玲奈は黒いフードを被った者…いや、背丈は身体つきから男…をじっと見ていた。逆に男は半分にされたナナンを見て、溜息を吐いていた。
「あなた……あなたなのね…!ビンディを唆し、ウィルスを渡してこの学園を崩壊させたのは…!」
「…………」
男は何も言わない。
黒いフードと暗い地下制御室のせいで、顔は分からない。
だが、逃す気はなかったため、玲奈は拳銃の方に手を伸ばす。
すると、男の方もゆっくりと腰の方に腕を動かした。それを見た途端に玲奈は拳銃を構えて男に叫んだ。
「動かないで‼︎」
男は腕の動きを止めた。
「あなたには聞きたいことが山ほどある。ウィルスの入手先、目的、素性……。だから殺したくない。銃を置いて」
男はもう一度溜息を吐き、遂に言葉を発する。だが…。
「殺したくない?」
「え……?」
玲奈の耳に入ってきた…懐かしい…『彼』の声…。
「君は…本当にそんなことを思っているのか?」
腰に伸ばしている腕とは別の方を動かし、着ているフードを取った。
そこにあったのは……彼女が想像していたのとはかけ離れ過ぎたものであった。
「見殺しにしておいて…よくそんなこと言えるな?玲奈」
「あ……あぁ………」
玲奈の目が驚くべき程大きく開く。このまま開きすぎて破れるのではないかと思うくらい……。
彼女の前に立ち、黒いコートを纏った男…それは、間違いなく……
竜馬のものだった。
「りょ…竜馬……」
完全に油断して玲奈が拳銃の構えを緩めた途端、竜馬の左腕を一瞬で動かして銃を取り出すと玲奈の肩を撃ち抜いた。
「ぐあっ!」
銃弾を受けた玲奈は反動で地面に倒れる。肩から血が流れて、玲奈の痛みを更に引き出す。
撃たれたことに玲奈自身、半信半疑だった。あの竜馬が自分に銃を撃つことなんて有り得ない、そう信じたかった。だが、彼が握る拳銃の銃口からは煙が少しだけ出ていた。
「竜……馬…、どうして?」
「どうして?それも分からないのか?バカな女だな…」
玲奈が知る竜馬とかけ離れた口調に胸が締め付けられる。
竜馬が口を開きかけた時、ガタガタと地面が軽く揺れるのを感じた。
「どうやらお喋りはここまでのようだ。何故俺がこうなったのかは次…いや、近いうちに『また』会える時までに考えとけ」
竜馬はそう言い残すと、人間とは思えない程の跳躍をしてその場から消えた。
玲奈は銃弾を受けた部分を抑えて、立ち上がり、彼の言葉を思い出す。
『また』会える時…。
それが何を意味するのか考えていると、先程の振動が徐々に大きくなっていくのが分かった。すると、コンクリートの壁が突き破られて、大きなものが侵入してきた。
「あれは……!」
彼らの前に現れたのはあの時燃えて尚且つ頭を撃ち抜かれたはずのビンディだった。身体は焼け焦げ、今にも崩れ落ちそうになのに、彼女は自らの身体を無理やり動かしているように見えた。
玲奈は階段を駆け下りて、海翔たちと同じようにビンディに銃口を向けた。全員、先程の竜馬の出現に困惑しきっているが、今は目の前の敵を集中しようと思ったのだ。
ビンディはすぐにも玲奈たちに攻撃しようと、グルルと小さな雄叫びを上げていたが、突然動きを止めてある一点に注目したまま固まった。
それは、血の海に倒れたナナンだった。
ビンディはまるで母親のようにナナンを背中から出ている触手で抱えて、泣いてるかのような声を絞り出した。そして…ナナンの死に悲しんだのか、玲奈たちが耳を塞ぐ程の大きな叫び声を上げ始めた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎」
「くっ…!ここにいちゃ危険だ!行くぞ!」
海翔の一声で紗枝と智之は先に更に奥へと進んでいく。
だが、玲奈は竜馬が消えていった天井を見詰めたまま動かない。それを見た海翔は「ああ、クソ!」と愚痴りながらも、玲奈の腕を引っ張って紗枝たちの後に続いた。
ビンディはナナンを抱えながら地下制御室を滑走していく。玲奈たちの後を追ってくるのも、ナナンを殺された恨みからだろう。
暫く走っていくと、4人の目の前にヘリコプターが見えた。あれがグラシアが手紙で言っていた脱出用のものだろう。
「あれよ!」
4人はすぐにそこの部屋に入ると、開きっぱなしだった格納庫の扉を閉めた。ここの格納庫の扉は単純なものではないため、変異したビンディでも破るのは時間がかかる。
「ヘリは動きそうだ!」
「地上へは?」
「この装置で行けるはずだ」
智之がヘリを地上へ上げる装置を弄っている間もビンディは頑丈な扉に何度も体当たりを行う。そのおかげで周りのコンクリートにヒビが入り、徐々に扉も凹みが激しくなってくる。
「よし!これで…!」
智之が何かのスイッチを捻ると、玲奈たちとヘリを乗せた地面はゆっくりと地上へと上昇を開始した。だが、床が上昇すると同時にビンディが頑丈な扉を突き破り、同じ地面に立った。
「こいつだけはやるしかないようね…」
紗枝がそう呟いてライフルを構えたが、それを玲奈が止めた。
「玲奈?」
「…これは私と彼女だけの戦い…。紗枝たちは入らないで」
玲奈はそう言って、智之の腰から散弾銃を抜き取って頭に向けた。
ビンディも玲奈に向けて恨めしそうな表情を浮かべている。
「……ねえ、もう、終わりにしない?ビンディ…」
突然玲奈は独り言のように呟き始める。
「あなたの復讐は充分でしょ?グラシアも…ここの生徒も全員死んだ…。これ以上何を望むって言うの?」
そう聞いても今のビンディには玲奈の言うことを聞くはずがない。
咆哮を上げて腕を振り上げる。
「…そう……。もう、あなたには、この学園を…生きた人間を殺したい欲しかないのね…」
ビンディの腕が振り下ろされた瞬間に横に避けて、玲奈は散弾銃を顔面に放った。血肉が飛び散り、ビンディの顔の半分は醜く抉れた。
苦しそうに顔に手を当てて暴れていると、後ろから紗枝と海翔がやって来て、玲奈に聞いた。
「話は終わった?」
「ええ。もう…留めを刺してやって」
玲奈がそう言っている間にも、ビンディはまだ諦めていないと言いたげに上体を起こそうとする。しかし、そこを追撃して紗枝らが放つ銃弾が身体中を貫通していく。
ビンディの身体からは止まることなく血が溢れ、足は捥げて、ただただ呻き声を上げるだけだった。
その様子は玲奈たちでなく、上半身だけであるナナンも見ていた。
親友が必死になって自分を庇っているところを…。
そしてビンディは遂に身体を炎上させる。ナナンも共に炎に包まれながらも、彼女にこう呟くのだった。
「も………い……。ず……と、い………しょ……」
その呟きは玲奈たちには聞こえていない。
だがビンディの耳には確かに聞こえていた。彼女は燃えながらも、玲奈たちを排除しようと思ったが、ナナンの呟きによって暴れ狂う自らを抑え込み、ナナンと共に、静かに塵となって消えていくのだった。
玲奈たちは消えゆく2人の少女を見詰めていると、唐突にガシャンと音が連続して響いたものを聞いた。その原因は、この学園にいる全てのアンデッドが網を突き破ってこっちに向かっている証拠だった。
次回、IF Story3完結