薺たちは飛行機が墜落してからは、斎藤がいつも使っているVIPルームへと数名の生存者を引き連れて逃げ込んだ。生存者がまだいるという電話も残せたが、すぐに停電になり、明るいうちに救出は結局来なくて、この部屋に閉じ込められる形になってしまった。
その状態が数時間か過ぎたところで、まだ小さい方ではあるが、数十発近くの銃声が一度に聞こえてきた。
「今の銃声は⁈」
CAは怯えるように薺に聞く。
「助けよ、いずれここまで来るわ」
「ふん、感謝してほしいな!俺がここにいると言わなければ、君たちは間違いなく見捨てられていた」
「秘書にも見捨てられた人にそんなこと言われても何ともないわ」
薺は斎藤の傲慢発言を悉く
しかし、次の瞬間ここからそう遠くなさそうな場所から男性の悲鳴が聞こえてきた。全員一瞬ビクッと身体が震えて、律代が薺に聞く。
「今の何?」
「まだ私たち以外に生存者がいたようね…。助けに行かないと!」
「手遅れだ。それに外に出る方がよっぽど危険だ」
「そうですよ!わざわざ他人のために命をかけるなんて…」
「薺お姉さんはそんな気持ちで助けに行くんじゃない‼︎」
2人の言い様に律代は幼いながらも、大きな声を上げた。
2人も律代が叫ぶなんて思っていなくて、その圧に押されてしまっている。
律代は薺の方を真剣な眼差しで見詰める。
「薺お姉さんは……人を助けるのが仕事なんでしょ?なら大丈夫だよね⁈私…薺お姉さんが、死んじゃ嫌だよ…」
そう言って泣き出してしまう。まだ11歳の少女もあの時の記憶は脳裏に焼き付いたままのようだ。かくいう薺も同じである。
「…大丈夫よ。こういう修羅場は超えてきたんだから…。2人とも、何か武器になるものはない?」
現在、薺の手には傘が握られている。武器になりそうなもの……と言われたら入るのかもしれないが、薺としたらこれは物足りない、不安でしかないと言いたいものだが、贅沢も言えない。
「行ってくる。律代をよろしくね…」
CAは頷き、VIPルームの扉を閉ざし、念入りに鍵を閉めた。
アンデッドが彷徨く外に1人になり、唯一の武器が傘だということに薺は思わず笑みを漏らした。
「まさかこれとはね……」
薺はぎゅっと傘を強く握って、ゆっくりと前へと進んでいく。
ごとり、ごとりと薺が踏み締める足音が静かな空港内に響いていく。
「そこに誰かいるの?」
問いかけてみたが、返事はなし。
「誰もいない……なんてわけないよね…」
薺は小走りでデスクの陰に身を潜めて辺りを見回す。
するとその時、薺の側面から眩しいくらいの光が照らされた。薺から見て誰なのかはっきりとしない。
声をかけようと思った時、女性の声が先に出た。
「伏せて‼︎」
薺はすぐさま地面に伏せる。すると、銃声が3発響き、いつの間にか薺の背後まで迫っていたアンデッドの頭を撃ち抜いた。
倒れゆくアンデッドたちを見て、薺は少し硬直したが、目の前にいる玲奈と竜馬を見て表情を明るくした。
「玲奈!…来るのが遅いわよ」
「忙しかったのよ、こっちも」
玲奈はそう言いながら後ろにいる秊とグレッグを一瞥するのだった。
そして、さっきの悲鳴の主は竜馬の隣に立つ斎藤の秘書だった。
「はっ、これだけか?」
「そうね」
「で、増援は?」
「来るわけないだろ?」
傲慢議員の斎藤の文句と愚痴に玲奈と竜馬は付き合っていた。
あれから全員で一度ここに戻ってきて、どうやって脱出するかを伝えると玲奈が言い出したのだ。
そしてこの様だ。
「何を馬鹿なことを。それなら絶対的自信のある脱出方法でもあるんだろうな?」
「「全員でロビーを突っ切る」」
玲奈と竜馬の声が重なり、このVIPルームにいる生存者は絶句する。
それを聞いた斎藤は怒鳴り声を上げる。
「お前ら気は確かか⁈ロビーに1番感染した奴らが多いんだぞ‼︎」
「でも1番広くて見通しが効く。迷路のようなこの空港を彷徨うよりは安全よ」
「玲奈の言う通りよ」
薺も賛成の声を上げる。
「アンデッドの動きは遅い。走れば逃げ切れる」
「なんだ?あんたはアレが何なのかよく分かってる口振りじゃないか?」
「それはそうよ。薺は東京事件の生き残りよ。だからこの手の修羅場はよく知っている。ここにいる誰よりもね…」
『東京事件』の言葉を発した途端に、薺の注目が浴びる。
グレッグも秊に聞く。
「おい、東京事件ってあの……」
「ええ…。あの大事件の生き残り…」
表情はそのままにしているが、秊も驚愕している。
自分よりも若そうな彼女がどうやって生き残れた、聞いてみたいともどこかで思っていた。
だが、斎藤は「ふん!」と鼻を鳴らし、偉そうに言い出す。
「あの事件の生き残りなんて知ったことか!私は今すぐここから出たいんだ!他の奴なんて放って、私だけ…」
竜馬が怒りに飛び出そうになりそうだったが、代わりに玲奈が一歩踏み出した。斎藤のネクタイを乱暴に掴んで、ナイフを首に向ける。
竜馬は小さく独り言で「相当御立腹だ…」と呟いた。
「…先に言っておくけど、私たちの任務は空港に取り残された生存者を救出せよで、『あなた1人特別扱いして助けよ』ではないから。もし、他の人を囮にでもしてみなさい…。喉元を掻き切ってやる…」
「ひぃ⁈」
恐怖のあまり斎藤は小さな悲鳴を上げてしまう。
玲奈はふぅと息を吐き、斎藤を離して全員に言った。
「さあ、行くわよ」
前方に立ち塞がるように立っているアンデッドたちを1発で仕留めてから、玲奈は全員に叫んだ。
「走って‼︎」
玲奈を先頭に秊、薺に律代、腰が悪いという斎藤をグレッグと秘書、最後尾に竜馬と並んで走る。こういうところではいかに逸れずに行けるかが重要になってくる。
玲奈は暗闇の中から無限と湧き出るアンデッドの頭を次々と撃ち抜く。そして、ロビーの景色が遠くからではあるが、漸く見えてきた。
「あと少しよ‼︎頑張って!」
薺は律代の手を絶対に離さないと誓わせて、一緒に走っている。
すると、玲奈が殺し損ねたアンデッドが2人の前に出たが、そいつは秊が撃ったマシンガンの弾が足を突き抜けて、転倒させた。
「行って!」
「ありがとう!」
一方、腰の悪い斎藤を支えながら走り、なおかつやって来るアンデッドを殺さなくてはならないという苦難を続けているグレッグたちは、やはり前方のグループに遅れを取っていた。時折斎藤は倒れるし、自分からまともに動かないしで、グレッグのストレスは溜まっていく一方だった。
漸く近くまで来て、グレッグは斎藤を先に彼らのところに連れさせる。それからもこっちに来るアンデッドを次々と撃っていく。
が…突然側面から来たアンデッドに不意を突かれて、右腕を噛まれてしまう。
「ぐああぁ⁈」
肉を裂かれるような痛みのグレッグは悲鳴を上げた。
斎藤はその光景を見て、わざとなのか大きな声で叫んだ。
「噛まれた!あいつ噛まれたぞぉ‼︎」
秊はすぐに彼のもとに駆け寄ろうとしたが、グレッグは手を上げて「来るな!」と叫んだ。
「俺に構わず行け…」
「グレッグ!そんなの……」
「グレッグ、任せていいんだな?」
竜馬は秊の肩を掴んで止めて、そう言った。
するとグレッグはさっさと行けと手で合図する。
「…行くわよ」
「離して‼︎グレッグ!グレッグーーッ‼︎」
秊が嫌々ながら抵抗するが、玲奈と薺によって無理矢理連れていかれた。その時…グレッグが撃つマシンガンの銃声はずっと聞こえていた…。
一行はそれから墜落した飛行機の上に立って、ロビーにいるアンデッドの数を確認した。
「多い…」
律代でさえ呟いてしまうくらいの量だったが、玲奈はすごい前向きで淡々と作戦を説明する。
「あとはこのロビーを突っ切れば、出口に出れる。それで…ここから見える範囲のアンデッドは……」
玲奈は丁寧にアンデッドの頭を狙って、撃ち抜いた。
「…排除して進む。竜馬、秊、お願い!私と薺は周りを見張ってる」
「ったく…俺は毎回ゴミ掃除かよ…」
「何か言った?」
「いいえ、別に」
それから竜馬はすぐに銃を構えたが、秊はさっきグレッグが残った通路の方をじっと見詰めていたが、やがて竜馬と共にアンデッド掃除を開始する。
暫く時間が経過してから、薺が声を上げた。
「集まってきたわよ、玲奈」
薺の指差す先にはぞろぞろとアンデッドが列を成してこっちに向かってきていた。
「だ、大丈夫なんだろうな?」
不安げに斎藤は玲奈に聞く
「そろそろ限界のようね。行きましょう」
「キャアアアアアア‼︎」
唐突にCAの悲鳴が上がった。
なんと機体の中からアンデッドが溢れ出ていたのだ。すぐに玲奈と秊で排除していく。
その時、斎藤はロビーにアンデッドが全くいないことに気付き、律代を突き飛ばして自分1人だけロビーに向かって走り出したのだ。
律代は墜落した機体から転げ落ち、アンデッドの目の前に放り出されてしまった。
「律代‼︎」
すぐに律代の下に駆け込む薺だが、拳銃もナイフといった武器は手持ち無沙汰だ。やれることは律代が襲われないよう、自らが前に出ることだけだった。
その状況を見た玲奈はすぐに撃ち殺そうと思ったが、突然に飛び掛かってきたアンデッドの対処に追われてしまう。悩んだ末に玲奈は持ってる拳銃を薺に投げた。
「薺‼︎これを…!」
玲奈が投げた拳銃を掴む前に前方にいたアンデッドの首を蹴り上げると、そこから拳銃を掴んで反時計回りに撃ってアンデッドを殺し、最後に蹴り倒したアンデッドを殺した。
玲奈もアンデッドを後ろへと飛ばし、散弾銃で殺した。
「大丈夫?」
「もう慣れたわよ、こういうのは」
玲奈は苦笑いして、薺を機体まで引っ張り上げた。
律代も少し涙目だったが、問題はないだろう。
そして、薺は周りを一瞥してからこう言った。
「ねえ、あの議員は?」
と…。