ガールズ&パンツァー Bad Company Story 作:Colonel.大佐
「二回戦目突破、おめでとー!」
理香の掛け声と共に、6つのコップが澄んだ音を立ててぶつかり、私たちは乾杯をした。
よく冷えたジュースをごくごくと煽りながら、私は風呂上りに冷えた酒を飲むくたびれた中年のように「ぷはぁ」と声を漏らした。
テーブルを囲っているのは私と理香、紗江、奈央、沙雪、橋本ちゃんの6人だけだ。全国大会二回戦でコアラの森学園を相手に勝利を決めた翌日、私達は学園艦がもう1日、港へ寄港をする事になったので急遽陸へと上がり、私達だけで勝利を祝おうと言う事になったのだ。
会場として選んだのは一部の戦車道好きには有名な戦車喫茶「ルクレール」だ。この喫茶店はミリタリールックのウェイトレスや、ちょっとした軍事基地のような出入り口、さらには自走するドラゴンワゴンのラジコンに運ばれて戦車ケーキが運ばれてくる事でも有名だ。
せっかくだから行って見たいという紗江の後押しもあってか、この場所での打ち上げが決定したのだ。
「いやー、まさか終盤、あんな大乱戦になるとは思ってもいませんでしたね」
紗江がメロンソーダをちびちび飲みながら、試合を振り返って呟く。
「途中でやられちゃったからわかんなかったけど、何があったんだっけ」
理香の問いに沙雪が答える。
「相手のセンチネルが友軍を誤射した上に逃げようとしていたフラッグ車の進路を塞いで撃破された……」
「本当にすごかったね。榴弾の一斉掃射で袋叩き!もう目ぼしい建物は全部吹き飛ばされてたよね」
奈央も昨日を振り返りながら話の輪へと混ざる。
「それにしても理香、あっさりやられたよね……」
「仕方ないじゃん!そもそもあんな高低差のある場所じゃパーシングには分が悪いでしょ!」
私の突っ込みに理香が文句を言うがそれも一理ある。
パーシングは装甲と火力こそあるが、エンジンの出力は低い。高低差のある場所ではその出力不足が原因で思うように動けない事が多いのだ。
「それにしても76mmが使えるようになったお陰で、今回は撃破スコアもかなり伸びたな」
「新型戦車もかなり役に立ってくれましたね」
紗江と沙雪が盛り上がる。確かにシャーマン初期型からイージーエイトに乗り換えてからは絶好調だ。長砲身のお陰で威力も射程も延び、攻撃力が更に増して対戦車戦闘で有利に立てる場面が増えたのは喜ばしい限りだ。
尤も、同じ様にT-34/85に乗り換えたチームからは「前と同じで狭苦しい」と散々な声を聞いているが。
「それにしても隊長はフレンドリーで良い人そうだったねコアラの森学園、久々に後腐れなく試合が出来たような……」
理香の言葉に私は当日の試合終了の挨拶を思い出す。
あのブーニーハットの隊長――名前は聞いてなかったが――は試合終了後の挨拶に訪れ「白熱した試合だったな!」と万遍の笑みで私の両手を掴んでぶんぶん振り回して握手をした。中々良い奴かなと思っていたが最期まで私達を「甲信越学園」だと思っていた辺り、天然ボケなのかもしれない。
「そう言えば今回の試合は1年生たちは今回よくやってくれましたよね」
紗江の言葉に皆が頷いた。
今回の試合から運用された新型戦車では、特に四式中戦車とチャーフィーが大活躍していた。どちらも乗っているのは1年生が中心で、先の試合ではチャーフィーが機動性を十分に発揮し、センチネルを相手に猛威をふるった。更に8号車――山口ちゃんが乗る四式中戦車はこちらが懸念していた相手の最強戦力、17ポンド砲搭載のセンチネルを撃破するという功績を発揮したのだ。
まさに新型戦車の面目躍如と言わんばかりの奮闘ぶり。その頼もしさに私も満足している。
「みんな順調に実力を付けて来てくれている。これなら全国大会優勝も、あながち夢物語じゃないかもね」
私の言葉に皆が自信に満ちた表情を浮かべる。
自信も士気も無く、ただ戦車を乗り回していた去年に比べれば格段の進歩だ。こうして全国大会というフィールドで、堂々と他校相手に戦えている。それは間違いない事実なのだから。
雑談のネタも無くなり、つついていたケーキも食べ終える頃、橋本ちゃんの携帯が鳴った。
橋本ちゃんは通話に出ると、相槌を何回か交わして通話を切った。
「すいません、8号車チームの皆さんからお誘いの予定があるんで、そろそろ失礼します」
はいよー、と私達は橋本ちゃんを見送った。
奈央もすぐに席を立った。
「じゃあ、私はこれから観光してくるから!また明日に会おうねー」
「右に同じく」
貴重な寄港日を1秒たりとも無駄にしたくないというのが奈央と沙雪らしい。
「あれ、由里は?」
「……もうしばらくここでココアでも飲んでる」
私は奈央の問いへ適当に返事をする、隣の理香も同じ様に頷いた。
「私も戦車道ショップに用事があるのでお先に失礼します」
紗江も同じ様に席を立った。
結局テーブルには理香と私だけが残り。ウェイトレスが空になったコップや皿を下げていく。会計は言いだしっぺの理香持ちなので、私は追加でケーキでも頼もうかと考える。だが、それよりも先にやらなければいけない事がある。
「さてと……」
私は不意に理香の顔を見る。
「誰かに見られている」
「は?」
私の切り出した話に、理香が素っ頓狂な声を上げた。
先ほどから、この店内でどこからか視線――それも良くない感情が篭っていそうな――を感じる。店内には同世代の女の子など、それなりに客が入っているが大半はお喋りに夢中でこちらなど見ていない、店員も仕事をこなしているので違うだろう。
この違和感の正体を突き止める為にわざわざ残ったのだが、どうやら理香はそれに気が付いていなかったようだ。
「まっさかー、とうとう由里にもファンが出来た?」
「だったら別に構わないけど」
カップに注がれたミルクココアを啜りながら、私は注意深く周囲に気を配る。
そして、視線を向けている張本人を店内の片隅に見つけた。その張本人は私の顔を見ると、不意にテーブルから立ち上がってこちらへと歩み寄ってきた。
そこにいたのは1人の少女だ。制服の上に灰色のパーカーを着込んでおり、風貌はやや癖のある赤毛のショートヘア、色白の肌、緑色の瞳。パーカーのポケットに両手を突っ込んだまま、こちらをじっと見ている。その風貌や肌の色から、私は一目でこの少女が生粋の日本人ではない事に気が付いた。
「ああ、やっぱり……信越学園の隊長で間違いないみたいね」
口元に薄い笑みを浮かべているその少女は、こちらとはお構い無しに話を続ける。
「まぁ、会えて良かったわ。いつか隊長とは話しておこうと思っていてね」
流暢な日本語を話すその少女に、私は思わず口を開いた。
「……あなた誰?」
恐らくこの場にいる理香も思っているであろう言葉を投げかけられ、その少女はふと思い出したように自己紹介を始める。
「シュバルツヴァッサー学園高等部二年、戦車道隊長。アレクシア」
彼女――アレクシアは手をポケットから差し出した、握手のようだ。
「次の対戦相手よ。よろしく」
私は怪訝な顔を浮かべながら、その手を握り返した。
握手が終わると、アレクシアは4人分の空きがあるテーブルに視線を移した。
「私も同席していい?ちょっと世間話でもしようと思ってね」
理香と私が並んで座る中、アレクシアは向かい側のシートに腰を下ろした。
「それにしても奇遇ね。互いに二回戦を突破して、こんな場所で出会うなんて」
「確かに奇遇ですね」
理香が愛想笑いを浮かべながら答える。
「そちらの同伴者は?まさか1人?」
私の問いにアレクシアは首を横に振る。
「予定より早めに来たから時間を潰しているだけよ、連れはあと30分もしたら来るけど」
「なるほど」
すぐに会話が途切れる。
微妙な空気が周囲に漂い始める中、私は話題を変える事にした。
「……二回戦突破したそうですね。全くノーマークの新設校だと聞いていたんですけど」
「今年から戦車道を始めた新設校だからと、みんな油断しまくってるからよ。後は……私達傭兵が給料分の仕事をしているまで」
傭兵、という聞き捨てなら無いセリフに私が眉をひそめる。
それを察してか、アレクシアは話を続ける。
「今年から学園が戦車道を始めるにあたって、戦車道の特待生制度を実施したのよ。日本全国、更には世界にまで呼びかけて名門チームの名選手を呼び集めてね。特待生の報酬は学費3割免除、返済不要の奨学金、その他学園艦で利用できるサービスなら何でも無償で利用」
「羨ましい……」
理香が本音を口から漏らす。
信越学園と比べれば雲泥の差がある学校だ。戦車道の特待生?そんな制度があるんだったから今頃信越学園も即戦力の人材と戦車で溢れかえっていただろうに。
だが現状の信越学園は戦力も強固でチームの能力も高い。私の中の僅かな意地がそう呟き始める。
「私の学園は今まで特に実績もなかった学校よ、学園の上層部もそれだけ面子を立てるのに必死というわけ。ま、現場から言わせて貰えばどうでもいい話だけど」
それから、アレクシアは私と理香の顔を見た。
「そういえば一回戦は見学させてもらったわ。最初はあんなポンコツ戦車と弱そうな田舎娘のクルーで勝てる訳がない思っていたけど……」
「今なんつった」
つい私の素が出てしまう。慌てて隠そうとするが、対するアレクシアは面を食らったわけでもなく、ただニヤリと笑った。
「おー、さすが情報通りね『隊長は口調が粗暴、まるで獰猛な猟犬』の評価もあながち間違いじゃないわね」
私は不意に口を閉じる。
「信越学園はどこの学校もノーマーク、継続高校ならまだしもコアラの森学園を潰して二回戦を突破したとなれば誰だって情報をかき集めたくなるわ。どんな手段を使ってもね」
「それでさっきはストーカーまがいの真似か、悪趣味だな傭兵の犬」
隣の理香が「まずいこいつらどうにかしないと」と言わんばかりの視線で私を見てうろたえるが、アレクシアは至って気にしていない。
そんな理香を見てか、アレクシアは笑いながら理香へ話した。
「大丈夫よ、私の育ってきたデトロイトじゃこんなの挨拶みたいなもんよ」
デトロイト、って事はアメリカ人か。言われてみればそんな感じがするな。
「何にせよエキサイトできそうな相手で満足よ、やる気満々の相手なら尚いい」
アレクシアは私を見て笑った。
「近頃は期待外れの試合ばかりでやる気が起こらなかったのよね」
ため息まじりに語り始めるアレクシアに、私は思わず怪訝な顔を浮かべてしまう。
「日本の戦車道なんて見るに耐えないものばかり……そうでしょ?強豪校は装甲と火力の強い戦車を大量に揃えて敵を押し潰すだけの芸の無い戦いばかり、弱小校は性能も期待できないような戦車で小競り合いをする程度。頭を使う高度な戦術なんてものは存在しないし、観戦している側はちっとも楽しくないわ」
アレクシアは不意に不敵な笑みを口元に浮かべる。
「その点、去年の大洗女子学園の戦いは見事だったわ……それに、そっちの試合もね」
「大物殺しが趣味だからね、うちの学校は」
私が答える。
「……見た感じは手段は選ばないタイプに見えるわね。何かシンパシー……共感を感じるのよ」
「まぁ、そう言われても仕方はない気はしていたけど」
私は過去の試合展開を思い出す。確かに偵察はともかく仲間を遠慮なく囮に使ったり、撃破されるのを承知を突っ込ませるなど手段は選ばない戦いをしている気はしなくもない。
「ハイ、アレックス」
ふと、私達の座るテーブル隣にに数人の少女が現われてアレクシアに手を振った。
「ああ……ようやく来たのね」
アレクシアの待ち人らしい。彼女達はアレクシアと同じ制服を着ている。アレクシアの名前を呼んだ生徒は外人だが、後ろに控えているのは日本人だ。
「紹介するわ、副隊長のエヴァンジェリン」
アレクシアが手の平で示した先に立っている少女――金髪の綺麗なロング、青い瞳が特徴的な――が頭を下げた。
「どうも、エヴァンジェリンです。こちらの方は?」
「信越学園戦車道隊長の菅野由里」
アレクシアに紹介される前に私は自己紹介を済ます、彼女達が「この人が……」と奇異の視線を向ける。私が一体何をしたと言うんだ。
「それじゃあこのへんで。次の試合が楽しみね」
そう言うとアレクシアは席を立った。
私はその背中を見送りながら、厄介そうな奴らが敵になったと危機感を覚え始めていた。
観光も終わり学園艦に戻る頃には既に時刻は夕方を回っていた。
帰寮してまず先に行ったのは対戦相手の確認だ。トーナメントの表と、試合の最新情報を照らし合わせた結果、次回戦の相手はシュヴァルツ・ヴァッサー学園で間違いなかった。それもかなりのスコアで試合展開を進めていると解った以上、早めの対策を取らなければいけない。
私は即座にパソコンのチャットソフトを立ち上げる、リストから紗江がオンラインになっている事を確認すると、私は即座にヘッドセットを繋げてコールをかける。数回のコールで通話が繋がった。
「紗江、今時間は大丈夫?」
『はい。どうしたんですか?こんな夜中に、携帯じゃなくてチャットなんて』
そりゃ電話だと通話代がかかるような内容だから、と言いかけるがそのまま本題をぶつける。
「次の対戦相手が解った、シュヴァルツ・ヴァッサー学園だって」
紗江が一瞬だけ沈黙する。
『本当ですか!?噂には聞いてますけど、あの外国人留学生中心で編成されたって言う――』
「その隊長と、今日あの戦車喫茶で会ったのよ」
『そうだったんですか……』
私は更に話を続ける。
「単刀直入に聞くけど、シュヴァルツ・ヴァッサー学園の使用している戦車や選手についての詳細な情報は無い?」
『今、手元には無いですね。軽戦車から重戦車まで、国籍関係無しの混合編成とは聞いていますけど詳細不明です』
と、一瞬だけ紗江が黙った。
『……ただ、情報源ならありそうです』
おっ、流石は紗江だ。
「心当たりが?」
『チャット仲間ですけど、1人信頼できる人がいます。オッドボール三等軍曹に聞けば多分わかります』
随分とヘンテコなハンドルネームだなオイ。戦略大作戦の登場人物とは中々マニアックな所を突いている。
「暫く時間はかかりそう?」
『いえ、多分そう時間はかからないでしょう、また後で連絡します』
十分後。ネットでシュヴァルツ・ヴァッサー学園に関する情報を調べる中、紗江から連絡が届いた。すぐさまヘッドセットを付ける。紗江がチャットソフトを使って画像を送信してくる。
『この画像ですが、名前はエヴァンジェリン・サマヴィル。イギリスからの留学生です、戦車隊の副隊長をしています』
「あー、そう言えば自己紹介していたなぁ……」
記憶を手繰り寄せる。アレクシアの隣にいた金髪の、お嬢様みたいな生徒。
『彼女の戦歴ですけど、凄いですよ。イギリスの名門学園艦の出身、去年のヨーロッパ大会ではMVPにも選出された事のある強豪の選手です』
「何でそんな大物が日本の学園艦なんかに来てるの?」
確かに特待生に対する魅力的な特典があるのだが、それを加味してもヨーロッパ方面、特にイギリスの戦車道会が手放したくないような逸材――MVPに選ばれるような人物が何で日本の戦車道新設校なんかにやってくる必要があるのだろうか?
『それについてですけど、複雑な事情があるみたいです』
紗江が話を付け加える。
『去年のイギリス国内の大会で事故による怪我で戦車道から一時引退したそうです。その後、戦車道特待生のある日本までやってきて復帰をしたそうで』
「別に復帰できるのならわざわざ日本を選ばなくても……」
『どうなんでしょうね、そこは本人のみぞ知る事ですよ』
紗江は話を続ける。
『ただし怪我が関与しているのかは不明ですが、教官職が中心のようで。学園にとっては戦力確保とクルーの質向上にはかかせない戦力のようです』
と、新たに紗江から画像ファイルを送られてくる。そのファイルを開くと、これも見た事のある顔の少女の写真が目に入った。
『今送った画像は隊長のアレクシア・ターナーです』
「ええ……今日会った隊長ね。詳しいデータは?」
マイクの向こうで紗江が資料を読み上げる。
『戦車道北米大会に出場していますが、所属する学校は早々に敗退しています。資料によれば戦車道の弱小チーム出身らしいのですが、何でもM3スチュアートでティーガーを撃破したお陰で期待のプレーヤーとして注目されたそうです。その後は経済的理由による学園艦の統廃合を機に、シュヴァルツ・ヴァッサー学園へやって来たとか』
「大物殺しが趣味か……確かにうちとお似合いだな」
過去の戦車道大会で性能的にも下回る車両で強い戦車を撃破した事例は幾つもあるが、流石にスチュアートでティーガーを撃破するとは奇跡としか思えない。実際にこの学園でもスチュアートを使っていたので戦車の詳細な性能や特性は知っているが、主砲の威力は高が知れているし近距離から主砲を当てても撃破するばかりか砲弾が弾かれるという事もざらだ。そんな戦車でどう太刀打ちすればティーガーを撃破できると言うのか。
紗江の説明を受けながら、私は頭の中で対策プランを練り始めた。
翌日の放課後、私達は格納庫のブリーフィングルームに紗江と理香を呼び出した。明日みっちり1時間かけて行うシュヴァルツ・ヴァッサー学園の対策会議の下準備だ。紗江は乗り気だが、理香はそうでもないようだ。
机の上に広げた写真や書類を整理しながら、私は伝えるべき情報を整理していく。
「紗江、使用している戦車の情報は?」
「で、これがその使用している戦車の写真です」
紗江がプリントアウトした写真をホワイトボードに貼り付けていく。
だが、解像度が妙に低いその写真はほぼモザイク同然の代物だった。恐らくは遠景で撮られた写真を無理矢理引き伸ばしてプリントアウトしたのだろう、輪郭は何となく把握できるが……
「見辛いですが、主戦力はパンター中戦車です。詳しい形式は不明ですが3両保有しています。それから、シャーマン戦車が3両、SU-85自走砲が3両です。他にも未確認ですが数両ほど戦車を保有しているとの噂です」
シャーマンはともかくパンター中戦車は実に厄介だ。
ドイツ末期を支えた装甲・火力に秀でた中戦車、東部戦線や西部戦線で活躍した優秀な戦車だけにこちらの戦力と比較すればかなり厳しい相手だ。少なくとも黒森峰のティーガーやマウス、エレファントと言った規格外戦車と比較すればまだ対処できる相手ではあるが、それでも強力な戦車である事には変わりない。
次に厄介なのはSU-85だ。戦車ではなく自走砲――回転式砲塔を持たない車両であるが、本来は独ソ戦で駆逐戦車として使用された車両だ。ドイツ戦車軍団に対抗するために作られ、大口径砲を搭載している車両だ、その攻撃力は侮れない。
中戦車は特に語る相手でもないし、シャーマンはこちらの主戦力の一つだ。だが詳細な形式がわからない以上、対処方法も変わっていくだろう。
何しろ相手は戦車よりも人材に重きを置いている学校だ、全国から戦車道に長けた生徒をスカウトしている場所だけに、どんなクルーがこちらを待ち受けているか定かではない。
「とにかく数なら問題なさそうね、今年は三回戦目でも10両までが上限だから」
「少なくとも強い戦車で物量攻めを行うような相手ではないのは確かです。そこらへんは戦車道開始一年目の新設校ですから厳しいんでしょう」
幾ら金持ち校とは言え、新規で戦車道を始めるにはそれなりのコストがかかる。いきなり黒森峰やサンダースのような大戦力を整えるのは難しいだろう。
だが今年新規で戦車道を始めた学校にしては装備が良いのは事実だ。おまけにクルーも優秀となれば初出場で二回戦突破と言うのも頷ける。
「でもこっちにはパーシングがあるんだし、コメットや四号突撃砲もあるでしょ?またコアラの森学園みたくさっさと潰せるでしょ」
理香の軽口に私は思わず険しい表情を浮かべてしまう。
「本気で言ってるつもり?慢心は敵の思うツボよ」
古今東西、戦車道で相手をなめてかかって大敗した例は幾つもあるのだ。慢心が呼び起こすのは敗北の二文字だけだ。
「言ってみただけだよ」
理香はそう訂正する。
「でもパンターみたいな足回りに弱点のある車両ならまだ対処できるでしょ、今回も打撃力のあるチームで待ち伏せをして、軽戦車を撒き餌に本隊を誘い出すようにしたら?」
既に信越学園のお得意になりつつある手である。継続高校やコアラの森学園の試合ではそれが決め手となった。
「……相手の隊長を見る限り、十八番を使うのは禁物よ」
「私もそう思います」
紗江が私に同調する。
「相手側も確実に私達を研究して、こちらの手を調べ尽くしていると思います。流石に無名校で2回戦まで出てきたら、誰だって対策はしますよ」
「まぁ、普通に考えればそうだよね……」
理香も納得したのか、再び机の上に広げた書類や写真に視線を落とした。
不意に、隊長の写真に目を通した理香はぽつりと呟いた。
「それにしても向こうの隊長、何か由里に似てたよね」
「……はぁ?」
唐突な理香の言葉に私が思わず首を傾げる。
「だってさ、あの攻撃的な感じとか目つきとか、どことなく由里に似てる気が……」
「心外だ……」
私があの隊長に似ているとはお前の目はどうなってるんだ。と口から言葉が漏れかけるが我慢だ、私偉い。
「パンツァーハイになってる人は誰でも同じに見える、ってのはよく聞きますけどね。案外素では隊長と正反対じゃないんですか?お淑やかで清楚だとか」
紗江がフォローに入るがフォローになっていない。じゃああれか、私は粗暴でワイルドだとでも言うのか?
と、今まで自分がやらかしてきた事を思い出してその通りだったような事に気が付く。
よくわからない思考のスパイラルに陥る中、理香が壁時計の針を見た。
「大体の情報は纏まったんだし、そろそろお開きにしない?」
「そうしますか」
紗江と理香が腰を上げる。私も壁時計の数字を見て、ふとある用事があった事に気が付く。
「そろそろ例の物が届く頃かな」
あやうく忘れてしまう所だった。私は荷物をさっさと纏めるとブリーフィングルームから退出する準備を始める。
「あのー……隊長、例の物って?」
紗江の言葉に、私はようやくこの話を皆にしていなかった事に気が付いた。
「まだ言ってなかったけど、予算があったからこの間の査定のついでに戦車道用の補助車両を買ったんだ。格安でね、自動車部が調整してくれてる筈よ、そろそろ来る頃合だけど」
と、格納庫の外からエンジンの駆動音が近付き、クラクションが鳴った。
「おっ、着たかな」
時間通りだ。私は紗江と理香を連れてブリーフィングルームを抜け、格納庫の外へと出る。
紗江と理香がその車両を見て、感嘆の声を漏らした。
目の前にあったのは8輪駆動の装甲車であった、どこか尖った印象のある車体前面、側面には出入り口があり、車体上面には機銃のタレットが付けられているそれ――オリーブグリーンに塗装されたBTR-80が停車していた。
車体側面のハッチを開け、ツナギを来た男子生徒が降りてくる、自動車部の部長だ。
「おっーす、部長、引渡しに来たぞ」
「ありがとうございます、BTRの調子はどうですか?」
ふふ、と部長は鼻を鳴らす。
「完璧に整備してやったよ、ちょっと中は狭いが」
私の後ろ、見えては居ないが恐らくは歓喜の目でBTR-80を見ているであろう紗江が「凄い!」と声を漏らした。
「これ……装甲車?」
理香の声に紗江が咄嗟に反応する。
「BTR-80、共産圏ではベストセラーになった装甲車ですよ!アフガン紛争から今現在に至るまで様々な戦場で使われた装甲車です、まぁ、装甲や生存性には難があって中に入った状態でRPGや対戦車地雷を喰らった中の人間は丸焼きのお陀仏で……」
そんな二人を尻目に部長は私に諸々の説明を始める。
「注文どおりにサポート強化として通信機器を増設してある、それから簡単だが冷蔵庫や給水器もあるぞ。後、機銃や機関砲は元から撤去済みだ」
完璧な仕事である。
BTR-80の購入目的はそこだ、私達の乗るシャーマンでは練習の際の指揮能力にも限界があるし、何よりも広い戦車道用訓練場を行き来するには不便すぎる。さらに暑くなって来るこの季節、ぶっ続けで戦車に乗って練習するのは厳しいし、いちいち格納庫へ戻って食事を取るのも面倒という声もある。それら問題を解決する為のサポート用車両がこれなのだ。
「それにしてもこれ、幾らしたの?」
理香の言葉に私は答える。
「さぁ?スクラップ置き場から格安で貰ってきたから……大体10万ちょいだったかな、移送費込みで」
少なくとも戦車1台新規で導入するのとは訳が違うレベルの格安品だ。
部長は再び乗り込むと、格納庫にBTR-80を入れて停車させる。中から折りたたみのMTBまで取り出すと、部長は私の元へ戻ってきてマニュアルとキーを手渡した。
「はい、鍵と説明書」
それを受け取ると私は部長に頭を下げる。
「ありがとうございます、何とお礼を言っていいか……」
「なぁに、また戦車弄れるように手配してくれたんだ。これぐらいサービスの内さ」
そう言うと、部長は自転車に跨った。
「じゃーな」
そのまま自動車部の格納庫へと向かって遠ざかっていく背中を見ながら、私はこれで今日やる事を全て終えてホッと一息ついた。
「……あーあ、また由里の上っ面に騙された哀れな被害者が」
「隊長って男子の前だといつもああなんですか?」
後ろからあんまり聞きたくない言葉が投げかけられるが私は我慢した。
とりあえず理香にはトレーニングメニュー三倍の罰でも与えるとしよう。
夕日を背にとぼとぼと私達は学校を後にした。時計の針は夕方6時を差している、街はすっかり初夏の空気だ。
「いまいち実感湧かないよね」
会話も途切れてきた所で、理香がポツリと呟いた。
「何か去年ってさ、ずーっと引きこもって戦車動かしてごくたまに試合する程度だったでしょ?それが軽戦車から重戦車に鞍替えして毎日みっちり練習……それに全国大会二回戦を突破……あまりにも差がありすぎて逆に実感無いよね」
「確かに、コアラの森学園は全然手ごたえ無かったですよね、本当に」
紗江もその問いに頷いた。
「でも、勝つのは凄く嬉しいですよね」
私は紗江の言葉に黙って頷いた。
今まで負け続けだった信越学園は今年に入ってすでに勝ち星を3つも挙げている。聖グロリアーナ女学院、継続高校、そしてコアラの森学園。去年は試合すら断られるような体たらくで、どこからも相手にされなかった学校が、今公式戦という晴れ舞台で他校と渡り合っている。
確かに、今までの戦車道の軌跡を考えれば信じられないような快挙だろう。
「まぁ、ここまで来れたのも全部由里のお陰かな?」
理香が意地悪そうな笑みを浮かべて私の肩を叩く。
「隊長の功績が一番大きいですよね」
紗江も同じ様に頷く。
小恥ずかしい気持ちになるが正直的外れだろう、と思う。
別に私がやっている事は殆ど予算確保の戦いだ、事務書類に面と向かい。その合間の訓練で受け売りの知識と前隊長がやっていた事を真似ているだけに過ぎない。継続高校との戦いなんて殆ど運と出たとこ勝負で乗り切ったようなものだし。
「まぁ鬼のようなトレーニングメニューが一番の理由かもしれないけど……」
理香は苦笑いを浮かべている。紗江も同じような笑みだ。
確かに去年に比べればトレーニングメニューは随分と増えた。朝から晩まで戦車を乗り回し、学園艦の演習場での射撃訓練はあまりに重点的にやりすぎて、山の地形が変わるんじゃないかとまで言われていた。隊列行動ではトラメガ片手にエキサイトする事もあったりしたし、そう考えれば練習の賜物かもしれないだろう。
「それにしても由里もすっかり隊長の風格だよね」
理香が私を見て笑いながら言った。
「確かに、コマンダーの風格十分ですよ」
紗江も同じ様な調子で私を見た。
「いやー、練習中も試合中も罵声を飛ばすし、挙句の果てに他校から狂犬扱いされているし……」
「狂犬は心外よ。何であんな風に言われる必要が……」
ぶつくさ言おうとした矢先、紗江が私の肩を叩いた。
「隊長、そろそろ認めてくださいよ。もう誰も隊長を普通の女の子として見てはいませんよ」
「少なくとも度を越したパンツァーハイである事には変わりないよね」
ははは、と二人は声を揃えて笑う。
とりあえず紗江には明日のトレーニングで腹筋500回の罰でも与える事にしよう。
こうして三回戦を前に、私達のチームはいつも通りの日々を過ごしていた。
でもこの時、私達は知る由もなかった。三回戦まで勝ち進んだ連中が、どれだけ凶暴な強さを秘めているかを。
【解説&こぼれ話】
■タイトル元ネタ
映画「武器よさらば」
■シュヴァルツ・ヴァッサー学園
モチーフとなる国家が存在しない架空設定の学園艦。新鋭の傭兵チームというイメージで、元ネタはイラク戦争で悪名を轟かせたブラックウォーターUSA。名前はブラックウォーターをドイツ語にしたもの。金持ち学校で装備は整っているが、まだまだ新鋭で一部の精鋭以外は普通の学校。
■アレクシア・ターナー
名前の元ネタはアメリカ海軍の提督リッチモンド・K・ターナー。全員日本人キャラの原作を見ていてたら「じゃあ留学生の戦車道選手とかいるよなぁ……」という妄想から生まれたキャラクター。後に描写したデトロイト出身で貧しい家庭の出という出自は当時「8 Mile」を見ていて思いついたネタ。第三世界では戦車道選手になって貧困から抜け出すのが一般的という設定もアリかな、という思いつきもあった。
■エヴァンジェリン・サマヴィル
名前の元ネタはイギリス海軍の提督ジェームズ・サマヴィル。こちらもアレクシアと同じ発想から生まれたキャラ。
■オッドボール三等軍曹
映画「戦略大作戦」の登場キャラクター、演じたのはドナルド・サザーランド。ハンドルネームですが正体が誰なのかは原作を見た人なら一目瞭然のはず。
■BTR-80
ソ連製の装甲車。よりミリタリー風味なガルパンを!というコンセプトで書き進めていくうちに、彼女らにも雑務用の車両を渡してあげようという事でBTR-80を出した。原作と同じく不要な機関砲を撤去しており、戦車道の支援用にカスタマイズされている。どちらかと言うと選手を中に載せるというよりかは、屋根の上に乗せたりする運用が中心という設定。