高崎謙二はある男から貰った空港の見取り図をもう1回見て、これから行う作戦の概要を確認した。今自分が行なっていることが単なるテロ行為であることは謙二が1番重々承知していた。
こんなことしても無駄になるかもしれない。だけれども…彼に残された手段はもうこれしか残っていなかった。
謙二はポケットに入れていた家族写真を取り出すと、それを机の上に置き、更に上に灯油をかけた。そして火を放ち、見取り図を焼き払うと同時に、銀色のアタッシュケースを持って実家を後にするのだった。
「兄はこんな事件を起こす人じゃないわ!」
秊はそう言って、実の兄の無実を訴えるが、現場の雰囲気は明らかに謙二が怪しいと思われていた。それでも懸命に秊は無実を訴えた。
だが…。
「そんなことを身内が言っても何の証拠にもならん!それに過去にウィルファーマを脅迫したじゃないか!」
「違うわ!あれはただ情報の開示を求めて、警備員と争って逮捕されただけで……!」
「生憎だが世間はそんなこと信用してくれんぞ?もし奴がこの事件の犯人じゃないと言うなら、今すぐここに呼んで弁明させろ!今すぐにな……っ!」
言い争いを繰り広げる2人だったが、突如として斎藤の方が黙り込んだ。原因は秊が物凄い形相で斎藤を睨んでいたからだ。秊は怒りを斎藤にぶつけることなく、無言で背を向けて玲奈たちから離れていった。
秊は自身の装備をチェックし、車の中に使えそうな武器を詰んだ。冷たいマシンガンを持って、激しく鼓動する心臓を落ち着かせるように息を吐いた。
すると、そこに玲奈がやって来てこう言った。
「兄さんに会いに行くには随分と守備が堅いのね?」
秊はまた無言のまま、車に乗り込んだ。
玲奈もやれやれと思いながら、同じく車に乗ったのだった。
車はちょっと早いくらいの速度で小高い丘の上をぐんぐん登っていく。もう既に時計の短針は11を回っていて、この道路を通る車も少ない。途中で1台、玲奈たちの車とすれ違ったくらいだ。
そうやって走っていると、丘の頂上辺りが
「あそこは…!」
秊はアクセルを強く踏んで、オレンジに染まった丘へと車を急がせた。しかし着いた時にはもう手遅れで、秊の実家は赤々と激しく炎上しているのだった。
秊はこの光景にガクッと膝を落とし、
玲奈が後ろからゆっくり近付くと、彼女は胸ポケットから1つの写真を取り出して、それをまじまじと見ながら話し出した。
「兄さんは去年から音信不通になっていた…。奥さんと子供を東京の事件で亡くしてからよ…」
「…それは気の毒ね…」
「でも……どうして兄さんが…」
「分からないけど、早く戻るわよ。多分、あのすれ違った車…あの中に秊の兄さんがいるはずよ」
秊はハッとした。確かにあの付近には秊と謙二の実家しかなく、他は生い茂った雑草くらいしかない。
「じゃあ…あれが……」
「兄さんが無実だと思いたくて…無意識のうちに見逃してしまったのね。竜馬たちと連絡を取るわ」
玲奈が無線で連絡を取ると、無線の先からは焦ったような声が聞こえてきた。
『玲奈か⁈』
「どうしたのよ?そんなに焦って…」
『高崎謙二が…空港内にいる…』
その無線の内容に…玲奈と秊は驚きを隠せなかった。
高崎謙二はアタッシュケースを持って、たくさんの死体が山のように積み上げられた場所の横に立っていた。どうやってこの空港内に入ってきたか、竜馬には皆目見当が付かなかったが、とにかくここに戻ってきたということは、何か目的があるに違いなかった。
「高崎謙二!バイオテロの首謀者として逮捕する!そのケースを渡して投降しろ!」
自衛隊の呼びかけを聞いた高崎は俯かせていた顔を上げた。
その目は…赤く血走っていた。
「投降?するもんか…。俺は‼︎今日この場であの東京事件の真相を暴露しに来たんだ!ここで捕まるわけにはいかない‼︎」
「早く投降しろ!こちらには射殺許可が下りている」
「そうやってまた…真実を暗闇に葬り去る気か⁈そんなことさせない……。俺は悪魔に魂を売った…。“あの男”の言う通りにもした…」
竜馬は気になる発言を聞いた。
「あの男?おい!まさかお前……!」
「ここで……真実を明らかにするんだぁ‼︎」
謙二はアタッシュケースを開け、中に入っていた紫色の液体が入った注射器を腕に突き刺した。その瞬間に自衛隊は銃撃を開始した。
謙二の生身の身体に何百発と弾がめり込み、貫通していく。
「おい!止めろ‼︎あれは…!」
竜馬が必死に止めようとするが、銃声が大きく鳴るこの場で竜馬の声が自衛隊の耳に入ることはない。一通りの銃撃が終わったところで、銃声も止み、身体中に穴が空いた謙二は地面へと倒れた。
「……死んだか?」
1人の自衛隊員が呟いた。
竜馬はそれならいいんだがと思いながら、倒れた謙二の様子を
銃口でツンツン叩いても、生きてる様子は見られなかったため、隊員は隊長に問題ないと手を上げた。
その時……謙二の腕が動いた。
隊員は謙二から目を逸らしていたため、この事に気付かず、変異した謙二の右腕によって腹部を真っ二つにされた。
竜馬でさえも…あの手の変異は見たことがなかった。
肩からは突如として巨大な眼を出し、右腕は鋭くて大きい爪へと変わってしまっている。だが、謙二のあの血走った目だけは全く変わっていない。まるで半分かそれ以上が怪物で、それ以下が人間のまま……そんな風に見えた。
1人の自衛隊員が殺されたことにより、他の奴らは完全に恐怖に屈しそうになっていた。だが、隊長だけは違うようで、更なる命令を出す。
「う、撃て!撃ちまくれぇ‼︎」
そうやってヤケクソみたいな行動に出た。さっきまであんなに怯んでいた謙二も今ではろくに怯まず、ズンズンと前へと進んで、容赦なく殺していく。
竜馬の目に映っているのは紛れもない…真実を知りたいがために自らを滅ぼした…悪魔そのものだった。
玲奈は何度となく無線に応答をかけるが、竜馬からの返事は全くなかった。心の中で焦りばかりが募っていく。
「竜馬!なんで出ないのよっ」
「落ち着いて!あと10分もすれば空港に着くから!そこで…私がケリをつける」
玲奈は秊の発言に少し驚いた。さっきまで自分の兄さんは犯人ではないと信じていたはずなのに、たった数分で変わってしまっていたから…。
「あなたが…兄さんを逮捕するの?」
「いいえ。私が殺す」
「…あなたに殺せるの?」
「………」
秊は何も言わなかった。この調子だと、秊は謙二を殺せそうにないと思った。やはり…自分でやるしかないのかと思い、腰に収めている散弾銃に弾を込めた。
「ねえ、秊」
「何?」
「信じてるわよ。あなたのその覚悟を…」
秊はちょっとあっけに取られたような表情をしたが、すぐに小さな笑みに変えて更に車をスピードアップさせた。
この2人の女にはそれぞれの目的があった。
秊は血の繋がった兄の所業を止めること…。
そして玲奈は今も謙二と戦っているかもしれない竜馬を助けに行くこと…。
2人の決意は誰よりも強いものだった。