無線機も奪われ、どうしようもない竜馬が今出来ることはアシュリーが捕まっているとされている教会へと足を進ませることだけだっだ。ルイスの情報が正しい確証など何1つとしてない。
だが…この奇怪な村に入って手に入れられた唯一の情報だ。
信じるしか選択肢はなかった。
そう思いながら渓谷のような場所をずっと歩いている。周りは断崖絶壁で、地震か何かが起きたら今にも崩落しそうなくらい岩石は脆くなっていた。
「にしても…一気に村人の気配が無くなったなあ…」
独り言でそう言うが、事実だった。
最初に会ったあそこ以来…まともに村人と会っていない。さっき斧を振り回してきた奴がいたが…。
そう思っていると、カランと小石が崖から落ちて来た。上を向いてみると、そこには村人が4人くらい固まっていた。すぐに竜馬は拳銃を抜いて、彼らにさっきの仕返しをしようと思ったが…そんなことをしてる暇はなかった。
その村人たちは大きな岩の塊を転がして、竜馬の方向に落とそうとしていたのだ。
「おいおい…冗談だろ⁈」
竜馬はそれが落ちてくる前に逃げようと思ったが、この渓谷は一本道でサイドに逃げれる場所がない。けど、竜馬が死なないためには後ろに走るしかなかった。
竜馬が後ろを向いた途端に、巨大な岩が地面を揺らすほどの衝撃を伝えて竜馬の方に転がって来た。急な坂ではないが、かなり緩やかな坂ではあるため、僅かではあるが少しずつ…速度は上がっていく。
最後に竜馬は隣の枯れた木に掴まって、巨大な岩の襲撃から逃れた。岩はそのまま転がり、崖にぶつかって粉々に砕け散った。
はあ~と息を吐いている竜馬だったが、立ち枯れした木はボキッと鳴って、竜馬共々倒れた。
「いってー‼︎クソ!無茶苦茶しやがる…」
思いっきりぶつけた尻を摩りながらも、愚痴を零す竜馬。あの岩のせいでほぼ振り出しに戻されてしまった。
「さあて……このまま進むのが吉なのか…凶なのか…」
竜馬もここは悩みどころだった。
またさっきのところまで戻ったとしても、もう一度あのバカデカイ岩が転がってくるかもしれない。竜馬には2度もあれを振り切る自信は全く無かった。どうしようかと考えていると、さっきの巨大な岩が崖にぶつかったせいか、そこには人が一人、どうにか通れるくらいの大きさの洞穴が出来ていた。
元は自然に出来ていたのだろう。それが岩がぶつかって、入り口が作られたようだ。
「…行くしかないか…」
竜馬はその洞穴に入っていく。
中は蜘蛛の巣に蝙蝠だらけで、不快でしかなかったが、どうにか渓谷をショートカットして来れたようだ。
竜馬の視界には大きな湖とその奥に見える教会らしき建物が映っていた。
「あそこか……」
すぐに行こうと思ったが、湖の上には村人2人がボートに乗って、辺りをうろついている。
竜馬は隠れて、やり過ごそうとする。
村人は先程焼いていた人間……らしき死体を湖に投げ捨ててその場を後にした。
ここは死体の捨て場かと思ったが、それは間違いだった。
暫く見ていると、次第に湖面は小刻みに揺れ始め、“それ”は現れた。
どれくらいの深さがあるか分からないが、湖の深淵から飛び上がり、焼けた死体を一飲みで食らう魚…。
その光景を見ていた竜馬はもちろん固まっていた。
容姿はナマズか何かに似てはいるが……とにかく大きさのスケールが段違いだったのだ。
だが、ここを避けて通ることは出来ない。
奥に教会もあり、そこでアシュリーを助けることが出来ればこの村に用はなくなる。竜馬は覚悟を決めて、湖の湖畔に足を向かわせるのだった。
その頃玲奈、まだ飛行機の中だった。竜馬が降りた空港とは別ルートで進んだ方が早いと分かったからだ。
玲奈の心の中では、とにかく早く…早く…と急かす気持ちばかりであった。
もう玲奈でも分かっていた。
自分は竜馬に完全に惚れていると…。死んだ竜也の影も追ってない。
純粋に…彼に魅かれてしまっていると…。
そうじゃないなら、態々紗枝を置いてまで行くことなんて…。
「隣、いいかしら?」
その時、玲奈の横の席に1人の女性がやって来た。
玲奈は軽く会釈して奥の方に進んだが、そこで今の声はよく聞き覚えがあると分かった。
一気に緊張してきた首をゆっくりと右の方に動かすと、目が全く笑っていない紗枝の姿があった。無事に来れた訳ではなかったと玲奈は分かり、冷や汗が噴き出る。
「玲奈~?説明してもらおうかしら?」
その後、紗枝から叱責を受けたのは言うまでもない。
一通りの叱責を受けて、玲奈は連れ戻されるのであろうと思い、しゅんと縮こまってしまう。そんな様子の玲奈を見た紗枝は髪の毛を掻きながら「仕方ないなあ~…」と呟いた。
「ここまで来ちゃったし……竜馬を迎えに行くわよ!どうせ彼も帰れなくて困っているだろうし…」
紗枝の気遣いに玲奈は感謝しきれなかった。
「紗枝‼︎ありが…」
「ただし‼︎次からはこんなことしないでよ?」
もう一度強くそう言われて、玲奈は再び萎縮してしまうのだった。
しかし…玲奈は今は気付いていないが、行かなければ良かったと後々後悔する。
彼女に降りかかる地獄は…もうすぐ先まで迫っていたから…。
竜馬は木製の古びたボートに乗って、エンジンを稼動させた。
小さいエンジンでこの湖を横断するには一体どれほどの時間がかかるか分かったものではない。
ただ…この湖はなんとも不気味だった。
まず水は底がちっとも見えないレベルで濁り、小さな小魚に野鳥の姿もない。あるのは、ぷかぷかと浮く流木だけだ。
さっきのデカイナマズも今は見えない。
『今は』だが…。こんな湖のど真ん中で…ボートで運転などしてたら格好の獲物でしかない。
奴は今どこにいるのか……竜馬はそう考えているが、実は既に竜馬の乗るボートの真下で悠々と泳いでいるのだ。
すると、奴は再び下からボートにぶつかりに行った。
竜馬のボートは打ち上げられたが、どうにかバランスを保って、水面に着地した。
だが、その時の衝撃でボートにあった
「うお!」
慣性の法則で身体だけその場に残り続けたために、身体が仰け反る。
このままではいずれこんなちんけなボートなど沈められる……そう思った竜馬は積んであったモリを掴み、奴の背中に向かって思いっ切り投げた。
投げたモリは見事なまでに奴の背中に深々と突き刺さり、大きな血飛沫を上げた。
だが、奴は怯むことも苦しむような仕草さえ見せなかった。竜馬はそれでももう1本のモリを掴んで、再び投げた。
それも刺さるが、その途端に奴はくるりと身体を竜馬のボートの方に向けて、立っていた竜馬をボートから叩き落した。
「ぐあっ‼」
背中から勢いよく湖に放り出された竜馬。
湖面から顔を出すと、例の怪物が口から巨大な寄生虫を出しながら、竜馬の方に向かって来た。
急いで竜馬はボートに戻ろうと必死に泳ぐ。奴は物凄い速度で竜馬に迫ってくる。
竜馬がボートに乗ろうとした時、ボートの下を通ると同時に奴の口から出ている寄生虫が竜馬の足に深い切り傷を負わせた。
「うっ⁈」
ボートには乗れて、食われずに済んだ竜馬であったが、足にはかなり酷い切り傷が刻まれていた。
「あの野郎……」
足に鋭い痛みが走り続ける竜馬の右側からまたしても大口を開けて、奴が突っ込んで来る。
立ち上がるのも厳しい竜馬は、最後に残ったモリを掴み、そのまま奴が来るのを待つ。
そして…奴が大口を開けて竜馬を飲み込まんとした時…竜馬はそのモリを寄生虫に刺した。奴は身体を暴れさせ、その痛みに悶え苦しんだ。そのせいで元々ボロかったボートは簡単に壊れ、俺は再び湖に放り出される。
奴は口から寄生虫を出したまま、水面にぷかぷか浮いたまま絶命していた。
竜馬は痛み続ける足を必死に動かして、命からがら岸へと着岸した。
「はあ……はあ…うぐっ…」
足首に付いた傷からは血が流れ、湖の一端を朱に染め上げていく。
更に濡れてしまったせいで体温が下がり、身体の震えが止まらなかった。
とにかくこの寒さと痛みをどうにかしようと立ち上がろうと思ったが、身体は言うことは聞かない。それどころか……。
「…!おい、冗談だろ…?」
先程絶命したはずの奴が竜馬に向けて、赤く輝く魚眼を光らせていた。そして、再び口を開け、竜馬を喰らおうとする。
もう、お終いかと思われた時、銃声が湖に響いた。
弾は怪物の寄生虫に当たる。1発だけではなく、竜馬が見た限り10発は食らっている。
そこで怪物は重い頭をズシーンと地面にぶつけ、本当に動かなくなったのだった。
命を助けてもらって嬉しかったが、一体誰が…?
竜馬は薄れゆく意識で首を右に動かす。ボヤけた彼の視界には、赤いドレスだけしか入っておらず、顔を確認する前に意識を手放してしまうのだった。