「そうね…どこから話しましょうか…」
自身の部屋の扉に背中を預けて立つビンディはそう言った。
玲奈は拳銃をぎゅっと握りながらも彼女の話を最後まで聞くことにした。
ー半年前ー
ビンディはクラスが変わった3年次にナナンと出会った。
彼女の周りの生徒はクラスが変わり、これからどんなことがあるんだろうかと話し合っている中、ナナンだけは1人…取り残されたように、寂しく本を読んでいた。
そんな彼女とも仲良くしたい…。
ビンディはそう思って、分け隔てない声でナナンに話しかけた。
「ナナン・ヨシハラさん…ですよね?」
ナナンは突然話しかけられて、少し驚いているように見えた。
「一緒のクラスになったのも何かの縁です。仲良くなりましょう?」
その一言で教室内は唐突にザワザワと騒ぎ始めた。
ビンディもどうしたのかと狼狽えていると、ナナンが言葉を発した。
「ビンディさん…私のこと知らないの?」
「え?ええ、だから…」
「この学校にも貴方みたいな人いたんだ…」
何を言っているのかさっぱりなビンディは困惑するばかり。
その様子を見たナナンは警告する形でビンディに言った。
「私に関わらない方がいいと思うよ」
その意味を理解したのは、次の日だった。
ナナンの机が無残に壊され、悪口が書かれていたのだ。ナナンは見て見ぬフリをしていたが、内心はどうなんだろうか…。生徒会長だったこともあったビンディは話を聞いた。
「2年の終わり頃からかな?私のお父さんが職をクビになって、貧乏になったから。周りはエリートの金持ちばかりだから、私が気に食わないんでしょうね」
「そんなのおかしいわ!貴方は間違えてないのに!」
「何を言っても無駄だよ。この学園は狂っている。ビンディも…生徒会長だから薄々気付いているんじゃないの?」
その発言にビンディは言葉を失った。
確かにナナンの言う通りだった。ビンディが生徒会長に任命されてから、学内では暴行、窃盗、痴漢、自殺未遂がいつの間にか隠蔽されていた。こんなこと出来るのはグラシアしかいないことも…彼女は分かっていた。
「やっぱりね。マザーに言ったけど何にも聞き入れてくれなかったから、そんなことだろうとは思ったけど」
「…ごめんなさい」
「謝ることはないよ。私は別に辛くないよ?だって、こうやって私を心配してくれる人が1人いるんだから」
「ナナン…」
ニヒッと笑顔を振り向かせるナナンに、ビンディはいかに自分が無力な存在なんだろうと思い知らされた。
そこでビンディは1つの提案をナナンに振りかけた。
「ナナン!ここから逃げよう!」
「……逃げる?」
「この学園の異常性を世界に公表するのよ!そうすれば…全ての間違いが正される!」
「…そうね…。やろう!ビンディとならやれる気がする!」
これが彼女たちに出来る、数少ない抵抗だった。
ビンディとナナンはすぐに行動に移した。
荷物をまとめ、学園内から抜け出した。ここでビンディも驚いたのが、華奢な身体をしているナナンは見かけによらず、武術に長けていたことだった。
門番をすぐに圧倒し、意図も簡単に学園から脱出した。
何故誰も疑問に思わないのか…何故みんな外に行かなかったのか…2人はそう何度も思った。
全てが順調だった。学園から追っ手は来ない。ひたすら暗い樹海の中を進んで、人がいるところまで行こうとしていた。
しかし…突然何台もの車が彼女らを取り囲む。
「どうして⁈ここまでバレずに来れたのに!」
「ビンディ、ナナン、ここまでです」
車から出てきた何人もの屈強な男たち。
ビンディは怯えるばかりだが、ナナンの目には全く恐怖の色は浮かんでいない。そして、一斉に向かってくる男たちにナナンは一人で挑んだ。
そんな少女たちを嬲るだけの戦いが数分続いた頃、ビンディは捕まってしまう。
「ビンディ‼︎」
「ナナン!後ろ!」
ナナンが振り向く前にスタンロッドがナナンの腕を捉えて、電流を走らせた。
「うぐっ…!このお‼︎」
ナナンは構わず蹴りをそいつに打ち込んだ。
だが、ここでナナンは足を滑らせた。バランスを失ったナナンは地面に落下し、後頭部を強打した。その時、ナナンは完全に息を止めてしまっていた。
ビンディは彼女に近付き、何度も身体を揺すった。目を覚ますこともなく、虚しくナナンという名前だけが呼ばれ続けるだった。
ビンディが学園に戻され、自室に涙を落としながら入ると、窓に誰かが立っていた。
「貴方は……誰?」
黒いフードを被った者…。男か女かも分からなかった。
そいつは懐からピルケースを取り出し、ビンディに言った。
「復讐したいなら…これを…」
その者はそう言って、闇の中へと消えていった。
ビンディはすぐにピルケースに入った注射器をナナンの死体に打った。すると、彼女の身体はみるみるうちに何かに覆われ、まるで虫のサナギみたいになった。
そうなったナナンを見ても、ビンディは離れることはなかった。
「ずっと一緒よ……ナナン」
これが全ての始まりだった。
「そう…こうして、私のナナンは蘇った。そして誓ったのよ。狂ったこの学園を…ナナンの命を奪ったこの学園を“壊して”やろうってね‼︎」
「でも…それはもう成された。彼女は全てを自白する。私が保証する。だから…もうこんなことは…」
「…玲奈さんは甘いですね…。こんなことだけで私とナナンの屈辱は晴れません」
そう聞いた玲奈は急いで扉を開けて、既に扉の前に立っていたビンディの頭に銃口を向けた。
ビンディは笑っていた。不気味なくらいに笑っていたのだ。しかし、目に輝きはない。そして、左手からはストンと注射器が落ちた。
「貴方…まさか…」
「ふふふ……これもあの方がくれたもの…」
そう言った瞬間に、玲奈の腹にズドンと重い一撃が入った。
「ぐふっ⁈」
ビンディの拳が玲奈の腹を捉えていたのだ。
まるで人間力ではない程の力がその拳には込められており、玲奈は膝を付いてしまう。
「あら?倒れないのね?じゃあ…」
ビンディはまるで玲奈を人形で弄んでいるかのようだった。今度は胸ぐらを掴んで、壁に叩きつけた。
「ぐっ!」
頭を強打した玲奈は薄れる意識の中でビンディを見た。
ビンディは玲奈を見ながらも、こう呟くのだった。
「もうタイムオーバーなんですよ…」
玲奈は背を向けているナナンに拳銃を向けるが、意識を保ち続けられず、拳銃を撃つ前に気絶してしまうのだった。
学園も今は下校時間。中庭には沢山の生徒が集っている。
だが、その生徒たちの視線は獅子像に座っているビンディに向けられ、即座に彼らの怒りを買った。
「それはマザーの理事長就任を記念にして作られたものだ‼︎」
「座るな!無礼だぞ!」
「下らない…そんな人たちばかりだからこの学園は狂うのね」
ビンディはそう言うと、獅子像から降りて、拳を作り、獅子像にパンチした。途端に大理石で作られた像は一瞬にして粉々になった。
その様子を呆然と見ている生徒たちは口があんぐり開いたままだった。
「ふふふ……もう学園なんて必要ない。全て消え去って然るべき!」
最初はビンディに注目されていたが、すぐに注目の的は変わった。
黒いフードを被ったナナン…。彼女がゆっくりと歩いている。そんな彼女を掴んだ生徒がいたが、そいつはナナンを見た途端に恐怖に駆られた。
ナナンはそいつの首を触手でがっちり捕えると、腹を触手で貫いた。
この惨劇を見た生徒たちは逃げ惑う。
だが、ビンディは逃す気などなかった。
「ナナン、始めましょう」
ビンディの合図でナナンは身体中から高出力でガスを噴出した。
それは一瞬にして中庭全体に広がり、蔓延していく。
苦しみもがく生徒たちの間をビンディは通っていく。
口元には僅かな笑みを溢して……。
そして学園内に…数多のアンデッドが生まれるのであった。