ガールズ&パンツァー Bad Company Story 作:Colonel.大佐
「で、対戦相手はプラウダだけど情報なしってどういう事?」
ケーキを頬張りながら、理香が呆れ気味に呟いた。
試合観戦も終わり、紗江と共にBTRで学園艦へ帰還した私達はお土産のケーキを持って寮へ戻った。別の寮に入っている紗江も一緒に、報告がてら自室でケーキを食べる事にしたのだ。
「それよりも理香、今日の追試はどうだったの?」
さっきからずーっと会話をしているが私が追試の話を切り出すたびに理香は話題を切り替えている。このやり取りも何度目かわからない。
「……まぁ当面の危機は去りましたって所じゃない?」
またこの返事だ。お前はどこぞの国の政府広報か。
「これは追試でも駄目だったパターンじゃないですか」
痺れを切らした紗江がついに確信に迫る言葉を吐く。
理香は笑顔のまま固まっている。図星か。
「練習量、特別に減らしてもいいからちゃんと勉強しておくこと。戦車道が来年で廃止になったら、それこそ卒業できるか解らないよ……」
「……はい」
理香は打って変わって大人しく頷いた。
「それにしてもプラウダ高校が相手だなんて……ライナやアレクシアに勝てるって啖呵切ったのはいいけど、果たして勝てるのやら」
「隊長が弱気になってどうするんですか」
紗江が私の肩を叩いて言う。
「実際の戦史を見てください。ソ連軍戦車は第二次世界大戦では大活躍しましたが、戦後はどうです?湾岸戦争を見てください、T-72がチハ並みに虐殺されたんですよ!」
「あれは西側戦車が超強かったのと航空支援が凄かったのと輸出型のモンキーモデルだったからでしょ!」
どうも脱線し始めた私と紗江の会話に「まぁまぁ」と理香が止めに入る。
「とりあえず情報集めしようよ、由里も噂話レベルなら知ってる事ぐらいあるでしょ?」
理香の言葉に、私は昔小耳に挟んだプラウダ高校に纏わる話を思い出した。
「プラウダ高校の戦車道は酷い噂話も聞くからなぁ……」
「例えば?」
理香の問いに紗江が私に代わって答える。
「雪中練習で戦車一台が雪崩に巻き込まれてクルー4人が生き埋めで亡くなったとか、吹雪の中偵察に出かけた車長が携帯持って助けを呼ぼうとした姿勢のまま凍死していたとか、後は寒中訓練でうっかり手袋を付け忘れて汗のついた手で車体に触れちゃって皮が……」
「やめて!リアルにありそうな怖い話はやめて!全部都市伝説!」
理香が悲鳴を上げる。私もおいおいそりゃないでしょと思わず声を上げた。全部事実無根の都市伝説レベルの話だ。
「でもプラウダ高校の風紀委員は日本の学園艦一厳しいって話も聞いてるよね。車内で隊長の陰口を呟いたら、無線をONにしていたわけでもないのに全員一軍から降格とか」
理香の言葉に私も同じく頷いた。
「これだからソ連文化尊重の学園艦は怖いんだよなぁ……」
はぁ、とため息ばかり漏れる。
とにかく、今できる事……トレーニングを重ねるしか対策は無いだろう。
翌日、信越学園戦車道演習場。
豪勢に学園の裏山に建てられたその演習場は、昔はこの学校が戦車道の強豪であった事を感じさせるには充分な設備があった。監視塔とプレハブ小屋で作られた小さな管理施設を中心に、障害物を配置した模擬試合用フィールドや砲撃訓練場が広がっている。
校舎から意外と距離が離れているが、砲撃の騒音対策だ。実際山の真ん中に作られているのも、砲弾の流れ弾が飛ばないようにしたり砲声を遮るのが目的らしい。
何にせよ金不足・人不足・戦車不足の三重苦にあえぐ私達にとって唯一の足りてるのがこの広い演習場だ。
今日の練習メニューは砲撃訓練が中心。命中率を上げる事で撃破率を上げ、より試合を有利に展開させるための練習だ。
監視塔に登り、高倍率の双眼鏡を手に取った私は監視塔に備え付けの無線機、眼下で一列に並んだ戦車達、土手に設けられた射撃用の的を交互に見た。無線のスイッチをONにして、各車両へ指示を飛ばす。
「全車両へ、砲弾装填用意」
ついでの装填スピード計測、数秒から十数秒の間に「装填完了」の掛け声が続々と上がる。最初期に比べれば装填はかなり早くなった。
知らない合間に監視塔のドアが叩かれる。私は「どうぞ」と言う。
警備員の制服を着た大人の女性が入ってくる。見知った顔。
「南雲さん」
よっ、とその女性は私の横に立った。
学園艦の警備員にして、この学校のOG、そしてかつて栄華を極めた我が戦車隊の副隊長でもあった人だ。
「なんか練習風景が見たくなってね……仕事帰りだから寄ってきちゃった」
丁度今から砲撃訓練に入る所ですよ、と私は答える。
それから二三、世間話をしている合間に砲弾の補充を終えた車両が射撃位置へと順々に停車していく。
「ところでどう?あの戦車の調子は」
「絶好調ですよ」
私は眼下で砲撃訓練を行う戦車達を見ながら答える。
四号突撃砲、四式中戦車、コメット。私達が見つけ出し、学園艦の地下倉庫から引き上げた戦車達だ。長年、埃を被ってきた戦車達だが今こうして試合の為にちゃんと稼動している。
一列に並んだ戦車達が、順々に発砲していく。
1号車……は沙雪の砲撃だ。800m先の標的に軽々と命中する、2号車もかろうじて命中、3号車……は惜しいがハズレだ、4号車も外れた、5号車……ど真中をぶち抜いてる。
「おー、凄いなー。パーシングなんてデカブツ、よく使いこなしてるねぇ」
「今年から導入しましたけど中々の戦績ですよ、さしずめこの学校の切り札ってところですね」
の割にはフラッグ車撃破という功績もなく、最近は中途半端に活躍して中途半端にやられるという立ち回りが多い気がするが、気のせいだろう。
実際の所パーシングの運用なんかをやっているのは私達の学校ぐらいだった、確かに機動力は坂道だと貧弱、主砲の威力は高いが装甲は極端に厚いという訳でもない、人気が出ないのは明白だ。それに大抵の学校は強い戦車に惹かれてしまう。黒森峰が持つようなパンターやティーガーに。
もっともパーシング自体、それほど息の長い戦車ではないのだ。センチュリオンやT-34のように戦後も色々な国で採用され活躍し続けたのに対して、パーシングと言えば朝鮮戦争が休戦になると同時にお払い箱になり大量の車両が戦車道用に転用……ではなく鉄資源としてスクラップ処理された。一説には機銃弾を積みっぱなしのまま即座にスクラップ処理施設にぶち込まれた事もあるらしいので相当いらない子だったのだろう。
「うーん……やっぱり数が減ったのは寂しいなぁ……」
南雲さんは惜しげに8両の戦車を眺める。
「今は8台だけですからね、予備のスチュアートや二号戦車を含めれば10台でやっとですよ」
「チハは……もう無いんだっけ?」
南雲さんの問いに私は頷く。
「半分スクラップみたいなものですからね。あれ以来ずーっと自動車部がレストアやってます」
「そっか。残念だねぇ」
南雲さんは遠い目で眼下の戦車達を眺めた。
散発的に砲声が鳴り、途切れた会話を埋めていく。6号車は標的に命中、7号車は外し、8号車は標的のど真中をぶち抜いた。さすがは山口ちゃんのチーム、T28撃破から調子がいい。砲撃の結果を集計し、手元の表に記載した所で、南雲さんは話を再開した。
「そういや、次の対戦相手、プラウダ高校だってね」
「ええ、そうですけど」
南雲さんは笑いながら「凄い所と当たったねぇ」と答える。
「対策研究ちゃんとやってる?私の代だとプラウダなんて大会準決勝負けの定番学校だったけど」
「最近は強いですからね……T-34にIS-2までそろえてますから、あそこは。最近は情報不足でどうにもならないですけど」
そうなの?と南雲さんは答える。
「私の代だとかなり詳細な偵察情報があったわよ。あそこの主力はT-34/85だけど、私の代だと奥の手でT-54が出てきた事があったわよ。ギリギリでレギュレーションに違反しないんだってさ、ただし部品数が少なくて滅多に動かせない代物で、いつも決勝用の温存戦力らしいんだけど」
「T-54って……アレ本当に使ってたんですか?」
「うん、本当」
南雲さんはさも当然と言わんばかりの口調だ。
「ただしT-54の砲等は初期型、つまりは戦後型で有名なお椀型じゃない奴ね。いっつもあたしらは「チート戦車」って呼んで避けてたけど」
へぇ~、と感心する私を前に、南雲さんは「今もプラウダが同じかどうか知らないけど」と付け加える。
「まぁ一番警戒すべきなのはISシリーズの登場ね。決勝用に温存されてるISシリーズは結構多いのよ、あそこは。IS-2なんかは砲弾の数がすっごく少ない上に装填も面倒だから大して脅威じゃないけど、その欠点を補うように複数のIS-2を集中投入するかもしれない、でもそれに気をとっていたらT-34/85が喉元を刺しに来る。結論から言えば連中と纏めて相手にするような状況は作らないことね」
恐れ入ります、と私は南雲さんのアドバイスに感謝した。
ちょうどそのタイミングで携帯電話が鳴る。メールのようだ。
「ちょっと失礼します」
私はメール差出人の名前を見て、思わず「えっ」と声を漏らした。
メールを受け取った翌日。理香に戦車道の練習指示を任せる中、私と紗江は学園艦の空港に来ていた。
信越学園には一応、連絡用飛行機と運送会社の輸送機発着用の滑走路があり、簡易ながら空港が存在する。とは言っても輸送機の発着は本土の運送会社が飛ばしている定期便が週二回、連絡機は1週間にたまに飛ぶか飛ばないか、小さな田舎の駅のような出入り口と管制塔があるだけのしょぼくれた空港。この学園艦に来てから利用した事は一回も無い。一度、理香が祖母の危篤で実家へ帰る際に、常駐する連絡用飛行機を使い新潟まで戻った事があった。祖母の容態が峠を越えたとの事で無事に帰還した理香曰く、乗り心地は「航空会社レベルのサービスを期待するだけ無駄」との事だ。
「そりゃそうだよなぁ……」
私は格納庫に駐機されている機体を見て呟く。
駐機されているのはボロっちいMU-2だ。日本の国産飛行機。民間型も存在するが学園艦にあるのは自衛隊のお下がりを文科省が配備した代物らしい、飛ぶには飛ぶし故障は無いそうだが原型機の初飛行が63年という半世紀も昔の代物。ビジネスジェットではなくて敢えてコレというのが泣ける。
あとはセスナが数機。こちらは学園艦の飛行機好きが乗り回している機体だ。基本的に学園艦から離れる事は一切無い。
それからよっぽど切羽詰った緊急時に使用されるともっぱら噂のT-38タロンが1機だけ駐機されている。あくまで噂だが、要人を狙ったテロで学園艦が沈んだり占拠された場合に、こいつでその要人を安全圏まで脱出させるとか、生徒会が緊急で他の学園艦に行く際に「我が校はジェット機を保有している!」と見栄を張る為に導入したとも言われている。私は飛ぶ所を見た事が無いが、少なくとも学費の無駄遣いである事は想像に容易い。
「それにしても本当に来るんですかね」
隣の紗江が不安げに呟く。
今日、ここに紗江を連れてやってきたのは理由がある。先の三回戦の相手、シュヴァルツ・ヴァッサー学園の隊長ことアレクシアから戦車道の研究会をやるので参加しませんか?という誘いがあったからだ。時期的に忙しいので断りの連絡も入れようかと思ったが、もしかしたらプラウダ高校に関する情報も手に入るかもしれないし、決勝に向けて何かしら得られる物があるかもしれないと参加を決めた。
日帰り、それも半日程度の時間で終わる研究会なのも嬉しい所。サクっと行ってサクっと帰れるのだが、肝心の行きの足に関しては向こうが指定してきた。
アレクシア曰く「迎えの足を手配するから指定の時間に飛行場で待っていて」との事だったが。約束の時間になっても飛行場の上空に飛行機は来ない。
こりゃアレクシアに電話して確かめるしかないか、と私は携帯を取り出し、先日の試合観戦で交換した電話番号にダイヤルしようとする。
と、遠方から航空機の爆音が聞こえてきた。
目を凝らした紗江の顔に、徐々に輝きが溢れてくる。
「見てください!ハリーキューズです!」
紗江が指差す先に、徐々にシルエットを大きくさせて着陸態勢に入ろうとする機体が見えた。
C-130ハリーキューズ。軍用輸送機のベストセラー機にして、イコンでもある傑作機。イラクに派遣された自衛隊機のように水色に近い迷彩を施し、シュヴァルツヴァッサー学園の校章を機種部分に誇らしげにつけたその機体は、滑走路へアプローチし、着陸態勢に入る。
高度を下げてタッチダウンした機体が、滑走路脇のエプロンにいる私達の横を迫力満点に通り過ぎていく。
「豪華な迎えだなぁ……」
どうせセスナかビジネスジェットでも出して迎えに来るんだろうと思っていた私は思わず感嘆の声を上げてしまった。さすがは金持ち校の学園艦、用意する機体が違う。
滑走路の端で止まり、エプロンにタキシングするC-130に近寄っていく。カーゴベイが開くと、金髪の綺麗なロングヘアをなびかせた少女が降りてくる。シュヴァルツ・ヴァッサー学園の制服に身を包んだその人物は、例の戦車喫茶で初めてにお目にした戦車道副隊長、エヴァンジェリンだ。
爆音にかき消されないよう、彼女は大声で喋る。
「お久しぶりです!少々遅れました」
私は差し出された手を握り返した。
「お久しぶりです!」
「時間が押しているので、乗ってください!すぐに出発します!」
私達はエヴァンジェリンに急かされるまま、C-130へと乗り込んだ。
機体のシートに座らされ、シートベルトを付けと機体はすぐさま滑走路へと戻り、離陸した。
人生初のフライトを味わう余裕も無く、機体はすぐさま私達の学園艦を離れ、大洋のど真中を飛び去っていった。
唖然とする私達を前に、座席のベルトを外したエヴァンジェリンが改めて私達の前のシートへ腰を下ろした。
「もうベルトを外して大丈夫ですよ」
そう言われ、私と紗江はベルトを外した。
「改めまして、シュヴァルツ・ヴァッサー学園副隊長のエヴァンジェリン・サマヴィルです、よろしく」
流暢な日本語でエヴァンジェリンは紗江に手を差し出す。それを握り返した紗江は少々緊張気味だ。
「は、初めまして、シャーマンの装填手をやっています、板倉紗江です」
紗江が緊張するのも無理はないだろう、目の前にいるのは引退したとは言え、ヨーロッパの戦車道でも有名な選手。あれから海外のネット通販サイトで取り寄せた海外戦車道選手名鑑で、彼女の偉業を目の当たりにした紗江の反応としては当然のものだろう。
何しろ名門校の出にしてヨーロッパの戦車道大会では常に優勝か準優勝の文字を、中学生の頃からもぎ取り続けてきた秀才。愛車のクロムウェルを用いて、戦車の性能差をひっくり返す戦いを何度もやってきた超人。戦車道の有名校が選手として迎え入れたいのは明白だろう。
「よろしくお願いします」
エヴァンジェリンは柔和な笑顔を浮かべる。
ある程度余裕が出てきて私は機内を見回した。配管や廃線がむき出しになった機体内側を見るに、これが無骨な軍用輸送機であると私は再確認した。恐らく何らかの輸送業務の途中で寄ったのだろう、私達と並んで何かのコンテナや木箱ががっちりと機内に固定されている。
「フライトは1時間30分を予定しています、それまで空の旅を楽しんでください」
お言葉に甘えて、と答えようとした瞬間、私は彼女の左目が先ほどから動いていない事に気が付いた、義眼だ。エヴァンジェリンも私の視線と微妙な表情の変化に気が付いたのだろう、ニコリと微笑むと「お気になさらずに」とだけ答える。
「昔の古傷ですよ」
それから私はエヴァンジェリンと紗江と3人で世間話や無駄なお喋りをして過ごした、出身はどこなんですか?という他愛も無い会話は、やがて紗江の「イギリスの戦車道はどうんな物なのかを教えてください!」という質問から、イギリス流戦車道の歴史を一から解説する壮大な講義へと変わっていた。
かなり時間が経った所で、エヴァンジェリンがふと、腕時計の針を見た。
「見えてきました」
エヴァンジェリンが窓の外を指し示す。
「あれが我が校の学園艦です」
窓の外を見ると、眼下、だだっ広い海の真ん中に学園艦が浮かんでいるのが見えた。噂には聞いていたがあれがシュヴァルツ・ヴァッサー学園の学園艦らしい。
比較対象となる学園艦が周りに無いので何とも言えないが、甲板上の建物や地形を見るにうちの学園艦と同等、または一回り小さい大きさのようだ。それでも都市一つ丸ごと入っている事には変わりないが。シルエットから察するに、学園艦の型は国産空母が元ではなく外国空母だろう、艦橋の形を察するにエセックス級航空母艦が元デザインだろうか。
「おお……」
紗江が始めてみる形式の学園艦に感嘆の声を漏らす。
「形状から見てあれはエセックス級航空母艦が元デザインですね」
紗江が私が思っていた事と同じ事を言う、エヴァンジェリンは頷いた。
「ええ、さすがにあなた方の学園艦に比べれば大きさは劣りますけれども」
「まぁ、うちの学校は航空母艦信濃がデザインのベースですからね。元が大和型戦艦ですから……」
「そうだっけ?私ずっと大鳳だと思ってたけど」
「船体が違うじゃないですか」
私と紗江の会話が脱線しかけた所で、機体が着陸態勢に入り始めた。私達はシートベルトを付け、着陸に備える。
学園艦の空港にC-130は着陸した。タキシングする機体からは、整えられた空港設備が目に入った。
今まで本土の空港を利用した事はないが、ターミナルの建造物や行き来する機体を見るに中々の広さだ。私は感嘆の声を上げる。
C-130が停止すると同時に機体後部から光が漏れ、カーゴベイが開き始める。
「さぁ、到着しました。そろそろ行きましょう」
エヴァンジェリンの先導で私は機体の外へと出た。
潮風の匂いを嗅ぎながら、滑走路脇へと降り立った私達を前に一台のM113装甲車が現れる。見覚えのある車両、確か戦車道の選手移動用車両だ。
装甲車が停止すると、後部のハッチが下りて中から赤毛の少女が現れた。
「いらっしゃい由里」
「やぁアレックス」
シュヴァルツ・ヴァッサーの隊長ことアレクシアだ。
私はエヴァンジェリンに倣って愛称のアレックスで呼んでいる。当人も特に異は唱えていないし、彼女も私を下の名前で呼ぶ。
「これから戦車道の演習場まで案内するわ。さ、乗って」
アレクシアに言われるがまま、私と紗江とエヴァンジェリンがM113に乗り込んだ。
大人、それも欧米人の体格には合わないであろう狭い車内だが、高校生の少女が飲るには車内はあまりにも広かった。運転席にはヘルメットを付けた制服姿の生徒が座り、私と紗江、向かい合うようにアレクシアとエヴァンジェリンが座った。
後部ハッチが閉まり、M113はキャタピラを回して空港の敷地内を後にした。
暫く走りながら互いの近況などで軽い雑談を交わす。
エヴァンジェリンは全国大会の敗北で査問があったが、二回戦突破の功績を認められそのまま待遇は変わらず戦車道の隊長として指揮を行っている事、そして研究会を行うにあたって色々な高校に話を持ちかけたが、新設校や弱小校以外は皆参加を拒否した事を私達に語った。
「その点では大助かりよ。何せ三回戦まで出てプラウダとの対戦を控えている稀有な高校なんて、あなた達ぐらいなもんでしょう?」
「そりゃそうだけど……」
アレクシアはため息を付いた。
「まぁ、互いの手の内を曝け出したくないっていうのが本音だと思うけど、スパイを送り込んで偵察するよりかははるかに穏便で実りのある事だと思うけどね、大体、新設校の殆どは情報が無いのよ?他の強豪はまた去年と同じくノーマークの学校に喉元を刺されるまで胡坐をかいてるつもりよ」
ま、そのノーマークの学校が、由里の学校だったんだけどね、とアレクシアは付け加えた。
そうこうしているうちにM113装甲車は停車した。後部ハッチが開くと、コンクリートの地面が見えた。
降り立った私達の前にあったのは、小さな校舎のような建物。出入り口の脇には「戦車道専用棟」と書かれている。
「着いたわ。ここが私達のHQよ」
新築であろう建物の玄関をアレクシアは見るが、腕時計の針を見て、それから私の顔を見る。
「まだ研究会の開始時間まで余裕があるから、ざっと設備でも見ていかない?」
中々魅力的な誘いだ、私は「じゃあお言葉に甘えて」と答えるがそれよりも早く紗江が「お願いしますっ!」と目を輝かせながら答えた。
戦車道用の専用棟の裏には大きなハンガーがあった。戦闘機用の格納庫のような中には、シュヴァルツ・ヴァッサー学園の保有する戦車が鎮座している。先の試合で目撃したSU-85、シャーマン、パンター、T28もそこへ並んでいた。紗江の目つきは明らかに変わっていた、出発前とは打って変わって顔を紅潮させながら目を輝かせて戦車たちを眺めている。
よろしければ全て案内しますか?とエヴァンジェリンが言う。紗江は頷いた。紗江に尻尾がついていたら今頃ブンブン振ってる事だろう。
「あー、あの調子じゃすぐには戻ってこないなぁ……」
すっかり興奮気味になっている紗江を見る私を前に、アレクシアは「じゃあここは任せて次に行くわね」と案内を続行した。
広い格納庫の一角に案内されると、ここが二軍の訓練用機材だ、と履帯も転輪も砲もついていない戦車を見せられる。
「何にもついてないけど、イメトレ用のスクラップ?」
「まさか。シミュレーターよ」
私も話は聞いた事があった。
戦車の定数が足りなかったり、予算が少ない学校向けのリアルな戦車戦シミュレーターの話だ。ある学園艦のゲームクリエイターの卵たちが、ネット対戦できる大手戦車ゲーの仕様に嫌気が差して独自に作り上げたゲームが元らしい。あくまでリアルにこだわった彼らは実際に他校の学園艦に足を赴き、さまざまな戦車のデータを採寸・計測したばかりか独自の物理エンジンすら一から作ってしまったらしい。プロトタイプの製作後に卒業した彼らは戦車道連盟に加盟する企業からのオファーを受け、ついに念願の戦車シミュレーターを発売した。実際の所、キャタピラを撤去した四号戦車の出来損ないのようなこのデカくて値段が高いシミュレーターは戦車道の現場ではなく、もっぱらゲーセンの需要が殆どだという話だ。
私も戦車道の隊長であるため、この仕様書を読んだ事があるが理論的には凄いと思える。車内に置かれた操縦レバー等は自由に配置可能で、使用を想定する戦車の配置へ難なく変えられるし、ペリスコープや覗き窓をディスプレイにする事で実際の戦車と同じ視点をリアルに再現したのは名案だと思う。ただし購入費用が高めで私は導入を見送った経緯がある。
「流石に導入は博打だったわ、お陰で共通ユニフォームの導入が費用がパアになったけど」
だからユニフォーム揃ってなかったのか。流石に金持ち高でも限度はあるのか。
「それにしてもさっきから機密みたいな所ばっかり案内してるけど、いいのこれ」
私は先ほどから思っている疑問をぶつけた。
率直な話、他校なら秘密扱いにするような編成や戦車を部外者へまじまじと見せているのだ、それが意味する結果をアレクシアは知らない筈は無いだろう。
だが、アレクシアはニコッと笑ってから答える。
「そうね、うちの学校の宣伝、って所かしら」
「宣伝?」
アレクシアは話を続ける。
「新設校で特待生募集とは言え、まだまだこの学校は戦車道の人出も戦車も不足しているわ。でも一番の理由は生徒数減少を食い止めるためのキャンペーンだと思ったほうがいいわね。勝ち進めば学園艦の宣伝になるし、入学希望者も増えてくれるはずよ」
急に現実味を帯びた話に思わず「はぁ」と答えてしまうが、確かに一理ある。
実際、去年優勝した大洗女子学園は入学者が前年に比べて激増したという話も聞く。確かに話題作りにはちょうどいい。
「だからまぁ、ここで見た事は好き勝手言ってくれても構わないわ。でも……隠し持ってる奥の手は見せないけどね」
意地悪そうな笑みを浮かべるアレクシアを見て、やっぱりこの女は隊長なんだなと再確認させられた。
次いでハンガーを抜けた私は、先ほどの施設へ案内される。
合宿用の宿舎、食堂、応接室、ブリーフィングルームなどを案内されながら、私はさらにアレクシアと世間話をする。
「……でもまぁ、あれだけ豪華な特典を付けても国内からの有力選手は全く来なかったのは仕方なかったけどね、80人近くいて戦車道経験者は私とエヴァと他数人だけ。そう考えれば三回戦まで行けたのは奇跡ね」
「えっ、あれだけ豪華特典があったのに?」
アレクシアは頷いた。
「そう。まぁ私達は学園艦でも分校だから、本校のお嬢様学校ではあんまり人気が無かったのよね。ホラ、あっちはそのミッション系でね、血の気の無い奴ばっかりだから」
確かにお淑やかなお嬢様校で戦車道を長年設けていなかった学園艦。募集をかけても集まらないのは仕方ないだろう。
「シュミレーターのお陰で習熟訓練は思いのほかスムーズに進んだし、実際の運用はかなり良かったわ。伸び白のたっぷりあるチームだから、来年はもっと上を目指すわ」
確かにこの学校は人事、資金、戦車にも恵まれている。強豪校の一つになっても違和感はないどころか妥当と言っても過言では無いだろう。
でも、戦車の性能でブイブイ言わしている感は否めない。
「羨ましいなぁ、パンター使えるなんて」
羨望たっぷりの私の言葉を聞いて、アレクシアは苦笑いを浮かべた。
「全然」
アレクシアは即答する。
「確かに強いは強いけど、問題は維持が大変なのよ。パンターの殆どは黒森峰が所有しているのは知ってるわよね」
それぐらい常識だ、と私は答える。
「どうも業者と話をしてみたら、パンター関係の消耗部品やパーツは殆ど黒森峰へ流れてるみたいで、他の学校には入らない事が殆どなのよ。あったとしても高くふっかけられたり何なりで戦車道連盟や関連企業と黒森峰が癒着してんじゃないかともっぱらウワサよ」
はぁ、とアレクシアはため息を吐く。
「欧米じゃまず見られない光景よ。日本の戦車道ってそこらへんおかしいわよね」
確かに日本の戦車道は独自発展をしていると海外ではよく言われている。何しろ一般的な戦車道と言ったらWW2までの車両限定という数も種類も限られているし、比較的後進国の割には戦車道だけは異様に発展している面や他国に劣る面もある。
「大体アルティメットクラスもないしルールも厳しいしガッチガチなのは最初不満だったけど、やったらやったで慣れるものよねぇ」
アルティメットクラスの戦車道は凄いと聞く。日本ではWW2までの戦車しか使えないが、アメリカでは何と現行世代の主力戦車を含むすべての戦車――空挺戦車だろうが何だろうが戦車と付くものなら何でも――が使用できるという。あまりのエクストリームぶりとアメリカらしい派手なバトルは日本の戦車同連盟も全く触れたがらない。
さらにアレクシアは現行ルールに乗っ取らない、あくまでローカルなルールを行使する場所によっては砲弾も燃料の制限も無く、互いにどちららの戦車が全て行動不能になるまで大量の物資と火力を投入して戦う最強のサドンデスマッチもあると私に教えてくれた。そのルールでは時として航空支援が使用されたり補給ヘリがフィールドを飛び交い、自走砲部隊による大規模な攻撃が地を削り、ミサイルと砲弾と機銃弾が三日三晩飛び交いフィールドはさながら戦場と化すそうだ。アメリカ恐い。
「さて、そろそろ研究会にしましょう」
アレクシアとそう言うとある部屋に私を案内する。そこにあったのは円卓だった、席に着席し、談笑を続けている制服もバラバラの少女達は、シュヴァルツヴァッサー学園を筆頭に今年から戦車道を新規で始めた新設校の面々だ。しかし、記憶が正しければ招待されている新設校の誰もが1回戦、または2回戦で敗退した学校だ。
私にアレクシアに案内されるがままに着席させられる。
「さて――全員揃った所で、研究会を始めるわ。みんなよろしく」
よろしくお願いします、と少女たちの声が重なった。
研究会は円滑に進んだ。
まず互いに自己紹介を兼ねたチーム紹介と共に、使用している戦車などの情報交換、さらに練習施設の規模や練習方法についての紹介を行い、それを聞きながらここをこうした方がやりやすい、こうすればいいんじゃないか、と意見交換を行った。
雑誌戦車道の記事にも一行くらいしか載らない弱小校たち。すでに全国大会敗退という苦渋を味わった彼女たちは強くなりたいという必死の思いがあるのだろう、まさに真剣な意見交換が行われた。
主催でありながらアレクシアは話半分に他校チームの話を聞いていたが、隣に座る私はアレクシアが逐次素早く英語でメモを取っている事に気が付いていた。かすかに読み取れる単語からは戦車の名前や戦術の動向なとが書かれているのが解る。なるほど、情報収集を兼ねた研究会というのも頷ける。
そして、現時点で全国大会を勝ち進んでいる私には質問攻めが待っていた。
どうやって聖グロリアーナを撃破したのか、継続高校はどうやって倒したか、コアラの森学園ってホントにコアラいるんですか、等と矢継ぎ早に質問されながら、私は答えるだけ答える事にした。中でも多かったのは予算配分に関する問題で、私が公表した予算と戦車のラインナップには大半の学校が驚きの声を上げた、そんな限られた予算であれだけの運用が出来るのか?と。
昔は強豪で恵まれた練習施設や、秘匿物資倉庫を見つけたという理由もあるが、基本的なコツは「帳簿と睨めっこして頭を捻る」だけだ。
自動車部のような有志に協力を取り付けたり、出来るだけ再利用できそうなパーツは取っておいたり、可能な限り消耗品・備品は公費から落とさず、適当に理由をでっち上げて他所から拝借するぐらいだろうと説明すると全員揃って「その手があったかー」と感嘆の声を上げている。むしろ今まで気が付かなかったのかお前ら。
その後の情報交換などで解った事だが、新設校はやはり私達と同じく戦車不足にあえいでいるらしい。中古戦車の買い付け等は行っているものの、大体の戦車は強豪校に半ば横取りされる形で売買され、性能も安定し数もあり安価なはずのT-34シリーズやM4シャーマンシリーズはサンダース大付属とプラウダ高校がほぼ買占めしている状態で、入手できている学校は僅からしい。
その代わりに彼女たち新設校が入手しているのは、殆どが軽戦車か型遅れの重戦車と中戦車、そして失敗兵器や試作兵器だと言う。使い勝手の悪い戦車が多い一方で、彼女たちの多くが、比較的安価で攻撃力の高く運用も容易な自走砲や突撃砲に助けられたとも証言している。確かに、前年度優勝の大洗を参考にするなら、突撃砲のような切り札の存在は心強い。また、所属する学園艦の方針で国籍に縛りを設けられたチームも存在してあり、今年から戦車道を始めたメイプル学園はカナダ産シャーマンのグリズリー巡航戦車を10両一括導入できたと誇らしげに語っていた。
また、運のいい学校は何と第三国経由でイスラエルからショットを輸入し、センチュリオンにダウングレードして使用できたと言っていた。センチュリオンの導入に成功した学校曰く、戦車不足によって戦車道連盟も採用基準が若干緩めになってきているらしく、ダウングレードが出来るのであれば、戦後発展型の戦車を使うのもアリというお達しが出たらしい。さらにやや信頼の低いバイヤー経由であるが、国内ではなく海外からT-34の買い付けを行った学校もあるらしい。どこもかしこも限られた状況で上手く第一歩を踏み出しているようだ。
練習形態についてだが、どこも練習量はそれなりらしく、中には学園艦内に戦車道の練習設備がない学校もある。その場合は戦車道連盟経由で防衛省に相談する事で、自衛隊の演習場を間借りする事が出来るという裏技も教えてもらった。ただし、プラウダ高校に関する情報は結局出ず、当初の目的は達成されずじまいだった。
合同の研究会が終わり、部屋の外へ出る頃には日も傾き始めていた。そろそろ夕食の時間。
新設校の女子生徒たちは挨拶の後、自らの学園艦へ戻る為に、シュヴァルツ・ヴァッサー学園の用意した航空便や連絡船に乗って帰るべく、外で待機するトラックやジープに乗って帰っていった。私も紗江を回収してそろそろ帰ろうかな、と窓の外を眺めながら考える。
「補給機の最後のフライトまで時間があるから、ついでにこっちで夕飯でも食べていったらどう?」
研究会で纏めた資料を手にしながらアレクシアが言った。
「いやぁ……今日は手持ちが少ないからのまたの機会に」
「誰がワリカンだって言った?今日はあたしらの奢りよ」
奢り。
何と魅惑的な響き、金なし予算なしの私にとっては毎日聞きたいその言葉に思わず私は四の五も言わず「食べます」と返事した。
エヴァンジェリンの案内で一通り保有戦車を堪能した紗江と合流した私は、アレクシアに案内されるがまま二階の食堂へ案内された。100人近く収容できるという大きな食堂はバイキング形式で好きな物を取ってきて食べる事が出来るらしい。すでに今日の練習を終えてきた戦車道の受講生たちで賑わう中、私と紗江は遠慮なくご馳走を頂く事にした。
食事もひと段落した所で、私は食堂を出てバルコニーに出た。
アレクシアから進められた食堂のバイキングは中々美味しかったが、少々胃にキツい食い物ばかりだったのが悩ましい所だ。何せ寮の食堂ではお目にかれないような分厚いカツレツやステーキを出されたお陰でこればかりは食わねばと強情張ったのが災いしたらしい。太るのはイヤだなぁ。
そうこうしているうちに、アレクシアも同じ様にベランダへ出てきた。
後ろ食堂では戦車道受講者の少女たちが飲み食いしながら大騒ぎしている。酒でも入ってるんじゃないかという不安に駆られ、アレクシアに尋ねるが「学園艦は治外法権だから」と意味深な笑みと共に返された。マジで飲んでんじゃないだろうな奴らは。
「私達はここらへんで一杯やらない?」
アレクシアは手元から下げたコーラの瓶を二つ私に見せた。ずっと脂っこい物を食ってたお陰か、私はすぐに頷いた。
栓抜きで王冠を開けて、二人揃ってぐいっと飲むと炭酸の爽やかさとコーラの甘みで一気に口の中がリフレッシュされた。たまんねぇ。
「どう?うちの学園艦最高でしょ」
アレクシアの問いに、ああ、そうだねと私は皮肉も貴賓も抜きに正直に答えた。
確かにいい学園艦だ。うちと違って戦車道に対する理解も予算もある。何よりもクソうざったい生徒会長がいない。これに尽きる。
「前の学園艦は統廃合で潰れたけど、第二の故郷も気に入ってるわ、ホントにね」
「アメリカの学園艦にいたんだっけ、前は」
そう、とアレクシアは頷いた。
「リーマンショックの余波で学園艦の運営が厳しくなって、とうとう解体されちゃってね……埋まれ故郷はすっかり廃墟、この学校が拾ってくれなかったら今頃は父さんの自動車修理工場でずーっと仕事してたかもね」
ま、それはそれでよかったのかも、とアレクシアは小声で付け加えた。
「そういえば気になってたんだけど、エヴァンジェリンみたいな大物が何でこんな所に来てるの?普通ならイギリスの戦車道会は意地でも引き止めておくような逸材がさ」
私の問いにアレクシアは一瞬だけ沈黙する。それから「ここだけの話にして」と私に一言付け加えた。
「正直な話、エヴァがイギリス戦車道の名選手だったのは過去の話よ。確かに本国では未だに名が知れてるし、日本でも名は知れてるけど。この学園艦に来る時は完全に引退したも同然の状態だったわ」
本当に?と聞き返すとアレクシアは頷き、話せば長くなると私の言葉に付け加える。
「彼女とは現役でやっていた頃、面識があってね。ヨーロッパのある大会で初めて会った時は最悪の出会いだったけどね、当時は世間からのプレッシャーでもっとトゲトゲしかったかも」
コーラをぐいっ、と飲んでからアレクシアは更に話を続ける。
「それから色々あって連絡を取り合うようになった……それから意気投合して、互いの学園艦へ遊びに行ったり、戦車道の親善試合も何度もやったわ。でも、ある日最悪の事件が起こった。ちょうどネット経由でニュースが飛び込んできた、砲弾の事故で選手が負傷したって」
私はエヴァンジェリンの左目について思い出した。
彼女の左目は義眼だった。綺麗な金髪に隠れているはいるが、額の一部には傷跡が覗いていたのも私は見逃さなかった。
「戦車道向けに納入された砲弾に欠陥品が混ざっていて榴弾の安全装置が故障で機能しなかった、そうとは知らず試合中に使われてね。普通なら安全装置が働いて人間を感知すると安全圏で自爆するんだけど、その榴弾は自爆しなかった。運悪くエヴァは偵察を終えて乱戦の中、自分の戦車に駆け込もうとする最中に、近くに着弾した榴弾の爆発に巻き込まれた」
ぞっとする話だった。
戦車道で使用される砲弾は実弾だ。安全性考慮のために内蔵チップで人体を感知すると安全圏で自爆するようセットされている砲弾が殆どだが、それが機能しなければ本物の実弾となる。安全のためのカーボンが無ければ、実際の戦場と変わらぬ惨劇が起こってしまう。
「左目を失い、砲弾の破片を受けエヴァは重症を負ったわ。五体満足だったのは唯一の救いだったけどそれから精神的にトラウマを負ってしまった。イギリスの戦車道界はエヴァの復帰を絶望視して、周りの人間も選手生命が絶たれた彼女を腫れ物のように扱った。それから機会があって私はエヴァと再会したわ。丁度私もその頃、学園艦の統廃合で母校を失った直後だった」
コーラの瓶を脇に置くと、アレックスは後ろを一瞬振り返る。仲間達や紗江と共に楽しく談笑するエヴァの姿が見えた。
「互いにどん詰まりで、これからどうしようかと思っている内に日本の酔狂な学校が戦車道新設の為の留学生を募集しているという話が飛び込んできたのよ。だったら2人で遠くまで行こう、周りから何も言われない、互いに戦車道を好きにやれるような場所へ行こうじゃないかってね。もう一度くらい何とかなるだろう、って」
眼下に広がる戦車道の施設と、遠くに見える街の明かりを眺めながら、アレクシアがふふ、と笑う。
「確かにその言葉は現実になったわ。戦車道無名の学園艦だけど、私達に与えられたのは隊長と副隊長の肩書き、ゼロからの再出発にしては上出来だとは思わない?」
心底嬉しそうな顔するアレクシアに、私は思わず頷いた。
それから二、三と会話は続き、今度は自分の話をした。副隊長との出会いと戦車道における逆境、そして今の話。
アレクシアも興味深々に聞いていたが、さすがに私と理香との馴れ初めはドン引きしたのだろう。「敵に回したくないねぇ……」と苦笑いを送られた。
「あ、そうだ」
アレクシアはふと思い立ったようにポケットへ手を伸ばす。
取り出したのは一枚のフラッシュメモリ。それを私へ差し出した。
「今日の研究会のお礼。大会が終わったら返してちょうだい」
「……何これ」
私が訪ねるとアレクシアは誇らしげに説明する。
「この間プラウダに研究会の誘いをするついでに潜り込ませた偵察情報。頑張りなよ、準決勝」
そう言うと、赤毛を揺らした女神は私に向かって笑みを浮かべた。
準決勝突破の活路が見えた。
【解説&こぼれ話】
■タイトル元ネタ
映画「鷲は舞い降りた」
■信越学園戦車道演習場
原作と同じく信越学園にも演習場がある設定。ちなみにこちらは監視塔や施設を中心に十字になるように四方向に射撃場、演習場、走行訓練場…と広がっているが本編ではそこまで描写せず。
■T-54
大体劇中通りの説明。戦後主力戦車だが、レギュレーション上はギリギリ参加できるという夢のようなチート戦車。こちらも原作放送当初からマニアの間で「これは出せる」議論のあった車両。
■MU-2
初の国産ビジネス飛行機。自衛隊納品→防衛省経由で学園艦に払い下げという無茶苦茶な設定。
■T-38タロン
双発のジェット機。元々は練習機として開発された機体で、シルエットはF-5戦闘機にかなり似たデザインをしている。色々な空軍で練習機として使用されている他、NASAでの採用実績もある。やはりフィクションでの目立った登場作品と言えば「宇宙兄弟」が有名。
■C-130
シュヴァルツ・ヴァッサー保有の輸送機、なんでC-130かと言うとエリア88の影響が限りなく濃いから。学園艦への物資輸送の片手間で学園艦へ寄ったという設定。
■エセックス級航空母艦
シュヴァルツ・ヴァッサー学園艦のモチーフとなった艦で、太平洋戦争中にアメリカで竣工した航空母艦。太平洋戦争後期では月刊空母、と言われるほどのスピードで続々と同型艦が竣工し、日本軍を苦しめた。戦後は強襲揚陸艦などに転用された、WW2時竣工にしては息の長い航空母艦。
■エヴァンジェリンの過去
キャラクターに対する掘り下げが全く出来なかったこの二人を補完する、という意味で入れたエピソード。イギリスの名門校出身とアメリカの貧困層出のルーキーの立場がなんで逆なのか?に対する答えにしつつも、戦車という代物を動かす以上、起こりえるであろう悲劇を語るキャラになった。
■戦車道用シミュレーター
ハイテク化がすすんでいる世界なら、戦車兵もこういった機械で訓練するんだろうなという思い付きで生まれた代物。導入費用が少しかかる分、燃料・砲弾代などのコストを支払わずに場所や時間を選ばずに出来る訓練機器という点ではあってもいいはず。
■アルティメットクラス
存在自体はしているが詳細が語られていない試合形式で、内容は完全に妄想。お祭り好きのアメリカならCAS機やミサイル・機銃弾・砲弾・ロケット弾が飛び交い、試合中にC-130がレイプスで補給物資を投下したりするさぞ凄まじい戦争ごっこになるんだろうな、という感じで。
■メイプル学園
架空の学園艦。モチーフはカナダ。
■グリズリー巡航戦車
カナタ軍が採用していた車両。文字通りカナダ版のシャーマンでほぼシャーマン、というかシャーマン。戦争映画では本家のシャーマン戦車としての替え玉出演もあり、実車を拝める作品ではHBO制作のTVドラマ「バンド・オブ・ブラザース」が有名。
■ショット
英軍のセンチュリオン戦車をイスラエルが独自改修したモデル。中東戦争で活躍した実績ある車両。外貨獲得のために国が売却した戦車道用車両、という設定はリアリティを出すために創作したもの。
■国内ではなく海外からT-34の買い付け
ちょうど執筆時に中東関係の正常不安でT-34が反乱勢力側で使用された?という噂話を聞いて思いついた話で、ようするに何のネタかと言うと武装勢力も資金獲得のために骨董品兵器を売りに出すという話。あんまり詳しく書くと物語が本格的に血生臭くなるので本編では出していない。
■「リーマンショックの余波で学園艦の運営が厳しくなって~」
アレクシアの過去話は「大洗女子学園が廃校になった後の彼女たち」というIFストーリーをモチーフにして作ったもの。捨てる神あれば拾う神あり、という事で。