ガールズ&パンツァー Bad Company Story   作:Colonel.大佐

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第4話「宣戦布告」

 トーナメント抽選会が終わり、私達は学園艦に戻った。

 そして寮の自室に戻ると、制服も着替えないまま、私はベッドの上に大の字で倒れこんだ。

 いつも見慣れた自室の天井をぼんやりと見つめる中、ため息が漏れる。

「最悪だ……」

 思わず独り言が漏れる。

 とことん私には運が無いようだ。

 戦車道の全国大会、トーナメント抽選会で隊長である私が選んだカードは12番、初回戦の対戦校は……継続高校だった。

 継続高校とはこの信越学園の戦車道……更に言えば2年生チームにとって最悪の敵であり、忘れてしまいたい去年の親善試合で私達を完膚なきまで叩きのめした相手なのだ。黒森峰との交流経験もあり、更に過去、プラウダ高校のような強豪を撃破した実績もある。サンダースやプラウダの影に隠れているが、大会常連の強い学校なのだ。

 まともに相手をして勝てる相手ではない。そんな学校の1軍戦力を相手に、果たしてこの学校は通用するのだろうか?

 私はすぐにベッドから起き上がり、机の上のノートパソコンを起動させる。

 まず私がやるべき事……それは相手校の研究と対策だ。

 

 情報収集を開始して1時間。

 早速私は難題へとぶち当たった。これと言って有力な情報が見つからないのだ。

 ネット上にあるSNSのどれを当たっても、話題に上がるのは有名な強豪校の情報ばかりだ。黒森峰が一番情報量が多く、その次がプラウダやサンダース、そして聖グロリアーナだ、後の学校は極端に情報が古かったり、情報の精度がいまいちの場合が多い。

 去年の公式戦前に行った親善試合以降、まったくのノーマークであった(と言うよりは忘れたかった)学校と向き合う羽目になってしまったのだ。一度戦った相手なので、継続高校の大まかな情報は私でも掴んでいるが、一番欲しいのは今現在使っている戦車と相手の隊長、そして現在の継続高校が取っている戦術や方針、この三つが欲しいのだ。

 私は時計の時間を確認する。まだ夜の8時だ。

 携帯電話を取り出し、私の頼れる副官へ電話を掛ける。

 二回のコール音の後、通話が開始された。

『どうしたんですか隊長?』

「紗江、継続高校の最新データはある?何でもいいからかき集めて欲しいんだけど」

『今年他校とやった練習試合のデータならあります。去年の公式戦の試合映像なら知り合いから入手できますけど』

 私はガッツポーズを取る。さすがは私の頼れる副官、そして戦車道の生き字引だ。

「近いうちに用意できる?」

『用意できますよ。もしよかったらデータで隊長のパソコンに送信も出来ますけど、どうします?』

「ありがとう。出来ればそっちの方が助けかるけど、紗江が好きな方法で構わないよ」

 一瞬だけ無言の時間が流れる。

『解りました、じゃあ今晩中に両試合のダイジェイスト動画を送っておきます』

「あ、それと今年度の隊長と保有戦車についての情報はある?」

 私の問いに、紗江は『それも添付して送ります』と答えた。

「ありがとう紗江、助かった」

 謝辞の言葉を口にすると、電話の向こうで紗江はくすりと笑った。

『こちらこそ助かりました、隊長』

 何で?と聞き返そうとするが、紗江は話を続ける。

『こんな都合よく、それも公式戦で、継続高校を見返してやるチャンスに恵まれたなんて……隊長のクジ運に感謝したいほどです』

「……相手は強豪校だよ、本当は私が詫びたいぐらいなのに……」

 でも――、と紗江が切り返す。

『勝てますよ。今の私達なら』

 紗江の力強い言葉に、私は頷いた。

「……ええ」

 その通りだ。

 私達は去年よりも強くなったのだから。

 

 1時間後。

 紗江が動画とデータをアップロードし、それをダウンロードした私はさっそく難題を発見した。

 去年の公式戦の試合動画……継続高校対黒森峰女学園の試合動画は殆ど役に立たない事がわかった。黒森峰側の戦い方は高性能戦車で電撃的に奇襲、マニュアル通りの統制・火力と装甲で全てを押し潰すという参考にならない戦法であり、案の定、継続高校は被撃破8両・撃破1両という散々なスコアで敗退した。

 そして、残るは今年の4月頃に録画された練習試合の映像だ。

 紗江曰くネットの知り合いである戦車マニアの子から提供してもらったというサンダース大付属高校3軍と継続高校1軍との練習試合の映像は、予想を上回る内容だった。

 10両対10両の殲滅戦、サンダースはM4シャーマン初期型、継続高校はBT-42突撃砲と3号突撃砲、そしてKV-1という偏った編成であった。

 試合が始まって早々、継続高校は前進を始めた。

 黒森峰と同じく正面からの一斉攻撃、シャーマンは試合開始1時間のうちに4両撃破され、継続高校はKV-1が脱落した以外全て無傷だった。それからは地の利を生かした強襲、待ち伏せを駆使、そのまま被撃破の車両を出す事も無く、サンダースは2時間後に全車両行動不能となった。

 かなり手馴れた、そして鮮やかな仕事である。勝つ事自体は珍しくもなんともないが、その間に被った損害はたったの1両。おまけに最後に至っては袋小路に追い詰め全車両により一斉攻撃でトドメを刺したのだ。

 保有車両に関するデータは詳細不足だったものの、紗江独自の考察によれば3号突撃砲・4号戦車・BT-42・KV-1・T-34/76の保有が濃厚との事だった。

 そして……私は紗江から渡されたデータの信じられない情報に思わず目を疑ったのだ。

「……こいつが隊長か!」

 顔写真と簡単なプロフィールが乗った、隊長の情報。

 それは紛れも無く、去年、私達へケンカを売り付けたあの女の顔だった。

 

 翌日、放課後の練習をいつもより早く切り上げ、私はブリーフィングルームに全員を集合させ、緊急の研究会を開いた。

 内容は1回戦の相手校、継続高校の対策だ。

 ホワイトボードを前に、私は話の前置きを始める。

「2年生は去年戦ったから解ると思うけど、来週行う初戦の対戦校は継続高校!学園の戦車道においては忘れることの出来ない相手よ」

 2年生達の顔が険しくなる。無理も無い、去年の屈辱は私のみならず2年生全員が経験している事だ。

「継続高校は第二次大戦時にフィンランド軍が使っていた戦車を使用している。最新の車両についての説明は……紗江、説明お願い」

 私は隣に控える紗江に解説するよう求める。

「はい」

 紗江は返事と共にホワイトボードの前に出ると、自前で用意したであろう4枚の写真を、ホワイトボードにマグネットを使って張って行く。張り終えると、紗江は棒で写真を指し示しながら説明を始めていく。

「継続高校の保有戦車は3号突撃砲、4号戦車、KV-1、T-34/76、BT-42の4種です。こういった特定の国籍の戦車を使う学校の場合、自ずとその自国兵器のみに縛られる事がありますが、フィランドの場合は継続戦争で侵攻中の敵車両を撃破後、修理して再利用したという記録があります。それを踏まえて、継続高校はドイツとソ連の戦車を混同で使用しています」

 棒で写真を指し示しながら、紗江は戦車に関する説明に移行する。

「T-34はこちらでも使用しているので説明は省きます。特筆すべきは3号突撃砲と4号戦車です。両者とも火力はそこそこ高いですし、4号ならシャーマンと性能を比較しても遜色ないです、ただし3号突撃砲は砲身固定の自走砲です、使うとするなら待ち伏せ攻撃が中心でしょう」

 そして、紗江は4号戦車の写真の隣、KV-1の説明を始める。

「KV-1はソ連軍初期の重戦車です。KV-2の場合は大口径の榴弾が脅威ですが、装甲以外はこれと言って脅威になるとは思えません。BT-42はフィンランド唯一の国産戦車ですが、どちらかと言えば戦時急造の兵器であまり性能は高くないです。従って中心に使用するとなれば3号突撃砲、4号戦車、T-34/76です」

 紗江は説明を終えるのを見計らい、私は再び説明を開始した。

「継続高校は錬度が高い。その上、黒森峰とも戦車道で交流があると聞いている。攻撃力も侮れないけど、一番強いのは防御戦!」

 そう、継続高校の十八番はこの防御戦だ。

「一度守りに入ると継続高校はやたらと強い、攻撃側を効率的に撃破し、損害を軽微のまま、相手に大規模な損害を与えて攻勢に転じるパターンが多い。各車両と連携した戦術的撤退と防御からの反撃能力、さらにそれを可能とする非凡な能力を持ったチームプレイ。プラウダ、サンダースと比較しても遜色ない強豪校よ」

 一区切りを置いてから、私は皆に尋ねる。

「ここまでで何か質問は?」

 最前列で2年生が手を上げる。

「継続高校の隊長は誰なの?」

 これから言おうと思っていた話を質問され、私は手元のファイルからプロフィールを引き伸ばしコピーした写真付き資料を無言で貼り付けた。

 2年生を中心に、ざわめきが巻き起こる。

 写真に写っているのは、亜麻色のセミロングの少女。歳は私達と同じぐらい、自信満々のふてぶてしい微笑を含んだ口元。

 私は思わず去年の出来事を思い浮かべる。

「継続高校の隊長は去年の2軍隊長、ライナだ」

 なるべく昔の事を思い出さないようにしながら、私は話を続ける。

「練習試合のデータを見て直感したけど、継続高校の十八番とも言うべき防御戦は、まず使わないと思った方がいいわ。恐らくライナは戦術や方向性を180度変えた戦いをする。相手側のマニュアルに則った戦いは期待できないと思った方がいい」

 1年生の誰かがまた手を上げた。

「相手の隊長はどんな人なんですか!」

 完全に私が思い出したくなかった記憶を掘り返すような質問に、私はため息を一つ吐いてから説明を始める。

「端的に言うとゴミとクズとカスを足して割らない生きてる価値すら無いアバズレのトンチキ女だと思った方がいいわ。性格は最悪、負けた対戦校相手に指差して笑って嫌味を淡々と言うだけのクソ女で出来れば同軸機銃で蜂の巣にして海へばら撒くか畑の肥やしにし」

「由里ストップ」

 説明の途中で理香が止めに入る。2年生は「確かにそうだよなぁ」と言う顔を浮かべているが1年生たちは明らかに顔も笑っていないしドン引きしている。

「とにかく、スポーツマンシップなんて物は一切無い相手よ。相手がなめてかかるなら、私達は全力を持って継続高校を叩き潰す、以上よ」

 私は咳払いをしてから、説明にピリオドを打った。

 練習や試合前の研究会も終わり、すっかり人気の無くなったブリーフィングルームで、私は書類の纏めに入っていた。

 残りの数が厳しくなった燃料・砲弾・予備パーツの配分、それから対戦相手の継続高校の資料、さらに試合開始までの1週間で行う練習メニューのスケジュール表。

 どれを取っても重要な書類だ。それらに目を通しつつ、私はふと時計の針を見た。

 時刻は7時近くを過ぎ、周りはすっかり暗くなっている。続きは寮に帰ってからにしよう。

 そして、私は資料をケースにまとめようとして、人の気配を感じる。ブリーフィングルームのドアがノックされ、見慣れた顔がドアの隙間からのぞいた。

「ああ、紗江、どうしたの?」

「ちょっと用事があって来ました」

 紗江がブリーフィングルームへと入ってくる。私は鞄にファイルを押し込むと、ポケットに入れた鍵の感触を確かめた。

「もうすぐ施錠するから、今のうちに何か用事があるから行ってきた方がいいよ」

「いえ、戦車の事じゃないんです。隊長に用があって……」

 私に用事か。何の話だろうかと思いつつ、私はポケットから鍵を取り出した。

「じゃあ、施錠してからでいい?」

「はい、大丈夫です」

 私と紗江はブリーフィングルームを出ると、格納庫の戸締りを確認し、そのまま格納庫の出入り口を抜ける。

 出入り口のすぐ横では、由里が私を待っていた。

「よっ、お疲れ様。また居残り?」

「やる事が山積みなの」

 出入り口をしっかり施錠しながら答える。

「さて……で、私に何の用なの紗江」

「隊長。今日、夕飯一緒に食べませんか?」

 紗江が話を切り出した。

「……夕飯?」

 “今日は寮の食堂で食べる”と喉から言葉が漏れかけるが、紗江の様子がいつもと違う事に私は気がついた。

 心配そうな目をしている。隣に立つ理香も同じ様な目でこちらを見ている。

「由里ぃー、今日ぐらいは付き合いなよ、寮の献立、今日はあたしの嫌いなメニューなんだし」

 すぐにその目を伏せて、理香は万遍の笑顔で私の手を掴んで引き寄せた。

「奈央さんのアパートで食べましょうよ。今晩は美味しいカレーですよ」

「皆も来るから。さぁ早く!」

 私は何か引っかかる物を感じつつ、2人に連れられて奈央の部屋へ向かう事になった。

 

 話は聞いてはいたが、奈央は学生寮ではなく学生アパート住まいだ。門限も無く監視する寮長もいない、寮住まいの私にとってはまるで天国のような環境である。

 紗江と理香に連れられてアパートに入ると、既に先客がいたようだ。

「おっ、来た来た!」

「来たか」

 制服にエプロン姿の部屋の主、奈央と沙雪が私を出迎える。玄関から見える部屋の奥には、丸いテーブルに皿を並べる橋本ちゃんの姿もある。

「やーやー、今日のゲストを連れてきたよ!」

 理香が万遍の笑みで私の背を押す。

 部屋に上がると、キッチンからカレーの美味しそうな香りが漂い始めてくる。私は鞄を置き、とりあえずテーブルの前へ座った。

「……なんで唐突に皆と一緒に食事会する事になったの?」

 唐突な食事会のセッティングに私は頭を捻るが、同じくテーブルの向かいに座る橋本ちゃんがニコリと笑って答える。

「親睦会です!」

「……誰の?」

 隣に腰を下ろした理香が私の肩を叩いた。

「まーまー、4月からぶっ通しで練習ばっかりでこういう機会も無かったでしょ?それにこの面子で放課後に集まるのも最近全然無かったじゃん」

「去年から同じ戦車に乗ってる割には、練習と打ち合わせ以外全然会わないし……」

 理香の隣に腰掛けた沙雪がポツリと呟いた。私の左隣に座っている紗江も頷く。

「それに最近、隊長も随分と気疲れしているみたいですし、もっとリラックスしましょうよ」

「私、そんなに疲れるように見えるの?」

 そんな風に見られていたのか、と私は皆に尋ねる。皆は頷いた。

「この頃罵声の量もすっごく増えてるし、寝不足で辛そうだし、暇さえあれば険しい顔ばっかりしてるし……」

 理香が心配そうに私を見て言い放った。

 常に一緒に行動しているクルーには全てお見通しだったのだろう、確かに言われて見ればここ最近は夜更かして研究や練習メニューを組んだり予算書や備品リストとにらめっこという生活だ。放課後・休み時間を戦車道に費やしているので仕方ない気もするが……

「あんまり信用されてないのが癪だけど、もっと副隊長の私を頼ってもいいんだからね?デスクワーク以外は」

 理香が珍しく優しげな声で呟く。

「あまり無理はしないで下さいね」

 紗江も同じ様に私を見た。沙雪も、橋本ちゃんも口にはしていないが同じ事を思っているのだろう。

「……みんな、ありがとう」

 心配してくれる仲間がいるとは、何とも心強く、そして嬉しい事か。

 やがて、キッチンから大きな鍋を両手に、奈央が万遍の笑みでやってきた。

「はいはーい!美味しいカレーが出来たよー!」

 カレーのスパイシーな香りが心地よく鼻腔をくすぐる。油断するとすぐ腹の虫がなりそうなほど、食欲が刺激されていった。

「じゃあ、晩御飯にしますか」

 紗江の言葉に私は頷きと精一杯の笑みで応えるのだった。

 

 奈央が作ってくれたカレーライスは格別の味だった。

 練習後の空腹という事もあるのだろう、美味さもひとしおである。

「ところで……練習量も大分増えたけど、みんな大丈夫?」

 もぐもぐとカレーライスを咀嚼しながら私はみんなに語りかける。

「大丈夫ですよ。去年に比べて練習に力が入ってきて、いよいよ今年は全国大会へ行くんだ、って気持ちになりますし」

 紗江が付け合せの福神漬けをポリポリつまみながら呟く。

 一足先にカレー大盛りを平らげた奈央がお冷を飲みながら頷く。

「そういえば練習量もかなり増えたもんねー、放課後練習も増えてきたし」

「その代わり燃料と砲弾のストックが厳しいんだけどね……去年溜め込んでた分は先月の聖グロリアーナとの試合でほぼ底を尽きたし……」

 私は切実な問題をぽつりと漏らす。

「戦車道ってお金かかりますもんね」

 橋本ちゃんの言うとおりだ。実際、小さな規模の学園艦では経済的な危機が始まると真っ先に切り捨てられるのは戦車道だ。過去にニュースで戦車道が廃止になったという記事を何件も見ているし、あの大洗女子学園も二十年以上も戦車道を休止していた過去がある。

 その点、強豪校と弱小校を隔てる壁は予算だけだ。強運と化け物のように強いクルーがいなければこの壁を乗り越えるのは難しい。

「廃止は回避したけれど、また去年と同じ状況になるのは避けたいよねぇ」

 私の真横ではおかわり二杯目のカレーをスプーンで突っつきながら、理香が能天気な笑顔を浮かべている。

「練習試合に行く燃料がありません、なんて他校にバレたら大恥だよ?全国大会で勝利すればあの頑固者の生徒会長も予算を増やすでしょう」

「話変わりますけど、前回の試合、生徒会広報と新聞部がかなり大々的に記事にしてましたよ。クラスのみんなも興味津々ですし、皆から理解を得られる日も近いですよ」

 橋本ちゃんの言葉に、私は思わず目頭が熱くなる。

 去年は「戦車道受講してるんだ」と言っても周囲から「何それ」と言われ、敗北して悔しいと思っていざクラスへと戻れば、試合があった事すら知らないクラスメイトが大勢。戦車のせの字も出てこない会話、そして孤立感。

 そう思うと、戦車道がこの学園でようやくその存在感と地位を確立する時代が来たのだなぁとしみじみ思う。

「……どうしたの由里、カレー辛いの?」

「先輩甘口派なんですか?」

「もしかしてカレーの王子様でもダメなタイプか……?」

 感極まっている私の様子を勘違いしたのか、みな同じ方向にズレた突っ込みが飛ぶ。

「違う!」

 私は否定しながらもカレーを食べ続けるのだった。

 

 一通り食事も終わり、食器をキッチンのシンクへ戻した所で、理香がおごりと言う形で買って来てくれたプリンを食後のデザートで食べる事になった。

 堅苦しい戦車道の話題は抜きにして、私としてはあまり皆と話したことのない“ごくごく普通の話”が続いていく。

 そして、ふと紗江がある話題を切り出した。

「そう言えば、抽選会の会場で聞いたっきりですけど、隊長、小学校の時に何があったんですか?イジメられたって話を聞い――」

 と言いかけて紗江がはっ、と地雷を踏んだかもしれないと一瞬だけ黙る。

 横にいる理香は笑っている。

「あっ、すいません。聞いちゃいけない事ですか?」

「親睦会だから話す。別に大した事じゃないし」

 隣の理香もうんうんと頷き、昔話を始める。

「あれは小学校4年くらいの時だったかなー、由里が転校してきたばっかりで周りに馴染めずにぼっちになっててねぇ」

「ぼっちと言うよりは気の合いそうな子がいなくて距離取ってた感じかな。何せ1学年で2クラス作れるか作れないかぐらいの人数だったし戦車道が好きで気の合う人が1人もいなかったし」

 補足を入れながら当時の話を思い出す。

 今では帰省時くらいしか見る事の無い故郷の風景を思い浮かべながら、私は当時の事を思い出していく。

「それで同じクラスで男子とよくつるんでるガキ大将みたいな女子がいて、色々言ってきたんだよね、『黙ってないで何か言えば』とか『ちょっと話しようよ』とか」

「で、どうしたんですか?」

 橋本ちゃんが好奇心を持って問う。私は即答する。

「……思いっきり無視した」

「それがきっかけで周りから「嫌な奴だ」だの何だの言われるようになったんだよね由里は。大体睨み返していたし、一時期陰口が凄かったよね」

 段々皆の顔が曇っていく。

「で、さっきのガキ大将な女子も色々言って来てね、ある日戦車道の本読んでたら『戦車道なんてダサイしー』とか言われてね、ついに大変な事になったんだよねぇ」

「何があったの?」

 奈央が尋ねる。

「あまりにウザかったからそいつの腹をぶん殴った」

「うん、あれは痛かったね。当たり所が悪かったらその日の給食を全部ぶちまけてた自信がある」

「理香も随分と良い右ストレートだったよ、口ん中切れたしね、血の唾吐きながら「あ、格闘映画みたい」って思ったなぁ」

「『ザ・レイド』のクライマックスの格闘シーンみたいだったね、ホント」

 私と理香は和やかに思い出話を語るが他の皆は何故かドン引きしている。

「本当はどちらか先が死ぬまで殴り合おうかと思ってたんだけど先生がやってきて止められてね」

「由里も私も血まみれになってて、みんな本気で引いてたよねハハハ」

 互いに過ぎた昔話をしていて懐かしげに笑うが皆は1ミリたりとも笑っていない。

「イジメめっ子は副隊長だったんですね」

「2人ともバイオレンスすぎ……」

 奈央と紗江がドン引きしながら呟いた。

「まぁ、関係も一時期最悪だったんだけど戦車道に関するイベントがあった時に同じ戦車に乗る事になってね、私が車長で理香が砲手で」

「……生まれて始めて75mm砲ぶっ放したときは感動したねぇ……それ以来から由里とは仲直りして、ずーっと戦車乗ったり一緒に過ごして……」

 ついつい思い出話が進んでしまう。一方で紗江は意外と言わんばかりの顔を浮かべている。

「そんな事があったんですか……」

「ま、今じゃ懐かしい話だけどね」

 理香は楽しげに語る。

 実際、暴力的で最悪な出会いであったが、あの絡みで戦車道一辺倒だった私の人生で、初めての友達が出来たのだ。

 会話にも華が咲き、私達は寮の門限ギリギリまで皆と色んな事を語り合ったのだった。

 1回戦までの1週間は、驚くほど早く過ぎ去り、ついに試合当日を迎えた。

 会場の出入り口には「第64回戦車道全国高校生大会 第1回戦」の横断幕がでかでかと掲げられている。

 が、観客の入りはかなり悪く、試合開始前だと言うのに観客席に入っている人の数はまばらだ。我が校と相手校の生徒すら僅かしかいない。

 異常なほど盛り上がりに欠けている感じであるが、今年は参加校が去年の倍、スケジュールもかなり切り上げている為、こういった「誰も見に来ない試合」が出て来るのは仕方ない事だろう。おまけに今日、別の会場で行われる予定の「大洗女子学園対ヴァイキング水産」「聖グロリアーナ女学院対ヨーグルト学園」という有名校の試合に観客を持って行かれている印象が強い。無名校だからと見向きもされないのは百も承知だ。

 会場への入場を終え、私達は会場に搬入された戦車の整備とチェックを始める。対戦校の継続高校も同じだ。

 戦車の整備もすぐに終わり、私と紗江はシャーマン戦車から前方で待機する継続高校の車両達を眺めていた。

 全ては紗江の予想通りだった。

 継続高校の参加車両は10両、3号突撃砲G型、4号戦車、T-34/76が各3両、その中にKV-1が1両混ざっている。

 それぞれ車体にパーソナルマークとも言うべき継続高校の校章を付けており。乗員もどことなく黒森峰のユニフォームに似ている。

「やったね紗江、予想大当たりだよ」

「ええ、ある意味一番当たって欲しくなかった予想でしたけどね……」

 確かに来てほしくなかった編成だ。こちらにはパーシングという切り札があるものの、その他車両は攻撃力が不足している。その反面、継続高校の火力はかなり安定している、4号戦車も長砲身だし、待ち伏せ攻撃に優れる3号突撃砲の攻撃力は侮れない。こちら側の有力な戦力と比較すると実質10対4の戦いである。

「……でも、去年とは別のクルーが中心です。相手の錬度次第では試合展開も優位に進めますよ」

「まぁ、慢心してくれたらありがたいけどね」

 戦車道において油断こそ一番の敵だ。相手をナメてかかっていると大抵の場合は逆転される。去年のプラウダがいい例だろう。

 それにこちらも伊達に猛練習を重ねていない。今では行進間射撃で目標にビシバシ当てる化け物じみたクルーもいるし、理香のパーシングも命中率は絶好調だ。各車長やその部下もよくやっているし、連携協力も更に強化されている。

 それに戦車の整備も完璧だ。

 私は他の車両の整備状況やコンディションを確認するべく、シャーマンから降りる。紗江もそれに続いた。

 降りてから、私達は振り返ってシャーマンを見た。

 オリーブグリーン一色で塗装され、車体に白ペンキで書かれた「Destroy Them All !」の走り書きに校章……1年以上共にしてきた私達の愛車であり、相棒。

「頑張りましょうね」

 紗江の言葉は、私か、それともこのシャーマンに投げかけた言葉かは解らない。

 だが、私達がやるべき事はただ一つ「頑張る」だけ。それだけは言えている。

 

「相変わらず寄せ集めのゴミみたいな戦車隊ね」

 後ろから声がかけられる。振り向くと、そこに継続高校の制服を着た少女2人が立っていた。

 亜麻色のセミロングを揺らし、横に取り巻きの生徒を連れて自信満々な笑みを浮かべているのは継続高校の隊長、ライナだ。

 去年、1年生にして副隊長の座に着き、そして今年になって3年生を抑え隊長の座を勝ち取ったと専らの噂だ。そして私達にとっては因縁深い、去年の親善試合では私達をさんざん嬲って袋叩きにした女である。貧相な胸の割には胸を張っていやがる。

「何しに来た」

 礼儀もクソもない奴に敬語は不必要だ。私は純粋な敵意を向ける。

「試合前の挨拶に」

 相変わらず上品ぶった口調だ、気に食わない。

「それにしても、去年あれだけ叩いてやったのに、のこのこと全国大会に出てくるなんて、随分とおめでたい頭なのね。戦車道のイメージダウンに繋がる学校は――」

「紗江、シャーマンに斧積んであったよね?持ってきて頂戴」

 嫌味たっぷりに笑うライナを前に、私は横で突っ立っている紗江に顔を向ける。

「……何に使うんですか」

 紗江は私の目を見て何故か引きつった顔を浮かべる。いちいち用途を聞く必要があるのだろうか。

「“これ”をカチ割る……持って来て」

 紗江は返事もせずに一目散にシャーマン戦車へと向かって行った。

「あらあら、随分と血の気の多いのね。去年は黙って隊長の横で突っ立って、泣きそうな顔してた癖に」

 ライナはふふふと上品に、嫌味たらしく笑って見せる。

「テメェみたいなクソアマは生かして帰さん。10年前なら素手でぶっ殺してた」

 うっかり素の調子になるが、気にはしない。

「身の程を弁えて喋ったらどう?弱い戦車しか揃えられない弱小チームの癖にいきがって。学園艦に戻って米でも作っていればいいのよ」

 てめーの学園艦だって農業科あるじゃねぇかというツッコミが喉から出かけるが我慢だ。

「遅くなりました!」

 紗江が斧を抱えて戻ってくる。私をそれを素早く、奪い取るように受け取る。

 ずしりと来る重さの斧だ。取っ手を握ると、すぐにそれを振り回して、目の前のこれを頭からカチ割ってやりたい衝動に駆られる。

「まぁいいわ、黒森峰仕込みの戦車道で叩き潰してあげるわ。覚悟して待ってなさい」

 ライナは捨てゼリフを吐くと、そそくさと踵を返して自チームの元へと帰って行った。

 腰抜けが、あれだけ啖呵切っておいて逃げ出すとは。

「……本気でしたか、隊長」

 すっかり青ざめた表情の紗江が、いつになく距離を置いて呟く。

「ん?ああ、ごめん、ついカッとなっちゃった」

 私の悪い癖だ。喧嘩を売られるとつい買ってしまうしキレると見境が付かなくなる。

 ふと、ライナの横に居た生徒がこちらに歩み寄ってきた。

「あの……」

 声が若干震えている。ウェーブのかかったショートの茶髪で、背は私と同じくらいの子だ。

「すいませんでしたっ!」

 と、いきなりその子は深く頭を下げた、思わず面食らう私と紗江を尻目に、顔を上げ、涙目になりながら話を始める。

「あっ、あの、私、継続高校の副隊長をしていますミルカと申します。そ、そのっ、隊長が、あまりにも、ぶ、無礼な話をっ、そのっ」

 涙目になり完全に混乱しているらしいが、無理も無い。先ほど目の前で迷彩服を着た対戦校の隊長が斧を片手に隊長を今まさに惨殺しようとしたのだ、まともな人間ならこの修羅場に恐怖しない方がおかしい。

「いや、すいません……カッとなりすぎちゃって」

 逆こちらがもの凄く申し訳ない気分になって来た。相手がまともな人なら尚更だ。

 継続高校副隊長のミルカは、また頭を下げた。

「すいませんっ……あのっ、隊長は悪い人じゃないんです、ただ、その、不器用というか、ひっ、人付き合いに難があるというか……とっ、とにかくすみませんでした」

「……そちらの隊長さん、いつもああなんですか?」

 紗江の問いに、ミルカは頷く。

「はい……申し訳ないです」

 まるで非行をやらかして捕まった息子を警察から擁護する保護者の様相である。

 気の毒すぎて正直気が引けてきた反面、私達以外の学校でもあの態度に出ているらしい、これでは副隊長が心労で倒れてもおかしくないだろう。

「苦労してそうですね」

 紗江の言葉に思わず同意しそうになる。多分だがこの副隊長、試合をする度にこんな調子なんだろうな。

「……ついでに聞いて置きたいんですけど、もしかして黒森峰……と言うか西住流の門下生なんですか?あの隊長は」

 私の問いに、ミルカは頷く。

「はい。ですが中学校の頃に黒森峰で問題を起こして、継続高校に転校を……」

 うわぁ、超複雑。

「……まぁ、お互い頑張りましょう」

 ミルカに手を差し出し、握手を交わした。

「すいませんでした……では」

 再び頭を下げると、ミルカはライナの後を追って駆けて行った。

「副隊長はいい人そうですね」

「……そうね」

 私は携帯電話の時計を確認する。そろそろ試合前の整備点検を終え、試合開始の準備をする時間だ。

「よし、そろそろユニフォームに着替えるように皆へ伝えて」

「了解です」

 紗江が振り返り、待機中だった皆へ指示を飛ばし始める。

 

 試合会場の更衣室で、私達は持ち込んだユニフォームへ着替え始める。

 制服を脱ぎ、ユニフォームに袖を通す。

 初めはガチガチの軍服としか思えなかったこのオリーブドラブのBDUじみたユニフォームも、今ではすっかり慣れた。

 そして、今日はこの新しいユニフォームと戦車が、そして信越学園の戦車隊が公式戦に出るという記念すべき一日だ。

 果たしてそれが良き日となるか、それとも最悪な1日となるかは解らない。だがこれまでやるべき事はやったのだ、今やれる事をやるしかしない。

 ブーツに裾を入れ、靴紐をぎゅっと結ぶ。

 傍らに置いたヘルメットを手に取り、それを頭へと被った。

 ――戦場へ向かう時間だ。

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