ガールズ&パンツァー Bad Company Story   作:Colonel.大佐

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第12話「デスティネーション・プラウダ」

 夜中1時。部屋の明かりも殆ど消え始めた寮で、卓上ライトとノートパソコンの明かりに照らされながら、私は黙々と情報の整理を行っていた。

 アレクシアから渡されたデータはまさに黄金とも呼ぶべき価値のある情報ばかりだった。プラウダ高校の保有戦車、現状の人員、更に今年度の練習試合含むすべての編成表、さらに何個かの試合の様子を収めた動画まで。鉄のカーテンの向こう側、プラウダ高校が特に機密とした区画の情報、それを眺めながら私が下した結論はこうだ。

 かなり厳しい。

 結局の所、情報が解った所で私達が対峙する困難は変わらないという事だけが率直な意見だ。

 プラウダ高校は今年からBT-7やKV-1、2と言った戦車を戦力から完全撤廃した、そればかりではない、T-34シリーズの数を増力し、さらにISシリーズの増強も図っていたのだ。重戦車の増力は手ごわいし、更に撃破スコアの多い1軍戦力でも精鋭中の精鋭を主戦力として扱っている、一軍メンバー相当数のスコアと活躍を重ねたベテラン中のベテラン揃いだ。戦車道の臨時指導員として全国大会優勝へ導いた前年度の隊長・副隊長が参加しているのも大きい。今年の大会で1回戦、2回戦と対戦校を徹底的に叩き潰しワンサイドゲームに徹したという話も頷ける。

 さらに精鋭のサンダースが奮闘空しく撃破された光景も目の当たりにした今、少なくとも悲観的に考えれば到底勝てるような相手では無いだろう。

 ため息が漏れた。

 去年の全国大会ではプラウダはどうだっただろうか?私は自分なりに考えた持論を思い返す。

 ボンプル高校を初戦で文字通り虐殺し、ヴァイキング水産を葬り去ったプラウダは当時の隊長・カチューシャに率いられ前年の黒森峰撃破に浮かれながら快進撃を重ねていた、だが準決勝では油断に次ぐ油断で撃破された。

 彼女たちは、いわば「勝って兜の緒を締める」という戦いにおける重要な点を忘れてしまったとしか考えられない。呆れるようなフラッグ車の護衛、相手の過小評価、相手を舐めきった上での一時休戦による油断、更には大洗側の偵察による情報の露見。あれを奇跡的な勝利と評したり大洗のまぐれ勝ちと評する人間もいるが、私は断じて違うと言える、連中がバカだっただけだ。

 今年度のプラウダが同じ轍を踏むのであれば、こちらにだって勝機は充分ある。攻撃力を増した中戦車に、切り札のパーシング、クルーの経験値も高い。

 だが一番私が危惧するのは、私達自身が去年のプラウダになるのではないかという点だ。奇跡的な進撃を続けてはいるが、この成功と勝利の上でだらけきり慢心してしまったらどうなるのか?来年から準決勝で負けた笑い者に私達が名を連ねるだけだ。

 準決勝という正念場、私は少しでも勝率を上げるための戦術を考えるため、気合を入れなおして今後の対策を練る。こうなったら、予てから暖めていた「新兵器」を出すしかないだろう。

 

 その翌日、戦車格納庫へやって来た私はいつもの通り仲間達を挨拶をした。

「おっはよー、由里」

 理香がパーシングの砲塔からひょっこり顔を出している。他の皆は戦車の整備をしていたり、機銃弾や砲弾の積み込みをしていたり、あるいはやる事がなくただ単に各々お喋り等で、戦車道の開始まで時間潰しをしている。

 奈央、沙雪、橋本ちゃんもいるが、理香とパーシングの砲塔に腰掛けながら喋っていたが、私に気が付き挨拶を交わす。

「そうだ、由里。私達のイージーエイトが見当たらないけど」

 奈央が格納庫の中を見回して呟く。

 整備中ないし待機中の車両は7両、格納庫の端にはBTR-80があるだけで、シャーマンの見慣れたシルエットはどこにも無い。それもその筈だ、あの車両はここではなく別の場所へ置かれている。

「そろそろ紗江が取ってきてくれる頃合かな」

「……“取ってきてくれる”?」

 奈央が首をかしげたのと同じタイミングで、格納庫の外で戦車の移動音が鳴り響いた。

 格納庫の扉が開き、見慣れたシャーマンが入ってきた。

 操縦席から顔を覗かせているのは紗江だ、不慣れな操作で余裕が無いのか顔つきはいつになく真剣だ。砲塔からは自動車部の部長が顔を覗かせている。

 格納庫の中ほどでシャーマンは停車し、部長と紗江が降りてきた。

「注文どおりに仕上げたぞ、ほら」

 指差す先には、私達が乗っているイージーエイトが鎮座している。オリーブドラブ一色に塗装された見慣れた車体、だが、全体を見ると微妙に改造が施されている事がわかる。

 車体正面には溶接されて綺麗に繋ぎ合わされた増加装甲が見え、側面にも要所に追加の厚そうな装甲板が張られている。更に部長の指差す先には、砲塔の両脇を固めるように貼り付けられた増加装甲変わりの予備履帯があった。スマートで装甲も厚いパンターなんかに比べたら、中途半端に鎧を着込んで不恰好になった華奢な少女のような有様だが、現状そのままイージーエイトに比べたら随分とグレードアップされている。部長は淡々と説明を始める。

「見栄えは多少悪いが砲塔にも追加装甲代わりの履帯を付けておいた、気休め程度だが当たり所がよければまさかの一撃ぐらいは防いでくれるだろう。コンクリートは増加装甲にならんし丸太と土嚢じゃ格好悪いだろう。こんなもんで大丈夫か?」

「パーフェクトです」

「礼には及ばん」

 部長はクールに言い放った。

「主砲は前と同じく76mmだ。やろうと思えば17ポンド砲も積めるが史実に無い改造だからレギュレーション違反だし積めんな」

 ははは、と部長は笑うがそんなもん装填する羽目になるのかと隣の紗江は怪訝な顔を浮かべている。

「あ、先輩!そういえばこれ、ついに完成しましたよ」

 今度は橋本ちゃんが思い出したように、小脇に下げたトートバッグからある代物を取り出した。

 橋本ちゃんが手にしているのはタブレットPCだ。戦車道の予算で調達したそれには学校のコンピューター部に頭を下げて作ってもらったアプリが入っている。作戦指揮用の秘密兵器として作ったそれは、無線を操作しながら状況を把握するのに役立つスグレモノだ。簡単な操作で表示された地図上に敵戦車の位置を把握できるだけではなく、各々、車長に持たせたGPSと連動して各友軍車両の位置把握が出来るという、まさに戦車隊にとって国家機密レベルの最新兵器だ。

 もちろん大会のルールブックを隅から隅まで読みまわし、レギュレーションに違反しないよう最善の策を尽くして搭載したのがコレだ、戦車搭載の装備でなくあくまで個人の装備品……無線機や信号銃と同じ扱いの代物なのだ、各車両に搭載しているGPSも車長が携帯しているのであって、車両に積載しているのではない。サンダース大付属の無線傍受機なんて目じゃないまさに最新テクノロジーの産物、未来人のテクノロジーだ。

 役者も道具も揃った所で、私は手を叩き皆を呼び出した。

「全員注目!」

 皆が私の顔見る。

「今度の相手はプラウダ高校だけど、そのために用意した新兵器を後で車長に配布するから、各自使い方を覚えるように!」

 はい、と7人の車長が返事をする。

「それから、今日の練習メニューは対プラウダ高校戦を想定した特別メニューで行くわ。試合まであと少し、決勝を目指して気合をいれていくよ!」

 全員の「おー!」という掛け声が上がり、今日の訓練がスタートした。

 

 あっと言う間に試合の日はやって来た。

 試合会場は、大会の為に開放されたゴーストタウンと周辺区域。去年と同じ様な雪面での戦いは回避できたものの、開始地点で言えばすぐに市街地に逃げ込めるプラウダが優勢、郊外の田園・森林地帯から攻めるこちら側は不利という状態。更に言えば、天気予報では曇りのち雨と来た。

 不穏なものを感じつつも、私はこの試合の為に用意した全戦力を振り返る。強化されたイージーエイトに、新兵器であるタブレットPCによる連携機能、そしてプラウダ高校の対策のために行ったT-34を用いた仮想訓練。チームメイトの士気も高い。

 だが、勝利に対するイメージよりも不穏な想像が頭をよぎった。

 私達の正面に控えるのはプラウダ高校のチームだ。和気藹々と試合開始を待ち続けている彼女たちの後ろには、T-34/85が並んでいる。それに混じり、JS-2やT-44と言った戦車まで混じっている。数はこちらの倍近く、数えてみたが、まだ若干数に空があるのはまだ試合会場に戦車が入っていないからだろう。

 相手の編成を見るに、ようやく目の前の強敵と向き合う余裕が出来てきた。

 そんな中、談笑を続けていたプラウダの生徒たちが突然整列し、直立不動の姿勢をとる。

 何が起きたか?と思うと、プラウダ高校の戦車道顧問らしき女性2人が現れた。

 背が高く、能面のように冷たく無表情の女性と、肩車されている小柄な少女。私はあの2人が何者であるのかすぐさま見抜く、プラウダ高校の前年度隊長と副隊長、カチューシャとノンナだ。

 2人とも去年は3年生、すでに卒業した彼女らはプラウダ高校の制服ではなく私服だ。試合前の後輩たちに何やら叱咤激励しているのが見える。

「……何言ってんだろう」

 理香が私の隣で、目を細めながらその光景を見る。

「訓示でもやってるんじゃないんですか?」

 紗江は適当に理香の独り言に答える。

「あの2人、今年からプラウダ高校の戦車道非常勤講師やってるらしいから。多分その関係でしょ」

 アレクシアのくれた情報を頼りに、私は2人に補足の説明を加えた。

 やがてプラウダ高校の生徒達は解散し、戦車の整備と最終調整に移って行く。

 肩車をする例の2人と、1人の生徒が何やら打ち合わせをしながらこちらの前を横切ろうとしていく。

 あの生徒には見覚えがある。プラウダ高校の現隊長、イリーナだ。身長が低めの生徒が多いプラウダではやや目立つ身長、赤みがかった茶髪のポニーテール。顔は柔らかい表情を浮かべているが、瞳は険しい雰囲気を物語っている。

 その光景を眺めていると、不意にイリーナが足を止めてこちらを見た。

 すいません、同志、と2人へ付け加えるとイリーナはこちらへと向かってきた。

「由里、キレないでよ」

 理香が私をからかう。私がブチ切れる前提でこれから話をすると思うか、と私は理香に小声で耳打ちした。

 イリーナは私の前に立った。

「あなたが隊長?」

 よく通る声だ。ええそうですけど、と答える。

「プラウダ高校隊長のイリーナです。今日はよろしく」

 随分とストイックそうな雰囲気の人だ。ただ、イントネーションは無理して標準語にしている感じがある、やはりプラウダの人間だ。

「よろしくお願いします」

 軽く一礼をする。

 後ろに控えていたカチャーシャとノンナの2人は私達が気になったのだろうか、そのままこちらへと向かってきてイリーナの隣へ並んだ。

「あなたが信越学園の隊長?」

 カチューシャが口を開く、この声の高さ・体格・顔、全部取っても中学生、いや、下手すれば小学生にしか見えない。飛び級か?

「はい、隊長の菅野由里です」

「あたしが副隊長の東郷理香!」

「隊長車装填手の板倉紗江です」

 揃って私の後ろにいる2人が自己紹介をする。カチューシャは肩車されながら、誰よりも高い目線で私達の背後に控える戦車と整備・点検中の選手を見る。

 カチューシャはふぅーん、と目を細めてから笑った。

「中々良さそうなのを揃えているけど、たったこれっぽっちで私達に勝てるかしら?ねぇ、ノンナ?」

「実際に試合をしてみないと解りませんね」

 肩車をしているノンナはカチューシャの言葉に淡々と答えた。

「お言葉ですが」

 イリーナは2人の会話を遮るように呟く。

「この程度なら捻り潰せます。所詮は寄せ集めの戦車です」

 淡々と、かつ一切の嫌味も無くイリーナは言い放った。

 当人達を目の前に堂々と宣戦布告する姿に不愉快な気分になる。何故不必要なまでに私達の学校はバカにされるのか。

「紗江、シャーマンの同軸機」

 私が言いかけた所で遮るように理香が私の肩に手を置いた。目が語る“今は堪えろ”と。

「まぁまぁ、とにかく今日一日、正々堂々と戦いましょう!ね?紗江」

「え、は、はい、そうですね」

 理香と紗江が冷や汗をかきながら笑顔を浮かべる。

「それではこれで」

 イリーナは一礼すると、踵を返して立ち去る。

 カチューシャも「バイバ~イ」と手を振り、ノンナは軽くお辞儀をして立ち去っていった。

 3人の人影が遠くなった頃、ようやく無言だった2人が一斉に私を見た。

「突っかかられる度に抑える身にもなって下さいよ!」

 珍しく紗江が私に声を荒げて嘆願する。

「相っかわらず瞬間湯沸かし機は直んないね」

 理香は苦笑いを浮かべながら、修羅場回避に胸をなでおろしている。

「別に大丈夫。この後ブチのめすから」

 そうだ。別にケンカ売られても継続高校の時を同じく、売られた喧嘩を買えるチャンスはすぐ目の前にある。

 この後ゆっくり嬲って潰して徹底的にプライドをへし折るチャンスはあるのだから。

 私の顔を見て紗江と理香の顔が青ざめた気がするが、気のせいだろう。

 

 今回の試合における編成は以下の通り、

1号車(M4A3E8 イージーエイト改)

2号車(チャーフィー)

3号車(チャーフィー)

4号車(コメット巡航戦車)

5号車(パーシング)

6号車(T-34/85)

7号車(四号突撃砲) フラッグ車

8号車(四式中戦車)

 の編成だ。T-34/85は相手チームも使用するという事なので、ダークグリーンの塗装を廃して灰色のデジタル迷彩基調に再塗装されている。これなら間違えて誤射する心配も無いだろう。

 四号突撃砲は今回はフラッグ車として後方に配置する、必要とあらば護衛付きである程度前線に出し、援護用に使う。

 整備とチェック、砲弾の積み込み、そして燃料の補充も完了し、私はチームの全員を招集した。イージーエイトの砲塔に立ち、皆の顔を見渡しながら今日の試合について語る。

「今日の相手はプラウダ高校。強豪中の強豪よ。ここまで来たら言う事も特に無いから、言わしてもらうのは一つだけ」

 すぅ、と息を吸い込んでから皆の顔を見回す。

 やはり不安を隠せない全員の顔、だが、皆から闘志を引き出すのは隊長である私の役目。

 だからこそ、ここはガツンと言わなければならない。

「プラウダをぶっ潰すぞ!全員乗車!!」

 はい!!と全員の声が重なり、各々が戦車へと乗り込む。

 試合開始はすぐそこだ。

 

 試合開始の合図が鳴った瞬間、戦車隊はスタート地点である放棄された田園を突っ走り始めた。

 殆ど平地と変わらない地形か、スムーズに戦車は進んで行く。

 キューポラから半身を乗り出し、私は周辺を見回していたが、そのうちに顔に冷たい液体が一粒、張り付いた。やがてぽつぽつと鉛色の空から水滴が降り注ぐ。

「……降ってきたか」

 忌々しげに私は天を見る。小雨程度かと思われた雨粒は、次第に大きな雨粒となってシャワーのように降り始めた。

「風邪ひきますよ、そろそろ降りましょうよ」

 紗江の言葉を聞き、私はキューポラから身を降ろした。

「最悪のコンディションだなぁ……試合やりたくないなぁ……」

「由里の本音が出たね」

 ははは、と奈央が笑いながら言った。

 強豪プラウダを相手にしているが、全員リラックスしている。かと言って浮かれている訳でも無さそうだ。

 無線から暢気な歌声を流しっぱなしにしているバカを除いて。

『れーばーのーん♪ぼーけんどー♪れーばーのーん♪』

 マイクをONにしっぱなしで忘れているのか、理香の歌声が無線に混じる。

「……理香、その歌は洒落にならないから止めてくれ」

『何で?』

 歌について何も言わないあたりわざとONにして歌っていたのだろう。

「縁起が悪い」

 理香は90%わからないで歌っているであろうその曲、紗江とやった映画鑑賞会で私にある種のトラウマを与えた某映画の劇中曲だ。最高に縁起の悪い歌詞と、戦車乗りなら絶対に経験したくないシチュエーションを思い出して私は本当に気分が悪くなる。

「だったら別の音楽でも流せば?」

 奈央が運転しながら話に割り込む。

「……気乗りするいい曲がありますよ!」

 紗江はそう言うとポケットからMP3プレイヤーを取り出す。

 ふふん、と上機嫌に笑いながら紗江はプレイヤーを操作し、ラジオDJのようなノリノリの語り口でお気に入りの曲を流そうとする。

「今日の試合会場は生憎の雨模様、そんな湿っぽい空気を吹っ飛ばす最高にイカした曲を流しましょう!お送りするのはCCRで“Fortunate Son”!」

「あーもう……」

 おいおいここはベトナムか。

 そうこうしている内に、橋本ちゃんが無線ごしに何かを聞き取った。

「先行中の2号車が会敵したそうです」

 橋本ちゃんの一声に私はピンと緊張の糸を張る。

「数は?」

「T-34が2両、恐らくプラウダの前衛かと」

 ふむ、予想していたよりは少ないな。私はタブレットPCを操作して位置をマーキングする。

「フラッグ車の護衛はこっちでやろう、2号車はそのまま後退、残りは2号車と合流して先鋒を攻撃」

 相手の出方はまだ解らないが、とりあえずは攻撃に回ろう。

 イージーエイトの周囲を囲っていた戦車達が続々と追い抜き、先鋒との接敵向かう。

 とりあえず物量で攻めてくるなら敵のフラッグ車を一点集中し撃破するか、数をジリジリ減らして狙うかのどちらかだ。博打に近い前者は取り消して、今回は後者を選ぶ。

 単純な攻撃力ならこちらも負けていない、日頃の訓練と今大会で築いた経験さえあれば……倒せる。

 手元のタブレットPCには各車両の位置と大まかな敵の位置が地図上に表示されている。全戦力というほどではないが、この戦力なら前衛程度は楽に撃破が出来るだろう。

 全車両が会敵するへと位置へと来た瞬間、遠巻きで砲声が幾多にも重なって響いた。

「……!?」

 T-34の85mm砲と思しき砲声。しかし、あまりにも数が多すぎる。何事かと思った瞬間、無線から悲鳴や怒号が流れてきた。

『きょ、挟撃だ!囲まれてるぞ!』

『撃っても撃っても湧いて来るよ!』

『こちら8号車!撤退を要請します!』

『3号車です!至急撤退を!』

『あちこちからT-34が!!』

『おらぁぁぁ!!!パーシング舐めんな露助!!!90mmを喰らえ!!!』

 無線から流れる阿鼻叫喚の地獄絵図に私は思わず耳を疑った。

「全員落ち着いて!何があったか状況を報告して!」

 私の声に、8号車の山口ちゃんが応答する。

『プラウダ高校の本隊が3方向から接近中、その数10両、全車両で応戦中です!』

 その数を聞いて私は思わず意識が遠のきかけた。

 プラウダ高校の総戦力である15両中10両という途方も無い数が先行しているチームに襲い掛かっているのだ。私は思わず生唾を飲み込む。プラウダの常套手段は防御からの反撃だ、こちらがイケイケで攻めて行くうちに大戦力で反撃し、形勢を逆転させて相手チームの背中を追いかける。だが今回は違う、これは明らかな電撃戦だ。

「…フラッグ車は所定の退避地点へ移動。全車両は応戦しつつそのまま後退!!」

 了解、と無線越しに返事が返る。

「よーし……奈央、このまま前進」

「えっ、だって、プラウダ高校の本隊が……」

「一体誰が殿を勤めるの?理香のパーシングが頼み綱なんだから、早く行って!」

 奈央は腹をくくりイージーエイトを前進させる。紗江は砲弾を抱え、沙雪は黙って照準器を覗き続ける。

 暫く走ると、応戦をしつつ後退を始める先遣隊の姿が見えてきた。その更に向こうには前進を続けるプラウダ高校の攻撃隊が見えた。こちら側の損害は無いが、相手側にも損害はない。むしろ数で押されているマズい状況だ。

 私はキューポラをあけ、身を乗り出すと双眼鏡を覗く。

 数を確認し、攻撃を始めてくる戦車達の種類を見分ける。

「T-34/85、JS-2……」

 ダークグリーンで塗られたプラウダ高校の主力戦車たちがこちらへと前進して来ている。そこで、私は見たく無かった戦車の姿を確認する。 

「あ、は、ははははは……」

 半球のように丸まった砲塔、そこから突き出る長い砲身。ダークグリーンの塗装が施されたその異様な重戦車に、思わず乾いた笑いが漏れる。

 JS-3重戦車。ソ連軍が開発した、ドイツ戦車を撃破するために開発した強力な戦車にして戦後の主力戦車としても使用された、まさに化け物と評していい代物だ。被弾傾斜に優れた砲塔に重装甲、そして長砲身の大口径砲による絶大な破壊力。今の信越学園にとってはパーシングが相手になっても厳しい代物だ。あれほどの戦力と互角に戦うのはかなり厳しい。

「隊長!どうしたんですか!」

 紗江が叫ぶ。

「プラウダがJS-3出してきた!」

 私の言葉に紗江は思わず固まる。

「JS-3……まさか」

「指示を出せ、由里」

 沙雪が照準器から僅かに目を放し、こちらを見て呟く。

「こっちの射程圏内に入ったら、片っ端からぶっ放せ!後退の援護だ!」

 劣勢な以上、こうなったらやる事はただ一つ、後退だけだ。

 イージーエイト後退中の車両と合流する。その瞬間、目の前にいた四式中戦車が派手に主砲をぶっ放した。砲声と共にプラウダのT-34/85に砲弾が命中し、煙を上げて車両が停止する。

『1両撃破!』

 流石は山口ちゃん、1年最強のルーキーは格が違う。

 初撃破の余韻に浸る間もなく、理香のパーシングが停止し、砲塔を指向させる。

『遅いよ理香、これからどうする!?』

 無線越しに聞こえる理香の声に私は笑みを浮かべながら答える。

「言ったでしょ、後退!」

 沈黙が各車両から返る。

『やれますよ隊長!』

『撃破できたんですよ、やれますって!』

『攻撃しましょう』

 全員から不満げな声が漏れる。

「 後 退 」

 沈黙と共に一斉に各車両が後退を始める。

「ったくもう……」

 私は素の調子が出た事を恥ながら、ようやく言う事を聞き始めた全員に安堵を覚える。

 今、この重要な場面でいちいち迷っていたら全滅する。相手が得意とする待ち伏せ戦術につなげるには絶好の機会なのだ。

 それにこの場にいないプラウダの残り5両がどこから襲ってくるかも解らない、下手に相手の懐へ突っ込むのは得策とは言えないし、JS-3のようなバケモノを持ち出されたからには迂闊にパーシングを失うわけにはいかない。

「追撃、振り切れますかねぇ……」

 紗江が不安に呟くが私は新兵器の画面を見る。

「こっちには最新のテクノロジーがある、そう簡単にやられないわ」

 私はタブレットPCを取り出し、画面を操作する。

「各車両へ、これから指示する地点まで退避!こちらが指定するルートを利用して、敵を振り切って移動して!」

 

 十分後。どうにか逃げ出す事に成功し、それぞれ分散して山道・丘陵の影・建物の影などに各車両が隠れる。タブレットPCで位置確認が終わると、私はひとまず安堵した。こちらの損失はゼロ、対するプラウダは損失1両。先制攻撃はこちらが成功したが、それでも俄然プラウダ優位である事は変わらないし、向こうの虎の子であるISシリーズはいまだ健在だ。

 待機命令を出す中、私は独り思案する。先ほどから車内は沈黙しっぱなしだ。

「……偵察するか」

 ポツリと呟くと隣の紗江が私を見る。

「こんな雨の中で?」

「じゃなきゃどうしようもないでしょ」

 タブレットPCで地図を確認し、大まかな偵察位置を割り出す。各車両から1人ずつ、15分ほど偵察を出してプラウダの出方を見る算段だ。

 橋本ちゃんに画面を渡し、各車両に説明するように伝える、解りましたと橋本ちゃんは答えた。

「こちらからも偵察は出しますか?」

 もしかして私が行くので?と言いたげな顔で紗江が言う、車内をぐるりを見渡す。全員が私の顔を見ている。

 私は近くに置いた道具箱代わりの機銃の弾薬箱からトランシーバーを取り出し、ポケットにねじ込もうとする。

「……私が」

「私が行きます!」

 紗江が挙手してごそごそと車内に持ち込んだバッグからレインコートを持ち出した。

「隊長自らが偵察に行くなんて本末転倒ですよ、こういう仕事は装填手に任せてください!」

 えへん、と紗江は胸を張るが不安である。流石にこの雨の中出すのは酷ではあるが……

 私はポケットからトランシーバーを出して紗江に渡す。

「危なくなったら戻ってくる事、それから……風邪はひかないようにね」

「はい」

 人懐っこい笑顔を浮かべて紗江は車外へと出て行った。

 

「他のチームから報告です」

 橋本ちゃんがタブレットPCを私に手渡す、画面をタッチし、各車長からの報告をデータを受け取る。逃げ回り分散する私達を捜索するように、プラウダも分散して行動を開始したらしく、等間隔に数両のT-34とT-44が周辺地域を哨戒している。ただし相変わらずフラッグ車は見えず、ここには存在していない。

「どう思います?相手は分散しています、こちらが隙を突いて離脱して、市街地まで向かえば――」

 橋本ちゃんの進言を聞くが、正直、良いプランとは言いがたい。

「有利な場所へ逃げ込もうにも、この警戒を見ていると突破は無理そう……一度見つかれば殺到されるし、確実に被害が出るよ」

 一通り報告を聞いていたが、紗江からは連絡がない。

 私はトランシーバーのスイッチを押す。

「こちら1号車、紗江、聞こえる?どうぞ」

 返事は返って来ない。

 ただ、紗江もスイッチ自体は押しているのだろう。雑音混じりだが、環境音が聞こえている。かなりの至近距離を走る戦車の音だけが。

 数秒ほど聞こえてから、やがて通話は切れてしまう。

「紗江?紗江!!」

 トランシーバーからは何も音が聞こえてこない。何がどうなっているのか。

「返事して!紗江!!」

 暫くの沈黙の後、雑音交じりの音声と共に紗江の声が響き渡った。

『プラウダ高校のT-34が追跡中です!急いで逃げま―――』

 その瞬間、エンジンの轟音が遠巻きに聞こえ、通信が途絶えた。

「何があったの?」

 奈央が不安げに私へ尋ねてくる。

「……紗江にトラブルよ。くそっ」

 私はポケットにトランシーバーをねじ込むと、弾薬箱からもう1個取り出し、橋本ちゃんに押し付ける。

「橋本ちゃん、連絡頼んだ」

「えっ、あのっ、何を?」

 困惑する橋本ちゃんを尻目に、私は端的にするべき事を説明する。

「当面の指揮は理香に頼むよう言っておいて、とりあえず交戦厳禁、逃げるか隠れるかどっちかにする事。それからフラッグ車の安全第一!偵察に出た全員には各々車両へ戻るよう伝える事、いい?」

「指揮官は由里だ、外に出てどうする」

 沙雪が呟く。

「……紗江がプラウダ高校に追跡されてやばい」

 奈央の表情が険しくなる。

「私が確実にここまで連れ戻してくる、後を頼んだ」

 返事も待たず、私はキューポラをあけて外へと飛び出した。

 

 しばらく走ったり歩き続け、紗江を向かわせた地点まで到着した。

 すでにユニフォームは雨に濡れ、ブーツは泥まみれになっていた。地図を見ながら、周辺を見回してみる。

 雑木林、田んぼ、泥道、それ以外何も無いだだっ広い場所だが、雨と天気で視界は悪い。

 私は道の真ん中で大声を出し、紗江の名前を叫ぶ。返事は無い。

 もう一度トランシーバーの通話スイッチを押す。

「紗江?どこにいるの、今I-7地点まで来てる。近くにいるの?どうぞ」

 返事は返って来ない。

 だが、それと同時に人影が道の向こうからこちらへ近付いてきた。紗江だ。

「紗江!?大丈夫」

「隊長!なんでこんなところにいるんですか!」

 紗江は私を見て目を丸くする。

「いきなり通信が途切れたら心配して……っていうか大丈夫?」

「そんな事よりも、追跡しているT-34がこのあたりをまだうろついてます、早く逃げないと」

 紗江はマップケースの地図を参照しながら私へ説明する。

「ちょっと待って紗江、こっから先は畑しかないから隠れる場所は――」

 と言い掛けた所で、遠くからエンジン音とキャタピラの音が鳴る。

 戦車だ。しかし、このエンジン音は聞きなれたタイプの物、プラウダも使っているある戦車の音……

「来ました、T-34です!」

 紗江が一目散に走り始める。

「うそ…」

 エンジン音が聞こえる方向には、ダークグリーンに塗装されたT-34が現れた。そのT-34は砲塔をこちら側へと向けて、ハッチから身を乗り出した車長と思しき生徒が、何やら大声で叫んでいる。

 かろうじて「動くな」と言っている事が解るが、本能的に私の足は一歩、二歩と後ずさる。

 その瞬間、T-34の同軸機銃が吼え狂った。

「!!」

 曳航弾の混じった1連射が私の十メートルほど隣にあった雑木林に吸い込まれるように命中した瞬間、私は何も考えずに紗江の後を追って走り出した。

 履帯の回転する音が迫り始める。

 自分達が乗っていた戦車が、生身ではこれほどまでに恐怖の対象になるとは思ってもいなかった。戦車内にいる私たちは装甲に守られているし、それが破られてもカーボンが私達の命を守ってくれる。

 だが生身の身体ではどうだ?

 同軸機銃の弾丸は実弾だ。流れ弾だろうが何だろうが当たれば肉を切り裂く。私達が来ているユニフォームやヘルメットも銃弾相手には何の防御力も無い。

 砲弾だって、当たれば死ぬだろう。

 ましてや榴弾が直撃しようものなら木っ端微塵だ。せいぜい運よく体の一部が残ればいい方だろう。

 私は焦りながらも、ブーツで泥濘を蹴りながら走り続ける。林を抜けると、そこにはだたっ広い畑があった。紗江に追いつくと、私は叫ぶ。

「何でプラウダの連中が撃ってきてんの!!」

「知りませんよ!!」

 後ろではそんな悪路を物ともせずに、T-34が私達を追い続けていく。本気を出せば私達にあっという間に追いつくが、あえてそうしない。嬲り殺しにする気か。

 そして――横で並んで走っていた紗江が足を滑らせる。転げ落ち、泥や水が跳ね上がりずぶ濡れのユニフォームを汚く染め上げる。

「紗江!」

 一瞬だけ気を取られた私を尻目に、紗江は力強く立ち上がる。

「隊長!早くっ!」

 同軸機銃の発砲音。おもわず私は泥まみれになるのを承知で水溜りへと伏せる。

 そこでようやく私は舌打ちをした。伏せる必要なんてないのだ。頭上の遥か上を、曳航弾が飛んでいるのだから。

 最初から狙う気のない発砲……つまりこれは威嚇だ。今頃T-34のクルー連中は大笑いをしている事だろう、勝手に泥の中に私が飛び込んだのだから。

「くそったれ…!」

 私は悪態を吐きながら紗江と共に走り続けた。

 生身の状態で相手チームの戦車に追い掛け回された事など今までの試合であっただろうか?

 あるわけがない。戦車道においては選手そのものに対しての攻撃は反則であり禁止行為だ、もしも攻撃して負傷させようものならその学校は大会出場停止だってあり得る。だが威嚇するという行為を禁止する項目はルールブックには記載されていた記憶がない。まさにプラウダの戦術はグレーゾーンだ。

 まだシュヴァルツ・ヴァッサーがまともに思えるほど、今の戦いは狂気に満ちている。

 プラウダの隊長は勝利に貪欲だ、勝ちのためなら相手校の選手を殺しかけるくらい何とも思っていない。

「気をつけてください!足元!」

 紗江の言葉に私は不意に視線を下へ向けていった。柵も何もない、1本の用水路が私達の前を通っていた。ジャンプで飛び越えれる幅だが、増水していて流れが急だ。

 決断に迷う暇もなく、私は幅の狭い用水路をジャンプして飛び越える。紗江も同じようにジャンプした。

 後続のT-34は停車すると、またも機銃を発砲した。曳航弾まじりの弾幕が頭上高く撒き散らされる。まるで「どこにも行かせないぞ」という遠吠えのような、意味の無い攻撃。

 

 私と紗江は息を切らしながらも走り続ける、戦車の影が見えなくなるまで走り続け、やがて田畑の真ん中に建てられた掘っ立て小屋――恐らくは農具かトラクターを入れる納屋か――にたどり着き、小休止の為に、小屋の中へ腰を下ろした。

 紗江は肩で息をして、恐怖の表情を顔に浮かべたまま、何も言わず呆然としている。私は泥まみれになったユニフォームの胸ポケットを探る。地図は泥と水で使い物にならないくらい汚れていた。

「紗江、地図ある?」

 私の問いに紗江は答えない。完全に固まっている紗江の肩を掴む、反応は無い。

 私は紗江の肩を掴んで揺らす。あっ、という短い声と共に、紗江は急激に正気を取り戻す。

「す、すいません、あの、こんな事、初めてで」

「いいのよ、私も初めてだから」

 今まで戦車道の試合は幾度と無くやってきた、練習だってその数倍くらいやってきた。

 でも、生身で戦車に追い回され、挙句、威嚇とは言え機銃をぶっ放されたのは私も初めての経験だった。安全な弾丸、そしてシステムが構築されているとは言え、あまりにも危険な行為。

「……偵察が裏目に出た」

「……すいません」

 紗江が謝る。私はすぐさに頭を振る。

「気にしなくていい。100%プラウダの連中が悪いし、こんな中で偵察に出した私も悪い」

 それから、私はポケットに入れた地図が駄目になっていた事を思い出し、改めて紗江に地図が無いか尋ねる。

「あります。殆ど偵察の情報は入ってませんけど……」

 そう言いながら差し出されたのは防水のマップケースに入った地図だ。流石は紗江だ、ここらへんは抜かりが無い。

 地図を確認しながら、私は現在位置を確認した。ちょうど私は、フィールドに存在する田園のど真中に迷い込んでしまっているらしい。シャーマンが待機している地点……近くの山林からは、かなり距離が離れている。こうなったら取れる手段は一つ、仲間の戦車に拾ってもらう事だけだ。

 私は腰のトランシーバーを手に取る。泥が少し付いていたが、起動に問題が無い事を確認すると通話スイッチを押す。

「橋本ちゃん?この通信を理香と繋げてくれる?どうぞ……あー……理香、聞こえる?紗江と合流したから、次の指示に移れるよう準備しといて」

 一瞬の間。

『由里!?大丈夫なの?さっきからずっと連絡が取れなかったけど、大丈夫?』

 あの野朗どうぞの一言を忘れてやがる、と思いながら私は話を続ける。

「今の所は私も紗江も無事、それよりも偵察に出した他のチームはどうなったの?みんな無事に戻ってきた?どうぞ」

『うん、みんな戻って来てる。後は2人の帰り待ちだけど……』

 私は地図を開き、グリッドを確認する。

「隊長代理の仕事はちゃんとやってよ、とりあえず全車両を合流させて。とりあえず真正面から戦おうとは思わない事、防御一点、安全な場所への退避をお願い」

 理香は私の言葉をすぐに復唱した。理香も副隊長としての役割をよくやってくれている。随分と心強い。

『わかった、後は?』

「……ユニフォームの予備を頂戴。以上、通信終わり」

 私は腰のポーチにトランシーバーを押し込んだ。

 

 雨が強くなってきたのか、小屋のトタン屋根に当たる雨音が次第に激しさを増していく。

 曇り空と、雨で悪くなった視界でぼんやりと田園風景を眺めながら、私は紗江はじっと、回収の戦車が来るのを待つ。

「隊長」

 沈黙を破るかのように、紗江が私を見た。

「……何?」

「あの……その……」

 紗江はしどろもどろになりながら、答える。

「降伏、しませんか」

 突然の提案に、私は一瞬それでもいいかな、と思ってしまう。

 全国大会という、競合がしのぎを削る戦いで準決勝までたどり着けただけでも奇跡なのだ。それだけでも儲け物だし、私たちにとっては快挙に近い事だろう。

 ただ、

「……プラウダが勝っちゃうよ。それでもいい?」

 勝つのはプラウダ高校だ。それも相手側が自ら降伏するという前代未聞の行動。

 生身で戦車に追い掛け回されて恐怖に怯えながら降伏。冷静考えれば今まで私達が受けてきた中で最大の屈辱だ。強豪校に屈した結果、敗北の文字と情けない失態を晒して学園艦に帰るのは絶対に嫌だ。

「でも、見たじゃないですか!プラウダ高校は本気です、絶対に私達を殺すぐらいのつもりでいますよ!」

「落ち着いて紗江」

 私は紗江をなだめる。

「落ち着いて」

「……はい」

 私の目を見て紗江は大人しくなった。

『先輩、聞こえますか!?』

 静寂を突き破るように橋本ちゃんの声がトランシーバーから響く。

「ええ、聞こえているわ」

『全車両の退避完了しました、今最寄の戦車は私たちだけです、今から救出へ向かいます!』

 ありがとう、と返事を返すと。私は紗江の肩を叩いた。

「さ、戻ろう。私達の愛車に」

 

 納屋を出た私達は、田園を抜けて森と林を駆け抜けていく。

 地図が正しければこの先にあるのは緩やかな丘陵、その向こうにはイージーエイトが私達を拾い上げる為に待機している。プラウダ高校の戦車による奇襲を警戒しながら、私達は無事に戻れる事を祈る。

 目的地が近付く中、トランシーバーを引っつかみ、通話スイッチをONにする。

「橋本ちゃん、位置は!」

『もうすぐです先輩!』

 林を抜けた私達の前見慣れた車体が丘陵の向こうから現れる。私達の愛車、イージーエイト。まさに渡りに船、遅れてやってきた救世主。

「やりましたね」

「そうね、これで……」

 私の言葉を遮るように、エンジン音が瞬く間に近付いてくる。

 後方で若木を踏み潰しながらT-34が現れた。

「今だ、走るよ!」

 私は地面を蹴って茂みから身を乗り出した。

 シャーマンと私を見つけたT-34が再び前進を始める。砲塔が指向をはじめ、私とイージーエイト、どちらを捕えるか悩むように左右へ動く。

 地面の泥を蹴り、水溜りの雨水を跳ね、私と紗江は全力でイージーエイトへと向かう。体育祭のリレーでラストスパートを走るかのように、私は足はかつてないほど速く動く、だが、それよりも先に紗江が追い抜く。

 心臓が早鐘のように脈打ち、息が切れ掛かる。スタミナ切れだ。

「隊長!急いで!」

 先にシャーマンに乗った紗江が、車体へよじ登りキューポラを開けながらこちらを向いて叫ぶ。

 だか、それよりも息が切れかけていた私は思わず走るスピードを緩めてしまう。その瞬間、ぬかるんだ地面に足を取られて姿勢を崩す。

「っ!」

 またも転び、地面へ二度目のダイブを決め込んだ。

 泥を跳ねた私は今度こそ嫌気が差してきた。私を追い掛け回すプラウダのクソやこんな天候で試合を強行し、ぬかるんだ地面になりやすいフィールドを選んだ連盟のクソもみんな死んで地獄に落ちろと悪態をつきたくなる。

 追いかけてくるT-34は今どこにいるのか、不意に気になった私は起き上がりながら後ろを振り向いた。

「……そんな」

 T-34はシャーマンからさほど離れていない距離――約50メートルほど先にいた。イージーエイトが反撃のために砲塔を指向させるが、遅い。

 その黒く、底が見えない砲口から閃光と炎が迸った。

 私の前で地面が爆ぜる。爆発と共に泥や土が巻き上げられ、爆風と衝撃が私の身体を突き飛ばすように圧し掛かる。

 鉛色の空が私の視界へと映り。

 

 全てが闇の中に落ちた。




【解説&こぼれ話】
■タイトル元ネタ
映画「デスティネーション・トーキョー」
■イージーエイトの改修
全て実際に戦地で行われた改修内容。増加装甲を取り付けたり、増加装甲代わりに予備の履帯を砲塔へ貼り付けるという手段は実際に行われ、中には丸太を付ける・コンクリートで装甲を固める・土嚢を前面に積み上げるという苦肉の策も実施されたが、どれも実際はそれほど機能しなかったという。いかにシャーマンが西部戦線で苦戦したかを物語っている。
■イリーナ
オリジナルキャラクター。プラウダ高校の新隊長で、原作のあのフラッグ車にいた面子の一人という設定。日本人の名前で、かつ外人名の名前にもなる場合はどうすれば?と考えた結果「入江玲名」という本名も考えたがまだ本編には出していない。
■カチューシャとノンナ
原作のキャラクター。卒業後は何をしているか?と妄想した結果「大学に進学しつつも非常勤の戦車道教官というアルバイトで活躍中」というネタを思い付き採用。
■IS-3
プラウダ高校の新戦力として登場。大戦後に公開され、西側を驚愕させた重戦車であるが、レギュレーションには違反していない。戦後のソ連軍主力戦車の礎を築いた戦車の一つで、大戦後の戦勝パレードの映像により西側を驚愕させた。
■T-34/85のデジタル迷彩
ACU迷彩と同じパターンに塗装された戦車、というネタは初期に考えたネタで「現代的な迷彩と戦術に基づいた戦車道の戦い」をやろうとした名残。
■「れーばーのーん♪」
映画「戦場でワルツを」が元ネタ。ちなみに由里が不吉だ、と言っているのはその映画のワンシーンでパレスチナ人ゲリラの襲撃を受けメルカバが撃破され多数の戦車兵が戦死するシーンがあるため。
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