ガールズ&パンツァー Bad Company Story   作:Colonel.大佐

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第5話「燃ゆる試合」

 滞りなく両校の挨拶は終わり、試合は開始された。

 フィールドはだだっ広い平原だ。そのフィールドの真ん中を突っ切るように整地された道が通っているが基本は獣道や車一台が通れる程度の砂利道が何本かあるだけ。両校のスタート地点もどこが有利だとか不利だとか、そういった問題が一切ない場所からのスタートだ。

 継続高校に対するこちらの作戦は至ってオーソドックスなもので、フラッグ車に護衛を付けて退避させ、攻撃チーム作って敵のフラッグ車を叩くと言う内容だ。比較的足が速く、攻撃力もそれなりにあるチャーフィー軽戦車2両と、虎の子のパーシング戦車、そして私の乗るシャーマン戦車で攻撃チームを組み、二手に分かれて効率的に敵車両を発見するのが狙いだ。

 残りの軽戦車は、フラッグ車の護衛に全て回っているが、護衛と言うよりは盾としての役目が強いのは否めない。とにかく、必要なのは敵位置の特定だ。フラッグ車を確認できないまま、ずるずると損害を増やしてしまっては元も子もない。

 去年と同じような試合結果にならないよう注意するべきだが、去年の親善試合と違って相手は10両、こちらは8両だ。練習も積み重ねてきたし、切り札がこちらにはある。

 後は精一杯戦うだけだ。

 今試合の編成は

 1号車(M4シャーマン)

 2号車(M24チャーフィー)

 3号車(M24チャーフィー)

 4号車(M3スチュアート)

 5号車(M26パーシング)

 6号車(T-34/76) フラッグ車

 7号車(2号戦車)

 8号車(九七式中戦車改・新砲塔チハ)

 という聖グロリアーナ戦と同じ布陣だ。強いて違いを言うならフラッグ戦……つまり目標車両を撃破したチームが勝利、撃破されたら負けというルールのため、フラッグ車を設定している点だろう。

 そこで、ある程度の装甲と火力を有した6号車、T-34/76をフラッグ車として選抜した。車高の高いシャーマンではすぐ見つかってしまうし、軽戦車では装甲が不安、パーシングは率先して戦闘に使いたいので妥当な選択である。

 攻撃はアメリカ戦車を中心にして行う事になり、残りがフラッグ車の護衛として後方待機、という事になった。

 

 4両が草原を突っ走りながら、継続高校の本隊への会敵へ望む。

 私はそんな中、キューポラから身を乗り出し、双眼鏡を覗き込んだ。

 丘陵の向こうから3両の戦車が顔を出す。継続高校のT-34/76、4号戦車、そしてKV-1重戦車だ。一旦停車の後に、砲塔をこちらに指向させながら向かってくる。

「来たな……!」

 私は不敵に笑うと無線のスイッチを押し込む。

「理香、前方に敵戦車発見!キツいのお見舞いしてやって!」

『了解!』

 シャーマンの隣に並び、停車したパーシングが砲塔を旋回させて狙いを定める。

 継続高校の3両はスピードを緩めず、隊形を乱さないままこちらへと向かう。

 パーシングの戦車砲が、凄まじい砲声を上げて吼え狂った。

 空気を震わすほどの振動と砲声が辺りを駆け巡り、シャーマンのキューポラから身を乗り出した私の身体を大きく震わせた。

 発射された砲弾は向かいつつある3両へ目掛けて飛んで行く。

 それと同時に、4号戦車とT-34が砲撃を開始し、砲煙と発射の閃光を確認する。私は砲撃の命中を確認する前に、キューポラから身を沈めて車内に入る。

『こちら5号車、KV-1撃破!』

 無線から流れる理香の報告に私は思わず「おお」と声を漏らす。

 さすがにパーシング戦車の砲撃が強力だ。KV-1のような大祖国戦争初期の重戦車が90mm戦車砲を受けて無事な筈がないだろう。

 そして次の瞬間、数メートル手前の地面がいきなり爆ぜた。

「おおっ!?」

 先ほど放った継続高校の砲撃だ。距離にして数百メートルはあるが、行進間の射撃で、まぐれの一言で片付けるには洒落にならない正確さの砲撃が来たのだ。

「どうするの!」

 奈央が狼狽するが私は落ち着いて無線スイッチを押し込み、答える。

「全車前進!2号車と3号車は先行し行進間射撃を叩き込んで!」

 後ろに控えていた2両のチャーフィーが素早く前進を始める。

 先導するチャーフィーの後ろには、シャーマンとパーシングが控える。速度を上げ、迫り来る2両の戦車を相手に全力で立ち向かっていく。

「幸先いいですね!KV-1をやりましたよ!この調子でぶっ殺…倒しちゃいましょう!」

 鉄甲弾を抱え、装填の準備に入った紗江が目を輝かせる。確かにその通りだろう、去年の親善試合では1両たりとも撃破する事の出来なかった相手を始めて撃破する事が出来たのだ、それもこちらが先制して、だ。それにしても紗江が私色に染まってきた気がするのは気のせいだろうか。

『こちら2号車!行進間射撃が当たりません!これじゃ砲弾の無駄です!』

 1年生の車長が悲鳴を上げる。無理もないだろう、火器管制装置や砲の威力や精度が向上した現用戦車ならまだしも、こちらが使っているのは第二次大戦に使われていた戦車だ。当然走行中の車体の揺れで照準を合わせて砲撃するのは至難の業だし、さらに相手は射程圏内とは言えまだまだ遠い。

「相手に冷静さを与えないように撃ち続けて!」

 私は無線越しに檄を飛ばす。チャーフィーに積める砲弾はフルで48発だ、この調子でぶっ放してもまだ余裕はある。そりよりも一番は相手に冷静さを与えない事だ。

 ペリスコープ越しに見える敵戦車のシルエットが、段々と大きさを増して行く。先頭車両との距離はもう500メートルを切っている。目と鼻の先だ。

 沙雪がトリガーを引き絞る。

 発射された75mm砲弾が弾道を描き、4号戦車へと命中する。被弾、爆発の後に車体は完全に停止する。

「……命中」

 沙雪が呟く。

「よしっ!次はT-34を……」

 次の目標指示を行おうとしたその瞬間。

 爆発音と共にシャーマンの左脇で衝撃が走った。榴弾の爆発だ。

「何だ!?」

 私は思わず左を見る。雑木林の向こうから戦車のシルエットが浮かび上がり、姿を現す。

 同じ様に右を見る。こちらにも戦車の姿がある。

「なっ…!!」

 左右の茂みから、3号突撃砲が顔を出してこちらを狙っていた。

 早い。まだ試合開始から20分も経っていないのだ、これほどの短時間で攻撃部隊に対する包囲網を築いたというのか?

「全車後退!」

 無線のスイッチを押し込みながら叫ぶ。

 即座に前進中の4両が停止し、急ぎ後退を始める。だが、それは最悪の選択だった。

 砲声の後に砲弾の飛翔音が聞こえ――

『2号車被弾!!』

 真横に並んで後退中だった、チャーフィーに砲弾が命中した。

 爆発と共に黒煙を上がり、白旗が上がる。撃破判定が出たのだ。

 次いで砲撃がシャーマンへと降りかかるが、数メートル手前で着弾し爆発を起こした。

 至近弾を喰らうが、そんな事を気にしている暇はない。

 生き残った3両が全速で後退を始める。待ち伏せ中の3号突撃砲が動き始め、追っていたT-34も後退を中止し、待ち伏せ部隊と共に追撃の体制に入る。

 ペリスコープ越しに接近を始める敵戦車を数える。追撃に入るT-34、アンブッシュから攻勢に回る3号突撃砲、更にその後ろから飛び出したT-34、それら合わせて6両が私達を包囲しようと全速でこちらへと向かってくる。

 こちらの全車両は方向転換し、全速で離脱を開始する。

 がたがたと車内が激しく揺れる。そんな中、車列からパーシングが離れていく。

「どこ行くの理香!」

『あたしが追撃する連中を引き付けるから早く逃げな!隊長車がやられたら元も子も無いでしょ!』

 理香の通信と共にパーシングが全速でシャーマンから離れていく。それと同時に追撃に回った継続高校の戦車部隊が二手に分かれる。6両の追跡が3両へと分かれるが、それでも形勢不利に違いは無い。

「撒けてない……!」

 私は悪態と共にキューポラを押し開けて身を乗り出す。

 風を受けながら、双眼鏡を取り出して辺りを見回す。

 近辺には遮蔽物も何も無い、逃げ回るくらいしかやる事が無いのだ。私は舌打ちと共に後方から追跡に入るT-34と3号突撃砲を見る。

『こちら3号車、私達が盾になります!隊長は離脱をお願いします!』

 無線から併走するチャーフィーの車長の声が聞こえる。私は通話スイッチを押し込む。

「3対1よ!真っ先に殺られるわよ!」

『承知です!』

 私の言葉を待たずに、チャーフィーは速度を落としシャーマンの真後ろに付く。

 そして、砲塔を回転させながら急停止を行い、道を阻むかのように2両の前に立ちはだかる。

 遠巻きに小さくなっていくチャーフィーの車体を見ながら、私はキューポラに身を沈め車内へと戻る。

「あのバカ……!」

 私の小さな声は、シャーマン車内の轟音と遠巻きに聞こえるチャーフィーの砲声によってかき消された。

 

 追っ手を振り切ったシャーマンはそのまま森の中へと入っていく。

 奈央にエンジン停止を指示すると、私と紗江はキューポラから身を乗り出して車外へと飛び出る。

 シャーマンが踏み潰してきた草やへし折った枝を拾い集め、シャーマンに被せて偽装を施しながら、私はさっそく狂い始めた予定を立て直そうと考える、が。

「先輩!」

 キューポラから橋本ちゃんが顔を出した。

「報告です、3号車が撃破されました!」

「くそっ……!」

 私は思わず悪態を吐く。

 攻撃チームが壊走し、チャーフィーが全て撃破され、パーシングとも分断されて敵がいるかもわからない地帯に孤立無援になってしまったのだ。かなり旗色が悪い。

「今ここで敵の待ち伏せを受けたら、ひとたまりもありませんよ」

 とっくの昔に理解している事を紗江が呟くが、私は何も語らない。

 地図を取り出し、自分達の位置を確認する。フラッグ車の秘匿位置、そして移動中のパーシングの位置を把握しながら、私は考える。

 パーシングと合流し、再度攻撃部隊を編成して継続高校の本隊へ攻撃を仕掛けるプランもあるが、敵の位置が把握できていないため無闇に動かせない。かと言ってフラッグ車と合流し防御の流れに入れば、一度捕捉された際に数で責められる可能性がある。8対6、いや、戦車の性能で比較すれば8対3もいいところだ。こちらのフラッグ車位置が敵に露見していない以上、無闇に動き回るのは得策ではない。

「……隊長」

 紗江が、ふと真剣な口調になった。

「エンジン音が聞こえませんか?」

 紗江の言葉に、私は耳を済ませる。

 木々のざわめき、風の音、鳥のさえずり、それらの環境音に混じり、ふと戦車の履帯が回転する音と、エンジンの轟音が微かに響き渡り、こちらへと近付いてくる。

「……」

 私と紗江は双眼鏡を片手に、木立の間、平野を見わたせる位置へと向かう。

 覗いた双眼鏡の向こう、1キロ離れた場所に隊列を組む戦車たちが見える。数は3つ、その真ん中には一際目だつ旗を揚げている4号戦車が見える……フラッグ車だ。

 エンジンを切り、葉や枝で入念な偽装を施してあるシャーマン戦車には全く気が付いていないようだ。

 地図を見る限りでは、あの本隊はさらに後方で移動を始めているようだ。攻撃を仕掛けようにも、シャーマン1両では難しい。

「フラッグ車の周りを護衛がきっちり詰めてる、あれじゃダメだ」

「隊長、いっそのことモロトフカクテルでお出迎えしましょうか?」

 火炎瓶か。確かにあれば便利だろうが……

「ルール違反よ」

 私は双眼鏡を下ろし、紗江と共にシャーマンへと戻る。

 沙雪と奈央が振り向いて私を見る、通信機へ向き合いつつも、橋本ちゃんが指示を待つ。

 私は手持ちの地図と名簿を見る。マーキングした地点に控える自チームの車両位置を確認。

 無線のスイッチを押すと、私は手近な車両へと指示を飛ばす。

「……8号車、現在D-8地点で敵のフラッグ車を発見。フラッグ車の防御から外れて追跡をお願い」

『了解です、これより追跡を開始します』

 8号車……新砲塔チハを偵察に出す事にしよう。

『こちら5号車、追っ手は撒けたよ。指示を頂戴』

 無線から更に理香の声が聞こえる。 

「……5号車はフラッグ車と合流し護衛へ、尾行されていないか注意して」

 とりあえずは相手の出方を見て、それから作戦を立て直すしかないだろう。

 

 腕時計の針を気にしながら、私はエンジンを完全に切った車内で、橋本ちゃんと共に地図を眺めながら情報の把握に努める。

 沙雪と紗江は外へ出て周辺警戒、奈央は操縦席に張り付きいつでも発進できるようにスタンバイしている。

「……同じ所をグルグル回ってるだけみたいね」

 偵察中のチハからの報告をまとめながら、私はグリッドで区切られた地図のマーキングを見て呟く。

 フラッグ車は移動しては止まり、また動いて止まったりと一箇所に留まらずフィールド内をぐるぐると回っている。かれこれ1時間近くそんな事をやっているのだ、恐らくはこちらの攻撃部隊と遭遇するのを恐れてこの行動を取っているのだろう。

 それに対して継続高校の攻撃部隊に関する偵察の情報は入っていない。報告ではフラッグ車と護衛合わせて3両が行動しているだけで、残り5両がどこにいるかは依然として不明だ。

「こちらは隠れるのを止めて攻勢に転じる……と言うのはどうですか?」

 橋本ちゃんの言葉に私は首を横に振る。

「フラッグ車が餌として使われてる可能性があるから迂闊に飛び出すのは得策じゃないよ。こちらの攻撃力が減るのは何としてでも阻止したいし」

 理香のパーシングは装甲も火力も段違いだが、もし撃破されたら手痛い損失だ。重要な戦力には変わりないが、出来ればこれからはこちら側の鬼札として大事に使って行きたい。

「……隊長、じっと待ってるだけじゃつまらないですよ」

 意外と橋本ちゃんは物申すタイプなんだなと私はふと思う。

「待つ事も肝心よ。反撃を始めるのはまず継続高校の残り車両の位置を掴まないと」

 私は時計の針を再び眺める。

「そろそろ定時連絡入れて」

「了解です」

 橋本ちゃんが再び無線を操作する。

「こちら1号車です。8号車、状況をどうぞ」

『こちら8号車、継続高校のフラッグ車追跡中、座標はA-6地点です』

 一瞬の間を置いて、無線越しに8号車の車長が返事をする。

 地図を確認する、フィールドの端に近い位置だ。飛ばせばこちらからでもすぐに行ける距離。

『周辺に敵の気配なしです。フラッグ車も先ほどと同じ地点に向かっています』

 もう三週目に入っている。敵フラッグ車がバターになってしまう勢いだ。

『ちょっと待って下さい、何か様子が変です、轍の数が増えて――』

 と、砲声が無線機越しに鳴り響き、通信が途絶える。

 私の背筋が一瞬強張るが、すぐさま橋本ちゃんから無線機のマイクを奪う。

「8号車!離脱して、早く!」

 しかし無線機からは何も流れない。

 通常なら撃破された戦車であっても、すぐに通信が帰ってくる筈であるがそれが無い。

 8号車に何か不穏な事が起こっているのは確実だ。

「奈央!急いでA-6地点へ向かって!」

 私の叫び声と共に、シャーマンが動き始める。私は周辺警戒する2人を呼び、すぐさま乗車させる。

 擬装用の木々や葉を踏み潰しながら、久々にシャーマンの巨躯が走り始めた。

 

 キューポラから身を乗り出し、周囲を確認しながら私達のシャーマンはA-6地点へと向かう。

 そこで、その地点の一角、草原の真ん中で黒煙を上げている一つの物体を目にする。双眼鏡でシルエットを確認するが――破壊された戦車である事以外何も確認できない。

 スピードを上げ、シャーマンがそれの真横へ付くと同時に、私は絶句した。

 目の前には鉄塊――九七式中戦車改だったものが転がっていた。装甲は剥がれ、主砲は折れ、転輪は片側を残し殆ど吹き飛ばされ、キャタピラもバラバラになって無くなっていた。全てが破壊しつくされ、被弾の衝撃で引き剥がされた装甲の下には乗員を保護するカーボンの層がむき出しになっている。周囲には被弾によって飛ばされた破片が散乱している。

 だが、一番私を絶句させたのは車内から濛々と立ち込める煙だった。他にも黒焦げになった部分は存在し、行動不能を告げる白旗が風にはためいていた。

 これでは回収しても再修理は不可能だ。

「奈央、この位置で停車して周辺警戒。みんな少し待っていて」

 私は一旦停車し、周辺を警戒しつつもすぐさまシャーマンから降りる。

 残骸の近くには、放心して立ち尽くす1年生のクルーが見えた。皆、唖然とした顔で徹底的に破壊された自車両を見ている。

「……皆、大丈夫?怪我は無い」

 1年生の車長へ尋ねる、その子は頷いた。

「大丈夫です……」

「何があったのか、説明して」

 私の問いに、後ろに立っていた子――装填手が答える。

「待ち伏せにあって撃破されました……5両の一斉射撃で、鉄甲弾や榴弾が、いっぱい飛んできて……私達はカーボンで無事だったんですけど、更に車内火災が起こって、手に負えないくらい酷くて……」

「……全員に下車を命じた後、砲弾が誘爆して……この通りです」

 車長がぐっ、と両拳を強く握る。

 撃破されただけでも悔しいのに、大事に乗っていた戦車……それも数少ない8両のうちの1台を完全に損失した形になったのだ。必死に嗚咽をこらえ、それでも、涙が伝って落ちていく。

「すいませんでした……隊長……」

 私は彼女の肩を叩く。

「いいの、皆を守れただけでも立派だよ」

 一歩間違えれば車内火災と砲弾の誘爆で死んでいたかもしれないのだ、的確に全員下車を命じて安全を確保しただけでも御の字だ。

 装填手の子が、ある方向を指差す。

「フラッグ車と本隊は合流してあちらに向かいました。先輩、後はよろしくお願いします!」

「絶対に仇は取るから、みんな回収車に乗って、先に待っていてね!」

 私は手を振ってそう告げると、すぐさまシャーマンへと乗り込んだ。

「みんな無事だった?」

 奈央が心配な面持ちで私を出迎える。私は首を縦に振った。

「みんな無事、でもチハは完全に破壊された」

 紗江は思わずぎょっとした表情を浮かべる。

「何で……行動不能車両に対する攻撃はルール違反じゃないですか!」

「5両の一斉砲撃で撃破されたそうよ、行動不能後の攻撃じゃないみたい――橋本ちゃん地図貸して、奈央、H-7に移動して、なるべく開けた場所は避けるように」

 シャーマンが移動を開始する。

 私は地図を見ながら、静かな怒りを押さえ、ゆっくりと深呼吸をした。

 戦車道の試合において、感情で動く事はタブー中のタブーだ、我を見失って絶対に大切な事を見落とすし、怒りに身を任して暴れるのは野蛮極まりない。

「これからどうしますか?」

 紗江の言葉に、私は答える。

「奴らを潰す」

 だが、私は野蛮で結構だ。

 今私が出来る事――それは奴らを狩り立て、フラッグ車を潰す事だけだ。

 

 理香へ通信を入れつつ、私は地図を広げながら頭の中で作戦を立てる。

「理香……これからフラッグ車を継続高校の本隊へ向かわせるわ」

『やられるよ』

 理香の真面目な声が返る。

『幾らT-34でも本隊に襲われたら元も子もないでしょ?』

 尤もなツッコミ。だが私の頭の中で描いたプランでは想定内のリスクだ。

「これは危険な賭けだけど……連中に一泡拭かせるプランがあるの。やってみる価値はあるわ」

『乗った!じゃあ指示を頂戴』

 私は頭の中で描いた作戦を、地図を交えて伝えていく。

 危険な賭けだが、形勢逆転と勝利を兼ねたプランはこれしかない。

 まず必要なのはパーシングと護衛の2号戦車、そして偵察車両役のスチュアートと餌となるフラッグ車T-34、そして――狩人役のシャーマンだ。

 

 こちらが行動を開始して二十分足らずでスチュアートは継続高校の本隊を確認した。その位置情報を元にT-34がわざと継続高校の本隊前へと突っ込んだ。

 やられるか――と危惧しながらも、T-34は順調に継続高校の本隊を吊り上げた。

『こちら4号車。偵察中の装填手から報告、継続高校の攻撃部隊は本体と合流しフラッグ車を追っている模様、現在J-8地点へ移動中』

「了解です……隊長、準備が出来ました」

 スチュアートから連絡が入る中、橋本ちゃんが各車両の配置完了を告げる。

 通話スイッチを押し込むと、私は指示を出す。

「……各車両へ通達、“狩り”を始める、行動開始」

 待機中だったシャーマン戦車がスピードを上げて前進を始める。

「4号車、そのまま偵察を続行後、H-8地点で5号車と合流。フラッグ車は全速で待ち伏せ地点へ誘き出して、以上」

 指示を伝える。後は敵がこの作戦に乗ってくれるのを待つだけだ。

 

 移動を終えたシャーマンは、待ち伏せ地点である小高い丘陵の頂上……雑木林の真ん中に陣取る。

 先ほど森へ隠れたのと同じ様に、枝や草で入念に偽装を施すと、私は車外へ出て双眼鏡を片手に確認する。フラッグ車のT-34が全速でこちらの目の前を横切り、パーシングが隠れている丘陵へと向かっていく。

 丘陵の向こうにはパーシングが控えている。あとはタイミングを見計らって顔を出して砲撃、さらに後ろからシャーマンで退路を塞ぎ、継続高校の本隊を奇襲でぶっ叩くという算段だ。

 双眼鏡でT-34がやってきた方向を見る。もうもうと土煙を上げて、戦車の大部隊がこちらへと接近していく。

 継続高校の本隊だ。やがて戦車の大きさが豆粒程度になったのを確認すると車両を数える。全部で8両、フラッグ車を含む全ての戦力でこちらへと向かってくる。

 それを確認すると、私はシャーマンへ戻り、今度はキューポラから双眼鏡を構える。

 木々の隙間越しに、移動する戦車隊を見ながら、私はタイミングを伺う。早すぎてもダメ、遅すぎてもダメだ。

 距離を測りながら、私は無線のスイッチを押し込む。

「5号車へ、射撃位置へ移動!」

 理香の乗るパーシングが丘陵の頂上へ顔を出す。

「撃て」

 号令と共に、丘陵の頂上からパーシングの砲声が轟いた。

 前進する継続高校の本隊を目前に、パーシングの発射した榴弾が着弾し爆煙と土煙が巻き上がった。

 案の定、本隊は停止し、それぞれ行動を始める。一糸乱れぬ精確さで攻撃へ転じるチーム、後退するフラッグ車とそれを防衛するチームと本隊が二分される。

 フラッグ車の防衛は3号突撃砲が3両、一方で攻撃に転じるのはT-34、4号戦車が合わせて4両だ。

 私はそれを双眼鏡で眺めると、奈央へ命令を下す。

「全速前進!後退する車列に突っ込め!」

「りょ、了解!」

 シャーマンのキャタピラが回転し、全速で丘陵を下っていく。偽装のための枝木や葉を振り払い、踏み潰しながら後退するフラッグ車目掛けてシャーマンが果敢に立ち向かっていく。

 距離は700メートル程だ。全速後退を始めるフラッグ車の退路を塞ぐには少々厳しい距離かも知れない。

 そうこうしている間に、パーシングが第二射を攻撃するチームへと叩き込む。

『こちら5号車、T-34を1両撃破!――次の目標!右翼の4号!』

 ついに1両撃破の報が上がる。

 これで7対5、私は裂けんばかりの笑みを漏らす。

 継続高校は護衛のための戦力に3号突撃砲を使っている、回転砲塔の無い車両となれば信地旋回で車体ごと動かさないと攻撃は出来ないし、後続――それも横から来る車両に対しては咄嗟の攻撃は難しい。

 このまま相手が気付かないまま突入が成功すれば……フラッグ車を叩き潰す事は造作も無いはずだ。

 だが、

「ははっ」

 思わず私の口から乾いた笑いが漏れた。

 4号戦車が、砲塔をこちらに指向させてきたのだ。キューポラから身を乗り出した、亜麻色の髪を揺らした人影が、こちらを一瞥してから即座に車内へと戻る。

 ライナに関する認識を改める必要がありそうだ。彼女の指揮能力は高いし、戦車乗りのカンは一流だ。この状況で即座に奇襲攻撃をかけるこちらを発見したのだから。

「由里!4号がこっちに気が付いたよ!」

 奈央が悲鳴を漏らす。

 私は思わぬ状況の変化に舌打ちをするが、それに重なって無線から理香の声が入り込む。

『攻撃に回ったチームが後退に入った、まさか……フラッグ車を防御するつもり!?』

 先ほどパーシングの攻撃に回ったチームが、今度は後退を始めてフラッグ車への合流を図ろうとしていたのだ。

 奇襲攻撃という最大のチャンスが崩れようとしている今、私はこれからの事を考える。

 どうすればいいのか。

 何をすれば?

 

 永遠とも、一瞬とも取れるような沈黙の中で、私は無線のスイッチを押し込んだ。

「5号車、前進して追撃部隊を攻撃!フラッグ車、可能な限り離脱し退去!」

 両車両の車長が「はい!」と威勢よく返事を返す。

「4号車、7号車は急ぎ突入!同士撃ちは気にせず本隊を引っ掻き回せ!連中に冷静さを与えるな!」

 指示を飛ばしながら私はペリスコープ越しに周囲を見回す。視界が狭い、私はキューポラを空けて身を乗り出す。

 風を受けながら、私は視線の先にいる敵フラッグ車を見る。フラッグ車と護衛の車両は速度を落とし、後退を始めた攻撃部隊と合流する体制に入りつつある。

 させるものか。1秒たりともお前達に冷静になる時間を与えはしない。

 パーシングが砲撃をしながら丘陵を下り始める、距離を詰めていく中、更にパーシングの後ろに隠れていたスチュアートと2号戦車が猛スピードで駆け下り始める。

 機関砲、戦車砲、機銃、すべての攻撃が防御の姿勢を取り始めた継続高校の本隊へと叩き込まれる。回避行動をとりながら猛スピードで迫り来る軽戦車を相手に、継続高校がとっさの反撃を開始する。だが、反撃を潜り抜けた2両は継続高校のど真ん中へと突っ込んだ。

 まさにそれは魔女の大鍋と言わんばかりの混沌だった。

 4号戦車、3号突撃砲、T-34が入り混じる継続高校の戦車隊は、完全な混戦状態下にあった。隊列は乱れ、回転する砲塔は、僚車の間を縫うように駆け抜けていく軽戦車を捕らえる事が出来ず、逆にその砲口は味方ばかりを捉えていた。

 そして、ついにシャーマンはその混沌へと突っ込んでいく。

 奈央の操縦により車内は揺れているが的確に混乱をすり抜けている。今この瞬間にも、T-34の脇を掠めて、シャーマンは隊列のど真ん中を突っ切る。

 砲声が鳴り響く。

 空になった薬きょうが主砲から排出され、シャーマン戦車の床へと転がる。紗江は素早く両手に持っていた75mm砲弾を主砲へ押し込む、装填完了の掛け声と共に、沙雪は冷静に照準器越しに敵車両を捕らえ、主砲のトリガーを引き絞る。

 ペリスコープの向こう、フラッグ車の盾となった4号戦車に砲弾が命中する。白旗が揚がるのも確認せず、私は叫ぶ。

「フラッグ車を狙って!雑魚は放置!」

 今狙うのは護衛に回る雑魚ではない、その奥に守られた大物――フラッグ車だ。

 4号車、7号車も果敢に応戦し、本体を撹乱するために敵中に突入しているが、この混乱もいつまで持つか解らない。パニックが収まった瞬間、それこそが私達最後の瞬間だ。

 この混乱から抜け出そうと、必死に逃げ回ろうとするフラッグ車を追うように、シャーマンは突き進んでいく。

『4号車!行動不能!』

 無線から4号車がダウンしたとの情報が舞い込む。これでこちらの残り戦力は4つ、対する継続高校は――いや、そんな事を考えている時間すら惜しい。

「残りの車両は撃ち続けろ!奴らに噛み付けっ!」

 いつもの口調も殴り捨て負けじと私も無線を通して叫ぶ。

「前に3号突撃砲!」

 奈央の叫び声に、私は思わず目を見開いた。

 ペリスコープの向こう、3号突撃砲が信地旋回と共にその主砲の砲口をこちらに向けていた。

 ――回避行動か。

 いや、それすら遅いか?

 

 全身が一瞬で血の気が引きかける。だが――

 砲弾の飛翔音と共に、3号突撃砲の車体後部に砲撃が叩き込まれた。白旗が即座に上がる。

 行動不能になった3号突撃砲をかわし、シャーマンは引き続きフラッグ車だけを追いかける。

『あたしらを忘れてんじゃないでしょうね!』

 無線から5号車――理香の声が流れる。

 土壇場でパーシングの砲撃が叩き込まれたのだ。私は胸をなで下ろしたくなるが、気にせず前を見続ける。

 砲撃と共に、75mm砲が砲弾を吐き出す。砲手の沙雪が珍しく「くそっ」と悪態をもらした。

 砲弾は間一髪でフラッグ車を外れ、地面を抉って土埃を上げただけだった。後方では砲声が絶え間なく鳴り響く。

『7号車被弾しました!行動不能です!』

 無線からは最悪の声が漏れる。これで軽戦車は全て壊滅した。こちらの残りは3両――

 それは同時に、2号戦車とスチュアートの時間稼ぎが終わったと言う証拠だった。冷静さを取り戻した継続高校が、残りの突入車両――シャーマンを葬るチャンスを生んでしまったのだ。

 突入までわずか2分足らずの混乱が終わり、私は意を決する。

「沙雪、停車するから一撃で仕留めて!」

 沙雪は黙って頷く。

「自殺行為です!ここで止まったらやられちゃいます!」

 橋本ちゃんが抗議の声を上げるがそれを制するように私は叫ぶ。

「まだパーシングがいる!いいから止まって!」

 奈央が急停車する。停車によってシャーマンの車内が一際大きく揺れる。

 沙雪が砲塔を回転させる中、後ろから砲声が鳴り響いた。

 

 鈍い金属音が鳴り響き、車体が揺れる。私は思わず撃破されたと勘違いしかけるが、まだ砲塔は動き続けている。

「被弾しました!」

「まだ動ける!沙雪!照準、敵フラッグ車!」

 砲塔が回転する。

 モーターが駆動し、回転していくその僅かな時間すら長く感じる。

 ペリスコープの向こう、砲身の先には、背を向けて脱出を図るフラッグ車と盾にならんと立ちはだかる3号突撃砲が見える。

「撃て!」

 砲声が鳴り、空薬きょうが吐き出される。

 その瞬間、幾多もの砲声が重なった――

 

 被弾の衝撃で車内が凄まじく揺れる。それも1度ではない、2度、3度と車内が揺れ、金属が破壊される音が耳を劈くような大きさで鳴り響く。体はカーボンで覆われた車体内壁にたたきつけられ、ヘルメットがガツンとペリスコープにぶつかった。

 揺れが収まると、静寂だけが車内に残った。

「命中確認は?」

 沙雪に尋ねる。沙雪は照準器から目を離した。

「照準器ごと被弾した、見えない」

「エンジンが……動かないよ……由里」

 必死に操作を試みながら、奈央がシャーマンを動かそうとする。

「撃破されましたね」

 紗江が口にする撃破という言葉を聞き、奈央はついに操作を止めた。

 私は立ち上がってキューポラを開ける。

 もうもうと周囲に立ち込める煤けた煙、先ほどの喧騒とは打って変わって静まり返る周囲。何かが燃える音。

 幾多もの被弾により、シャーマンのキューポラ付近から白旗が挙がっている。

 風が吹き、煙が晴れて行く。

 

 私は息を呑んだ。

 

 敵フラッグ車から煙が上がり――

 白旗が揚がっていた。

 

 

「勝った……勝った!!」

 シャーマンの車内に皆の歓声が響き渡る。

 橋本ちゃんはすかさず無線機に向かって叫ぶ。

「やりました!敵フラッグ車を撃破しました!」

 無線越しに仲間からの歓声が聞こえる。

「やった!やりましたよ隊長!」

 紗江が万遍の笑みで私に抱きつく。離れろ。

「いやぁ……土壇場で考えた低レベルな作戦がまさか成功するとは」

「いいじゃないか、成功しただけマシだ」

 沙雪の言葉に私はようやく安堵した。そうだ、勝てたのだから。

「それにしても……何か焦げ臭いと言うか……燃えてない?」

 奈央が不安げに言葉を口にする。そう言えば先ほどキューポラから顔出した時に燃えてる音が聞こえていたが……

 そこで、私はようやくこの車両が集中砲撃を叩き込まれていた事を思い出す。まさか動かないという事は機関部に被弾したという可能性も。

「消火器だ紗江!急げ!」

 私は即座に紗江に命令し、急いで消火器を片手に外へ飛び出した。

 

 あやうく大炎上する所だったシャーマン戦車の回収も終了し、試合終了の挨拶も無事に終了した。

 未だに実感のない勝利の余韻に浸っている私に、挨拶を終えて帰っていく継続高校の生徒達の中から、2人の生徒がこちらへと向かって歩いて来る。

 ライナとミルカだ。試合前と違い、ユニフォームに身を包んだ2人は私の前に立ち向かった。

「……私達の勝ちね」

 私の言葉にライナはただ黙る。

 沈黙が流れた後、ライナは口を開いた。

「どんな手を使ったかは知らないけれど、まぐれで勝っただけでいい気にならないで欲しいわね。次は――」

「次があれば、の話だけど。何にせよ勝った事は事実よ」

 話を被せるように私が呟く。

「帰るわよ、ミルカ」

 声を震わせながら、ライナは踵を返して立ち去っていく。

 丸まった背中を見ながら、私は前へ一歩出た。

 何か話そう、と心では思っているが肝心の言葉が出ない。

 ライナが立ち止まって僅かに振り向く、こぼれかけの涙で潤み、悔恨に満ちた瞳が私を睨み付けていた。

 それからライナは再び前を向くと、車長たちが控える継続高校の列へと戻っていった。

「隊長、ついにやりましたね!」

 去っていくライナを見ている中、紗江がニヤニヤと笑いながら私の横に立つ。理香も同じ様に隣に並んだ。

「由里ぃ、今心の中で何を思ってるか当ててあげよっか?」

「……ざまぁみろとは思ってないよ」

 私は理香を制すように呟いた。

 ライナ個人の性格はともかく、ライナの隊長としての腕前は悪くない、そればかりか強敵と呼ぶに相応しい相手である。こちらが勝利を掴んだとは言え、ライナの言うとおり、隊長である私が行き当たりばったりに下した杜撰な作戦の、それもまぐれの成功でしか無かったのだ。

 過去の因縁であった相手を下す事が出来たとはいえ、紙一重の差でしかない勝利だ。こちら側にも課題は山積みだ。

「あんな目をするんじゃないよ……」

 私はふと独り言を呟いていた。

 去り際のライナの瞳を思い出す。去年の私も、あんな風に継続高校を見ていたのだろうか。

「私達は勝ったんだから。もっと気楽に行こう、ね?」

 理香に肩を叩かれながら、私は力強く頷く。

 

 だが、次なる敵は思わぬ所から迫ってきたのだった。

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