「お母さん…!」
その言葉は衝撃的だった。
明らかにウィルスの力でどうにか生きているという状態のこの異形の女が…このレナの母親だということに…。
「レナちゃんの…母親?」
「はっははは…!そうだよぉ…。だから…こっちにいらっしゃい…」
母親らしくそう言うが、レナは近寄るどころか海翔の後ろに隠れるばかりで、全く懐こうとはしなかった。
「…ふうん…母親の私に……そんな態度を取るの、かぁ⁈」
細く脆そうな足で瓦礫を蹴って怒りを露わにする女。
レナは「ひっ…」と恐怖の声を漏らし、海翔の服をギュッと握る。
海翔もこの2人の関係がどうなっているか知りたいところだったが、今は薺が生きているかどうかを知りたかった。
「おい!妹は…薺はどこにいる⁈答えろ‼︎」
海翔が怒鳴ると、女は笑いながら答えた。
「全員…絶望に呑まれていったさ……くくくくく…」
その回答に海翔は暫しの沈黙の後、力のない声で呟いた。
「死んだ……のか?」
「あはははは!そして最後は…お前だ、レナ!」
女が叫ぶと、先程まで近付くことすらなかった異形のアンデッドたちが乗り込んできた。来なかったのはこの女が何かしらの命令を下していたからだろうか…。
だがそんなことを考えている暇はない。
このままでは海翔もレナもアンデッドの餌食になってしまうのは明白だった。
すると、レナは海翔の服をクイクイと引っ張って、少し遠くに見えるドアを指差した。あそこに逃げようと言っている。
女は相変わらず笑い続けたままで、海翔の怒りを募らせれるばかりだ。
「…後で絶対に殺してやる。覚悟しておけ!」
海翔は腰から手榴弾を取り、天井に向けて投げた。
火薬に着火した手榴弾は空中で爆発し、元々脆かった天井を崩した。
落ちてくる瓦礫はアンデッドの頭部を直撃し、次々と倒していく。しかし危ないのは海翔たちも同じで、逃げなければならなかった。
レナの手を引っ張って、奥の扉へと急いで走る。
だが、海翔の頭部にも瓦礫が直撃し倒れてしまう。
「ぐあっ!」
「おじさん‼︎」
「行くんだ!早く……!」
「ダメだよ‼︎」
レナは頭から血を流し、負傷した海翔の腕を必死になって引っ張ろうと頑張る。だが、もちろん子供の力では動かすことも出来ない。
「あの時お姉さんが言ってた!助けられる命があるなら絶対助けるって!」
「お姉さん…?まさか…」
そのお姉さんとは薺のことではないかと思ったが、雪崩のように落ちてくる瓦礫の音が全てを掻き消していく。
そして天井の壁は全て崩落し終えた時、そのフロアは瓦礫の山と化すのだった。
「…おじさん、大丈夫?」
「ああ…このくらい、今まで逢ってきた地獄に比べたらどうってことはない」
海翔は傷付いた頭部に包帯を巻いて、レナにそう答えた。
「私のために…ごめんなさい」
「レナちゃんのせいじゃない。全ては…あの女だ」
海翔が恨みを込めてそう言うと、レナは複雑な表情をした。
それもそうだろう…。自らの母親が罵られれば…。
「お母さん…『この美しさを永遠に…』とか言ってた…」
「美しさ?…それとウィルスにどう関係が…」
考えたが、今は思いつきそうもない。
それよりも…この部屋から出てあの女が行きそうな場所に向かわなければならない。
「おじさんは大丈夫だ。行こう、レナちゃん」
「…本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ」
海翔は先程の扉を開けて、外の様子を窺った。
瓦礫で一杯だったが、それに潰されたアンデッドも僅かにいた。
だがあの女はいない。瓦礫に埋もれたか…それとも逃げ出したか…。
「ん?」
海翔の目に入ったのは、瓦礫の衝突で空いてしまったのか、秘密の隠し通路が見えてしまっていた。
「この先か…」
「…なんか、怖い…」
ギュッと海翔の手が強く握られる。
「…俺が守る。薺は救えなかったが、レナちゃんだけでも…」
「おじさん…ありがとう…」
海翔はレナと共に地下深い…隠し通路に足を進めていくのだった。
音が聞こえた。
明らかにこの半年の間、聞いたこともない音だった。
もしかしたら助けかもしれない。
そんな確証もないのに…。だけど…“彼女”の足はトラウマだらけの歪な形の塔へと進んでいった。
ー半年前ー
失った仲間の前で手を合わせて冥福を祈る薺。
いつも薺たちメンバーのために頑張ってくれたニールがせめて…安らかに眠っていくのを願った。
その傍らで玲奈が焼かれた腕を気にしながら見ている。
その時、後ろに気配を感じた玲奈は一瞬で振り向いてナイフを投げる態勢を取った。が、そこに居たのはアンデッドではなく、白いワンピースを着た幼い少女だった。
「君は…」
「…お姉さんたち、誰?」
薺も少女に気付いて、振り向く。
「私は玲奈。彼女は薺よ。それで君の名前は?この島の子?」
玲奈の矢継ぎ早の質問に少女はついていけずに喋れない。
それを見かねた薺が玲奈を止める。
「そんな一気に質問したら困るでしょ?玲奈ったら、子供の扱いが苦手なんだから」
そう言われて玲奈はムスッとする。
「ねえ、私は薺。名前は?」
「……分かんない。何も…覚えてないの…」
「…そっかあ…。じゃあ、思い出せるまで一緒に居よう?ここは危ないから」
「危ないの?」
「うん、とっても」
少女の受け答えといい、この島の子供…というのは無さそうだった。
そして玲奈は少女の手首に付けられた腕輪を見逃さなかった。
「とにかく、今はここから離れましょう。あのアンデッドたちが来たらまた大変なことになるから」
「そうね。さあ、行こう」
薺が少女の手を握る。
びくっと震えて、怖がっているようにも見えたが、薺が笑顔を向けると落ち着いたか大人しくなった。
3人は怪しいと睨んでいる歪な形の塔へと赴くのだった。
漸く塔の近くにまで来れたところで、ババババとヘリコプターの音が聞こえ始めた。そっちに視線を向けた薺と玲奈はヘリコプターが優雅に空を舞っている姿が写った。
遠目からでも運転席に誰が乗っているかは予想出来た。ゲーブだ。
「ヤッホー‼︎これでこの島とはオサラバだ‼︎あばよ、クソ女‼︎」
腕輪に向かってそう叫ぶと、突然ヘリコプター内で警報音が鳴り、ランプが赤く灯る。
「何だ?なんだよこれ⁈」
『逃げることは死ぬことよりも重い罪…。だが、その罪も死を受け入れることで免れる…』
全員の腕輪に女の声が…。
『さあ…甘んじて受け入れなさい…。その死を…』
そう告げられると、ゲーブの腕輪が赤く点滅する。
そして…手がおかしな方向へと曲がりくねり、変異する。
「やめろ‼︎やめろぉぉぉ‼︎‼︎」
持っていたナイフを掴んで自らの腕を突き刺すゲーブ。
痛みが襲ってくるが、アンデッドになるよりかはマシだと思ったのだ。
だがこれが仇となり、ヘリはコントロールを失い、空中で右往左往する。
そして…建物の壁に激突して、爆炎を噴いて落ちていった。
それを見ていた薺は走り出す。
「ゲーブ‼︎」
「待って薺!もう手遅れよ‼︎」
「まだ分からないじゃない‼︎助けられる命があるのに見捨てるなんて私……どうしてテラセイブに入ったか分からなくなっちゃうよ‼︎」
悲痛な叫びは感情のない少女に強く響いた。
「助けられる……命…」
小さく呟いた途端、後ろから誰かが少女の口を塞ぎ、連れ去って行ってしまった。この事に玲奈と薺が気付くまで…ほんの数秒だった。
少女は眠り、棺桶の中に入れられた。
これから長いこと眠るだろう。
棺桶の前に立つ女が目的を達成するまで…永遠に…。
女は自らの美しい顔を鏡で見る。
何度見ても美しいと…優越感に浸れる。
女は笑う。
計画は完璧だ。あとは…最後の仕上げをするだけだと…。
少女の棺桶は…シェルターの中に降っていき、完全に閉ざされるのであった。