戦車の爆風を受けてから、ものの数分、イリーナは重苦しい身体を動かした。彼女の先には上部分が吹き飛び、車体がほぼないも状態になっている戦車が転がっていた。
そしてその傍にはあのタイラントの右手だけが残っていた。
倒したのだ。
絶対に勝てないと思ったタイラントを殺したのだ。
敵がいなくなったことで、イリーナは安堵の息を吐く。
しかし、不意に右手が湿っている感じがして、見てみると手のひらは真っ赤に染まっていた。
それもそのはずだった。イリーナの横では、紗枝が頭部から出血して倒れていたから…。紗枝の血が、イリーナの周りの地面を朱に染めていく…。
「紗枝…!」
上体を起こさせて、必死に揺さぶる。
幸いなことに、すぐに目を覚ましてその虚ろな目でイリーナを見つめた。どうやら致命傷ではないようだ。
「イリー……ナ…」
紗枝の弱々しい声にイリーナはなんと言葉をかけてやったらいいのか分からずにいると、2つの足音が近付いてくるのが聞こえた。
そっちを向くと、防弾服を脱いだタイラントが2体、紗枝とイリーナを標的にしてこっちに歩み寄っていた。
「…私たち以外に標的はいないの⁈うっ…‼︎ぐっ…!」
イリーナにも問題があった。支配種のプラーガも…時間を選ばずにイリーナの身体を蝕んでいた。
「に、げ…て……。私は……いいから…」
「そんなわけにはいかないわよ…!」
イリーナは蝕まれつつある身体を必死に動かして、紗枝の腕を持って、一緒にここから少しでも遠くに逃げる。
だが、そんなことをタイラントたちが許してくれるはずもなく、忽ち猛スピードで2人に迫り来るのだった。
日が暮れる……。
空がオレンジ色に染まる。
しかし、それはこれから訪れる夜という暗闇の一歩手前の位置だ。
紗枝とイリーナもその…絶望という暗闇の一歩手前にいる。
噴水のところで逃げる体力を使い果たした2人はゆっくりとやって来るタイラントをただ…眺めているだけだった。
もう何もすることは出来ない。
しかし…それでも紗枝は…諦めなかった。
ふらつく身体を両足でしっかりと支え、腰にある拳銃を取る。だがもう弾は残っていない。
そう分かると紗枝はそれを投げ捨て、唯一残った武器…ナイフを取り出した。こんなものであんな化け物に敵うなんて微塵も思っていないが、ただ殺されるよりはマシだと思ったのだ。
イリーナも戦いたい気持ちがあったが、プラーガ侵食のせいで身体は言うことを聞かず、もうろくに動かせなかった。
ナイフを構えた紗枝を確認したタイラントは、走る態勢を作り、徐々に走る速度を上げていく。このまま突っ込んでくれば、2人ともあの世へ行くだろう。
覚悟を決めた時、ここで予想外のことが起きた。
一体のタイラントが猪突猛進のように走ってくるその途中…凄まじい爆音が響き、爆発がタイラントの身体に直撃した。
もちろんタイラントの上半身は無惨に吹き飛び、残った下半身は力なく地面に倒れた。
驚きを隠せずにいると、紗枝とイリーナの前にロケットランチャーを投げ捨てる茶色のフードを被った何者かが立った。そいつはフードを脱ぎ、その顔を露わにすると、紗枝は自然と笑顔を溢した。
焦げ茶のセミロングの髪、青色の瞳、それは間違いなく玲奈だった。
「待たせたわね」
「遅い…のよ…」
だが、一体を不意打ちで倒せてもまだもう一体残っている。
相方を殺された恨みかターゲットを玲奈に絞って、もうスピードで迫ってくる。
だが玲奈は逃げる気も避ける気もないようだった。
腰からトランシーバーを取って、誰かに連絡すると、すぐにミサイルが飛んで来てタイラントを木っ端微塵に吹き飛ばした。
モクモクと上がる粉塵の上空にはジェット機が優雅に滞空していた。
「…なるほどね…。ずっと見ていたのね、私を…」
紗枝がそう呟くと、玲奈は傷ついた紗枝の頭に包帯を巻く。
「これで大丈夫よ。傷は深くない」
「でも…どうして玲奈が…」
「誰かさんの頼みで来たのよ。『あいつが心配だから言ってくれ。俺が行きたいけど、行けないその代わりに』…と」
誰かはすぐに想像が付く紗枝。
昔から変わらない心配性も、今回ばかりは役に立ったようだ。
「じゃあ、私は行くわ。BSAAでもない私がここにいると混乱するからね」
「…玲奈!」
紗枝の叫び声に玲奈は足を止めた。しかし、顔はこちらには振り向かない。
「いつか……戻ってくるわよね?」
「………」
玲奈は答えなかった。
そんな寂しげな背中を見せながら玲奈は住宅街の細い路地に入って行き、姿を消したのだった。
それからは急転直下の展開だった。
某国に攻め込んできたBSAAと他国の軍によって制圧されて、スベトラーナやその部下は拘束、漸く、この国の長い長い内戦が幕を閉じた瞬間だった。
そんな様子を街の高台から望んでいる紗枝と、今も尚、プラーガに蝕まれているイリーナの2人は静かに見ていた。
「…結局、私が何もしなくても…戦争は終わりを迎えていたってわけ…か…」
「…そのようね」
「あなたは知っていたんじゃないの?こうなることを…」
真剣な目付きで聞いてきたが、紗枝は軽く受け流した。
「そうなら、ここにはいないわ」
「そうよね…。うぅ…!」
イリーナは再び心臓に手を置き、苦しみに耐えようとする。
タイラントとの戦いで無理をし過ぎたイリーナの身体は化け物に変わる一歩手前まで来ていた。
立っていられず、イリーナは膝を付き、息を荒くしながらも紗枝に話す。
「もう…何も残っていない…。恋人も…仲間も…生きる目的も…。残ったのは…私だけ……うぐっ…!うぅぅぅ!」
苦しみは増していく。
この苦しみから逃れたくて…イリーナは泣き声で紗枝に哀願した。
「お願い…!私を殺して‼︎もう生きてる意味は無くなったのよ‼︎」
紗枝は夕日が落ちていく空を眺めているだけで、イリーナの言葉に耳を傾けなかった。
なら、いいと言いたげにイリーナは肩を落とし、腰の拳銃に手を伸ばした。
「これで…終わりにする…」
銃口を首に付けて。引き金を思い切って引こうとした時、銃を掴まれて奪う紗枝がイリーナの視界に入った。
「そうなった時の気持ちが分からなくもないわ。だけど…私はあなたみたいな境遇を受けた人間を1人知っている!彼女は…大切な人と2度も引き裂かれて…仲間を奪われ…それで深い傷を負っても死のうとも…逃げようともしなかった‼︎今も立ち向かっている!それに比べたら…あなたの苦しみなんて序の口よ…。それでも死にたいと言うのなら……」
紗枝は奪った拳銃をイリーナに向ける。
「私が手伝ってあげる」
手を上げて、待ってと言いたげなイリーナを無視して紗枝は…引き金を引いた。
「これが、私とあなたの選択した果ての答えよ。イリーナ…」
静かな街に、銃声が1発響くのだった。
その数日後、この国の内戦が収束したことが報道された。
やはりBOWの使用については報道されていたが、スベトラーナが作っていたプラーガの実験場については完全に隠蔽されていた。
因みに、今回の内戦で反政府軍のメンバーは1人を除いて死亡したと書いてある。
唯一の生き残り…イリーナ・カルスブーグは腹を撃たれていたが、生きていたと…。下半身付随となって、歩くことは出来なくなったが、彼女の夢だった教師になることが出来て、今は幸せだと…書いてあった。
これを読んでいた玲奈は、サングラスを外して日本の方向に向いてこう呟いた。
「…殺すのかと思ったわよ」
玲奈はサングラスを付け直し、買った新聞をさっさとごみ箱に捨てた。
常夏の陽射しが、彼女を照りつける。
今回は竜馬探しでも、彼の言う『あの人』を探すつもりもない。
今回ばかりは…ただの休暇として、来ていた玲奈。
だが、これから…血肉を求めた残酷な戦いに無理やり参加させられることを…彼女は知らない。
最後は次章の予告編みたいになってしまいました。
本来なら次はアンケート結果に行こうと思ったんですが、どうにも30人行こうにないので、現在アンケートで一番投票が少ない『ヘヴンリーアイランド』を書こうと考えています。
では、次の話で。
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これは書かない。詳しい概要知りたい人は活動報告を見てください。