ガールズ&パンツァー Bad Company Story   作:Colonel.大佐

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第9話「照明弾に照らされて」

 練習と待機の後に、ついに試合当日を迎えた。

 珍しく午後からの試合となり、私達はたっぷりと前日の練習の休息を取って試合に望む事になった。いつも通りのユニフォームに着替え、試合開始の準備をする私達は会場の観客席へと目を向ける。

 三回戦だけあって、観客の入りはそこそこ多くなっていた。事前情報殆ど無しの学校の試合だからか、偵察か情報収集の一環として強豪校の制服を着た女子生徒が望遠カメラやホームビデオを片手にこちらへ睨みを効かせている。私の隣を歩く理香もその視線に気が付いたのだろう、ふと私の肩を叩いて話を始める。

「あー、ほら!他校の人がこっち見てるよ!もっと行儀良い顔しようよ」

「私が鬼の形相で歩いているとでも言いたいの?」

 呆れた目で理香を見るが理香の顔は至って真面目だ。

「まぁ由里の場合は笑っていても笑って無くても怖いけど……」

 ほほう、また練習量3倍の悪夢に怯えて眠りたいかねと内心呟く中、並んで歩いていた紗江が会場の反対側を指し示した。

「来ましたよ、今日の対戦相手!」

 各々バラバラのタンカージャケットを着た少女の一団、だが腕には腕章が付けられており、格好がバラバラのこの少女達がどの学校の戦車乗りかを私に示してくれた。今日の対戦相手、そして全国大会三回戦目の出場を果たした新鋭校、シュヴァルツ・ヴァッサー学園だ。

 向こうの一団も私達の存在に気が付いたのだろう、オリーブドラブの単色迷彩の戦闘服、そして現用のタンカーヘルメットを付けた異様な一団に奇異の視線を向けている。

「何か珍獣を見るような目ですね」

 隣の紗江がバラバラのタンカージャケットの集団を見て呟く。

「むしろあっちの方が珍獣だよね。ユニフォームが統一できていないって……」

 貧乏チームならありえる事だが金持ち学校と評される相手チームがこんな状態とは思っても見なかった。でも経費削減と考えれば妥当だろう、各々に試合向きの私服で参加させて腕章で統一、確かに安上がりだ。

 そんな事を考えている中、一団から見慣れた少女がこちらへやってきた。

「やぁ隊長さん」

「……アレクシアか」

 やって来たのは隊長のアレクシア・ターナーだ。特徴的な赤毛は、米軍のタンカーヘルメット(古そうな型だ)に隠れているし、着ているのも前回と違い制服ではなくパンツァージャケットだ。

「噂には聞いてたけど、随分クールなユニフォームね。何と言うかガッチガチの装備と言うか……」

 確かに女っ気の無いユニフォームである事は認める。

「それよりも何でそっちはバラバラなんだ?経費削減か?」

「まぁ、色々あってね」

 アレクシアが答えた。

 私は並んで歩きながら、会話を続ける。隣の紗江が少しだけ険しい顔を浮かべている。

「それより今日はエキサイトな試合が楽しめるといいわね、最近の試合相手はお話にならない奴らばっかりでね。ちょっとは楽しめるかしら?」

「そうなるように善処はするわ……今日はよろしく」

 私の言葉にアレクシアは笑顔で返した。

 

 今回も布陣はいつもと同じ、新型戦車中心の面子だ。

1号車(M4A3E8 イージーエイト)

2号車(チャーフィー)

3号車(チャーフィー)

4号車(コメット巡航戦車)

5号車(パーシング)

6号車(T-34/85)

7号車(四号突撃砲)

8号車(四式中戦車)フラッグ車

 唯一違うのはフラッグ車として四式中戦車を配した事だろう。フラッグ車にするにはやや装甲に難があるが、8号車の経験値の高さを踏まえてフラッグ車という大任を与えるに至った。何にせよ今回も待ち伏せ地点に着いたらいつもと同じくパーシングの護衛付きで後方待機だ。攻撃は中戦車と突撃砲で行う。

 相手チームにはパンターやSU-85などの攻撃力に秀でた戦車が多く存在しているが、攻撃力なら互角の車両があるだけに、後は戦術と指揮、そして個々の能力で補っていくしか無いだろう。

 全車両の点検整備と砲弾の搬入が終了し、時間がちょっとあまった所で、私はタイミングを見計らって呼集の声をかける。

「全員整列!」

 私の声を合図に、休憩していた皆が私を囲むように集合する。

 両脇には理香と紗江が立ち、私の後ろには同じ車両の3人が立つ。

「もうすぐ試合前だけど、今回の相手は今まで戦って来た中でも強い相手よ。十分に引き締めてかかること!」

 私の言葉を皆が黙って聞く。個々の顔に緊張の色はあるが、不安の色は微塵も無い。

「今日を勝ち抜けば次は準決勝、気合を入れてかかれ!」

 私の声を合図に、全員の掛け声が一斉に重なった。

 

 その後、事務的に挨拶を交わし、スタート地点に全車両を移動させた所で、開始を告げる信号弾の打ち上げと共に試合がスタートした。

 日頃の訓練成果を象徴するような、綺麗なパンツァーカイルを組みながら信越学園の戦車隊は前進を開始する。

 フィールドは試合用に放棄された田舎町だ。小高い山と複数の丘陵、線路、放棄された田んぼに集落が二個、三個。後はフィールドの真ん中を突っ切るように川がある。

「さて……どこから手を付けようか」

 開始から20分、私は地図を広げながら思考する。

 信越学園の十八番になりつつあるのは囮を使用する待ち伏せ戦法だ。紗江に「島津の釣り野伏せそのまま」と形容される事のある戦法だが、戦車数で劣り、尚且つ待ち伏せ攻撃に適した車両の多い信越学園では一番効果的な戦法だ。

 真正面から殴りあう、というのも有効打であるがパンターという化け物が相手では分が悪い。

「待ち伏せに適している地点は幾らでもありますよ、手始めにB地点が……」

 紗江の言葉を遮るように、遠巻きに砲声が鳴り響いた。

「!」

 こちらの戦車の砲撃ではない。だが聞きなれた砲声――シャーマン搭載の75mmか?

 私は急いでキューポラから身を乗り出し、双眼鏡を覗く。木々、そして丘陵の影から一斉に身を乗り出した戦車の群れが、隊列を包囲しようと散発的に発砲しながら接近を開始している。

『8号車、敵戦車発見!』

『こちら4号車!前方に敵戦車多数』

『ちょっとぉー!全方位から迫ってきてるよ!』

 無線から悲鳴や怒号が流れる、私は無線のスイッチを押し込む。

「落ち着いて対処して!」

 おいおいおいちょっと待て、何でこんな早いうちから居場所がバレているんだ?まだ試合開始からそんなに時間が経っていないのに!

 私は慌てかける気持ちを抑えながら、冷静に情報通りに場所をマーキングする。固まって行進しているこちらを包囲するように、6両の戦車がこちらへと向かって来ている事が解る。しかもその内SU-85が3両、そしてパンター中戦車が3両という凶暴なコンビだ。しかも後方からは追撃するように3量の敵シャーマンが接近してきている。

 いや、まだSU-85なら対処が出来る。攻撃力こそあれど信地旋回でしか狙いを付けられないような砲身固定の自走砲だ。問題はパンター中戦車だ。だだっ広い荒野で撃ち合いをするのは不利だ。

 私達は包囲を狭めていく戦車の回廊に、頭から突っ込んでいた。

「……クソ」

 私は悪態を漏らすと、地図を見て状況を整理する。

「このままじゃ包囲されます!」

 紗江が叫ぶが私はそれを聞き流すと、無線越しに指示を出す。

「……全車両へ、このまま突っ切れ!!」

『正気!?正面にはパンターが待ち構えているよ!』

 理香の声が無線を通して流れる。私は思わず叫んだ。

「理香、今乗っている戦車はチハか?正面に出て潰してやれ!90mmをぶち込め!!」

 私の声と共に、理香のパーシングが速度を上げて隊列のトップに躍り出る。

『行進間だから射撃の精度には期待しないでよ!』

 理香の楽しげな声が聞こえる。頼もしい声だ。

 敵の砲声が間隔を上げる中、周囲を固める9つの戦車のシルエットが速度を上げて隊列に迫り来る。至近弾が飛び交い、土埃と爆発が周囲で炸裂していく。

 やがて、前方に2両のパンターが現われる。キューポラから身を乗り出し、私は双眼鏡を覗き込む。正面にいるのはパンターD型だ、その砲塔がこちらの車列を捕らえようと今まさに指向している。

 だが、砲火は見えない。まだこちらを狙っているのだ。

「ギリギリで刺し違えるつもりか……」

 遠距離で駄目なら近距離でトドメを刺してしまおうと言うのが相手の目論見なのだろう。今の距離なら発砲して取り逃がせば、最悪、装填中に包囲網を突破される恐れがある。私は無線のスイッチを押し込む。

「速度はこのまま、前方のパンター二両を突破する!砲撃用意!」

 先頭を突っ走る理香のパーシングが砲塔を指向させる。後続のチャーフィーも同じ様に左右、両方から迫るパンターに砲口を向けていく。更に後続の四号突撃砲とT-34が、フラッグ車である四式中戦車を守るべく両脇を固め、コメットが殿として最後尾に付く。

 包囲された際の対処法を完全に実施する仲間達へ賞賛を送りたくなるが、今はパンターに集中する。

 距離を狭めていく中でパーシングの90mmが景気良く砲声を轟かせた。発射された砲弾が前方のパンターへと命中する。砲弾は足回りに命中して履帯の破片を飛び散らしながら、包囲を狭めようと前進を始めていた車体を停止させた。

 神業がかった砲撃、だが砲塔は尚も指向を続ける、と、両脇から躍り出たチャーフィーが素早く砲撃を叩き込んだ。

 発射された榴弾がパンターの砲塔基部に命中する、その瞬間と同時にパンターの主砲が吼え狂った。

「うおっ!!」

 発射された砲弾がシャーマンの脇を飛びぬけ、後ろの四式中戦車をかすって地面に命中し土埃を上げる。

 恐ろしく際どい一撃。冷や汗が額に滲む。

 パンターを一台移動不能にさせたが、まだ残る一台がこちらへと砲塔を指向させている。距離は100にも満たない。

「沙雪、ぶちかませ!!!」

「了解」

 沙雪が砲塔を回転させ、シャーマンの76mm砲が前方のパンターへと向けられた。

 回転が停止した僅かな瞬間、76mm砲が吼え狂い、車内に薬きょうが盛大に転がった。ペリスコープ越しに命中確認を行う、放たれた徹甲弾はパンターの砲塔へ正確に叩き込まれていた。

 更にパンターの砲声、だが先ほど違い、発射された砲弾はシャーマンの頭上を飛びぬけて行っただけだった。行動不能になったパンターを車列は追い越し、すれ違いざまに至近距離からT-34が、先ほどシャマンが攻撃したパンターに一撃を撃ち込む。命中するが、判定装置は動かない。

 追撃を開始しようとするパンターを尻目に、信越学園の車列は包囲網を突破した。

「何で……こんな早くから包囲網が……?」

 私は再度地図を見直す、試合開始時間・スタート位置を考えても、シュヴァルツ・ヴァッサーの本隊がこちらを包囲するのはあまりにも無理がある。電撃戦、と呼ぶにはあまりにも出来すぎている。

「まさか、情報が露見しているんじゃないのか」

 照準器から目を離した沙雪が私を見て呟く。

「無線傍受かな?それとも……まさかスパイが!」

 寝言いってんじゃねーよ奈央。でも無線傍受は可能性大だ。

 別に無線傍受をしてもルール違反にならないのだ、相手が小ざかしい真似を使ってきても不思議ではない。

「無線傍受なら傍受機があるはずでしょう。ちょっと確認しますね」

 紗江が私を押しのけて双眼鏡片手にキューポラから身を乗り出す。

 暫くして、紗江は車内に戻ると興奮気味に私の肩を叩いた。

「ありました!8時の方向にあります」

「無線傍受機?しょうがない、請求書覚悟で機銃をぶち込んで……」

 言いかけた私の口を塞ぐように、紗江が言葉を被せる。

「違います、あれは……!」

 

 銀色に光る翼、ミサイルに翼が生えたような奇異な外見。戦闘機でもヘリコプターでも無かったそれ――無人偵察機、UAVの姿であった。高高度ではなく、地表から3、400メートルを飛んでいる。

 私は思わず双眼鏡を覗いている自分の目を疑った。いや、UAV自体は珍しいものではない。大会などの試合で、観客席のモニターに移される映像は大体が運営が飛ばしたUAVから中継される映像だ。だが問題はその種類だ。

「プレデター?」

 私は無人機の機種名を呟く。運営が使用している無人機は国内の民間会社が開発した物だ、それとは該当しないタイプのUAV――それもシュバルツヴァッサー学園の校章を翼に付けた物だ。

「いえ、あれは攻撃機能がオミットされたグローバルホークです、完全な偵察タイプの物ですね」

 紗江が答える。

「米軍が使っている無人機よね、一体どこで手に入れたの?」

 だとしたら相当な脅威だ。無人機から送られてくる映像でこちらの位置は筒抜けになり、仲間との円滑な連携すら可能になる。

「……ちょっと前に戦車道向けの装備カタログで見た事があります。試合の観戦・録画用にカメラ機能と中継機能がついた民間レベルのスペックにまで落とされたUAVが発売されていましたよ。流石に相手が金持ち学校でも軍用のグローバルホークは運用してないでしょう」

「そのUAVのスペックは?」

 私の問いに、紗江は記憶を辿りながら答える。

「えーっと……通常のカメラ機能だけです、偵察用としてはごく低スペックの性能ですよ。赤外線カメラや暗視装置は付いていません。滞空時間は最大12時間までスペックダウンされています。外見以外は全くの別物ですよ」

 これまた厄介な手段を取られてしまった。

 こうしている合間に私達の位置を上空から掴んだ本隊が、殺到するための準備を始めている事だろう。どこか逃げ隠れる事が出来る場所は無い物か……

「あのー……先輩」

 橋本ちゃんが控えめに私を見る。

「フィールドに山と線路がありますよね」

「あるけど……それがどうかした?」

 私は地図を見る。確かに今回のフィールドは山と森と平野、それと横切るように走る川と使われなくなった線路がある。

「線路があって山があるって事はどこかにトンネルがある可能性があります、そこに全車両を押し込めてUAVをしばらくやり過ごすと言うのはどうでしょうか?」

 すぐさま地図に記載された線路を辿る。指で辿った先は――山を貫通するように伸びていた。

「近くには森もあります、木が隠してくれる可能性もありますよ」

 確かに、隠れるとなればここが一番安全だろう。

「……よし。その作戦、乗った」

 私はすぐさま地図に位置をマークする。

 こうなったらとるべき道は一つ――持久戦だ。

 

 低空で頭上を飛び回るUAVの目を気にしつつ、戦車隊はバラバラに分散し、目的地である山間部、そしてトンネルへと逃げ込んだ。

 生き埋めになると一大事なので、トンネルの出入り口にチャーフィーを偽装させた上で配置し、警戒に当たらせる。また、念の為に四号突撃砲を山道へ入る道へ置いている。更に何人かの仲間を見通しの良い場所に歩哨として立たせている。

 既に潜伏から1時間、高く上っていた陽も傾き、いつしか空の色も赤みも帯びている。

 淡々と情報を整理しながら私と紗江はシャーマンの砲塔に腰掛けて、時間を潰している。

「それにしても夜戦なんて始めてですね」

 紗江がトンネルの出口から覗く、僅かな夕暮れを眺めながら呟いた。

「実戦では、でしょ?」

 紗江の言葉に私が付け加える。

 前に二度、持久戦を想定して夜中に訓練を行った事がある。外灯も何も無い真夜中の訓練場に放り込み、4対4で模擬戦闘を行うと言う内容であったが、思っていた以上にハードな戦いだったのは言うまでもない。ただでさえ視界が制限される戦車を夜中に動かすと言うのは大変な労力だ。ライトを付ければ探知されてやられてしまうし、かと言って何も付けずに動かせばろくに動かす事が出来ない。結局は機銃を打ちまくり曳光弾を使い敵の位置を特定し攻撃するという非効率な戦い方を取らざるを得なかった。

 尤も、雪原などの比較的、光を反射しやすい環境や月明かりがあれば状況も大分変わるかも知れないが、それでも大変な事に変わりはない。

「そう言えば夜戦用の装備、あったような」

 私は車内に入り、中を探る。弾薬缶と小さなケースを発見すると、私は中身を確かめると、それを持ち出して紗江の元へと戻った。

「あったあった」

「何ですかそれ?」

 紗江の言葉に、私はケースの中身を取り出して答える。

「信号拳銃、夜戦訓練の時に使おうと思ってた」

 グリップにトリガー、そして太い筒状の銃身が特徴的な信号拳銃を取り出す。中折れ式で、カートリッジを装填して打つタイプの物だ。戦車道用の装備として配布されている物で、もちろん銃刀法には抵触していない。

 弾薬箱を開けると、手付かずの照明弾と色つきの光を発する信号弾がごろごろと転がっていた。照明弾に関しては20発ほどの余裕がある。

「まぁ、夜戦ならこれの出番でしょ。ここぞという時にしか使えないけど」

 不意に、車内から橋本ちゃんの声が響く。

「先輩、偵察中の2号車から報告、UAVが引き上げていくそうです。それから、もうすぐ日没です」

「さて」

 私は戦闘服の袖をキュッ、と捲くる。

「反撃開始ね」

 

 すっかり暗くなった中、学園の戦車隊は行動を開始した。トンネルを抜け、チャーフィーを偵察車両に慎重に前進を始めていく。

 待っている間、仲間に偵察させて得た情報を再確認する。こちらが森やトンネルに逃げ込んだ事により、しばらくは走り回って偵察していたシュヴァルツ・ヴァッサーのチームも燃料温存の為か偵察を中止し、数両の戦車を分散させて特定の地点に待機させて監視するという方法を取っている。

 こちらはチャーフィーを先導に固まって行動する事に決定した。

 行動開始から30分。チャーフィーから通信が入る。

『こちら2号車、敵本隊を発見、こちらにはまだ気が付いていないようです』

 朗報だ。私は位置を聞き取ると、地図にマーキングする。

「こちら1号車、敵の詳細な情報は解る?」

『いえ、ただ複数のエンジン音が聞こえるとしか……何にせよ追跡するので精一杯です』

 今は夜だ。情報が不正確なのは仕方ないだろう。

 地図と向かい合いながら私は情報を纏める。どうすれば勝てるか、どうすれば戦えるか。

「どうしますか?」

 紗江が尋ねる。

「仕方が無い、ここは十八番を使わせてもらうしかないかな」

 私は覚悟を決める。

 だが、今回はちょっとした“仕掛け”が必要だ。

 

 他の車両から離れ、シャーマンを車道脇のあぜ道に移動させた私は牽制をしつつ本隊を引きつけているチャーフィーを待ちながら信号銃の感触を手で確かめる。

 目を瞑り続けながら、私はじっと報告を待つ。

「それにしても成功するかな」

 奈央が不安げに呟く。

「いつも通り出たとこ勝負でしょ。失敗したらやられるだけ、あんまり深く考えないの」

「そこは深く考えるべきだろうに……」

 沙雪が珍しく突っ込みを入れる。

「2号車より報告、現在敵本隊と接触、これよりこちら側へ誘い込みます」

 橋本ちゃんの報告と同時に、遠巻きにチャーフィーの砲声が鳴り響いた。

 そろそろ準備の時間だ。私はカートを信号銃へ装填する。

 使用するのは色つきのフレアではなく照明弾だ。

「暗視ゴーグルか赤外線スコープが欲しいですね」

 紗江が無い物ねだりと言わんばかりに、照明弾を装填し終えた私を見る、いや、見ているのだろう。私は両目を瞑ったまま答える。

「アレ高いからね」

 チャーフィーの物と思しき戦車の移動音が近付き、シャーマンの前を通り過ぎていく。

「本隊が接近中です」

 橋本ちゃんが緊張気味に伝える。

 地響きが近付き、轟音が刻一刻とシャーマンへと迫り始める。

「ライトを切って」

 私の掛け声と共に車内灯が消え、シャーマン戦車の車内に暗闇が現われる。

 目を瞑り続けている私は確認しようがないが、これでもしなければ闇に目が慣れない。それに、この作戦は成功しないのだ。

「……近付いてきましたね」

 紗江の言葉と共に、私は目を開いた。

 車内にはおぼろげながら人影が見える。配置についたまま動かない皆の影を認識すると、目が闇に慣れた事を確認する。

 私はキューポラを開ける。目を瞑ったままで暗闇に目が慣れているお陰か、視界の中に暗い道の中を低速で走っている戦車の列が見える。距離は目と鼻の先だ。

 隊列は単純な縦列隊形、幅の狭い車道を通っているのだから当たり前だろう。この状況で迂闊にライトを使ったりしていない辺り、彼女達も夜戦のセオリーを心得ている。

 シュバルツ・ヴァッサーの攻撃部隊に信号銃の銃口を向け、私はトリガーに指をかける。

 狙うのは先頭。松明代わりになってくれる戦車に向けて、私は引き金を引き絞った。

 弾道を描いて発射された照明弾は、先頭の車両の前へうまく当たって発火した。

 マグネシウムの燃える眩い光に目が思わずくらまされる。だが、その明かりに照らされるように戦車のシルエットが浮き彫りになる。それを合図に、シャーマンの砲塔が回転する。

 私は急いでキューポラを閉じ、車内に入る。

「マーキング完了!攻撃!」

 パチリ、と再びシャーマン戦車の車内に明かりが点る。

 それと同時に、狙いを付けた沙雪が主砲のトリガーを引き絞った。

 砲撃と共に、先頭車両の履帯と転輪が吹き飛び、走行不能となる。

 それを確認する間もなくシャーマンのエンジンが回転し、勢いを付けて前進を始める。

 私は思わず車内で一人笑みを浮かべた。急いで考えた荒削りの作戦であったが、見事に成功したのだ。

 照明弾という、空に打ち上げて全体を照らすための道具を水平射撃し、マーカーにしてから先頭車両を確認し、的確に行動不能にする。

 先頭の車両が停止した事で、後続は最悪の場合停止するし、よく訓練されていても先頭車両をよけるための動きで隙が生じる。

 そして、燃え続ける照明弾をマーキングして、反対側の丘の上で待ち伏せているこちらの戦車隊が砲撃を叩き込むという寸法だ。

 立て続けに鳴り響く砲声と、被弾し炎上を始める敵車両の列をペリスコープ越しに見ながら、私はガッツポーズを無意識のうちにとっていた。

 

 車道から反対側の丘にはコメット、パーシング、四式中戦車、四号突撃砲が陣取っている。まさに袋叩きと言わんばかりの攻撃だが、一番心強いのは上からの砲撃という点だ。

 平地での撃ち合いは側面や正面など、戦車にとって装甲の硬い部分を狙う必要に迫られる場面が多い。だが大抵の戦車は車体上面が脆弱で、そこだけ装甲は薄い、それを狙うにはショットトラップ(砲塔の傾斜を利用し砲弾を下へ逃がし撃破する)を成功させるか、高所から下へ向けて砲撃するのが一番である。当たり所によっては正面装甲を貫けない非力な砲でも撃破のチャンスが生まれる。

 後ろでは砲弾が着弾する音と共に、装甲に砲弾が命中する鈍い金属音や爆発の音が立て続けに鳴り響く。バチバチと光を発し続ける照明弾、そして被弾して炎上する行動不能車両に照らされ、数両ほどの戦車が煙を上げて動かなくなっていた。

「橋本ちゃん、射撃中止してシャーマンと合流するように伝えて」

「了解です!……1号車から全車両へ、射撃中止、至急1号車と合流して下さい」

 そろそろ潮時だろう。いくら射撃ポジションが有利とは言え、相手にはパンターやSU-85がある。混乱が続いている内に逃げ出さなければ次に袋叩きに合うのはこちらだ。

『こちら5号車、生き残りが追跡に向かってるよ。えーっと……パンターが1両にSU-85が2両。フラッグ車はいないみたい』

 理香の報告を聞きながら、私は車両の総数をカウントする。

 こちらの残存8に対して相手は10両、そのうち行動できているのは3両で今だ健在である行方知れず・車種不明のフラッグ車が1両。つまり8対4の戦いだ。

 ただし相手にはパンターがいるし、相手のフラッグ車がどのような車種なのか特定すら出来ていない。数では優性とは言え慎重な行動が要求される。

「どうしますか隊長」

 紗江が榴弾を抱えながら呟く。

「とりあえず当面の予定したポイントに陣取って、また待ち伏せ攻撃を行うよ。ありきたりだけど、今の所はこれぐらいしか方法がないし……」

 私は地図のマーキングを確認する。車道を抜けて、小高い丘陵とそれを中心に広がる放棄された畑をペンで囲む。

「D-8地点にするか……」

 試合開始前に待ち伏せを予定していた候補地だ。ここなら車道から飛び出した敵本隊を狙い撃ちできる。

 あれこれ考えているうちに、攻撃していたチーム達が合流し、先行し警戒していた軽戦車も同じ様に合流した。誰一人欠ける事無く進みながら、私はふと月が出ていた事に気が付く。

「月明かり……」

 貴重な光源に照らされて、これで多少は攻撃や移動もやりやすくなるだろう。

 だが、それは同時に相手にも有利な環境になるという事だ。

「後続の車両へ、追っ手は見える?」

 私は無線のスイッチを押し込んで呟く。

『こちら2号車、後続の部隊はなおも追跡中です』

 私は「了解」とだけ答える。早く丘にたどり着かなければ。

 

 丘が近付いた所で、先行していたチャーフィーから連絡が入った。 

『こちら3号車、前方からエンジン音。照明弾の打ち上げをお願いします。前が見えません』

 私は通信機のスイッチを押し「了解」と答える。足元の弾薬ボックスを手繰り寄せ、照明弾を信号銃に装填する。

「あんまりバカスカ撃ちたくないんだけどな……」

 相手の居場所や周囲の状況が解るのが照明弾の利点ではあるが、それは逆にこちらの位置を示してしまう事も意味している。更に常時ぶっ放して打ち上げる程、残弾に余裕は無い。指揮車用に搭載したこのシャーマン(と言うか私)しか照明弾を使えないし、暗視装置も積めない以上はこうするしか方法は無いが。

 キューポラから身を乗り出すと、私は空に向けて信号銃を構える。引き金を引くと同時に発射された照明弾は、明るい光を周囲に撒き散らしながら空中へと向かっていく。

 そして、

「……あれは?」

 100メートルほど先、丘から降りてきたと思われる巨躯が照明弾によって照らされていた。

 平べったく、それでいて大きい車体。重厚な装甲、四つの履帯。そして車体前面から飛び出る長い砲身。カーキグリーンに塗装されたその車体にはシュヴァルツ・ヴァッサーの校章が付けられ、フラッグ車である事を示す青色の旗が上がっている。

 まるで3号突撃砲の親玉、いや、化け物のようなデザインのその巨体に、私は思わず生唾を飲み込んだ。

「T28……ッ!」

 私は対峙する戦車の名前を口にする。

 米軍が大戦末期に開発した、強大な駆逐戦車。ドイツ軍の戦車軍団に対抗するべく作られた規格外の化け物。黒森峰の保有するマウスやエレファントに並ぶ相手が、目の前に鎮座していた。

『T28だ!ソ連じゃなくてアメリカの!!』

「各車散会!!」

 無線から流れる理香の悲鳴と同時に無線スイッチを押し込み、叫んだ瞬間、T28の105mm砲が吼え狂った。

 凄まじい砲声にキューポラから身を乗り出した半身に、ずしりと衝撃波が襲い掛かる。私がすかさず車内へ身を隠した瞬間、シャーマンの隣に並んでいた四号突撃砲に砲撃が叩き込まれた。

 爆発が起こり、黒煙を上げて四号突撃砲が沈黙する。行動不能の白旗が揚がる。

 化け物だ、まさに化け物が今目の前にいる。猛毒のように全身へ恐怖が回り、思考が停止しかける。

 やばいのが出た、恐ろしいものがいる。

 どうすれば、どうすればいい?

 

 やがて一瞬とも永遠ともつかない思考停止を破ったのは、シャーマンの砲声だった。

 沙雪がトリガーを引き、空薬きょうがガランと音を立ててシャーマンの車内へと転がっていく、脇に控えた紗江が砲弾を抱きかかえながら叫ぶ。

「隊長、早く指示を!第二射が来ます!!」

「奈央、急いで射線から離れて!」

 相手は単騎だ、それに相手の砲は強力と言えど、旋回砲塔ではない。冷静に対処すれば狙いから外れる事など他愛も無いのだ。

 シャーマンはすぐさに行動へ映る。それを確認しながら私は続けて他の車両へ指示を飛ばす。

「理香!立て続けに榴弾を打ち込んで!!効かなくてもいい、とにかく命中させて!!」

『了解ッ!』

 頼もしい返事が返る。T28の砲声が鳴り、再び振動が身体の芯を震わせる。

「全車両へ!これが最期のチャンスだ、増援が来る前にここで決着を付けろ!」

 生き残った各車両から頼もしい返事が来る。

 すぐさま信号銃に二発目の照明弾を装填する。銃口を天へ向け、引き金を引き絞る。

 照明弾が撃ちあがり、明かりに照らされてT28のシルエットが再び浮かび上がった。

 周囲に展開していた生き残りの車両が距離を詰め、一斉に砲撃を開始する。砲声が幾多も重なり、爆煙に包まれT28のシルエットが見えなくなる。

 だが、手ごたえは無く、煙を突き破ってT28がこちらへ前進を開始していく。やはり駄目だ。装甲が厚すぎて砲弾が通らない。

 だったら、これからやるべき事は一つだけだ。

「各車両、残弾を気にするな!目の前のデカブツにありったけ砲弾をぶち込め!」

 袋叩きだ。

 まるで岩に向けて卵を投げ続けるような無駄な行為――と思いがちだが、実は有効打でもある。砲弾が弾かれても、被弾の衝撃が車内やエンジンに確実なダメージを与える。判定装置が「戦闘不能」の判定を叩き出すまで殴り続ける事も不可能ではない。

 それに装甲が最も厚い部位で305mm、側面は64mm、破壊できない標的ではないのだ。

 だが、分厚い正面装甲をこちらに向け、大口径砲を向け続けては砲撃を繰り返すというこの状況では攻撃は難しい。側面にぶち込んでも傾斜で弾かれる可能性もある。

 となると砲弾で相手の履帯をぶった切って行動不能にして側面に回るのが一番の策だ。

「撃ち続けろ!相手はデカブツだぞ!!」

 と叫んだ所でT28が三度目の咆哮を上げる。シャーマンの隣で砲撃を続けていたコメットに105mmの砲弾が命中し、破片と爆炎を派手にぶちまけた。白旗が揚がり、行動不能を告げていく。

 このままでは皆殺しにされるのも時間の問題だ。

「理香!後は頼んだ!」

『え、ちょっと、何するの!?』

 無線の向こうで狼狽する理香を尻目に、私は奈央に向かって檄を飛ばす。

「前方、T28に突っ込め!!!」

「ちょっと!無理無理!!」

 奈央が悲鳴を上げるが私は更に怒鳴り続ける。

「正面に突っ込んで押せ!奴の後ろは丘だ!!」

 私の言いたい事を即座に理解したのだろう、私の声に奈央が全速でシャーマンを走らせた。

 みるみる内にT28のシルエットが近くなる。信地旋回により次なる得物を見つけようとしていたT28が、その砲口をシャーマンへと向ける。

 だが、それよりも先にシャーマンがT28へ強烈なキスをかました。

 衝撃で車内が大きく揺れ、鈍い金属音が盛大に響き渡る。T28の主砲を避けて激突したシャーマンが、その鈍重な巨体を押し始める。

「重い……!!」

 ペリスコープ越しに見えるT28は僅かに押されているが、その鈍重さのあまり思うように押す事が出来ない。後ろの丘陵へ押し込みさえすれば、勝てる。

 装甲の脆弱な上面装甲、そこが露見するよう坂へ押せば、後続のパーシングが仕留めてくれる。その為にも、このデカブツを押し返さなければ……!!

『こちら2号車、助太刀します!!!』

 無線にチャーフィーのチームから連絡が入る、私は咄嗟に真横を見た。

 猛スピードでチャーフィーがシャーマンの真横から突っ込む、その瞬間、T28が主砲を発射する。砲声と共に空気が揺れ、振動が身体を芯まで震わせる。それでも2両は怯む事無く全速でT28を押していく。車体はみるみるうちに押され、ゆっくりと丘陵に押し上げられていく。

『……っ!!こちら6号車!!後方から本隊接近!!』

 こんな時に限って入って欲しくない情報が耳に飛び込む。生き残りがついに私達に追いついたのだ、こうなったら時間との勝負だ。

「理香!!さっさと撃って!!!」

 無線に向かって私が叫ぶと同時に、理香のパーシングが主砲を発射する、しかし狙いは僅かに反れ、徹甲弾はT28の真横にあった地面を抉って土埃を巻き上げただけだった。

『ごめん外した!』

「あああああもう!」

 私が叫ぶと同時に無線が混線し、怒号と悲鳴が溢れ始める。

『応戦!応戦して!』

『パンターだ!パンターを撃って!』

『6号車被弾!』

 着実に恐慌がチームの中へ毒のように回り始め、私は喉をかきむしりたいほどの焦りに駆られそうになる。T-34/85が撃破されて残存する戦力は5両、こちらがT28に苦戦している合間に敵は間合いを詰め、着実にこちらを撃破していく。

 そして、ついに恐れていた事態が発生する。

『あああ!!!』

 理香の悲鳴が無線から漏れる。それと同時に砲声と轟音。

 私がペリスコープを覗き、かろうじて後ろを振り向く。パーシングから煙が上がっていた。

『やられた!ごめん由里!』

 理香の声が響く。パーシング行動不能。

 このチームで一番の火力を持つエースが落ちた。私は目の前が真っ暗になりかける。ジョーカーをここで失ってしまったのだ。

「そんな……」

 砲弾を抱えながら紗江が蒼白といった表情を浮かべる。

『こちら8号車!私がやります!』

 フラッグ車である8号車の車長から通信が入る。

「フラッグ車は安全第一!」

 幾らなんでもこの状況でフラッグ車を攻撃に割り振るのは無茶すぎる。やられたらそれこそ一巻の終わりだというのに!

 だが、その8号車の通信と同じくして3号車からも通信が入る。

『伊達に盾はやってませんよ!3号車が盾になります、8号車を援護します!』

 なるようになれ。

 私は覚悟を決めて最後になるかもしれない命令を飛ばす。

「8号車はフラッグ車を攻撃!残りは援護だ!死ぬ気でやれ!」

 返事を待たずして砲声が響く。シャーマンとチャーフィーがT28を押し込みながら砲撃し、けん制を行う。

 その間にもパンターとSU-85が距離を縮めていく。砲声の間隔は次第に短くなり、シャーマンの周辺に外れた砲弾や流れ弾が飛んでくる。

『3号車行動不能!』

 盾になっていたチャーフィーが撃破される。残るはあと3両……

 後ろにいた8号車が主砲を発射する。それと同時に、後ろに迫りつつあったパンターとSU-85が一斉に砲撃を開始した。

 その砲声が轟いた瞬間―――

 シャーマンは被弾の衝撃に沈んだ。

 

 行動不能になり、動かなくなったシャーマンの中で私はゆっくりと立ち上がる。

 皆はもう何も喋っていない。車内灯に照らされながら、ただ淡々と「結果」を待ち続けている様子だった。周囲は静まり返り、私はゆっくりと立ち上がり、キューポラから身を乗り出した。

 シャーマンの被弾箇所――車体後部からは濛々と煙が上がっている。キューポラのすぐ脇には行動不能を告げる白旗が上がり、月明かりの下でなびいて揺れている。

 振り向くと、月明かりに照らされて理香のパーシングが煙を上げて擱坐していた。撃破された四号突撃砲、コメット、そしてT-34/85の姿も確認できる。それら車両の合間を通り抜け、前進をしていたSU-85とパンターがあわせて3両停止していた。先ほどまで動いていたであろうそれは時間が止まったように停車し、こちらに砲口を向けている。

 誰が私達を殺ったのか、そんな事はどうでもいい。

 全滅。

 考えたくない言葉が脳裏によぎる。

『こちら8号車、隊長、応答を願います』

 無線から流れる8号――山口ちゃんの車両――フラッグ車の通信に、私は静かに耳を傾けた。

「こちら1号車」

『T28に当てました、撃破していますか?』

 私は急いで目の前にあったT28へ視線を移す。シャーマンとチャーフィーに押し出されたT28の巨体があり、車体上面は煤に汚れ、被弾箇所から同じ様に煙が上がっている。エンジンは止まり、白旗がシャーマンと同じくはためいていた。

 そして、信越学園の勝利を告げるアナウンスと、皆の歓声が同時に重なった。

 

 被撃破7両、撃破7両というスコアで信越学園はシュヴァルツ・ヴァッサー学園に勝利した。

 長かった試合も終わり、緊張の糸が解けた私達と擱坐した車両を前に、運営が寄越した戦車回収車両が続々とフィールドに到着していた。運営が飛ばしたヘリコプターが上空からサーチライトで地上を照らし、回収作業を行う作業員で周囲が慌しくなる中、私は回収車に乗せられていくシャーマンを感慨深い気持ちで見つめていた。

 夢にまで見た三回戦の突破、そんな嬉しい出来事を前にしてはいたが、溜まった疲労がずしりと圧し掛かっていた。

 長期戦からの夜戦、それに叫び通しの乱戦だ。あまりのハードワークに身体が参りそうになるのも現実だ。

 他の面子は紗江の運転するBTRに乗せられ一足早くフィールドを抜けて試合開始の挨拶を行った観客席に移動している。そろそろ戦車回収車に乗って戻り、試合終了の挨拶をしなければならない。

 激務によって行動不能になった愛車を横目に、回収車の荷台に腰掛けていているとどこからか声をかけられた。

「ご苦労様」

 声の主を探すと、回収車のすぐ脇に、アレクシアの姿があった。

「T28の回収に時間がかかるらしいから一緒に乗せて欲しいんだけど」

「……どうぞ」

 アレクシアは「ありがと」と短く返すと、そのままバックパックを私の脇に放り投げて、荷台へと上がってきた。それを確認すると、回収車は出発を開始した。

 並んで座りながら、何とも微妙な空気が場に流れ始める。それを感じてか、アレクシアはバックパックからポットと2つのマグカップを取り出し、コーヒーを注いだ。

「どうぞ」

 コーヒーの入ったマグカップを差し出される。私は「じゃあお言葉に甘えて」と答えてマグカップを受け取った。

「何が『日本の戦車道はレベルが低い』よ、本当は国際強化選手か何かなの?」

「まぐれよ」

 出されたコーヒーを飲みながら私はアレクシアの問いに答えた。

「たまたまT28を倒せただけで、即興の作戦がまぐれで成功しただけよ」

 コーヒーの苦さに思わず顔をしかめる。ココアだったらよかったのだが。

「……まぐれで負けた身としてはたまったもんじゃないわよ。実力を見くびってた」

 アレクシアの言葉に私は微笑む。

「まぁ“運も実力のうち”って言うけどね、私達はどうやらツキに恵まれているらしい」

「羨ましいわね」

 アレクシアはため息まじりに私の顔を見る。

「ねぇ、そう言えばエヴァから言われたんだけど」

「何?」

 唐突に出てきた隊長の名前に私は思わず反応する。

「私とあんた、似た者同士だって言われてるんだけどどうなのよ?雰囲気がそっくりだの言われてるけど」

「んー……うちも同じ事を副隊長から言われた気がするなぁ」

 頭を掻きながら前の話を思い出す。

「少なくともパンツァーハイになったら似たようなもんになるでしょ、大抵の奴は」

「言えてる」

 それから私達は互いの顔を見て、ふと笑った。

 赤毛のアメリカ人、かたやこちらは黒髪に茶色い瞳の日本人、どちらも正反対で似ている所はないが、確かに言われてみれば空気は似ている。世界どこかしこも戦車乗りの少女は似たようなものなのだろうか。

「日本の戦車道なんてダメなものだと思ってここまで来たけど、遣り甲斐はまだまだありそうね。来年こそは負けないわ」

 アレクシアは手の平を差し出す。

「私も同じよ」

 私はその手を握り返した。




【解説&こぼれ話】
■タイトル元ネタ
映画「ステイト・オブ・ウォー」の初期邦題「火に照らされて」、ちなみにこの映画はフォークランド紛争題材の戦争映画。
■観戦に来ている他校生徒
高校野球と同じく、学校の威信をかけるスポーツなら研究目的に試合観戦に来ている生徒もいるだろう、との事で。
■シュヴァルツ・ヴァッサーの服装
PMCブラックウォーターが名前の由来のため、選手には統一性を持たさず、あえてバラバラの集まりであるというノリでユニフォームは設定しなかった。
■信号拳銃
モデルについては明記しなかったが、カンプピストルではなくH&K P2A1。あくまで公式の備品扱いなので大戦時の銃ではない。
■UAV
無人偵察機。ガルパン世界なら何でもありだろう&無線傍受器オッケーなら個人装備扱いでアリだろうという英断で登場。劇中でも明記されてる通り、グローバルホークがモデルですが、スペックは実物とかなり異なる仕様。
■T28
米軍の試作戦車。三号突撃砲の親玉のようなシルエットをした駆逐戦車で、ドイツ軍のタイガー戦車などに対抗するために作られた。回転式砲塔を持たない米軍にしては珍しい車両であり、装甲も厚く火力もあるが、劇中の通り脆弱な箇所もやはり何箇所かある。シュヴァルツ・ヴァッサー学園の保有車両。実物の現存車両は1両のみだが、この世界観では大戦末期に若干数が生産されたという事にしてある。
■パンター
言わずもがな本編にも登場したドイツ軍の中戦車。単体の活躍作品で言えば「黒騎士物語」「ウクライナ混成旅団」あたりが有名。本編では黒森峰の保有車両となっているが、あえて独自設定でシュヴァルツ・ヴァッサー学園が数量保有している。劇中では黒森峰の独占で、希少価値が高くランニングコストも高いという設定を加えてリアリティと、黒森峰しか持っていないという設定の裏側を妄想した。
■SU-85
ソ連の対戦車自走砲。ドイツ軍の重戦車に対抗できる存在として重宝された。例に漏れずこの車両もタンクデサントされてる写真が数多い。プラウダ高校あたりで使われてそうなイメージだったが、ドラマCDでT-34とIS-2ぐらいしか使って無かったので「じゃあ、ここで使おう」と思い使用した。本当はもっと後発の自走砲にする予定だったが、それだとあまりにも勝てなさそうな気がしたので……
■シャーマン
言わずもがな米軍の中戦車。詳しい型については本編で触れなかったが、シュヴァルツ・ヴァッサーのは後期型のM4A1。本当はスーパーシャーマンかグリズリー巡航戦車にしたかったが、諸事情で無しにした。多分この世界ではシャーマンも相当数が生産(というか史実以上に生産されてる)という可能性とサンダース以外にも使用する学校があると見越しての登場。
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