ガールズ&パンツァー Bad Company Story 作:Colonel.大佐
戦車道の廃止撤回という朗報を聞いた翌日、私は搭乗車であるシャーマン戦車のクルーを放課後に呼び出す事にした。
ファミレス、喫茶店と選択肢は色々あったが、今回は甘味屋を集合場所にした。学園艦の商店街でも目立たない場所にある知る人ぞ知る店だが、前隊長のお気に入りの店で、私もよく連れてこられたので思い入れが深い店でもある。洋風の小洒落た狭い店内には、私と理香、紗江の3人と店員しかいない。
「まぁ、とりあえず廃止は回避したけどまだ問題は山積みだよねー」
ぜんざいを突っつきながら、理香はやれやれと言わんばかりにため息を吐く。
「予算もそんなに増えなかったですし、どうなっちゃうんでしょうね」
紗江も同じような面持ちであんみつを食べつつ、ため息を漏らした。
テーブルの上には、注文した皿に混じって書類が広げられている。このあいだ、生徒会から手渡された予算の書類だ。前年度と変わらない予算――だったら何とかなったのだが、まさにあてつけと言わんばかりに予算が減らされている。
戦車道は金のかかる武道だ。戦車を動かす燃料、消耗部品の調達、訓練や試合で使う砲弾、これら全てに金がかかる。戦車道の連盟から補助金や支援も出るには出るが、金持ちの強豪校以外は戦車の数もぐんと減るし、低コストで済む軽戦車や中戦車ばかりの編成になってしまう事が多い。
学園の自動車部が、無償でパーシング戦車のレストアと整備を嬉々として行っているので助かるが、この予算では新規の戦車を導入するのはかなり厳しい。
「とりあえず戦車の調達は後回しかな……改修キットを入手できればいいんだけど……」
改修キット、とは戦車をアップグレードするためのパーツの事だ。
戦車道で使われている戦車は、史実の戦車と異なる仕様の物も多い。まるでプラモデルを改造するみたいに、戦車を強化するパーツも世間には出回っている。
一番いいのはT-34/76を85mm砲搭載のT-34/85に、シャーマン初期型を17ポンド砲搭載のファイアフライへ改造する事だが、これも高い金がかかる。
頭を悩ませる中、店のドアが開き、待ち人が入店してきた。
「お待たせー!」「……遅くなった」
とびきり明るい声と、掠れるような小さな声。
快活でふんわりとしたセミロングが特徴の、シャーマン戦車の操縦手を務める三川奈央。そして、さらりとしたショートヘアと何を考えてるかわからない小声・無表情・無口の砲手、源田沙雪。2人とも私と紗江が乗るシャーマン戦車のクルーであり、去年1年間を共にした親友だ。
2人は私達と同じテーブルにつく、さっそく店員が注文を取りに来る。奈央はあんみつを、そして沙雪も同じものを注文する。
「で、今日は何の集まりだっけ、廃止回避記念パーティー?」
「そんなおめでたい集まりじゃない」
若干能天気な奈央の言葉に、私は突っ込みの言葉を入れる。
「まぁ、予算確保の問題は別にして、一番の問題は戦車の割り当てなんだよねー」
今日の本題を理香は切り出した。
「こうして1年間、シャーマン戦車に乗ってきたんだけどさ……みんな、シャーマン戦車から降りたい?」
私も単刀直入に、話を切り出した。
紗江は私をじっと真剣なまなざしで見ているし、奈央は目を丸くして固まり、相変わらず無表情の沙雪は何も喋らない。
僅かな沈黙が流れる。
去年は3年生・1年生という混合編成で試合や練習を行っていた。そのお陰か3年が卒業してから員数不足で運用できない戦車が殆どを占めていた。
操縦手と砲手はいても車長と装填手がいないと言った具合に、習熟したクルーが抜けている戦車が殆どであり、去年から引き続き同じメンバーで運用できる戦車は実質、私の乗るシャーマン戦車だけになっていた。
そこで、1年生と2年生で新たに編成を組みなおすというプランが持ち上がり、シャーマン戦車のクルーも入れ替えして、経験のあるクルーを均等に各車へ分配しようという提案を理香が出したのだ。
後はクルー達の返事次第だ。
「……私は降りたくないです」
紗江は名残惜しそうに意見を口にする。
「去年から皆で頑張り続けてきた車両ですし、私はこの戦車が一番好きです」
「私も……皆と一緒の方がいいし、それに一番操縦も慣れてるから、今更他の戦車に替えるのも……」
奈央も紗江と同じ意見らしい。
「このメンツなら正直どの戦車でも構わない」
対する沙雪はいつもの仏頂面で応える。
私が思っていた通りの返事が皆から返ってきた。
練習の合間を縫って他のチームにも同じ様な質問をしてきたが、返ってくる答えはまちまちだ。戦車を換えたいという人もいれば、このままでいいという人もいる。ここは個人の意見を尊重する事にしよう。
「うん、じゃあシャーマン戦車はそのままで」
「でも通信手いないじゃん、どうする?」
蚊帳の外だった理香の指摘に、私は答える。
「1年生に声かけて入ってもらう」
「1年生かぁ……どんな子が来るのかな」
奈央は新しい面子が楽しみで仕方ないという様子だ。
そんな中「お待たせしました」と奈央と沙雪が注文したあんみつがテーブルへ届けられる。
私は邪魔にならないよう広げた書類をまとめて鞄へと戻した。
「じゃあ改めて……廃止回避パーティーやろうね!店員さーん、ぜんざいおかわり!」
理香の一言に皆が微かに笑みを浮かべる。とりあえずは廃止回避の報を喜ぶ事にしよう。
おかわりや追加注文の品が来た所で、完全に話題は戦車道に関する雑談にシフトしていた。
「大体さ、黒森峰の装備はおかしくない?強豪校だからってパンターやらティーガーやら性能の高い戦車ばっかり大量に揃えてさ!『貧乏校には真似できないだろー、死ね!』って感じよね!」
追加注文したあんみつを突っつきながら、理香は呆れと嫉妬の混じった話を漏らす。
黒森峰は全国の戦車道でも最強の名を欲しいままにする学校だ。最近になってその最強神話も崩壊しつつあるが、未だにその強さと反則的な戦車の布陣は健在だ。去年の全国大会で重戦車マウスやヤークトティーガーというオーバーキルにも程がある大人気ない編成で大洗女子学園と激突したのは記憶に新しい。
「まぁ変態アニマル戦車軍団が相手なら、車内のカーボンが無かったら私達死んでますよね、消し炭になって」
にへへと笑いながら紗江が縁起でもない事を言う。
でも実際はその通りだろう。安全のためにカーボンでコーティングされているとは言え、88ミリ砲の砲撃をまともに食らったら大抵の戦車は行動不能になる。
戦車道も技術が確立される前までは、そんなに安全なスポーツでは無かったという話も聞く。技術の進化バンザイと言うべきだろう。
「ホントに去年は大人気ない試合ばっかりだったよね。知波単と黒森峰の試合なんて見に行った人いるの?」
理香の言う知波単、と言うのは日本戦車ことチハを主力とする学園の事だ。去年の全国大会では黒森峰を相手に惨敗し、その壮絶な散りざまに「運が無かった」「勝てる訳がない」と各所から辛辣なコメントを投げられている。
「最後のバンザイ突撃を見たい人だけ行ったんでしょ、あの試合は」
無論私は見に行ってない。
「あ、でも私は聖グロリアーナと黒森峰の試合は見に行ったよ」
奈央が意外な話を切り出し、隣の沙雪が珍しく興味を持つ。
「……どうだった?」
「序盤は聖グロリアーナも頑張ってたんだけど、黒森峰のティーガー軍団相手じゃ分が悪かったみたいで、結局フラッグ車のセンチュリオンが撃破されておしまい」
「いいなー、センチュリオン、うちも欲しかったな」
理香の言いたい事も解るが、現状は無いものねだりもいい所だろう。
「でも去年の黒森峰、大洗に撃破されたり翻弄されるの見るのは楽しくてスカっとしたなぁ……ざまぁみろって感じよね」
「いいなー由里、決勝見に行けたんだよねー……私も見に行けば良かった……追試さえなければなー……」
その後も、戦車道に纏わる雑談は続いていった。
パーティーも終わり、皆と別れるころには既に時計の針は7時近くを回っていた。
調子に乗って甘い物を食べ過ぎてしまい、別の意味で気分が重いが、私にはまだやらねばいけない事がある。前回、生徒会から渡された予算配分と必要分の消耗品の発注、更にパーシングのレストアに関する自動車部との打ち合わせ、追い撃ちをかけるように1年生の車両配置を考えたり、全員分の顔と名前を覚えなければいけないという仕事が待っている。
寮の向かい部屋にいるバカ――理香は帰寮してすぐに「じゃあねおやすみ☆」と言ったきり出てこない。
何の為にこうして隣さん同士という利点を加味して副隊長にしたのか解ってないのかこの女は。
私は頭を抱えつつ、椅子に腰を下ろし、机の上に書類を広げペンを手に取る。今日は徹夜決定だ。
まどろみの中に沈みかけ、意識を喪失しかけては書類へのにらめっこに戻るのを何回くり返したか、よく解らない。
時計の針は深夜2時。率直な話、辛い。
戦車道の練習トレーニングもそこそこ過酷だし、今朝起きてからぶっ通して動き続けたお陰か睡魔がかなりキツくなってきた。
そして、私が何度目かのまどろみに落ちようとした瞬間。
ぼとり、と暖かい何かが肩に触れた。
「――――ッッッッッ!!!!!!」
思わず声にならない声が漏れる。眠気が一気に飛んだと思いきや、
「じゃーん、頑張ってるねぇ」
ニヤニヤとパジャマ姿の理香が私の肩へ手を置いていた。
「殺すぞ」
「アハハ、由里ひさびさに素の調子が出てるねぇ。お疲れ様だね」
ため息が漏れた。何で私が頑張っているのにコイツは暢気に寝ていたのだろうか。
チェックしたり記入していた書類を何枚か手に取る、書き込む予定だった部分の大半は空白だ。作業効率が落ちて来てるし、本気で辛い。
だが、その一枚を横取りするように理香が手にとって眺める。
「新しい編成表ね……結局私はパーシングの車長で決定?」
「うん」
理香は暫くその一枚を眺めていたが、それをそっと机の上へと戻した。
「ま、さすがに新砲塔チハじゃこの先キツいから、遠慮なくやらせてもらうわ」
「はいはい」
私はまだ終えていない仕事――1年生の細かな人員配置表――を手に取ろうとした。
だが、それを遮るように理香は私の手を掴んだ。
「はぇ?」
思わず素っ頓狂な声が口から漏れてしまう。理香は僅かに笑っていた。
「ここから先は私がやっておくから、もう寝な」
「……」
あまりの信じられなさに私は言葉に詰まった。寝てた癖に?あの理香が「私はやっておく」だと?
どうやら私の考えていた事が顔に出ていたのだろう、理香は一瞬ムスっとした顔を浮かべながら、書類を纏めて自室へと持って行く。
「幾ら隊長だからって、こんなに根詰めていたら身体も心も幾つあっても足りないよ。とにかくもう寝なさい、いい?」
「ふぁい……」
扉を閉め、理香は部屋から出て行った。
理香も何だかんだで副隊長なのだ。隊長の私がやるべき事はもう少し、理香を信用してあげる事だろう。
そう思いながら、私はベッドにそのまま身を投げ込んだ。眠気を受け入れたその瞬間、私はぐっすりと眠りについた。
翌日。
戦車格納庫に設けられた、パイプ椅子を乱雑に並べたブリーフィングルームは、異様な熱気に包まれていた。
戦車道を受講した1年生、18人が初参加する事になったのだ。前は広々としていたこの部屋もかなりの人数が入っている。私と理香はホワイトボード前に立ち、ようやく隊長として初めての挨拶を始める。
「戦車道へようこそ。私が隊長の菅野由里」
「んでもって副隊長の東郷理香です!みんなよろしくね!」
簡単に挨拶を済ませると、理香は1年生たちの顔を見回してから、話を始める。
「それじゃあ1年生の人は端から、簡単に自己紹介をお願いね、それが終わったら2年生も自己紹介してね」
そして、1年生たちの自己紹介が始まった。
簡単な自己紹介が全て終わる。1年生も緊張の雰囲気はあまりない。
「……自己紹介ありがとね、それじゃあ次は大まかに何をするか説明するから、よろしくね隊長」
理香が私に話を振る。
「……戦車道が何なのか、前のプレゼンで話して知った人も殆どだと思うけど、実際はそんなに難しい感じはしないから、皆肩の力を抜いて、楽しんでやりましょう」
私はホワイトボードに貼り付けた、戦車の写真を指し示す。
「戦車を動かすには同じ車両に乗る仲間が、それぞれ役割を分担して連携を取る事が必要ね。操縦手、砲手、装填手、通信手、車長とそれぞれの役割が合わさって、始めて戦車は動いて戦う事が出来る」
説明をしながら、ふと私は去年の先輩――前の隊長を思い出していた。
あの人も、同じ様に今の2年生たちに、こうやって基本を教えていたんだっけ……
「初めは不慣れでも、そのうち自分に合った役割を見つけられるようになるから、自分は何をすればいいか?と迷わずに、積極的に役割を試すのが一番いいかな」
私はホワイトボードに、昨日作った練習メニュー表を貼り付ける。
去年はろくに戦車を動かす機会がなかったので、練習メニューも完全に一新している。
「移動・砲撃・編隊行動の基礎を中心に練習し、ある程度まで出来るようになったら、チームを組んで貰って練習試合をしていく方向で。後は基礎行動の質の向上を目指してひたすら練習をしていく感じかな」
練習メニューの詳しい説明を続けながら、私は皆の反応を見る。
1年生は真剣に聞いているし、2年生も新しいメニュー表に興味深々のようだ。
「一通りの基本行動が出来るようになったら、後は細かい部分での練習も行う感じで。とりあえず砲手担当の人は慣れてきたら命中率の向上と狙う時間の短縮、装填手は装填時間の短縮……出来れば個人での筋力トレーニングしてくれると尚良し。通信手は円環な連絡が取れるよう頑張る事、車長はクルー全員に的確な指示が出せるよう勤めたり、他の車両と緊密な連携がとれるように頑張りましょう」
と、口で言ってしまうのは簡単だが、実際にはかなり難しい話である。
「それと座学。実際の試合におけるセオリーや、敵戦車の性能把握、シュミレート、それから不測の事態における対処法など、全員がちゃんと把握できるように!今年は全国大会出場と勝利を目指すからね!」
「……まぁ、1年生は戦車道も始めてという人も多いけど、私達2年生がサポートするから安心してね」
理香が補足をする。さて、簡単な挨拶も終わった事だし、そろそろ本題に入ろう。
私は理香の持っていた編成表を手に取る。
「それじゃあ今日は基礎訓練から!まず1年生はこの表をさ」
「1年生の皆さんは好きな車両選んでいいからねー!定員割れしたらジャンケンで決めてね!戦車の数が足りないから、残った人は他に入れる戦車に入れてもらうようにお願いね!」
割り込むように、万遍の笑顔で説明する理香が、私が手に持った、ほぼ 白 紙 の編成表を奪い取ると、折りたたんでポケットに仕舞いこんだ。
頭の中で「?」が何個も浮かぶが、状況を理解した時には既に遅しだ。
「……編成考えておくってのはウソだったか……あぁ?偉いご身分だな、リスト受け取ってその後即就寝か……キャタピラで轢かれたいか同軸機銃で射殺されたいか榴弾で木っ端微塵にされたいか、どれだ?選べ」
「ちょっと由里本気で怖いやめて」
皆に聞こえない程度の小声だったが、昨日に引き続き皆に見せたくない素の部分が出てしまう。だがそんな事は今の怒りの前には些細な事だ。この仕事しねぇ・だらしねぇ・みっともねぇの三コンボを達成した副隊長を弾劾するのが先だ。
「でもまぁ、1年生にいきなり「コレ」に乗れっていうのも酷でしょ?自分の好きなように選択させた方がやってる方も楽しいわけだし、ね?」
「……」
そう言われるとぐうの音も出ない。1年生も和気藹々と格納庫に並ぶ戦車を選んでいるし、元から乗っている2年生も1年生に混じって「こっちもいいよ」「こっちに乗れば?」と楽しそうに声をかけている。
ここは私から折れるとしよう。
「あのっ」
眼鏡をかけた、お下げの1年生が私の前へとやってくる。
「シャーマン戦車に乗りたいんですけど、いいですか!?」
「……いいけど、通信手しか空いてる席無いよ?」
奈央の言葉に、1年生は頷いた。
「大丈夫です、私、中等部で戦車道やってましたし……それに、通信手の経験もあります!」
「えっ、まさかの経験者!?」
奈央が驚きの声を上げる中、私はすぐさま手元のファイルから彼女の履歴を探す。
中等部には「クラブ活動」という枠で戦車道がある。2年生にも当時所属していた人がいる。だが、中等部の戦車道と言えば、高等部よりも更に小規模であるし人気は殆ど無いと言っても過言ではない。それに私がいたのだから知っていてもおかしくない顔のはずだ。
「えーっと……普通科1年D組の橋本ちゃん……だっけ、私も中等部で戦車道やってたんだけど」
「3年になってから始めました!」
「即戦力です!採用!」
紗江が万遍の笑顔を浮かべる、沙雪は「新顔か」といわんばかりの目でじっと橋本ちゃんを見つめている。
「よろしくお願いします!」
橋本ちゃんは威勢よく挨拶をした。
車両も決まり、いよいよ初めての練習がスタートする。
1年生達は楽しそうに戦車へと搭乗を始め、2年生も手馴れた様子で戦車を動かし始める。
指揮車両代わりのシャーマンのキューポラから身を乗り出し、それらの光景を遠巻きに見つめながら、私は何か不備が起きないか心配していた。
「みんないい選手に育つかな」
シャーマンの砲塔に腰掛けながら、乗る戦車がない理香が双眼鏡とマップケースの準備を始める。
「一番理想的なのは、百発百中の砲手、素早く装填できる装填手、車体のコントロールを的確にこなせる操縦手、情報を逐次把握し連携を行える通信手、クルー全員を纏め上げ的確に指示を与える戦車長。この組み合わせなら戦車の性能を最大限まで生かせるし、チームの有効戦力になる……」
だが、これら有能なクルーが揃うのは本当に稀だし、育てるのも一苦労だ。
「まぁ……現状1年生は厳しそうかもね。でも大体の事は出来るようになったから、後は経験だけだよね」
奈央も珍しく私達の会話に混ざる。
「でも、2年生も経験はあまり無いですよ?ただでさえ去年の試合は3回しかありませんでしたし……」
紗江も不安そうだ。
「ま、何とかなるでしょ。今後の訓練の成果に期待って事で」
と、前方から激しい衝突音が鳴り響いた。
一列縦隊を作って先頭を走行していた戦車がエンストで停車し、後続車両が一斉に玉突き事故を起こし、凄惨な様相を呈していた。
「……橋本ちゃん、各車両の車長と操縦手に降りるように伝えて。もっかいガイダンスやるから」
どうやら道のりはまだまだ長いらしい。
1年生を迎えた最初の練習は夕方近くまで続いた。
ガイダンスを兼ねた基礎訓練であり、尚且つ戦車道経験者はごく僅かという事もあったが1年生は平均してレベルが高かった。
2年生が搭乗し、サポートをしながら基礎を教えるという方式を取ったお陰もあるが、初めてにしては皆飲み込みが良い生徒ばかりだ。操縦や砲撃、装填で多少つまづく場面はあったものの、皆頑張って役割を果たそうとしている感じだし、練習が終わる頃には全体の動きもかなりマシになっていた。
これは行けそうだ。
それから、時間はあっという間に過ぎていった。
授業終了のチャイムを聞きながら、私はすぐさま教室を離れ、戦車格納庫へと向かった。
1年生との顔合わせから一ヶ月、週6日、休日の練習も含むハードな練習メニューをこなす中、この信越学園の戦車隊もかなり形になってきた。
隊列を組んだ作戦行動、移動、射撃、装填、通信、大体の戦車がこれらのアクションを問題なく実行できるようになったし、時間と余裕があれば、戦車を4対4に分けて試合を実際にやってみたり、1両を仮想敵とした訓練を行ったりと、予想以上に早いスピードで、全員が成長していた。
もちろん、始めたて1ヶ月という期間にしては、という意味だが、伸び白は十分にあるし全国大会に向けて士気旺盛、と言った感じだ。
戦車格納庫に入ると、いつものように皆が集まっていた。
だが、いつもなら先に来ている筈の理香が見当たらない。
「あれ?副隊長は?」
私の問いに、紗江は首を横に振った。
「いえ、見てませんけど」
まさか補修か授業中の昼寝で大目玉でも食らっているのだろうか。
副隊長なんだからしっかりしてくれ、と思いたくなるがまだ決まった訳ではないので口には出さず、今日の練習メニューの調整をしようと、ブリーフィング室へ向かおうとする。
その瞬間、格納庫の外が騒がしくなってきた。
「……エンジン音?」
「らしいですね、誰か先に戦車でも動かしてるんじゃないですか?」
紗江の言葉を聞き、私は格納庫の戦車を見回すが7両きっちり残っている、あと1つは……
「まさか」
格納庫で戦車の整備やチェックをしていた仲間達が、格納庫の外へと出て行く、私も同じ様に格納庫の外へと出た。
大きなエンジン音を立てて、巨大な戦車が格納庫の前へと停車していた。
オリーブドラブの単色迷彩が施された車体と砲塔、突き出るように伸びる長砲身、圧倒的な巨体。
私は思わず圧倒される。
パーシング重戦車……自動車部の部員によってレストアされていた筈の、動かなかったジャンク戦車が、今こうして完全な姿で目の前に鎮座していたのだ。
パーシングのキューポラから身を乗り出した理香が万遍の笑みでピースサインを私達へ向ける。
「お待たせーっ!レストア完了!いつでも行けるよ!」
全員が思わずおお、と感嘆の声を上げる。
間に合った。去年から長々とレストアしてきたこの学校最強の戦車がついに戦列へと加わったのだ。
「紗江ー、白ペンキとハケ持ってきて!私もスローガン書く!」
新しい玩具を与えられた悪ガキのような笑みを浮かべて理香が腕を組みふんぞり返る。
パーシング戦車と言えば、アメリカ軍が第二次大戦末期に投入した重戦車だ。ドイツの重戦車へ対抗するべく、強固な装甲と大口径の戦車砲を搭載して戦場へ送られたが、すでに到着する頃にはドイツは敗北、残った車両は太平洋戦線や朝鮮戦争で使われたと言う、活躍が遅すぎた兵器でもある。ただし整地での移動能力はともかく、高低差のある状態では鈍足だったという欠点もあり、一概に強いとは言えない側面もあるが……
それでも、このパーシングはこのチームにとって最強の戦力である。これさえあれば黒森峰のタイガー戦車を相手に戦うことが出来る。
さっそくハケと塗料を受け取った理香が、ノリノリで正面装甲の部分に文字を書く。
「これでどーよ!」
どれどれ、と私は理香の書いた文字を見る。
荒々しく乱暴に書かれた「Get Some」の文字に思わず閉口してしまう。隣の紗江も苦笑いを浮かべる。
「これ、何ですか?」
パーシングの操縦席から身を乗り出した1年生が尋ねる。
「え、何?「フルメタル・ジャケット」見た事無いの?意訳すると“俺のチン…」
「要するに「これでも食らえ」って意味のスラング、あんまり上品な言葉じゃないね」
理香がとんでもない事を言いそうになったので、控えめな言葉で私が急いで補足した。
「よぉーし、このタイミングなら皆揃ってるし、そろそろ重大発表しちゃうか!」
理香の言葉に、パーシングを囲った皆が静かになる。
「今週土曜に聖グロリアーナ女学院と練習試合やる事になったから!よろしく!」
理香の爆弾発言が盛大にぶちまけられた。
2年生達は動揺し、1年生達は何のことかサッパリと言った表情だ。
紗江も奈央も沙雪も橋本ちゃんも同じ顔をしていたし、隊長である私すら開いた口が塞がらない状態だ。
「……ちょっと、理香、あんた独断で、しかも明後日?」
「うん、独断♪」
サプライズ大成功と言わんばかりの眩しい笑みで理香はピースサインを作る。
「あの、隊長……聖グロリアーナ女学院って……」
1年生の誰かが恐る恐る口を開く。
「……今から緊急でミーティングするから、その時に説明する」
私はため息混じりに今出来る最善の事を指示した。
ブリーフィング室に全員を集め、緊急のミーティングを始める。
「えー……副隊長のバカが勝手にやった上に今更キャンセルを相手に伝えるのも悪いので、明後日は聖グロリアーナ女学院と練習試合をします」
ホワイトボードには急遽引っ張り出してきた雑誌「戦車道」を引き伸ばしコピーした紙を張ってある。去年の5月号で組まれた聖グロリアーナ女学院の特集記事で、保有している戦車の粗いモノクロ画像を棒で指しながら説明を始める。
「相手の聖グロリアーナ女学院は横浜を母港とする学園艦で、生徒数や学園艦の大きさではうちと同等。ただし戦車道に関しては侮れない、全国大会では準優勝経験もある強豪校、イギリス製戦車を用いた浸透強襲戦術が売りね」
露骨に皆の表情が曇る。練習試合と言えいきなり強豪校と手合わせする羽目になったのが、不安になるのも頷ける。
「ただし忘れちゃいけないのがこの学校、 優 勝 はここ数年一度も無し!過去には黒森峰、更に数年前にはヨーグルト学園とかいうワケの解らない学校に全国大会で 敗 北 したという記録もある!つまり強豪校の中でも中の下、倒す方法は必ずある!」
ホワイトボードをバンバンたたきながら熱を入れて解説する。
これぐらい隊長がハッタリを効かせないと部下は絶対萎縮する。それを防ぐのが指揮官としての役割だ。
おお、と皆が私に対し尊敬のような念を向ける一方で、隣の理香は腕を組みながらウンウンと頷き、補足の説明を始める。
「流石に練習試合に1軍戦車を使うほど大人気ない所じゃないし、順当に考えればマチルダ2やチャーチルみたいな歩兵戦車かクロムウェル、クルセイダーあたりの巡航戦車……つまり中戦車を使うと思うから、うちのパーシングの前に引き摺り出せればボッコボコに出来るかもね!」
「性能で足りない部分は戦術と腕で補えば大丈夫!1年生はここ一ヶ月の訓練もかなり上手に出来てるから勝機は必ずあるよ」
と、脇にいる理香の肩を叩く。
「試合場所の地図は?」
理香はブレザーのポケットに押し込んだ地図を取り出す。A4サイズほどの用紙で、私は地形を確認しながら簡単な写しをホワイトボードに書いて行く。
「試合形式は?」
「殲滅戦」
理香から試合形式も聞き、簡単な地図を書き終えると、皆へと向き直る。
「ルールは殲滅戦……敵チームの車両を全て行動不能にすると勝利。地図を見る限りでは、山間部、田畑、市街地と変化に富んだ地形がある、場合によっては有利に立てそうね」
「よーし、じゃあ明後日はみんな頑張ろうね!」
理香の言葉にブリーフィング室内の不穏な空気が一気に薄れていった。
「半分くらいは嘘言ってたでしょ」
練習とブリーフィング終わりの帰り道、理香は私に本心を突くような言葉を投げかけた。
「まぁね。理香こそ試合に使う車両の事で嘘言ってたでしょ」
あの時渡された地図を改めて取り出してみる。既にそこには対戦相手である聖グロリアーナ女学院の編成が丁寧に乗せられている。
マチルダ2歩兵戦車、クロムウェル巡航戦車、そしてシャーマン戦車を改造した大口径砲搭載のファイアフライ巡航戦車、さらに戦後の主力戦車第一世代として活躍したセンチュリオン巡航戦車も軒を連ねている。正直、真正面からぶつかればひとたまりも無い化け物が混じっている。戦車数も8対8、同数だが戦力的にはこちらが不利だ。
「流石にファイアフライとセンチュリオンは不公平すぎたからね」
「戦車道に公正さを求める事なんて無理。暗黙のルールなんて大人気ない話を強豪校が流行らせて、強い戦車を一杯持てる学校しか勝てない時点で、全国大会なんて茶番みたいなもんでしょ」
気分が重たくなるがそこは我慢だ。
一方で、帰り道についてきていた紗江、奈央、沙雪、橋本ちゃんの4人は私と理香の話を暗い顔で聞いている。
「……でも勝ち目があるのは嘘じゃないよ」
皆へ侘びを入れるように私は持論を呟く。
「性能で駄目なら戦術で挑めば良いし、ルールを最大限に活用すれば抜け道だって幾らでもある。去年はサンダースが無線傍受機を使っていたし、少数精鋭のクルーと戦術、臨機応変な対応さえあれば、戦車の性能が低くても勝てる事は大洗女子学園が去年に実証した」
「あれは隊長が西住流だった事が一番の理由じゃ……」
奈央が随分と核心を突いたツッコミを入れるが、私はそれを無視する。
「とにかく、後は精一杯頑張るしかない」
私は振り返り、自分に言い聞かせるように、皆を諭す。
「私がこの戦車道でやりたいのは、全国大会に出場し勝利を勝ち取る事、そして皆と一緒に楽しく戦車道をする事」
私は去年から言いそびれていた話を切り出していく、皆もそれを、黙って聞いている。
「後は、去年の屈辱をこれでもかと晴らす事……」
「それって殆ど私怨なのでは……?」
紗江が苦笑いを浮かべる。
「でも何の試合もしないで全国大会に行くのは気が引けるでしょ?何事も経験が大事」
理香の言葉に私は頷く。
やるしかないのだ。
試合当日。
久々の陸へと上がった私達は、試合の開始場所へとやって来た。
試合開始までまだ時間があり、急設した戦車の待機場所で各々、戦車の整備と調整を行っている。それが済んだチームは試合開始まで休憩をとっている。
全体的にピリピリとした試合前の緊張感が漂っているが、無理も無い。同じく待機場所、我々の戦車が並んだ向かい側には聖グロリアーナ女学院の戦車隊が並んでいたからだ。
相手の戦力はまさに不足なしという布陣だろう。
マチルダ2歩兵戦車が4両、クロムウェル巡航戦車が2両、そして何といっても最大の脅威はファイアフライにセンチュリオンと言う巡航戦車のコンビだ。前者の攻撃力は侮れないが、後者は全ての性能がずば抜けて高い。史実では実戦こそ間に合わなかったが、戦後主力戦車の一角を担っていた車両である、装甲が薄いこのチームには大きな脅威へとなり得るだろう。
更に、相手が得意とする浸透強襲戦術もかなり手強い。経験の浅いこちらにとってチームプレイを発揮できない乱戦に持ち込まれたらひとたまりも無い。対するこちらの編成は、
1号車(M4シャーマン)
2号車(M24チャーフィー)
3号車(M24チャーフィー)
4号車(M3スチュアート)
5号車(M26パーシング)
6号車(T-34/76)
7号車(2号戦車)
8号車(九七式中戦車改・新砲塔チハ)
……と過度な期待はできない戦力。全車両中5両が軽戦車という装甲も攻撃力も不安なチームだが、そこは戦術と腕でカバーするしかない。
ため息の一つくらい漏らしたくなるが、そこは我慢だ。
「それにしても凄い布陣ですね、聖グロリアーナの主力と2軍戦車の混合編成ですよ」
紗江が相手車両を観察しながら呟く。
「馬鹿正直にイギリス戦車で統一してくれてるのは有難いけど……流石にファイアフライとセンチュリオンは来て欲しくなかったな」
私は率直に呟く。
「でも黒森峰よりはマシでしょう。あそこならサンダース大付属の全車両が相手でも勝てる戦車を使いますよ」
「パンターG型だけでもうちの全車両数以上揃えてるからね……金持ちの学校は違うなぁ……」
強豪校の殆どは戦車道に割り当てられる予算が多い場合が殆どだ。新型戦車を購入したり予備パーツを湯水の如く買ったり、その大量の戦車を頻繁に動かすだけの燃料と弾薬もある、羨ましくてしょうがない。
とは言いたいが、決して信越学園も予算の少ない貧乏校という訳ではない。農業科は全国的に見ても上位の水準で学生による様々な実績もあるし、他の武道やスポーツでも実績がある事から生徒数や知名度も高いし、学園艦自体も廃校のはの字もないくらい経営危機とは無縁だ。
だが一番の問題は予算の申請を認めない頭でっかちの生徒会たちだ。我が校の戦車道は歴史があっても実績が無いから全部切り捨てる、そんな話を平気で言い出す生徒会長さえいなければもう少しマシな戦車部隊を編成する事だって出来ただろう。
「でも今日の試合で勝てば、状況も変わるかもしれませんよ?生徒会の連中をギャフンと言わせましょう」
紗江の自信満々の言葉に、私は頷いた。
そうだ、今の皆にはやる気があるし、パーシングを迎えた新生戦車部隊がこちらにはある。負ける可能性は0ではないのだから。
試合開始の時間が近付く。そろそろ試合前の挨拶を行う時間だ。
戦車の周りで談笑をしたり、整備のチェックを行っている皆に号令をかける。自分の戦車を背にするように、チーム全員が整列を始める。
対する聖グロリアーナ女学院も、こちら以上にキビキビとした動きで整列を掛ける。両者の合間を挟むように、全日本戦車道連盟から派遣された審判の女性が立つ。
試合前の礼はどうにも気が引ける。対戦校によってはこの挨拶で露骨な嫌味を吹っかけられる事があるからだ。去年の親善試合でも「こんなショボい戦車で勝てると思っているの?」と嘲笑混じりに言われた事があるし、そんな挑発をされた上でボロ負けすると更に惨めで悔しいし、相手校の隊長をこの手で殺したい気分になる。
幸いにも相手は礼節ど騎士道精神を重んじる事で有名な聖グロリアーナ女学院だ。表向きは穏便で普通な挨拶をしてくれるだろう。
「それでは、両校隊長、挨拶」
審判の一声と共に、さっと聖グロリアーナの隊長が前へ出る。私も同じ様に一歩踏み出す。
私と同学年くらいの生徒だろう。染めているのだろうか、日本人離れしたオレンジ色の髪をしている。他国の文化を尊重する学園艦は色々あるが、ここまでしている学校もあるのだなと見るたびに感嘆してしまう。
「よろしくお願いします」
私が頭を下げると同時に、続いて挨拶の声が幾多にも重なる。それと同じく、聖グロリアーナの隊長も頭を下げ。後ろに控える仲間や、聖グロリアーナの車長と思しき人たちも、頭を下げた。
戦車道は礼に始まり礼で終わる。これだけはどれだけ態度の悪い学校でもしている事だ。
礼が終わり、それぞれが後ろに停車した戦車へと向かっていく。
「今日は騎士道精神でお互い頑張りましょう」
聖グロリアーナの隊長が、私の目を見て、何の嫌味もなくさらりと言い放った。
流石は上品な女子高だ。私は軽く頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いします」
若干拍子抜けするくらいに普通の挨拶になった。それだけに気分もだいぶ軽くなった。
久々に気持ちよく試合が出来そうだ。
待機する戦車の前へ戻ると、各戦車の車長、理香と紗江が私を待っていた。
律儀に私の号令や指示を待っていてくれたのだろう。私は皆の顔を見回してから、一呼吸を置いて話を始める。
「作戦は昨日話した通り、後は各々、練習を思い出して行動する事!全員乗車!」
はい!と威勢の良い返事が一斉に重なる。
士気旺盛。去年までの陰鬱とした雰囲気が嘘のようだ。
全員が戦車に乗り込む。エンジンが回り始め、地響きとキャタピラの駆動音を響かせ、我が信越学園の戦車隊は前進を始めた。
相手側、聖グロリアーナ女学院のスタート地点は市街地、一方で私達のスタート地点は郊外の畑の更に向こう、山間部のど真ん中だ。
ある意味、聖グロリアーナにとっては有利なスタート地点だろう。市街地となれば地の利を生かしたゲリラ的な守りの戦いも出来るし、形勢が危うくなったら逃げ込めばいい。
スタート地点に8両全てが到着し、無線を通して審判の声が流れる。
「試合開始!」
始まった。
「全車、パンツァー・フォー!」
ドイツ語で「戦車前へ」の掛け声と共に、8両が一斉に前進を開始した。
2列縦隊の隊形で、山間部の道路をひた走る。隊列に乱れなし。
喉元の通話スイッチを押し込むと、全車両へと通信を飛ばす。
「今日は練習試合だけど、「負けてもいいや」なんて思わないこと!各自ベストを尽くして、聖グロリアーナ軍団を叩き潰すよ!」
おー!と全車両から返事が来る。頼もしい限りだ。
「もっとガツンと言っていもいいんじゃないですか?「逃亡者はキャタピラでひき潰す」とか「逃げる素振りを見せたら履帯を破壊して固定砲座にしてやる」とか」
「後ろから撃たれたくないから遠慮するわ」
紗江の物騒な発言を流しつつ、私はキューポラを開けて後方を見た。
事前の連絡通り、広い道へ出てから隊形を変更し、隊長車両のM4シャーマンを先頭に、両脇を固めるようにM24チャーフィーが続く。後方ではパーシングとT-34を守るように、九七式中戦車改とスチュアート、2号戦車が周囲を固めて併走している。
1年生と2年生が主力の、寄せ集めの多国籍軍と言わんばかりの様相だが、ここ1ヶ月の訓練の賜物もあるのだろう、去年と比べれば幾分が動きもマシになった。後は友軍同士の誤射が無い事を祈るしかないだろう。
胸から下げた地図を広げる。もうすぐで山間部を抜ける頃合だ、そろそろ会敵してもおかしくはない。
喉元のマイクに手を伸ばす、号令の時間が来た。
「隊長車より2、3号車へ、先行せよ」
『了解!』『りょーかいです!』
一年生の元気の良い返事が返ってくる。両脇を固めたチャーフィーがスピードを上げてシャーマンを追い越し、先行を開始する。
チャーフィーの扱いは原則的に偵察車両としての運用だ。先行し、敵を発見次第、攻撃をしながら後退、後ろで待ち構える攻撃力の高い車両に獲物を引きずり出すという寸法だ。
実際、攻撃力こそ高いが鈍足なパーシングを有効に活用するにはこの方法が一番手っ取り早い。
「上手くいきますかね……」
紗江は不安そうに呟く。
幾ら練習したとは言え、試合への参加はまだ2回目だ。チーム内同士の模擬戦は多めだが、実戦経験で言えば圧倒的に低い。
2年生も、去年は引きこもり同然でまったく他校との試合を経験していなかっただけに、経験不足がどう影響を及ぼすか、まったく見当がつかない。
だが隊長がそんな弱音をもらすのは禁物だ、私は静かに紗江を諭す。
「練習の成果は十分、完全に勝機が無いとは言いがたいわ」
地図をしまうと、私は双眼鏡を手にする。
だだっ広い道のど真ん中を走ってはいるものの、前方には緩やかな丘陵、左右には休耕中の田畑に森と待ち伏せには絶好の地形だ。先行した2両が敵を見付けておびき寄せてくれたら、こちらはかなり優位に立てる。
と、不意に前方から砲声が鳴り響く。丘陵の向こう、2両が前進した先だ。
『こちら3号車、会敵しました!マチルダ2が3両!クロムウェルが2両です!』
『2号車敵発見!これより応戦しつつ後退!』
一年生チームの緊迫した声が響く。私は意を決して全車両へ指令を飛ばす。
「5号車パーシング、6号車T-34、前進!残りは後方を警戒!」
了解の返事が重なる。
「奈央、そのまま前進して。私達も攻撃に加わるわ」
「了解」
シャーマンとパーシング、T-34が全速で丘陵へと向かう。
その頂上から、後退を始めたチャーフィーの後姿が2つ出てくる。不意に停車し、景気良く75mm砲を発射する。
『敵との距離、あと100メートルです!』
発砲を中断したチャーフィー2両が後進して後続の攻撃部隊と合流し、停車をする。こちらの車列は丘陵の頂上まで150メートルほどだ。
攻撃チームは一列に停車し、砲を丘陵の頂上へと向ける。
「敵車両を確認次第砲撃!」
指示を飛ばすと、私はキューポラから身を乗り出し、双眼鏡を覗く。
さぁ、いつでも来なさい。
ごくりと生唾を飲み込みながら、その一瞬を待ち構える。
そして、丘陵から一斉に数両の車両が姿を現した。
待ち構えた5両の戦車が、一斉に砲撃を開始する。
空気を大きく震わせて、5つの砲声が重なった。丘陵から身を乗り出した獲物――3両のマチルダ2と2両のクロムウェルは砲撃を一斉に浴びせられた。
2発が外れ、土煙を上げて丘陵の地面を抉る。だがシャーマンの砲撃は、クロムウェルに命中し、T-34の砲撃がマチルダ2に命中、パーシングの大口径砲弾が砲塔を吹き飛ばすような勢いで、豪快にマチルダ2へと命中した。
一瞬で、マチルダ2とクロムウェルに白旗が上がった。
待ち伏せに気が付き、残りの車両が一斉に後退を始め、苦し紛れの砲撃を始める。
生き残ったマチルダ2の砲撃がT-34へと命中するが、砲塔の傾斜によって砲弾は弾き返される。次いで順次装填が完了した車両が、次々と砲撃を続けていく。
たちまちもう1両、マチルダ2が被弾し白旗が上がる。装填を完了したパーシングが吼えるように豪快な砲声を上げ、後退中のクロムウェルに命中した。
丘陵の頂上は、撃破されたイギリス戦車で埋め尽くされた。煙を上げ、白旗が上がり、キューポラから身を乗り出した聖グロリアーナの生徒たちが、信じられない物を見るような顔でこちらを見ている。
無線機からは仲間たちの歓声が漏れる。去年の一度も得ることの出来なかった、撃破という功績。それをかみ締めた皆の歓喜の声に、私は何ともいえない心地よさ覚え始めていた。
だが、喜びに浸るのはまだ早い。
「全車両前進!」
号令と共に、私達のチームは小さな、だがとても大きな一歩を踏み出し始めた。
丘陵を越えた先には、市街地に続く道が広がっていた。双眼鏡を覗くと、市街地に後退していく戦車が見える。
マチルダ2、ファイアフライ、センチュリオン。生き残った計3両の戦車が市街地へと逃げ込んでいく。恐らくは狭い市街地に立て篭もり、ゲリラ戦を展開して車両差を減らす腹積もりらしい。
こちらも全車両で後を追いかける。
私は市街地の地図を取り出す。市街地の中心には商店街があり、それと平行して大きな道が1本通っている。その周囲を埋めるように住宅地があり、射界・視界ともに最悪。待ち伏せ側がとことん有利だ。
「橋本ちゃん、T-34とパーシングだけ残して、全車両を市街地へ先行するように伝えて、会敵したら位置を送信するようにも」
「はいっ」
早速無線で指示が飛ばされ、軽戦車部隊が速度を上げて市街地へと向かっていく。
「……残りの車両はどうするんですか」
紗江の問いに、私は地図を見せて答える。
「これから3両とも別れて、市街地に3方向から進入、会敵したらその位置に近い車両が応援に向かって撃破する流れよ」
指示通り、パーシングとT-34は分散して町の中心部へと向かっていく。
シャーマンも同じ様に市街地へと入っていく。
事前に住民が退避しているし、破壊された建造物に関しては戦車同連盟が費用を払うという寸法だ。本格的な市街戦に突入する可能性も大いにあり得る。
と、遠巻きに砲撃音が聞こえる。
先行した戦車の砲声ではない、かなり大口径の砲声。
『こちら4号車……撃破されました……』
スチュアートが撃破された旨の連絡が入る。私は即座に地図を取り出す。
「4号車、現在の場所は?」
『地図の……ええと、C-6、マンション前です。何の戦車かは不明です』
すぐさま地図にマーカーを入れる。
「怪我は無い?」
『全員大丈夫です、回収車を待ちます。通信終了』
連絡が切れる、これでこちらの残り車両は7両だ。
『こちら2号車!4号車を撃破した戦車発見!位置、C-7!』
それと同時に、今度はチャーフィーが敵戦車を発見したという連絡が入る。
地図を見る限りでは、パーシングが一番近い。
「了解、パーシングをそちらに向かわせて……」
『ん?こっちだ、こっちを狙ってる!撃て、撃ち返せ!』
怒号が無線を通して漏れる。けたたましい砲声が無線を通じて流れる。
「2号車応答を、2号車!?」
返事が無い。次の瞬間、2号車のいた方向でチャーフィーの75mm砲ではない、別の砲声が鳴った。
『こちら2号車行動不能、全員無事です!……センチュリオンです!センチュリオンが……』
ぐっ、と拳を強く握る。これで残りは6両に減った。
流石は聖グロリアーナ女学院、形勢不利をひっくり返そうと怒涛の巻き返しだ。
報告の地点へとシャーマン戦車が進んで行く中、先行したチハがシャーマン戦車の前に現われた。
停車し、エンジンも切っているチハの砲塔からは、キューポラを開けて身を乗り出した車長が片手に周囲を警戒している。
シャーマンも同じように停車する。
『こちら8号車です、近辺に敵戦車を発見、現在確認中』
私も同じくキューポラから身を乗り出し、耳を澄ませる。
かなり近くで、戦車が走る音が聞こえる。場所は1ブロックも離れていないだろう。チハの車長はキューポラを閉じて中へと戻る。
皆の間に緊張が走る。私もキューポラを閉め、ペリスコープ越しに辺りを警戒する。
「……ファイアフライか、センチュリオンか、マチルダ2か……」
私はごくり、と生唾を飲み込む。
やがて、周りから聞こえていた走行音が止まる。
「止まりました……まさか!」
紗江が何かに気が付いた瞬間。
砲声と共に、チハの車体に砲弾が命中した。被弾した方向――よくある2階建て住宅が煙に包まれ、飛び散った破片や瓦礫が周囲に散らばる。
「建物越しの砲撃……!」
思わず拳を強く握る。
確かにその手はあった。レンガ造りの頑丈なヨーロッパの建物や、鉄筋コンクリートのビルならまだしも、ここは日本、それもごく普通の住宅街だ。木造家屋やアパート程度なら簡単に砲弾でぶち抜く事が出来るし、射線を確保する事は容易だ。おまけに試合中の建造物の破損にはペナルティが無い。
被弾、炎上するチハを見ながら、私は即座に無線で指示を飛ばす。
「全速後退!」
シャーマンのエンジンが回り、アスファルトの地面を踏みしめてキャタピラが回る。
その瞬間にも、目の前の住宅の壁が爆発と共に吹き飛ばされる。この砲撃音はセンチュリオンだ、シャーマンで正面から挑むには無理がある。
「こちらの残りは5両です、どうしますか?」
紗江の言葉を聞きながら、私は一瞬だけ考える。
「……奈央、そのまま路地を突っ切って大通りへ出て!パーシングと合流してセンチュリオンを誘き出す!」
「了解!」
次いで、先程の8号車へ無線を繋ぐ。
「こちら1号車、8号車、みんな無事?」
『無事です!現在火災を消火中!センチュリオンは後退した模様!』
センチュリオンが後退……となると住宅地から背後の市街地中心部に戻るつもりなのだろう。
「……市街地を中心に篭城戦をするつもりですね」
紗江の言う通りだ。相手の残り戦力はセンチュリオンとファイアフライ、そしてマチルダ2だ。攻勢に打って出るには心もとない数なら守りに入った方が賢明だ。
が。
「前にマチルダ2!」
奈央の声が上がる。私は即座にペリスコープを覗き込んだ。
路地をふさぐように、マチルダ2がシャーマンの前に立ちはだかっていた。
すぐに沙雪と紗江が砲撃の準備を開始する。が、遅い。
『こちら7号車、突貫します!!』
無線機に飛び込む、1年生の声。それと同時に正面のマチルダ2の横、ブロック塀の向こうから土ぼこりと轟音と共に何かが近付く。
民家のブロック塀を豪快に破壊して飛び出してきたのは、2号戦車だった。車体に瓦礫や破片を乗せたまま、轟音を上げて車体がマチルダ2へと突進し、車体ごと噛み付くようにぶつかる。
機関砲が轟音を上げて発射され、マチルダ2の側面に命中していく。が、至近弾でもその装甲を抜くことも、致命的な傷を与えることができない。だが、2号戦車は獰猛に攻撃を続け、車載の機銃まで立て続けに発射した。7.92mmの機銃弾が車体に叩き込まれ、兆弾があたりに跳ね返る。
だが、マチルダはその砲塔をこちらではなく、真横に肉薄する2号戦車へと向けた。攻撃を中止した2号戦車が急ぎ後退をするが、先程自分が作った瓦礫によって思うように後退ができない。
絶好のチャンスだ。
「装填完了!」
紗江の号令と共に、沙雪がトリガーへ指をかける。
「発射!」
私の号令と、マチルダ2の砲撃が重なる。
至近距離で発射された砲弾が2号戦車の砲塔に命中すると同時に、マチルダ2の正面装甲にシャーマンの75mm砲が叩き込まれる。命中と同時に、前方の2両が同時に白旗を揚げる。
捨て身の連携プレーが功を奏したのだろう。急いで私はキューポラを開け、身を乗り出す。
被弾し、黒煙を上げてススだらけになりながら、2号戦車のキューポラから車長の1年生が身を乗り出し、万遍の笑みで手を振る。私はそれに敬礼で応える。
1両撃破、これで残りはファイアフライとセンチュリオンだけだ。
「橋本ちゃん、生き残ってる車両の確認を」
「了解!……こちら隊長車、戦闘続行可能な車両は現状を報告してください」
『こちら5号車、パーシングは未だ健在!』
『6号車です、まだまだ行けます!』
『3号車、現在大通りを警戒中!』
反応は3つ。つまり4対2の状況だ。こちらの戦力はパーシング、T-34、チャーフィー、シャーマンという布陣だが、残っている敵車両の火力が高いだけにどこまで行けるかは不安だ。
大通りへ出ると、チャーフィーがシャーマンへと合流する。
キューポラから身を乗り出した1年生の車長が周囲を警戒している。ふと、喉元の通話ボタンを押し込み、チャーフィーから通信が届く。
『隊長、一通り探索しましたけど痕跡無しです、どうしますか?』
私は一瞬の間を置いてから返答する。
「じゃあ捜索は中断してパーシングと合流して、センチュリオンをまともに相手出来るのはあれだけだから、撃破されないよう援護をお願い」
『了解です!』
2両は十字路へと差し掛かる。
チャーフィーがスピードを上げて前進する中、十字路の死角からT-34が接近する。
『こちら6号車、敵戦車発見できませんのでそちらに合流します』
T-34も収穫なしか。本当に気が滅入る。
「了解、そちらも一旦停止して――」
指示を飛ばそう思った瞬間、私はある違和感に気が付いた。
十字路に面した大きめの自動車ディーラーの店、そのショーウインドウが割れている事に気が付く。その手前には踏み潰された歌壇とガードレール、おまけに店内は薄暗い。
誰かがここで戦闘を行った報告は無い。即ち――
「6号車!狙われている、回避!」
私が叫ぶと同時に、店内から閃光と砲声が上がる。残っていたショーウインドウ全てが衝撃により粉々に吹き飛ばされ、十字路のど真ん中に現われたT-34に砲撃が命中、即座に白旗が上がりT-34が撃破された。
17ポンド砲の砲声だ。キュラキュラとキャタピラが回転する音と共に、店内から見慣れた車体と長く突き出た砲身が姿を現す。
ファイアフライだ。
「……3号車に援護を要請!ファイアフライだ!」
十字路を通過したチャーフィーが、即座に停止し後退を始める。砲塔を後ろへ向け、75mm砲を走りながら発砲する。
しかし、砲弾はファイアフライを掠め、シャーマン横の電話BOXを派手に吹き飛ばした。
対してこちらも発砲を開始し、シャーマンの75mm砲が雄たけびを上げ砲弾を吐き出す。だが、砲弾はファイアフライの砲塔を掠り、あらぬ方向へと飛んでいった。
「連続射撃!ジョンブル気取りをぶっ潰せ!」
ガコン、と空薬きょうが排出される。急いで紗江が次弾を装填し、沙雪がファイアフライの側面に向けて狙いを定める。
後退中のチャーフィーも苦し紛れに発砲し、砲撃を叩き込む。チャーフィーの砲弾はファイアフライの右履帯へと命中し、残骸の破片を撒き散らした。
その瞬間、ファイアフライの砲撃が後退中のチャーフィーに叩き込まれる。こちらとは比べ物にならない砲声と共に、チャーフィーに砲弾が命中し、車体は停止、行動不能を告げる白旗が上がる。
それと同時に、沙雪はトリガーを押し込んだ。
シャーマンの砲声が轟く、ファイアフライの側面に砲弾が命中し、白旗が上がった。
『3号車行動不能!』
「みんな無事?」
『無事です!隊長、健闘を祈ります!』
残っているのはセンチュリオンのみ。こちらの生き残りは中戦車と重戦車合わせて2両。
かなり厳しい戦いになってきた。
「……まずいですね、分断されたパーシングが撃破されたら……!」
紗江が焦りを口にしながら、砲弾を装填する。
『こちら5号車、私をお探し?』
無線から理香の能天気な声が聞こえる。
『今商店街前でエンジン切って潜伏中、近くからエンジン音が聞こえるけど……シャーマンじゃないよね?』
まずい、センチュリオンだ。
「奈央、商店街前へ移動して、早く!」
「了解!」
紗江は速度を上げ、シャーマンを前進させる。
「理香!センチュリオンがそっちへ向かってるからエンジン始動!見つけ次第ぶっ放して!ただし私も応援に行くから誤射に注意!」
『了解っ!さっちゃんエンジン回して!』
通信が切れると同時に、砲声が商店街の方向から鳴り響いた。
始まった。
「もしかして……やられた……?」
キューポラから身を乗り出す。商店街から黒煙が上がり、続けざまにまた砲声が鳴り響く。
こちらはパーシングの砲声だ、撃ち合いが始まっている。
シャーマン戦車が全速で商店街の入り口に到着し、屋根のついたアーケードを疾走していく。商店街の出口の先に、パーシングが停車している。
空気を震わすような派手な砲声と共に、パーシングが砲撃を叩き込んでいる。
「後ろから来てるよ!状況は?」
私の問いに理香が切羽詰まった――でも楽しみを含んだ様子で答える。
『センチュリオンは散発的に発砲しながら建物に隠れてる、今は――撃て!――応戦中!』
パーシングが前進し、出入り口を確保する。
奈央が商店街のアーケードを突破し、パーシングを盾にするように停車する。
アーケードの向こう、車道を挟んだ住宅は砲撃によって無残に破壊されている。その隙間を縫うように、センチュリオンの車体がチラチラと姿を現している。搭載の17ポンド砲はこちらを向いている。
沙雪が砲塔を回転させ、発砲する。発射された砲弾はセンチュリオンの砲塔を捉えるが、即座に前進し虚空をかすめ、瓦屋根の家屋に命中し瓦礫と破片を巻き上げた。間髪いれずに紗江が次弾を装填する。
『まずい、一旦アーケードの中に後退するよ!』
理香の声が届くと同時に、パーシングは後退を始め――
爆発音と共に煙が巻き上がった。キャタピラが外れ、鈍重なパーシングの車体がアスファルトに傷を付けながら停止する。砲撃が足回りに命中したのだ。
好機とばかりにセンチュリオンが前進を始め、パーシングへと迫る。
「砲撃!前方センチュリオン!」
私の号令と共に沙雪が75mm砲を発射する、砲弾はセンチュリオンの砲塔をかすり、後ろの建物に命中する。
『パーシングをなめるなぁっ!!!』
理香の絶叫が無線機から流れると同時に、パーシングの主砲が吼え狂い、センチュリオンの車体正面装甲に砲弾が叩き込まれる。だがそれと同時にセンチュリオンの17ポンド砲も発射され、パーシングに対するトドメの一撃が命中した。
紗江が即座に装填を完了し、砲手の肩を叩く。
砲煙が晴れるのを待つ。
パーシングから白旗が上がり、そして。
センチュリオンからも白旗が上がった。
『聖グロリアーナ学園、全車両行動不能。信越学園の勝利!』
アナウンスの後に、無線機からチームメイトの歓声が上がった。
「勝った……」
呆けた私へ背中から紗江が抱きつく。
「勝ちましたよ!隊長!」
遅れて、シャーマン戦車の皆から歓声が上がった。
『聞こえてるかい由里!私達の勝ちだ!』
理香の声を無線で聞きながら、私はようやく勝利を実感したのだった。
戦車回収車が派遣され、私達と聖グロリアーナは試合前の挨拶を行った地点へと再度戻った。
「それでは、礼」
審判長の号令と共に、両者は互いに頭を下げて礼をする。
試合終了の挨拶が終わり、最後まで残っていた緊張の糸がようやく途切れた。3時間という比較的長い試合時間のお陰か、チームメイト達も、歓喜を味わいつつもどこか疲れたという表情を浮かべつつ、撤収の準備を始める。
私も踵を返してそれに加わろうとするが、不意に後ろから呼び止められた。
「あの」
振り向いた先には、聖グロリアーナの副隊長が立っていた。
「よろしければ、お名前を聞かせて頂けませんか?」
はっ、と私は我に帰る。
試合開始前に相手の隊長の名前を聞くどころか、自己紹介すら済ませてなかった事を今気が付いた。私は慌てて自己紹介をする。
「菅野由里です」
「私は聖グロリアーナ女学院の副隊長、オレンジペコです」
実に可愛げのある微笑と共に、目の前にいる副隊長――オレンシペコさんは手を差し出した。握手だ。
一瞬だけ面を食らったが、私はそれに答え、その手を握り返した。
「素晴らしい試合でした」
その賞賛の言葉に、私は思わず縮こまる。
「とんでもないです……最後の砲撃でパーシングが決めなければ、こっちがやられていました……下手したら負けていたかも」
「中々の連携でした……もしかして、どこか有名な家元にいた事が?」
家元、か。
そんな事ならとっくに去年の全国大会に出ているし、こんな貧乏チームを率いてなんかいない。
「いえ、全部独学です。去年からずっと、色んな過去の試合や戦術の指南書を読んで、どうやったら勝てるかとずっと勉強して……」
それから私は副隊長と2、3言葉を交わした。
単純に互いの健闘称えあう言葉……去年からは考えられないくらい、正々堂々としたやり取り。
ようやく初めて、私が望んでいた試合が出来た、それだけでもうれしいし、こうして強豪校から強さを認められたのは素直に嬉しかった。
破損した戦車を回収車に載せて学園艦へ送る中、私達は送迎用のバスで学園艦が停泊する港へと戻っていた。
車内の空気は驚くほど明るい、皆も試合の疲れを忘れて、今日のこの場面は良かった、撃破されて残念だったが試合は面白かった、と話に華を咲かせている。
「超が付くほどの接戦でしたね」
隣に座る紗江がえへへ、と屈託の無い笑顔を浮かべる。
確かにかなりの接戦であった。あれで負けたらチームの士気もガタ落ちだったかも知れないが、僅差まで詰める事が出来たのだ、負けたとしてもいい体験だっただろう。
「……皆の頑張りがあったらからこその勝利、だよね」
理香も同じ様に屈託の無い笑顔を浮かべながら私の肩を叩いた。
本当に、その通りだろう。
隊長の指揮や戦術も重要だが、一番大切な事はチーム全員の技量だ。この一ヶ月、戦車道の存続危機を契機に皆の意識は確実に変わってきていた。
休日返上、放課後返上で自分の考えた練習メニューに付き合って貰った皆には、正直頭が上がらないと言うのが一番の印象だ。
「それにさあ、勝った今ならアレ、出来るんじゃないの?」
前の座席から身を乗り出した理香がツンツンと人差し指で私の額を突く。
「……“アレ”って?」
どうやら私は素っ頓狂な声を漏らしていたらしい、紗江が笑いながらも、補足するように説明を始める。
「生徒会への予算申請、今なら通るかもしれませんよ!」
「そうそう、だって試合用のユニフォームもないし、練習用の機材に、その他細かい道具の購入予算!今なら予算が下りて買えるかも!」
奈央の言葉に、私も思わず真剣な顔になる。
確かに学校指定のジャージで練習を強行したり、一張羅の制服で練習試合に参加するのは今後とも是非避けたい事ではある。共通のユニフォームを揃えるのは見栄えもいいし、何よりも士気の向上にも役立つ。
黙って話を聞いていた沙雪も、うんうんと頷く。
「もしかしたらの話だけど……ティーガーⅠを買える予算が下りたりして……!」
奈央はノリノリで妄想を膨らませる。捕らぬ狸の皮算用とはまさにこの事だろう。
「それは生徒会長を暴力で拷問して脅迫しない限り無いですよ」
あははと笑いながら紗江が物騒な突っ込みを入れる。
勝利の余韻に浸る皆の顔を眺めながら、私はこれから先に希望が見え始めたと安堵していた。
最も、その後の予算問題で私は更に頭を抱える事になるのだが……
【解説&こぼれ話】
■タイトル元ネタ
映画「ロンメル軍団を叩け!」、元ネタとは逆にイギリスをぶっ叩くエピソードになっています。
■名前元ネタ
奈央→三川軍一
沙雪→源田実
橋本ちゃん→橋本以行
例によって全員日本海軍軍人です。
■中等部の戦車道
信越学園には中等部に戦車道があるという設定。ただし、これはあくまでクラブ活動(放課後にやる部活程度)のため、使用する戦車は豆戦車程度という代物。
■「ヨーグルト学園とかいうワケの解らない学校に全国大会で 敗 北 」
小説版ネタ。黒森峰ではなくヨーグルト学園に惨敗した模様。
■パーシング
米軍の重戦車。ドイツ軍の強固な戦車に対抗するべく、シャーマンに代わる(というより補う)目的でアメリカが開発、実戦投入した。ただし投入は1945年からと激遅であり西部戦線では全くと言っていいほど使用されず、朝鮮戦争では山がちな地形ゆえにエンジンの馬力不足でもっぱらシャーマンが歓迎され、早々に役目を終えて大半が予備兵器ばかりかスクラップ処分された等という不遇の重戦車。攻撃力不足の信越学園の重要戦力としてラインナップに加えている。
■Get Some!
発音は「ゲッサム」、映画「フルメタル・ジャケット」のドアガンナー(戦争は地獄だぜ!)の人の呟き、それとCoD:MW2のジャガーノートのプロテクターの落書きを見て思いついたフレーズ。これでも喰らえ!というニュアンスの他に、より直接的な訳だと「俺のナニでも咥えやがれ!」という非常に下品なものも。
■クロムウェル
イギリスの巡航戦車。角ばったデザインとボルト留めの装甲が特徴的な戦車。イギリスの主力戦車の一つとして数えられる戦車であるが、メディアでの扱いはパッとしない(というか今作でもパッとしない)。模型誌ではフミカネ氏デザインのアールグレイ先輩とセットで登場を飾ったが、公式の設定では聖グロリアーナの保有戦車ではないらしいとか。
■ファイアフライ
原作にも登場したシャーマンに17ポンド砲を搭載した巡航戦車。クロムウェルと同じく聖グロリアーナの保有戦車ではないが、イギリスモチーフの学園艦なら保有していてもいいだろうという理由で出した。シャーマンVSシャーマンという構図になってしまった。
■センチュリオン
イギリスの巡航戦車。大戦末期に開発・実戦投入されたが、朝鮮戦争ではパーシングとは対照的に優秀な性能を発揮、戦後第一世代の主力戦車として頭角を現し、その後もアフリカやイスラエルで改修型が使用されるなど、イギリスでも珍しい「成功した戦車」の一つ。様々な二次創作で聖グロリアーナのセンチュリオンは登場しているので、先人に倣いこちらでも登場を果たした。