が今一番信頼できる人が来た。

「遅いよ、紗江」

 どこかおっとりとした雰囲気の少女。彼女こそが、私が車長を勤めるシャーマン戦車の装填手、板倉紗江だ。

 中学校から一緒に戦車道をやって来た戦友であり、人懐っこく私の忠実な副官と言うべき存在だ、戦車の知識や戦術にも長けているし、装填速度もかなり速い。今思えば紗江を副隊長に任命すべきだったんじゃないかと今でも思う。もっとも、紗江には直々に断られてしまったが。

「カメラ持って来ました」

 紗江が紙袋に入れたハンディカムを取り出し、私に手渡す。

 それを受け取ると、私はようやく一息つけた。

「よし、じゃあ始めるか」

 

 この休みに理香と紗江を呼んだ理由はPVの撮影を行うためだ。

 何のためのPVかと言うと、休み明けの月曜日に1年生に向けて行う必修選択科目のプレゼンに使うPVだ。

 我が校の必修選択科目は数多いが、生徒の自主性を尊重するという名目で、各選択科目の代表者――主将やキャプテンが1年生に「この科目を選択してね!」と紹介とアピールを兼ねたプレゼンを行う事になっていて、戦車道の場合は、隊長である私がそのプレゼンをするのだ。

 人が多い科目ほど予算は潤沢、やれる事は増えるが人気の無い科目は限られた予算で肩身の狭い思いをしなければならない。そうなると予算のかかる戦車道はいかに人を集めるかが重要になってくるのだ。

 3年生がおらず、実質2年生の18人のみで活動をしている現在、1年生の人数をどれだけ確保できるかが重要であり、一番の課題だ。

 まぁ、最も頭を悩ませる深刻な問題も別にあるのだが……

 

「とりあえず持っている戦車の紹介を撮るから、よろしくね紗江」

「はいっ!気合をいれて解説します!」

 紗江は頼もしくてやる気と威勢ある返事を返す。

「で、私は?」

 理香の問いに、私は格納庫の奥にあるシャーマン戦車を指差す。

「シャーマン動かして、それの走行シーンを録画するから」

「えーっ、それだけのために呼んだの?」

 逆にこっちは不満たらたらな返事だ。

「……もう一度言ってみろ、舌を引き抜くよ」

 私の苛立ちに理香ははっと我に帰り、渋々シャーマン戦車へと向かった。

「隊長も戦車が絡むと人が変わりますよね、パンツァー・ハイですか?」

 紗江の苦笑いを浮かべる。

 確かにそうかもしれない。

 戦車道をやっていると血の気が多くなったり、性格が変わる人が多い。実際の戦場で使われた兵器を使用したり、試合の殺るか殺られるかという緊張感でそうなってしまう事が多いとよく言われている。パンツァー・ハイもその一つだ。

 でもあの高揚感は、私にとって一番のストレス解消であり、戦車道をこよなく愛する理由の一つだ。主砲の砲声、キャタピラの音、装甲の振動は病み付きになる。

 戦車道が好きでなければ、とっくにこんな状況を投げ出して、戦車道から見切りを付けている頃だ。

「……紗江、とりあえずそこの2号戦車から解説お願いね」

 ハンディカムの電源を入れながら、私は紗江に指示を飛ばす。紗江は「喜んで!」と快活に返事をしてから、咳払いを一つして、まるで教育番組の司会者のように戦車の解説を始めた。

 

「お疲れ様、メモリーは月曜日返すね」

 1時間ほどで撮影を終えた私はハンディカムからメモリーカードを抜き取り、本体を紗江に返した。

「はい、プレゼン終わったら私にも見せてくださいね♪」

 紗江はなつっこい笑顔を浮かべながらハンディカムを受け取った。

 シャーマン戦車を元の位置へ停車した理香も、どこか腑に落ちない顔で私達の元へと合流する。

「はぁー……シャーマンじゃなくてパーシング運転したかったけどな、アレ一番強いし」

「仕方ないですよ、まだ自動車部が整備中ですし」

 紗江が残念そうに応える。

「せっかく戦車切り売りして買ったのに……」

 理香がため息まじりに呟く言葉に、私も同意する。

 この校だってかつては戦車道が盛んだった、一時期は全国大会でも優勝候補の一つとして数えられていた程だ。だが、次第に人気の下降と維持費の問題で保有台数が1年に1両のペースで減っていった。私が入学した時の保有台数は15両だったが、あまりにも使えない戦車ばかりが残っていたので、二束三文で売り飛ばし、新たな戦車の導入に踏み切る事になった。

 「強い戦車の導入を!」と意気込んだものの、ドイツのパンターやティーガーは高すぎて調達不可能、当然イギリスのセンチュリオン、ソ連のJS-3も買えずじまいで、結局、各所がボロボロで値引き済み・ジャンク車両扱いのパーシング戦車が1台買えただけ。中途半端にあまった予算で安物のスチュアート軽戦車を買って戦力を僅かに水増しするという体たらくだ。

 その結果、我が校の保有戦車はM24チャーフィー軽戦車が2両、M4シャーマン初期型、T-34/76、M26パーシング、2号戦車、M3スチュアート、九七式中戦車改という無国籍でチグハグな編成になった。攻撃力不足の軽戦車と中戦車、そして未だに整備中で稼動しない重戦車が1両というあんまりなラインナップだ。

 思えば、前任の隊長が胃を痛めていた理由も解る気がする。練度不足のチーム、低い士気、総合的に見て低い戦力、そのくせ生徒会から口酸っぱく言われる「結果を出せ」という言葉の数々。戦車道の人気が全体的に落ち目になってきていると言う話も相当頷ける。

 だが、そんな風潮もここ1年、二つの出来事によって大きく変わりつつある。

 一つは世界大会の開催を控えているという事。それに際して、文科省が全国の高校や大学に対して戦車道に力を入れるように通達を出したお陰か、今まで無名だった学校が戦車道を復活、あるいは新規で始めると言う光景があちこちで見られた。母校出身の生徒が世界大会の選手に選ばれようものなら知名度も上がり、学校にとっては良い事尽くしだろう。

 そして二つ、去年の63回戦車道全国高校生大会における、大洗女子学園の快挙だろう。今までは戦車の保有台数と性能だけが勝敗を決し、ほぼ毎年同じ学校が試合を続けていた全国大会において、ほぼ無名で戦車の性能や台数でも大幅に劣ったチームであった大洗女子学園は、あの大会において倍以上の戦力を誇る強豪校を打ち倒し、何と決勝まで上り詰めたのだ。

 戦力差を覆し、弱小チームが強豪校を打ちのめして行くという前代未聞の展開。

 この活躍を契機に、大会への参加に踏み切った学校や戦車道チームは数多い。かくいう私もその一人だ。大洗女子学園はここまで行けたのだ、この信越学園も、出来ない筈は無い。

 だからこそ私は挑戦しなければならない。隊長という肩書きを背負った以上は、絶対にやらねばならないのだ。

 

「それでは隊長、お先に失礼します」

 荷物を纏めた紗江が、手を振ってから戦車格納庫を後にする。

 メモリーカードをポケットに押し込みながら、私はため息を吐いた。

「……ねぇ由里、いつまで黙っておくつもり?」

 紗江がいなくなったのを見計らい、理香がいつものと違った真剣な口調で私に問う。

「何が」

「生徒会からの通告、みんなに言っておいた方がいいでしょ」

 私は首を横に振った。

「駄目。今は言えない」

 生徒会、という言葉を聞くだけで正直ウンザリだ。

 事の発端は1週間前の事だ、私と理香は生徒会室に呼び出された。

 豪勢な机の向こう、高級な回転椅子にふんぞり返った生徒会長は、悪意丸出しの嫌味で、隊長と言う肩書きを背負った私へある通告を叩き付けた。

 受講者数が30人よりも下回った場合は、戦車道を廃止する、という残酷な言葉。

 それが出来なかったら、この戦車格納庫に眠る、代々この学園で使っていた戦車たちを処分し、売り飛ばして戦車道を廃止すると生徒会長は無慈悲に告げた。生徒会の権限は強力であり、生徒会長の言葉はほとんど絶対に近い物だった。この圧力に抵抗できる術は、この学園艦では何一つ無い。

 更に「僅かな受講者しかいない上に、金食い虫で勝利の成果も出せない学校の面汚し」――そんな罵声を生徒会長はさも当然と言った顔で言い放った。

 あの呼び出しの後、一緒に話を聞いていた理香には「皆には秘密にするように」と念を押して説明をした。

 皆にこの話を聞かせて、悪戯に不安を煽りたくないのが理由だったが、他にも理由があった。この出来事が原因で、仲間が離れてしまうのが怖いからだ。

 私を含め、残っているチームメイトの士気は低い。去年の敗北の屈辱や全国大会出場見送りというショックから立ち直りつつあるとは言え、前の隊長の卒業と、どことなく漂う閉塞的な空気へ更に追い撃ちをかけるのではないか、と思ってしまうのだ。皆が戦車道を見限り、隊長である私も見限るのではないか、と。

 そんな事態を回避するには、私が頑張って受講者をかき集め、生徒会のにやけ顔を打ち砕き、皆を率いて勝利を勝ち取る他ない。

 それが出来なければ、この学校の戦車道は無くなってしまうのだから。

 

「……他にも、色んな事を秘密にしてるでしょ。他校から断られた件も」

「皆を不安にさせたくない」

「何も説明されないから皆不安になってるのよ、隊長なら一度ビシっと説明しないと」

 ギロリ、と理香を睨み返す。

「……もういい、私一人で何とかする」

 私は踵を返して、出口へと向かう。

 途中、理香が何か呟いた気がしたが、扉を開ける音にかき消された。

 

 プレゼン当日。

 講堂には高等部へ進級した、1年生たちがひしめき合っていた。各必修選択科目の代表者が、その科目のプレゼンを、舞台袖に控える私達の前で行っていた。

 とは言っても、2年全員で話をするのもアレなので、今ここにいるのは私と理香の2人だけだ。

 事前に、このプレゼンをセッティングした生徒会には私が昨日、徹夜してまで作ったPVのデータを渡してある。それを使い、講堂の大画面で皆に戦車道の素晴らしさをレクチャーし、私が直接プレゼンして締めるという寸法だ。

 それの補佐の役目が理香なのだが……私の後ろに突っ立って、腕を組んでぼーっとプレゼンを眺めている次第だ。

 弓道のプレゼンが終わる。「次は戦車道の紹介です」のアナウンスと共に講堂の照明が落ち、大型のプロジェクターが映像を写し始めた。

 

「――反応薄いね」

 PVの上映が終わるや否や、理香は苦い顔で舞台袖から講堂で話を聞く一年生達を見て呟いた。

 私はもう理香を無視して、さっきまで目を通していたスピーチの原稿をポケットに押し込んだ。

 すぅ、と息を吸い、深呼吸をしてから壇上へと向かう。

 マイクの前へ立ち、前を見る。講堂をびっしりと埋め尽くす一年生たちを前に、私はスピーチを始めた。

「一年生の皆さん、こんにちは。高等部戦車道の隊長の菅野由里です」

 若干自分でも耳うるさいくらいに、スピーカーが私の声を拾う。よく通るマイクだ。

「先程の映像の通り、戦車道とは古くから女子の嗜みとして受け継がれてきた、由緒正しき武芸です」

 喋りながら、最前列やその近くの一年生の顔を見る――反応はいまいちだ。

 当たり前の事だ。寂れて萎えきった高等部の戦車道は中等部でも持ちきりの話だったのだろう。後ろに続く顔すら見えないその他大勢もきっと同じ反応をしているに違いない。

「……残念ながら去年、我が校は全国大会の出場はしませんでした。しかし、今年度からは全国大会出場を目指した活動を始めます」

 やはり反応はいまいちだ。

 すぐにスピーチを切り上げて壇上から逃げてしまいたい気分になるが、それをぐっと押さえ、私はスピーチを続ける。

「私たちは、皆さん一年生と一緒になって、この学校の戦車道を盛り上げていきたいと思います」

 まだ押しが足りない。舞台袖に控える理香がニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。

「熱意や興味がある人は大歓迎です、これから是非……」

 と、言いかけた所でブザーが鳴った。

 プレゼンの時間切れだ。

『ありがとうございました、それでは次に華道の……』

 冷酷無比にアナウンスが鳴る。私は思わず舌打ちを漏らしながら舞台袖へと戻っていった。

「……PVに時間使いすぎちゃったね、あとテンポ悪すぎ」

 理香は笑いながら私の肩を叩くが、こちとら笑える所など何一つ無い。

 必死に喋っていたのにこの仕打ち、まさに最悪としか言いようが無い。

「無理だ……あれじゃ絶対集まらない……」 

「まぁ無理っぽいかもね」

 あはは、と笑いながら理香は私の悲観論を後押しする。そこは否定しろと怒りたくなるが、我慢だ。

「でもイイ事思いついたんだ、由里も手伝いな」

 と、理香は私の手を掴んで引っ張る。

「まだ説明会終わってないよ」

「いーのいーの、どうせ生徒会長はあたしらがいなくなっても気にしないって、ホラホラ!」

 華道の説明が壇上で始まるのを尻目に、理香は私を連れてそそくさと講堂の出入り口へと向かった。

「一体何をするの?」

「――“百聞は一見にしかず”」

 

 理香に連れられて戦車格納庫に向かった私がそこで目にしたのは、2年生たち――去年、私と一緒に戦車道を受けていた皆がいた。

「……みんな!」

 私は皆を見る、全員で18人。誰一人欠けていない。

 全員が、私をしっかりと見ていた。

「ヘヘヘ、片っ端から声かけて連れて来たんだ、あたしってば偉いだろう」

 理香は自慢げに――だが誇らしく笑う。

「隊長、去年の話聞かせて貰ったよ」

「そうそう、ホントの事言ってくれたっていいのに」

「秘密にするなんてずるい」

「幾らでも相談してくれたっていいじゃないですか!」

 皆の言葉に私は思わず言葉に詰まった。

「去年、対戦校や練習試合を申し込もうとした強豪校が何を言ってたか、生徒会長のバカがどんな事言ってたか、ちゃんと説明してなかったでしょ」

 後ろでは一転して理香が真面目な口調で私を諭していた。

「そんな、あれは皆に不安を背負わせないために……」

「だからってチームみんなに黙ってる事は無いですよ!」

 そうだ、そうです、という皆の声と共に、紗江が一歩前に出る。

「規定の数まで人が足りなかったら廃止だなんて、言ってくれたっていいじゃなですか!」

「理香」

 あれほど秘密しろと言ったろう、と言わんばかりの不満を顔に出しながら、私は理香を見た。

「あんたの悪い癖は全部1人で背負い込もうとする事。もうちょっとみんなを信じて、頼りなさい。それが今隊長に一番の必要な事よ」

 理香は私の肩にそっと手を置いた。

「……皆で頑張りましょう」

 紗江の言葉に連鎖するように、皆が頷く。

 私は恥ずかしい限りだった、皆がここまで、私を後押ししてくれるとは。

 前まで、皆が私や戦車道を見限るだろうと思っていた自分がとても恥ずかしくて仕方なかった。

 俯き始める私を後押しするように、理香が声を上げる。

「よしっ!じゃあ今出来る事を始めるよ!」

 今出来る事、と言われて私は思わず疑問視が頭に浮かんだ。周りの皆は、よしわかったと言わんばかりに各々格納庫に並ぶ戦車へと向かっていく。

「今出来る事って……?」

 私の問いに、理香は歯を見せて笑った。

「言ったでしょ、“百聞は一見にしかず”」

 

 戦車格納庫の扉が開かれる。だだっ広いグラウンドの向こうに、講堂が見えた。

 各車両のエンジンは回り始め、エンジンの回転音がけたたましく鳴り、空気を震わせている。私の乗ったシャーマンを先頭に、後続に2両のチャーフィーとT-34、スチュアートがV字の隊列を組むように控える。

 見栄えに関わるから隊列はしっかり組め、という前隊長の言葉を思い出しながら、私はキューポラの横に置いたトラメガのマイクを手に取る。

「全車、パンツァー・フォー!」

 号令と共に、隊列が前進を始める。

 キャタピラが回り、地面を揺らしながら5台の戦車が前進を始める、寸分の乱れも、遅れも生じる事無く、一定の間隔をあけた隊列が土ぼこりを上げてグラウンドをひた走る。そろそろプレゼンが終わり、1年生が講堂から教室へと戻る時間だろう。グラウンドを横切って移動するため、現物を見せる事が出来るのは今しかない。

 そして、あの中途半端なプレゼンの挽回が出来るのも、このタイミングだけだ。

 グラウンド脇、校舎へと向かう道へと近付いていく。やがて視界に、ぞろぞろと連なる生徒達の列が見える。

『格好いい所見せるわよ!』

 ヘッドセットから漏れる理香の声を聞きながら、私はぐっと意を固め、通話ボタンを押し込む。

「全車両、一列縦隊!隊長車に続け!」

 4つの「了解!」という返事と共に、後方に並んで走る戦車たちがたちまちV字の隊形から、1列に、等間隔に並びながら戦車のシャーマンへと続く。

 無駄が無い、統制の取れた見事な移動。

 やがて車列は、一年生達が歩く道路脇へと並ぶ、キャタピラの駆動音とエンジン音、地面を揺らし走る戦車たちに、たちまち一年生たちの視線が釘付けになる。

 それを見ながら、私はトラメガのスイッチをONにする。

『みなさーん!私たちは戦車道は、みなさんを待っています!』

 通り過ぎていく一年生の列、だが、みなの表情はあのプレゼンの時と違い、好奇と驚きの顔で満ちている。

 手ごたえはある。私は休まず、メガホンを通じて一年生達へ言葉を送り続けた。

 

 ――二日後。

 戦車道の時間になり、私はいつものように戦車格納庫で、練習を終えたシャーマン戦車の整備をしていた。

 他の皆も、同じ様に各々乗っていた戦車の修理を行っていた。口には出せないが、皆の合間にはピリピリとした緊張感があり、一年生の受講者の結果が気になって仕方がない様子である。私も同じ気持ちだ。

 ただ、どこか私の胸の奥にあった、小さなトゲのようなわだかまりと閉塞感は消えていた。隠し事をしなくてもよくなったという事もあるが、無理に重荷を一人で背負わなくてよくなった、というのが一番の理由だろう。ただ疑った自分が未だに恥ずかしいが。

 でも、心なしか皆の雰囲気も前より明るくなった気がするし、皆の士気も目に見えてよくなっている。

 ふと、格納庫の出入り口が開けられ、誰かが入ってきた。

「生徒会からです」

 随分と素っ気無い一言で、やって来た生徒会の使いである女子生徒は大きな厚い封筒を私へと手渡した。

 そして、私がそれを受け取るや否や、踵を返してその生徒は格納庫から出て行った。

「……おー、何だ?廃止通知と関連書類?」

 後ろから理香が私に寄りかかる、それを振り払い、私はそそくさと封筒に書かれた文字を確認する。

 ただ一つ、「重要書類」の赤いスタンプが押されただけの封筒だった。

「みんな集合!」

 私の声に各戦車を整備していた皆が集まる。

 私は集合を待たずに、封筒を開封する。中身は書類――いや、プリントの束だ、その一枚目に私は即座に目を通した。

 確認が終わる頃には、全員が私の周りに集合していた。

「生徒会から前もって言われていた通り、今年度から戦車道は規定の受講者数が達していなかった場合、即時廃止にする話があったけど――その回答が今来た」

 ざわめきが広がる。だが、理香は咳払いを一つして、騒いだ空気をすぐに鎮めた。 

「規定の数は私達と合わせて30以上、今年は――」

 一枚目、名簿の人数を目で追いながら数える。

 計算ミスがないか、これであってるか、見落としがないか、細かくチェックする。

 そして、深呼吸の後に、私は結果を皆へ伝える。

 

「――18人!今年の戦車道受講者は、18人!」

 わぁっ、と皆から歓声が漏れる。

 廃止のライン、30人を上回る数……1年と2年を合わせた36人の確保に成功したのだ。

 現状の課題の一つ――戦車道の廃止阻止に、私たちは成功した。

 ほっと一息つきながら、私は残りの書類を見る。どうやら1年生たちの名簿と、今年度の戦車道の予算配分だ。生徒会へ提出する事務書類も何枚がある。まだまだやる事は多い。

「よかったね、由里」

 理香が私の肩を叩きながらニコリと笑う。

「……肩の荷が一つ下りたね」

「生徒会長も今頃苦虫を噛み潰してますよ」

 紗江もニコニコと笑いながらうんうんと頷く。

「グラウンドを全力走行した甲斐があったね」

 理香と紗江も嬉しそうだ。

「隊長!戦車にスローガン書きましょうよ、第二次大戦のソ連戦車みたく!」

「えっ」

 万遍の笑みで、いつの間にか白いペンキとハケを引っさげた紗江がシャーマンの横に立つ。

 私の返事を待つ前に、紗江はさっそうとシャーマン戦車によじ登り、砲塔に書かれた校章の横に、ぺたぺたとハケを滑らせて文字を書く。

「……そんなことしたら共学の戦車道は下品だ、とか言われるんじゃ……」

 文字を見ながら、珍しく理香が不安を口にする。

「いいのよ別に、“これが私達の戦車道”って事で」

 だが私は気に入った。

 車体に貼った校章ほどの大きさで、力強く書かれた「Destroy Them All !」の白い文字――

 去年だったら隊長に怒られそうな一言。

 だが、それでも今の私にとっては奮い立たせてくれるような力強い一言。

 

 こうして、私達は始まりの一歩を踏み出した。




【解説&こぼれ話】
■執筆のきっかけ
解説の通り「こんなのがあれば」「こんなストーリーだったら」という想いから書き進めた作品だが、その他一番の理由は「よりミリタリー的でリアリティに足のついたガルパンを!」という欲求でした。そのため、今後には細かいディティールや設定、資金・パーツ調達、練習スケジュールなどが重点的に書かれています。後は「荒くれ者の少女が戦車を乗り回して好き放題暴れる」というガルパンが見たい一心で書き進めました。大筋では原作のプロットをなぞりながらも、第二の大洗女子学園を目指して邁進する女の子たちの戦いを書けたらな……と言う気持ちもあります。
■Bad Company
シリーズタイトルの「Bad Company」は悪友という意味、JOJOでは「極悪中隊」の直訳が有名でまさにピッタリじゃないかな、と。当然ながらFPSの「バトルフィールド・バッドカンパニー」もそこそこ元ネタの要素として絡んでいますが、あくまで名前のインスピレーションを受けただけで内容まではネタにしてないです。
■タイトル元ネタ
映画「サハラ戦車隊」が元ネタ。実際に原作でもスタッフがM3リーの資料として視聴しており、M3リー(とハンフリー・ボガート)のファンなら一見の価値あり。また、本編中には色々な映画ネタが混ぜてあります。
■信越学園
執筆当時、どの学園艦を題材にするか迷った挙句に「そうだ、生まれ故郷の学園艦を出せばいいんだ!」と母校を新潟港とする新潟の学園艦が思い浮かび、その結果として信越学園というオリジナル学校が生まれました。もちろん学園艦のモチーフは航空母艦「信濃」。
■M4シャーマン
何でシャーマンが主役なの?という話だが「原作のアドバイザー鈴木貴昭氏がメイン戦車にシャーマンを出したがっていた」「個人的にシャーマンシリーズが超好きだから」「原作と同じく、強すぎず、パワーアップできる戦車を」「最終的にイージーエイトを出したい」という複数の理由から出した。
■名前の元ネタ
基本的にオリジナル学校とその登場キャラクターの名前は元ネタを入れてあります。信越学園のキャラクター元ネタは「日本海軍の軍人」。何で海軍なんだよ!という話だが、理由があって「すでに陸軍軍人の名前を使っている人がいる」「昔から海軍も好き」という理由と、散々遊んできたゲーム「提督の決断Ⅱ」の影響が強いです。
ちなみに信越学園のメインキャラは、
由里→菅野直(エースパイロット、デストロイヤー菅野の渾名でお馴染み)
理香→東郷平八郎
紗江→板倉光馬(武勇伝を数多く残した潜水艦艦長)
■M24チャーフィー
アメリカの軽戦車。WW2後半から使用され、偵察車両としての役割を果たすなどしていたが、非力な武装と装甲により後の朝鮮戦争では出血を強いられた。原作には出てこない戦車の一つで、今作では「原作に無かった戦車も暴れさせよう!」という、ある種のチャレンジもあった。
■M3スチュアート
アメリカの軽戦車その2。こちらは大戦初期から使用されていた戦車で、太平洋・西部戦線・アフリカ戦線で使用された。装甲も薄く火力もないというアメリカから見ればチハなみの戦車ではあったが、太平洋戦線では逆に大活躍を果たした。
■2号戦車
ドイツの戦車。初期のドイツ戦車であり、武装は機関砲と機銃のみという、ある意味罰ゲームに等しい車両。原作ではみほの好きな戦車として取り上げられている。
■チハ
九七式中戦車。言わずとしれたあのチハである。ただしこちらは改修が施された新砲塔のチハ(タミヤのボックスアートでM4を撃破していたアレ)で、知波単とは別物の設定。
■「Destroy Them All !」
元ネタはグラディウス……ではなく、考えた末に思いついたフレーズ。猛々しいスローガンを書く戦車乗りの少女、と考えてこのフレーズを書かせました。
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