ガールズ&パンツァー Bad Company Story 作:Colonel.大佐
まどろみの向こうで、目覚まし時計の電子音が鳴り響く。
一気に夢の中から引き摺り下ろされた私は手探りで目覚まし時計のアラームを切ると、もそもそとベッドから起き上がった。いつもの見慣れた寮の部屋が目の前にあった。
ただし、目覚まし時計でセットした時刻はいつもより2時間近く早い。
いつになく気分のいい朝を迎えながら、私は一足早く寮から出かける準備をする。
全てのあの倉庫で見つかった“救世主”のために。
私が学校に到着し、戦車道用格納庫へと向かうとすでに人が集まっていた。ツナギを着ているのは自動車部の面々だ、それに混じって学園艦内にある運送業者、それに警備員の制服を着た女性も確認できる。格納庫の前には大型トラックやトレーラーが数台停車している、どうやら待たせてしまったようだ。
私は駆け足で格納庫前へと向かう。軽く息切れをしながら格納庫前にたどり着くと、私の姿を確認した警備員の女性――つい先日知り合ったこの学園のOGであり、学園艦地下倉庫の警備員である南雲さんが近寄る。
「おはよう、やっと来たね」
「おはようございます――すいません、遅れました」
それまで待機していた他の人たちが一斉に「そろそろ出番か」と動き始める。私は鞄から鍵を取り出した。
「今開けます」
私は格納庫のドアを開け、中から格納庫正面の扉を開く。
それと同時に、トレーラーやトラックが一斉にエンジンを回し、格納庫の中へと進み始める。
戦車と備品の搬入作業が始まり、格納庫は慌しい空気に包まれていく。
私がその光景を遠目に見つめる中、横から南雲さんが肩を叩いた。
「はい、これ」
南雲さんがファイルを差し出した、備品目録のファイルだ。
「新しく備品のチェックをしたから読んでみな、色んな備品がよりどりみどりよ……」
「ありがとうございます」
私は軽くファイルをチェックする。アメリカ、イギリス、ドイツ、日本……様々な国の戦車に関する備品、オイルなどの消耗品、さらには砲弾、機銃弾、変わった物ではオプションで戦車に搭載できる改造部品、既存戦車を強化する改造キット(複数あるが2つを除いて現在使用している戦車には使えない)まで、ありとあらゆる物資の記述が書類に纏められている。
「明日中には倉庫内の物を全て引き上げられるけど、置く場所は?」
南雲さんの問いに私は答える。
「その時になったら考えます。使わない備品もあるので」
そんな中、自動車部がトレーラーから戦車を下ろす作業へと取り掛かる。
掛けられた幌を取り外すと、新型戦車たちの姿が露になり、自動車部の面子たちが感嘆の声を漏らす。
「あたし達が使っていた戦車が、こうした形で見つかるとは夢にも思って無かったわね」
その光景を見ながら、南雲さんが不意に呟いた。
「はい……私も、こんな救いの手が残っていたとは思いもしませんでした」
私もその光景を見ながら答えた。
「ひょっとしたら当時の隊長からの贈り物かもね」
南雲さんはふふ、と笑って腕を組む。
「私の代で戦車道から戦車が消えたけど、もしかしたら……隊長が生徒会に取り上げられるのを阻止するために隠したのかもしれないわ」
「秘匿ですか」
南雲さんは頷く。
「ま、今度その時の隊長に真相を聞いてみるかな」
その言葉に、私は思わず聞き返した。
「当時の隊長はどんな人だったんですか?」
「……戦車道の鬼みたいな人。戦車に関する仕事がやりたくて、自衛隊の教導隊に行ってるよ」
なるほど、と私は言葉を返した。
格納庫には着実に物資や戦車が搬入されていく、今日の戦車道の時間に皆へ披露するのが楽しみだ。
その日の昼、チームの全員が集まる中、改造キットと新戦車がお披露目される事になった。
戦車格納庫に並んでいるのは、例の戦車道用秘匿倉庫から引き上げられた戦車たちであった。
予備車両として残されていた車両は3両。イギリスのコメット巡航戦車、ドイツの四号突撃砲、日本の四式中戦車という攻撃力に期待できる戦力だ。
コメット巡航戦車は、イギリスが大戦後期に投入した中戦車だ。聖グロリアーナのセンチュリオンに似た戦車で、攻撃力・防御力・走破性のバランスはかなり良い。何よりも搭載の77mmHVという主砲は黒森峰のパンター戦車の主砲と遜色ない威力だ。回収した戦車の中では最高の性能だろう。
四号突撃砲は、ドイツで使われた自走砲だ。四号戦車の車体に三号突撃砲の戦闘室をくっつけた車両だが、元が四号戦車なので走破性も良い、攻撃力もある。
そして最もイロモノなのが四式中戦車だ。大戦末期の日本が開発した戦車だか、実戦で使われる事がなかった幻の車両だ。日本の戦車にしては珍しく、対戦車戦闘を想定した車両だけあってチハとは比べ物にならない威力の砲を搭載している。シルエットも小ぶりだったチハに比べてかなり凶暴な面構えだ。
更に発見した改造キットは2つ、T-34を85型にする改修キットとシャーマン戦車用のM4A3E8、通称イージーエイトと呼ばれる大戦中のシャーマン再後期型へ改修するキットが倉庫から引き揚げられた。まさにどれを取っても強力、戦車隊の大幅な戦力向上に役立つばかりか、他校の強力な戦車にも引けを取らない逸品が揃ったのだ。
格納庫に集まる2年生、1年生から歓声が上がっている。
そんな中、私は手を叩いて皆の注目を集め、静かにさせる。
「ここにあるのは全て倉庫区画から引き上げた戦車よ、コメット、四号突撃砲、四式中戦車、それにイージーエイトにT-34/85型の改造キット!ハッキリ言ってこの戦車は今まで私達が使用してきたパーシング以外の戦車の中でもズバ抜けて性能の高い戦車ばかり!」
埃まみれになった戦車を手で指し示しながら私は話を続ける。
「ただし、改造キットの本格的な実装や、車両の整備には時間がかかるから、整備完了までは新型戦車に乗る人はマニュアルを一通り熟読する事、それ以外はいつも通り練習して頂戴」
「隊長、質問があります」
1年生の1人が手を上げる。
「誰が乗るかは決まっていますか?」
誰もが思っていた事を突かれ、私は答える。
「いい質問ね。スチュアート、2号戦車、新砲塔チハを含む軽戦車は引き下げて、そのクルーに乗ってもらう事にするわ」
軽戦車乗りの全員が「えー!?」と声を上げる、チャーフィーに乗っている子たちが僅かに顔をゆがめた気がするが、気のせいだろう。
「全国大会の出場校は装甲も火力も高い敵が多いし、この先戦うには厳しい相手が揃っているわ。確かに愛着があるかもしれないけど、勝つ為には新しい戦車を使いこなしてもらいたいのよ」
私はそう説明をする。
スチュアートも2号戦車もチハも、去年から今日まで慣れ親しんできた我が校の看板戦車である存在だし、離れたくないと言うのも理解できる。
だが、一回戦を突破し、優勝へ向かう以上、いつまでもこの軽戦車で試合に臨むわけにはいかない。強い戦車が倉庫から引き上げられたのだから尚更だ。
「希望があるなら、皆と相談して今日中に私へ希望する車両を申し出る事、特に希望が無かったら明日には全員分決めて、さっそく習熟訓練に映ってもらうわ。以上よ」
横で立っていた理香がぱんぱんと手を叩いて注目を集める。
「はーい、それじゃあ戦車がある人はいつも通りの練習を始めてね!残りの人は備品整理の手伝いをお願いね!」
理香の仕切りと共に、格納庫の空気はいつも通りに戻っていた。
放課後。夕焼けの明かりが窓から差し込む中、ブリーフィングルームに居残った私は独り黙々と作業を続けていた。
結局、あの後で自ら戦車を希望しにきた子はいなかった。新型の戦車に乗るのであればどれでも構わないという意思表示か、それとも全部隊長に任せるという事なのか。
名簿や練習時の適正評価表(紗江と私が作ったもの)や車両ごとの運用人数を見比べながら、私は誰をどこに配置するのか決めていく。
そんな中、ブリーフィングルームのドアがノックされて、人が入る。
「失礼します」
一年生だ、私は即座に名前とポジションを思い出す。8号車、チハの車長――名前は山口ちゃん。
何の話だろうか、と一瞬私は思ったがすぐに心当たりのある話を思い出す。
「新しい戦車の件?」
山口ちゃんは頷いた。
「はい」
「8号車のチームを、四式中戦車に乗せてください」
キッパリと山口ちゃんは言い張った。
「……言われなくても乗せるつもりよ」
私はそう切り替えした。
運転に特性のある日本の戦車を扱えるのは彼女達しかいないだろう。
彼女達の8号車の乗車はチハ改だった。前回の試合で継続高校の集中砲火を浴びて撃破され、その際にチハを喪失している。
元々責任感の強いタイプである山口ちゃんにとってはその出来事はかなり響いたのだろう、自分のせいで撃破され、貴重な戦力を失ってしまったのではないか?という思いにかられている節もあったかもしれない。そのリベンジとして、チハと同じ国産の四式中戦車への転換を希望するのではないか?と私は心の隅で考えていた。
「ありがとうございます!」
頭を下げる彼女を前に、私は立ち上がると、机の脇に置いたマニュアルを手渡した。
「これが車両のマニュアル、解らない事があったら紗江に話を聞いて頂戴」
なお頭を下げる山口ちゃんを前に、私は話を続けた。
「山口ちゃん、8号車は前の試合の件だけど」
「はい、あの件はすまみせんでし…」
頭を下げようとする山口ちゃんを「違うの」と制止させる。
「山口ちゃんは自分達の事を過小評価しすぎだと思うわ、聖グロリアーナの時も精一杯頑張っていたし、前の試合も、ちゃんと偵察任務を全うしてくれたし、撃破された後の判断も正しかった」
私は山口ちゃんの肩を叩く。
「だからもっと胸を張って欲しいのよ。それから気張りすぎず、ちゃんと楽しむ事も忘れずに……頑張ってね」
はい、と山口ちゃんは力強く頷いた。
戦車格納庫から帰寮すると、私の部屋のドアは既に開いていた。
ドアノブを捻ると、私のベッド上に見慣れた部屋着を着た奴が寝転がってマンガを読んでいた。理香だ。
「おかえりー、遅かったね」
「……ただいま」
勝手に人の部屋入ってマンガを読むのも今に始まった事じゃない。私は鞄を机の上に置き、書類を出してからノートパソコンを開き、電源を付けた。
読書を中断し、理香が私の広げる書類を興味深々に眺める。
「新しい編成、決まったの?」
「決まったよ」
私は書類を理香へ見せた。
8号車、新砲塔チハのチームは車長とメンバーたっての希望で四式中戦車へ。4号車、スチュアートのチームは人数の関係からコメット巡航戦車に。更に7号車、2号戦車は四号突撃砲を任される事になった。更にT-34とシャーマンは引き続き同じチーム、同じメンバーで運用する事が決まった。
「とりあえず、他の寮まわって各チームの車長にマニュアル配っていた所、あとは紗江にお願いしてチャットで講義やってもらってる」
「へー。まぁ、お疲れ様」
理香はそう言うと、ポケットから折りたたんだ紙――インターネットのWEBページをプリントアウトしたもの――を私に見せた。
「はいこれ」
手渡された紙を見る。大手ニュースサイトのスポーツ記事だ、内容は戦車道全国大会の試合結果表。
トーナメント表の用紙、各学校から伸びる黒い戦に、ぽつりぽつりと赤い線が引かれている。
「次回の対戦相手、決まったよ」
全国大会の一回戦が終了し、二回戦目における信越学園の対戦相手が決定した。
「次は……コアラの森学園か」
クソ真面目に口に出すのが難しいほどふざけた名前の学校だろう。私だってそう思うしみんなも内心思っているに違いない、これと比較したらサンダース、プラウダ、アンツィオがまだまだまともに思えるだろう、あ、ヨーグルト学園がいたか。
「どんな学校なんだろうね、私はお菓子しか思い浮かばないけど」
理香が笑いながら言うが私はため息を漏らす。
「あんまり話に上がらない学校だからなぁ……」
コアラの森学園と言えば聖グロリアーナ女学院の姉妹校である、が、生徒間の関係はあまりよろしくないらしい。サンダースのようなオープンな校風とおしとやかでいかにも女学校というイメージの聖グロリアーナとはあまりそりが合わないという話も聞く。元々聖グロリアーナで問題をおこした生徒がよく転校していく事で有名だったのが一因との噂話もある。
使っている戦車に関しての話は殆ど聞いていないし、むしろ継続高校以上に謎な高校だろう。
だがある程度の推測は出来る。学園艦によっては他国の文化を尊重する傾向があり、プラウダはロシア戦車、サンダースはアメリカ戦車、聖グロリアーナはイギリス戦車という形で、戦車道の使用車両がモデルとした国に準じている場合が多い。
となると名前の由来であるコアラの森……つまりオースラリアの戦車が使われる可能性があるという事だ。問題そのチョイスだろう、戦車道で使用可能なのは第二次大戦で使用された戦車だから、レンドリースされたアメリカ戦車か、それともオーストラリアの国産戦車か。どちらが主力かによってこちらの対処も変わってくる。
「……くっそー、謎すぎて対策も研究が難しい」
ノートパソコンに向かい合いながら私は一人悶絶する。
「まぁまぁ、また紗江に聞いて見たら?戦車道の生き字引でしょ?」
確かに紗江は戦車道を語らせたら右に出るものはいないだろう。
だが一つだけ問題がある。
「紗江なんだけどさ……今猛スピードで新型戦車の使い方をレクチャーしているから暇が無いんだよね」
「えー、マニュアル渡してはいおしまい、でいいでしょー?」
何を言っとるんだコイツは。
「あのねぇ、マニュアルだけでも結構な情報量があるし、戦車ごとの操作やクセとか特徴とか、全部教えられるのが紗江しかいないんだよ?何かある度に紗江に頼っていたら本人が大変でしょ」
新型戦車の導入でただでさえ慌しくなっている昨今、習熟は早く済ませる必要がある。いくら強い戦車が手に入ったとはいえ、マニュアルを渡して一週間と少しの期間で「完璧に使えるようにしろ」と言うのは明らかに酷であるし、性能を100%発揮できるわけがない。そのための指導が出来るのは今の所紗江しかいないのだ。
自衛隊から教官を呼んで指導も出来るが最近は「擬音で大雑把な説明しかしないアバウトな教官が指導でやってくる事が多い」との噂なので期待はできないし、そもそも大会規模も大きくなったのでスケジュールと折り合いが付かない。こうなったら自力でやるしかないのだ。
だから現状、紗江にはかなりの負担がかかってしまっている。この問題はこちらで対処するしかないだろう。
「と言う訳だから理香、明日は調べ物よろしく」
げっ、と理香が顔をしかめる。
「えー……調べ物とかデスクワークとか超苦手なんだけど……」
「どうせ帰宅してからマンガ読んで寝っ転がるか私に絡んで世間話するくらいしかやる事ないでしょ?副隊長の仕事もちゃんとやってよね」
「はいはい」
理香は渋々承諾する。
「で、そういう由里は明日何かする事あるの?」
「寄港日だからちょっと陸に用事があるの」
私は書類を纏める。
備品と戦車の名前が書かれた目録に目を通す。取り上げられた予算確保のためにどうしても必要な行動を、ついに取るときが来たのだ。
翌日。
信越学園の学園艦は久しぶり港へと寄港した。
学園艦を収容できる巨大な埠頭では、学園艦に物資が運び込まれ、それと同時に陸に用事のある人たちが一斉に陸へと上がっていった。私もそれらの人々に混じって上陸した。
大半の人は観光などの私用だが、私の目的は観光ではない。戦車道に関するちょっとした仕事だ。
バスに乗り、電車に乗り換えて私は港から市街地を抜け郊外へと向かう。そこにあるのは大型の中古戦車ショップだ。
中古車ディーラーと似たような店であるが敷地面積は大きくちょっとしたショッピングモール一個分に相当する。店内には戦車本体は無論の事、改修キット、追加装備、消耗部品から整備用のオイル、更には戦車道運用校向けのユニフォームや移動用車両まで売っているという幅広い店だ。
しかもこの店は部品やパーツ、戦車の買い取りも行っているため、このあいだの倉庫で発見された不必要なパーツや新戦車導入による軽戦車の売却で予算を得ようと言う魂胆だ。
もちろん学園の予算で買われたであろうこれらのパーツを売り飛ばすのは気が引けるが、生徒会長からは「戦車道に関する予算の運用は隊長に一任する」と言われているし「好きにしろ」と言われている、つまり咎められる理由は何一つ無いという事だ。ざまぁみろ生徒会長、予算をくれないならこっちは好き勝手やってやる。
南雲さんに手配してもらった運送会社のトレーラーで運び出された、貨物船に積むようなコンテナ数台分という途方も無い量のパーツや使わない改造キットの査定が控える中、私は待ち時間の暇つぶしがてら店内を見て回っていた。
それにしても、まだまだ知らない戦車が沢山あるんだな、と私は思い知らされる。
このだたっ広い中古戦車ショップには古今東西の戦車が所狭しと並べられている、しかも戦車道の試合では使わないような8輪装甲車や指揮車両まで混ざっている程だ。
ただし、戦車はどれもこれも高値だ。売却費で1両くらいは余裕で買えそうだが、後々のメンテナンスを考えると無駄遣いは出来ない。ロシアのT-34、アメリカのシャーマン、ドイツの4号戦車あたりなら買ってもいいかなという誘惑があるが……
そんな中、私はふと、展示されているT-34の前で話し合いをしている2人の人影を見つける。見た事のある制服と後姿に、私はふと近寄って確認を行う。
「……では購入しますか?」
「……状態があまりよくないから見送りましょう。どうせこちらにもまだ数台あるから」
声を聞いて核心する。私は後ろから近寄ると、不意に声をかけた。
「やぁライナ、買い物かな?」
「っ!!」
継続高校の隊長、ライナがビクリと背を震わせる。
横にいたミルカがあっ、と私の顔と声を見て誰であるかを確認する。
「信越学園の隊長さんですか。奇遇ですね」
「あなた、何でこんな所に……!?」
警戒の姿勢を解かないライナは私の顔をまじまじと見つめている。
「うちの備品の在庫整理で来たの。で、そういうお2人は?」
「新規導入する戦車の品定めです」
ミルカが補足の説明を入れる。
「――今度会ったら絶対に負けないわよ」
ライナがそんな話を切り出す。
「まぁ勝ちたいと言うのならお好きにどうぞ。何なら今ここで2人っきりで決着つけてもいいけど」
ここに戦車はあるが、乗って戦う事は出来ない。ならばここで勝負を付けるには殴りあうくらいしか方法は無いだろう。
「まぁ、こっちは素手で十分だけど」
万遍の笑みで拳をポキポキと鳴らすと、ライナはそそくさとミルカの背に隠れるように後ずさった。
「……ミルカ……私はちょっと用事できたから」
そう呟くと、ライナは蜘蛛の子を散らすようにその場から立ち去って行った。
「相変わらず……その……本気ですか?」
ミルカの問いに私は首を横に振って答える。
「まさか、本気だったらとっくに手が出てますよ」
去年の屈辱はとっくに晴らしたし、ライナ――と言うよりは継続高校に対する因縁はもうなくなったと言っていいだろう。これでイーブンだ。
「それにしても十分に戦車の数があるのに、また購入を?」
「ええ、来年から戦車道の特待生枠を設けることになったんで、今のうちから戦力の増強をと思いまして」
流石は戦車道に理解のある学校だ、適材適所に予算が使われている。
「立ち話もなんですから、どこかで座って話でもしませんか」
ミルカの提案に私は頷いた。
「ええ、是非」
店内にある休憩コーナーに足を運ぶと、私は喉も渇いてきたので自販機に硬貨を入れ、飲み物を買う。
ミルカも同じ様に飲み物を買った。
休憩コーナーのベンチに腰を下ろすと、ミルカも私の隣に腰を下ろした。
「それにしても相変わらずケンカ売ってますねライナは」
「ええ、でも戦車道に限った話ですよ。元々ケンカを売るのも作戦の内らしいですし」
「作戦?」
私の言葉にミルカは頷く。
「相手を挑発すれば全体的に、相手の動きも荒くなるって事です。大体の学校は挑発に乗ってすぐに攻撃を仕掛けてきたり、待ち伏せに引っかかってくれる事が多いんですけど」
へー、それは知らなかった。そう思いつつ私はプルタブを空けて中身を煽った。
「それにいつもあんな感じじゃないですよ。校内では物凄い大人しいですし」
「まぁ、いつも通り元気そうで何よりでしたよ。あの試合の後ボロ無きしてるんじゃないかと心配で心配で」
軽い冗談を言う中、ミルカも同じ様に缶のプルタブを開けた。
「しばらくは元気が無かったんですけどね……あの試合の後はもう目も当てられないほどで……」
ミルカは苦笑いを浮かべながら缶コーヒーを飲む。よく見るとブラックだ、よくそんな物が飲めるなと甘党の私はふと思う。
「で、あの後……隊長を罷免されましたよ」
私は思わず飲もうとした手を止めた。
「罷免?誰に?」
「3年生からです。“あいつらに負けたのは全部隊長のせいだ”とか“出来る隊長だったから我慢してきたが後輩に指揮されるのはもう限界だ”って、そんな理由で嘆願書が学校に提出されちゃって……それで隊長の座を追われました」
ライナは笑って話しているが、随分と穏やかでない話だ。
「じゃあ、今の隊長は?」
「ええ、違う人です」
思いのほか事態が凄い方向へ向かっていた事に私は驚く。
「私にとっての隊長はライナだけです。それに私は元副隊長です、彼女に従い補佐する事、それだけが生き甲斐ですから」
くすりとミルカは笑って見せる。
「それに、同学年や1年生の皆は、彼女が隊長じゃないとダメだと言い張ってますよ。それに本人も、また来年を目指して頑張っていますし」
「……そういえば、元は黒森峰の生徒だったと話は聞いてますけど、実際には何があったんですか」
私はふと気になっていた話を切り出す。
あの黒森峰からやってきた女なのだ、揉め事を起こしてやって来たとなれば、何かしら問題がある筈だが。
「喧嘩別れみたいなものですよ。一昨年の全国大会決勝、覚えていますか?」
「ええ、例の試合中の事故ですよね」
一昨年の全国大会、プラウダ高校が優勝に輝いたその年の決勝。黒森峰の戦車が試合中に川へ転落、フラッグ車の車長――後の大会で大洗女子学園を勝利へ導いた――西住みほ選手が戦車のクルーを救うためにフラッグ車を放棄、それが原因となりプラウダは撃破を決め、優勝を果たした。
フラッグ車を捨ててまで仲間を助けようとしたその行動を賞賛する声もあったが、それよりも「リーダー、指揮官としての素質にかける」「勝利を捨てた愚かな行為」という声が圧倒的だったのは、私の記憶にも鮮明に残っている。
でも、当時は私もライナも中学生だった。その件が何か関係あるのだろうか。
「当時の黒森峰は圧倒的に当時の副隊長に対する批判ムードが高まっていて、黒森峰の機甲科でもそうした批判ムードがあって……でもライナ隊長はそんな風潮には嫌気が差して、高等部での地位を全て蹴ってまで転校する道を選んだんです。仲間を見捨ててまで勝利にこだわるハイエナどもには用は無い、って」
「なるほど……」
見かけよらず熱い奴じゃないか、と私は心の中でライナの評価を改めた。
「それにしてもこの間の試合は接戦でしたね。フラッグ車を守ろうと思って前へ出たのに、まさかあんな正確に砲撃を叩き込んでくるなんて。凄い命中精度ですね」
ミルカの賞賛に思わず私は謙遜してしまう。
「いえいえ、あの時は本当に殺られるかと思いましたよ――あの時の三号突撃砲に乗ってたんですね」
ミルカはニコリと笑って頷いてみせる。
「……また機会があったら練習試合組みましょうよ」
私の提案にミルカは頷く。
「はい、私達も是非」
それから、ミルカは不意に自販機の影に向かって声を投げかける。
「ライナ隊長も、こっちに来て話をしませんか」
えっ、と私はその方向を見る。自販機の陰に隠れて、座敷童子か家政婦の如くこちらを伺っていた人影がびくりと背を震わせた。
恐る恐る出てきた人影――ライナはてくてくとこちらへ歩み寄ってきた。
仲良さげに話をしている私達を前にライナがぎょっとした顔を浮かべている。無理も無いだろうな。
「ライナ……苦労してるんだな」
私はライナの肩を叩いてやる。ライナは余計なお世話だと言いたげな顔を浮かべている。
「練習試合は考えてやってもいいわよ」
妙に会話がズレている気がするがライナは気にせず話を続ける。
「それはそうと次の対戦相手、コアラの森学園でしょう?」
「まぁ……そうだけど」
何だ、まだ嫌味でも言うつもりか。
「あそこはセンチネル巡航戦車しか使わないから、シャーマン程度なら何とかなるんじゃないかしら。でも17ポンド砲搭載の試作車両や派生型のAC3サンダーボルトを新戦力として使っているらしいから、せいぜい気を付ける事ね」
思わず面を食らってしまった。あのライナが私に対してアドバイスを……!?
「アドバイスありがとうライナ、ちなみに次の試合からコメットと四号突撃砲と四式中戦車使うから」
「……は?」
「いやー、ついこの間学園艦の倉庫漁ってたら戦車道用の物資が一杯出てきて、いつの間にかイージーエイトやT-34/85改造キットも出てきちゃってねぇ」
ライナが目を丸くしてこちらを見ている。ミルカも右に同じと言いたげな顔だ。
「貴方の所って、軽戦車しか使ってなかったんじゃ……」
「それはちょっと前までの話、昔使っていた戦車が出てきてね……ま!機会があったらまた練習試合しよう!それよか私は来年まで予算が持つかどうか心配だよ……」
と、店内のスピーカーからチャイムが鳴った。
『買い取り番号15番でお待ちのお客様、清算が終了しましたのでカウンターまでお越し下さい』
店内アナウンスが鳴る、そろそろ時間だ。
「あ、そうだ。メールアドレス交換しましょうよ」
私はミルカに提案を行う、ミルカは快諾し、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「さっきから何でミルカにだけは敬語使うのかしら」
メールアドレスを交換している最中、ライナがぼそりと不満を呟く。
「いやー、昔からケンカ売ってくる奴に敬語は不要っていうスタンスでね。まぁ、親しき仲になったという事にでもしてちょうだい」
はぁ、と呆れ交じりのため息をライナは浮かべるがその表情は以前に比べて柔らかい。
それから、私はライナともアドレスを交換して別れた。戦車道を通じて他校の選手と交流する、変わった収穫に私は満足していた。
もっとも、私はその後買い取りカウンターで提示された査定額に歓喜の絶叫を上げる事になったのだが。
今年一杯、不自由なく戦車道を運用できるだけの資金と燃料、砲弾を予備パーツ等の売却によって手に入れた信越学園の戦車隊は、それから1週間、新型戦車運用のための訓練と対するコアラの森学園への対策研究に明け暮れた。
ライナの提供した情報と、慣れないデスクワークを頑張った理香の働きもあってか研究も上手く進み、各選手の経験もある程度たまったのか、訓練はスムーズに進んでいった。
そして二回戦の試合当日を迎え、私達は仲間と新しい戦車と共に試合会場へ到着した。
前回に比べて観客数も増えてはいるが、まだまだ数はまばらだ。しかし観客席にはコアラの森学園の生徒が多く、何と応援団まで来ている有様だ。ご苦労な事だ、一度選手がフィールドに出てしまえば声援なんて届かないだろうに。
試合会場の戦車の駐車スペースでは戦車の整備が完了し、信越学園が誇る8台の戦車は発進を待つだけとなった。
各々が休憩や雑談などで暇を潰す中、私は仲間や新戦力の入った戦車たちを眺めながら感慨深い気持ちになる。
思えば、聖グロリアーナとの練習試合、そして公式戦一回目であり前年の雪辱を晴らす事になった継続高校との試合、果ては戦車道の廃止を目論む生徒会長のとの固執。これまで立ち向かう事になった敵を相手に、私達はこうして勝利を築いて来た。
初めこそ皆に公言した「全国大会出場と優勝」という目標――隊長の私ですら、心のどこかで無理ではないかと思った、その途方もない目標を私達は果たす事が出来るかもしれない。
「隊長、みんな張り切ってますね」
隣に立つ紗江が皆の様子を見て呟く。
確かに、心なしか皆の顔には覇気が宿っているように思える。緊張感も混じってはいるが、初戦のような不穏さは無い。
「そうだね……やっぱり新しい戦車のお陰かな」
「勝利のお陰じゃないですか」
紗江は続ける。
「私はこうして二回戦まで来れるなんて、夢にも思っていませんでしたよ。ましてや全国大会ですよ!」
確かに、去年は殆ど引きこもり同然の戦車道をやっていた私達と比較すれば比べ物にならない快挙だ。
ほぼ無名の学校、素人の多いクルー、低性能の戦車。それだけでここまでやってこれたのは奇跡のような運のよさだろう。
この調子で勝ち進めていく事が出来たら、一番嬉しいのだが……
「由里ー」
ふと、遠くから理香の声が響く。声の方向を見ると、遠くで理香が手招きをしている。
「お客さん!」
その言葉に、私は小走りで理香の元へと向かう。理香の目の前には2人の人影があった、コアラの森学園の生徒だろうか。
ブーニーハットに半袖短パン、そしてジャングルブーツ……まるでジャングルを行く古風な探検家のような出で立ちのユニフォームに身を包んだ少女がこちらへと歩み寄ってくる。
あどけなさをタップリと残した柔和な顔には、ニコニコと笑みが張り付いている。
「コアラの森学園の隊長だ。えーと、そちらさんの学校名は……」
とっくに解っているだろうに、白々しい。
「信越学園、戦車道隊長の菅野由里だ」
「同じく副隊長の東郷理香」
隣にいた理香も軽く自己紹介を済ませる。
「噂には聞いてるけど、あの継続高校を撃破するなんて、とんでもなく幸運だったな!それともとんでもないズルでもしたのかな?」
隣にたって腕を組んでいる副隊長と思しき背の高い少女がチューイングガムをくちゃくちゃと噛みながら隊長の言葉に笑う。
「実力で叩き潰しただけよ」
適当に答えながら、正直この挨拶をとっとと終わらせてしまいたい気持ちで一杯になる。
こいつらは単純に私達が前と同じ弱将校だとタカを括ってこんな態度に出ているのだろう。
「まぁ、とにかく今日は素晴らしい試合が出来るように期待してるから」
コアラの森学園の隊長はそう言うと手をすっと差し出した。握手のようだ。
私はその手を握り返した。
「……そうなるといいわね」
ライナの助言どおり、コアラの森学園が使用してきたのはセンチネル巡航戦車だった。通常のセンチネル巡航戦車が7両、派生型のAC3サンダーボルトが2両、そして虎の子の17ポンド砲搭載したAC4が1両の計10両。対するこちらの戦力は、
1号車(M4A3E8 イージーエイト)
2号車(チャーフィー)
3号車(チャーフィー)
4号車(コメット巡航戦車) フラッグ車
5号車(パーシング)
6号車(T-34/85)
7号車(四号突撃砲)
8号車(四式中戦車)
という世界の強い中戦車オールスターバトルとも言うべき布陣。勝算も継続高校とは比べ物にならないほど高い編成だった。
試合会場は山間部の廃村という高低差のあるフィールドであり、走破性に難のあるパーシングにとっては実に苦しいチョイスである。今回の作戦は敵が攻撃態勢に入る前に有利な射撃位置へ急ぎ移動、本隊を引き付けてアンブッシュからの奇襲攻撃、確実に敵戦力を減らしてからフラッグ車を狙うと言う作戦だ。
試合開始と同時に戦車隊はうまく位置を取り、侵攻中だったセンチネル4両を先制攻撃で撃破した。
しかし、奇襲後に体制を立て直したコアラの森学園の戦車隊は廃村へと撤退を開始、その中でチャーフィーが1両17ポンド砲の攻撃により撃破、さらにパーシングも続いて撃破されるという事態が発生する。しかし、四式中戦車や四号突撃砲の活躍により廃村へ追い込む頃には1両を撃破、廃墟を瓦礫の山にするほどの壮絶な砲撃戦の末に敵フラッグ車を撃破成功、試合が終了した。
コアラの森学園のスコアは被撃破7、撃破4両。対する信越学園は被撃破4両、7両撃破というスコアを記録。
信越学園は二回戦を突破した。
【解説&こぼれ話】
■タイトル元ネタ
映画「西部戦線異常なし」
■コメット巡航戦車
第二次大戦後半~末期でイギリスで作られた巡航戦車。劇中の解説どおり、そこそこ高威力の砲とそれなりにある装甲を持つ戦車。何でコメットなのかと言うと「クロムウェルじゃこの先キツいし、かと言ってセンチュリオンじゃ強すぎるし……」という理由でチョイスしたのと、英軍戦車を加えたいという想いから実現した。聖グロリアーナが持ってそうなイメージだが実は公式設定では持ってないとか。
■四式中戦車
「チリ」の名称で知られる日本軍戦車。大戦末期、本土戦を想定し量産計画が進んでいた「米軍戦車とそこそこ殴り合える本格的な戦車」であるが、パーシング・センチュリオンの性能を考えれば量産されていても戦況は覆らなかっただろうか。そこそこ露出の高い5号車チームを活躍させてあげようという意気込みで登場。この世界の太平洋戦争ではそこそこ量産体勢が整い実用化に漕ぎ付けたという設定。
■四号突撃砲
物凄い大雑把な説明をすると四号戦車の車体に三号突撃砲の戦闘室をくっ付けた突撃砲。突撃砲の実用性に目を付けたヒトラーのGOサインで生産されたとか。原作に出ていた黒森峰の四号駆逐戦車と同等の火力を持つが、その分装甲は三号突撃砲と同じく薄め。黒森峰の予備車両として使用されていたものが四号駆逐戦車の導入で放出され、中古で出回っていたのを信越学園が購入・保有していたという設定があるが、本編には出していない。
■イージーエイト
陸戦型ガンダムの改修型ではない。M4A3E8と呼ばれるシャーマンのラインナップの最終型(WW2時では)である戦車。特撮映画でよく怪獣に踏み潰されている戦車ではあるが、対戦車戦闘が考慮された、ファイアフライとまではいかないが強い戦車。ただしシャーマンなので実は言うほど強くない。ちなみに初期型からイージーエイトへ改造キットで改修、とあるがこれは原作の38(t)からヘッツァーへの改造と同じく、かなり無理のある改修。大好きな戦車です。
■山口
5号車チームの車長。がんばり屋の1年生。例に漏れず信越学園は日本海軍軍人から名前を取っているため、名前の元ネタは山口多聞。
■コアラの森学園
原作にも登場した学園艦。書いていた当時は全く情報が無かったので「聖グロの姉妹校」程度のイメージしかなく、ステレオタイプなオーストラリアのイメージをとことんつぎ込みまくった学校となった。姉妹校なのに聖グロと仲が悪いのは、かつてオーストラリアが流刑地だった事があるし、ユニフォームはWW2当時のオーストラリア兵(太平洋戦線)をイメージしている。
■センチネル巡航戦車
コアラの森学園が保有する戦車。第二次大戦中に生産されたオーストラリアの国産戦車であるが、特に目立つ事なくひっそり退役し、片っ端から解体・スクラップで現存車両が片手で数えるしかない戦車である。派生型のサンダーボルトなど登場しており、コアラの森学園の重戦車対策などが伺えるような設定にした。多分だがこの世界線ではセンチネルは相当数が戦車道用に回されて現存しているのだろう。
■戦車道用ショップ
原作で生徒会長はどこからヘッツァー改造キットを買い付けたのか?という疑問に対する自分なりの回答がこの設定。この世界での戦車道用戦車の買い付けは、果たしてシビアなのか、それとも楽なのか?そんな事を思いながら書いていたが、実際はライナとミルカへのフォローの舞台を用意するという意味の強い場所となった。
■ライナの過去
完全にヒール(悪役)となったライナがそのままだと可愛そうだったので、ライナに対する救済として用意したのがこのエピソード。優秀な戦車乗りだったが、黒森峰のやり方と風潮に嫌気がさして継続高校へとやって来たという設定を付与すると共に、完全に小動物扱いにしてしまったが「可愛かった」という反応が来た時はやっぱりこのエピソード書いてよかったなと思った。
■コアラの森学園隊長
再登場しない端役キャラだったので名前は割愛。多分この後、学園艦に帰ってからは泣いてるんだろうな。